ディック・グレイソンは一人の仮面をつけた黒衣の魔術師を向かい合っていた。
安物のソファーに腰掛け、二人の間には飲料もない。
ただ、向い合って会話を行っている。
『ロビン』、『ナイトウィング』と呼ばれるたくましい正義漢であるディックは、しかし、緊張を帯びていた。
それほどまでに、目の前の黒衣の魔術師は、存在自体が威圧的な男だった。
「君は理解していないようだがね」
『ジョン・プルートー・スミス』、すなわち『無銘の冥王』を名乗るコスプレ男から、くぐもった声が響きだす。
愉快げな声だった。
ジョン・プルートー・スミス、神を殺し権能を簒奪した魔王へと昇華した英霊。
ギリシャ神話の女神『アルテミス』から簒奪した権能にして自身の宝具の一つ、『魔弾の射手』。
その宝具故に弓兵<<アーチャー>>のサーヴァントとして召喚された。
神霊に次ぐ神秘を宿した、人では抗いようのない超級の英霊である。
「理解してないよ、自身の幸運をね」
小さく腕を動かし、たっぷりと溜めを作る。
演技がかった姿。
目の前の男のコスプレ男の偏った好みの現れだった。
かっこいいとでも思っているのだろうか。
「私を召喚したという幸運を噛みしめるべきなんだよ、ミスター・ロビン。
ナイトウィングと呼んだほうがいいかな?」
「いや、名前は別にいいさ。好きに呼べばいい……
とにかく……そもとして、聖杯戦争っていうのがわからないんだよ」
「殺し合いさ、裏路地に行けば見れるようなものとなんら変わりないものだよ」
嘲りとは異なる、皮肉げな言葉。
確かに殺し合いという意味では、ゴッサムでは日常茶飯事かもしれない。
しかし、それは子供の殴り合いと一億ドルを稼いでいるヘビー級ボクサーの試合を比べるようなものだ。
規模が違う。
スミスはそのことを理解しているというのに、愉しそうに笑ってみせるだけだ。
そのことを本人に問えば、なんの悪意もなく応えるだろう。
ウィットに富んだ会話こそが最大の食事だ、と。
柔軟で愉快な会話は精神を満たすフルコースだ、と。
「君は少々ロマンチシズムが過ぎるんじゃないかい?
ハンバーガーを食べることだって生命を奪っていることじゃないか」
「牛と人間を一緒にしろっていうのかい?」
「失敬、失言だったね。
しかしだね、ディック君。
人を殺すことに対する忌避としては、君は弱いように感じるよ。
本物は、『狂っている』としか思えないほどの忌避を見せるからね。
君のそれは……青臭い、アドゥレセンス特有のものとしか思えないね」
からかうように言ってみせるが、しかし、ディックを気遣うような色もあった。
決して、この魔王は悪人ではない。
強いていうならば、ロマンチシズムに理解のあるリアリストだ。
殺害に特別な意味を見出さないし、ただ、成すべきことを成すだけだ。
「僕の問題だ、あまり踏み込んでこないで欲しい」
半ば、逃げるように突き放した。
姿形と、その超常に見えるオーラばかりが似ているだけで、本質は全く異なっている。
誰と異なっている?
決まっている。
バットマンと、だ。
闇に溶けこむような衣装を纏った、威圧感を放つ正体不明の怪人。
そんなキーワードだけで同視していまった。
あの異常とも呼べる精神性は唯一無二のものだ。
例え、目の前の神殺しの魔王が狂人であったとしても、その異常性が同じではない。
「ふふ……」
ディックの言葉に対して笑った。
不快感はなかったが、どこか自身を子供に思えてしまい、苛立ちは覚えた。
そんなディックの挙動に、スミスは面白そうにさらに笑みを深めた。
「気にするな、この冥王を召喚せしめた我が愛しきマスターよ。
私は君が気に入った……不思議だな、『容易く懐に入り込んでくるように』、とでも言おうか。
まるで春風を告げるコマドリのようだ」
「……褒めているのかい?」
「褒めているさ。
実に不快だが、私はひどく気難しいらしい。
その私がこうまで受けているんだ、そこは間違いなく誇っていい。
神殺しの魔王に惹かれるのではなく、神殺しの魔王が惹かれているのだからね」
仮面の奥では笑っているのだろう。
しかし、仮面をつけているというのに簡単に表情がわかってしまう。
ここまで芝居がかったオーバーなリアクションで感情を隠すことなど不可能だ。
なんのための仮面か、わかったものじゃない。
「では、私はそろそろ動くとしようか。君に聖杯を与えるための準備運動に、ね。
楽しみにしているといい、我がマスターよ」
その言葉で、ディックは自身がこの魔王の主であることを思い出した。
おかしな話だが、まるで自身がこの魔王の従者であるように勘違いをしていた。
これでは、いつまでたっても相棒<<サイドキック>>止まりだな、と笑われてしまう。
優雅な所作で立ち上がったスミスは扉まで歩いて行き、ふと、思い出したように立ち止まった。
スミスがゆっくりと振り返り、くぐもった声が部屋に響く。
「それと、『アニー』とは仲良くしてやってくれ。
彼女は、少しばかり恥ずかしがり屋でね。
私の大切な、大切な……ある種の相棒<<宝具>>だからね」
◆
「コーヒーです」
「ああ、ありがとう」
疲れた身体に、苦味が染み渡った。
緩んでしまいそうな思考が引き締まる。
暗色のレディーススーツに身を包んだ、見るからに生真面目な女性に視線を移す。
ノーフレームの眼鏡の奥に眠った、ショートカットの髪と同色の目と視線が交錯した。
アニー・チャールトン。
『夜な夜なコスプレしてヒーロー活動をしている』、そんな魔王曰く、自分の最も重要な付添人。
この女性こそがジョン・プルートー・スミスの語った協力者。
自身の冥王としての伝説とは切っても切れない、有能にして美しき、深淵に呼びこむ片腕。
アニーの存在がなくてはジョン・プルートー・スミスは全てを失ってしまう。
ディックとも是非とも仲良くして欲しい、とのことだ。
「……しかし」
ジョン・プルートー・スミスの言葉はいつも大げさだ。
しかし、アニーはサーヴァントでないにも関わらずこの世に顕界する存在。
その実力の云々はともかく、ジョン・プルートー・スミスにとって重要な存在というのも間違いないだろう。
「君は、スミスの恋人なのかい?」
「………………………なんですか、いきなり」
窓越しに覗く雪が降る街を覗くときに見える同種の冷たさを宿った視線がロビンに
明確な嫌悪感を抱いている、非難とも取れる視線だった。
思わず、たじろぐ。
本気の嫌悪が溢れでている。
慌てて、頭を下げた。
「いや、すまない。不躾だった」
「なぜ、そのようなことを?」
「……だって、そうだろう?
君は……使い魔、ではない普通の人間なのだろう?
だのに、スミスに召喚されるということは、相当に親しい間柄だってことじゃないか」
「彼の配下の魔術師というだけです。
兄妹でも、恋人でも、なんでもありません」
「……相棒<<パートナー>>、かい?」
ディックはアニーの冷たさがスミスに向けるものと他者に向けるものとの違いを感じ、それを逆に気安さだと判断した。
信頼しているからこその違いだと、そう判断したのだ。
しかし、相棒<<サイドキック>>という言葉に自身の胸も痛んだ。
誰よりも強い心を持ち、当たり前のような精神的な脆さを持つ、ディックにとって最高のヒーロー。
バットマン。
ディックは、そのバットマンの相棒<<サイドキック>>であるロビンだった。
彼のことを思うと、胸が痛くなる。
美しいものほど壊れやすく見えるものだ。
「そんなものではありませんよ……強いていうならば、腐れ縁です。
マスターが、どうしても、と呼ぶのならば語りますが」
「……畏まらなくていいんだよ、アニー。
スミスのように、『マスター』じゃなくて『ディック』でいい」
「あくまで、主従の関係ですから」
バッサリと距離を詰め寄った言葉を切り捨てる。
その取り付く島もない様子に、ディックは目に見えない壁を一瞬だけ幻視した。
「スミスとの会話ならばともかく、私との会話は必要もないでしょう。
もっとも、スミスは要らない気を使っているようですが」
「そんなことはない、僕は君とも仲良くなりたいと思っているよ」
まるで口説いているようだ、ディックは思わず笑った。
アニーは一向に笑わない。
ただ、事務的に言葉を返してくるだけだ。
「主従の関係から抜け出すような交流を深めることが出来れば、改めます」
その時は一生訪れそうにないな。
なにせ、付き合いの短い自分ですら分かるほどに冷酷で生真面目な、鉄で出来たような女だ。
ディックは立ち去っていくアニーの冷たい後ろ姿を見ながら、そう思った。
◆
ガタン、と。
扉を開けた瞬間、アニーは、ふぅ、と息を吐いた。
緊迫していた。
冷静沈着だと、周囲からはよく言われる。
それは事実だ。
自賛になるかもしれないが、精神的な安定性においては他者より優れていると思っている。
魔術師としての腕前は中の上止まりの自分が、エージェントとして優秀と称される原因はこの性格だと自覚している。
もっとも、酒を飲んでいる時と、趣味の『コスプレ』をしている時はハイになってしまうが。
そんな自分でも、取り繕わけなければいけない瞬間もある。
「ああ……マスター……『ディック』……」
その名を呟いた瞬間、腹部に熱い迸りを感じた。
無論、物理的に何か変化が起こったわけではない。
ただ、それは乙女特有の変化だ。
愛しい男の名を呟いて心を昂らせない女性が居るだろうか?
「『ディック』……」
再度、名をつぶやく。
アニーは少々、というよりも、過度に惚れっぽい性格をしていた。
冷酷だと称されるが、その実は惚れた男には入れ込み続ける。
熱い乙女としてのハートを持った女だ。
「ふふ……」
冷たいと称された顔が笑みに染まる寸前、黒い闇がアニーを覆った。
他者にその姿を伝えるために必要な光は闇に覆い隠される。
闇の奥に眠るアニーの姿は誰も観測できない。
闇が動く、コツコツと床を叩く音が聞こえた。
恐らく、闇の奥でアニーが歩いているのだろう。
やがて、闇が晴れていく。
「ああ……待っていろ、ディックよ!
この神殺しの魔王、まつろわぬ神を三柱殺すことで取得した神秘の権能で君に栄光をもたらそう!」
その奥に居た頭部の全てを覆う仮面を被った、全身を包む黒衣を身にまとった冥王。
『無銘の冥王』、『ジョン・プルートー・スミス』。
すなわち、ジョン・プルートー・スミスとはアニー・チャールトンの『仮面<<ペルソナ>>』だ。
王として相応しい性格をした、アニーのもう一つの人格。
ジョン・プルートー・スミスという謎の冥王の仮面を被ることで性格を変貌させる。
自己暗示によって産んだ、一種の二重人格。
そう、アニーの趣味である『コスプレ』だ。
ゴッサム・シティに、コスプレヒーローが訪れる。
バットマンとは異なる、無銘の冥王。
胸を恋に焦がし、闇夜に溶けこむように駈け出した。
【クラス】
アーチャー
【パラメーター】
筋力:D 耐久:A 敏捷:C 魔力:D 幸運:A+ 宝具:A+
【属性】
混沌・善
【クラススキル】
単独行動:B
マスターからの魔力供給を断ってもしばらくは自立できる能力。
ランクBならば、マスターを失っても二日間現界可能。
対魔力:A
A以下の魔術は全てキャンセル。
事実上、現代の魔術師では○○に傷をつけられない。
【保有スキル】
神殺しの魔王:B
神を殺してその権能を簒奪した者が必ず所有するスキル。
『エピメテウスの落とし子』『カンピオーネ』『ラークシャサ』『堕天使』『羅刹王』などとも呼ばれる。
総じて『勝者』の別名であり、神だろうがどんな怪物だろうが必ず勝利へと辿り着く桁外れの幸運の持ち主。
神性を持つ相手に
高い生命力と学習能力を所持している。
自己暗示:C
二重人格というほどの解離性がない、『役割演技』としての一種の自己暗示。
無貌の黒仮面を被ることで『ジョン・プルートー・スミス』という存在を演じきる。
本来のアニー・チャールトンとは異なる男性としての性格へと変化していく。
変身:B
宝具である『煙燻る超変身』に由来する自らのカタチを変えるスキル。
宝具の五つの姿とは別に、瞬時にジョン・プルートー・スミスとしてのコスチュームに変身することが出来る。
【宝具】
『煙を吐く鏡(テスカトリポカ)』
ランク:A+ 種別:対城宝具 レンジ:1-100 最大捕捉:1000
アステカ神話の魔神『テスカトリポカ』から簒奪した権能、『贄』をささげることで5つの姿に変身できる。
最強の形態。
人が土から作った巨大な建造物を『贄』として取り込み全身が黒く、右足が黒曜石で出来ている全高15mの巨人となる。
周辺一帯の人工の光を『贄』にして使用不可にし、影から蔭へと移動できる能力を持つ豹となる。
雨(長期間その地域で降らなくなる)と自分自身を『贄』とする。
蒼黒い焔の塊となり、対象に体当たりして我が身諸共滅ぼす。
とはいえ、強靭な肉体なので焼け死ぬのではなく一時的に実体を失うだけですぐ復活でき、他の形態への変身も出来る。
また実体を失うのを利用して、緊急避難にも応用できる。
大地を『贄』とし、周囲に地震を発生させる。
翼長10mの魔鳥へと変身し、翼から、毒や麻痺状態にする灰色の煙を出せる。
自分以外の誰かが殺した生物の屍を『贄』とする。
『魔弾の射手(アルテミス)』
ランク:A+ 種別:対城宝具 レンジ:- 最大捕捉:-
ギリシャ神話の女神『アルテミス』から簒奪した権能、新月の時にのみチャージされるので一ヶ月に6発しか撃てない光の矢を放つ。
相手が神速状態なら矢も神速となりどこまでも追跡し、時空を超えたり北米から欧州への長距離狙撃、爆発を起こしたり散弾にする、光で目潰しなどの応用も可能。
同時に複数放つことで威力は倍を優に超え、一度に全弾放つとカリフォルニアを焼き尽くして荒野にする程の威力をもつ。
人間時には闇エルフに作ってもらった拳銃、変身時にはその口から放たれる。
なお、本人がそばにいて許可すれば拳銃から他者でも発砲できる。
『妖精王の帝冠(オーベロン)』
ランク:A+ 種別:対界宝具 レンジ:- 最大捕捉:-
妖精王『オーベロン』から簒奪した権能、精神集中してアストラル界(あの世のようなもの)へ移動することが出来る。
また、神以外のアストラル界の住人に対して支配力を発揮し、適応可能ならあちらの住人を一時的に呼びよせたりできる。
【weapon】
魔弾の射手
【マスター】
ディック・グレイソン@バットマン
【weapon】
特殊な武器は持たない
【能力・技能】
高い身体能力を誇り、アクロバティックな運動を得意とする。
【方針】
ゴッサムの治安を守る。
最終更新:2015年05月18日 03:55