ローズヒップは天真爛漫、自由気まま、そして粗野である。
なぜ彼女のような少女が聖グロリアーナにいるのだろう? 先輩方は彼女を許容できているのか。
学校の特色が露骨に出る戦車道において、この学校は彼女の個性を受け入れられないはずだ。
おそらくは折檻され、完膚なきままに叩き潰されて再構築させられるか、
もしくは、最早我々にふさわしくはない、と放逐されている可能性もあったはずだ。

 ……聖グロリアーナにダージリンがいなければ。

 ダージリンは、ローズヒップを枠に押し込めようとはしなかった。
ダージリンは彼女の腹心とともに、聖グロの生徒としてのある程度の礼節を、粘り強く教える。
ときに、いさめ、叱り、たしなめることはあっても、
ダージリンは、彼女の特色を決して消そうとはしなかった。

 ダージリンがローズヒップに将来的にどこまでの役割を期待しているのかは未だわからない。
ただ、今のところ、その育成方針は成功しているといっていいだろう。
いまや、ローズヒップは、快速戦車隊の小隊長を務めるまでに成長している。聖グロでも有数の力量の持ち主となった。

 そして、いいや、だからこそ、ローズヒップはダージリンに深い尊敬と敬愛を抱いている。
自らの素質を見抜き、そして道を示してくれる者に、好感を抱かないものなどいない。
ましてやローズヒップは、暴走癖はあるものの、根っこはとても素直な少女だった。
常に、恩ある隊長のために、何かできることはないかと探し回っているのだ。

 ――だから、この特殊な場所においても、ローズヒップのなそうとすることは変わらない。
殺し合い、その寸前に少女の首が飛ぶ、という現実を見せ付けられても、彼女は、
動揺や恐怖に押しつぶされることなく、ダージリンのために動こうとしている。

 起き上がってから荷物を見ると、ローズヒップは落ち着きなくうろうろしながらも、しばらく時を待つ。
それは、彼女を知る人物なら、驚く光景であったかもしれない。けれど、十分な時間が経過したころを見計らうと、
やっぱり彼女は、おもむろに砂を蹴って走り出す。頭の中には、やはりダージリンのことが浮かんでいた。 

 大洗の砂浜を、健脚を飛ばして北上する彼女、やがて、彼女の記憶にある場所にたどり着く。
それは大洗マリーナというヨットの係留所の下だった。ローズヒップは目当てのものを見つけた。
少しだけ乱れた息を、整えることもせず彼女は、ダージリンのために、あるいは仲間のために。
荷物から、彼女なりの手段を取り出すと、大きく息を吸って――



 大洗の通り、アスファルトの照り返しを感じながら、西絹代は目を覚ました。
ゆっくりと体を起こし、滲むまぶたを擦りつつ立ち上がり、鈍った頭を立て直すため大きく息を吸い――、

 ……現状を確認した。首元の首輪の感触を確かめる。中身は爆弾入り。生殺与奪の権は向こうに握られている。
周りに見えたのは、高校戦車道の方々だっただろうか? 先ほど……おそらく亡くなっただろうあの勇敢な方は、
大洗の生徒だ。彼女と同じものが首の周りにある。我々は殺し合いを強いられているのか。

 かもすれば、不安に打ちのめされてしまいそうな自己を、彼女は、自らの頬を張ることで戒めた。
あのような光景の中にあって、皆が恐怖の中にいるに違いない……。西絹代は知波単学園戦車道の隊長である。

 「知波単生……他の下級生たちを見つけなければ……。皆、不安がっているだろう」

 突然わけのわからない説明をされたかと思えば、人、それも今まで日常の一部として動いていたものが殺されたのだ。
不安から錯乱、疑心暗鬼に陥ってしまって、あの役人の口車に乗ってしまう可能性は否定できない。
ともすれば、隊長としての義務を果たさなければ、ほかの隊長たちも混乱を沈めようと動いているに違いない。

 西絹代は、少し軽率で人の話を最後まで聞かないきらいがあったが、規律に厳しい知波単の隊長を務めるだけあり、
高潔にして単純、公の秩序と美徳を守り、どのようなときにおいても人を傷つけることをしてはならない。
高い倫理観も備えていた。彼女はこの状況下の恐怖を義務感と義憤によって押し込めた。再び深呼吸をする。

 九九式背嚢を漁る。すぐさま移動したい気持ちはあったが、今の自分はまったく冷静ではない。
昨年までのように闇雲に突撃精神を発揮するわけには行かない。またいつものように自滅を呼び込む。
そしてそれは、滑稽な人生の終焉だ……。彼女は無心に腕を動かした。動揺の波を消そうとした。

内容物は、野営具から飲食料まで、それに……
野営具は一通り使用経験はあるが、場所を選ばねば目立つこと極まりないだろう。
飲食物は、食料は数日分あるが、飲料は心許ない。どこか安定した供給先、水道が生きていればいいのだが。
その他望遠鏡等。修羅場に陥った際にすばやく取り出せるように整理、点検しておこう。

 彼女はまた深呼吸をした、頻繁に酸素を取り込みすぎたせいでクラリとした。
……もしも、彼女には想像したくもないことだった。疑心暗鬼から戦友たちに襲われたら?
無抵抗でやられるわけにもいかない。それは両方にとって不幸だ。逃走、もしくは制圧の備えは不可欠だろう。

 彼女は武器を取り出し、それをまた一通り点検すると、深く目をつぶって黙りこみ、現実を咀嚼した。
いよいよもってここは、戦場に仕立て上げられたようだと思った。彼女は自らの心が存分に揺さぶられたので、
他のものたちも、見ているうちに平静ではいられなくなると思った。……考えるのはやめて彼女は、残務がないか確認する。

 情報……そうだ、情報が必要だ。地形と場所の把握、いくらかの禁止行為も存在するだろう。
参加者名簿もあるかもしれない。確か団体を組めるとも言っていた。もろもろをぴーでぃーえふなる、なる……

「ぴーでぃーえふってなんだろう……」

 ことここにいたって西絹代は、多大な不安に襲われた。
あの役人は、確か、携帯端末に情報を配信するといっていた。
この携帯端末は、そうだ、電報が発展した固定電話を、文字通り携帯できるようにした携帯電話を、さらに高性能化したものだ。
目の前にある板のようなものがそうだろう。何、携帯電話は流通し始めていた。すぐに使い方ぐらい……ぐらい

 「き、起伏がない……。いったいどこで操作するんだ?」

 電源ボタンを押すだけでは起動しないところから、連打する、強打するなどの試行錯誤を重ねて、
彼女はやっとのことでスマートフォンを起動させた。しかし、彼女の前には依然として高い壁がそそり立っている。

 操縦桿のない飛行機をどうやって飛ばすのか?電探に優れた米英はついに思念波の利用を実用化したのか? 
拝んだところで何も動かず、指が画面に触れても錠前のようなものが出てくるのみである。
あの役人は不良品を混ぜたのだろうか。公平を喫するならば……あれに良心を期待してどうする!

結局、大いに時間と精神を最新型情報端末の前に削られた西絹代は、これ以上無為に時を過ごすわけにはいかないと、
戦略的転進を行い、速やかに移動を始めたのだった。

 朝陽から午前に向けて傾きだした日差し、照らし出された町は、
静粛に包まれて、丸ごと死んでしまっているかのような雰囲気だった。人の気配はせず、名残もまたない。
前回の公開演習の際も、人は退避していたが、ここまで異様な雰囲気はしなかったはずだ。
ともすれば呑まれてしまいそうな雰囲気である。特殊な状況が感じさせている部分もあるだろうが……。

ここはおそらく大洗の町だろう。しかし、本土に在るひとかどの町だ。秘密裏に住民を退去させ、武器を密輸、
多種多様な学校、比類なき警備を要する学園間も含めて、生徒たちを誘拐する。
この状況に我々を追い込んだあの役人は、いったいいかほどの権力を持っているのだろう。

 彼女は、再び視線を切って、深呼吸をした。落ち着くべきだ。今はそんなことは考えなくていい。
誰かと合流することだけを考えよう。……ただ、用心だけはしなくては、現在洋弓銃を右手に下げてはいるが、
銃との射程距離は比較にならない。機関砲などを持ち出されては成す術もないだろう。

 交差点を曲がる。向こうに港から海を渡って水平線が見え、左手に大洗アリーナが見える。
空は快晴、こんなときでもなければのんびり散歩でもしたくなるような様相、海鳥の声が響いてきそうだ。

 大洗港大量に係留してあるヨットの側、人影がある! かろうじて髪の色が判別できる距離だ。桜色の髪の毛が海風に揺れている、背は並みの高さ。
息が上がっているようだ。何かから逃げてきたのだろうか。近くに他に人物がいるのだろうか、警戒を切らず、近づいて――
背嚢から何かを取り出している。あれは、何だろう。先端が末広がりになっている。あんな形の、あれは、武器?
こちらに向けている。まずい、狙われている。あたりに、遮蔽物は……遠い! 間に合うか。

 ピンク髪の少女が大きく息を吸う、いったい、何をしてくる――

 『ダー―ヒュオーン―様ー! ど―ポヒュン、ヒュイーン―で―ヒュン―のー!』

 『キン―たくし、ロー―ヒューン―ですわー! ここ―キイーン―ヒュン―わー!』

 『おろろろろろろ? なんか変ですわ。まったく調子が悪い……あら、直りましたわ!』

 『ダー―ヒュイーン―』

 「あのー」

 『なんで―ヒュン―のー!』

 「拡声器は口を遠ざけ音量を下げた後、あんまり怒鳴らないようにすれば反響音が消えますよ」

 『あー、あー、あー!』

 『出ませんわね! ありがとうございますわー!』

 「うっ、も、申し訳ない、できれば、拡声器で返事はしないでいただけると……」

 『アッ』

 「ごめんあそばせ! 気がつきませんでしたの」

 大洗マリーナから大洗リゾートアウトレットにまで彼女たちは走った。いや、どちらかというと有無を言わさず駆け出した
ローズヒップを西絹代が追いかけたのだが。ローズヒップはアウトレットについても、せわしなく何かを探し回っている。

 「何か、探して、いらっしゃるのですか?」

 西絹代は息も絶え絶えになりながら尋ねる。突然遭遇して、突然大声を出されて、突然駆け出されて、
先ほどまで考えていたことが、全て吹っ飛んでいってしまった。
確か、ローズヒップと言っただろうか、彼女の名前は。彼女は、今、冬眠明けの熊というには機敏すぎる動きで、
うろうろと何かを探りまわっている。

 「おっかしいですわねー。前に来たときにはあったはず」

 「ローズヒップさん!」

 「はいですわー。あなたは、えーっと……知波単の隊長の」

 「西絹代であります。ローズヒップさん……でいらっしゃいますよね?」

 そうですわ、私こそが聖グロいちの俊足、ローズヒップですわー! 元気よく彼女は答える。
まるで、場所がわかっていないような振る舞いだった。 遠めに見ていたときから元気な少女だと、西は思っていたが、
面と向かって話してみると、聖グロリアーナの生徒らしくないというか。どちらかと己の出身校同じ様なものを感じる。

 「前に来たときはこの辺に自転車があったのに」

 「銀輪、でありますか?」

 その辺にある銀輪を勝手に使ってしまっていいのだろうか、窃盗に当たるのでは? いや、そうではなくて。 
そういえば、これまでに歩いてきた道に放置された銀輪はまったくなかった。ぼんやりと感心していたが、
あれはおそらく、こちらの高速移動手段を縛るためだったのだろう。
ローズヒップはしばらく探し回ったが、どこにも見当たらないようだった。西は彼女におそらくは自転車は使えないと伝える。

 「マジですの?」

 「ええ」

 いけませんわー。ローズヒップはがっくりと肩を落とした。けれどもすぐに立ち直ると、
別の移動手段を考えなければならないと、立ち上げって行動を始めた。
西は彼女の背に向かって、あわてて問いかける。さっきは反響音の消し方について言ってしまったけれど、
もっと根本的なことを言わなければならなったのだ。 

 「ローズヒップさん、なぜ先ほどは拡声器を?」

 「もっちろん! ダージリン様と合流するためですわ!」

 西絹代は目をあんぐりとした。彼女の部下が彼女の顔を見たならば、一様に驚くだろう表情だった。
しかし、それほどの驚きだったのだ。聖グロリアーナの生徒が、ここまで突撃を伝統とする自分たちが言えたことでないが、
いや、本当にいえたことではないが、あまりにも考えなしすぎるというか。

 「言わせていただきますが、ローズヒップさん。それはあまりにも危険ではありませんか?」

 「……? なぜですの?」

 「我々は殺し合いの場にいるのです! 危険人物に囲まれる可能性が――」

 「ですが、人も集まりますわ。私が陽動として敵をひきつけている間に、数の差でとっ捕まえればよろしくて?」

 本当に本当に自分たちが言えたことではない、言えたことではないが、どこからこんな自信がわいてくるのだろう。
突然、目の前で人が殺され、自分の生命を首輪で握られ、殺し合いを強いられているというのに、
彼女はどうして、こんなにも楽観的でいられるのだろう。西は、ついに激して、その口をひらこうとして――

 「だって、あの時あの場所にいたほとんどの皆様はダージリン様が助けようとされて、ダージリン様が集められた方々ですもの」

 「ダージリン様が信じられた人々ですわ。だから――誰も殺し合いになんて乗りませんわ」




 西絹代はその言葉を聞いたとき、今度こそ呆然とした。しばらく意識がどこかに飛び、
ローズヒップが怪訝な顔つきになるまでぼんやりとしてした。そうして意識が戻ったとき、彼女は無言でツカツカと近づいた。
それは、ローズヒップが気圧されてしまうほどの威圧感を纏っていたが、西はそのまま直進し――拡声器をひったくった。
そして、彼女は、大きく息を吸い込む。……息が響いていくほどに。

 『あーあー。こちら、西絹代! 西絹代です! さきほどは、皆さんを驚かせてしまい、申し訳ありませんでした!』

 『さきほどは、あまりにも性急な行動でした。えー、皆さん、いまだ不安でしょう。 本当に申し訳ありません!』

 『これから、私とローズヒップ女史は、ダージリン殿との合流を目指し高速で移動いたします!』

 『皆さんも、まずは性急に行動するのではなく、まずは気の置けない仲間と合流して、それからよく考えましょう!』

 ブツ、という音を立てて西は拡声器の電源を切った。顔には大量の汗が滲んでいる。
今度は、ローズヒップが驚愕に呆然とする番だった、何か言おうとするその口を機先を制して、西が声を出す。

 「ローズヒップさん!」

 「ひゃ、ひゃい! なんですの!」

 「ローズヒップさんは性急すぎです! 確証もないのに自身を危険に晒すような真似を!」

 「す、すみませんわ」

 「もっと御身を大切にしてください! さあ、走りますよ!」

 「え、ええっと、どこへ……?」

 「決まってるじゃありませんか、ダージリンさんがいそうな場所です。参りましょう!」

 今度は、走り出した西をローズヒップが追いかける番だった。ローズヒップが追いついて横並びになっても、西は走るのをやめない。
揺れる艶やかな黒髪と、元気よく撥ねたピンク髪が、並んで道を走り去っていった。




 ローズヒップはダージリンのことを敬愛し、尊敬している。それは、まっさらな信仰だった。
西絹代がローズヒップの言から、その純粋なる信頼の一端を感じ取ったとき、彼女は何よりも恐れを抱いた。

 彼女は、ダージリンを信じていて、信じているからこそあの行動をとった。けれど……。
この場所にある、殺意、悪意は、彼女を簡単に飲み込んで、潰してしまうだろう。
そうして、下手人は、周りの人々は、あるいは、全て終わったあとで、知った人は――言うのだ。

 彼女は阿呆だった!

 知波単の伝統は突撃だ。だから皆こぞって突撃しようとして、これまでいつも鴨撃ちにあって来た。
仲間は皆満足していたけれど、内輪を外れたところ、他校から評論家までは、みんな、呆れていたのだろう。

 私は、彼女の思いが外から汚しつくされ、皆が侮蔑を浴びせかけるようにはしたくない。

 ……おそらく、あの人は、ダージリンは、ローズヒップのこういうところを気に入って側においてるに違いない。

 彼女はきっと、ローズヒップの信頼を汲み取ってくれる。 西絹代は腹を括った。

 だから、私は、西絹代は、ローズヒップさん、あなたを、無事に――

 ――ダージリンさんのところまで送り届けてみせます。




【D-5・港/一日目・朝(午前寄り)】

【ローズヒップ@フリー】
[状態]健康
[装備]軍服
[道具]基本支給品一式  不明支給品(ナイフ、その他アイテム)
[思考・状況]
基本行動方針:ダージリンの指揮の下、殺し合いを打破する
1:西さんとともにダージリンを探す。

【西絹代@フリー】
[状態]健康
[装備]軍服 
[道具]基本支給品一式 小型クロスボウ 不明支給品(ナイフ、その他アイテム)
[思考・状況]
基本行動方針:殺し合いを打破する。
1:ダージリン及び知波単の生徒を探す。
2:ローズヒップをダージリンの元に無事に送り届ける。

※周辺エリアに拡声器の音、ローズヒップの声、ちょっと後に西さんの声が響き渡りました。


[装備説明]
  • 小型クロスボウ
別名ボウガン、矢を弦にセットし、ばねの力で弾き飛ばす。
射程はそこまで長くはなく、連射も女子高生には厳しいが、ほとんど音を出さずに発射できる。
また、暴発の心配もない(弓なので)




時系列順
Back:いつも貴女に心を
Next:二本の矢


登場順
Back Name Next
- ローズヒップ 025:迷中少女突撃団
- 西絹代 025:迷中少女突撃団

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最終更新:2016年09月06日 01:57