『――あーっ、皆さん聞こえますでしょうかっ!
こちらに向かっている人がいたらすみません、私達二人は、これより先程爆音のしたエリアへと向かいます!』
飛び込んできたノイズ混じりの声を、予想できた者など誰もいない。
故に誰もがその言葉に、聞き入らずにはいられなかった。
半ば放心していたアンチョビだけは、例外と言ってよかったかもしれないが。
「……最悪級のバカだわ」
ひとしきりの演説が終わった後で、最初に口を開いたのは
カチューシャだった。
銃に入れた力を抜いて、こめかみを軽く押さえながら言う。
はっきり言ってアンチョビの、煮え切らない態度に怒った直後に、この声というのは最悪だった。
だからこそ、一瞬前の協定の話も、この瞬間は綺麗に忘れ、頭痛をこらえるような仕草を取ったのだ。
「あわわわわ、今のは西隊長であります! 聞き間違えるはずもありません!」
「どうしよっか。交渉どころじゃなくなっちゃったけど」
ややあって、事態を飲み込んだ福田がようやく叫び、それを見届けた杏が、ばつの悪そうな顔で口を開く。
知波単学園の隊長・西絹代。
福田の先輩であり、上官である彼女が、何者かを伴って鉄火場へ向かい、そして先の発言を行った。
これは早急に対処しなければならない事態だ。
自分から協定の話を振っておいて、無かったことにするのも情けない話だが、そんなことを言っていられる場合ではない。
「バカにしてるとしか思えないわ! バカよ、ホントバカ!
エキシビジョンの時にしたって、やりやすいカモだと思ってたけど、輪をかけて酷くなってんじゃないの!?」
「他人を堂々と導く覚悟のない奴に、隊長の資格はない……じゃなかったっけ」
「限度があるわよ! そりゃあ臆病者よかマシだけど、でもこういうのは別の問題!
手前勝手なワガママのために、ついて来た子に死ねって命じて、他の奴らにも死んでくれって! それ立派な隊長って言える!?」
ささやかな意趣返しをしたつもりだったが、見事にかわされてしまった。
馬鹿にされればすぐムキになる、そういう奴だと認識していたが、それを忘れてしまうくらいに、カチューシャは頭にきているらしい。
同感だと返事をしながらも、杏は苦笑し肩を竦めた。
「にしてもやってくれたね、西ちゃんは。どう動くにしても、これについては、すぐ決めなくちゃマズいことになる」
西の演説に付随する、大きな問題は合計三つだ。
第一に、味方を募るこの言葉は、味方だけが聞いているとは限らない。
爆発を起こしたという人物、そして他に殺し合いに乗った連中が、これを目印に西を追い詰め、殺しにかかるかもしれない。
第二に言えるのは、そこに西以外の何者かまで、既に連れ込んでしまっているということだ。
知ってか知らずか、自分だけでなく、この同行者の命ですらも、西は危険に晒していることになる。
そして最悪の第三は、この声を聞いた他の者が、西に協力するために、合流を考えた場合の話だ。
西と同行者だけでなく、無関係だったはずの第三者すらも、鉄火場に飛び込んでいってしまう可能性があるのだ。
そしてカチューシャは、恐らくこの点に、キレているのだろうと推測できた。
「……せっかくだから言っとくわ。カチューシャはこの殲滅戦から、最大多数で生還するために、貴方達の前に立ってるの」
協定の話が出た時点で、決めていたことではあったのだろう。
ここにきてカチューシャは、初めて明確に、己の方針を口にした。
相手が意にそぐわないのなら、協力することはできないと、そう判断する必要があったからだ。
「最大、多数……?」
最大限であって、全部ではない。
その言い回しを復唱する者がいる。
これまで沈黙しうなだれていた、アンチョビが消え入るような声で、しかしようやく口を開く。
そんな声にならない声など、聞いてやる義理などないという様子で、カチューシャは彼女のことを無視した。
「私は初めて会った時点で、既に福田に銃を向けられたわ。
だから最初から無傷で、穏便に全てを済ませることは、できないだろうと覚悟してたの」
「カチューシャ殿!? 殺し合いを認めないというのは、アレは嘘だったのでありますか!?」
「最後まで聞いて! 難しいってだけの話よ!
殺し合いに乗った奴らを、まとめて黙らせるためには、それなりに努力しないといけないってこと!」
誰もが貴方みたいに素直なわけじゃないんだから、と。
カチューシャは口を挟んだ福田に、半ば憤慨しながら言った。
説得でもいい。実力行使でもいい。殺し合いに乗った人間から、殺意を取り上げてやるために、最大限努力するつもりではある。
だがそうしなければこの状況を、切り抜けることは不可能だ。カチューシャはそうした現実を、正確に理解していたのだった。
だからこそ、事実を認めようとせず、努力を放棄しかねなかったアンチョビに、彼女は腹を立てたのだった。
争いを止めると息巻いていても、争いの有り様を理解できなければ、かける言葉など見つかるはずもない。
「でもって努力に依るからには、当然限界というものもある……そう言いたいわけだよね?」
「正直言ってこの件は、どうこうできるかって点では、かなり微妙なところなのよ」
ガラスをスルーしたあの時とは、まるきり事情が違っているのだ。
悪意をもってカチューシャを狙い、殺そうとする銃弾は、一発どころの騒ぎではない。
十発二十発の殺意の雨を、全て切り抜けることができるかどうか。
あるいは自分はできたとしても、責任を持つと決めた福田まで、守り抜くことができるのか。
「あまり認めたくないけど、最悪のケースも、考えなくちゃならないかもしれない」
「そんな! 西隊長を見殺しにするのでありますか!?」
「じゃあ何? 逆に聞くけど、貴方のところの隊長が、私の仲間を巻き添えにして、殺しでもしたらどうするの?」
カチューシャの瞳が、鋭さを増す。
二つ名通りの吹雪よりは、地獄の釜戸の炎のようだ。
これまで感じたことのない怒気に、福田はひっと小さく叫び、それきり何も言えなくなった。
「そんなことにでもなったら、見殺すどころの話じゃない。いっそカチューシャの手で、アイツを、あのバカを粛清してやるんだから」
何に代えても守りたい、
ノンナを始めとしたプラウダの面々。
自分の知らなかった世界を教えてくれた、大洗女子学園のミホーシャ。
そしてついでに、茶飲み仲間の、聖グロリアーナの
ダージリンもそうだ。
そもそもがこの場にいてほしくない、無事であってほしいと願うような、そうした大切な友は大勢いる。
もしもそんな人々が、西の言葉につられてしまって、戦場へ飛び込んでいったらどうか。
あの大馬鹿に付き合ったがために、無用な戦火に巻き込まれて、命を落としていたらどうなるか。
それだけは認めるわけにはいかない。そんなことになる前に、なんとしても仲間の手を引き、安全圏まで連れ出さねばならない。
もしも間に合わなかったとしたら、その状況を生み出した馬鹿に、罪を分からせる他に取る手はない。
それほどまでにカチューシャは、あの西絹代の愚行に対して、怒りを募らせていたのだった。
「……あああああーッ!!」
そして彼女のその言葉を受け、怒り狂う者が、もう一人。
◆
別に彼女の在り方を、間違っていると言う気はなかった。
悔しいが彼女の言うことには、筋が通っていたのは確かだ。
同じ道を選びたいとは、どうしても思えなかったが、それでも彼女が状況打開を、本気で考えていたことは分かった。
そうだ。つい先程まで自分は、そういう風に受け取っていたのだ。
「そんなことにでもなったら、見殺すどころの話じゃない。いっそカチューシャの手で、アイツを、あのバカを粛清してやるんだから」
だというのに、それは何だ。
言い返すことはできないと、反論の余地はないのだと、認めていたつもりだったのに、その言い草は何なのだ。
見殺しにする? 挙句殺すだと?
殺し合いに乗っていないと、仲間を救うと言っておきながら、裏ではそんなことを考えていたのか?
何だそれは。ふざけているのか。
隊長の心意気を説いておいて、お前にその資格はないとほざきながら、やりたいことはそんなことか。
結局求めていた部下とは、自分にとって都合のいい、手駒達だけだったということか。
全てを救うつもりはない。生かしたい奴だけを生かしたい。
その眼鏡にかなわなかった、有象無象の邪魔者達は、全て消し去るつもりなのか。
私も、杏も、あいつらも――アンツィオの仲間たちまで殺すつもりか!
「あああああーッ!!」
我知らず、アンチョビは叫んでいた。
もはや先ほどまでの迷いなど、全て頭から吹き飛んでいた。
理性のヒューズが一瞬で飛び、両目を怒りで曇らせた少女は、真っ直ぐにその身を走らせると、強引に殺人者へと掴みかかった。
「わっ!?」
悲鳴と共に、ばたん、と音。
重みに耐えかねた小さな体が、横倒しに地面へと倒れる。
「ふざけるな! ふざけるなよ!」
構うものか。知ったことか。自らもその身に覆いかぶさると、手を上げながらまくし立てる。
一発、二発、そして三発。小さなカチューシャの顔に、容赦なくビンタを見舞いながら、アンチョビは猛犬のごとく吠えた。
「いっ……たいじゃないの! 何するのよ!?」
「おい、ちょび子!」
声を上げるカチューシャの、首根っこ部分を乱暴に掴み、小さな体を持ち上げる。
焦った様子の杏の制止も、彼女の耳には届かない。
「気に入らないから殺すだと!? 大口叩いておいて切り捨てるだと!? どうしてそう簡単に、命を粗末にできるんだ!」
どうしてそんなことが言える。
どうしてそう簡単に、誰彼も命を切り捨てられる。
お前も、杏も、他の皆もそうだ。
人は誰かが怪我しただけでも、その有様を悲しいと思う。
ましてやそれが致命傷となり、永遠の別れを招くとあれば、もはや想像もつかない悲劇となるはずだ。
命を値踏みする者よ。命を奪わんとする者よ。お前達はそんなことも、理解できないというのか。
そんな当たり前も知らないくせに、私を世間知らずと罵って、馬鹿にしているというのか。
誰もが当たり前に思うはずの、そんな悲しみをも否定し、せせら笑っているというのか!
許さない。絶対に許せない。
これ以上の減らず口は、もう絶対に叩かせはしない!
「お前には誰も殺させない! その口を閉じないつもりなら、私の方こそここで――ッ!」
「やめろちょび!」
「そうであります!」
掲げられた右拳が、制止の声にびくりと揺れる。
二つの声に呼び止められて、怒りに狂ったアンチョビは、ようやく己を取り戻した。
「あ……」
怒りは急速にクールダウンし、呆けた顔でそれだけを言う。
いつしか涙で滲んでいた、両目が正面に捉えたものは、頬を赤くした少女の睨み顔だ。
「……え?」
一体、自分は何をしていた。
今の今までアンチョビは、何をやっていたというのだ。
カチューシャの襟首を掴みあげ、何発も顔面を張り倒し、挙句言おうとした言葉は何だ。
「私、は……なに、何を……!」
その口を閉じないつもりなら――今ここでお前を殺してやる。
そんなことを言おうとしたのか?
私は危うくそんなことを、言ってしまいそうになっていたのか?
冗談も遠慮もないままに、この少女をこの右腕で、殴り殺そうとしていたというのか?
「何もしないなら、下ろしてちょうだい」
不機嫌な声でカチューシャが言った。
悪態をつかれても当然の行為だ。もちろんその声に対しても、反抗をできる道理がない。
言われるがままに彼女の体を、地に下ろすアンチョビの顔は、きっと酷い有様だったのだろう。
最悪だ。それこそドゥーチェ失格だ。
決意を否定されたにとどまらず、自身で裏切りもしてしまった。こんな無責任なリーダーに、皆を導く資格などあるまい。
結局我こそがリーダーだと、冷徹に振る舞った杏の方が、正しかったということか。
「……福田ちゃん?」
そんなことを考えて。
視線をそちらへと向けた時、おかしなことに気がついた。
事は全て終わったというのに、場の緊張感が消えていない。
凶行を未遂に終わらせて、目的を果たしたはずの二人が、未だ安堵していない。
どころか福田の両手には、なおもこちらへと目掛けて、鉄の銃口が向けられている。
何でだ。どうしてそんな風にしている。
確かに悪かったとは思うが、その様子は何と言うべきか――どこか、不自然ではないのか?
「どういうつもりかしら」
疑問はすぐに氷解した。
なるほど、その違和感は真理だ。何故なら最初から福田の銃は、アンチョビを狙ってなどいなかった。
黒光りするピストルは、むしろアンチョビの方でなく――カチューシャへと向けられていたのだから。
◆
「どういうつもりかしら」
まったく、なんて有様だ。
上官へと銃を突きつけて、睨みをきかせる福田の姿を、カチューシャはため息と共に見据える。
無礼にもその身を押し倒し、あまつさえ傷つけたアンチョビへの怒りも、その光景を目の当たりにしては、立ちどころに消え去ってしまった。
「その人の言う通りであります。西隊長を見殺しにするなら、自分はカチューシャ殿を許さない」
なるほど、そういうことだったか。
暴力を振るったアンチョビではなく、振るわれたカチューシャを狙った。そんな福田の行動の理由は、先の失言にあったのだ。
論理的な判断を、理屈で割り切れない者はもう一人いた。
全てを救えるなどという、脳みそお花畑な理屈を、本気で口にしたアンチョビだけでなく。
むしろ西絹代を尊敬し、付き従っていた福田の方が、そうする可能性は大きかったのだ。
「もしもカチューシャ殿が、そうすると仰るのであれば……自分はこの引き金を引くのであります……!」
無論、だからといって決意など、簡単に固められたわけでもない。
出会った頃とまるきり同じだ。銃はガタガタに震えているし、支える足すらも覚束ない。
ただしかし、一つだけ違いがあるとするなら、それは眼鏡の向こうの決意だ。
恐れながらも、緊張しながらも、大きく丸い双眸には、明確な意志の光があった。
絶対に西を助けに行く。その邪魔をカチューシャがするというのなら、撃ち殺してでも前に進む。
恩知らずにも程があるが――それでも、無視はできない瞳だった。
目的がシンプルで明確である分、我を忘れたアンチョビのものより、胸に堪えたかもしれなかった。
「正気でそう言ってるのね?」
「正気でありますッ!」
嘘つけ。胸を張れるタマか。
そう簡単に殺せるのなら、今チームを組んでいること自体、あり得ないということが分からないのか。
それでも、そんな無理を強いたのが、他ならぬ自分自身であるのは確かだ。
「……分かったわよ。私も貴方をこんなところで、見放したいとは思わないわ」
故にこそ、素直に認めるしかなかった。
だから隊長への反逆行為は、この一度だけは忘れてあげると。
そう言いながらカチューシャは、降参といった具合に両手を挙げた。
もっとも、引き金を引くべき銃など、アンチョビに襲われた時点で、既に落としてしまっていたのだが。
「言っとくけど、嘘は言ってないわよ。勝手なことは認めないって、貴方に言ったのは本当だから」
「! では……!」
「行くだけは行ってあげるわ、西の所へ。最悪の選択を覚悟するのは、カチューシャが打っていいと思う手を、全部打ってからの話」
「あ……ありがとうございます、カチューシャ殿っ!」
やめてくれ。今はそんな満面の笑顔、情けなくて見ていられない。
先ほどの形相はどこへやら、ぺこぺこと頭を下げる福田の姿に、カチューシャは我知らず顔を背ける。
西の行動は腹立たしいが、それも諸悪の根源である、文科省のそれに比べればどうということはない。
そう口にするのは簡単だが、彼女のプライドと自己嫌悪が、それを許しはしなかった。
結局のところ、騒動の理由は、アンチョビでもましても福田でもない。
彼女の文句を受け流しきれず、情けなくもムキになった自分が、無責任に暴言を吐いたおかげで、この二人は怒り狂ったのだ。
自分の至らなさのせいで、面倒見ると誓った相手に、殺しの業を背負わせるような、最低な結果を招くところだったのだ。
こんな状況なればこそ、カンシャクも自制せねばと思っていたのに。結局のところ自分自身も、この場の殺意にあてられて、どうかしてしまっていたらしい。
「行くってんなら、私らも行くよ。その方がうちのチームメイトも、納得してくれるだろうし」
うなだれるアンチョビを見やりながら、残る角谷杏が言う。
そういえばこいつのことを忘れていた。一番警戒すべき女は、この生徒会長であるというのにだ。
「まぁいいわ。手伝ってくれるっていうのなら、貴方の協定とやらの中身も、一緒に聞かせてもらおうかしら」
「ありゃ、意外と抜け目ないね」
意外とは余計だと反論するも、相手は舌を出しとぼけるだけ。
あんなことがあったというのに、すぐに切り替えられるのは、さすがと言うべきか、なんと言うべきか。
そこだけは、未だしかめっ面を作っているであろう、自分も見習わなければならないのかもしれない。
ともかく、道中での交渉を取りつけると、カチューシャはくるりと踵を返し、ずかずかとアンチョビの元へと向かう。
「……敢えて、貴方に言うわよ」
本当ならばこんなこと、どの面を下げて、となじられるべきだ。
それでも敢えて、己が失態を、棚上げにしても言わねばと思った。
奴があの時見せた力を、未だに燻らせているのなら。
絶望一色のその顔の奥に、未だドゥーチェならんとする意志が、残されているとするならば、だ。
「さっきのは間違ってなかったわ。同志が大事だっていうなら、それを蔑ろにされて怒ったり、そのために戦おうとするのは当然のこと」
「あ……」
「だけどそれは、その同志達も、同じように思ってること。そういう当たり前の現実と、向き合って戦わなくちゃいけないのよ、貴方は」
仲間を強く想うが故に、凶行に走らんとするのは自然なこと。
それは己のみならず、守るべき仲間達にとっても、自然なことであるはずだ。
ドゥーチェの命を守るために、ドゥーチェの敵を殺してやる。
そういう決意と向き合うことが、指導者(ドゥーチェ)を名乗るアンチョビに、課せられた責任でもあるのだ。
不殺と平和の二つを掲げ、その殺意を踏みにじるのならば、なおさら意識しなければならないのだ。
「貴方は同志達の想いを、否定するために戦うの。それだけはわきまえておきなさい」
最後にそう締めくくりながら、カチューシャは背を向け先頭へ進む。
言われた側のアンチョビが、どんな顔をしていたのかなど、確かめたいとも思えなかった。
見れば嫌な思いをする。情けない顔に怒りを覚え、そんな有様へ追い込んだ自分に、嫌気がさすことは間違いない。
そうやって己の発言に、カチューシャは背を向け逃げたのだった。
きっとそのような感傷は、前に進むには不要なのだと、もっともらしい覚悟を繕いながら。
◆
「悪い。庇ってやれなかった」
西絹代のもとへ向かうアンチョビに対して、杏がくれた言葉はそれだけだ。
それでも、頭の冷えた今ならば、十二分の価値があると、素直に認めることができた。
一時は杏の腹のうちを、卑しくも疑ってしまっていた。
それでも短い言葉に込めた、罪悪感は本物なのだと、目に見えて理解することができたのだ。
であるならば、信じてやれる。むしろ疑った自分の方こそ、申し訳ないと思うことができる。
過程の捉え方は違っていても、恐ろしいほど冷静であっても、共に戦いたいという、その想いだけは信じられる。
角谷杏は間違っても、命を蔑ろにするために、行動するような女ではない。
こうして出発する頃には、角谷杏に対する疑念は、誤解であったと割り切ることができた。
(想いを否定するため……か)
それでも、とぼとぼと歩く足取りは重い。
全ての悩みが消え去ったなど、口が裂けても言えるはずもない。
守るために抱く殺意は、誰しもが抱くべき自然なもの。仲間を愛しく思えばこそ、凶行に走ることもある。
そんなことはあり得ないと、必死に否定してきたことだ。
しかし、現実に見てしまった。そして味わってしまった。
あの知波単の福田という少女は、西の命を守るために、カチューシャに凶弾を向けようとした。
他ならぬアンチョビも、カチューシャ許すまじと、殺意の拳を振るおうとしたのだ。
であれば、もはや無視することはできない。
ペパロニも、カルパッチョも、その他大勢のアンツィオの仲間も、誰彼も皆重いほどに、自分を慕ってくれている。
そんな仲間のうちの誰かが、自分を守らんとするために、殺意を抱いても、おかしくはない。
(キツいな)
きっとカチューシャに言われるまでは、そんなことは望んでいないと、無責任にも言えたのだろう。
それでも、今ならば分かってしまう。
貴方のためにと頑張ってきたのに、どうして分かってくれないのだと、言い返される未来が見えてしまう。
怒る者もいるだろう。涙する者もいるだろう。
そんな優しい想いであっても、殺意であることに変わりはないのだと、自分は踏みにじらなければならないのだ。
アンチョビが選んだのはそういう道だ。それが何よりも苦しかった。
自分が逆の立場であったら、きっと苦しむことになるだろうと、まざまざと理解できてしまっていたから。
「あの……アンチョビ殿」
横から、声がかけられる。
自分の隣を歩いているのは、今は福田一人だけだ。
残るカチューシャと杏は、同盟関係を取り付けるために、三歩ほど先を歩きながら、あれこれと言葉を交わしている。
結局のところ何もせず、後ろを歩いているアンチョビは、未だ現実を受け入れきれず、遠巻きに傍観していたのだった。
「おう……どうした?」
「先ほどは、その……ありがとうございました。西隊長のために、怒っていただいて」
「ああ……うん」
違う。そんなことを言われる資格はない。
ばつの悪い顔をしながら、アンチョビは生返事で応じる。
きっと自分はそこまでのことを、明確に考えてなどいなかった。
ただ漠然と、命が大事だと、そんな一般論だけを考えていた。むしろそうしない輩への、怒りの方が強かったとも言えた。
すると結局、蔑ろにされた人間は、誰でもよかったということになるのだ。
なればこそ、その程度の人間である彼女に、その感謝を受け取る資格はなかった。
「……もし、そう思うのなら、一つだけ約束してくれるか」
それでも。
せめてあの西絹代のために、一つだけ言えることがあるなら。
結局己を守るためでも、結果的に西の心も、いくらか救われるというのならば。
福田に対してこれだけは、頼んでおきたいということが、アンチョビには一つだけあった。
「もう二度と、殺してやるだなんて、そんなことは言わないでくれ」
大切な人を狙う者を、憎いと思うのは分かる。
大切な者を奪う敵を、殺したいという気持ちには共感できる。
それでも、だとしてもそんなことは、言ってほしくないと思った。
己も誰のためであっても、あんなことはもう二度と、口にしたくないと思った。
「きっと西はそう言われると、つらくなると思うから」
誰かに想われることは嬉しい。
けれども自分の存在を理由に、誰かが道を踏み外すのは悲しい。
安斎千代美はその痛みを、既に知ってしまったのだから。
【F-3/一日目・午前】
【☆カチューシャ @カチューシャ義勇軍】
[状態]頬の痛み(小)
[装備]タンクジャケット APS (装弾数20/20:予備弾倉×3) 不明支給品(ナイフ)
[道具]基本支給品一式 不明支給品(その他)
[思考・状況]
基本行動方針:最大多数での生存を図るわよ!
1:しょうがないから西達を助けに行くわ! ……でもあまり期待しないでよ
2:協定の話も聞くだけ聞いてあげる! それで、どういう条件を取り付けたいわけ?
3:プラウダ生徒・みほ・ダージリンあたりと合流したいわ!
4:カチューシャの居ないところで勝手なことはさせない!
5:全部のチームをカチューシャの傘下にしてやるんだから!
[備考]
- チーム杏ちょびとの間に、協定を結ぶための交渉を行っています。内容は後続の書き手さんにお任せします
【福田 @カチューシャ義勇軍】
[状態]健康
[装備]タンクジャケット M2カービン(装弾数:19/30発 予備弾倉3)不明支給品(ナイフ)
[道具]基本支給品一式 不明支給品(その他)
[思考・状況]
基本行動方針:不安を消すためになにかしら行動する
1:西隊長を助けに行く
2:カチューシャと行動を共にする
3:出来ればアンチョビ達と協力したい
4:銃を人には向けたくないのであります……
【☆角谷杏 @チーム杏ちょび】
[状態]健康
[装備]タンクジャケット コルトM1917(ハーフムーンクリップ使用での装弾6:予備弾18) 不明支給品-ナイフ
[道具]基本支給品一式 干し芋(私物として持ち込んだもの、何袋か残ってる) 人事権
[思考・状況]
基本行動方針:少しでも多く、少しでも自分の中で優先度の高い人間を生き残らせる
1:西達を助けに行く。道中でカチューシャを味方に抱き込む
2:アンチョビと共に行動し、脱出のために自分に出来ることをする。可能なら大洗の生徒を三人目に入れたい
3:その過程で、優先度の高い人物のためならば、アンチョビを犠牲にすることも視野に入れる(無意識下では避けたいと思っている)
4:カチューシャとは同じチームにはなりたくないが、敵には回したくない
5:放送まではなるべく二人組を維持したい
[備考]
- カチューシャ義勇軍との間に、協定を結ぶための交渉を行っています。内容は後続の書き手さんにお任せします
【アンチョビ @チーム杏ちょび】
[状態]大きな不安と劣等感
[装備]タンクジャケット+マント ベレッタM950(装弾数:9/9発:予備弾10) 不明支給品-ナイフ
[道具]基本支給品一式 髑髏マークの付いた空瓶
[思考・状況]
基本行動方針:皆で帰って笑ってパスタを食べるぞ
1:西達を助けに行く
2:誰も死んでほしくなんてない、何とかみんなで脱出がしたい
3:例え手を汚していたとしても、説得して一緒に手を取り脱出したい(特にアンツィオの面々)
4:杏の考え方は少し怖いが、通じ合える部分はあるはず。共に戦っていけると信じたい
5:カチューシャと共に戦うというのならそれでもいい。それでもいいのだが……
6:……どうするのが正しいんだ? 私に仲間の想いを、受け止めることはできるのか?
登場順
最終更新:2017年05月07日 15:20