落ちてきた空はどこまでも澄み切っている。今日も一日晴れるだろう。勘。
まとわりつく体感温度の中、しかし見上げた空が広がってゆくということはつまり空の広さを表すもので、
いや、私たちが小さくて狭いってことだと、考える。何もかもがそれの視点からはちっぽけになりそうな日照。ギラギラが体に刺さる。
其れだけの見てくれでこちらは結構おっくうなのだから、先ほどまでの解放感は朝特有なだけで、疲れとともにすり減ってゆく。
いつか、きっと、多分でなく、すぐにこれなんだから、死にたくなるような雰囲気に身を任せなくても、よかった。赤ら顔の彼女は大きく息を吐いた。

 今まで頑張ってきて、幾度も失敗にもかかわらず成果が降ってきてくれていたのは、もちろん私たちの頑張りもあっただろうけれど。
けれど、何か、こう、ああ、神様? 西住隊長の指揮もご指導もあるかもしれないけれど、神様が何でもできる神様がいた気がする。
頑張れば何でもできるってことではなく、運命が決めていたーとか? 私たちは頑張ってきたんだよー。我武者羅に、多分。
頑張ってきたことは間違いではなく、成功したから、しちゃったから、その鮮烈なまでの輝きに目がくらんで――

 ――どこまでも見渡せるような気分になってしまっていたんだ。

 一寸先は闇だった。彼女は信じた。ちょっと調子に乗って走ってみたら、そのまま石につまづいた。全く気にもしていなかった。
全知全能の神様がこれまでのように見ていてくれたらうれしかったけれど、人間は70億人いるので、個人個人を見られるくらいのキャパはないのだろう。
疲れる、疲れたんだって? それでもすすまなきゃ、パンツァー!… … ごめんね、ムカつくでしょ? ……ムカついてよ。
空虚にぶつぶつと、何の意味もなしに屋上をふらふらと歩き回る様はまるで冬眠明けの熊だ。彼女はウサギの親玉であるのに。

 ねえ、なんで何も言ってくれないの? なにか言ってくれなきゃわかんない。 ああ、死んでたね、死体だったね。
言わせてみようか。梓、梓らしくないよ、とか。梓がしたいようにしてくれていいんだよとか。
喚かせてみる? 梓のせいで死んだのに、どうしてのうのうと生きていられるの! 言いそうにもないよ。もう何も言わない。
だって、死んじゃって、死体で、あんなにぐちゃぐちゃになって、ものも言わないんだから。何を言ってるように聞こえても私がしゃべらせてる。
鏡にしている――あゆみに私自身を投影しているんだって。

 死体、死体、もの言わない死体。彼女をここに閉じ込めて行った死体。虎は死んだら皮を残すが、どうやら人は死ぬと呪いを残すのかもしれない。
ごめんね。彼女はつぶやいた。これさえも鏡だ。私が行動したいようにさせるイッコクドー、グチャグチャの物体……。
耐えらなかった彼女をひき潰してパンツァーフォーと言っても、無残な被害者たる彼女を掲げてパンツァーフォーって言っても、責める人間はこの場にはいない。
自分がこだわってるだけだ。しかしそれでも拭い去れない。うさぎは寂しさに殺されるから、あゆみがいないと寂しいよ。
生きていてほしかった。今は駄目でも、生きていれば変わっただろうに。……私、動けなくなっちゃった、よー。

 無理やり引きずりださないでよ、彼女がつぶやいた。



 生きている山郷あゆみは澤に何と言うだろう。考えるには、彼女を生かす方法から導かなくてはならなかった。
悪い子、悪い子、あーずさー。フワフワしながら脳がきしみ、身体が熱くなって頭に血流、高揚感と全能感に包まれる。
今までに感じたことなど無き感覚だ。戦車道における興奮に類似しているかもしれない。……すみません、道を汚しました。

 怯える彼女を力強く抱擁し、安心感のゆりかごに留め、理想を語って、目標にまい進するのだ。/彼女は泣き止んだ
悪い人たちには負けない! 一緒に頑張ろう! みんなで、大洗に帰ろう! 彼女は、いつだって明るくこちらを鼓舞してくれた。/彼女は微笑んだ。
大丈夫、きっとうまくいくから、みんなで力を合わせればきっと何もかもがうまくいくから、いつもみたいに、一緒に、/彼女は頷く――

 「最初で、最後。会えたのが、梓でよかった」/――に水を差された。次。

 突き放したり、泣きわめいたり。冷たいこと言えば、無邪気に笑いながら乗ってくれたに違いない。/日常の風景。
醜く泣きわめきながらすがりつけば、いつものあずさじゃないよって、こちらを支えてくれたに違いない。/いつもみたいに。
仲間たちのことを持ち出して、思い出にすがらせて、そうすれば普段の彼女に戻ってくれたはず。/本当の彼女。

 /いいや、彼女にとってここはもう人生の延長上にはなかった。あの時点で完全に断絶し、もはや彼岸の向こう側に行ってしまっていたのだ。

 ならば実力行使しかない。しかし直接止めたとしても、/彼女は締まるところ締まって出るところ出ている――つまるところ発育がいい。羨ましい。今見ても――
羽交い絞めにしても振りほどかれて逃げ出されてしまう。ならばどうすればいいか、……下に先回りして受け止めるというのはどうだろう?/……痛い。
目が覚めた瞬間に駆け出し、建物を下り上から落ちてきた彼女をキャッチする。これならどうだろう? どの辺りで待てばうまいくかな? /……目が痛い、痛い。

 痛い、痛い、涙を出し続けると、眼球が痛くなってしょうがなくなる。もう枯れたと思っていた涙であっても、現実を目の当たりにすると再び滲む。
彼女の死体は象徴だった。頭はアルコールに侵されているとはいえもう十分になれたはずなのに、
彼女の姿を見ると、トリガーのように、そうしなければならないように涙が出てくるのだ。だが、この涙は……。

 結局のところ、澤梓と山郷あゆみは無知だった。彼女たちの見識においてはこのような桎梏渦巻くような世界は、影すらもつかませなかった。
それは、彼女たちが歩んできた人生の成果であり、また彼女たちを取り巻く環境が、周囲の大人たちが、善き仲間、家族たちが、必死に守ってくれていたからだ。
けれど、保護を離れた真っ白い彼女たちが、いざ知られざる汚泥に触れたとき、それは彼女たちの性質を、変化における拒絶反応を露骨にする。
そこにおいては、澤梓は少し色が変わろうと適応できるタイプであり、山郷あゆみは変色に耐えられないタイプだった。
そして、拒絶反応はさらなる拒絶反応を生むのだ。

 無垢であって、少しの汚れ、澱みさえもといった山郷あゆみは、ある程度受容した澤梓に、その穢れを過剰に自覚させたのだ。
何を穢れというかは個々人の認識の差であり、自身しか持たないものであるはずなのだが、山郷あゆみは汚れ無き白だけが白として死んでしまった。
これをして、澤梓はもう二度と綺麗にはなれなくなった。こびりついたものはもう二度と拭うことができなくなってしまった。
澤梓は、懐疑的になる。自分の行動すべてに打算と保身の影を感じ取らずにはいられなくなる。そして、本物の感情の欲求と二度戻れぬ汚泥の自覚をもって――

 ……考えたくないものは考えなくていい。見たくないものは見なければいいのに。なのになぜ見てしまうのか
それはともかく、澤梓の思考の続きである。精神ももダメ身体もダメ、ならばほかに取れる手段は、第三者の介入だ。
例えば、梓が尊敬している西住隊長、またはウサギさんチームの仲間たち。きっとうまくいくにちがいない。彼女たちならやってくれるだろう。

 しかしその夢想は彼女を苛む。それは、澤梓という少女の能力ではけっして山郷あゆみを救うことはできなかったということに他ならないからだ。
彼女は自身の能力不足を認められない性格ではないが、内から無能と罵られることになれているわけでない。
またこの事実は別の側面も持っている。ある種の山郷あゆみの死からの責任回避であったり、
澤梓の能力では殲滅戦という戦場で生き残る可能性は万に一つもない、ということだ。

 澤梓はここにおいて――今生きていることがただのモラトリアムにすぎないことを自覚した。




 見上げた空は確かに澄み切っているけれど、体にまとわりつく呪いみたいに思い湿気は、きっと嵐を呼び込むのかも。
あゆみに向けて落ちていた涙は、風に流されてどこに行ったかもわからなくなった。……私が降りたって、同じこと。
意気地なしなのかな? 梓は考える。死のうとする勇気なんて勇気じゃないって前なら言えたのに。
でも、あゆみの横に墜ちたら、きっと死体が二つ並んで――あゆみだけの死の衝撃はきっと薄らいでしまう。あゆみとあゆみ二号になってしまう。
それに、ここで死ねば彼女に、綺麗だった彼女に、より直接的に自殺の理由を押し付けることになる。それは、嫌だ。

 梓はもう自分は汚れていると持った、思考の迷子になって行動できず、それすらも言い訳にしていると思った。
けれども梓は生きているのだ。これからの身の振り方について考えなくてはいけない。深い絶望の中にいるけれど、何かもがかなくてはならない。
……もう、自分は罪に汚れているのだ。ならばこれ以上に汚れたとしても同じことだ。

 自殺したのはあゆみの意思、私は関係ない。むしろ勝手に死んだあの子が悪いんだ。あの子が悪い。あゆみが悪い、あゆみが絶望して――……私が悪い。

 ……どうしても思い込むことができない。澤梓は元来優しい少女であったから。明白な禁忌であるお酒に手を出したところで変わることはなかった。
けれどもそれは、罪を自覚しようとしないということで、どちらにせよ綺麗ぶることで、それがまた彼女を苛んでいって。

 これから、どんな道を行けばいいのだろう? あの時見えた背中のように、罪を飲み込んで道を進むか? パンツァーフォーの号令の元、親友をひき潰す?
人殺しは、受け入れらない。それは梓にとっての今のところの絶対防衛圏だ。それに逆らって生きるのは、それこそ狂わないとできないこと。
でも、もう狂うことはできない。いくら狂気を発して狂っているぞ主張したところで、それは表通りを狂人のふりして行く人、狂人とみなされる狂人ぶった人にしかなれない。
狂人ぶるために、これからどのくらいの禁忌を重ねていけばいいのか。あゆみからまっとうな人にいくら迷惑をかければいいのか……梓には見当もつかない。

 だったらやっぱりあゆみを轢いていく? けれど前に進んだところで、道なんてあるのかな? 再び袋小路に迷い込んでいくだけじゃ……。


 ――多分、もう二度と私がパンツァーフォーを聞くことはないんだ。ここで、私の道は途切れてしまったんだ。

 もう生きる道なんかじゃなく、どうやって終えるかを考える。どう死ぬかを考えなきゃならないだって。

 梓がその結論にたどり着いて、彼女は目を広げて、頭が痛くなってよろよろとした。また、あゆみの死体を見に行った。
五十鈴華が整えていった彼女の死体は、しかしどこをどう見ても生きているとは言えなくて、きっちりと生命が終えられていた。
梓は、それに恐怖を感じて、立ちすくんだ。皮肉なことにこの道に関しては、山郷あゆみは澤梓のずっと先に行ってしまっていた。

 ……私たちは、死んだらどうなるんだろう?

 黒く濁った、自分の穢れの本性というべきものが、彼女の胸中を満たし始めようとしたとき、
梓は、ふと、死後のことについて思考を向けた。ここの死後は現世の後の時間軸のことだった。

 この殲滅戦を企画した側は、途方もない権力を持っているらしい。ならば、私たちの本来の死因については明かされず、
全員がひとまとめになって、大きな事故の犠牲者として処理されてしまう。
皆が――あゆみが、どんな気持ちで、何のために死んだかなんて、覚えてくれる人は誰もいないだろう。

 誰かに伝えていってもらう――いや、駄目だ。私が誰かに伝えたところでそれはだんだん薄らぐ伝言ゲーム。そして亡くなる人はほかにもたくさんいる。

 私が、私だけが覚えている。死ぬまでの間だけだけど、あゆみの気持ちは私だけが持っている。……じゃあ、私が死ぬまで、それだけをずっと偲んでいよう。
どうやって死んだっていい、ただ人に迷惑をかけることはしない。日常の延長としてここを過ごそう。死に行くまで。
戦車からはもう降りよう。ただ目の前で死んでいるウサギ、彼女に寄り添って死を待とう。それが、それが――死に方ってことだよね。

 「あゆみー! わたし、死ぬまで覚えてるから! きっちり死んで見せるから!」

 澤梓は叫んで、叫んで、叫んでみるけれど、其れでも一抹の不安が残る。
もしもこれから、もっと強い恐怖と絶望に襲われたなら、死の瞬間に彼女のことを忘却してしまうかもしれない。
そうしないためにも、やらなくてはいけないことがある。身体に刻み込まなくてはならない。

 彼女は自分の背嚢から銃、おまわりさんがもっているようなそれを取り出すと手の甲にあてた。
歯を食いしばって、目を固く閉じて、引き金に手をかけて――引いた。
弾は、手の甲を滑り、親指の付け根を抉っていった。焼けつくような痛みから、傷を抑え、涙を流す。澤梓は覚悟を刻んだ。

 「絶対、忘れたりしないから……」


 彼女は、痛みをもって体に記憶を刻んだ。親友をなくしたという悲劇の記憶を、これは辛さに基準を設けたということだ。
これから彼女は、少しの痛みや辛さならへっちゃらになるだろう。あれより辛いことはないと思えるからだ。
ただ、もし、同程度かそれ以上の絶望が彼女を襲った場合、蓄積した損耗が炸裂し、無残に圧潰する可能性が、ある。 

 けれども、気になるのは、やはりこの死に方も山郷あゆみに押し付けているのではないか、ということだ。
澤梓は当然それに思い至ったけれども、それに関しては許容した。
なぜなら、梓は、あゆみが、目の前で死んでしまったことが、本当に、本当に――辛くてたまらなかったのだ。




【E-4・ビル屋上/一日目・午前】

【澤梓@フリー】
[状態]パンツァー・フォーはもう聞こえない。
[装備]ニューナンブM60 残弾5/6 予備弾倉3
[道具]基本支給品一式 酒、不明支給品(ナイフ)

[思考・状況] 酩酊状態 左親指付け根に抉傷
基本行動方針:あゆみのことを偲んで死ぬ
1:記憶に刻んで、私は――
2:日常の延長として過ごす
3:人に迷惑はかけない

※澤梓の近くに山郷あゆみの支給品が置いてあります。


[装備説明]
  • ニューナンブM60
日本の警察官の標準支給品。ある意味では平和と法の象徴。

酒類。日本軍への支給品? 澤梓がどの程度飲んだのかは不明。
未成年は禁止。アルコールは、慣れてない人には取り返しのつかない味がします。




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025:迷中少女突撃団 澤梓 039:スーサイドする脱兎

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最終更新:2017年05月07日 15:17