ぼうけんのはじまり◆Ok1sMSayUQ
まずは私の話を聞いてくれ。
私の名前は坂上智代だ。とある高校の二年生だ。至って普通の女の子だ。
学校では行儀良くしてるし、ちょっと生徒会長なんかもしている。友達だっている。普通だろう?
強いて私の特徴を挙げるとするなら、そうだな。ほんの少し正義感が強いことくらいだ。
だからターザンのような声を聞いたときは我が耳を疑ったな。
しかも女の子が襲われ……襲われ……いや、まあ、いい。そういうことにしておく。
最終的にはあの変な英語男が仕掛けてきたんだからな。
ここで私は奴の攻撃を待ってから反撃に転じた。正当防衛だ。
そのまま奴は逃げていった。というか、転がり落ちていった。……死んではない、よな?
殺し合いをしろだなんて言われたが、無論私はそういうつもりなど金輪際ない。
これは女の子がどうとかは関係ない。当たり前の話だ。人間が簡単に人を殺しちゃいけない。そういうことだ。
さてここまではいい。問題はここからだ。
今ここには、襲われていた女の子がいる。神北小毬というそうだ。
怯え、戸惑い、逃げていたのを見たから、さぞ怖がってるだろうと思ったんだが……意外なことに、もうにこにこしている。
なんて順応力の高い、とぽかんとしてる間に、神北は私を友達認定してきた。
まるで屈託のない、太陽のような笑顔と一緒に「トモちゃん」と呼んでくれたのだ。
その、なんだ。私はそういう経験がなかったから、正直嬉しい。ちょっと照れた。
いえー、と、さっきまで自分を襲っていたはずの男の真似をしているのはよく分からなかったが、まあ彼女なりの紛らわせ方……紛らわせ方なんだろう。
何も問題はないって? いや、その……ええと……
「だーかーらー、苗字にさん付けじゃなくって、もっとこう、ふりーだむにっ。よぅちぇき!」
「い、いや、だから……ど、どう呼べば……?」
「それは」
「それは?」
「トモちゃんの~」
「……私の?」
「そうるに聞くのです!」
万事がこの調子である。
どうにもこの子は他人行儀なのを嫌うようだった。
心が広いというか、呑気というか……独特だった。
しかも期待の視線で見てくるものだから、始末に終えない。
いや嬉しいんだ。だけど、なんというか……そう、20段の跳び箱を飛べと言われているような気分だ。
私は筋肉番付に出た覚えはないのだが。
「ソウルって……」
「いいですかトモちゃん」
「は、はい」
キリッとした表情になるものだから、私はつい居住まいを正してしまった。
妙に間延びした声なのに、どことなく迫力があった。
「わたしの友達はわたしをこう呼びました。『コマリマックス』と」
「どんな友達だ」
「わたしはこう呼び返しました。『ゆいちゃん』と」
「普通だ……」
「大勝利!」
「何が!?」
「みなぎる友情が!」
「ええーっ!」
「まああれです。みんなで野球しよ~、ってお誘いに乗ってもらったのです、えへへ」
「あ、なんだ」
説明がぶっ飛んでるだけで、至って普通だった。
いいことだ。みんなで野球。実に青春した響きじゃないか。
そういや私たちも野球やってたな……まあ、もうあんまりホームランは打ちたくないが。
「ということで、わたし達もみなぎる友情! おーけー?」
「お、おーけー……」
感慨に耽っている暇はなかった。ずいとにこにこ笑顔が近かった。
しかし考えてみれば、親近感を深めようと『トモちゃん』と言ってくれてるのに、私はなんて体たらくだ。
変に遠慮して、他人行儀な呼び方をすればそれこそ失礼というものだろう。
恥ずかしい。急にその気持ちが湧き上がってきて、私はだから精一杯やってみようと思った。
今の私は、荒れていた昔の私じゃない。何も怖がる必要なんてないんだ。
「じゃあ……小毬」
「おおう。おっけ~♪」
嬉しそうにリズムを取る小毬。
それだけで、なにか私も嬉しくなるのだった。
「ではトモちゃんにお聞きしますっ」
「え? あ、ああ」
「――なんで、わたしを助けてくれたのかな?」
それは想像とは違う、真面目で真摯な質問だった。
引き結んだ口元と、揺れない視線は、それが本気であることを語っている。
ドキリとしつつも、私は、これが彼女か、と思っていた。
互いの心理を計り、そのときに必要な言葉、予定された会話を交わすのではなく、本当の意味で近づくための会話。
この子は欲しがっている。ここで行動を共にできるだけの理由を。
それが簡単に分かったから、私は素直に応じることができた。
「殺し合いなんて、したくなかったから」
誰かと、誰かが争いあい、いがみあい、憎しみ合うなんて真っ平だ。
本当の意味としての殺し合い、というのは、実感していないのかもしれない。
私はまだ認識できていないのかもしれない。それでも。
それでも、何も信じられなくなり、最後にはお互い心を逸らしあったまま、空虚に傷つけあってゆく様を見てきた私は、
確かに「もうこんなのはこりごりだ」と思う気持ちを持っていた。
「うん。分かりました。ごめんね、変なこと言って」
思ったより深刻な表情になっていたらしい。
小毬は苦笑していた。もうリズムはとっていなかった。
まだ、怖いのかもしれない。どうしていいか分からないまま襲われ、助けられ、何を信じればいいのか迷っている。
だからいつもの自分を保ち、恐怖を押し隠し、精一杯に確かめようとしたのかもしれない。
どうやら私もまだまだ人を見る目ができていないようだ。
気にするな、と頭を振って、私は改めて握手を求めた。
「安心してくれ。私は小毬を裏切らない」
差し出した瞬間こそ、氷のように固まった小毬だったが、すぐに、躊躇いがちだけど、手を伸ばしてきた。
思っていたより小さく、ふくよかで柔らかい手だった。
「こっちこそ……よろしくです」
本当の意味で、私達は友達になった。
* * *
「で、ですね。これ何だと思う~? トモちゃん」
「エンジェル……プレイヤー?」
「ゲームかなぁ?」
「さぁ……弟がよくやってるが、こんなのは見たことも……」
そうして、私達は荷物の確認をしていた。
私の武器はデザート・イーグルというらしい。やたらでかい拳銃だ。
映画か何かで見たことがあった。本物らしく、ずしりとした重さがあった。
その重さに却って恐怖を覚えたが、小毬が持つように言ったので持っておくことにした。
曰く、拳銃というのはそれだけで抑止力が働くものだから、ということだ。
喋り方こそ独特でのんびりとしてはいるが、小毬は意外と知識が深い。
知識だけだよ~、とは本人の弁であるが。
そして小毬のデイパックから出てきたのが、これだ。
今流行の……アイパッド? だっけか? のような形状をしており、触って操作できるタイプのインターフェイスだった。
中身はよく分からない、何やら複雑なデータが並んでおり、一朝一夕に理解できるようなものでは……
「なるほど~。これプログラミングソフトなんですね~」
「わかるのかっ!?」
「って説明書に書いてありました」
ずるっ!
コケそうになった。なんだそんなのがあるんじゃないか……
当然と言えば当然だったが、それに気付かない私はアホなんじゃないか……?
「で、どう使うんだ」
「ええと、まずはここで……」
小毬は軽快にタッチパネルを動かし、画面を操作している。
適応力が本当に高い。ついさっきまで首をかしげていたかと思えば、もう自分のものにしている。
私は機械にあんまり詳しくないから、見ているしかできないのだが、凄いと思う。
小毬が知識に深い理由が分かった気がした。
「で、このスタートアップ画面で、こう、生体認識をして……」
小毬がパネルに手のひらを乗せる。
ピー!
と、生体認識とやらが終わったようだった。
しかしプログラミングにそんなものが必要なのか……?
よく分からない。小毬は既に次の画面を動かしている。
「わーお」
「どうした」
「すごいですよっ」
「だから何が」
「こう、ぶーんって、そう、ジェダイの騎士!」
「はあ」
小毬はイメージ先行で喋る癖があることも分かった。
要領を得ない私に「ちょっとやってみますね~」と、小毬が数歩とてとてと離れる。
何をするのだろう。エンジェルプレイヤーだから、天使にでもなるのか?
思ってみて、馬鹿馬鹿しい発想だと思った。
そんなファンタジーやメルヘンみたいなことがあるわけないじゃないか。
「いきますよ~……! ごー! はんどそにっく!」
ヒュン! と、小毬の腕から光る剣のようなものが飛び出した。
ぶーーーーーーーっ!
私は盛大に吹き出した。ファンタジーやメルヘンだっ!
「待て待て待て待て! なんだそれは!」
「えーと、ハンドソニック」
「ハンドソニックぅ?」
「エンジェルプレイヤーに内臓されてる武器みたいです」
「武器……」
信じられない。小毬の手の甲に沿うようにして伸びている真っ白な剣は、本物なのか?
っていうか、プログラミングソフトはどうした。
「えーっと、カスタマイズできるみたいで。記述を変えれば形状や長さを多少弄れるみたいです~」
なるほど。そういうことか。
今のところ刀身は30cmほど。両刃の西洋の剣といった風情だ。
カスタマイズということは、
日本刀風やナイフ状にもできるのだろうか。
「ちょっと試してみるっ」
言って、小毬がキリッとした表情で木の枝に狙いを定めた。
「てりゃ~」
どう聞いてもやる気の失せるようなのんびりとした声だったが、本人的には裂帛の気合い……なのだろう。
頭上から振り下ろされた《ハンドソニック》が淡い燐光を散らしつつ、木の枝を切り裂く。
ほぼ真っ二つ。まるで包丁で野菜でも切るかのように、綺麗にスパッと枝が切り落とされていた。
切れ味は十分すぎるくらいのようだ。ぽとりと落ちた木の枝を見つつ、小毬が言っていた。
「かたじけのうござるっ」
決め台詞のようだった。
そして小毬の決め台詞に合わせた様に、手の甲から《ハンドソニック》が消えた。
まるでアニメの世界だ……そんなことを思いつつ、すごいな、と感想を言う。
「ありがと~。それにこれ、自由に出し入れできるんだって」
「だから消えたのか?」
「うん。それっぽいこと念じたら消えるの。呼び出すときは声にしなきゃいけないんだけど」
「微妙だな……」
ということは、使うときは声にしなければならない。
宣言の必要がある分ラグができるし、武器の存在を気取られないようにするのも難しい。
「他に何かあるのか?」
確かに強いが、《ハンドソニック》だけならさして脅威ではない。
ならば他にも穴を埋め合わせるなにかがあると見るべきだった。
果たして私の予想通り「ありますよ~」と小毬が応じてくれる。
「ああ待て。使わなくていいから説明だけ頼む」
「あいあいさ~」
びしっ、という仕草とは裏腹に、これまた気の抜けるような掛け声だった。
「えっと、今あるのは《ディストーション》と《ハーモニクス》です。
《ディストーション》はバリアっ! って感じで、《ハーモニクス》は分身の術っ! って感じ」
「分かったような分からんような……」
にんにん、と忍者らしい仕草をする小毬。早くも《ハーモニクス》を使いたいらしい。
こんな説明で大丈夫か?
一番いい解説を頼む。
頭が痛くなってきた私は補足を頼んだ。
「おっけーです。えーっと、《ディストーション》は見えないバリアみたいなのを張るんだって。
銃弾も防いでくれる優れもの……なのです。でも爆発は防げないか~。がっくり」
「……要するに防げる攻撃と防げない攻撃があって、広範囲系の攻撃はダメ?」
「いえすっ! トモちゃん頭いい!」
「どうもありがとう……」
「こっちは一回使うと1時間使えないみたい。1時間チャージ、1分キープ」
どこかで聞いたことのあるようなフレーズだった。
強力な防御である分、使用制限も大きいようだ。
「で、《ハーモニクス》は?」
「分身の術みたいに、自分の分身を出させるの。分身も行動できるけど、攻撃はできないみたい」
「つまり身代わりか」
「いえすいえす。トモちゃんといると会話が膨らむね~」
「どうもありがとう……」
「これは2時間チャージ、1分キープ」
分身は撹乱に使える上、行動させることもできるのだ。
当然の制限だといってよかったが、これでは使いどころを考えないとあっという間にエンジェルプレイヤーは使えなくなってしまいそうだった。
特に《ディストーション》《ハーモニクス》の効果は大きい。本当に命の危険があるときに使うのが一番だろう。
そんな目に遭うことなど想像もしたくはなかったが。
「待てよ? 生体認証ってことは……もう使えないのか、それ」
私は小毬の抱えているタッチパネル・インターフェイスを指差した。
パソコンのソフトでも、一本につき一台、というのは珍しくない。
ましてや支給品だ。何人にも使えるとは思えなかった。
「みたいですね」
ピッピッと弄っているが、あまり芳しくはなさそうだ。
「あ、でもアンインストールすれば再インストールはできるんだって。もしくは……生体認証が確認できなくなったとき……」
つまり、エンジェルプレイヤーの持ち主が死亡したとき、か。
口に出さなかった小毬の意図を察して、私は「いや、いいんだ」と言った。
「もう威嚇に使える武器はあるからな」
「トモちゃん、ジェダイの騎士にはなりたくない?」
「そういう意味じゃない……」
「おっけーなのですよ。でもじょぶちぇ~んじしたくなったら言ってね。代わってあげる~」
「RPGじゃないんだぞ……」
ああ、でも剣を振り回して勇敢に戦う剣士か……ふむ……
いやいや、私は普通の女の子だ。魔法使いか僧侶がいいな。
あ、あくまで、やるとしたらの話だ。別にやりたいわけじゃない。
「じゃあ、今はわたしが持ってますね~」
言いつつ、タッチパネル・インターフェイスを仕舞う。
結構大事に抱えていたから、暇があれば弄ってるかもしれない。
多少カスタマイズできるとも言っていたし、何かしらの改善も見込めそうだった。
私だったらこうはいかない。
「さて、荷物の確認は済んだし、友達を探しに行こうか。どこから行く?」
「うーん」
街中、という答えが返ってくるかと思えば、案外小毬は長考していた。
何か考えがあるのかと思い、「どうした」と重ねてみる。
「みんな、まずなにやってるのかなぁって」
「そりゃ……私達と同じじゃないのか?」
「でも、ひとりの子もいるかもしれないよ? 怖がってるかも」
わたしがそうだったし、と苦笑気味に付け加えた小毬に、ハッとさせられる。
そう、誰しも冷静な行動ができているとは考えにくい。
まだここに来てから数時間も経過していない。混乱し、右も左もわからないならいい。
恐慌をきたし、あらぬ方向に迷走していることが危険だった。
無意味な体力の消耗は狙われやすくなる。
実際、既に敵は存在しているのだから。
「思うに」
地図を取り出した小毬が島の中央を指差す。遺跡、キャンプ場、と地図には記されている。
「逃げ場が多い方を選ぶんじゃないかな。端っこは逃げられないし」
一方で、町は島の隅に位置している。逃げ場少なく、追い込まれやすい。
複数人で行動するという安心感がなければ、確かに最初にここに来るとは考えにくい。
小毬の聡さは本物だ。言葉が突飛なのを除けば。
「なるほど、それも一理ある。ではまず中央を目指してみるか」
「いいの? 結構当てずっぽうなんですが~」
「それなりの根拠は示してくれたさ」
のんびり屋でおっとりとしているが、客観的に物事を見るセンスというのは私よりも上だった。
気が利く、というのだろうか。私が気が利いてないみたいだが、多少そうであるという自覚があるから、何とも言えない。
とにかく、これから先小毬に相談する機会は増えそうだった。
「いい意見だと思う。こういう風に言ってくれると私も助かる」
「……」
しばらくぽかんとした表情になる。
頼りにされる、というのが小毬にとっては珍しいのかもしれなかった。
が、それもすぐのことで、にへら~、という傍目にも分かるくらい頬を緩めていた。
「えへへ、褒められちゃいました」
花が咲いているのが分かる。
喜怒哀楽の分かりやすい子だな、と私は感想を結んだ。
そういう部分に不安を感じないではなかったが。
多分、いいパートナーになってくれるだろうという予感が芽生え始めていた。
【時間:1日目午後2時00分ごろ】
【場所:D-2 山中】
神北小毬
【持ち物:エンジェルプレイヤー、水・食料一日分】
【状況:健康】
【エンジェルプレイヤーについて:
ハンドソニック:使用可能
ディストーション:使用可能
ハーモニクス:使用可能】
坂上智代
【持ち物:デザートイーグル.50AE(7+1/7)、予備マガジン×8、水・食料一日分】
【状況:健康】
最終更新:2011年09月03日 10:34