Shattered Skies ◆ApriVFJs6M
一体どれくらいの間歩き回ったのだろうか。
一時間?
一日?
それとも一週間もの間ひたすら歩き続けていたのだろうか?
理樹は空を見上げる。青かった空はいつの間にかに赤く染まっていた。
――なんだ、まだ一日も経ってないじゃないか。
頭上いっぱいに広がる綺麗な夕焼けも理樹は何の感慨も沸かない。
それは知らない空だから。理樹の知っている空はとっくの昔に壊れてしまっている。
理樹の空に広がるのは一条の光も差さない赤い闇だけだった。
「クソっ……! お前らがぐずぐずしてるせいで日が暮れてしまうじゃねーかよっ!」
前を歩く友則の苛立つ声がひどく耳に障る。
この男にあるのは死への恐怖と恐怖に駆られた人間を支配してやりたいという下衆な欲求のみ。
手に握られた銃だけが彼の剣であり、彼を守る城だった。
なんと哀れな人間――
理樹はくすりと友則に気取られぬよう笑みを浮かべた。
「おいッ聞いてンのかよ直枝ッ!」
「あ……ああ、ごめん……少し考えことしていたから……」
「ああん? んだよ、ここから脱出できる方法でも考えていたのかよ」
理樹は無言で首を振った。
友則にとって自分の言葉が無視されたのでも思ったのだろうか、彼は理樹の胸倉を掴みあげ言った。
「てめえ……俺を舐めてんのか……? お前は変なこと考えず俺の言うことだけ聞いてればいいんだよ!」
そう言って友則は理樹の顎に銃口を押し付ける。
殺すならさっさと殺せよ、その銃はただの飾りか――?
理樹は心の中で毒づいた。
友則は理樹に対して暴力を振るうも殺そうとする素振りは一切見せなかった。全部ただの脅しにしか銃を使おうとしない。
理樹を殺してしまえば支配する対象がいなくなる。
冷静に物事を考えられる人間がいなくなる。
責任を転嫁する人間がいなくなる。
友則は理樹を虐げることで死の恐怖から逃れようとしているのだから。
「ごめん……」
「ふん……」
友則は掴んだ手を放して歩き出す。
彼が機嫌を悪くしている時はただ素直に謝ればいい。そうすれば薄っぺらい支配欲を満足させてそれ以上何もしてこなくなる。
それがこの数時間で理樹が学んだ処世術だった。
再び理樹は歩き出す。隣を歩いている愛佳がぎゅっと理樹の服の裾を握り締める。
下手に理樹と会話すればそれだけで友則の機嫌を悪くさせる。
愛佳ができることは極力理樹と会話しないことだけだった。
やがて――三人は対岸に街並みを臨む川の畔に辿りついた。
「ははは……やっと街だ! やっと俺達街に着いたんだ!! あはははははは!」
広い河原で大はしゃぎする友則。近くには対岸へ渡る橋があった。
どうやら夜になる前に街に行けそうだ。理樹は胸を撫で下ろす。
だがこの状況は以前として変わらない、陰鬱とする理樹に友則の明るい声が響いた。
「よおし休憩だ。お前ら俺の気遣いに感謝しろよなっ」
「うん……ありがとう」
素直に感謝の言葉を述べる理樹。ここで友則に歯向かったところで得する物は何も無い。
友則は河原の手ごろな大きさの石に腰掛けるとぐびぐびとペットボトルの水を呷っていた。
理樹も歩き詰めで喉がカラカラだ。だが理樹のデイバッグに水は入っていない。友則は身勝手な理屈を並べ立てて理樹の水を奪っていったのだ。
「んだよ直枝、この水は俺のだからな! 水が飲みたきゃそこにいっぱいあんだろ、ぎゃはは!」
「くっ……!」
川を指差してげたげたと笑う友則。
理樹は血が出るぐらい唇を噛み締める。
「直枝君……あたしの水を……」
「いいよ……そんなに気を遣わなくても。僕は川の水を飲んでくるから」
「直枝君……」
理樹は水辺に近づくと靴と靴下を脱いで水の中にちゃぷちゃぷと歩を進める。
足首に伝わるひんやりとした感覚が気持ちがいい。
だけどこの水は上流ならともかく中流域のここでは沸騰させて消毒しなければ飲み水には適さないだろう。
それでも仕方ないと手に水をすくう理樹。
川は赤い夕日を反射してキラキラと輝いていた。
(あ、れ……?)
突然視界が歪み水面が目の前に近づいた。
違う。近づいたのは自分でそれが自分自身が倒れたせいなのだとすぐに理樹は悟った。
「な、んで……こ、んなとき……」
恐れていたことがついに起きてしまった。
理樹が持つ回避不能の爆弾――ナルコレプシー。
(だめ……だ……今……意識をなくしたら――)
必死に意識を集中させるもみるみるうちに視界が闇に覆われてゆく。
(小牧さ――)
まるで電気の光がぷっつりと途切れるように理樹の意識は世界から切り離され闇に落ちた。
■
「直枝君?」
バシャンと水の音がするのと同時に愛佳は川辺を振り返る。
夕日を受けて赤く染まった川に理樹の身体が横たわっていた。
「直枝君っ!」
愛佳は服が濡れるのも気に留めず理樹の元に駆け寄る。
理樹はぴくりとも身体を動かすことなく目を閉じていた。
愛佳は理樹の上半身を抱き起こす。息はある。だが死んだように意識を失っていた。
「んだぁ~? 小牧そんなところで何やってんだよ」
つまらなそうな表情で友則が立っている。
愛佳は藁にも縋る気持ちで友則に助けを乞うた。
「お願い早間君……! 直枝君を引き上げるの手伝って……!」
「はぁ? なんで俺がこいつのため何かしねーといけねぇんだよ。生きてるならほっときゃいいだろ」
「…………っ!」
聞くだけ無駄なのはわかっていた。愛佳は唇を噛み締める。
理樹は男にしては華奢なほうではあるがそれでも非力な愛佳にとってはかなりの重労働だ。
それでも愛佳は肩を貸して理樹を引き上げようとする。
「くっ……」
水を吸った服のせいで余計に重く感じる。
愛佳はやっとのことで理樹を河原まで運んでいった。
「はぁっ……はぁっ……」
理樹を仰向けに寝かした愛佳は両手と両膝をついて大きく肩で息をする。
そんな愛佳の視界に友則の脚が見えた。
「早間……君」
顔を上げる愛佳を見下ろす友則の顔。
友則は若干苛立ったような口調で言った。
「んだよ……小牧。お前までびしょ濡れじゃねーかよ。こんな奴ほっとけよ!」
「どうして……? なんでそんな事いうの……?」
「ああ? だって俺こいつの事嫌ぇだし」
「そん、な……」
「こいつ俺の言葉に素直に従ってるように見えるけど眼は常に反抗的なんだぜ? 誰のおかげでまだ生きていられるかぜんっぜん理解しちゃいねえ。そんな奴のために俺がしんどい目に遭うなんておかしいだろ小牧」
見下げ果てた下衆の言葉。
なんでこんな男と出会ってしまったのか、そして何もできない自分自身が恨めしかった。
「しっかし、こいつ次も倒れられたら厄介だよなあ~、足手まといにもほどがあるぜ……よし、ここに置いいくか」
「え……何を……」
「だから! ここに置いていくっつてんだろうがっ!」
「だ……駄目だよそんなことしたら直枝君が……」
愛佳の言葉に友則の苛立ちが頂点に立ち彼は激昂した。
これまでにずっと理樹と愛佳に抱いていた感情がついに爆発した。
「直枝直枝直枝直枝直枝直枝直枝直枝ッ! そんなに俺より直枝がいいのかよッ! 俺はこいつよりも強ぇんだぞッ! こいつよりも俺のほうが頼りになるだろ! なんでそれを認めねえんだッ!」
その姿は駄々をこねる子どものようでもはや正視に堪えられるものではなかった。
友則はひとしきり喚き散らすと怨嗟を含んだ声で言った。
「……もうこいつ殺すわ」
「えっ……?」
理樹の頭に散弾銃の銃口が突きつけられる。
理樹は自分がそんな状況に置かれているのも知らず目を閉じたままだった。
「こいつがいるかぎりお前は俺のことなんて眼中にないんだ。だったらこいつがいなくなればお前は俺だけを見てくれるんだろ?」
狂っている――いや最初から彼は狂っていたのだろう。
出会ったときにはすでに常軌を逸した世界に放り込まれていたことで正気を失っていたのだ。
友則は狂気に染まった瞳で愛佳と理樹を見下ろしている。
友則は身勝手で独りよがりな恋慕と嫉妬を愛佳と理樹に押し付けて――
「やめて……お願い……それだけはやめて……! 直枝君を殺さな――あぐっ!」
友則の蹴りが愛佳の肩口に突き刺さる。
「おい小牧、お前まだ自分の立場を理解してねえようだな……? そんなにこいつが大事か? あ?」
友則はこの期に及んで自分よりも理樹を気に掛ける愛佳が憎らしかった。
だから――この場で理樹を殺すのは惜しいと思った。
どうせ殺すのなら自分の立場を嫌というほど思い知らせてからにしよう。
自分は地面に這いつくばった芋虫以下の存在だということをみっちり教え込んでやろう。
「いいぜ小牧――直枝を殺すのはやめにしてやるよ。だけどその代わり……俺のモノになれよ」
「え……」
「だから、俺の女になれってことだよ。言わせんな恥ずかしいだろ。言葉の意味がわからんほどガキじゃねえだろ」
「く……ぅぅ……」
「さっきからお前のその姿に我慢できねえんだよ……びしょ濡れで服の上からブラが透けてんの見せ付けて俺のこと誘ってんのか? ははは」
こんなことになるのは予想はできていた。いつかこの男は自分に獣の情欲をぶつけてくると。
それから愛佳を必死に守っていたのは理樹の存在だった。だがその彼は未だ目を覚ますことはない。
悔しくて愛佳が目から涙が溢れくる。これからいいように嬲られる自らの無力さ。できるのならこのまま舌を噛み切って死んでしまいたい。
だが死ねば間違いなく友則は理樹を殺すだろう。そして妹の郁乃を遺して死ぬことはできなかった。
もう犬に噛まれたと思って諦めるしか愛佳にはできなかった。
「もう一度聞くぜ? 俺のモノになれよ」
「……い」
「あん? 何だって聞こえないなあっ」
「はい……」
「『はい』だけじゃあ何のことかわからんなあ? ちゃんとどうするか言って見ろよ」
友則は最高の気分だった。自分の目の前で女が屈服するその姿。
テレビの向こう側でしか聞くことない台詞を口ずさみ酔いしれる。
「あ、あたしは……早間君の女に……なり……ます……」
「俺の女になるのに『早間君』だなんて他人行儀な呼び方はおかしいだろう。『友則』と呼べよ」
「う、ぁぁぁ……あ、たしは……友則の……女になります……」
「は、ははは……言った! ついに言いやがったっ! お前最高だぜヒャハハハハ!!」
「もう……いいでしょ……好きにしてよ……」
「言われなくてもそうするぜっ!」
そう言って友則は愛佳を強引に押し倒した。
背中に当たる河原の石がひどく痛い。だが友則はそんなこともお構いなしに制服のブラウスを引き裂きブラジャーを引きちぎる。
「うおお……すげぇ……やっぱ生の迫力は全然ちげえ……! 最高だ……最高だぜぇ……!」
汚物のような言葉を垂れ流す友則。
愛佳は虚ろな瞳でただこの悪夢が早く終わってくれることを願うだけだった。
否――これは悪夢じゃない。罰なのだ。
卑怯者の自分に対する神様の罰だった。
「どうだ直枝ェ! 見てるか! 俺はお前にできないことをやってのけたんだ! ヒャハハハハッ!」
■
「はぁっ……はぁ……もう出ねえ……これ以上やったら赤玉出そうだぜ。へへへ……」
愛佳に覆い被さっていた友則は愛佳から離れるとごろりと河原の上に仰向けに寝転がっていた。
悪夢は終わったにも関わらず愛佳はぴくりとも動かずに虚ろな視線を空に向けていた。
太陽は西の空に頭を少しだけ出して今にも日没を迎えようとしている。
東の空には夜の帳が広がろうとしていた。
知らない空だ。あたしの知っている空はどこに行ってしまったのだろう。
そっか、もうとっくに壊れてしまっていたんだ。
ここにいるあたしたちはどこにも戻れず宙を漂う儚い欠片を求めて彷徨うだけなんだ。
虚空を見つめる瞳を少し動かしてみると身体の脇に黒光りする金属の棒が転がっていた。
無機質な機械の棒。早間友則の剣であり城、彼の支配の象徴。
行為に耽って手元に置いておくことを忘れてしまっていたのだろう。
だから自然と愛佳の手はそれを伸ばして立ち上がった。
友則はこちらに背中を向けて行為の余韻を満喫してるようだった。
じゃりっと愛佳の足が河原の小石を踏みしめる音が当たりに響く。
友則は愛佳を振り返ることなく言った。
「おいおいまだ続けるのか……俺はもうへとへとだぜ。でもマグロは勘弁してくれよな。ああ、何なら今度は直枝にもしてやれよへっへっへ……」
「…………」
さっきまであれほど理樹に執着し嫉妬していた友則とは思えない台詞である。
「よおし今度は直枝も混ぜてやるかな……」
愛佳を見ずに手だけ振る友則
五月蝿い。これ以上口から汚い物を垂れ流すな。
「俺様の心変わりに直枝の奴泣いて喜ぶぜぇ……そうだろ愛佳、ぎゃっはっは――」
首だけを動かして愛佳を見る友則。
視界に。
散弾銃を構えた。
愛佳の姿が。
ぼんっと何かが破裂する音がして振っていた友則の右腕が吹き飛んだ。
「はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぇぇぇぇぁぁぁぁッぁぁーーーーーーー!!!!!!??????????!!!」
「出すもの出したらここまで注意力散漫になるんだ……男のひとってみんなこうなの?」
「ギャアアアアアアアッッ俺の俺の腕がァァァァァァア!!!」
半裸でのた打ち回る友則のみじめな姿。
こんな男に汚されたと思うと悔しくてたまらない。
「少しは静かにしてよ。直枝君が起きちゃうじゃない」
ぼんっとまたもや破裂する音が響いて友則の左膝から下が弾け飛んだ。
「ウぎゃああああぁぁぁァァァァアアアアあ!!」
「だから、うるさいってば」
「ぎゃぁぁぁぁぁぁああァァ……はごっ」
愛佳は大きな口を開けて叫び散らす友則のその口に銃身を突き入れた。
「はおおおおお……! ふぉごおおおおお!」
痛みと恐怖に顔を引きつらせて友則は愛佳を凝視する。
「……なんだ女の子に突っこむのは好きなくせに自分が突っこまれるのは嫌いなんだ」
淡々と友則に愛佳は語りかける。
その声に感情の色は見当たらない。
どこまでも深い闇が広がっていた。
「どうせその傷じゃあ死ぬだけだよね。だからずっと見ててあげる。よいしょっと……」
愛佳は友則の口から銃身を引き抜くと友則の側に腰を下ろす。
こんな男、楽に死なせてやるものか。死ぬまで地獄の苦しみに焼かれ続けるといい。
愛佳は三角座りの姿勢でじっと友則の苦悶の表情を眺めていた。
■
意識が形になる。
闇の中に霧消していた欠片が一つに集まり出す。
光が差す。電球のスイッチを押したかのように一瞬にして闇は晴れて世界を形作る。
直枝理樹の意識は再び世界を取り戻した。
「あ……く……僕は――」
目覚めた視界一杯に広がる夕暮れの薄暗い光。
太陽は西の空に沈んでしまっている。沈んだばかりの日の光の残滓が西の空を赤黒く染めていた。
「そうだ……! 小牧さん……!」
勢いよく立ち上がったせいで立ちくらみがする。
倒れまいとたたらを踏む理樹の背後から寂しげな愛佳の声がした。
「おはよう直枝君……でも……起きるのが少しおそかったかな……」
「小牧さ――ッ !?」
振り向いた理樹の視線の先に信じられない物が。
目を覆いたくなる光景が広がっていた。
右腕と左脚を失った血まみれの男が半裸で呻き声を上げて苦しんでいる。
その傍らにちょこんと座る愛佳の姿。
彼女のその無残な姿に理樹は愕然とした。
ボロボロのセーラー服を纏った少女が座っていた。
とことろどころ破れた赤いスカート。
引き裂かれ、上着の体を成していない桃色のブラウス。
河原の上にある、下着と思しき布の残骸。
「あ……ああ……そん、な……」
そして転がる半裸の男――早間友則。
「早間ァァァァァァァァァァッッ!!! 小牧さんに何をしたぁぁぁぁぁッ!!!!」
相手が瀕死の重傷を負っていようが構うものか。
理樹は呻き苦しむ友則に馬乗りになると何度もその顔を殴りつけた。
そんな光景を愛佳は膝を抱えて虚ろな視線で眺めていた
「答えろ早間! 小牧さんに……何をしたんだァァッ!」
「へ……へへ、直枝ェ……今頃お目覚めかよ……だけ、ど遅かったなぁ……」
「早間ァッ!」
さらにもう一発顔面に拳をくれてやる。
だが友則は不敵な笑みを浮かべるだけだった。
「言われなきゃわかん、ねえ……のかよ童貞野郎……小牧は最高だったぜぇ……」
「黙れ……黙れ黙れ黙れぇぇぇぇぇ!!!」
「熱くてぬるぬるした感触たまんねぇ……けっけっけ」
「っぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああ!!!」
何度も何度も友則の顔面を殴りつけるも効いてる様子がない。
友則は手足を失ったショックで痛覚が完全に麻痺していた。
「小……牧はお前にくれてやるよ……俺のお下がりの中古品だがなぁ……っ」
もういい。
これ以上口から汚物を垂れ流すな。
だから理樹は自然と河原に転がっていた物に手を伸ばした。
漬け物石サイズで大きさも重さもこいつを黙らすのは申し分のない物だ。
「へへ……へへへ――……へ」
「いいから黙れよ」
理樹は石を思い切り友則の顔面に振り下ろした。
ぐしゃあと何かが潰れる音と砕ける音。
何度も。
何度も。
何度も。
何度も。
友則が静かになるまで理樹は何度も石を振り下ろし続けた。
友則の顔が潰れた柘榴か西瓜のようになったころようやく静かになって理樹は振り下ろす腕を止めた。
「ううっ……うぁぁぁ……ぁぁぁ」
河原に蹲り嗚咽の声を漏らす理樹。
自らの持病のせいで愛佳の心と身体を酷く傷つけてしまった。
どんな顔して愛佳に顔向けできるのだろう。
愛佳は友則の死体を座ったままじいっと見つめている。
そんな空っぽの瞳が動き理樹を見た。
「直枝君は……ずっとあたしを守ろうとしてくたんだよね……」
「僕は……君を守れなかった……!」
「ううん、そんなことない。これはあたしのせいだから。あたしは直枝君の気持ちを知っていながらそれを利用しようとしたの」
「小牧さん……」
「あの車椅子の女の子を直枝君が埋葬しようと言った時、あたしはそんな無駄なことしたくなかったの。死んだ人を埋葬する時間があるなら生きている妹を探したいって
だからあたしは直枝君の邪魔をしたの。ひきょうものはこのあたし。だからこれはひきょうもののあたしへのかみさまの罰なの」
「違う! 違うよ! 小牧さんは卑怯者なんかじゃない! そんなことをする神様なんか神でもなんでもないよッ!」
「なおえ……くん」
愛佳は虚ろな瞳で理樹を見つめる。
理樹は涙を袖で拭い立ち上がると言った。
「守るよ君を――今度こそ君を守ってみせる……!」
「………」
「君を守るためなら僕は地獄に堕ちたって構わない……!」
見上げた先の理樹が愛佳に手を差し伸べた。
「直枝君――?」
「リトルバスターズだ」
「リトル……バスターズ?」
「あくをせいばいするせいぎのみかた……ううん、違う。君を守るために僕は君の味方であり続ける。君と僕だけのリトルバスターズだ」
「それで――いいの?」
「いいよ、これが僕の……一度は守れなかった君への贖罪だから。小牧さん……まだ僕のことを信じられるならこの手を取って欲しい」
差し出された理樹の手。
これを愛佳が取ってしまえばこれまでのリトルバスターズと決別することになる。
もしかすると恭介や真人や謙吾、そして鈴と敵対することになるかもしれない。
例えそうなったとしてもそれは目の前の女の子一人守ることができなかったことへの罰だから――
そう逡巡する理樹の手を愛佳は優しく握り返した。
「……あたしの知ってる空はとっくに壊れてしまっていたの」
「小牧さん……?」
「この上に広がる空は知らない空。絶望の空。そんな空の下であたしたちは壊れてしまった空の欠片を捜し求めるの」
壊れた空――奇遇なことに理樹も同じ感覚を抱いていた。
理樹は愛佳と同じ感覚を共有できたことが嬉しくて微笑んだ。
「だったら――いっしょに探そうよ」
「うん……取り戻そうよあたしたちのソラノカケラを」
今も色を失った愛佳の瞳。
傷が癒えるまでどれほどの時が必要なのかわからない。
その時が来るまでずっと彼女の側にいてあげよう。理樹は誓いを胸に秘め、愛佳の小さな手を握り締めた。
【時間:1日目午後5時45分ごろ】
【場所:E-6】
早間友則
【持ち物:水・食料一日分】
【状況:死亡】
最終更新:2011年09月10日 17:29