音無き世界の果て ◆5ddd1Yaifw
「ふう……やっと落ち着けるのれす」
「いや~、わたしもさっきの攻防で疲れてしまったのですヨ」
「まあ此処なら落ち着けるだろ、とりあえずは休憩としよう」
薄汚れてはいるが白の色を全面に押し出した診療所のとある一室で俺と三枝、シルファは椅子にだらりと座っていた。
数時間前に立華奏の分身体に襲われて、何とか撃退した後どこか休憩できる場所に行こうということになって近くにある診療所を目的地にした。
理由としては治療道具やらがありそれらを確保するため、加えてきちんとした休める場所として最適なためだ。
これでも医者を目指していた身だ、二人と比べてもそのへんの知識は人一倍有るつもりだ。
そうして少し歩き、この場に着いた。
「しかし、いきなり襲われて大変だったろ」
「まったくですヨ! こちとらかよわい女の子二人組だっていうのにっ」
「はるはるは全然かよわい女の子だとは思えないのれすが……」
「何か言ったかなあ、シルシルゥ!」
「う、うきゃあああああああああああっっっ!? ど、どこ触ってるんれすかぁああぁあーーー!」
手をわきわきと動かしシルファににじり寄る三枝に後ろによろよろと後退するシルファ。
こいつらこの島で会ったばっかりらしいなのに仲いいんだな、御世辞にも人と付き合うことが巧いというわけではない俺には眩しく見える。
「う、あっ、そ、そこはらめれすっ! はるはっる!」
「ええのんか? ここがええのんか!」
狙いはシルファの腰……とフェイクして胸。腰からゆっくりと、しかし確実に胸へと迫っていく。
最初はあまり強く揉まずに優しく丁寧に。割れ物を扱うかのごとく慎重に揉みしだく。
緩急をつけ、ある時は強く荒々しく揉み、ある時は弱く撫でるように。
シルファが敏感に感じる部分を一直線に薙ぐ。薙いで終わりではない、まだここからが本番。
瞬時に逆方向から戻すように同じ部分を指が駆け抜ける……ってどうして乳揉んでんだ、あいつは!
俺も冷静に何見てんだか。
「何やってるんだ、お前らは」
名簿を軽く丸めたもので二人の頭を軽く叩く。あまりそういう免疫がない俺にとっては恥ずかしいことだった。
こんな時にボケが出来るほどバカではない、というか生前の人生でも死んだ後の生活でもこういう色ボケ沙汰はあまりないことがそれに拍車を掛ける。
あんまり接してなかったからなぁ、女性と。それを抜きにしても俺がこういうノリが苦手で奥手だろうという理由もあるんだけど。
「一応、此処に男がいるんだからそういう事はするもんじゃないぞ」
「えー。別に気にしない、気にしない! これぐらいは常識の範囲内っ!」
「どこがだ、範囲内どころか遥か彼方までぶっとんでるってのっ!」
「いやいや~最近の女の子は進んでるんですヨ~、これぐらいは当然のスキンシップとして存在するんです。あーゆーおーけー?」
「ノーだ! 第一俺は男だ! 女の子の常識なんて知るかっっ!」
「そんなんじゃモテナイよ、音無くん……ダメダメ……思考が駄目っ……」
「お前のほうがダメダメだよ……鏡で自分自身見てみろよ……」
「はるはるもいい加減離してくらさい! いつまれさわってるれすかぁ……」
「そんなのわたしの気が済むまでー!」
「うひゃああああああっ!」
「誰か助けてくれ……まともな奴はいないのかよっ」
そんなこんなでまともな会話になるまで暫くの時間を俺等は要した。
こいつらと出会ってから気苦労が絶えない。胃薬が欲しいくらいに。
二人ともベクトルは違えど色々とぶっとんでるから、相手をしていて飲み込まれっぱなしだ。
「まず最初にかくかくじかじかでまるまるさんかくな目にあってしかくしかくな危機をくぐり抜けてこうなったというわけです」
「そんな説明でわかるかーーーーっ!」
「やっぱりだめかー、漫画や小説みたいにうまくいかないなー」
「フィクションと現実を一緒にするなんてはるはるは本当に……ごめんなさい、何も言ってないれす」
そしてこんなやり取りが頻繁に続く。三枝がボケて、俺がつっこみ、シルファが話題を切り替える。
この循環が延々とループしていた。正直ここまでリラックスしている参加者は俺等以外はいないだろう。
いたらそいつらに突っ込んでやりたい、真面目にやってくれって。
「まあ、まじめに話してもそんなないですヨ、ただ最初にシルシルと会って一緒に知り合い捜そーってなってですね。
その後にあの銀髪クーデレ美少女に襲われてあわや黄泉比良坂に首突っ込むぞーってところで音無くんに助けてもらったっ!
総括としてはこんな感じですネ。助けてくれてありがとう、音無くんっ! 命の恩人だよ!」
「所々なんかおかしい部分はあったけどそれで全部か?」
「そーうでーす」
「最初からそう言ってくれよ……」
俺はもう限界ですと言わんばかりにだらしなく診療所に備え付けの長い椅子に身体を預けた。長距離の深い森の移動、奏の分身体との戦闘、そして二人とのやり取り。
身体と心は疲労を訴えていた。SSSでのやり取りで少しはこんなバカなやりとりも慣れていったが自分で言うのも何だけど本来は真面目一直線な性格だ。
三枝やシルファのような徹頭徹尾おちゃらけた人と深く接していない身としては疲れがでてしまった。
「音無くんってば溜息ばっか吐かないの! そんな疲れた顔してると幸せが逃げていっちゃうよ?」
まあ、悪いヤツじゃないんだけどな。
初めの印象はそれなりにいいものだった。三枝の騒がしさによりすぐに下方修正することになったが。
だけど、もう一人の同行者であるシルファはなぜか目を合わせようとしない。
疑問には思ったが深く考えても仕方ないと早急に割り切りの精神で対応した。
それにこれからある程度改善されればいいと考えた方が気分も滅入らない。
「ともかく、あんたらこれからどうするつもりなんだ?」
「これからって?」
「いや、何か目的ぐらいはあるんだろ?」
「はい! 私はご主人様とイルイルとミルミルを捜すのれす!」
「う~ん、あたしは……同じ学校の仲間をね」
三枝の方はありふれた願い。同じ学校でよく遊んでいる仲間と会いたい。
聴いたところによると仲間全員がこの殺し合いに巻き込まれているという稀有な事態だ。
それは俺にも言えること、SSSの主要メンバーがだいたい揃っているからこの場では稀有ではないと思う。
「三枝の方はわかったけど、シルファはそのなんだ……ご主人様ってどういうことだ?」
シルファの目的、ご主人様、イルイル、ミルミルを捜すこと。はぁ? と思わず聞き返したくなるぐらいに奇想天外な言葉が出てきた。
重い重い息を吐いて俺は頭を抱える。いったい何を言ってるんだ、イルイル、ミルミルって誰だよ。というか、ご主人様とか何処のメイドさんだ。
それともそういう趣味……の人と付き合っているんだろうか。
だが、口に出してしまうとますます距離を置かれてしまう、故にやんわりと否定の意を示す。
「メイドとか常識的にないだろ、うん」
「私はメイドロボット、HMX-17c シルファれす!」
「もっとねえよ。現代科学はどこまで進歩してるんだよ、おい!」
「そんなことないれす、常識的に考えてもあるのれす。私が良い証拠なのれす」
「あー、まあいいや。そういうことでいいや……」
結局、メイドロボットが実在するかどうかは先延ばしとした、これ以上聞いてても頭が痛くなるだけだ。
そして、肝心のご主人様とイルイル、ミルミルについての情報は聞くのにそれなりの時間がかかることとなった。
何故ただの情報交換にここまで疲労感を覚えたのだろうか。
理由はわかる、この二人のマイペースさに当てられたということがまず第一に挙げられる。
殺し合いの場だというのに普段どおりを貫き通している。
それともこれは安心させる優しい気遣いならたいしたものだと、感心するんだけどな。
実際に俺は幾分か救われているのかもしれないとりとめもなくそう思った。
ずっと息を張り詰めても後が持たないし。
「堅すぎるんだよー、音無くんはー。ほれ、なんならこれでも揉んで元気出してみる?」
「ふぇ!? はるはる、私に触れていいのは御主人様だけれす! 提供するならはるはる自身でやってくらさい!」
「しょうがないなあー、この美少女はるちんの美乳を特別に触らせてあげようじゃないか! さあ! ハーリー! ハーリー!」
前言撤回、こいつ馬鹿だ、同じSSSに所属する野田やユイレベルの馬鹿だ!
心の中でそう叫んだ。
何故叫ばないのか? 大声出して危険人物に見つかったらどうする、まだそこまで危機感を失った訳ではない。
「ああ、俺、疲れたよ……」
俺はげんなりとして数分後にはすっかり憔悴していたのであった。
◆ ◆ ◆
果たしてそれは生きていると言うことが出来るの?
◆ ◆ ◆
……疲れた。ともかく俺は診療所に何か包帯や消毒薬がないかいろいろと探し回っている。他の二人には休んでもらっている。
それなりにSSSとして銃を持って戦っていた日常を過ごす俺とは違って二人はただの学生、できれば体力は温存してもらったほうがいい。
さてと、やっと一人になれた。これで静かな空間で俺がゆっくりと思考できる。
ついさっき出した考察――俺達は生きているか?
それとなく三枝とシルファに聴いてみた。俺個人だけの考えだけで考察を進めるよりも二人のここに連れてこられる前の状況について聴いた方がいい。
固定概念に囚われるな。そう、何時だってこの世界は不確かだから。
本題に入る、三枝は修学旅行の最中、シルファはご主人様(河野貴明というらしい)の家でいつも通りに過ごしている時、この殺し合いに呼ばれたらしい。
さすがにアンタ死んだことあるか? とは聞けなかった。何言ってるんだとばかにされるのがオチだ。
結論として俺達は生き返ったのか?
二人に自分が死んだという自覚はなかった。ということは俺は生き返った?
ただそれは最初の俺と同じように一時的な記憶喪失――俺と同じように死んだ記憶がなかった。
そう捉えられる可能性だってある。結局の所いくら考えても、正しい情報と信頼できる仲間を集めても、真実には雲がかかったままだ。
わからないままの真実を知る方法はただひとつ。優勝すること。優勝して俺は生きているのかを聞くこと。
だがそれはできない。“初音”がそれを望まないから。“初音”がそれを許さないから。
だから俺は殺し合いに乗れない。乗ってはいけないんだ。
そう。
全ては“初音”が願ったから。
だから俺は抗う。
――い。
だから俺は生きていく。
――おい。
俺は今何を思ったんだ? 頭の中で組み立てた思考に対して疑問を浮かべてしまった。
俺の抗う理由。俺の生きる理由。
“音無初音”
空虚な日々に終止符を打った俺の妹だった人。
初音がいたから生きてきた。初音がいたから医学を志した。初音がいたから死後の世界でも何かを救うために奔走した。
気づいてしまったんだ、そこに、俺の意志はあったのだろうか? 俺の本来の意志――音無結弦は存在していたのだろうか?
俺は本当に生きていたって言えたのだろうか? 俺自身が今ここで何かを救えているのだろうか?
否――断定。俺は生まれた時から空っぽだった、何も、なかった。そこに初音の死の間際に意志が注がれただけ。
生きているのは“音無結弦”ではなく“音無初音の残骸”。
俺が人を助ける理由――ハッピーエンドを目指す理由。過去に誓った決意。俺の人生。
全ては終幕、喪失、絶望、虚無、崩壊、人形、機械。
ああ、なんてざまだよ、直井にお前の人生は本物だったはずだろって言える資格、なかったじゃねえか。
だって俺自身の人生こそ――偽りだったのだから。
全ては借り物で、それをあたかも俺が自分で手に入れたかのように。
だって誰かのためにこの命を費やせるならって願いも。全部初音の意志だったんだ。
なかなかに最低じゃないか、善でもなく悪でもなく無。俺の名前に連なっているように俺自身の生きている音が無い。
だって俺はからっぽだから。音無結弦は。
「最初から消えてたんだ」
張りぼての意志が崩れていく。何もかもがグチャグチャに。
結局さ、生きていた原初の理由も初音。医学を目指した原初の理由も初音。人を助ける原初の理由も初音。
そう。何もかも。
存在、肉体、精神、心臓、理由、人生――――全部が。
初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音。
初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音。
初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音。
初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音初音。
この身体全てのどこをくまなく見ようとも。音無結弦はいない。
そして、俺の全てになっている“初音”を殺したのは誰だ?
お ま え だ ろ 。
あの雪が降りしきるクリスマスでの出来事。俺が無理やり連れだしたせいで初音は死んだ。
立派な殺人だ、そんな手で俺は人を救う医者を目指していたのか? 滑稽だ。三流にも劣る五流喜劇だ。
この心の臓に音は無い。音無き心臓が脈を打つのは“初音”がいるから。
ああ、気づかなければ俺は。“音無結弦”として偽装できたのに。
これから、どうすればいいんだ? 今も休んでいるだろう三枝達とどう接したらいいんだ?
きっと一緒にいることに耐えられないだろう、あいつらが笑顔で。
助けてくれてありがとうって言ってくれたんだ。
違う、違う違う違う違う違う違う違う違う違うっっっっ!
俺にそんな言葉を受け取る資格はないんだ、ただ初音の意志に従って助けただけなんだ、俺の本心から助けた訳じゃないんだっっ!
……こんな時でも伸び伸びと生きている彼女達が羨ましい、借り物の意志で動くロボットみたいな俺と違って自分の確固たる意志がある彼女達が眩しかった。
ふと気づいた、泣いているのか、俺。涙が両の瞳からポタポタとこぼれ落ち、スラックスを濡らす。
救急用具を探すのも忘れ、俺はただ、俯いていた。静寂の空間、時計の針が動く音だけが部屋に響く。
そしてふと顔を上げると壁にかかっていた時計が視界に入る。五時五十九分。
俺のグシャグシャになった内面など気遣うこと無く。
放送が、始まる。
【時間:1日目午後5時59分ごろ】
【場所:F-6 診療所】
音無結弦
【持ち物:
コルトパイソン(5/6)、予備弾90、水・食料一日分】
【状況:疲労小】
【目的:???】
三枝葉留佳
【持ち物:89式5.56mm小銃(20/20)、予備弾倉×6、水・食料一日分】
【状況:健康】
【目的:佳奈多を探す】
シルファ
【持ち物:不明支給品、水・食料一日分】
【状況:額に軽度のケガ(?)】
【目的:貴明、イルファ、はるみを探す】
最終更新:2011年09月11日 01:35