ㅤそれから遊佐が意識を取り戻すまでの数十分、気が休まる時は無かった。伊澄が死んだ今、『木刀・正宗を破壊すれば遊佐が元に戻るかもしれない』という不確定情報について詳細を詰めることはできない。遊佐が目を覚ました時にどう動くかなど、誰にも予想のしようがない。
ㅤ三人で遊佐をマークしつつ、彼女がどういう人物であったのか、漆原は語る。花沢は二度目であるが、遊佐一人に焦点を絞って話している分、その点においてはより詳細的だ。
「と、つまり君の連れが死んだ原因の一端は僕たちにあると言っても過言じゃない。」
ㅤしかし、どう足掻いても漆原の主観は入る。彼の語る中身にどこか自責の念が含まれていると小林は感じた。
「遊佐だけじゃない、僕とも組めないというならそれでもいい。僕は遊佐と同行するだろうし、小林には花沢を付けるよ。」
ㅤ彼女が正気に戻るならの話だ、と曇った表情で付け加える。
ㅤ遊佐に起こっていた精神暴走の詳細は知らないが、それでも遊佐が伊澄を殺すに至った流れの中に、漆原たち魔王軍の存在が前提となっていることは小林にも分かる。
「それは違うんじゃない?」
ㅤその上で、小林は口を挟んだ。
「原因を責任とすり替えてる。不要なもんまで背負い込みすぎると潰れるよ。」
ㅤ魔王と勇者。混沌と調和。ありきたりといえばそうなのだろう。二項対立なんて異世界に限らず、日本でもしょっちゅう起こっていることだ。ましてや日本の倫理観の尺度で、異世界出身の漆原を責める気など小林には無い。
「別にいいよ。そうじゃなきゃ、こいつが全部背負っちまうだろ。」
ㅤだけど、漆原も引けない理由はある。
「エミリア、実力は折り紙付きでも精神力はガラスだから。だからそれでいいんだよ。」
「……ん、じゃあ止めないよ。」
ㅤそれなら大丈夫か、と小林もそれ以上は追及しない。敵対勢力だとか言っても、何だかんだ相手を理解した上で思いやれる心はある。たぶん、将来的に何かしらの落とし所を見つけるのにも大事なことだ。
ㅤ責任の所在ってのは面倒なものだ。上の命令でやりました、悪いのは全部姫神です――責任なんてそれで押し付けてしまえればいいのだろうけれど、もちろんそんなので色んな宿命が片付けば世界はもっと平和なんだろう。
ㅤでも、かといって殺し合いに反抗する者同士でギスギスしたくはないじゃないか。今の自分たちにできることは、死んだ伊澄さんの分まで生きてやることでしかない。
「これは……夢……?」
ㅤここで、遊佐が意識を取り戻す。仮に襲ってきても対応できるよう、漆原と花沢が前に。そして小林は後ろに。
「……現実だよ、エミリア。」
「じゃあ、私……」
ㅤ両腕に残った感触を確かめるように、自分の手のひらをまじまじと見つめる。そして、瞳に陰りを見せつつ、口を開く。
「……殺したのね。」
ㅤ正気に戻っていた。或いは、戻らない方が幸せだったのではないかと思えてしまうほどに。しかし自身の認知は誤魔化しようもない。目の前には、もの言わぬ死体となった少女。そしてなお鮮明に残る、精神暴走状態の記憶。
「おい、エミリアっ……!」
「その名前で呼ばないでッ……!」
ㅤ叫び声と共に襲い来る全身の激痛。伊澄の神世七代を刀剣一本で受け止めた代償は、少なからず響いている。
「もう私は、勇者なんかじゃないんだから……。」
ㅤか細い声で呟く。遊佐の手には、殺しの要因となった木刀・正宗はもう残っていない。ただ、記憶だけ。それだけが、遊佐の罪悪感を掻き立てる。
ㅤそんな遊佐に――救いの手の可能性が差し伸べられる。
「ベルならその記憶も消せるかもよ。もちろん、お前が望めばだけど。」
ㅤその意味するところが決して軽くないことくらい、漆原にも分かる。
ㅤだけど、悪行を重ねてきた者のたったひとつの善行で地獄に蜘蛛の糸が垂らされることがあるというなら、遊佐はこれまでに救ってきた多くの命の先にいる。少しくらい、救われたっていいじゃないか。
ㅤ背負うものを降ろした上で戦えば、振るう剣は軽くなるのは当然。人類の希望を乗せて戦ったエンテ・イスラでの対悪魔戦よりも、日本で独り、ただ自分のために戦っていた時の方がどれほど気楽だったか。
ㅤそれと同じ。罪悪感で戦えなくなるくらいなら、忘れてしまう方が戦いにおいては合理的だ。分かっている。分かってはいるのだ。
「……ごめん。ちょっと頭を冷やしてきてもいいかしら。」
「ああ。」
ㅤそして、漆原も分かっている。きっと、遊佐はその道を選ばないのだと。もしも真奥や芦屋や自分が、奪った命を忘れたままのうのうと日本で暮らしていたとしたら、遊佐はそれを決して許さないだろう。許さないからこそ、自分の罪を背負って生きることを選択する。愚直で、非合理的で、だけど嫌いじゃない。少なくともアイツはそういう奴だ。
「遊佐。」
「……なに。」
「全部終わったら、佐々木千穂の墓参りに行こう。」
「……うん。」
「そして、その子もだ。」
「…………そう、ね……。」
「だからそれまで死ぬなよ。その後は僕が悪魔大元帥として手にかけてやるから。」
「………………。」
「僕だって、お前の聖剣以外に斬られてやるつもりなんかないからね。」
「……………………ッ!」
ㅤ遊佐は走り出してどこかへと消えて行った。去り際に小さく呟いた一言は、誰にも届くことは無かった。
「行かせて良かったのかい?」
ㅤ花沢が尋ねる。
「この子と同行していた小林がアイツを許せないって言うなら話は別だっただろうけど。」
「許すとか、許さないとか、どっちも私が言えた義理じゃないと思う。」
ㅤそう言って、小林は首を横に振った。
「これからはどうするんだい?」
ㅤ漆原と花沢が元々目指していた展望台は、遊佐を含む"勝ち馬"を探すためだった。だけど、今の出来事を踏まえた上で、彼女を戦力として頼るのは酷だ。当然、探しているメンバーは他にもおり、展望台に向かうメリットは消えていない。
「……とりあえず遊佐が戻るのを待って……そして6時間ごとの放送とやらを聞こう。決めるのはそれからだ。」
ㅤ時間としては、殺し合いの開始から6時間が経過しつつある。姫神の言っていた定時放送とやらが間もなく始まるはずだ。
ㅤそして、彼らは放送を迎えることとなる。相応の、衝撃と共に――
【D-3/草原/一日目 早朝】
【漆原半蔵@はたらく魔王さま!】
[状態]:腹部の打撲
[装備]:エルマの三叉槍@小林さんちのメイドラゴン
[道具]:基本支給品 不明支給品(0~2)
[思考・状況]
基本行動方針:元の世界の知り合いと力を合わせ、殺し合いを打倒する。
一.遊佐が気持ちの整理を付けるのを待つ。
二.
第一回放送を待つ。
※サリエルを追い払った時期より後からの参戦です。
【支給品紹介】
【エルマの三叉槍@小林さんちのメイドラゴン】
人間形態のエルマが扱う「トライデント」に分類される槍。エルマの身長並の流さを持ち、漆原の体格だと少し大きめ。
■
「許すとか、許さないとか、どっちも私が言えた義理じゃないと思う。」
ㅤ彼女を許せるのも、許せないのも、きっと伊澄さんだけなのだ。本人が死んだ今、もう第三者が何かを言えるものでもない。
ㅤそもそも、あの木刀は何だったのだろうか。漆原がエルマの使っていた槍を持っている辺り、支給品が参加者に由来するものである可能性は高い。それを考えると、伊澄さんがその事情に詳しくても特におかしくはない。実際、彼女のアドバイス通りにすれば遊佐の暴走は止まったわけだ。
ㅤだけど、伊澄さんが死んだことでそれ以上詳しく知る機会は失われた。だから、許すとか許さないとか以前に、その前提、理解の段階に踏み込めていないのだ。彼女が抱えていたやむを得ない事情というのがあまりにも軽ければ許せなくなるかもしれない。逆に、人の死をもたらしたことさえ許してしまえるようになるかもしれない。それはどっちも、怖いことだ。どっちつかずで居られるのならそれでいい。
(結局、立場を明確にするのは怖いだけなのかもしれないな。)
ㅤ私はすでに大人だ。少なくとも、ある程度の哲学を胸の内に抱く程度には。だからこそ自覚している。私はズルい。流されることを良しとして、責任を負うことから逃れようとする大人のズルさだ。
ㅤでも、それができない子だっている。誰かに流される生き方を割り切れず、全ての責任を背負ってしまう子が。遊佐もおそらくそういうタイプだ。
(私にも、何かできることはないもんかね。)
ㅤメンタルケアなんて柄じゃないけれど、大人のズルさというのも、教えてあげられればいいんだけどね。
【D-3/草原/一日目 早朝】
【小林さん@小林さんちのメイドラゴン】
[状態]:胴体に打撲
[装備]:対先生用ナイフ@暗殺教室
[道具]:基本支給品 不明支給品(0~2) 折れた岩永琴子のステッキ@虚構推理
[思考・状況]
基本行動方針:殺し合いを止める。
1.遊佐が気持ちの整理を付けるのを待つ。
【支給品紹介】
【岩永琴子のステッキ@虚構推理】
岩永琴子が歩行の補助に用いていたステッキ。伊澄が霊力を込めることによって、ドラゴンクエ〇トで言うところの〇域の巻物のように乗った者が相手に狙われなくなる魔法陣を生成する力を発揮していたが、今やただの折れたステッキ。
■
("勝ち馬"、か……。)
ㅤ漆原がそう呼んでいた者は、少なくとも殺し合いを加速させてしまった。そこを責める気など無いが、れっきとした事実。
(確かに遊佐さんの力は規格外だった。武器があんな木刀ではなく真剣だったとしたら、或いは、影山君より……?)
ㅤそして遊佐が強かったこと。これも間違いなく事実なのだ。
ㅤだけど、忘れてはならない。どれだけ頼られている人物でも、結局は一人の人間に過ぎないいうこと。心が折れもする。挫けることもある。それで当然なのだ。
ㅤ漆原の話によると、彼女は勇者として世界の期待を背負って生きてきたらしい。父親を失った17歳の少女が、今度は世界中の人間の命を背負うことになって――それがどれほど、彼女の負担となっていただろう。花沢には想像もつかない。超能力結社"爪"との戦いも、世界の命運を分ける最前線に立っていたのは僕じゃなくて彼だ。そして他ならぬ僕も、ただの中学生に過ぎない彼に、期待を押し付けて――そしてここでも、彼に頼ろうとしている。
(――嫌な時はなぁ!ㅤ逃げたっていいんだよ!)
ㅤ霊幻さんが言っていた言葉。あの時は綺麗事だと思った。影山君が戦わずして事態を鎮められるはずがないと思った。
("勝ち馬"だとかいって影山君に頼るのは終わりだ。)
ㅤだけど今なら、その意味も分かった気がする。人々の分まで宿命を背負い込んだ遊佐に、本当に必要だった存在は何だったのか――きっと、霊幻さんのような、逃げることを許してくれる人だったと思うんだ。
(僕がなるしかない、か。遊佐さんの、逃げ道にはさ。)
【D-3/草原/一日目 早朝】
【花沢輝気@モブサイコ100】
[状態]:念動力消費(大)
[装備]:金字塔のジャケット@ペルソナ5
[道具]:基本支給品 不明支給品(0~2)
[思考・状況]
基本行動方針:殺し合いには乗らない。
一.遊佐が気持ちの整理を付けるのを待つ。
二.影山茂夫への尊敬と、無意識な恐怖。
三.影山茂夫には頼りきりにならないようにする。
※『爪』の第7支部壊滅後からの参戦です。桜威に刈られた後のカツラを装着してますが、支給品ではなく服装扱いです。
■
ㅤ大切な人を失う気持ちは、よく分かっている。その喪失は、遊佐が勇者として悪魔たちと戦う原動力。易々と割り切れるものではなく、亡霊のように、延々と纒わり付くものだと知っている。
ㅤ伊澄は生き返らない。だから、自分にできることは奪った分だけ誰かを救うことでしかない。有り体に言えば、仕事のミスは以降の働き方で補うしかないということ。
ㅤつまり、自分は誰かの大切な人を奪った上で、しかし姫神の打倒を目指す者としてその誰かを救わなくてはならない。"ヤツら"が私にやったことを、私も誰かに押し付けなくてはならないということだ。
ㅤ状況的に、姫神のせいにすることも明智吾郎のせいにすることも容易だ。しかしそれを認めてしまえば、"ヤツら"の罪も赦さなくてはいけなくなるかもしれない。
『――なんで私に……人に優しくするのよ!ㅤ優しくできるなら……なんで私のお父さんを殺したの!』
ㅤいつか、真奥に叩き付けた言葉。残虐なものと信じて止まなかった魔王が、悪逆非道の限りを尽くして然るべきだと思っていた存在に向けられた優しさ。乖離していく感情と現実の狭間に耐えられなかった。あんな想いを相手が抱くと知っていながら、素知らぬ顔で罪を償えというのか。
ㅤこれ以上、考えたくなかった。真奥貞夫という人間がどういう奴なのか――どういう状況でどう考え、どう動く奴なのかを、少なからず理解しているからこそ。彼らが自分を前に背負ってきた気持ちが、分かってしまう。
ㅤ理解し、共感してしまえば、許してしまう。そもそもアイツ自身がやったわけではない――それを言い訳に、自分の父が殺されたことすら、水に流してしまう。それが怖かった。自分がいま抱いている感情を認めたくなかった。
ㅤ結局、遊佐を真に許していないのは、遊佐自身でしかなかったのだ。犯した罪に対し、罰が与えられることもなく。贖罪とて、誰かを苦しめることを知っている。失ったものはどう足掻いても取り戻せず、今から掴めるのはもう代替の未来でしかない。佐々木千穂が欠けた日常と同様、鷺ノ宮伊澄がいない世界しか、取り戻せない。それを本当の意味で埋められるものなど、この世の何処にも在りはしないのだ。
ㅤ同じだ。魔王討伐を果たしても、実家の田畑が、そして父が戻ってこないのと、何も変わらない。妥協以外で、生まれてしまった空白を満たせるものは何も無い。誰かを守るための力で、誰かの理想を奪ってしまったのだから――
ㅤその時――背後から着地音のような何かが聴こえた。
ㅤ明智との戦いでの負傷。
ㅤ伊澄と漆原・花沢との連戦。
ㅤそして、木刀一本で立ち向かった伊澄の必殺技。
ㅤすでに、遊佐の肉体はボロボロ。精神面は、言わずもがな。
ㅤしたがって、すでにそれを防ぐ手段は無い。手持ちの戦力において、遊佐はもはやそれの格下でしかなかった。
(ああ、これが――)
ㅤ真っ直ぐに己に向かうそれを、認識した時にはもう手遅れ。通り過ぎる一陣の黒い風――すれ違いざまに、遊佐の首を砕く。眠りにつくように、消失していく意識。
(――私への、罰、なのかな。)
ㅤ消え行く命。絶える鼓動。目の前で終焉を迎えていく"それ"を眺めつつ、男――雨宮蓮は醜悪に笑う。
ㅤ"瞬殺"――それは本来、弱き者を守るために、竜司と特訓して身につけた技術であるはずだった。彼もまた、誰かを守るための力で誰かの理想を奪う者。
ㅤ誰かの理想が、ここにまたひとつ、潰える。
【遊佐恵美@はたらく魔王さま! 死亡】
【残り 39人】
【D-3/森/一日目 早朝】
【雨宮連@ペルソナ5】
[状態]:健康
[装備]:綺麗なナイフ@虚構推理
[道具]:基本支給品 不明支給品0~2(本人確認済)
[思考・状況]
基本行動方針:殺し合いに乗る
一.…やるか(殺るか)
二.怪盗団のメンバーも、殺そう。
三.明智五郎は、この手で殺された借りを返す
※11月20日新島冴との取引に応じ、明智に殺されてBADエンドになったからの参戦です。
※所持しているペルソナは【アルセーヌ】の他にアルカナ属性が『正義』のペルソナが一体います。詳細は後続の書き手様にお任せします。
最終更新:2021年04月04日 19:36