『(元)小日向くん』



[登場人物]  小日向ひょう太高木さん





■チェンジリング■

──見た目は傘が紫色のエリンギ。
地面にグループで輪になって生えるのが特徴。
毒素を十分に抜けば可食ではあるらしいが、チェンジリングを食べる者は物好きといってよい。


 ところ変わって、意識は闇の中。
極度の脚フェチでスケベな点以外はごく普通の高校生・小日向ひょう太は、朦朧としつつも半覚醒の状態──寝起きの一歩手前でいた。
淫魔だの、魔神だの、大戦だの…と、高校に入ってから何かと“珍妙な災厄”に巻き込まれてしまう体質となった彼。
バヒョ…改めひょう太は、その幾多に及ぶ大騒ぎを経て、非日常にはすっかり耐性が付いたものだったが、今宵彼が巻き込まれた──…いや、呼び寄せた災厄は人生最大級の危機『殺し合い』。
到底“珍妙”と洒落させることのできない災厄を前に、バヒョの心は激しくシェイク寸前だった。



(…なんで……、なんてこった…………ッ。どうして、オレがこんな目に…………………)


どうしてこんな目に────とは。
すなわちメムメムが全ての起因となる。


 ──…じゃあ、うん。バトル・ロワイアル…頑張りましょうか…………!!

 ────ちょっと待てェェ!!!なんだこのバスは!? さっきまで家にいたのに…!!

 ──ここは極厳修行場らしいです…! 魔界を仲介して転送されました……!

 ────魔界?! やっぱりまた!! …ていうか極厳?!! 難易度ハードモードなのっ?!!
……




(………メムメムのやつ、半泣きで……。いや、泣きながら…………話してて……)


メムメムが泣く理由────。
それもまた彼女が全ての起因となる。


──上からのお達しで……、あたし……成果をあげないから修行しろって言われて…………。それでがんばります!! ──って言っちゃって………。

────…で………? それが……なにっ…??

──でも、一人で修行するのが怖くて……、転送玉で皆を連れてきちゃいました…………。

──…何やってくれてんだァーーッ!!!?
……




(…オルルちゃんに、デデルさんもいて……………。バスの中…………)

(…オ、オレたちが…………こ、殺し合い………………………ッ)


以降、首元が閃光したかと思えばシャットダウン────。
主催者の指パッチンが起因となり、バヒョは僅かばかりの眠りにつかされた。


 バヒョ…──ひょう太が再起動完全完了するまで刻々と、45%…50%…75%………。
無論、再起動は飛び起きることを意味するが、着々と意識のパーセンテージが満たされる中、彼は絶望の譫言を心の中で漏らし続けた。


(…うぅ……、汗が止まらない…………っ)


(全身が痛むように震える………………っ!)

(イヤだ………。オレはこんな所で終わりたくは…………………。終わるわけにはいかないのに……………………ッ!!)


暗闇は必然的に光を欲す。
精神を極限状態まで追い込まれたばひょう太が、追いかけた光の名前は一つだった。



(…あ、あ……………)



(ぁっ──ッ、)


────杏…ちゃんっ………………!!!







「──はっ────!!!」



──眩いライトが目に痛くて。
彼は、硬いアスファルトの元、飛び起きた。
見上げれば文字通り照らしの強い街灯の光。生暖かい地面の感触、蒸し暑い渋谷の空気が、ひょう太を残酷なリアルに呼び起こす。


「……ま、まずい…。オレ、どれだけ眠ってたんだ………………」


寝起きで低血糖気味なのか、メガネメガネ~と探す人のように手で地面を数回叩きながら、無理矢理立ち上がるひゅう太。
ガードレールに添いながら、とりあえずベッタリ付着した寝汗を拭くことにしたが、一呼吸置いた彼は、ふと靴底の妙な感触に気付かされる。


「──…………………んっ?」


足で見知らぬうちに踏みつけてしまったのであろうその柔らかい何か。
…まさか犬のフンではないか? ──と、殺し合いの雰囲気をぶち壊すしょうもない事故を想定し、恐る恐る脚をあげてみたのだが。


己のあがった脚……、肉付きのいい太ももを視界に入れた時。
彼の脳内の片隅では、ふと呆れたように誰かが呟いた。


(……はぁ………。隙あらば“奇妙な災厄”に巻き込まれるな………………。オレって)




────彼が出会い頭踏んでしまった……、いや厳密に言えばスタート位置に生えていたものこそ『チェンジリング』。


胞子に触れると『近種族』に姿が変わってしまうとのことで、冒険者から軽く恐れられていたキノコが。

ひょう太を『デジャブ』へと襲いかかる………………。






 夜の静寂に包まれた街。一人。
シャーーッ、とペダルのタイヤの回る音、そしてペダルを漕ぐ音のみが響くので緊張感が走ってしまう。
自転車の乗り手──ひょう太は、なんとなく乗り心地の悪さも感じながら、前述の緊張感と共に闇夜を走っていた。
──…というのも。



『高木様専用武器──』


「──がっ、なんで【オレ】に支給されてんだよっ!!? …って突っ込みたいよ…」



 自転車の箇所に張り付けられたその名前札にふと目を落とす。
言わずもがな、そしてひょう太も口に出さずもがな、ド無能っぷり全開の主催者の失態、またしてもここにありだ。
誤配給されたこの高木という参加者専用の自転車。
──なにも、それのみが誤配給というわけではない。
参加者名簿、バッグに入っていたじゃんけんを模すカードの束、食料に数枚の現金。
それ全てがデイバッグの印字曰く『高木様専用』らしく、ひょう太…【彼】はとことんツッコミ欲が揺らいでいた。

無神経な参加者ならいざ知らず、ほんとに普通の【男子高校生】である【彼】は、念の為バッグの中身を使わないように、と。
それでいてチャリンコを押して歩くのは邪魔だから…、と、バッグ片手に自転車を乗り走る今に至る。


「………にしてもこのチャリ…サイズ微妙に小さいな…。【女子サイズ】くらいだと思うけど………まぁいっか。どうでも──」


「────…よっ、と」


不意に、【彼】はブレーキを掛けその場に立ち止まった。
理由は単純だ。【彼】のすぐ隣にて、発光する物体に目を取られたからである。
暗闇の中でぼんやりと浮かび上がるその明かりは、周りの世界から切り離された小さなオアシスのよう。
七月という夏盛りの気温もあって、その『オアシス達の巣』は、乾ききったひょう太を引き止めるには十分の存在だった。


「コーラコーラ~~…っと」


小銭を少しばかり投入し、いざオアシスの湖へ。
『自動販売機』にて、ひょう太が開口一番選んだ物は、ペプシ社のライバルが発明し450ml缶であった。
部活帰りの少年たちが一気飲みしようそのサイズ缶を取り出し、プシュッ──と即プルタブを開ける。
割と喉はカラッカラだったのであろう、【彼】は炭酸の喉粘膜突き刺し攻撃も気にせず一気に飲み干した。



「──ぷはっぁ…!! ンッ、ゲホッゲホゴホ……………。…ふぅ、知らない間に炭酸強くなった気が……」


口いっぱいにべったりとカラメの甘みが染み渡る。
自分の細くてなよなよした腕で、口元を拭き取ったひょう太は、僅かばかり液体の残る缶片手に。
何の不満があったのか、目の前の住宅地をじっと見つめ途方に暮れていた。


「………はぁ~~~………」


脚を組み、自販機にもたれ掛かる形でため息を漏らす。
ふと自然発生した風に煽られ、空き地の草むらが、茶髪と衣服がサラサラと吹き付けられる。
柔らかい自分の唇を摘みながら、もう一言だけ【彼】は呟いた。


「…どうして、【オレ】……。いつもこんな目に遭うんだよ………………」


憂いの言葉を漏らす【彼】を風が吹き終わり三秒ほどして。
手中の半ば邪魔になったコーラを飲み干そうと、唇に近づけたその時。



ふと、自分のそばにいた────一人の女の子に気が付いた。



「…あっ」



 ひょう太の第一声はそれであったが、心中「…【オレ】と同い年…ちょっと下か…??」と推察する面もある。

長い髪が夜風に揺れ、淡い光の中でその顔がぼんやりと浮かび上がっている。
セーラー服。膝下程のスカートが微風にそよぎ、どこか物憂げな表情で棒──支給武器を握りしめていた。
肩に担がれたデイバッグ──ひょう太が持っているデイバッグと同じサイズなのだが、妙に大きく見えるほど、それくらい彼女は小柄であった。

パッと見、デコッパチがチャームポイントの美麗な少女。
こちらが気づいたことに彼女も気づいたのか、ふと目が合った。


「…あっ、えーと……。うーん、と………。うーーん??」


 最初に口を開いたのはひょう太だった。
小柄な少女という相手が相手なため、緊張感や戦意は発生しなかったのだが、それは置いとくとしても何を話せば良いのか分からない。
迷いながらも、とりあえず「うーんと」を連発するひょう太だったが、【彼】の言葉を待ちきれなかったのかいざ知らず──。


「…………………」

「…あっ!! ちょっとキミ!!」


────デコの女の子は、自分を通り越してスタスタと歩み始めていった。
その表情は何を考えているか、真顔を作りつつもどことなく神妙な面持ちに感じる。
割と予期してぬ言動だった為か、呆気にとられるひょう太。
が、すぐさま慌てて思考回路を正頓した。


(…って、何呼び止めようとしてんだ【オレ】……。別に…、彼女になんか用あるわけじゃないし………、無視でいいよな)


【彼】の言う通り、たまたま鉢合わせただけの二人。
無理して会話する義務もなければ、無理にでも行動を共にする必要性もないのである。
──これは別にひょう太が対人コミュニティに難を抱えてるというわけではないのだが、何となくドライに対応すべきだと【彼】は考えるに至った。


(………………………うん)


正直、チラチラと見える彼女の脚が名残惜しかったひょう太だが。
先ほど通りの姿勢──自動販売機に寄りかかり、コーラを飲む姿勢を取り直し、ただボーーっと彼女を見送った。



「…んぐっ、ゴクゴクゴク…………」


闇夜。
真っ黒な液体が体内を巡り巡って胃に到達していく。

その時、一つ。いや、二つ。

──小さな鐘の音が鳴らされた。



 チリン、チリン──────。




「んぶふっッ!!! …軽くビックリした……。えっ??」


殺し合い中という緊迫下もあり、必要以上にオーバーリアクションを取ってしまった【彼】──ひょう太。
鐘の音、いわば自転車の音の先にはまるで手招きするように。
通り過ぎたはずの少女が、サドルに手をかけこちらを眺めていた。


「ねえ、」


「えっ??!」


話しかけられたのはひょう太。
彼女の柔い声にたちまち包まれる。


「私の名前、もしかして分かったりする?」

「……えっ、え?? え? 名前???」


そんなことを聞かれても彼女は初対面。
そもそもひょう太にオデコがチャームポイントの知り合いなどいやしない。
突拍子もない質問を前に、ひょう太はしどろもどろになるしかなかった。


「…あー、分かんないか」

「……ご、ごめん。失礼だけど、どっかで会ったりしたー…っけなー………?」

「あはは。じゃ、今度は私がキミの当ててみるからね」

「…え??」




「小日向…さん、だよね。合ってるかな?」



「…えっ??!!」




ズバリ的中──驚愕七割、思考停止二割、隠し味の恐怖一割といった表情をするひょう太。
その分かりやすい顔が堪らなかったのか、少女は「あはっ」と軽い笑い声をあげた。
超能力…? メンタリズム…? それとも、魔物……??! と、頭がこんがらがる【彼】にとってその笑い声はゾゾゾッとさせられる要因だったが、別に彼女は何でもない普通の女学生である。

────デコの彼女が、ひょう太の名前を言い当てた理由。
それは、わざわざ長文の説明を充てるまでもない。あまりにも単純だった。



「…いやさ、私『高木』って言うんだけど。ほら、このバッグ見てよ」

「………ひょ?? デイバッグ………?」

「私に渡されたの、ほら『小日向様専用』って。書いてたからさ」

「…え??? えーー…?」



だから、もしやって思ったんだけど──…と、あまりに単純なタネバラし。かつ、物凄い奇跡的な参加者同士の鉢合わせにひょう太は呆れる他なかった。



「…な、ナンデスカァー……。いや、色々とさぁーー…………」


その表情が妙にツボだったのか、少女・高木さんはまたケラケラと笑い出したが、今度の笑い声はゾッとすることはなかった。


「あはははっ~。初対面でこれ言うのもヘンかもしれないさー、小日向さん面白い反応するね。結構、匹敵レベルかも」

「…匹敵って…だ、誰と…??」

「………ま、それは置いとくとして。私、一人で不安だったからさ。一緒に行動しないかな? うん。荷物交換ついでにさ」


はい──と渡された小日向専用バッグ。
共に行動することについて拒否もできたが、…別にそんなことをする必要性はなかったのでひょう太は二つ返事をあげた。


「うん、じゃあ。とりあえず宜しく。…あととりあえず…お疲れ……。──高木さん」







■チェンジリング■

──見た目は傘が紫色のエリンギ。
地面にグループで輪になって生えるのが特徴。
この茸は輪に入った対象に紫色の煙のような胞子を浴びせるのだが、これを浴びた対象は生物だろうと切り取った肉、あるいは調理済みの食品、さらには無機物だろうと『近縁種』に『変わって』しまう。



……
「…あーでもよかったなぁ」

「え? 何が?」


高木さんの独り言に反応するいなや、ひょう太は手に持っていたコーラをバクリと取られた。


「…あっ!!」

「あっ…って。さっき貰っていいよね、って聞いたでしょ」

「…あ、いやそうなんだけど。…けども…ね……」

「…? なんかスッカリ喉乾いちゃったな」


まだ冷え切っていたコカ・コーラ缶。
ちゃぷちゃぷと残量を確認した高木さんは缶を傾け、そのグミのように弾力あるピンクの唇に口づけ。
内容液を流し込み、喉がピクピクと唸る。


「……………………」

「ぷはっ、──どうしたの? 小日向さん。なんか変な目で見てきて…」


ぷるんっと弾けた唇から、唾液の結晶が軽く飛散した。


「……えっ?!! い、いやぁー…。そ、その……」

「………?」

「今更言うのもあれだけど…、これ…間接……キス………………になってるから…………。はは、て、照れ臭くてさ……………。い、いやゴメン……」

「……………ヘンなの。別にいいじゃん」



顔を分かりやすく赤くしてボリボリと頬をかくひょう太。
生まれてこの方まともな女子とのキス一つできてない【彼】だから照れ臭いを通り越してるのだろう。

【彼】にとっては。




そんなひょう太を様子見た高木さんは、まるで不可解と言った顔をしていた。
そう、彼女からしたらひょう太の発した『間接キス』だかは本当に理解不能といった感じなのだ。

彼女にとっては。
──いや、彼女のみならず世間一般誰彼問わずしても、だ。


高木さんは、「なにいってんの?」と言うように、口を開いた。






「…いいじゃん。私たち【女の子】同士なんだからさ」



「……あっ!! う、うん………。そうだね~……」





「それにしても、ほんとに初対面が同姓でよかったよ。…男の人だったら、正直怖かったし。私」



「…あはっ、はははは………。確かに言えてる………………かも……」



……


■チェンジリング■

『人間』に近い種族は、淫魔。
…それは、かつてメムメムがチュチュの魔法の杖を使った時。
──使用対象のひょう太に生えしツノ、悪魔の羽…そしてマシュマロのような胸に、肉感のたまらない脚と、そして幼顔と、おさげ髪………。



淫魔 が こうして 生まれた瞬間──だった。






……

──小日向ー、格好は構わんが…。先生、個人的には男の姿のままで、今の露出度が惚れ惚れするぞーー。


「ひっ!!!!」

「ん? 小日向さ…、小日向ちゃんどうしたの?」

「あっ、ごめん。ちょっと寒気が………」


自転車に夜間、二人乗り。
後ろに座りし奇妙な淫魔は、ペダルを漕ぐ彼女の脚へと、ひっそり牙を剥く。



【1日目/E4/AM.1:00】
【小日向ひょう太@悪魔のメムメムちゃん】
【状態】サキュバス・性転換(♀)
【装備】ドッキリ用電流棒@トネガワ
【道具】???
【思考】基本:【微静観】
1:高木さんと行動する。
2:なんでオレはこんなことに………。

【高木さん@からかい上手の高木さん】
【状態】健康
【装備】自転車@高木さん
【道具】限定じゃんけんカード@トネガワ
【思考】基本:【静観】
1:小日向ちゃんと行動。


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017:『ミステリアスな先輩の雰囲気 019:『全ては一冊から始まった(前/後編)
高木さん 052:『Darling,Darling,心の扉を
ひょう太 052:『Darling,Darling,心の扉を
最終更新:2025年03月04日 20:09