『Darling,Darling,心の扉を』
「わあー、すごい…。この場所…」
「……あ、うん。そだね〜………」
Girl and “Girl”。 高木さんが驚嘆の声をあげるのも無理はない。
二人が自転車から降りた先には、狂騒とオシャレな渋谷のイメージとは程遠い──大自然の湖畔があった。
周囲は木々が環境良く立ち並び、その中心にて黒曜石のように深く、それでいて透きとおる水面が切り開かれている。
その湖の清純さときたら、服を脱ぎ散らかして飛び込み、泳ぎ疲れたらその水を躊躇なく飲もうかというくらい、美しかった。
東京都の中心地として大開発が発展する渋谷に、まさかこんな穏やかな森林湿地帯があろうとは。
知る人ぞ知る秘境地を前に、二人の女子はただ湖の前で直立不動。清らかな景色を受け続けた。
二人の『女子』は。
「まさか渋谷に湖畔があるなんて思ってなかったよ」
「…オレ………わ、私も〜。なんなんだろね、ここ」
「…ハハっ。私、なんだか懐かしい気分になるかも」
「え?? …なんで?」
「前にさ、西片と釣りに行ったんだけども。その場所もこんな感じで大自然の中ポツンと湖! …ちょっとそれを思い出した感じでさ」
「…にしかた?? っていうと、高木……ちゃんの友達?」
「うん」。その次に、「あっ」と。
高木さんは思い出したかのように、スマホから短髪の少年の画像を見せてきた。
「あ、そうだ。小日向ちゃん。もしかしてだけどさ、この男子とすれ違ったりしなかった? 西片って言うんだけど、…ゲームに参加されててさ」
「え? あっ、どれどれ……。高木…ちゃん。悪いけどスマホ貸してくれる? …み、見えづらくてさ〜……」
「うん。いいよー」
滑らかな指から差し出される、西片という少年の画像。
全く見覚えなんかない男子の顔を見て、小日向は何を思っただろうか。
────否。何も感じていない。
────それは、この広大な自然も同じ。今のひょう太にとっては、何の関心も眼中さえない。
「………………」
先程からやたら高木さんの太腿──魅惑の領域部分ばかり視線を落としている彼女。
──いや、“彼”。小日向ひょう太は、湖よりも西片よりも、隣に立つ高木さんの事しか頭には無かった。
これは恋心とか、高木さんを見ているとドキドキする…だとかピュアな思いでは断じてない。
完全なるゲスでイヤらしい目付きだった。
「…………に、西片くんねぇ〜ー…」
(………。……ヤバいっ! ど、どうなっちまったんだ、オレ………! 全く集中できない……っ──)
(──高木さんの脚に……、XXXなコトやXXXに至ることしか考えられなくなってるよ…………っ!!!!)
ひょう太のおさげ髪と柔らかそうな胸が、ワナワナ震えた。
もはや高木さんにさえ伝わるほど、挙動不審なひょう太だったが、彼がやたら欲情を放出寸前となっているのにも理由がある。
数十分前、魔茸『チェンジリング』の作用で淫魔♀と化してしまった彼だが、淫魔という生き物は淫靡な誘惑で魂を狩り、それで生業を為す。
【性】を全面に出し、そして【性】が前提。【性】が性(さが)の悪魔な為、Hが脳を埋め尽くす割合は常人の何倍以上だ。
その為、元より脚フェチだったひょう太が、容姿整う高木さんにスケベ心が働かない筈もなく。
──彼は心を悪魔に完全掌握されていた。
(クソ、クソっ………! 高木さんの指……、高木さんの膝、ふともも…、高木さんの靴下…ぁ…………)
(お、女の子ってなんで全身あらゆる箇所がエロいんだよぉっ…………。一番エロい筈の…おま………陰部が比較的グロいってくらいに………。何もかもが刺激的すぎるぅ………)
(高木さんにXXXしたいぃっ……! XXXして、無理矢理にでもXXXして、XXXを見せつけたいっー、舐めたいぃぃ…………!!! 魂を奪いたいぃぃいい…………)
(──嗚呼……。頭の中はそんなことで一杯でっ…………!!! 高木さん以外目に入らないよっ、オレーー……………!!)
そんなわんやで、吐き気が込み上げるくらいの興奮をし続ける淫魔、ひょう太。
震える小柄な身体と、火照りあがる頭の中。スマホをただ見るだけという、単純な行動さえままならなくなった彼だが、──それ故──。
────ツルン、と。
「あ」
「あっ!!!!」
高木さんから借りたスマホが滑り落ち、湖へとダイブ。
──流石にヤバいと思ったのであろう、ここで初めて意識が高木さん以外へと向いたひょう太は、慌てて手を伸ばしていき、
「あっ! こ、小日向ちゃん!!」
────大きな水飛沫。
そのままスマホごと湖へと転び落ちていった。
割と水深があるのか、着水から暫くたってもゴボゴボと顔をあげない小日向。
幸いにも、高木さんのスマホはギリ耐水性の為そちらの心配は無用なのだが、彼女は中腰になって心配そうに湖を見つめ続ける。
こんな物凄いくだらない事で、バトルロワイアルパートナーが溺死………。
…そんなこと、高木さんは考えたくもなかった。
「──ぶはっ!!!! …ぜぇ、ぜえ………!!!」
「わっ、ビックリしたぁ…」
無論、ひょう太の方だってそんな末路まっぴら御免である。
全身ぐしょ濡れの彼は、湖に落ちてちょうど一分後、やっと顔を上げだした。
息苦しそうに掲げるは高木さんのスマホ。恐らく、それを探しに暫く潜っていたのだろうと。窶れ切ったひょう太の表情が伺える。
「はぁ、はぁ………。ご、ごめん高木ちゃん………。落としちゃって………」
「…………………。──」
「──え?」
「………? 『え?』とは……? 高木ちゃん………」
軽いハプニングとは言え、何とか事なきを得た、助かった。──と、この時のひょう太は思っていたのだったが。
────『木こりの泉』。
もはや説明不要のこの童話は、今回のケース同様、何か物を泉に落としたら女神様が登場するというストーリー。
「……………え、」
「? …ど、どうしたの高木ちゃん? あっ、スマホなら大丈夫〜…だよ? ほら電源つくし……。…ま、とにかくごめ──…、」
「……誰?」
「へっ?」
────スマホを泉に落としてしまった高木さんの前に現れたのは、女神ではなく。
────むしろ逆。
「…………誰なの。……」
「えっ」
────見知らぬ男。
────『小日向ひょう太(♂)』が、水面から現れてきた。
…………………
………………
……………
ヤパパ〜
ヤパパ〜
インシャンテン〜〜♪
…………
………
……
…
「…ふーん。つまり小日向……くんは冷水をかけられたら男になって………」
「…………はい……」
靴、靴下の一式を脱いで、ひんやりとした水辺に生脚をちゃぷちゃぷ。
高木さんは『あったか〜い』おしるこ缶を小日向に手渡す。
プルタブを取ったひょう太はそいつをクイッと飲むと、──────PON!!
「温かい水がかかったら、……女子になるわけなんだね」
「………そゆことらしいです………」
「………。…まんまだね」
「うん、まんま1/2だよ………。いや何なのこれぇ────────っ!!?? 全く原理が分かんねーよォ──────!!!」
厳密には本家とは真逆なのであるが。
冷たい湖でひょう太はバシャッ、と洗顔。
顔を拭いた後、水面に映る【男の顔】に若干彼は憂いていた。
「ところでさー小日向…くん。じゃあなんでさっきまでずっと女子なフリしてたの? ナヨナヨした口調でさ」
「えっ!!? …そ、そりゃ………変なキノコ踏んでこうなっちゃいました〜だなんて言っても信じてもらえないだろうし…………」
「それはそうだけども。正体がバレた今振り返ったら、恥ずかしいことやっちゃったな…とか思うでしょ?」
「ちょ!!! や、やめてよ──────っ!!! 高木さん──────っ!!! それ言う必要あるっ??!!」
「…あはは〜〜」
笑い声と突っ込み声が湿地帯にて飽和する。
『性転換♂♀』とは、かなり非科学的かつ信じられない現象であるが高木さんはそれなりに順応している様子。
──というか、西片代替品であるひょう太をイジるのに夢中で特に気にしていないのだろう。
けらけら笑う彼女だが、対してひょうた1/2は焦りの気持ちしか無かった。
淫欲抑えきれない悪魔から、そこそこな下心で留まってる人間に戻れただけでも良きであろうが、彼は頭を抱え続ける。
魔茸『チェンジリング』の効果から戻れる方法は知れたが。
────なら、尚更これからの日常どうしていけば良いのか………、──と。
胸元のスカスカ具合に、制服の着心地の悪さを感じながら、ひょう太はボソボソ呟き始めた。
「……いやもう〜……。本気でこれからどうすりゃいいんだよ……」
「ははは〜〜……。──え? どうすりゃいい、って??」
「オレ…、これ…汗かく度に女の姿になるのかよ〜………」
「あー確かに。残念だね、体育やれなくて」
「ていうか温度の境界線は何なんだ……………。何度までが女で何度までが男判定なんだよ…………。ぬるい水かぶったらどうなるんだ…………」
「とりあえず温泉の時は女湯入れるって喜べばいいんじゃない?」
「……冬になったらマジでどうすりゃいんだよぉ…………。あの季節に冷たい食べ物縛りとか…涙無しには過ごせないって……………」
「年中冷やし中華だね」
「…オレ結構マジな感じで悩んでるのにからかってこないでよ───っ!! 高木さん!!!」
「えー。私だって真剣に対策法考えてるんだよ。そんな言われ様は心外かなー…。…あははっ」
「……〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!」
バシャバシャと水面を蹴る高木さんの生脚。
それにあのバひょう太が見向きもしない現状なのだから、彼にとっては相当深刻な悩みの様子だ。
自由自在、自分の思ったタイミングで好きなように性転換できるのならばここまで頭を下げなかったのだろうが。
これもまた神のいたずらなのか、悪魔の罠なのか。
「はぁーー…………………………」
「…小日向ちゃ、…くん。ほら、元気だしてさ。ここの湖冷たくて気持ちいいよ」
「……………うん…」
高木さんと交わされた『温水使用禁止例』を前に、ひょう太は人生最大級の生きづらさを味わうまでだった。
そんな折。
座る二人の間をちょうど通り過ぎていった『物』がある。
「……えっ?!」
「わっ」
チャポン、
チャポンッ、チャポンッ、チャポンッ、チャポンッ、チャポンッ、チャポンッ………と。
水切り石の要領で、対岸から飛んできた物は、なんと光り輝くダイヤ。
高木さん、ひょう太の二人はほぼ同タイミングで息を呑み、そして互いの顔を見合わせた。
「……」
「………」
草むらで毅然月明かりを反射するそのダイヤは【LAZARE DIAMOND】。
時価にして十億円も越すブランド物の頂点である。
色(Color)・カラット(Carat)・透明度(Clarity)の『3C』を満たしたその輝きは、ダイヤに無縁なひょう太たちでさえ魅了してしまう程だったが、────そんな物の価値なんて今はどうだっていい。
「……た、高木さん…………」
「………うん」
緑豊かな湖地帯で自然発生する訳が無い物が──、
誰かに投げられでもしない限り絶対する筈のない挙動で──、
二人の間を狙ったかのように飛んできた────。
──この現象。
「………っ」
「……………」
二人がまん丸な目を合わせたのも一瞬のこと。
『渋谷での殺し合い』という現状下もあり、緊迫した面持ちで対岸に視線を移した。
半径五メートルほどの湖を挟み向こう岸にて。
月明かりに照らされる二つの影を確認。
出来ることならもう誰とも出くわしたくなかった……──とこの時ひょう太は絶望していたのだが。
「…────あっ!!!」
そこにいた二つの内、一つのプカプカ浮かぶ参加者の姿が確認できた時。
心の何処かで掬っていた『心配』と、
そして絶望と緊張感が、ひょう太から溶け消えていった。
言うまでもないが、彼の心に訪れた感情は、────『安堵』である。
「クズと……クズが…互いに陥れ合い…出し抜く……!! ククク……、生命の取り合い……バトル・ロワイヤル………!! どうじゃ……っ!! そのゲームの始球式に相応しい………、ワシのダイヤ石水切りをっ……………!!」
「さ、さすがっす!!! 兵藤さま〜!!! あたし素直に歓迎っす! マジリスペクトっすよ!! 素晴らしい!! 素晴らしい!!!」
「ククク……。のう、──メムメムよっ………!!」
「はいっ!!!! さすがは全参加者の頂点に君臨する兵藤さま!!! あたし、一生あなた様に付いていきま──……、」
「────…あっ」
「メ、メムメムッ!!!!?」
◆
『再会』───────
With you,
I can escape this town.
Take me away right now.
my sweet sweet darling……
◆
…
……
………
「へぇーー…………。存在感無いからってパクリで個性出してきた感じっすかバヒョ」
「いやオレだって好きで女になってるわけじゃないしぃっ─────!!?? そんな物言いするなぁあ─────!!!!!」
「まあまあメムちゃん。そういう訳だから小日向くんの前で温水はNGね」
「うしゃーす。了解っす!」
「ヒソヒソ…(それにしてもバヒョ)」
「…ヒソヒソ(いい加減名前覚えろよ二十七歳!!! …で、なに…?)」
「ヒソヒソ…(趣向変わったんすか? こんなあまりおっぱいでかくない子を連れ回して……)」
「ッ!?? ヒソヒソ…(だ、黙れ!!! エロ目的で高木さんと行動してないわっ!!!)」
「ヒソヒソ……(まぁ巨乳見たらひきつけ起こしちゃうあたしからしたらGood jobなチョイスですがね)」
「………ヒソ(お前それほぼ死に設定だろ!!)」
「……二人して何の話してるの? こうも堂々と人前でヒソヒソ話」
「あっ!!! い、いや別に何でもないよ高木さん〜! メムメムのやつ、なんか腹減ったみたいでさ……。はははー………」
「いや減ってるのは胸の話っすよ〜〜バヒョ──…、──ゴボッ!!!!」
「………はは〜……。なんでもないなんでもない〜……」
「…ふーーん」
「もがふがもがーっ!!!」
Girl,Boy, Girl and Oldmen.
メムメムの減らず口を慌てて抑えるバひょう太と、
口を塞がれても尚モガモガうるさい悪魔──メムメムと、
自転車を押して歩く高木さん。そして、──おじいちゃん。
軽い自己紹介と状況説明を終えた四人は湖地帯を出て、町中にて歩を進め続けた。
時刻もそろそろ朝焼けが顔を覗き始める頃合い。
疲れからか、やや眠気が襲いかかるものの、それでも高木さん達は目的地に向かって歩きを停めない。
──自己紹介時、ひょう太が口にした『再会』という言葉について。
──和気あいあいと接するメムメムと彼に、高木さんも『会いたい』という思いが一層強まった。
──あの春、ハンカチを拾ってくれた。
──隣の席の男子に、早く再会したい、と。
「………………」
本心は、西片のいる何処かを『目的地』にしたかった。
ただ、今はその気持ちもグッと奥底に沈め、指定された場所へと歩いていく。
悪魔と、元悪魔と、小悪魔と、────『圧倒的悪魔』……………っ。
『圧倒的悪魔』の指示の元、面々が向かう先は────、
「……ちっ!! くだらぬ………。やれらんまだの……、やれ西片だの……、やれパクリだの悪魔だのダーリンダーリンだのっ…………!! つまらぬ会話をしおって、小童共が………っ!!!」
「…………」 「……」 「……ひっ! じいさ…兵藤さまいきなり喋りだした………!!」
「どれもこれも下らん内容………っ!! さっさと展望台まで目指すぞっ……………!! ゴミがっ…!!!」
「……は、はい……。兵藤さん……」
────最寄りのスイートホテル。
殺し合いの様子をのんびり眺められる、屋上が目的地だ。
「…………」
「…おい、メムメム………。なんだよ…この爺さん………。いつ出会ったんだよ………」
「…あ、あたしに文句は言わないでくださいよ!? 兵藤のヤローは魂集めに最適な道具なんすから」
「…魂集め…ってなに? メムちゃん」
「………その道具(兵藤さん)にお前さっきめちゃくちゃ低姿勢でペコペコしてたなっ!!」
「…。…うっう〜〜〜〜…。あたしにも事情があるんすよ!! こんなジジイにも媚売らなきゃいけない事情が!!!」
「…どうせろくでもない事情だろ!!」
「そんなメムちゃんのこと責めないでよ小日向くん。………ね、メムちゃん。私まだ聞いてないからさ、何があったか教えて欲しいかな」
「…………。…はぁー……。仕方ないっすね…………。これは遡ること数十分前なんですけどもー……」
(^ °ゝ° ^) ...。。。。ooOOOOOOO( )
ぽわんぽわん、ぽわんぽわんぽわん………めむめむ〜…
……………
…………
………
……
…
【1日目/F6/東●ホテル周辺/AM.03:53】
【高木さん@からかい上手の高木さん】
【状態】健康
【装備】自転車@高木さん
【道具】限定じゃんけんカード@トネガワ
【思考】基本:【静観】
1:↑えっ? メムちゃんの頭からぽわんぽわんって何か出てきたけど…。これなに?
2:小日向くん、メムちゃん、兵藤さんと行動。
3:最寄りの東●ホテルまで目指す。
4:西片が心配。
【小日向ひょう太@悪魔のメムメムちゃん】
【状態】健康、人間(←→サキュバス)
【装備】ドッキリ用電流棒@トネガワ
【道具】???
【思考】基本:【静観】
1:↑メムメムの奴、頭から『回想のイメージ映像』出せるんだよ高木さん。ぽわんぽわんって煙みたいに。
2:高木さん、メムメム、兵藤のお爺さんと行動する。
3:なんでオレはこんなことに………。
※ひょう太は水をかけられると男、温かい水なら女(淫魔)になります
【メムメム@悪魔のメムメムちゃん】
【状態】健康
【装備】なし
【道具】???
【思考】基本:【奉仕型マーダー→魂集め】
1:アホそうな参加者をマーダーに誘導して、魂を集める。
2:てかバヒョの奴生きてたのか……。
3:兵頭さまにご奉仕。
【兵藤和尊@中間管理録トネガワ】
【状態】健康
【装備】杖
【道具】???、懐にはウォンだのドルだのユーロだの山ほど
【思考】基本:【観戦】
1:展望台の頂上から愚民共の潰し合いを眺める。
最終更新:2025年06月14日 09:55