『ミステリアスな先輩の雰囲気』
知らないビルで、知らない屋上にて、オレは眼の前のフェンスを握り続ける。
とにかく、怯えるしかできなかった。
あんなに、鍛えたというのに……。
──へェー、腹筋百回に腕立て伏せまで! すごいじゃん。
あんなに、決意したというのに……。
──…なんだろ。ステータスになるのか知らないけどさ、男子って体鍛えるの大好きだよね。女子からしたら筋肉ってむしろ引くのに。
………。
あんなに、力強く毎日トレーニングしたというのに………。
──でも、こんなに継続するのはすごいと思うよ。うん、素直に。
──そうだ。試しに抱えてみてよ。
──私を、さ。
──…ほら、早く! 西片…………──────。
高木さんにからわれた分の、戒め。
毎日汗だくになりながら鍛えて、腹筋も腕筋もガッチガチに肉体改造したというのに。
いざ実戦となった時にはまるで無意味。
敵達を前に闘うことなんてできなかった。
…それは、決してこの身体のせいではない。
────心が。
オレの心が、このバトル・ロワイヤルと対峙する『覚悟』を決めてくれなかった。
一歩前だけでも歩みだす勇気がなかった。
いくら肉体を磨き上げようとも、オレの軟弱な精神は鍛え不足であることに今になって気づいた。
フェンス越しで夜景を見ることなく、ただ俯いて立ち尽くすだけの今。
オレの頭の中は同じフレーズがリフレインするだけだった。
‘あんなに、鍛えたというのに………………‘’
「…高木さん………………、…オレ………オレはッ…………!」
クラスメイト、もとい友人の高木さんがこの場にいることはもう確認済みだ。
なんの力も無い、か細い少女が大人たちに紛れて殺し合い……となれば、どうなることか分かり切っている。
分かっているというのに、俺は怖くて恐ろしくて、死ぬのが嫌で────、一歩も動けない。
「……ぐうっ……、うっ……………………………」
高木さんの「筋トレは女子からしたら引く」という言葉、ようやく本質に気付かされる。
男たるもの、護らなきゃいけない相手のためにはリスクなど考えず行動しなくてはならない。
そういう信念を持ち合わせてなければ、いくら外見を鍛えようとも無意味なんだと。──まるで中身はスカスカのチョコエッグのように。
彼女はオブラートにそうアドバイスしてくれたにも関わらず。…それに気付いたにも関わらず、オレは体を動かしてくれない。
「………ぐうっ、………くそっ、くそくそくそ…………くそっ!!!」
足が凍りついたかのようで、オレはそれが溶けるのをひたすら待つ。
溶かす炎は『心次第』と分かっているのに待ち続けた。
………。
……最低だ……ッ。
オレは最悪にチキンな人間だ…………ッ。
高木さん一人も守りに行けない腰抜け以下だ…………ッ。
オレは………。
オレは………。
…オレは………………………ッ──────!
「ねえ、キミー…、今一人だよね?」
「…………っ!!!!」
背後から女性の声が刺さりかかる。
俺はギョッとするのだけが精いっぱいで、振り向きもできなかった。
…そう、振り向いていないというのに。目も合わせずして何故か分かる『冷え切った視線』。
凍りつく足なんか比じゃないくらいの、彼女の冷たすぎる目がオレを急激に冷やさせる。
夏だというのに身震いがカサカサカサカサ──ッと走っていった。
「…はー? 無視? ウケるー…」
そんな冷たい背中に、もにゅっとした温かな感触が伝わる。
「………………………あっ、!」
「なーんだ喋れるじゃん。よかったー」
背後の女性がオレに寄りかかり、…それで胸が押しつけられてるのだろう。
『あっという間』とは上手くいったもので、気付いた時には距離をものすごく縮められていた。
背中に体重が徐々に伸し掛かる。
彼女の脚がオレの股ぐらを通過して先出されていた。
「………って、あっ…、ちょっ…!!」
…これだけで情けない声をあげてしまう自分の、何たる男らしくなさが哀しかった。
矢継ぎ早、名前も知らない彼女の感触を、次は頬が味わう。
一本、二本、三本、四本、五本……、そして手の平。
彼女の柔らかい手がぺったりと右頬にくっつく。反対して、左耳からは甘い息と一緒に声がゆっくり注がれていく。
……もうこのときには、違う意味でオレは動けなくなっていた。
「キミ、なんでそんなに怯えているの?」
「えっ…?!」
不意に、力強く押し始める右頬の手。
──といっても女子の中でも並の並といった力加減だったが、色々力無くされたオレは抗うことなく首を傾かされた。
しばらく押されて、顔が横に向いた時ピタっと止まる。
目線の先には、セミロングヘアで端麗な女子の顔が映る。…恐らく、高校生ぐらいだろう。
先ほど感じた『冷え切った視線』はやはり彼女のもので、目は真っ暗かつどこか身震いする眼力を放つ。
ただ、表情は穏やかで和んだ雰囲気。
見ず知らずのオレへ、ニッコリとすると緩んだ口から彼女は言葉を流し始めた。
「…ほら。辺りはこんなにも静か。それでいて、人気なんか感じさせないこの空間……」
「…な、えっ……? ちょ………」
「まるで、世界で私たち二人っきりだけになったみたいだと思わない?」
「……………な、なんですか……………」
「────だから。怯える必要は全くないんだよ。…えっと……、」
自分の腰にて、細い指の感触が感じ取る。
──いや厳密にはズボンというか。
ウエスト部分をそっと捲りあげると、彼女はそこに明記されてる『オレの名前』を確認。
「いや…! えっ!? ちょっと…な、なにして……」
「ふーーん。西片…くんね──」
「────殺し合いとか、怖がらなくてもいいんだよ? だって、あなたには私がいるじゃない──。ね?」
「…………………………は、はい…ぃ……」
彼女が何を考えてるか、オレの頭は推察しきれなかった。
ただ、一つ。
オレと行動を共にしたいんだろな、ということだけはハッキリわかる。
言わずもがなだけど、異性関係とかそういうのじゃなく、純粋な男として彼女は頼っているのだ。
それを言うために、彼女はギュッともっちりした胸を押し付け、わざわざ耳元で語りかけ、──それ故にやわらかなピンクの唇はもう数ミリってくらいに前にあって………。
…紅潮を隠しきれない自分が心底恥ずかしかった。
「西片くんさ、あなたに解いてもらいたい謎があるの」
「…え?? な、謎で…すか……?」
「私は正直生き死にとかどうでもいいし、仮に殺されても受け入れるつもりでいるわけ。…それは別として、この殺し合い……、気になるところがたくさんあると思わない?」
「は、はぁ………? た、例えば…?」
「あのトネガワさんが話してた電話の相手…黒幕なのは容易に想像つくけど、それが誰なのか、とか──」
「──そもそもこの殺し合いは何のために始めたのか、とかね。『そこに山があるから』的な理由で始めたとは到底思えないわけだから。私、気になって仕方がない感じ」
「だから、あなたにこの謎を解いてもらいたいんだけど。…もちろん、私と一緒にね」
「────紹介遅れたわ。私は美馬サチ。…呼び方が思いつかないなら、サッちゃんとかでいいけど? ──西片くん。」
…美馬サチさんの手がオレの太もも……、いや股間あたりをさすっているように感じるのは気の所為なんだろか……。
思えばオレは高木さんと以外女子と関わったことは、…あまりない。
自分の女子スキルの乏しさに辛く後悔しつつ、オレはこのミステリアスな人とどう接すべきか考えに考え続けた。
「……じゃあ、美馬先輩………で………。よろしくお願いします…」
◆(別視点にて、話はスタートに遡る)◆
あーー、うっぜ……。
なんで私がこんなワケわかんねぇあたおかゲームに巻き込まれなきゃいけないわけ…?
説明役のジジイも辛気臭いし、何より周りの参加者連中もやたら暗くてめちゃくちゃダッセんだけど。
つーか、参加させるにしても日中開催にしろよ。
こんなバカ深夜にやらせるとか、私にニキビでもできたらどうすんだっつうの。
…マジ気持ち悪いし、マジイラつきしかしない……。
「私の代役でブタ(小陽ちゃん)にやらせろよ………クズ……………」
…あっ。小陽ちゃんが死んだら、ワンチャン私ボッチになる説あるからやっぱ無しで。
……小陽ちゃん開始数分で死ぬんだろなぁ。ちょっとだけウケる。
私だったら、慎重に相手を選んで、とにかく強そうなやつと行動してさ、最後は騙し討で優勝狙いするけど。
あのブタは不器用だしそんなこと絶対できないだろなー。
フフッ…!小陽ちゃんマジ滑っ稽ぇ~~~~…!
────ガシャンッ!!!
…うわっ!!ビックリした!!
向こうのフェンスで何やら音が鳴り響く。
…ガシャ…、ガシャ、ガシャ……と、うっせぇなと思いながら、恐る恐る様子を見てみたら……。
「…なーんだ。ガキじゃん……」
すっげえ頭悪そうな中学生が立ってるだけだった。
ガシャガシャ鳴らして発情期かよっ……。
なんか顔もオタク臭くてうぜぇし、一瞬緊張走らせたのが馬鹿みたいに感じる。
はぁ……。
…となれば…、あいつを私はどうするか、だ。
殺すか。どう殺して、そのあと何をすべきか。──これは結構真剣に悩むべき問題だった。
考えてる最中、そういえば支給武器だかなんかを渡されたのを思い出したけど、じゃあそれでどう始末すればいいのか……。
私は考えて、考えて。
慎重に正解を選ぶよう、何回も考えて考えて考えて考えて考えて考えて、考え抜いた結果……────。
「いや、私…力まったくないから勝てそうにないじゃん。あんなガリ相手でも」
────あいつを取り入れることとした。
めちゃくちゃ弱そうな男子だけど、いないよりはマシってことで媚びを売るつもりでいる。
…こんな使い道なさそうな雑魚、成り行き次第でさっさと見切るけどもね。
会話はー……、なんて話しかけようか。
……まぁ、適当に喋っても上手く言い包められるっしょ。
ただ、いきなり話しかけた結果、驚かれて突発的に撃たれる…とかされたらヤだから、『色仕掛け』重きで話そう。
なーんかエロい感じ出しとけばあの年頃のバカガキなんか簡単に支配できそうだし。どうせコイツは速攻見切って死なせるから恥ずかしさを引き摺らないし。
それでいくか。
胸をテキトーに押し付けて、と。
…
……
「ねえ、キミー…、今一人だよね?」
…
……
「…ほら。辺りはこんなにも静か。それでいて、人気なんか感じさせないこの空間……」
…は? あれ?
私なに変なこと喋ってんだ…。
…
……
「ふーーん。西片…くんね──」
「────殺し合いとか、怖がらなくてもいいんだよ? だって、あなたには私がいるじゃない──。ね?」
いや…マジやば。
私さっきからめちゃくちゃキモいこと喋っちゃって…、もう止めようにもない。
えっ?なんで??
…
……
「そう、謎よ。あのトネガワさんが話してた電話の相手…黒幕なのは容易に想像つくけど、それが誰なのか、とか──」
さっきから自分でも分かるくらい普通じゃない発言が飛んでいく…。
これってさぁ、ワンチャンもしかして。
…
……
「だから、あなたにこの謎を解いてもらいたいんだけど。…もちろん、私と一緒にね」
「────紹介遅れたわ。私は美馬サチ。…呼び方が思いつかないなら、サッちゃんとかでいいけど? ──西片くん。」
────…私、普段男子と話す機会なさすぎてあがっちゃってんじゃね?今。
こんなガキ相手でも。
…いや男耐性なさすぎじゃね?! 私どんだけだよ…?
「……じゃあ、美馬先輩………で………。よろしくお願いします…」
うおっ、急にガキンチョ西片、話してきたし。
なんだよ美馬先輩って…気持ち悪っ。
まあ「さっちゃん」とか呼んできたら即ぶっ殺すつもりだったけど。
……はぁ。
自分がバカみたい。
いつも校舎裏でぼっち飯してる『アイツ』と、もっと話してれば。…このダサガキから妙な視線注がれず済んだのに……。
「ところで、美馬先輩……。なんだかー、ミステリアスな先輩で…憧れちゃいますよ…………!」
…あー早く男子慣れしねぇーかなぁ私。
そして早く交通事故でもいいから死なねぇーかなぁコイツ。
【1日目/B5/ビル/屋上/AM.0:09】
【西片@からかい上手の高木さん】
【状態】健康
【装備】???
【道具】???
【思考】基本:【静観】
1:美馬先輩を守る。
2:高木さんを探したい。
【美馬サチ@私がモテないのはどう考えてもお前らが悪い!】
【状態】健康
【装備】???
【道具】???
【思考】基本:【優勝狙い】
1:ダサ男子(西片)にひっつく。場合によっては切り捨てる。
最終更新:2025年02月19日 22:30