天下無双の方向音痴 ◆OCD.CeuWFo
翠屋。
雰囲気の良い落ち着いた内装と、パティシエを務める高町桃子の腕の良さもあり、普段は多くの人で賑わう喫茶店である。
だが、人々の憩いの場となっていたその面影も、今は夜闇と静寂にのまれどこにもない。
そもそも、ここが殺し合いの舞台であることを考えれば、例え昼間であってものんきにケーキを食べようという人間は存在しないであろう。
しかし、少なくとも今は、翠屋店内に1つの人影があった。
窓際の席の1つ。淡い月光に幽鬼のごとく浮かび上がるこの男だけが、現在この店に存在する唯一の客である。
頭に巻かれた黄色と黒のバンダナをトレードマークとするその男の名は
響良牙。つい先ほど開幕を告げられた殺し合いの参加者の一人である。
現在彼は、デイパックの中身をテーブルに広げ、自身に割り当てられた支給品を確かめていた。
そうして経過した時間はどれくらいであろうか?
5分? 10分? 30分? ――正確な時間は、良牙にもわからない。
店内にかけられた時計は、たった1人の客を相手にしても怠慢な態度は示さず、律儀に時を刻み続けていたが、肝心の客にそれを確認する余裕がなかったためだ。
それでも、カチ、カチ、と、生まれては消えゆく歯車の音だけは変わらず時間が流れていることを示していたが……やはり、良牙の耳に届いているかは定かではなかった。
確かに、響良牙という男にとって戦いは日常茶飯事のものであったが、その多くは喧嘩やその延長線上にあるようなもの。命を懸けた本気の殺し合いに相当する経験など、数えるほどしかなかった。
ゆえに、先ほど3人の人間があっけなく殺された時に受けたショックと、それによって心に打ち込まれた楔も、決して小さくはない。
そして――
「くそ! おれや乱馬の野郎だけじゃなく、あかねさんまでこの殺し合いに参加させられてるなんて」
そこに自分の愛する少女まで巻き込まれていると知れば、もはや冷静でいられるはずなどないのだ。
ドンッ!
感情のうねりに流されるまま、無造作に叩きつけられた拳を受け窓ガラスが身を震わせる。
いちおうの手加減はしていたのか、はたまた当たり所が良かったのか……窓ガラスが割れることはなかったが、一面に入ったひびの大きさが良牙の怒りを示していた。
天道あかね。
それは、響良牙の愛する少女の名前である。
そして彼はもう1人、雲竜あかりという名の少女にも想いを寄せていた。
参加者名簿より、あかねが殺し合いに参加している事実を知った良牙は、自然と最悪のシナリオを想像してしまう。
「…………まさか。あかりちゃんまで連れてこられてるなんてことは」
――ない。とは言いきれない。
最初に参加者達が集められたあの空間。
乱馬が加頭という男に食って掛かっていたのは良牙も目にしていたし、もはや自分の知り合いの幾人かがこの殺し合いの舞台にいることは間違いないのだ。
もう1人の想い人の名がないことを祈り、良牙は必死に参加者名簿に目を走らせる。
……不幸中の幸いというべきか。結果から言ってしまえば、そこに雲竜あかりの名はない。
ただ、その代わりというわけではないだろうが、さらに2人の知り合いの名を見つけ良牙の表情はわずかにに曇る。
とはいえ、すでにそれは些細な問題である。
自分の愛する人が殺し合いに巻き込まれていると知った以上、彼のやるべきことはただ1つ。
「――とにかく、あかねさんと合流しよう」
まだ支給品の確認は途中であったが、もはや良牙にそのような暇はない。
感情の赴くまま、すでに行動を開始することを決意していたのだ。
全ては、天道あかねを守るために。
そこからの良牙の動きは素早い。
年がら年中修行の旅をしている彼にしてみれば、〝旅支度だけは〟慣れたものであったのだ。
まず、2つのポット(それぞれ水とお湯が入っている)をデイパックに入れ、続けて地図とコンパスをのぞいた基本支給品を収納。1つめのランダム支給品、用途不明の円盤状のディスクも躊躇なくその上に放り込み……最後の支給品となったガイアメモリを前に、一瞬その手が止まる。
――ユートピア・ドーパント。
脳裏に浮かぶのは、これと色違いのメモリを用いて化物へと変身した加頭の姿。
じつのところ、変身という現象自体は良牙にとっても馴染みのあるものである。不本意ではあるが、彼自身も水を被れば子豚へと変身してしまう体質の持ち主であるし、この殺し合いに参加している知り合いも概ね似たような体質を持っているのだ。
とはいえ、このメモリを使うことにも抵抗がないのかと聞かれれば話は違う。
そもそもあの変身は良牙の知るものとはあまりに異質に思えたし、なによりもその必要性があると感じなかったことが大きい。
なぜなら響良牙は、自分の強さというものに確かな自信を持っていたのだから。
「忘れ物はないな」
けっきょくは、ガイアメモリも他の支給品と一緒にデイパックの中にしまわれる。
彼にはそれを使う気がないということだろう。
早々に出立の準備をすませた良牙は、翠屋の外へと出た。
*
夜闇は色濃く、ヴェールのように世界を包み隠している。
星々の明かりがあるため、行動に大きな支障をきたすことはない。
だが、ここが殺し合いの舞台であることを考えたなら、恐怖のあまりこの闇から逃げ出す者がいたとしても臆病者と罵ることはできないだろう。
もっとも、そのような考えはこの男には毛頭ない。
翠屋を出た良牙は、すぐには移動を開始せず、まずは行き先を定めるため支給品の地図へと目を落としていた。
「……呪泉郷だと?」
不意に、驚愕の声を漏らす。
この地図を信じるならば、今良牙のいる翠屋をはじめ、この孤島にはいくつかの施設が存在していた。
その多くは彼にとって縁がないものであったのだが、ただ1つ、呪泉郷に限っては話は別。良牙自身はもちろん、参加者名簿に記載された彼の知り合いのほとんどに因縁ある地であるのだ。
つまり、天道あかねを含めた彼の知り合いの多くがここを目指す可能性は高いのではないだろうか?
良牙には、その判断は間違ったものには思えなかったが、同時に大きな懸念事項も存在していた。
「問題は、おれが呪泉郷にたどり着けるかどうかだ……」
それは、すでに勃発しているかもしれない殺し合いを起因とした様々なアクシデントに巻き込まれることを考慮しての発言……ではない。
「方向音痴のおれの事だ。普通に行ったら絶対に迷う」
何を馬鹿なと思うかもしれないが、彼は極めて真剣であり、その深刻そうな顔色を見れば抱えた問題の大きさもわかるだろう。
とはいえ、普通に考えれば迷う要素は少ない。
支給品の中には、このバトルロワイアルの舞台となる孤島の地図にくわえ、コンパスまで含まれているのだ。
くわえて、良牙のスタート地点は地図に記された施設である翠屋。現在地を見誤っている可能性はない。
これだけの材料がそろっていれば、例え方向音痴であったとしても簡単には迷わない。少なくとも、まったく見当違いな方向に行ってしまう可能性は低い。
しかし彼は、ある意味普通の人間ではなかった。
北海道に向かうつもりが、なぜか沖縄にたどり着いてしまっていた……などというのはほんの序の口。
似たようなエピソードなど、探さずともいくらでも出てくる。
そもそも彼は、自宅から学校への登下校すらままならず、友の手を借りねば家に帰ることすら困難であった。
というか、一度外に出れば何日も家に帰れないなど当たり前のこと。
ついでに、家族そろって似たようなレベルの方向音痴である。
……これら過去の経験から、良牙にはある確信があった。
この場から一歩足を踏み出した瞬間、自分が100パーセント迷子になるという絶対的な確信が!
道理といえば道理である。
見知ったはずの土地ですら迷子になる人間が、いくら地図やコンパスを持たされたところで見知らぬ土地を自由に闊歩できるわけがない。
迷わずに呪泉郷にたどり着く手段はないものか。
良牙は必死に考えた。考えに考え……ついに彼は、ある手段を見出した。
それは、実に単純明快な方法である。
「幸いにも、この翠屋から呪泉郷までは東に向かって一直線」
地図を指でなぞり、目的地の位置を再確認。
そして、コンパスを用いて方角を確かめる。
良牙の視線が見据えるは、呪泉郷が存在するであろう東の空。
「そう、一直線だ……道など使わん。いくらおれが方向音痴でも、これなら呪泉郷にたどり着けるはず!」
馬鹿である。
ちなみに、翠屋のあるC-1エリアは複数のエリアに跨って存在する村の一角となっている。
都会と比べれば密集率は遥かに低いとはいえ、良牙の進路上にもいくつかの家屋が存在していた。
まともに考えれば、一直線になど進めるわけなどないのだが……相手が悪い。
この男には、そんな常識は通用しないのだ。
「ふっ!」
良牙は、その人間離れした身体能力を生かし大跳躍。
天狗もかくやという見事な身のこなしで進路上の家屋の屋根に飛び乗り、そのまま反対側に着地。何事もなかったかのように駆け抜けていく。
行く手を阻む障害物を次々と飛び越え、彼はひたすら一直線に進みづけていた。
――ただし、南東へ向けて。
「しかし、呪泉郷があるってことは……もしかしてここは中国なのか?」
【1日目/未明 C-1/村の中】
【響良牙@らんま1/2】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:変身アイテム(水とお湯の入ったポット1つずつ)、支給品一式、秘伝ディスク@侍戦隊シンケンジャー、ガイアメモリ@仮面ライダーW
[思考]
基本:天道あかねを守る
1:天道あかねとの合流
2:1のために呪泉郷に向かう
[備考]
※参戦時期は雲竜あかりと出会った後、原作30巻以降です。
※南東へ向けて驀進中。本人は東に向かっていると思っています。
※良牙のランダム支給品は2つで、秘伝ディスクとガイアメモリでした。
なお、秘伝ディスク、ガイアメモリの詳細は次以降の書き手にお任せします。
支給品に関する説明書が入ってる可能性もありますが、良牙はそこまで詳しく荷物を調べてはいません。
※翠屋の窓ガラスにひびが入りました。
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最終更新:2014年05月20日 21:13