CVが同じなら仲良くできるという幻想
◆
つつまれている。
あたたかいものが流れ出し、冷えていくだった筈の体は、またぬくもりを与えられている。
朦朧とする意識の中、感じられるのはそれだけだった。
(……抱擁、というものがあるなら……このような感じなのだろうか……)
時たまうっすらと開く視界には、一人の女性が映っている。
彼女に包まれている事は、今の自分にもなんとなく理解できた。
(……おふくろ……)
彼の心の中に、浮かんでは消える存在。
それが何となく、彼女と重なった。
◆
(……どうしよう……)
湯気の煙る温泉場。
巴マミは、目の前の血塗れのヒグマを見つめて思考を彷徨わせる。
今の彼女は、魔法少女としての服装に身を包んでいた――更に言えば、魔法を使っていた。
今ヒグマは、彼女の魔法によって生み出されたリボンに縛られている。
それは拘束の為ではなく、ヒグマの全身から流れ出る血を少しでも止める為だ。
ヒグマの体も、柵にのしかかった格好ではなく岩場まで移動させていた。
縛った程度で、本当に出血が止まるのかはわからない。
そもそも出血が止まったところで、このヒグマの命は長くないだろう。今までに流れ出た血は、あまりにも多すぎる。
(このままじゃ死んでしまうし、私の魔力だって……)
リボンの形成には魔力を使う。いやそもそも、魔法少女への変身だって魔力を消耗する。普通なら、このヒグマは見捨てるべきだ。
マミとこのヒグマには関係なんてない。
いや、そもそもヒグマは人類の敵。助ける理由などない筈だ。
二人とも万全な時に出会ったならば、殺し合いが始まっていたっておかしくはない。
……けれど、そうなるには二人とも傷つきすぎていた。
ヒグマにはマミを襲う力なんて残っていなかったし、マミはそんなヒグマに同じように傷ついた自分の姿を見てしまった。
(……この子を見捨てたら、私は自分の事も見捨てる事になってしまう)
マミは何故だか強く、そう確信していた。
けれども現実問題、マミにはヒグマを助ける手段がない。
ディパックも探ってみたが、ヒグマの怪我の手当てに使えるものは何もなかった。
このままの状態が続けば、マミもヒグマも、そう遠くない内に共倒れしてしまう。
(……誰か……)
何かを祈るように、マミが空を仰いだ時。
三人の人影が差した。
◆
『――ええ! それじゃあきみはツンデレハーフ強気ライバル美少女と無口素直クール美少女と眼鏡委員長美少女の三人に囲まれて巨大ロボットのパイロットをしているっていうのかい!』
「……そういう解釈をするなら、そういう事になるんじゃないかな」
森の中。
黒い学ランの青年と白いシャツの少年が肩を並べて喋りながら歩いていた。
白いシャツの少年は
碇シンジ。第三新東京市でエヴァンゲリオンに搭乗するチルドレンである。
隣で歩調を合わせて、こちらの話題に茶々を入れて来る青年は
球磨川禊と名乗った。
箱庭学園の副生徒会長を務める高校生、らしい。
突然このような事件に巻き込まれて、混乱していたシンジ。
彼に声をかけ、落ち着くきっかけを作ったのが球磨川だった。
少しの会話の後に自己紹介を経て、一緒に行動する事になっている。
(それにしても、よく喋る人だな……)
実際、球磨川禊はよく喋る男だった。彼が所属する生徒会の人達の事から(ついでに、会長と会計の胸が大きいという事まで)、趣味、好きな女の子について(裸エプロンだの手ブラジーンズだのと喋りまくるのは少し辟易したが)。
歩きながらも大げさな身ぶりを交えて喋る彼は、シンジの周囲にはかつていなかったタイプで少し面食らってしまう。
それが悪い訳ではない。ややもすればネガティブな想像に浸りかねない今のシンジには、喋っていてくれる球磨川の存在はありがたい。
ただシンジには、彼が喋る度に気にかかって仕方がない事があった。
それは彼から生じる気配のような嫌悪感と、
(……この人、なんだか僕と声が似てる……ような……)
「……おーい、聞こえる? 聞こえてるかな?」
「……うわっ!?」
考え込みかけた矢先に、こちらを呼び止める声がした。
慌てて立ち止まり、声の方向へと振り向いたシンジの視界には脇の茂みの中から出てくる一人の青年が入って来る。
年の頃は自分より上――やはり球磨川と同じくらい、だろうか。赤の模様が入った緑色のコートに、ゆらめく炎のような白い髪。
「……あ、驚かせちゃったかな。 ゴメンゴメン。 話し合いに集中してたから、これくらい大声じゃないと聞こえないかと思ってたんだ」
謝罪しながら、青年は茂みをかき分けこちらへ歩いて来る。
ヒグマの脅威があっても、今この島で行われているのは殺し合いだ。
突然現れた相手に警戒をしない訳にはいかない……が、人懐こそうな笑顔で無警戒に歩み寄って来る相手の姿にシンジは毒気を抜かれてしまっていた。
「突然こんな事に巻き込まれて、混乱してる人もいるかと思ったけど……やっぱりボクはツイてるみたいだね」
更にこちらへ歩み寄ってくる青年。
その手にはやはり凶器になりそうな物は入っておらず、シンジの警戒レベルは更に一段引き下げられる。
「ボクの名前は
狛枝凪斗。 キミ達の名前も教えてくれるかな」
◆
あっさりと接触は終わった。
二人についていく事を狛枝は提案したし、二人にも拒む理由はない。
三人になった一行は、再び森の中を進んでいた。
狛枝凪斗は、私立希望ヶ峰学園に所属する高校生らしい。
希望ヶ峰学園とは、各分野における“超高校級”の才能の持ち主を集めたエリート中のエリート校……だそうだ。
卒業する事ができれば人生の成功は間違いない、『希望』の学園。
「ボクの才能は、“幸運”なんていうゴミクズみたいなものだけどね……」
そんな自嘲をする狛枝の台詞を聞きながら、シンジは一つの違和感を覚えた。
(……そんな学園なら、有名だろうし知っていてもよさそうなものだけど……)
『――へえ』『そいつはご立派な学園だね』
『立派すぎて反吐も出ないや』
球磨川も、反応を見る限り知っている訳ではないようだ。
(……というか、やけに反応がとげとげしいような……)
芳しくない二人の反応を気にもしない様子で、狛枝は話を続ける。
「……こんな状況だけど、ボクは別に絶望なんてしてないんだ。 だって、希望は前に進むんだから」
「……希望?」
「そう。 絶望的な状況だけど、そんな状況でこそ希望は輝く。 ……希望は絶望なんかに負けないんだ!」
口を挟んだシンジに狛枝は力説した。
『希望』を語る彼の顔は、ヒーローを応援する幼稚園児のように純粋に見える。
(本当に、希望ってやつを信じてるんだな……)
どこか抜けた印象はあるが、『ヒグマがうろつく会場での人間同士の殺し合い』などという常軌を逸した状況下でも希望を信じる狛枝。
どこか気持ちの悪い印象はあるが、最初に混乱していた自分に同行してくれている球磨川。
どちらも不安な所はあるが、悪い人ではない……と思う。
(……できるだけ、迷惑はかけないようにしないと)
そうシンジは内心の決意を固める。
それから少しもしない内に、狛枝がまた口を開いた。
「……あっ、そろそろ森の出口が見えてきたよ」
つられて彼の視線の先に目を合わせると、欝蒼とした森の先に切れ間が見える。
……切れ間からは仄明りが洩れていた。どうやら結構な時間森の中にいたらしい。
日がそろそろ登り始めてもおかしくはない時刻のようだ。
『ふむ』『どうやらあそこにあるのは温泉みたいだね 早速行ってみようじゃないか』
『ああ これは施設には他の人間がいるかもしれないという当然の論理であって 別にハプニングとかそういうのを期待している訳じゃないぜ?』
森を抜けた先は、草の生い茂る草原だった。その先には、球磨川の言う通り温泉らしき湯気が見える。
……欲望が隠れていない球磨川の言い分はともかく。他に見える物もない以上、わざわざ温泉に向かわない意味もない。
三人は温泉へと向かった。
――そこに何が待っているのかも知らずに。
◆
「お願いです、この子を助けてください!」
倒れた温泉の柵を踏み越えて現れた三人組にマミは懇願した。
白いシャツの少年。緑のコートの青年。学ランの青年。マミとヒグマの運命は、この三人に委ねられた事になる。
血塗れで倒れ伏すヒグマを指差して救助を願うマミに対して、三人の反応は様々だった。
「え、……え? あれ……って、ヒグマ……?」
白いシャツの少年はうろたえている。
「……本気で言ってるの?」
呆れたように言うのは緑のコートの青年だ。
『…………』
学ランの青年は、無言でこちらを伺っている。
おかしな事を言っている自覚はマミにもある。
ヒグマは参加者の敵だ。下手をすれば主催者側の人間と見られて攻撃される可能性だってある。
彼らがヒグマを癒す道具や力を持っているかもわからないし、そもそも助けてくれるのかも不明だ。
それでも、マミには彼らに縋るより他に方法が無かった。
(……私にもうちょっと、力があれば……!)
今のマミに、ヒグマの傷を癒す事はできない。
(……けれど、この子を助けて、って声を張り上げる事は、きっと私にしかできない……!)
そんなマミの悲壮な決意を、
『ああ』『そのヒグマの傷をなかった事にすればいいんだね?』
なんてこともなさげにそう言ったのは、学ランの青年だった。
「……本気なんですか、球磨川さん!?」
『本気も本気だよ? まあ見てなって』
詰問して来る白いシャツの少年を、学ランの青年はそう嘯いてかわす。
そのまま学ランの青年がマミとヒグマの方へと歩きだした瞬間。大きな破裂音のような音が、鼓膜を震わせる。
それは、マミには聞き慣れた音だった――銃声だ。
◆
突然だが、二人の話をしよう。
狛枝凪斗と、球磨川禊の話だ。
自らに宿った『才能(こううん)』に振り回され、『才能(きぼう)』こそが世界の全てだと確信し盲信し邁進した狛枝凪斗。
自らに何の『才能(プラス)』も宿らなかったからこそ、『才能(エリート)』に反骨し反発し反逆した球磨川禊。
その性質の根底は、どちらも『才能』への『羨望』であり『劣等感』だ。この一点において、この二人はひどく似通っていた。
だから二人は、瞬時にお互いの事を理解した。
理解して――嫌悪した。
それはどうしようもなく同族嫌悪で、違いもあるけれど、だからこそ永遠に溝の埋まらない同族嫌悪だった。
本来であるならば、顔を合わせた瞬間に殺しあっていたっておかしくはない。
ただその場にいたシンジがその状況への緩衝材であったというだけで。何か他の衝撃があったなら、即座に衝突し得る――そんな均衡状態。
それが今だったというだけで――この状況自体は結局のところ、起こるべくして起こった出来事でしかない。
要するに――この二人は、お互いにお互いを殺す機会を伺っていたのだ。
◆
『がっ……ぁ……』
「……失敗したな。 今ならいけると思ったんだけど、反撃されちゃうなんてね……ボクなんかの考え、休むのと一緒って事かな?」
何が起こったか、シンジには即座に理解ができなかった。
耳をつんざく音。
次の瞬間には、球磨川は蹲り、腹からは赤いものが流れ出していた。そして、狛枝は右肩を抑えている。
その狛枝の右腕に握られたモノの名前を、シンジは知っている。第三新東京市――というよりネルフで――見た事もある。……拳銃だ。
「なっ……なに……を……してるんだよ……!」
その場に立ちすくみ、呻くように呟いたシンジの言葉に狛枝は当然のように吐き捨てる。
振り返った彼の目は……白と黒の混じり合った、濁った色をしていた。
「当然でしょ? ヒグマなんて絶望的な生き物……生かしておく訳にはいかないよね」
「それにしたって、球磨川さんを撃つ必要は……!」
「はぁ? 絶望を助けようなんて奴、生かしておく義理なんてないでしょ?」
「な、っ……!?」
絶句したシンジへ持ち替えた左手で銃を向けながら、狛枝は告げる。
「希望っていうのはね……才能ある人間しか、持つ事を許されていないんだよ。 平凡な、取るに足らない、みじめで、這いつくばるしか能の無い一般人には手が届かないモノなんだ」
「だって希望っていうのはさ……つまり成功する意思でしょ? それを“成功する才能”を持ってない人間が抱くなんて……おこがましいよ」
「小型犬がどんなに頑張ったところで、大型犬にはなれないし……ペンギンがどんなに頑張ったところで、空を飛べるようにはならない。 つまり、駄目な人間っていうのは……何をやっても駄目なんだよ」
「勿論、ボクも同じだよ……幸運なんて才能があったって、取るに足らない、ゴミみたいな人間なんだ……。 でも、それでもボクは希望を愛してるんだ。 希望の踏み台になれるのなら、ボクだって何か役に立った気持ちになれるじゃない?」
「だからさ……絶望は、消さなくちゃいけないよね」
狛枝の口から延々と吐き出される、狂気に満ちた言葉。それに知らず気押されたシンジは、いつしかへたり込んでいた。
そんなシンジを脅威にならないと判断した狛枝は、悠然とヒグマに止めを刺すべく歩き出す。
「ほら、さっさとどいたら? そこの子も、今そこをどいたら手出しは一応しないでおいてあげるよ」
狛枝は、マミへと拳銃を向ける。あからさまな脅し。
いや、マミが退かなければ。きっと先程のように、何の躊躇いもなく、感情もなく、狛枝は撃つだろう。
けれどマミは、
「……どかないわ。 この子は、私が守る」
一歩も譲らなかった。
「わかんないな……なんでヒグマを庇うの? そいつは人間の敵でしょ?」
「ヒグマは人類の敵かもしれない。 けれど、今ここにいるこの子は……親を探して、泣き叫んでる子供と同じなのよ!」
「ヒグマと人間を同一視するつもりかい? 理解できないな……ま、いいや。 希望の障害になるのなら……排除するよ」
本当に理解できない、という顔で。狛枝はマミを排除すべく、銃の引き金を――、
――引けなかった。
◆
『おいおい凪斗ちゃん』『そんなに嫌がる事はないだろ?』
『もしかしたら君の大好きな希望って奴が』『絶望の中にあるかもしれないぜ?』
先ほどまで狛枝の握っていた拳銃は、頭上から投げ落とされた巨大な螺子に弾き落とされ岩場の地面に転がっている。
『――劣化大嘘憑き(マイナスオールフィクション)』
『僕が撃たれたのを』『なかった事にした』
その螺子を投擲したのは――狛枝の背後で立ち上がった、球磨川禊だった。
「……間違いなく腹を撃ったと思ったんだけど。 どんな手品を使ったの?」
『教えると思ってる?』『少年ジャンプの悪役みたいに』『自分の能力をべらべら喋ったりとかを期待してるのかな?』
腹を撃たれた筈の球磨川は、しかしそんなことは『なかったこと』のように無傷だ。
先程までの余裕の表情で、彼に向き直った狛枝と対峙している。
「絶望に希望なんてないんだよ……そんな妄想で希望の邪魔をするつもり?」
そんな球磨川を睨む狛枝の台詞に、彼は飄々と言葉を返す。
『まあ そんなところかな』
『ゼロだろうと マイナスだろうと』『もしかしたら 幸せ(プラス)になることだってできるのかもしれないぜ?』
『――何より その子のおっぱい大きいし』
……いいことを言ったように見えたが、最後の台詞で台無しだった。
◆
一方シンジは、地面にへたり込んだまま状況を窺う。
(……さっきの発言はともかく)
(ただ……球磨川さんとあの女の子が勝つ……んじゃないか……? 二対一だし……)
それは多分に希望的な観測ではあったが、シンジの予想は大体にして的を射ていた。
まず単純に数でマミと球磨川が勝っている。
狛枝の武器であった拳銃は地面に落ちているし、仮にディパックの中に他の武器が眠っていたとしてもそれを取り出すのは致命的な隙になる。
そもそも一対一で、狛枝の手に武器があったとしても勝てるかどうかは怪しい。
マミは魔法少女だし、球磨川だって過負荷の中の過負荷である(それが格につながるかは別として)。
対する狛枝は、ただの高校生に過ぎない。荒事には多少慣れているかもしれないが、それだけだ。
そう。『幸運』なだけの――ただの高校生である。
……その異常に、最初に気付けたのはシンジだった。
(蚊帳の外……か。 ……本当にいいんだろうか? これで……)
場の空気から置いて行かれている感のあるシンジだが、だからこそ状況を俯瞰していた。
狛枝を球磨川と挟み撃ちする形になっているマミの近く……温泉の中に、影を見つけられた。
(……なんだ、あの白黒なの。 ……温泉の中に、何かいる!?)
「……危ないっ!」
「――えっ?」
シンジが警告の声を上げたのと、マミは湯の中から奇襲されたのはほぼ同時だった。
ロケットのような勢いで飛び出してきた物体は、「爪」を用いてマミの胴体を薙ぎ払おうと襲いかかる。
「きゃ……っ!?」
「クマーッ!」
警告のおかげでかろうじて反応できたマミはそれをすれすれでかわす。突撃をかわされた襲撃者は、どことなく間抜けな声を上げながら岩場に着地した。
落ち着いて見れば、襲撃者の姿は意外に小さい。人間の腰までもないかもしれない。
半身を白に、もう半身を黒に染めた……
「……ぬいぐるみ?」
「失礼しちゃうなぁ! ボクは
モノクマだよ! 学園長……じゃあないけどね! うぷぷぷぷ!」
大袈裟な、他人をおちょくっているかのような動作でモノクマと名乗った動くぬいぐるみは笑う。
「モノ……クマ……クマ……!?」
「そう! ボクはクマなのだー!」
「最初はもう少し見てるつもりだったんだけど、予想外に早く片付いて終わっちゃいそうだから慌てて出てきたんだよ! うぷぷ、狛枝クンったらかっこわるーい!」
漏らすようなシンジの呟きも聞き逃さずに、モノクマは喋り続けながら狛枝を指差して笑う。
『……へえ。』『凪斗ちゃんの知り合いかい?』
「一緒にしないでくれるかな……こんなヤツとさ」
狛枝に対して馴れ馴れしく、友人のように話しかけるモノクマ。
しかしモノクマを睨む狛枝の目に宿っているのは、真逆の感情――殺意だった。
けれどモノクマはその殺意を受け流し――爪を剥き出しにして、デビルヒグマを見据える。
「うぷぷぷ! こんな状況なのにボクを敵視しちゃうなんて、さっすが希望マニアの狛枝クン! でも……今日の獲物はキミじゃなくてそのヒグマなんだよね!」
「……なんでこの子を狙うの!? 同じクマじゃない!」
「これからの為にはさ……有富の影響が大きいナンバーの若い穴持たずは邪魔なんだよね!
カーズ様にやられてればよかったのに、もう!」
◆
戦場は膠着状態に入った。
モノクマの乱入もあるが、それに皆が気を取られている間に狛枝が拳銃を拾ってしまっていたのだ。
下手に動けば、その隙にどちらか片方はヒグマを襲うだろう。
狛枝がモノクマに協力的ではない、というのも場を複雑にする要因であった。
何をするかわからない。モノクマを狙うのかもしれないし、デビルヒグマを狙ってくる可能性も否定はできない。
更に言えば、時間が無限にある訳でもない。
今もあのヒグマの血は失われ続けている。
このままではそう遠くない未来、失血死に至るだろう。
そんな状況下、ただ一人場の空気からは見逃されているシンジは思考する。
あのヒグマが失血で死ねば、狛枝もモノクマも戦う理由はなくなる。
和解はできないだろうが、見逃してくれる可能性はゼロではないだろう。
けれど――少女の台詞が、シンジの頭から離れない。
――ヒグマは人類の敵かもしれない。 けれど、今ここにいるこの子は……親を探して、泣き叫んでる子供と同じなのよ!
(……親……)
両親、というワードは、実のところシンジにとってもピンポイントな単語である。
母を失い、父の愛を受けずに育ったシンジは両親との関係が希薄だ。
切実に訴えたマミの様子と言葉は、シンジに奇妙な共感を呼んだ。
(あのヒグマも……僕と同じなのか?)
……やがてシンジは音を殺して球磨川に近寄ると、できる限り声を小さくして囁いた。
「球磨川さんは……あのヒグマを助けられるんですか?」
『うん』『実はなかったことにできることとできないことが今はあったりもするんだけど――』
『あのヒグマの傷はなかったことにできると思うよ』
「つまり……あの二人に隙を作れれば、どうにかなるんですね?」
『そうだね』
「……僕がやります」
◆
「……オオォォォォォ――ン…………!」
不意に。温泉場に、雄叫びがこだました。
「……!?」
「クマーッ!?」
「な、なに!?」
狛枝とモノクマだけでなく、マミまでもが咆哮に身を竦める。
そして反射的に振り向き――そこに見た。
……さて。ここで一つ思い出してほしいことがある。
このロワの基本
ルールの一つだ。
- 全力で戦ってもらう為に参加者の得意武器+ランダム支給品0~2+基本支給品が支給されます
「エヴァンゲリオン初号機パイロット」である碇シンジの得意武器とはなにか?
……そう。
――エヴァンゲリオン初号機である。
当然他の参加者の操る機体と同じように、その全長は2m強まで縮んでしまっている。支給されたシンジ本人が搭乗する事は不可能。
だが――エヴァンゲリオンは、そのチルドレンがいなくても稼動する事ができる。
接続されたダミープラグと、初号機の中にあるシンジの母――碇ユイの魂。
その二つが、搭乗するチルドレンなしでも自律行動を可能にする。
本来ならば暴走状態でしか現れないこの二つだが――
「ガァァァアァァァァ――――!」
「あの白黒のクマを狙え! ……狙うんだ!」
これも制限の影響か、あるいは特殊な状況下での起動の為命令を聞く予知があったのか。
外部のシンジからの命令を聞き、制御された初号機がモノクマに襲いかかる。
「い、いやいやいやちょっと待って! なんだよ有富、こんなの支給するなんて馬鹿じゃないの!? 絶望的……ッ!」
流石のモノクマもこれには驚愕を隠せなかったのか、意味不明な事を口走りながら飛びずさる。
間髪入れずに初号機が突撃する。モノクマもひらりとかわすが、返す爪も初号機の装甲に浅い引っ掻き傷を作るだけで有効打を与えられない。
そして、その隙を突いて。
『――劣化大嘘憑き(マイナスオールフィクション)』
『ヒグマの傷をなかったことにした!』
――デビルヒグマが起き上った。
「あちゃ~……瀕死の今なら、サクっとやれちゃうと思ったのに! こうも邪魔が入るなんてテンション下がるなぁ、もう!」
「その口ぶりでは、貴様も私を狙ってやって来たのか。 ……何故私を狙う? 貴様もヒグマだというならば、参加者を無視してまで私を襲う理由はないはずだろう!」
「大人の事情ってヤツだよ! 有富が消えた以上、有富の影響が強い前期ナンバーの穴持たずにも退場してもらわなきゃね!」
起き上がりざまに骨の刃を作り、モノクマへ向けるデビルヒグマ。
そんな彼に言葉を返すモノクマの「有富が消えた」という発言は、デビルヒグマを動揺させた。
「……有富が消えた!? どういう意味だ!?」
「おっと、失言失言! ま、
穴持たず1も復活しちゃったし、そろそろ逃げちゃうとしましょうか! ほな、バイナラ~!」
「おい、待て!」
背を向けたモノクマに飛びかかるデビルヒグマ。
確かにモノクマを捉えた筈の爪は、しかし空を切り――モノクマは、忽然と姿を消した。
「馬鹿な……逃がしただと!?」
『まあ待ちなよ』『折角あのモノクマの事を知ってそうな凪斗ちゃんがここにいるんだ』
『捕まえて拷問でもなんでもして吐かせれば――』
消えたモノクマを探し、駆け出そうとするデビルヒグマを球磨川が引き留める。
その球磨川に、エヴァ初号機をディパックへと戻しているシンジが告げた。
「あの……球磨川さん」
『なんだい?』
「……狛枝さんもいません」
『えっ』
◆
「……まさかあんな隠し玉があるなんてね」
エヴァ初号機が現れた時点で、狛枝はその場から逃げ出していた。
モノクマがまともに太刀打ちできない相手が現れた以上、無理に居残ってもヒグマを仕留められる可能性は低い。
やって来た森に再び隠れ、木々に紛れて逃げる以外の選択肢はないと判断した。
「でも、ボクは諦めないぞ。 希望は、前に進むんだ!」
それでも、狛枝の瞳から狂気の色は消えない。
彼の狂気とは、即ち希望なのだから。
「……まずは仲間を探すべきかもしれないね。 “ヒグマを連れた主催者の手下を倒す為の仲間を探してる”……っていうのが一番効果的かな」
【G7・森/朝】
【狛枝凪斗@スーパーダンガンロンパ2 さよなら絶望学園】
[状態]:右肩に掠り傷、軽い疲労
[装備]:リボルバー拳銃(4/6)@スーパーダンガンロンパ2 さよなら絶望学園
[道具]:基本支給品、ランダム支給品0~2
[思考・状況]
基本行動方針:『希望』
0:ボクがこの手で絶望を排除した時……ボクも希望になれるのかな?
1:出会った人間にマミ達に関する悪評をばら撒き、打倒する為の協力者を作る。
2:球磨川は必ず殺す。
3:モノクマも必ず倒す。
――それでは、引き続きヒグマとの素敵なサバイバルライフをお楽しみ下さい……」
――ピーンポーンパーンポーン♪
放送は、デビルヒグマから見ても何の問題もなく行われた。
もっとも、放送は死亡者の名前を入力すれば自動音声で行われる仕組みになっていた筈だ。
放送を行う人間(実のところ、この時放送を行っているのは人間ですらなかったのだが)が変わっていても、それに気付くことは不可能だった。
『……それで? どうするつもりなんだい』
デビルヒグマとマミ達は狛枝・モノクマとの戦いの後、温泉に留まって情報交換と休息を行っていた。
モノクマの言葉に動揺していたデビルヒグマがすぐにも飛び出そうとしたのを、マミ達に一旦押し止められた結果でもある。
……マミが変身を解く際に一悶着あったが、それは関係のない事だ。
「……今は貴様達と戦うつもりはない。 ヒグマの定めは参加者と戦う事だが、助けられた者に牙を向けるほど恥知らずではない」
『義理堅いねぇ』
「それに、あの白黒のヒグマが言っていた言葉も気になる……。 有富など心配ではないが、我々ヒグマを作り出した人間でもある。 奴に何かあったのならば、この戦いをする理由もなくなるかもしれんからな」
『今の台詞すごくツンデレっぽいね』
「黙れ。 ……貴様達はどうするのだ? 言っては悪いが、貴様達には関係のない事だと思うが」
茶化すような口調の球磨川にイライラとしながらも、デビルヒグマは今後の方針を話した。
本来ならば、人間とこのように話す理由などない。義理があると言えど、内情や今後の予定までペラペラと喋るのはおかしな事だ。
(……この少女のせいか? 俺の心の中の何かと、この少女が重なっているのか……?)
「当然ついて行くわ。 主催者の本拠地ってことは、このゲームを止める為の手段があるかもしれないんでしょう? 分の悪い賭けかもしれないけれど、行ってみる価値はあるわ」
「……僕も行きます」
「……勝手にするがいい。 首輪がある以上、ついて来られるかは知らんがな」
自らの中の謎の感情。
それに戸惑いながらも、デビルヒグマは人間との共同行動を承諾した。
本来ありえない筈の、ヒグマと人間の協力。それが何を起こすのか、今は誰も知らない。
「それと。 貴様達、じゃなくてちゃんと名前を呼んで欲しいわ。 私の名前は巴マミ。 ……よろしくね?」
「……了解した。 おふく…………マミ」
『小学生みたいな言い間違いだね』
「黙れ」
【G6・温泉/朝】
【巴マミ@魔法少女まどか☆マギカ】
状態:健康
装備:ソウルジェム(魔力消費)
道具:基本支給品(食料半分消費)、ランダム支給品0~1(治療に使える類の支給品はなし)
基本思考:「生きること」
1:地下に向かうデビルヒグマについていって、脱出の糸口を探す。
2:誰かと繋がっていたい
3:ヒグマのお母さん……って、どうなのかしら?
※支給品の【キュウべえ@魔法少女まどか☆マギカ】はヒグマンに食われました。
※デビルヒグマを保護したことによって、一時的にソウルジェムの精神的な濁りは止まっています。
【穴持たず1】
状態:健康
装備:なし
道具:なし
基本思考:満足のいく戦いをしたい
1:至急地下に戻り、現在どうなっているかを確かめたい。
2:私は……マミと戦えるのか?
[備考]
※デビルヒグマの称号を手に入れました。
※キング・オブ・デュエリストの称号を手に入れました。
※
武藤遊戯とのデュエルで使用したカード群は、体内のカードケースに入れて仕舞ってあります。
※脳裏の「おふくろ」を、マミと重ねています。
【球磨川禊@めだかボックス】
状態:疲労
装備:螺子
道具:基本支給品、ランダム支給品0~2
基本思考:???
1:『そうだね』『今はみんなについてこうかな』『マミちゃんも巨乳だしね』
2:『凪斗ちゃんとは必ず決着を付けるよ』
※所持している過負荷は『劣化大嘘憑き』と『劣化却本作り』の二つです。どちらの使用にも疲労を伴う制限を受けています。
※また、『劣化大嘘憑き』で死亡をなかった事にはできません。
【碇シンジ@新世紀エヴァンゲリオン】
状態:精神的疲労
装備:なし
道具:基本支給品、エヴァンゲリオン初号機、ランダム支給品0~2
基本思考:生き残りたい
1:地下に向かうデビルヒグマについていって、脱出の糸口を探す。
2:……母さん……
3:ところで誰もヒグマが喋ってるのに突っ込んでないんだけど
※新劇場版、あるいはそれに類する時系列からの出典です。
※エヴァ初号機は制限により2m強に縮んでいます。基本的にシンジの命令を聞いて自律行動しますが、多大なダメージを受けると暴走状態に陥るかもしれません。
島の地下にある巨大な空間。
そこには今は、ヒグマ帝国が築かれている。
「うぷぷぷ……計画通り、って奴かな!」
ヒグマによって築かれた市街の中心に位置する、ヒグマ公園。
その巨大な自然公園の、帝国を一望できる丘の上にモノクマはいた。
「ヒグマ帝国内部はシーナークンがうまくやってくれるだろうし……ボクは引き続き、外の不安分子を排除するといきますか!」
そして、現れた時と同じように――モノクマは消えた。
【地下・ヒグマ帝国/朝】
【モノクマ@ダンガンロンパシリーズ】
[状態]:万全なクマ
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考・状況]
基本行動方針:???
1:ヒグマ帝国の権力を万全なものにする為に、前期ナンバーの穴持たずを抹殺する。
※ヒグマ枠です。
※抹殺対象の前期ナンバーは穴持たず1~14までです。
※原作通りロボットですが、自律行動しているのか、どこかに操作している者がいるのかは不明です。
※島の地下を伝って、島の何処へでも移動できます。
最終更新:2015年12月27日 17:53