Hidden protocol


 それは大きなタマネギのようにも見えた。
 しかし、それは紛れもなく、タマネギなどではない。

 人間の、子供の生首だった。

 燃え落ちた廃墟の前に、先の尖った特徴的な髪型の男の子の頭部が、転がっているのだった。
 頬の肉付きの良い、どこにでもいそうな普通の小学生に見えた。
 子供の表情は呆けているようにも、興奮しているようにも思え、死の間際、何かに心を奪われていたのかと感じられるものだった。

「……これ、ヒグマの仕業じゃねえよな」

 ジャン・キルシュタインが呟きながら検めたその男の子の死体は、首を、何か鋭い刃物で一刀のもとに断ち落されたように見える。
 しかもその死体はただ放置されているのみで、その他に目立った傷や食い散らかされた跡がない。
 ヒグマが捕食のために殺したものだとは、考えられなかった。


「……じゃあ、参加してる人の中にも、人を、殺してる人がいるって、こと……にゃ?」


 星空凛がジャンの背後で、その震える肩を球磨に押さえてもらいながら、呟いていた。
 無理やり語尾に「にゃ」と絞り出したものの、その顔色は一気に青ざめてしまっている。
 ジャンが敢えて飲み込んでおいた言葉の先を自分で言ってしまい、それが恐怖心にさらに拍車をかけているようだった。
 球磨が、凛の恐れを拭うように、呟きを被せる。

「もしくは、ヒグマにも、こういったことが出来て、あえてするヤツがいるのかも知れないクマ。
 電探を抜けられるヒグマがいるなら、爪が刀なみの切れ味のヒグマぐらいいてもおかしくないクマ」

 凛はそれに答えず、胸元に抱えた暁美ほむらの左腕を、ただ強く握りしめていた。


 穴持たず12の襲撃を退けた四人(うち一人は体の大部分を欠損しているが)は、その戦闘のあと、島の市街地に向けて歩みを進めていた。
 左腕とソウルジェム以外の体の全てをヒグマに喰われてしまった暁美ほむらの魔力を回復させる方法を探るためにも、そして自分たちの体力を回復させるためにも、まずはヒグマに脅かされることなく休める場所を見つけることが先決だった。
 球磨は弾薬と燃料の消耗以外目立った被害を受けていないが、戦闘経験のない凛や、肋骨を痛めたらしいジャンの疲弊は見た目以上に激しいだろう。

 しかしジャンは、右の脇に響くにも関わらず、首を断たれた少年を、廃墟の下を掘って埋めてやろうとしていた。
 制止しようとする球磨に、彼は静かに言う。


「……オレの心配はしなくていい。この程度の痛みで動けなくなるような鍛え方はしてねぇ。
 それに、これはアケミを助けられなかったせいで受けたケガだ。アケミをこっちに連れ戻してきて、治してもらう」
「だとしても、無駄に動かしたら動かした分、後で腫れは酷くなるクマ。ジャンくんの本分は弔いではなく、その剣を揮うことクマ。
 さっきの巨人のこともそう。戦力を無駄にしないよう、優先すべきことはしっかり見極めるクマ」
「……うん、ジャンさん。凛とクマっちでやるにゃ」
「……すまねぇ」


 諌められてようやく、彼は歯を噛み締めながら立ち上がった。
 殴るべき相手を探しているかのように、その拳は握り固められて震えている。

 ジャン・キルシュタインは、暁美ほむらの瀕死に涙ぐんだ直後、火山から現れた老人型の超大型巨人を見て、半狂乱になっていた。
 『立体起動装置を使える自分しか、ヤツを倒せはしない』と、天を突くような威容の巨人に向かっていこうとしたのだ。
 球磨に抑えられて観察して、彼はようやく自分のとろうとしていた行動の無謀さに気づいていた。

 その巨人は、遠近感を狂わせるほどの体躯であった。
 超大型巨人の身長はせいぜい50メートル台であるのに対し、その老人は身長数千メートル。
 そして彼我の距離も数キロは離れており、立体起動で飛んで行ける距離ですらなかった。
 その巨大な老人は、島の北側で暴れていたらしい巨大なヒグマをつまんで捻り殺し、一人納得した後、島外に走り去ってしまったのだ。

 意味のある人語を喋っており、奇行種にすら外れる。ジャンの知る巨人とは、完全に別種の存在として認識すべきものであった。
 黙然と自戒して、彼はここ数十分の自分の思考を思い返す。


 ――冷静になれよ、ジャン・キルシュタイン。


 どうしちまったんだ。オレはいつも、今何をするべきか、わかってたというのに。
 これじゃまるで、エレンが乗り移っちまったみたいだ。
 感情に任せて、馬鹿みたいに突っ走って。
 どっちが死に急ぎ野郎だ。
 完全に、気負っちまってる。


『感謝するわ、ジャン・キルシュタイン』


 あの、アケミの、星や月のように澄んだ輝きの笑顔。
 あれが脳裏から離れねぇ。
 あの笑顔を、目の前で失わせてしまった自分が、どうしようもなく許せねぇんだ。
 知り合いが腕だけになるかも知れねぇ。
 体が半分になるかも知れねぇ。
 首と胴体が泣き別れになるかも知れねぇ。
 オレがしっかりしてなくちゃ、今隣にいる、クマやリンだって、誰のものかもわからねぇ肉片に、いつ変わっちまうかもわからねぇ。

 ああ、後悔してる。
 こんな地獄を味わうと知ってりゃ兵士なんか選ばなかった。
 ヒグマと初めて戦って、頭にあることはそればっかりだ。
 なぁ、エレン……、お前は、どこで、どんな風に死んじまったんだ?
 教えてくれよ。誰か、お前の最期を見たやつはいないか?
 反面教師にするから。
 お前の通った道だけは絶対に踏んでやらないから。

 戦わなきゃいけねぇってことぐらい、わかってんだよ。
 だが、てめぇみたいな馬鹿には絶対なってやるもんか。
 誰しもお前みたいに、強くないんだ。


 エレンみたいな、強いヤツだけに許される激情は、もうこの半時間で十分。
 オレに必要なのは、アケミだ。
 天秤がばっきりとその重さの軽重を割り切るような、機械的とさえ言えるその冷徹さ。
 弱い人間の目線から、彼女の代わりにその指示を飛ばす。
 クマやリンだけに任せてはおけない。
 女や応援団だけ働かせて、男がしっかりしないで良い訳があるかよ。
 これ以上、オレ自身を嫌いにさせないでくれ。


「……やろう、クマ、リン。打ち合わせてたあの作戦のリハーサルだ。
 アケミに見せてやるんだ。それに、いざという時にチームワークが崩れたら眼も当てられない。
 今、ヒグマにまた遭遇しちまう前に、実践してみよう」
「おお、それそれ、それがいいクマ。リンちゃん、よろしくクマ!」
「はい!」


 遺体を土饅頭の中に埋めて三人で黙祷をささげた後、ジャンは豁然とそう言い放っていた。
 球磨と凛も、心機一転した表情でそれに応じる。

 胴体に残っていた首輪から、死んでいた少年は永沢君男という子供だということがわかった。
 放送で確かに呼ばれていた彼の首輪を、ジャンはしっかりと確保する。
 暁美ほむらが生き返れば、兵器の構造に詳しい彼女はその解除方法を解析することができるだろう。
 彼の首輪を活用させてもらうことが、見知らぬ少年に対してのせめてもの手向けだった。


 永沢君男の首輪をしまうのと入れ替えに、ジャンはデイパックから、折りたたまれた白く大きな物体を取り出して凛に渡す。
 島の内奥へ歩きながら、球磨たちと確認した支給品のうちの一つだった。


「凛ちゃんやっぱり、すぐにこんなの乗りこなせたなんてすごいクマ。流石の運動神経クマ」
「ああ、オレが教えられたことなんて、ガス噴射からの慣性の活かし方くらいだ。慣れるのが早ぇよ。
 立体起動装置の代わりにこれで飛べって意図で支給されてたのかもしれんが、オレには厳しい」
「えへへ、実はこれ、小さいころ映画で見てからの憧れだったにゃ。ライブでも、空飛ぶ演出入れられたらいいなぁって思ってたし」


 折りたたまれた翼が開かれると、そこには幅5メートルほどの、白い鳥か凧のような乗り物が完成していた。
 『カモメ』を意味し、風使いたちが風に乗って空を飛ぶために用いる軽量飛行装置。
 『メーヴェ』である。
 『風の谷のナウシカ』という名作のアニメ映画で主人公が搭乗している機体のため、日本人の中での認知度は高いだろう。
 機体の上面に逆U字の操縦把があり、胴体後部にエンジン点火用のペダルがある以外はほとんど余計な機構はついておらず、洗練されている。
 凛にこの支給品の正体を教えてもらって、ジャンは立体起動装置とはまた違った飛行への進化を遂げたこの技術を、面白く観察していた。


 メーヴェを受け取ったあと、今度は凛がデイパックから、一組の受話器のようなものを取り出す。
 トランシーバーである。
 そこには付属して、手ぶら拡声器とアイセットマイクがついていた。
 マイクはトランシーバーにも拡声器にも接続できるようになっており、今すぐにコンサートのMCをしようと思っても困らないほどの性能があった。
 今は誰かに向かって歌を歌う機会などはないかも知れないが、しかし、ゆくゆくはそれほど平和な環境にもなって欲しいと、球磨もジャンも思うところではある。
 そのトランシーバーのうちの一つをジャンに渡して、凛はマイクを耳にかけた。
 球磨はそこで、ふと一つの問題点に気づく。


「凛ちゃんは、もう一個のトランシーバーをどう持つクマ? いくら凛ちゃんでも、航空機の片手運転は危ないと思うクマ」
「そうだね……えっと……」


 しかし思案する凛の手には、いつの間にか重なっているものがあった。
 左腕だけの暁美ほむらが、そのトランシーバーを掴んでいる。


「ほむら……!」
「ははっ……、アケミも、この作戦にはゴーサインを出してくれるみたいだな。
 なら、なおのこと決行だ。4人でな」


 凛は息を飲んで、その腕を見つめる。
 そして今一度笑ってから、メーヴェの操縦把についていたベルトで、ほむらの腕をシャツの胸元へしっかりとたすきに止めた。
 トランシーバーの位置を耳元に当たるように調整して、胸のほむらに語り掛ける。


「……ありがとう、ほむほむ! それじゃあ、行ってきますにゃ!」
「ああ、最初は様子見でいいからな。あくまでこれはリハーサルだ!」
「落っこちないように気を付けるクマよ!」
「りょうかーい!!」


 メーヴェの後部から青い炎が噴き出し、星空凛は空へと一気に離陸した。
 そしてくるくると一定空域を旋回しながら上昇を続け、彼女は危なげなく滑空に入っていた。
 地上で待機する二人のトランシーバーに連絡が入る。


「どうクマ!? 下の方は良く見えるクマ? どうぞ」
『うん! ほむほむも落ちなさそうだし、普通に飛ぶ分には大分余裕あるにゃ!
 見晴らしもいいし、すごいものが見えるよ!! どうぞ!!』
「ほお、何が見えたんだ? どうぞ」


 トランシーバーの向こうの興奮した声に、二人は興味深く尋ねる。
 対する返答は、若干の焦りの色を帯びていた。


『津波!!』
「……は?」


 一瞬、TSUNAMIという単語の意味の認識が遅れた二人に、さらに凛が焦って捲し立て始める。

『島に津波が押し寄せて来てるにゃ!! 二人とも逃げて!!
 高いとこ!! 高いとこ行くにゃ!! どうぞ!!』
「なんだそりゃ!? は? は? 水が押し寄せてくるの!?」
「ジャンくん! 球磨は多少荒波は平気だから落ち着いて建物の上に行くクマ!
 凛ちゃん、実況続けて。高さは? 波は崖を越えそうクマ!? どうぞ!」
『もう越えてるよぉ! 球磨っちも逃げてー!!』


 てんやわんやになりつつも適切な対処を始めることのできた3人を感じて、暁美ほむらは独り、星空凛の胸元で安堵していた。


    ##########


「……あなたのお蔭で助かったわ。ありがとう、デビル」
「ええ、助かりました、デビルさん」
「たまたま気づいたから教えただけであって、感謝されるいわれはないぞ」
『素直に受ければいいのに。照れているのかい?』
「黙れ」


 三人と一匹の眼下に、濁流が流れている。
 周辺エリアから、細い木々や古びた廃屋の屋根などが次々と流れてくる。
 彼らはその津波の中、二階建てのコンクリート造りの商店の屋上に避難していた。
 巴マミ、碇シンジ、球磨川禊、穴持たず1の面々である。

 穴持たず1――デビルヒグマが、その鋭敏な感覚で津波の到来を聞きつけ、全員をその場へ退避させていたのだった。
 彼は球磨川禊の発言に苦々しい表情を返して、続けざまに言う。


「我々ヒグマは、この程度の波に揉まれても生き残るだろうが、私を助けた者を目の前で死なせたとなれば、己の力量に憤懣が募る。
 私が有冨のもとに行った後は、どこへなりとでも行ってくれ」
『ツンデレの上塗りだね』
「黙れ!」


 更に茶々を入れてくる球磨川に向かって、デビルヒグマは唸る。
 左腕の肉が盛り上がり、突き出た骨が肘の方に向かって伸びていた。
 毛皮の中からカードデッキがせり出してくる。

「そこまで私を挑発するならば、受けて立つぞ。遊戯王での決闘ならば、召喚獣を具現化しなければ貴様達を傷つけることもない。
 球磨川、ジャンプを購読しているのならば当然遊戯王はできるだろう!」
『それはできるに決まってるけど、残念。今僕は自分のデッキなんて持ってないよ』
「私の持っている予備のカードから好きに選ぶがいい」
『へぇ、自分はメインデッキで、相手には無理矢理クズカードを掴ませるのが戦法なのかい。“熊界最強の決闘者”さんは』
「ぬぅう!? なんだと……!」

 会話の主導権は、完全に球磨川禊のもとにあった。
 義理堅いデビルヒグマの性格を逆手に取り、彼はヒグマをおちょくって楽しんでいるようにも見える。


 現在、三人と一匹がいるのはF-6の市街地であった。
 温泉から急いでE-5方面へと向かおうとした彼らだったが、そのE-5の火山から突如出現した巨人を見てしまったことで、その行進は二の足を踏むことになっていた。
 デビルヒグマたちは、火山の麓にある大エレベーターに乗って研究所から出て来たらしいのだが、そのエレベーターも巨人に踏破されてしまった可能性がある。
 それならばと、地下に張り巡らされている下水網を辿ろうとしてF-6にある下水処理場を目指して引き返してきたところで、この津波と遭遇した。
 明渠となっている下水処理場からならば、ヒグマの中でも一際大柄なデビルヒグマでも下水道に出入りができる。
 しかし、会場が水没してしまった現状では、研究所の方でも浸水防止のために通路を封鎖しているだろう。
 津波が引き、排水がなされるまでは、ひとまず足止めを食らった形になる。


 碇シンジは、現状をそこまで再認識した後、隣で同じく津波を見やっている巴マミに話を振った。

「マミさん、何か良い案が浮かびましたか?」
「……いいえ。島が水浸しになってしまった以上、やっぱりここで情報交換の続きをするしかないんじゃないかしら」

 制服姿の巴マミは、そう言ってため息をつく。
 シンジたちが移動中に聞き及んだところでは、彼女は見滝原という中学校の三年生で、魔法少女というものであるそうだ。
 そうそう人に話すべきものでもないようだが、変身した姿も魔法も目撃してしまっているし、隠し立てできるものでもなかった。
 魔法は、リボンを生成することを得意としており、そのリボンから結界やマスケット銃まで作り出してしまうらしいから驚きである。
 ただ現在の彼女は、ソウルジェムという魔力の源が濁ってきてしまっているので、極力魔法を節約しているらしかった。
 彼女は、睨み合う球磨川とデビルヒグマの間を割るように、言葉を投げる。


「デビル、この島の施設のこと、下水処理場以外にも教えてくれる?
 万が一だけれど、魔法に関連したものがあったりしないかしら?」
「ああ……。その程度なら教えてもよかろう。球磨川、この決闘は預ける」
『そうだね。デュエルよりマミちゃんの体の方が大切だものね』
「支給品の地図では詳しい施設まで載ってないので、僕もそこは教えて欲しいです」


 足止めを食らっている今のうちに体力を回復させたり、近場の有用なところを知っておけるならば悪いことではない。
 水が引き次第、支給品だけでは心もとない物資を整えることも可能になるだろう。
 デビルヒグマは、左腕に出した骨のデュエルディスクを体内に仕舞いながら、自分の首筋を叩いた。


「しかし、貴様達の首輪は盗聴されている。私が研究所に戻るのは個人的な問題だから構わないだろうが、あまり詳しいことを知ると、その首が飛びかねんぞ」

 話すのはやぶさかでもないが、そこだけは心しておけよ――。


 そう前置きして、デビルヒグマは大雑把に島の施設について話し始めた。

 現在いるF-6を始めとした街の東側は、以前、温泉地として客商売をしようとした施設が多いらしい。
 自分たちが今上っている商店も、そういった目的の土産物屋だ。
 しかし、人口比率としてこの島は圧倒的に研究員が多く、外から頻繁に観光客を呼ぶわけでもなかった。
 その上、このエリアにある下水処理場の排水は、G-6、H-5の温泉の真隣を通ってI-5の滝から島外に放流されている。
 観光名所になるはずの地にわざわざ巨大な排水の川を設けた噛み合わない都市計画に、無計画に林立させた宿泊施設は経営が成り立たず、G-3,4、F-7などの廃墟群を形成することになってしまった。
 民家も東側に多かったのだが、基本的にこちらは都市機能としては退廃してきている場所である。

 北と南には、それぞれ工場やオフィスビル群が多い。
 温泉の水質や動植物の生態系について調査を行っていた団体などが多くこちらに職場を構えており、特にE-4、E-6などの中心市街地ならば、面白い研究データも残っている可能性が高かった。
 D-6には疑似なんとかとかいう大型機械の製造工場もある。
 また、時折眼下の津波に丸太が流れて来ていたりするのは、F-3の製材工場から出ていったものであろう。
 崖のすれすれまで生育している森が、この島の内陸を波浪による海蝕から守っており、ここでは林業も盛んなのである。
 常人ならば丸太の重量に衝突されれば死ぬことになるため、十分注意しておかねばならない。

 西は、A-5の滝の裏に海食洞があり、まともな島の交通手段はそこしかない。
 そのため、商業施設や流通の中心も現在ではほとんどこちらよりに存在している。
 C-4には百貨店が、C-6には総合病院が存在しており、郊外に行くにつれ住宅も増えてくる。
 食堂や専門店を探すならば、基本的にDエリア以西に行くべきであろう。


「そして、魔法ということだったな。地上ではどうだか知らんが、少なくとも研究所では、魔術師を集めて土地の魔力を会場内に充満させる術式が展開されていた。
 私が遊戯王の召喚獣を具現化できるのもその魔力のためだ。
 何か市街地のオフィスに、それにまつわる道具や資料が残っていても不思議ではないな」
「本当? グリーフシードが手持ちに無いから、そこでどうにか魔力を回復させるあてが欲しいわね……」
「魔法ってそこまで認知度の高い技術だったのか……。ネルフも導入すればいいのに」
『巨大ロボットと喋るヒグマと麻雀打ちそうな巨人がいるんだから、今更魔法やスタンドの一つ二つ驚くには値しないね』


 粗方話に決着がついた後も、未だに会場の浸水は続いていた。
 流石に少しずつ水は引いてきているが、地上に降りて活動ができるようになるにはもうしばらくかかりそうだった。
 これだけ浸水が激しければ、参加者もヒグマも無闇に行動すまいと、彼らは率直にそう思った。

「それならば、やはり軽く遊戯王でもして頭脳を温めておこう。マミとシンジにはルールから教えてやろうか」
『君って本当に好きなんだね遊戯王』
「研究所のヒグマ相手では中々満足に試合える者が少なかったのでな」
「本当、この実験が殺し合いじゃなくてカードゲームの大会だったら良かったのに……」

 屋上に座り込んでカードを見始めた男子3名を見ながら、巴マミはしかし、そうやすやすと気を抜いてしまっていいものかと思い悩む。


 私たちが助けた、デビルと名乗るヒグマは、予想以上に友好的だった。
 私たちが良好にここまで行動できたのは、彼個人がとても礼節を重んじる性格だったことと、彼が言葉を話せて意思疎通ができるから、というその二点によるだろう。
 デビルは私のことを、お母さんのようなものとして感じている節があるようで、それはちょっと恥ずかしかったけれど、悪い気持ちはしなかった。

 でも、だからといって、ヒグマが人間の敵とならないとは言い切れない。
 球磨川さんと碇さんが平然としていられるのは、彼らが初めて出会ったヒグマが、デビルであったからに違いない。
 『なんだ、ヒグマと言えど、意思疎通ができるならば案外平気かも』と思っているのかもしれない。
 けれど、私は、そんな甘い考えの通じないヒグマを知っている。
 あの白目で細身のヒグマ。
 私を助けてくれた男の人とキュゥべえを殺し、私の腸を漁っていったヒグマだ。
 デビル自身だって明言こそしていないものの、会話の端々から、今まで数多くの人を捕食してきたらしいことがうかがえる。


 わからない。


 人間がヒグマと戦わずに済むことは、本当に可能なのだろうか。
 それこそ、魔法少女が魔女と戦わずに済むのかという問題と同じことのように思える。

 魔女が、私たち魔法少女と意志疎通できたとしたら、彼女たちは私たちに一体何を語り掛けてくるのだろう。
 中には、友好的に接してくれる者もいるのかも知れない。
 それでも、それは魔女全体に当てはまることではないだろう。
 魔法少女は、魔女を狩らねばならない。
 魔女は、人間に絶望を撒き散らしてしまう。
 そんな完成されたシステムが、私たちと魔女の間には敷かれてしまっているのだ。


 ――この島では、どうなの?


 ヒグマと人間の間には、そんな仕組みが、本当に成り立ってしまっているのだろうか。
 ヒグマと人間の和解は、幾重にも閉ざされた重い扉の向こうの、理想に過ぎないのだろうか。
 私にはまだ、わからなかった。


「うむ……。模擬戦でもしようかと思ったが、やめておこう。
 『ミズクマ』が迷入してきてるかも知れん水中を渡ってくるヤツなど、そうそうおらんと思っていたのだが」
「どうしたんですか急に?」


 その時デビルが、扇に広げていたカードの束を閉じて、自分の毛皮に仕舞い始めていた。
 碇さんと球磨川さんをよそに、左腕に出したブレードの上に一枚だけカードを伏せて立ち上がる。


「……そんなことに構わず突っ込んでこれる者も、何名かはいた」
『マミちゃん……! 向こうだ!』


 デビルの視線につられて、私たちは西の空を見上げた。
 そこには、一塊の黒い影があった。
 飛んでいる。
 いや、跳んでいる。
 空中を踏み込むような信じられないジャンプの伸びで、建物のまばらなこのエリアを、屋根から屋根へ跳ねてきているのだ。
 そしてその進路は、迷わずこちらへ。
 見たことのある動きだった。

 そう。
 ついさっき思い出していた、あのヒグマ。
 白く瞳孔の見えない眼球が、私の心臓を射竦める。
 その口が、空の高みから、私に向かって何かを投げつけていた。
 くるくると回転しながら迫りくる、刀。
 私はその動きを、呆然と見つめることしかできなかった。


「罠カード発動! 【和睦の使者】!!」


 その視界に、デビルの大きな背中が滑り込んでくる。
 左腕の上で返されたカードが光を放ち、私たちの目の前に、青いローブを纏った女性が召喚されていた。


《和睦の使者/Waboku》 †
通常罠
このターン、相手モンスターから受ける
全ての戦闘ダメージは0になり、
自分のモンスターは戦闘では破壊されない。


 屋上の端にすっくと立つその女性は、微動だにせず、その刀を受け止めた。
 眉間に突き刺さった日本刀に、赤い血が流れる。
 そして彼女はゆっくりと背後に倒れ、静かに光となって消え去っていた。


「……ヒグマン。挨拶としては少々、手荒に過ぎはしないか?」


 その女性がいた位置に、コンクリートを揺らして黒いヒグマが着地する。
 細身のヒグマは、屋上に突き立ったその日本刀を抜き取ると、もう片手に持つ刀とともに二刀流に構えていた。
 デビルの声を撥ねつけるように、彼は低く唸る。


「……グルルルルルルル」


 ――人間がヒグマと戦わずに済むことは、本当に可能なのだろうか。 


    ##########


 俺の名前はクラッシュ。
 研究所では穴持たず51って名前の方が通ってるな。
 なぜかっていうと、これは俺の仲間である穴持たず52、穴持たず53、穴持たず54と一緒に考えた名前だからだ。
 ちなみにこいつらにつけてやった名前はロス、ノードウィンド、コノップカ。

 3期目に生まれた俺たち穴持たず51~59の中でも、俺たち4人は兄弟同然で、息の合い方は他に類を見ない。
 2期目の穴持たず11~50は人数が多すぎてごちゃごちゃしまくりだし、何より先輩の中でも自分の番号とか把握してないヤツも多い。本当に多すぎて、俺たち後輩でも誰が誰だかわかんなかったり、見たことあるようなないようなヒグマがいたりする。
 1期目の穴持たず00~9は本当に尊敬すべき大先輩だけれど、力が強すぎて個人主義のヤツばっかりだし、なんか近寄りづらかったりする。あと10番の先輩は、外から連れられてきた栄えあるヒグマ第一号ではあるが、別にどうという力もなかった。
 なおのこと60番台以降の外から来たヤツらは、チームワークのかけらもない。
 つまり、俺たちの連携能力は、HIGUMAの中でもオンリーワンでナンバーワンなわけだ。

 本当は、今回の実験では俺たち後輩の出る幕はなかった。
 10番までの先輩だけで、人間の相手をすることになっていたのだ。
 だが開始寸前になって、俺たちの方にまで先輩が声をかけて来た。


『研究員の方が、あなた方も外で人間を捕食してよいと仰っておりましたよ』


 そう言って、俺たちを外に誘導してくれたヒグマがいたんだ。
 あれが穴持たず何番の先輩だったか良く覚えていないが、そんな細かいことは今はどうでもいい。
 今こそ、俺たち4人のチームワークを見せる時だった。


「ロス、ノードウィンド、コノップカ! フォーメーション『ゲット・オーバー・イット』だ!」
「おうっ!」


 俺たちは息を合わせ、ようやく発見した獲物第一号を取り囲んでいた。
 黒い毛並みに一筋の赤毛が入った若い人間のメスだ。
 取り囲まれてようやく俺たちに気付いたらしく、狼狽える様は、喰うにうってつけのカモだ。


『なんだこいつら。この動き……本当に熊か?
 ……分かってる!』


 訳のわからぬ人間の言葉で呟いて、即座に身構えた点は褒めてやるが、もう遅い。
 俺たちのフォーメーション『ゲット・オーバー・イット』から逃れられた奴は一人としていない。
 これが初の実戦投入だからな!!


『? おお、凄いな鮮血。とうとう津波まで……』


 目の前の人間は身に纏う皮の面積を少なくして、何事か呟いていた。
 そして今にも飛び掛かろうとしていた俺たちの耳に、地響きが届いてくる。
 俺たちのもとに、津波が押し寄せてきていたのだ。
 末弟のコノップカが素っ頓狂に叫ぶ。


「なっ、津波!? この人間、津波を呼んだのかよ!?」
「慌てるなコノップカ! フォーメーション『インヴィンシブル』をとるぞ!」
「おうっ!」


 波に飲まれながら、俺たちは輪になって互いの身を抱え込んでいた。
 俺たちは一つの大きなボールのようになって、激流に身を任せ同化する。
 眼球や鼻といった急所を晒すことなく、俺たちの強靭な毛皮の防御力でほとんどの攻撃を受け流すことの可能な無敵のフォーメーションであった。
 周囲を見回して状況を知ることができないのが珠に瑕だが、そんな細かいことは今はどうでもいい。

 流木や瓦礫らしいものに何度か当たったが、案の定大したダメージもなくやり過ごし、俺たちは何かの壁のもとにぶち当たり、漂着していた。
 暫く待っても動く様子はなかったので、腰元の高さの水から、息を合わせて顔を上げる。


「やはりこのフォーメーションは無敵だなクラッシュ」
「ああ、研究所での予行演習通りの結果だったな、ロス。ノードウィンドが計算してくれた通りだ」
「フフフ。僕の予測では、00の御姉様の攻撃にも一発なら耐えられるはずだよ」
「やっぱりボク、こんな頼りになる兄ちゃんたちと一緒になれて良かったよ!」


 ひとしきりフォーメーションの成功に盛り上がった後、ふと俺たちは、近くに人間の臭いがすることに気がつく。
 見上げると、俺たちのいる壁の上から、若い人間のオスが何とも言えない表情で俺たちを見下ろしていた。

『……なんだあんたら、ようやく気づいたのか。珍妙なヒグマたちがいたもんだ。
 おい、もしかして、人を襲ったりしないヒグマもいるわけか? あんたらはそういうヤツか?』

 金の短い毛を頭に生やして、茶色の革の周りにごてごてと機械や綱を巻きつけている、バカみたいな格好の人間だった。
 人間の言葉でぶつぶつ喋りかけてくるが、俺たち相手に一人で、逃げようともしなかったその愚かな選択を呪うがいい。


「よおし! フォーメーション『ホワイト・ナックルズ』だ!」
「おうっ!」


 俺たちは小屋の壁の上の人間に向かって、横一列となり飛び掛かっていた。
 息を合わせて同時に爪を振り抜くことで、その横に広がった陣形によって、相手は左右のどちらにも攻撃を躱すことのできなくなる、不可避のフォーメーションであった。
 しかしその時、俺の視界からそのオスは消え去っていた。
 爪も空ぶる。
 どうやら俺の爪は避けたようだが、隣のノードウィンドかロスが仕留めたことだろう。
 俺たち4人は、小屋の向こうの水面に転がっていた。

「どうだ、ロス、ノードウィンド。仕留めたか!」
「いや、オレは仕留めていない」
「僕もだ」
「兄ちゃん! 見て、あいつ、まだそこにいるよ!」


 後ろを振り向けば、人間は先ほどいたのと同じ小屋の上に立って、俺たちを見下ろしていた。

『……上にガス噴射して飛べば楽勝、と。なんだその間抜けな攻撃は』

 その人間は、やはりぶつぶつと呟きながら、今度は肩にかけた袋の中から、小さな赤い棒を取り出して折り、その棒を眩く光らせる。

『……だが、やはりてめぇらは人を襲うんだな。なら、“赤”だ。リン、作戦決行だ』

 そのオスは赤く光る棒を振り上げて、小屋の上で大きく腕を回した。
 コノップカがその動きに狼狽える。


「な、なんか変だよ! もしかしてあれ、爆発物だったりするんじゃない!?」
「落ち着きたまえコノップカ。あれはサイリウム。人間がアイドルとかいう扇情集団の楽曲に愚かにも心奪われたときに振るものだ。
 恐らく、僕たちの攻撃は偶然躱せたものの、恐れをなして降参の意思を示しているんだよ」
「……しかし、降参するつもりでも見逃すわけにはいかないな。オレの兄や弟が腹を空かせている」
「おお、ロス。行ってくれるか。ならばせめてあの人間を苦しまずに殺してやってくれ。
 フォーメーション『ア・ミリオン・ウェイズ』だ」


 フォーメーション『ア・ミリオン・ウェイズ』とは、4人が思い思いに自由な行動をとるフォーメーションだ。
 打ち合わせをしなくても息の合う俺たちの行動は、幾万の運命の分岐から最善の結末を掴み取る。
 事実、俺たちは今まで一度も戦いにおいて敗北したことはない。
 この実験が初めての実戦だからだ。


「貴様に恨みはないが、覚悟しろ人間ッ!!」
『……了解。タイミングぴったりだ、クマ』


 ロスが叫び声とともに、大口を開けて人間へ飛び掛かる。
 瞬間、空中でロスの頭が爆発していた。
 慣性で飛んでいくロスの胴体を横に避けて、若い人間は依然として俺たちを見下ろしている。
 小屋の向こうの水面に、首をなくしたロスの体が、水柱を立てて落下していた。


「ロ、ロスーッ!?」
「やっぱり爆発物じゃないかぁ!! なんだよあれぇ!?」
「ば、馬鹿な!? あれはただのサイリウムのはず……!」
『……了解。面制圧に合わせる』


 光る棒を仕舞って、空気を噴出させるような音と共に、男は空を飛んでいた。
 小屋の上から、俺たちの転がる広大な水面の向こう側へ。
 ジャンプ力の高い穴持たず13の先輩なみの跳躍だった。
 呆然とその姿を見送る俺の背中に、突如衝撃が当たった。

 爆撃だ。

 振り返っていた俺たちの背後から6発、爆弾か砲弾のようなものがぶち当てられていた。
 この人間のオスが、飛び立ちざまに投げていたとでもいうのか。
 俺とコノップカはその内の何発かを背中に受けてしまい、腰元の高さの水面を盛大に吹っ飛んだ。
 耳を、ノードウィンドの悲鳴がつんざく。

「ひぃいいい痛いよぉおお!! ぼ、僕の美しい右前脚が、モンテッジア脱臼骨折ぅううう!!」

 ノードウィンドはその砲撃を腕に受けてしまったらしく、身もだえして呻いている。
 その背中に、タンッと二本のワイヤーが突き刺さっていた。


『――獲った』


 金毛の人間が、その腰元にワイヤーを引き戻しながら、まるで蝿のようにノードウィンドの肩にしがみついていた。
 その人間はノードウィンドの頭を引っ掴んで、逆手に持った剣で右目を突き刺す。

「うぎゃああああああっ!!」

 痛みにもがくノードウィンドの悲鳴は、すぐに途絶えてしまった。
 深々と、眼から脳までを突き刺され抉られ、ノードウィンドは絶命していた。
 水面に倒れ伏したノードウィンドの背中に立ち、その人間は悠々と刃の血を振り払う。
 俺は怒りにぶるぶると震えていた。


「よくも……よくも人間の分際で弟たちを……! 貴様は殺ぉおおおおおおす!!」
『……了解。簡単な誘導だ』


 俺が水を跳ねて躍りかかった突進を、そのオスは背後にジャンプして躱す。
 しかし、その程度の回避は予測済みよ――!
 俺は、死んだノードウィンドの肉体を踏み台にして、更にもう一度加速し、オスに躍りかかっていた。
 爪が憎き人間の頭部を捉える。


 ――そして、空ぶった。


 人間は、背中側にワイヤーを飛ばして、向こうの建造物の壁へ、俺よりも更に加速して飛んでいってしまったのだ。
 一度も振り向くことなしに。

「なぜ――。なぜ貴様は、後ろのものが見えているんだ!」

 先輩の穴持たず5のような、反響定位でもできるというのか――。
 叫んで着水した俺の体はそして、地面を捉えることができなかった。

「――えっ」

 俺の体は、底なし沼のようなものの中にずぶずぶと沈んでいく。
 そしてもがくと、鼻がもげそうな激しい異臭が、底から嵐のように色を織りなして立ち昇ってきた。


「こ、ここはっ、下水処理場だあっ!!」


 俺は汚泥の沈殿池の中に飛び込んでしまったのだ。
 津波の水位に覆い隠され、水面上からでは光の反射で気づくことができなかった。
 ここの水が腰元の高さで済んでいるのは、下水処理場の敷地内だから。
 このだだっ広い水面の下は全て、沈殿池と反応槽の並ぶマス目。
 あの小屋も、人間が取りついた建物も、下水処理場の中央監視室や処理施設だったのだ。

 嵌められた。

 一人の人間如きに、俺たちのチームワークは壊されてしまったのだ。
 ありえない。
 1対1の力でそもそも人間を上回り、仲間を思う心で一つとなった俺たちが、訳のわからぬ人間一人に殺されてなるものか。
 ロスの仇。
 ノードウィンドの仇。
 必ずやとってくれる。


「人間めぇええ!! 心を理解できぬ貴様らなどに、仲間を知らぬ孤独な貴様らなどに、負けるかぁあああああ!!」


 叫んだ瞬間、俺は側頭部に激しい衝撃を受けて、意識を吹き飛ばされていた。
 そしてそのまま、汚泥の中にずるずると沈んでいく。
 肺の中を、空気の代わりに泥が埋めていった。


    ##########


「……目標の轟沈を確認。敵は残り1頭クマ。ジャンくん、援護はまだ必要クマ~?」

 双眼鏡を覗き込みながら、水上に立つ一人の少女がそう呟いて笑う。
 草原を埋める津波の上で、彼女は艤装から水中に錨を降ろし、その立ち位置を確かなものにしていた。
 球磨型巡洋艦一番艦、球磨である。

 その栗毛の視線が覗く先には、1キロメートルあまりも離れた下水処理場の光景が見えている。
 そこで建物の壁面に取り付いている若い男は、彼女の僚艦もとい仲間である、ジャン・キルシュタインだ。
 彼がその水上で繰り広げていた戦闘において飛来した砲撃は、全てこの球磨が行なった狙撃であった。


「ジャンくんが持ってたこの『艦載機』の性能は最高クマ。ただでさえ高い帝国海軍の命中率がこの優秀な球磨ちゃんの手で新記録を樹立するクマ。
 ……さあ、動くんなら、頭でも腕でも狙ってあげるクマー


 再装填を終えた7門の単装砲を北方に向け、球磨は双眼鏡の先に見えるジャンの動きを観察した。
 そして上機嫌な表情を浮かべ、デイパックからオレンジ色のサイリウムを取り出す。


「なるほど、もう『オレンジ』クマね。球磨に弾薬の節約をさせてくれるとは殊勝な心がけクマ。
 ……凛ちゃーん、今から『艦載機』をジャンくんの方にあげるクマー!」


 古い暦に名前の残る名軍師の如き采配。
 凛ちゃんと共にいるほむらも、安心して見ていてくれるだろう。
 球磨の授けた知恵を、ジャンくんは見事に昇華させ、凛ちゃんは正確に成し遂げている。
 心を理解できぬヒグマに、仲間を知らぬヒグマに、人間が負けるわけがない。


 烏合の衆ではない。
 友達の寄り合いでもない。
 今こそ。
 陸海空を制する、ほむらの軍の底力、見せてあげるクマ――!


 眩しいオレンジの光を放つサイリウムを頭上に振り、球磨はまた、満足げに笑った。


    ##########


「――なあ、おい。さっきからてめぇらの様子を見るに、ヒグマにもいっぱしに仲間への親愛の情だの死を悼む気持ちだのはあるみてぇだが……」

 ジャン・キルシュタインは、下水処理場の施設の壁に取りついて、右手の剣を掲げ上げる。
 脳裏に、ヒグマに寸刻みに喰われていく暁美ほむらの姿が浮かぶ。
 野ざらしになっていた永沢君男の首と胴体が浮かぶ。
 人知れず死んでいたエレン・イェーガーと、訓練兵団の同期の笑顔が浮かぶ。

 ぎりぎりと音をたてて奥歯を噛み締めながら、ジャンは燃えるような瞳で残る一頭のヒグマに剣を向けていた。


「……先に手を出したのは、てめぇらの方だからな……!!」


 その指先には、剣と共に、オレンジ色の光を放つサイリウムが握られている。

 星空凛の支給品、『超高輝度ウルトラサイリウム』の一本であった。
 通常のサイリウムとは比較にならない輝きを放つ分、その持続時間は5~6分ほどの短さである。
 凛に支給されていた60本セットでは、様々な色が詰め合わされているため、楽曲ごとにアイドルのイメージカラーを使い分けて振るのがセオリーだ。

 そして、ジャンが使い分ける現在の楽曲の色は、『オレンジ』なのである。


 ただ一頭残された穴持たず54――コノップカは、視線の先の男が放つその修羅のような眼光に完全に飲み込まれていた。


 ――違うんだ。この人間は、最初から一人などではなかった。


 コノップカの視線の先で、義兄に当たるクラッシュはあり得ない方向からの砲撃を受けて沈殿池に沈んでいた。
 ジャン・キルシュタインはずっと正面の壁にいたはずなのに、クラッシュは左側面からの攻撃で気絶していた。
 誰かが、自分たちの気づけぬ遥か遠くから、自分たちを狙いすまして攻撃を行なっているのだ。
 コノップカは焦って辺りを見回す。
 そして上空を見上げた時、彼はその青い空間を、月や星のように悠遊と旋回している白い鳥を見た。


 一定の空域を、真円を描くようにして滑空している翼幅5メートルの白き偵察機。
 時の盾で覆い、鳥の姿に隠した、軍略の要であった。
 それは唄のように、ひそやかに声を響かせる。


「……クマっちが『オレンジ』を確認したにゃ。今ジャンさんの方に動かしてる。
 ジャンさんの良いところで、攻撃を開始してくれて大丈夫にゃ。どうぞ」


 その真上で風に乗っているのは、二人の少女であった。
 星空凛と、その胸に抱かれた暁美ほむら。

『了解。見えた。行ける』

 ほむらの左腕が握るスピーカーから、低くジャンの声が帰ってくる。
 その声は、ジャンの首にタオルで巻き留められたトランシーバーからのものだ。
 ジャンから凛への音質は悪いが、凛からの指示ならば、彼は骨伝導で聞くことができる。

 眼下に見える、小さなジャンの姿。
 小屋の先に落ちている、首のないヒグマ。
 水面に倒れている、腕の折れたヒグマ。
 沈殿池に誘導して沈めた、気絶したヒグマ。
 呆然と立ち尽くして震えている、最後のヒグマ。
 遠くでサイリウムを振る、水上の球磨の姿。
 ジャンの動きやすい位置に、的確に移動する『艦載機』。

 凛の視界には、その全てが捉えられていた。
 文字通り鷹の目のように辺りを鳥瞰する彼女は、その状況を全てトランシーバーによりジャンに伝えていた。
 球磨の砲撃のタイミングがジャンと合ったのも。
 ジャンが背後に飛翔し得たのも。
 穴持たず51を沈殿池に誘い込んだのも。
 全てこの星空凛の伝令の功績であった。


 ――すごいにゃ。


 凛は今までに味わったことのない充足感と爽快感を得ていた。
 自分の指示でこんなにもうまく作戦が進行していくこと。
 目の前にどんどんと道が開けていくこと。
 暁美ほむらが隣で、力強く頷いてくれているように感じること。

 ほむらと共に道を記し、球磨とジャンと手を取り、まさに潮の満ちるように、凛の思いは湧き立つ。
 自分が今身を投じているのが命をかけた殺し合いであることに恐怖はあるが、それよりもなによりも、自分の本気が、着実に現実を好転させていく手応えに、底知れぬ活力を彼女は感じていた。


 ジャンが飛んだ。
 ガス噴射とともに、血にまみれた右手の剣を振りかぶり、投擲する。
 サイリウムとともに吹き飛んだその刃先はしかし、立ちすくむ穴持たず54とは見当違いの方向に流れていく。
 続けざまに発射した二本のアンカーが穴持たず54に突き刺さり、ジャンはその身を旋回させながらコノップカの元に突撃していた。


 ――こんな攻撃に、負けない!!


 コノップカはそのワイヤーを掴んでジャンを引き寄せる。
 水面に落下して引きずられるその男に向け、噛みつこうと口を開いた。


 ずぶり。


 深々と、肉に刃物が突き刺さる音。
 刺さっていたのは、剣の刃先だった。
 コノップカの左目に、先ほどジャンが見当違いの方向に投げた刃先が、突き立っているのだった。

 ――な、んで……。

「……引き寄せてくれてありがとよ」

 ジャンは、コノップカの口元で身を捻る。
 左裏拳に掴まれた剣の柄が、その刃先をコノップカの脳内に打ち込んでいた。
 そしてそのまま、開いた彼の口の中に、ブラスターガンの銃口を押し込む。


「死ね」


 口腔内から起きた爆発で命が吹き飛ぶ間際、コノップカはふと、その視界に長く黒い髪をたなびかせる、人間の少女を見た。
 真の仲間とは何なのか、義兄らと再び会った時、今一度考え直そうと彼は思った。


【穴持たず51(クラッシュ) 死亡】
【穴持たず52(ロス) 死亡】
【穴持たず53(ノードウィンド) 死亡】
【穴持たず54(コノップカ) 死亡】


    ##########


「ジャンくん! ケガはないクマ!?」
「ああ、大丈夫だ。クマの『艦載機』のお陰で」

 水上を航行してやってきた球磨の前で、ジャンはしとめたばかりのヒグマの上にて、返り血を海水に落としていた。
 水没した下水処理場の水面には3体のヒグマの死体が浸かり、1体がさらに下に沈んでいる。
 上空から滑空してきた凛も、その水面にメーヴェで降り立つ。

「みんな無事でよかったにゃぁ~。作戦がこんなに上手く行くなんて感動にゃ」
「アケミが無言でゴーサイン出してくれた作戦だからな。
 なんだかんだ言って、よっぽど不味い行動したら、アケミは無理を押してでもテレパシーで俺たちに指示を出してきたはずだ。
 さすがにモノホンの軍人だけあって、クマの戦術はすげえよ」
「ふっふっふ~。もっと褒めてくれてもいいクマ~」


 そして胸を張る球磨の艤装の元に、ふわふわと帰ってくる手のひらサイズの飛行物体があった。
 4枚の長方形の羽根を周囲に張り出した、UFOのような姿をしている。
 差し伸べた腕に、球磨はその飛行物体を載せる。
 凛とジャンは、綿毛のような挙動をするその物体に向けて微笑んだ。


「クマもそうだが、今回の最大の功労者はこの『マンハッタン・トランスファー』だろうな」
「うん、クマっちの砲撃もジャンさんの剣も、狙い通りに反射してたにゃ」
「んー? この曼哈頓(マンハッタン)水偵を操作してたのは球磨クマー。そこのとこ間違えないで欲しいクマ」


 ジャンの最後の支給品は、一見するとCDのように見えた。
 そして、何らかのデータCDだと思ってそれを手に取った凛の手に、そのCDはずぶずぶとめり込んだのだった。
 それは確かにディスクではあった。
 しかしその中に記録されていたのは、『スタンド』と言う、精神エネルギーを具現化させたものだった。

 そのディスクに記録されていたスタンド、『マンハッタン・トランスファー』は、射撃された弾丸を中継し、標的に反射させて打ち込む狙撃衛星のような機能を有していた。
 加えて、気流を鋭敏に察知し、常に射撃の軌道上に位置することができ、標的となる対象の位置も正確に把握することができた。

 最初は、ディスクを手にした凛しかその姿を認識できなかったが、ディスクをそれぞれが体内に挿入し操作を試みることで、全員がその存在を見ることに成功した。
 中でも際だってその扱いに馴染んだのが、球磨である。
 水上偵察機を搭載する事もある軽巡洋艦として、運用に精神エネルギーを用いるという違いはあれど、その順応は非常に早かった。
 一見してあり得ない長距離からのあり得ない精密性のあり得ない方向への艦砲による『狙撃』、及びジャンの刃先を用いた跳弾は、全てこのマンハッタン・トランスファーによって為されたものである。


 ――この機体には、忠義に篤い軍人の魂を感じるクマ。きっと元の操縦者は、立派な仕事人だったクマね。


 もう、ヒグマに索敵を抜けられることなど許さない。
 もう、辛い決断を朋友にさせることなど許さない。
 球磨は、ディスクから微かに感じるその精神を艤装に加え、今一度、自身の職務を遂行する決心を新たにした。


「何はともあれ、凛はもう一度まわりの様子を見てくるにゃ」
「ああ、そうしてくれ。流石に下水処理場で休みたくはねぇからな」
「津波で溺れてる参加者もいるかも知れないクマ。何かあり次第ジャンくんの無線に連絡を頼むクマー」


 星空凛が、再びメーヴェを駆って空に飛び立つ。
 暁美ほむらは、そんな3人の会話を肌に感じながら静かに瞑想した。

 ――自分の体一つで、こんなにも信頼に足る手駒が3人も手に入るならば、安い『買い物』だったわ。

 その手駒は、何をせずとも自分のために尽くしてくれ、目的への新しい道を着実に築いていってくれている。
 普通の人間になら払うことのできない対価を、自分が支払った結果だった。
 こういう『買い物』ができるなら、魔法少女の体になったことも悪くない。
 この身と道を繋ぐための言葉を、私はようやく見つけられたのかもしれない。


 スタンドという精神の力。
 魔法と同じ根源に端を発していながら出力形態の違うその現象。
 それに新たに触れることができたのも、大きな収穫である。
 もしかすると、グリーフシードに頼らずとも、魔力を得ることができるのかも知れない。
 そもそも、ソウルジェムの魔力はグリーフシードで回復しなければならない、というのはキュゥべえのほざいた妄言だ。
 不可能を可能にする魔法少女の希望が、その程度のせせこましい論理の枠に収まるだろうか。
 幾重にも閉ざされた重い扉の向こうにその理想があるのだとしても、私たち人間はきっと、それを解き放つための知恵を、生み出すことができる。


 今まさに、彼ら3人の傍に立つ(スタンド・バイ)私にならば、魂の濁りを消し去って余りある精神の力を、生み出せるのではないだろうか――?


 展望に広がる道の先を感じながら、暁美ほむらは、彼らのために厳かに眠る。


    ##########


『……デビル。その女は私の獲物だ。まさかまだ生きているとは思わなかったがな』


 二本の刀を中段十字に据えてから、黒い細身のヒグマは、左前脚からブレードを出すヒグマに向けて、威圧するようにその一本を上段に掲げた。
 その声は、獣の低い唸り声である。
 ヒグマン子爵の声は、デビルヒグマにしか理解はできなかった。
 そして彼もまた、ヒグマの言葉で唸り返す。

『ヒグマン、貴様とマミの間に何があったのかは知らん。しかし、彼女は私の命の恩人なのだ。
 今貴様と争うつもりはない。大人しくこの場は退いてくれないか』
『それこそ、おまえと巴マミとの間に何があったのか私が知るものか。
 おまえが誇り高い決闘を旨としているように、私も一度狙った獲物は確実に仕留めることを旨としている。
 この場で見逃せば海水で臭跡が消える。おまえが退かぬのならば、おまえと争うことなく仕留めるのみ』


 ヒグマン子爵は、その手に持つ刀の片方を口に加え、もう一方を両手で青眼に構えた。
 そしてその体は、奇妙な方向に傾いてゆく。
 青眼だった剣は地面に突き立ち、その切っ先を右後ろ足の爪が挟み込む。
 ほぼ直角に腰から撓んだ上半身は、下から睨めつけるようにその白目を光らせる。
 ぎちぎちと音が立つほどの力で、ヒグマン子爵の筋肉が溜められてゆく。

 その刃は常に垂直であり、ただ体のみが引き絞られて傾き行く。
 その諸手は駆血され、筋の表に青い脈管を浮き立たせて動かず。
 その爪先が留める2尺あまりの鋼に、寸毫の揺らぎなく力が籠められる。
 その反り返るは、弓張り上る月のようだった。


 デビルがその巨体の陰にマミを隠すように身を寄せる。

「デ、デビルさん、大丈夫なんですかそのヒグマ……?」
『わからないけど、この剣呑さは万が一があるよ』
「……ヒグマンが何をしてくるかわからん。すまないがマミの脇を守ってやってくれ」
「デビル……、碇さん、球磨川さん……」

 暗器のように巨大なネジを取り出した球磨川禊と、縮小されたエヴァンゲリオンをデイパックから出した碇シンジが、巴マミの両脇ににじり寄る。
 巴マミの脳裏を、恐怖が埋め尽くす。


 これだけ他者に守って貰っていても、恐怖が消えない。
 息が乱れる。
 冷や汗が流れる。
 なぜだ。
 目の前の白眼のヒグマが、私の内臓を食い荒らしたからか?
 キュゥべえやあの男の人を、殺してしまったからか?

 そうじゃない。

 あのヒグマも、私だからだ。
 私が魔女に向ける敵意を、何の乱れもない真っ直ぐな殺意を、私に向けているからだ。
 ヒグマンという彼にとって、私はただの食べ物に過ぎない。
 魔法少女にとって、魔女がただグリーフシードのアテに過ぎないのと同じように。
 人のエネルギーを魔女が食べ。
 魔女のエネルギーを魔法少女が食べ。
 私はずっといままで、そんな世の中の仕組みに則って生きてきた。

 そして私たちのエネルギーは、彼らヒグマに食べられる。
 この島では、やはりそれが大原則なのだ。
 その仕組みに則るならば、私は今度こそここで殺されるしかない――。


「――安心しろ、巴マミ」


 ふと、目の前のデビルが、私に振り向いていた。
 口の端を引き剥いて、彼は笑うように牙を剥き出す。


「キング・オブ・デュエリストの誇りにかけて、私を助けた者を目の前で死なせるものか。必ずや、その恩の分は、守り抜く」

 低く紡がれたその声に、私の心臓は一段と早くなる。
 しかし、デビルの脇から覗き見えるヒグマンというヒグマは、そのデビルの声に、笑ったようだった。
 その口元から、加えていた刀が落下する。


『――残念だが、それは無理だな。この刀の力は、既に試している』


 ピン――。


 そんな軽い音を立てて、ヒグマの構えていた刀が天へと跳ね上がった。
 その瞬間が見えないほどの高速で、まるで空気を切り裂くように。
 もう一本の刀が下に触れるよりも速く。
 その刃が通り抜けた空間は、もう二度と癒合することもないような――。


「ぐおあっ……!?」


 その時、目の前のデビルの体が、地に倒れていた。
 その右腕と右脚が、すっぱりと切断されている。
 一瞬、血液さえも噴き出すことなく、模型のような綺麗な肉と骨が覗き、遅れて赤い血が漏れるのだった。
 彼はその切断面の肉を伸ばして手足を癒合する。

「くっ……。剣圧でもこれほどの威力とは驚いたが、私の能力を忘れたか。これしきの攻撃ならば何度でも立ちはだかってやるぞ」
『いや、もう私の目的は済んだ。脳を破壊すればもう蘇生はすまい。
 これ以上おまえの憤怒を買うのは無益だからな。捕食まではしないでおこう』


 ヒグマは淡々と唸って、落ちた刀を拾い上げている。
 その時ようやく私は、自分の身に起きていたことを、理解した。


「あ、ああ、ああああぁぁぁ……」


 震える私の声が、掠れてゆく。
 どんどん体が冷えてゆく。
 心臓の動きが、どんどんぎこちなく、歪んだものに。


「マミさん!?」
『マミちゃん、まさか!?』


 碇さんと球磨川さんが声をかけてくれた時、私の首から、綺麗に真っ二つになった首輪が落ちていた。
 カラン。
 と、その首輪がコンクリートに落ちたのを目で追って、私の体は、股下から頭の先まで、ぱっくりときれいに割れていた。
 二つに分かれた私の頭は、その両耳で同時に、私が地面に横倒しとなる音を聞いた。


 そして私は再び理解した。
 私は、これでも死なないのだ。
 どう考えても人間ならば、即死であるこの状態から。
 私はまた、戻ってこれるのだと。

 私は本当に、人間なの?
 私は一体、何者なの?
 魔法少女とは一体、何者なの――?


    ##########


「マミィィィイイイイイイ!!」


 巴マミの体が真っ二つに裂けた時、デビルヒグマは総身を震わせて叫んでいた。
 恥も臆面もヒグマの外聞もなく、胸が張り裂けるような声で慟哭した。
 正中線から矢状断された彼女の死体へ駆け寄り、必死にその半身を合わせようとしている。

「球磨川! 貴様は傷を『なかったこと』にできるのだろう!? すぐに治してやってくれ!!
 マミを、マミの傷を、『なかったこと』にしてやってくれ!!」
『……いや……。今の僕には、無理だ……。
 ありえない……。彼女が、こんな簡単に死んでしまうなんて……』


 膝立ちになって見下ろす球磨川は、そう呟いて震えている。
 その様子を見て、二本の刀を持つヒグマンは、呵、呵、呵、と笑った。


『これは夢や幻などではない! これが現実だ、デビル!!』
「ヒィグマンンンンンン――ッ!!」


 轟ッ、と燃えるような息を吐いて、デビルヒグマは振り向き様に、その右腕から矢のように鋭い骨成分を突き伸ばしていた。
 その高速の突きを、ヒグマンは身を逸らしながら躱し、踊るように商店の屋上から空中へ跳んでいた。


『フン、なまくらが――』


 身を捻りながら振り抜かれた二本の刀に、その骨は音もなく切断される。
 宙を落ちるヒグマン子爵は、そのまま建物の壁面を蹴り、別の建物へと飛び移ってゆく。
 その姿は次第に、残された彼らの眼には見えなくなっていった。


【G-5 街/午前】


【ヒグマン子爵(穴持たず13)】
状態:健康、それなりに満腹だがそろそろ喰いたくなってきた
装備:羆殺し、正宗@ファイナルファンタジーⅦ
道具:無し
基本思考:獲物を探す
0:狙いやすい新たな獲物を探す
[備考]
※細身で白眼の凶暴なヒグマです
※宝具「羆殺し」の切っ先は全てを喰らう


    ##########


 跳び去ってゆくヒグマン子爵の姿を、デビルはただ呆然と見ていた。
 彼の頭は、底知れない無力感で真っ白になっていた。

 武藤遊戯を屠ってしまった後よりも、遥かに巨大な空虚さが、体を押し潰してしまうかのようだった。
 そのため、彼はその腕を碇シンジが激しく引っ張るまで、その名を呼ばれていることに気が付かなかった。


「――デビルさん。デビルさん! そんな風にしていても、マミさんは帰ってきませんよ!」


 シンジに引かれて見やった先には、両断された巴マミの上に屈みこむ球磨川禊の姿があった。
 彼は、コンクリートの屋上に、巴マミの血液で何かを書き記している。


 “今のは嘘”


 そして、彼は呟きながら、自分の首輪を指し示した。

『本当に信じられないよ……。人の体がこんなに簡単に壊れてしまうなんて……』


 “彼女は死んでない なかったことにできる”


 盗聴である。
 彼はその首輪の盗聴を危惧し、敢えて彼女の蘇生が可能であることを言わなかったのだ。
 しかし実際に、巴マミがこの状態で死んでいないとは、デビルヒグマにも碇シンジにも信じられることではなかった。
 強く頷く球磨川を信じて、そういうものであるのかと納得するほかにない。


「……ほら。いつまでも悲しんでいてもしょうがないですよ」
「あ、ああ……。貴様の言う通りかもしれん……」
『マミちゃんがこんなになってしまった以上、今一度、身の振り方を考えなければならないかもね……』


 慎重に言葉を選びながら三者が会話を試みていた時、その耳にはふと、リールを巻き取るような駆動音が届いていた。
 振り向いた三者の視線の先には、刈り込んだ髪を茶色の軍服で包んだ、一人の青年が立っている。
 そして彼は、腰のカッターナイフのような剣を抜き放ち、阿修羅のような瞳で、それを三者に向けて突き付けていた。
 怒りを静かに押し殺して、彼は低く、どろどろとした溶岩のような声で尋ねた。


「……おい。その女の子を殺したのは、てめぇらか?」


 空には、白い鳥のようなものが飛んでいる。
 遥か遠くの水上には、一隻の船が双眼鏡を覗いている。
 青年の左手には、赤と緑のサイリウムが、握られていた。


【F-6 街/午前】


【ジャン・キルシュタイン@進撃の巨人】
状態:右第5,6肋骨骨折
装備:ブラスターガン@スターウォーズ(93/100)、ほむらの立体機動装置(替え刃:3/4,3/4)
道具:基本支給品、超高輝度ウルトラサイリウム×28本、省電力トランシーバーの片割れ、永沢君男の首輪
基本思考:生きる
0:許さねぇ。人間を襲うヤツは許さねぇ。
1:アケミを復活させられるよう、クマやリンと協力して生き抜く。
2:ヒグマ、絶対に駆逐してやる。今度は削ぎ殺す。アケミみたいに脳を抉ってでも。
3:アケミが戻ってくるまで、オレがしっかり状況を見て作戦を立ててやる。
4:リンもクマも、すごい奴らだよ。こいつらとなら、やれる。
[備考]
※ほむらの魔法を見て、殺し合いに乗るのは馬鹿の所業だろうと思いました。
※凛のことを男だと勘違いしています。
※残りのランダム支給品は、『進撃の巨人』内には存在しない物品です。


【星空凛@ラブライブ!】
状態:全身に擦り傷、発情?
装備:ほむらの左腕@魔法少女まどか☆マギカ、メーヴェ@風の谷のナウシカ
道具:基本支給品、なんず省電力トランシーバー(アイセットマイク付)、手ぶら拡声器
基本思考:この試練から、高く飛び立つ
0:しっかり状況を見極めて、ジャンさんをサポートするにゃ。
1:ほむほむのソウルジェムは、本気で、守り抜くから……!
2:自分がこの試練においてできることを見つける。
3:ジャンさんに、凛が女の子なんだって認めてもらえるよう頑張るにゃ!
4:クマっちが言ってくれた伝令なら……、凛にもできるかにゃ?
[備考]
※ほむらより、魔法の発動権を半分委譲されています。
※盾の中の武器を取り出したり、魔力自体の操作もある程度可能でしょう。


【球磨@艦隊これくしょん】
状態:健康
装備:14cm単装砲(弾薬残り少)、61cm四連装酸素魚雷(弾薬残り少)、13号対空電探(備品)、双眼鏡(備品)、マンハッタン・トランスファーのDISC@ジョジョの奇妙な冒険
道具:基本支給品、ほむらのゴルフクラブ@魔法少女まどか☆マギカ、超高輝度ウルトラサイリウム×28本
基本思考:ほむらを甦らせて、一緒に会場から脱出する
0:ほむらの願いを、絶対に叶えてあげるクマ。
1:ほむらが託してくれた『軍』を、きっちり導いて行くクマ。
2:ジャンくんも凛ちゃんも、本当に優秀な僚艦クマ……。
3:これ以上仲間に、球磨やほむらのような辛い決断をさせはしないクマ。
4:もう二度と、接近するヒグマを見落とすなんて油断はしないクマ。


【暁美ほむら@魔法少女まどか☆マギカ】
状態:左下腕のみ
装備:ソウルジェム(濁り:極大)
道具:89式5.56mm小銃(30/30、バイポッド付き)、MkII手榴弾×10
基本思考:他者を利用して速やかに会場からの脱出
0:あら、もしかして下に感じるソウルジェムは、巴マミ?
1:まどか……今度こそあなたを
2:脱出に向けて、統制の取れた軍隊を編成する。
3:もう身体再生に回せる魔力はない。回復できるまで、球磨たちに、託す。
4:私とあなたたちが作り上げた道よ。私が目を閉じても、歩きぬけると、信じているわ。
5:グリーフシードなどに頼らずとも、魔力を得られる手段は、あるんじゃないかしら。
[備考]
※ほぼ、時間遡行を行なった直後の日時からの参戦です。
※まだ砂時計の砂が落ちきる日時ではないため、時間遡行魔法は使用できません。
※左腕と武器の盾しか残っていないため、ほとんど身動きができません。腕だけで何か行動したりテレパシーを送るにも魔力を消費します。
※時間停止にして連続30秒、分割して10秒×5回程度の魔力しか残っておらず、使い切ると魔女化します。


【巴マミ@魔法少女まどか☆マギカ】
状態:正中線から体を両断されている
装備:ソウルジェム(魔力消費)
道具:基本支給品(食料半分消費)、ランダム支給品0~1(治療に使える類の支給品はなし)
基本思考:「生きること」
0:私は、本当に人間なの……?
1:地下に向かうデビルヒグマについていって、脱出の糸口を探す。
2:誰かと繋がっていたい
3:ヒグマのお母さん……って、どうなのかしら?
※支給品の【キュウべえ@魔法少女まどか☆マギカ】はヒグマンに食われました。
※デビルヒグマを保護したことによって、一時的にソウルジェムの精神的な濁りは止まっています。


【穴持たず1】
状態:健康
装備:なし
道具:なし
基本思考:満足のいく戦いをしたい
0:一体、私は目の前の青年に対して、どんな行動をとればよいのだ……?
1:至急地下に戻り、現在どうなっているかを確かめたい。
2:私は……マミに一体何の感情を抱いているのだ?
3:私は、これから戦えるのか?
[備考]
※デビルヒグマの称号を手に入れました。
※キング・オブ・デュエリストの称号を手に入れました。
※武藤遊戯とのデュエルで使用したカード群は、体内のカードケースに入れて仕舞ってあります。
※脳裏の「おふくろ」を、マミと重ねています。


【球磨川禊@めだかボックス】
状態:疲労
装備:螺子
道具:基本支給品、ランダム支給品0~2
基本思考:???
0:『あーらら大誤解?』『筆談に応じてくれる冷静さはあるかなぁ?』
1:『そうだね』『今はみんなについてこうかな』『マミちゃんも巨乳だしね』
2:『凪斗ちゃんとは必ず決着を付けるよ』
[備考]
※所持している過負荷は『劣化大嘘憑き』と『劣化却本作り』の二つです。どちらの使用にも疲労を伴う制限を受けています。
※また、『劣化大嘘憑き』で死亡をなかった事にはできません。


【碇シンジ@新世紀エヴァンゲリオン】
状態:精神的疲労
装備:なし
道具:基本支給品、エヴァンゲリオン初号機、ランダム支給品0~2
基本思考:生き残りたい
0:この状況、絶対に誤解されてるよね……。
1:地下に向かうデビルヒグマについていって、脱出の糸口を探す。
2:……母さん……。
3:ところで誰もヒグマが喋ってるのに突っ込んでないんだけど
4:ところで誰もヒグマが刀操ってるのに突っ込んでないんだけど
[備考]
※新劇場版、あるいはそれに類する時系列からの出典です。
※エヴァ初号機は制限により2m強に縮んでいます。基本的にシンジの命令を聞いて自律行動しますが、多大なダメージを受けると暴走状態に陥るかもしれません。


No.118:邂逅 本編SS目次・投下順 No.120:野生の(非)証明
本編SS目次・時系列順
No.112:Timelineの東 球磨 No.130:アイデンティティ・クライシス研ぎ澄ました刃を鞘からゆっくり引き出す
暁美ほむら
ジャン・キルシュタイン
星空凛
No.107:CVが同じなら仲良くできるという幻想 巴マミ
穴持たず1
球磨川禊
碇シンジ
No.102:海上の戦い クラッシュ、ロス、ノードウィンド、コノップカ 死亡

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最終更新:2015年12月27日 18:01