邂逅


「――おい、誰だ、お前?」

島風から取り上げた携帯から聞こえた声は、普段の提督とは全く違う声だった。
それに自分の事を天龍"殿"と呼んでいた。自分の提督が俺の事をそう呼ぶなんてのは、まずありえない。
となると島風はやはり自分の鎮守府以外の場所で建造されたということになる。
ならばこの電話の相手は、島風の言う"提督"である可能性が高い。

『そこのぜかましちゃんの提督。……ヒグマ提督と呼んでくれて構わないよ』
「なっ……!」

あまりにも衝撃的な言葉に、天龍は言葉を失った。
提督がまさかヒグマだとは思いもしなかったからだ。
人語を話すヒグマがいるのは分かっていたが、さすがに艦むすを建造できる程の知識は無いと思っていた。
ヒグマ提督の存在が事実ならば、彼等は艦むすを建造する為の資材と工廠を持っていることになる。

「どうやって、資材を調達した?」
『ヒグマを20体くらい解体してチョチョイっとね。運がよかったよ』

さらに衝撃的な言葉に、天龍は眩暈を起こしそうになる。
ヒグマを解体して資材にしただと? それで島風が建造されたというのか?
――馬鹿げている。そんな建造方法があってたまるか。
それではヒグマは艦むすを、簡単に量産できることになってしまう。
しかも資材にはヒグマだ。ステータスはきっと、ヒグマ並みに馬鹿げた数値になっているに違いない。
ヒグマ並みの能力を持った、ヒグマに仕える艦むす。間違いなく深海戦艦よりも脅威だ。

『さて、私に聞きたいことがあるんだろう? 天龍殿』
「……その前に天龍殿ってなんだよ」
『実験に立ち向かう艦むすに、敬意を表して!』
「どういう目的で島風をここに派遣した?」
『え? 華麗にスルー? ま、まあいいか』

電話越しから露骨に落ち込んだ声が聞こえる。
どうでもいいことを聞いたら、どうでもいい答えが返ってきただけなのでスルーしただけだけど。
ヒグマでも落ち込むことってあるんだなー、天龍は呑気にそう思っていた。
数秒後、考え事は打ち切られる。

「うおっ!?」
「きゃっ!?」

突如として放たれた弾丸に対して、天龍と島風はかろうじて回避する。
弾丸が放たれた方向を見ると、先ほど島風と仲良く遊んでいたヒグマのサーファーがそこにいた。
ヒグマサーファーは高速で動きながら、天龍達を蜂の巣にしようと虎視眈々と狙っている。

「すまん、島風。アイツと遊んでててくれ」
「ええー! 天龍がやってよー! 私は司令官と話さなきゃいけないのー!」
「あれにスピードで勝てるのは島風だけなんだよ。頼む、このままじゃ全員死ぬからさ」

そうこうしている内にヒグマサーファーは狙いが定まったのか、ボードの先端がせり上がり銃口を露出させる。
直後マシンガンが火を吹く。二人は高速旋回し、これを避けた。

「……ちゃんと返してよね」
「悪いな」

渋々といった様子か、島風は頬をぷくっと膨らませながらヒグマサーファーの元へ向かっていく。
悠々とヒグマサーファーを追い越し、ヒグマサーファーも島風のことを追いかける。
マシンガンを乱射し、魚雷も発射するが島風は軽々と避けていく。
そんな島風はさておき、天龍は電話に意識を傾ける。


『どうしたの? 急に可愛らしい声をあげてさ』
「ヒグマに襲われたんだよ……それよりも、だ」
『なんだい?』
「島風の役目は何だ? 火山を調べさせようとしてたみたいだけどよ」

"火山を調べる"という任務を提督から貰っていたなら、自分の身を省みずに遂行する姿勢なのも納得がいく。
しかしなぜ、火山を調べようとしたのか。
それは火山の火口から現れた、巨大な老人に関係するのだろうか。

『ぜかましちゃんの役目は、イレギュラーの調査及び排除だよ』
「イレギュラー? 火山から現れた老人のことか?」
『本来は火山に出来た時空の歪みを調査してもらおうとしたんだけどね』
「じ、時空の歪み……か」

どうにも超常現象が起きすぎて感覚がマヒしているのか、あまり驚けず呆れてしまう。
会場にいるヒグマ達がそうだし、火山から現れた巨大な老人のインパクトがあまりにも大きすぎたからだ。
今更時空の歪みでは驚けない。

『時空の歪み、そして津波。これら殺し合いに支障が出そうな出来事の原因を調査し、可能ならば排除する。
 改めて言うけど、これがぜかましちゃんの役目だよ』
「成る程な。よく分かったよ」

ヒグマ達はなんとしても、この実験を成功させたいらしい。
偶発的に発生した出来事で決着するのではなく、あくまでもヒグマと戦わせて決着に導きたいわけだ。
だが原因を究明するだけならまだしも、時空の歪みや津波を島風が排除できるとは到底思えない。
可能ならば、と言っていたが円滑に進めるならば確実に排除しなければならないはずだ。

『もちろん、ぜかましちゃんだけじゃないよ。ぜかましちゃんだけじゃ対応できないからね』
「他には誰がいるんだ?」
『といっても一匹だけなんだけどね。穴持たず47ことシーナーさんが該当するよ』
「どんなヒグマだ?」
『津波を限定的に止めれるから、すんごい強いよ。見つけたら逃げるか逆らわないのが賢明かな』
「……だろうな」

今までに出会ったヒグマは化け物染みていたので、戦闘能力は想像はついた。
それどころか津波を止める力を持っているのだから、どう足掻いても自分では歯が立たないだろう。

『ああ、それと任務はもう二つ程』
「どんな任務だ?」
『一つは参加者が逃げないようにと、外部からの介入を絶つ為に海上をパトロールする事。これは穴持たず56、ガンダム君とミズクマに任せてある。
『そしてもう一つ、増えすぎた参加者の殺害。ちなみにそのどちらにもぜかましちゃんは関与しないよ』

管理は非常に徹底しているらしい。
というか"ガンダム君"とは一体なんだというのか。まさかとは思うがあの機動戦士なのだろうか。
それが海上をパトロールしているなら、こちらでも見えるだろうが生憎その姿を見かけてはいない。
もう一つの名前、ミズクマが気になるが、恐らく自分と同じ水上を走れるヒグマだろうと推測する。
パトロールにヒグマが二匹いれば、参加者が増えすぎる事はないと思うのだが、余程警備がガバガバなのだろう。
そこで天龍は、参加者の殺害を任せられているであろうヒグマの名前を聞いてなかったことに気付く。

パッチール君に全部任せてるけどねぇ。何してるのかな』
「そのパッチールって――
「天龍! 後ろに何か来てる!」

俺が電話で対応している間、ずっと黙っていた銀は声を上げて警告した。
慌てて後ろを向く。

「パッチョアアアアアアアアアアアア!!!」


「――っ!!」
『お、パッチール君の声!』


奇声をあげながら水面を走る、筋肉モリモリマッチョマンのヒグマではない何かがそこにいた。
肌色に所々のオレンジ色のぶちが多数存在していて、ぐるぐる眼に飛び出た耳は誰がどう見てもヒグマではない。
姿も尋常ではないが、顔も尋常ではない程鬼気迫っている。

「あ、あれがパッチール!? ヒグマじゃねーじゃん!」
『当然だよ。そこで捨てられていた所にステロイド投与したんだから』
「何してんだてめえら!? 動物実験まで行いやがって! それでもヒグマか!」
『私は関係してないからね!』
「掛け合いをしてる場合じゃありませんよ!」

冷静に銀が突っ込みを入れる傍ら、パッチールはもう直ぐそこまで迫ってきていた。
天龍達まであと数メートルという所で、パッチールは飛び上がる。

「銀、頼む!」
「分かりました! 絶・天狼抜刀牙ッ!」
『あっちょっ! やめなって!』

電話越しの静止も虚しく、銀は天龍の背中を蹴って自らに強烈な縦回転をかけながら、パッチールへ目掛けて突撃する。
対するパッチールは避けようともせず、むしろ迎え撃つ体勢に入っていた。
パッチールの頭上を行った銀は、牙をパッチールに叩きつけようとする。
対するパッチールは勢い良く、拳を振り上げた。

ごきゃっ

銀の顔が空を仰いだ。
銀の縦回転による強烈な一撃は、パッチールの技"ばかぢから"によって制された。
一撃よりも何十倍の威力を誇る攻撃は、犬の頭蓋を砕くのは容易いことである。
銀の体は引力に従って落下していき、水しぶきを上げて水面に激突した。
天龍は眼前で行われた一連の行為を、黙って見つめている事しか出来なかった。

「銀! 嘘だろ……」
『だから止めたのに。ヒグマ特性のステロイド投与したから、並みのヒグマより強いんだぜあれ』
「並みのヒグマより強い……!?」

ワンテンポ遅れてパッチールも落下し、銀と同じく水面に激突する。
しかし銀とは違って直ぐに浮上してくる。

「くそっ……! 逃げなきゃやべえじゃねえか!」
『おうおう、ちゃんと逃げてくれよ。ぜかましちゃんと通話したいんだから』

天龍は戦闘は危険と判断し、オーバーヒートを起こさない限界のスピードで逃げる。
対するパッチールは平泳ぎをしてコチラに迫ってくる。
そのスピードたるや、天龍のスピードに勝るとも劣らない。

「は、はやっ……!」

徐々に距離を詰められていく。
このままでは死んでしまう――天龍は脳味噌をフル回転させて打開策を考える。

(どうする……! 迎え撃つか? 主砲に入っている武器だけで対応できるのか?)

主砲には詰めれるだけ詰めた武器が二つ。
一つは投げナイフ。人相手なら有効だが、ヒグマを相手にするには心許ない。
もう一つはつけもの。なぜこんなものを詰め込んでしまったのか理解に苦しむ。

(しゃーねー。つけもの撃っとくか)

百八十度回転して、パッチールに向けてつけものを放つ。
飛び出したのはつけもの……と呼ぶにはあまりにも大きく、手足が生えていて顔もある不気味なものだった。
くるくると回って上昇し続け、ある高さに到達した時、つけものは弾けた。

「ついにでば――
「パッチャ!」

セリフを言い終える前に、パッチールがジャンプしてつけものに蹴りを放つ。
哀れつけものは粉々に砕け散り、破片が湖にばら撒かれていった。

(よしっ! 時間は稼げた!)

パッチールが参加者の殺害を命じられているのならば、生きている者を見せれば迷わずに襲うだろう。
天龍の読みは見事当たり、パッチールはジャンプしてつけものに攻撃した。
パッチールが落下している間に、天龍は再び限界ギリギリの速度で逃げ出す。
後方からは水面に何かが激突した音と、それに伴い発生した水しぶきが跳ねる音が聞こえる。

(……だがあくまでも時間稼ぎだ。じきに追いつけれる)

パッチールの泳ぐ速度は、天龍が出せる限界ギリギリの速度に匹敵する。
追いつかれそうになって苦肉の策としてつけものを撃ったが、それでは何の解決にもならないだろう。
パッチールそのものを何とかしない限り、自分の命は確実に無くなる。

(でも武器が無い。主砲に入っている武器じゃ何もできないし。副砲は武器じゃ……)

言いかけて傍と、天龍は思い出す。

『ポケモンであろうとなかろうとおそらく捕獲できる』
『当てることさえできれば、対象はこのボールの中に入る……』

確固たる信念を持ってヒグマを救おうとし、ヒグマに殺された妙齢の男から託された物。
彼曰く、どんな生物であろうと"恐らく"捕獲できるという代物。
マスターボール、オッサンが残した希望。
そんな一つのボールが、天龍の副砲に詰められていた。

(これを使えば、パッチールを止められるかもしれない)

このボールを使えば、パッチールはボールの中へと入り保護が出来る。
しかしオッサンはヒグマを救う為に、保護をする為にこのボールを自分へと託したのだ。

(いや、ヒグマ提督が言ってただろ。そこで捨てられていた、って)

誰かに飼われていたらしいパッチールは、飼い主に捨てられた。
そこからどんな経緯があったのかは分からない。分かるのはそこからステロイドを投与され、参加者を殺すという業を背負わされたということだけだ。
自分からしてみれば、彼もまた被害者だ。
ならば。そうだろう。

(救わなきゃ……いけないだろうがッ!)

もう一度百八十度回転。
今度は確実に、狙って当てないといけない。
しかし外れた場合は、もれなくパッチールの拳が突き刺さり湖の底に沈んでしまうだろう。


(確立は五分五分。外せば死は間違いない……フフ、怖いか?)

あの時と同じように、自問する。答えはあの時と同じで、身体が教えてくれた。
轟沈するかもしれない恐怖が眼前まで迫ってきており、確立も五分という博打に近い状況。
対応できうる武器が無い今、不利なのは天龍の方であった。

(ああ、怖いさ。でも目の前に救える命があるんだ……迷ってらんねえ!)

パッチールがジャンプする。
天龍は狙いを定める。

「天龍、水雷戦隊、目標を捕獲する!」

一縷の望みを乗せたボールが放たれる。
そのボールは。
パッチールへと吸い込まれるように向かっていって――

「PA!」

――しかし無常にも、ボールは繰り出された拳によって吹き飛ばされた。
天龍の頬をボールが掠め、後方へと吹き飛んでいった。

(……ハハッ、そんなのありかよ)

呆れるように、関心するように天龍は掠れた笑い声をあげる。
希望は、あっさりと壊された。

(すまんな島風。電話、返せそうにねえ……)

パッチールはなおも空中で落下し続け、顔には勝ち誇った笑みを浮かべていた。
体勢を立て直したパッチールは、自分の体に力を溜めていく。
4倍に膨れ上がっていったパワーがより一層膨れ上がっていき、十倍二十倍へと変化していく。
技の作用によるものか、パッチールの足元の水面は波を打っている。

「PAAAAAAAAAAAAAAA!!!」

デデンネとヒグマによってボコボコにされた鬱憤を晴らすかの如く、威力はフルパワー。
攻撃は、天龍に振り下ろされる――


「天龍、危ない!」


□□□


今、少女は音速を超えた!
今、少女は光速を越えた!
次元を超えた速度は、自信の体を量子化し亜空を走る!
空間を歪ませる威力は何にも耐え難し! 歪みに触れれば、体はもたず爆発四散!
例え四倍の硬度を以ってしても、致命傷は免れぬ! 骨を砕き、内臓を破壊す!
使用者である島風に外傷は無し! 致命の一撃は他者にのみ影響を残す!
連続では使用は不可だが、時間を置けば何度でも使用が可能!
その技はッ! ヒグマを資材に利用したからこそ、成せる技なのだ!
その技はッ! 速さの極みに到達したからこそ、成せる技なのだ!

「これが……極みなんだ……!」

到達せし者に無限の満足を!
到達せし者に無上の至福を!
到達せし者に栄光を!
その行為によって得られる物は計り知れないであろう!

「はあ……私が一番、早いんだ……!」


□□□


一部始終を見守っていた天龍の口は開いて塞がらず、唖然とするばかりだった。
突如としてパッチールの後ろへ現れた島風は何の傷も無かったが、パッチールには見たこともない傷が刻まれていたのだ。
島風は無事に水面に着地したが、パッチールは血を吐きながらゆらりと巨体を後ろに逸らし、水面に叩きつけられ沈んでいく。
そういえばヒグマ提督が、資材にはヒグマを使ったと言っていたことを思い出す。
今目の前で起こった現象こそが、ヒグマを資材にしたことによる影響なのだろう。

『天龍殿ー? 聞こえてるー?』
「……悪い、存在忘れてたわ。それで? なんだよ、ヒグマ提督」
『ぜかましちゃん、やっちゃった?』
「見事にやってくれたよ」

今まで手に持っていたのを忘れて、ヒグマ提督の声で天龍は思い出す。
その声音は天龍を心配するものではなく、島風を心配するものだった。
まあそうじゃなきゃおかしいのだが。


『まあどうでもいいんだけどね』
「どうでもいいのかよ……」
『別にアレが死のうが私には関係ないしね』

心底パッチールの事がどうでもいいらしいのか、パッチールの話題はさっさと切り上げてしまった。
ぜかましちゃんに代わって、とヒグマ提督にお願いされたので島風の元に行く。
島風は未だに余韻に浸っているようで、顔は未だにニヤケ顔だ。

「おーい、島風ー」
「私は早いぃぃ……私はスピーディー……」
「島風!」
「オゥッ!? ……あ、天龍」
「ほれ」

島風を現実に戻した所で、携帯電話を島風に返す。
携帯電話を見ると、慌てて島風は携帯を引ったくり、俺から離れながら耳元に当てる。
しばらくは何か会話をしていて、自分はその間待たされることになった。
何十分か経過した後に、携帯電話をしまって俺の元へ戻ってくる。

「何の話だったんだ?」
「指令。首輪を解除できるポイントを教えてもらったよ。天龍も来ていいって」
「そうか……首輪を解除できるポイントを……、んなぁっ!?」

もう驚く事は無いであろうと思っていたが、さすがにこれは驚かざるを得ない。
会場から脱出しようと、首輪が爆発して死ぬので、首輪を何とかしない限り逃げることは不可能だ。
例え首輪を解除しようと、海上をパトロールするヒグマがいるから難しいだろうが。

「D-6に行けって。電波が妨害されてるから爆発しないし、解除する道具もあるらしいって」
「じゃあ善は急げだな! D-6に行くぞ!」
「あ、待って!」

早速D-6に行こうとすると、島風が止めた。
何だよと思って振り返ろうとすると、島風に手を掴まれる。
この時点でクエスチョンマークが頭に浮かんだが、疑問を口に出す前に島風は走り出した。
島風の速さは常軌を逸していて、身体が宙に浮いてしまう程に速い。
しかも妙に腕力も強い為、振りほどこうにも振りほどけないのだった。

「お、おい島風! どこに行くんだよ!」
「聞いてよ天龍! 私はヒグマと追いかけっこしてたじゃん?」
「あ、ああそうだな」
「それでさ! 後ろを見たらヒグマがいなくなってたんだよ! サーフボードはあるのに!」

まるで神隠しにでもあったかのような、そんな不可思議な現象を島風は体験していた。
更に詳しく話を聞くと、どうやら俺の後方で現象は発生したらしい。呆気に取られつつも、前を向いたら俺が危機に瀕していたので助太刀に入ったとか。
それなら別に手を引っ張る必要はないんじゃないのか、と思ったが執拗に速さに執着するこの島風のことだから、いの一番に見せたかったのだろう。
そんな事を考えていると、現場に到着した。案の定それなりに近い。

「ね? サーフボードにはこれしか残ってなかったの」
「……これって!」

サーフボードの上にあったのは――パッチールの攻撃で吹き飛んだ、マスターボールであった。
上半分が紫色でMのアルファベットが象られていて、間違えようがなかった。

「…………」

サーフボードに置いてあるマスターボールを手にする。
どうやら上半分は透けているらしく、中の様子が確認できた。
中に入っていたのはやはり見間違えようがない、俺達を襲ったヒグマのサーファーだった。

「は、ははっ……オッサン、恐らくなんかじゃなかったぜ」

オッサンが託した、ヒグマを保護できるかもしれないというボール。
ボールには見事にヒグマが入っており、役目は果たしたといえる。
まさか思いもよらない形で捕獲作戦は成功したが、結果オーライだ。

「後は、この殺し合いを止める。銀の為にも、な」
「サーフボードもーらおー♪」

無邪気に島風はサーフボードへ乗っかり、そのままD-6へと向かおうとする。

「あれ……動かない……」
「当然だろ。波がねえんだから」

しょんぼりとした様子で島風はサーフボードから降り、放置したままD-6に向かう。
仕方ないのでサーフボードを拾い、デイバッグにしまうと自分も歩き出す。

「――天龍、水雷戦隊、目標は殺し合いの打倒。出るぜ」

二度目、再びの決意。
島風の元へ、天龍は動き出した。


【銀@流れ星銀 死亡】
【つけもの@ボボボーボ・ボーボボ 死亡】

【E-4:水没した街/午前】

【島風@艦隊これくしょん】
状態:健康
装備:連装砲ちゃん×3、5連装魚雷発射管
道具:ランダム支給品×1~2、基本支給品
基本思考:誰も追いつけないよ!
0:ヒグマ提督の指示に従う。
1:首輪を解除する為にD-6に向かう。
[備考]
※ヒグマ帝国が建造した艦むすです
※生産資材にヒグマを使った為、基本性能の向上+次元を超える速度を手に入れました。

【天龍@艦隊これくしょん】
状態:小破
装備:日本刀型固定兵装
主砲・投げナイフ
道具:基本支給品×2、(主砲に入らなかったランダム支給品)、マスターボール(サーファーヒグマ入り)@ポケットモンスターSPECIAL
基本思考:殺し合いを止め、命あるもの全てを救う。
0:ヒグマを捕獲することには成功した。後は殺し合いを止めるだけだ。
1:島風とD-6に向かう。首輪を解除できるらしい。
2:ごめんな……銀……
[備考]
※艦娘なので地上だとさすがに機動力は落ちてるかも
※ヒグマードは死んだと思っています
※水の上なので現在100%の性能を発揮しています


□□□


水没した街といえど、それなりの高さがあるビルの最上階は、まだ水の中に沈んではいなかった。
命からがらにパッチールはビルに辿り着き、力を振り絞って水から上がると床に倒れた。
ステロイドによって強化された身体と、ばかぢからによる四倍のパワーが無ければ今頃は藻屑と化していたであろう。
それでも自身の身体はボロボロで、ここまで来るのもギリギリだったが。

「がはっ……、どうしてだ……何故……」

自分は力を、何者にも勝る力を手に入れた筈だ。
だが結果を見てみればどうか。散々たるものではないか。
一度目は優勢に立てていたというのに、技を使われて特性を変更されて、劣勢に立たされた。
結局参加者を減らすという目的は果たせず、フラフラダンスを用いて無様に逃げだした。

「力があるはずだ……! ワシには……っ」

二度目は確かに参加者を一人減らした。
それまでだった。
自身の攻撃と防御はヒグマに勝るとも劣らないというのに、上回る攻撃によって打ち砕いたのだ。
――それも長い髪の少女の手によって、だ。

「もっと、力が欲しい……」


力が欲しかった。
何者にも勝る力が。
見返す力が。
無力さを引っくり返す力が。
何よりも、欲しかった。

「力が欲しい……」

力を与えられた時は歓喜した。
誰にも負けない力が。
見返すことのできる力が。
強者をぶっ潰せる力が。
何よりも、歓喜した。

「力が――」

だが現実はどこまでも残酷であった。
力があれど特性を変えられては形無しだ。
力があれどそれを上回られてば台無しだ。
だからまだ欲しい。

「――欲しッ!?」

――このステロイドは、ヒグマの科学力を用いて作られた特製のステロイドである。
人間が作ったステロイドよりも遥かに凌ぐ効果を持っており、使ってトレーニングすれば筋肉が馬鹿みたいにつく事間違い無しだ。
但し、この薬物はヒグマが作成した物である。
ヒグマが使う事を前提として作られた為に、成分はヒグマに馴染む成分しか無い。
それを使ったら、ヒグマ以外に使えばどうなるだろうか。

「があ……あっ!? ああああ!!」

答えは、使っても"最初の内"は何も起こらないし拒絶反応も起こらない。
ただちょっとした副作用で疲れ易く且つ精神が不安定になるが、それだけだ。
――尤も先にも書いた通り、最初の内はそれだけで済む。

「毛……? 毛が!?」

段々と成分は今の身体へと馴染んでいき、既存の細胞を蝕んでいく。
成分が既存の細胞を急激に成長させて、ヒグマ本来の細胞へと進化させていく。
ヒグマの細胞へと成り代われば、当然身体もヒグマの特徴を模していく。
茶色の毛むくじゃらな姿、凶悪に発達した爪、肉球、突き出た口。
最初の姿は残しつつも、ヒグマの姿へと変貌する。

「何じゃ……、こんなのは聞いていないぞ!」

元々、この薬は試験的運用の代物だった。
作ってみたものの、ヒグマは質を高めれば良いわけで無用の産物であり、マイナスの効力しかもたらさない。
本来ならば破棄される筈だった。そこで眼をつけたのが、プラスをマイナスに変える特性"あまのじゃく"を持つパッチールである。
ステロイドの効力によるマイナスの効果を、プラスに変える力は正しく試験体にうってつけだった。
試験体運用の序でとして、参加者の調整を命じられたパッチールは知る由も無いことだが。

「い、嫌じゃ! こんなのはっ!」

姿の殆どをヒグマに変えた今、パッチールだと分かるのは長い耳だけだった。
パッチールの特徴である、オレンジ色のぶちも、ぐるぐる眼も、無くなっている。
そこに存在しているのは、紛れも無いヒグマ。

「ワ、ワシは。こんな力は望んでいない」

強すぎる力の代償、それは望まぬ進化。

「これでは、ワシは、パッチールでは――」

見事彼は手にしたのだ。

「パルルルルルアアアアアアアア!!!」

強靭な体。
俊足の足。
越えられない壁を見事に越えたのだ。
自我の死をもって。

【パッチール@ポケットモンスター 死亡】
【ヒグマール 誕生】

【E-4:水没したビル/午前】

【ヒグマール@穴持たず】
状態:健康、重傷、ステロイドによる筋肉増強
装備:なし
道具:なし
基本思考:キングヒグマの命令により増えすぎた参加者や乱入者を始末する
0:参加者を手当たり次第殺す
[備考]
※ばかぢから、ドレインパンチ、フラフラダンスを覚えています
※質よりも量の穴持たずの数倍は強いです
※特性あまのじゃく、パッチールの耳の原型は残っています。



□□□


「そういやミズクマはどうしてんだろうなあ」

帝国内のとある場所にある、キングヒグマがいる研究所とは別の研究所。
研究所内の一室に、ヒグマ提督はモニターとにらめっこしていた。
室内にあるのはデスクトップPCが二つと、脇に受話器が一つ、デスクトップPCの上にはモニターが三つ。
デスクトップモニター上に一つには艦隊これくしょんの画面、もう一つにはエリアマップが表示されている。
PCの上にあるモニターにはヒグマ帝国内の様子が映し出されている。

「異常は無しっと。それにしてもぜかましちゃんは大丈夫かな」

質よりも量を求めたヒグマの中でも、切れ者と称されるヒグマ提督はある程度の地位は保っていた。
艦むすを建造出来た唯一のヒグマとして、キングヒグマからもある程度の信頼は得ている。
彼の役目は島風に命令をして実験に支障が出そうな現象を調査及び排除させることと、帝国内の監視の二つだった。
万が一ヒグマ帝国内に何者かが侵入した時に対処できるように、彼が配置させられていたのだ。

「首輪の件話しちゃってるだろうし。どうしよう……」

自分が喋ったのは知っていても対処できないであろうという物だけだ。ミズクマ、ガンダム君、シーナーさんは知っていても対処する事は難しい。
特にミズクマはちゃんとした知識が無ければ、存在を誤認する事間違いなしであろう。水中で活動できるヒグマだろうとしか、想像できない筈だ。
問題なのはぜかましちゃんの方で、今しがた自分はぜかましちゃんに指令を下したが、天龍に聞かれればおいそれと話してしまう可能性が高い。
首輪を解除できる+ヒグマ帝国へ入る事のできる場所の位置、を教えただけでも実験にかなり支障が出る。
自分も処罰されるだろうし、ぜかましちゃんは解体されてしまうかもしれない。

「まあ何とかなるしいいか。さて」

ヒグマ提督はイスから立ち上がると、携帯電話を取り出しとある穴持たずに電話をかけた。

「あーあー、もしもし穴持たずNo.118? ヒグマ提督なんだけど。ヒグマ何十体か解体しといて。
 島風とは別の艦むすを建造しておきたいんだ。解体するヒグマの条件? 別に何でも良いよ。
 はいはい……それじゃあよろしく頼むよ」

携帯電話をしまうと、もう一度イスに座ってモニターを眺める。
大型建造もいいかもしれない、そう思いながらマウスのカーソルを動かし、カチッとクリックする。

「メインサーバーが落ちてるのか……情報見れないじゃん」

不満を漏らしつつ、ここで言っても仕方ないと諦めて艦これのプレイに戻るヒグマ提督。

「ぜかましちゃんを帰還させてもいいかもしれないなあ。天龍殿も連れて」

\天龍、水雷戦隊、出撃するぜ!/

お供に島風を連れて、モニター上の天龍は出撃する。

「姉妹艦、必要だよね」

【ヒグマ帝国内:研究所跡/午前】

穴持たず678(ヒグマ提督)】
状態:健康
装備:なし
道具:携帯端末
基本思考:ヒグマ帝国と同胞の安寧のため、危険分子を監視・排除する
0:別の艦むすを建造する為の資材もしくは指令待ち。
1:ぜかましちゃん大丈夫かなあ
2:もしもの時の為にも艦むすを建造しとこー


No.117:狛枝凪斗の幸福論 本編SS目次・投下順 No.119:Hidden protocol
本編SS目次・時系列順
No.106:水雷戦隊出撃 死亡
天龍 No.133:Phantom Sniper Portable
島風
ヒグマ提督 No.122:帝都燃えゆ
No.110:強すぎる力の代償 パッチール No.124:ゆめをみていました

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最終更新:2015年12月27日 17:35