佐原裕二は、何をするでもなくぼうっと、物思いに耽っていた。
別に、一部の参加者のような重たい過去を背負っているわけではないが、何となくそんなことをしていた。
床には、顔にスポーツタオルを掛けられて安置されている勇敢な少年の亡骸。
《ヒーロー》たれと自らに枷を課す佐原からしても、彼の勇気は称賛に値するものであった。
青木林少年の勇気がなければ、幼い一つの命が永久に失われていたんだから。
未だ失語状態を脱することの出来ていない少女、
神谷茜を守ったのは、紛れもない青木林だ。
佐原がしたことはいわば事後処理、手柄の横取りもいいところ。
むしろ逆に、不可思議の恩恵を受けているこの肉体がありながら一人の犠牲を出してしまったことは、佐原裕二にとって恥ずべき大きな失敗であったとも言える。
自己採点したならば、落第点だ。
こんなものはヒーローの結果ではないし、精々ちょっと勇気のある一般人程度の評価しか貰えない。
それではいけない。
ヒーローであるために生き、誰に否定されようが曲がらない。
過程はどうあれ、結果的に大きな幸福をもたらす、それがヒーローなのだ。
人を救えないヒーローなんて、ただの傍迷惑なキャラクターに過ぎない―――そんなこと、赦されない。
(覚悟はできてる)
自分に言い聞かせるように、その短い言葉を脳内の隅々まで反芻する。
何を失っても、たとえ自らの生命が失われようと笑って死んでやる。
負け惜しみも命乞いもしない。ただ潔く散る、それこそヒーローだ。
《ヒーロー》たることを決意したその日から、自分が地獄の釜に落ちることだって覚悟していた。
そこまで決まっていれば重畳。後は迷わずに突き進めば、どんな過酷だろうと向かっていける。
未知の異星人だろうが、巨大怪獣だろうが―――バトルロワイアルだろうが、関係ない。
佐原裕二は人のためだけに存在する。
自分の保身など考えてはいけない。守ることだけを考えていれば、自と答えは見えてくる。
自己暗示、とでも言うべきだろうか。いくらでも論破できそうな、しかし希薄故に誰にも覆せない正義感の枷を自らに課すことで――――佐原裕二はまた、ヒーローに近付く。
ヒーローに近付ければ、それだけで生きていける。まだ、役割が持てる。
その正義感は、一見正しいように見えてどうしようもなく歪んでいる。
彼の目指す《ヒーロー》と彼の歩む《ヒーロー》の道は交わっていないのだ。
言うならば、弱さがない。ヒーローだろうが何だろうが、人間である限り必ずある『心の弱さ』『トラウマ』『好き嫌い』といったものが、何一つとして存在していない。
過去を普通に過ごし、自販機で買うジュースを選ぶような気軽さで自分の道を決めてしまうような、悪く言えば『虚ろ』とも形容できる、異常な感覚。
長く追い求めてきた『普通』のキャラクターを一瞬で切り捨て、また一瞬でヒーローを志した。
しかも、それでいて覚悟の程度は歴戦の戦士にも匹敵する。
一切の誇張なく、彼はたった一人の見ず知らずの人間を救うためなら、きっと喜んで自らを捨てる。歩んできた努力も、鍛えてきた強さも投げ捨ててしまうことだろう。
誰にも覆せない。
論破することは出来ても、確固たる意志を一切持たずして正義に目覚めた佐原には、通じない。
諫言などでは、彼の往く道はわずかにだってずらせない。
そこが佐原の強い部分である。決して折れない心は、まさしくヒーローに相応しい。
そして佐原の弱い部分である。決して折れない心は、次第に憧れを遠く越えた、ヒーローを通り越した―――『掃除屋』のように変貌することだってあるのだ。いつまでも子供ではいられない、と言うやつ。
「………こうしちゃいられないな。いつまでもここでじっとしてるわけにはいかなそうだ」
燻る自責の念を拍手一発で打ち消し、思考を一発で切り替える。
今考えるべきは、神谷茜を如何に守りながら、如何に行動するか、だ。
失語状態を脱しない内は意志疎通も難しい。名前を知るのにも一苦労だった。
恐らくショックから来る一時的なそれだとは思えるのだが、どうも判別がつかない。
喉に損傷があったりすればいよいよ危機だが、外から見ただけでもそんな様子はないようだ。
とはいえ、いつまでもこのままではまずい。
如何にして人に信じられるかが重要視されるこのゲームで、言葉を使えないのは厳しすぎる。
無理強いすることはできないが、早く安定して貰えると佐原としても安心だった。
「そういうことだ、茜ちゃん。ここを出るぜ」
「……………」
相変わらず神谷茜から返事が返ってくることはなかったが、彼女の身体が動くこともなかった。
かたかたと、小刻みに小さな身体を震わせて、暗に事態の進展を拒絶している。
その瞳は、床に安置してある青木林の死体に向かい、涙さえ流れずにじっと、見つめている。
佐原にも理解することができた。
そして、彼女を責めることなんて出来ないと悟り、唇をきつく噛み締める。
(そうか―――茜ちゃんは)
当たり前のことだ。神谷茜は、ここから出ることに恐怖しているのだ。
殺し合いの開幕を告げられてからすぐに、一人の人間を―――間接的でこそあれど、『自分のせい』で死なせてしまっている。目の前で、金属バットを降り下ろす少女の姿を見て、そして自分を守った少年の死の瞬間を目撃した。
生まれて初めて見た『人殺しの現場』は、齢二桁にも満たない少女の心を崩すには十分すぎる効果を発揮したわけだ。おまけに、二度目の殺し合い――― 一度目の死の感覚だって、覚えている。
また死ぬのかもしれない。
自分を助けてくれたこの少年だって、殺されてしまうかもしれない。
自分と関係のないところでも、こうしてる間にも人が死んでいるのかもしれない。
仮に元の世界へ帰ったとしても、それは一体どれだけの犠牲の上に成り立った奇跡なのか。どれだけの無念の上に生まれた、どれだけ身勝手な幸運なのか。
絶望の闇が、幼い心を時間をかけて、だが確実に蝕んでいく。
茜が壊れてしまうことだって、この分ではそう遠くはない。
佐原が行ってしまったら、自分一人じゃ今度こそ何もできない。分かっているのに、声が出ない。
その前に、怖い。死にたくない。もう誰にも死んでほしくはない。
「――――俺は」
ようやく涙が浮かんできたころ、唐突に佐原裕二が口を開いた。
「ヒーローになりたいんだよな。弱きを助け悪を挫く、そんな存在になりたい」
狐につままれたようとはこのこと。
あまりに唐突に、脈絡なく始まった佐原の告白に面食らわざるを得なかった。
苦笑しながら佐原が言った言葉――――『ヒーロー』。
茜とてその単語くらいは知っている。意味も知っている。
俗に言う『戦隊ヒーロー』、『仮面ライダー』、広く言うなら『主人公』とも言えるかもしれない。
誰かのピンチに颯爽と駆けつけて、我が身を顧みずに悪を成敗する、万人に愛される
正義の味方だ。
当然それを現実の世界で行うとなれば、アニメや漫画の世界のようにいかないことも、茜は知っている。
『ヒーロー』に変身するための道具を模した玩具を装備しようと、所詮はごっこ遊び。
誰もが憧れ、羨む存在に近付くことは出来やしない。
不毛で、笑われてしまうような、儚い幻想。
そんな存在になりたいと言った佐原の目には、しかし冗談の色は欠片も見られない。何も恥じることなく、誰にも媚びることなく、己の目指すものへ突き進むような、強い意志。
恐怖の感情を一瞬だけ忘れてしまう。それだけ、佐原裕二の『ユメ』に興味があった。
二度も悪夢のゲームに参加させられているとはいえ、神谷茜はそれ以前に八歳の女の子なのだ。
「だがきっかけなんてものはない。言っちまえば気まぐれだ。
『普通』でいることに飽いたから、新しく『ヒーロー』に移り変えたと言ってもいいかもしれないな。
結局―――『人』って生き物は、そんなもんなんだよ」
気まぐれでヒーローになられたら、ヒーローの面目が立たない。
でもきっとこの変わった少年は、心の底から本心で語っているのだ。
本当に気まぐれに目指した理想像に向けて、異様な速さで駆けていく。
そこまでを表現できる語彙を、一小学生に過ぎない茜が有していたかは分からないが、とにかく佐原裕二が、普通の人間とは少し違う類いの人間であることは感じ取れたようだ。
「ヒーローの前はひたすら『普通』であろうとした。
目立ちたくなくて、異常なことを毛嫌いして、つまらねえ人生を歩んできたさ」
それも極端すぎる例だとは思うが、彼の目指す理想像はどうしてこうも極端なのか。
普通でありたければ、何もしなければいい。
異常なことが嫌いなら、避けて通ればいいのに。
何の苦労もなく―――バトルロワイアルに巻き込まれる前は―――普通を謳歌できていた茜には、到底理解できない境地だった。
「結局、完走する前に投げ出したけど、さ。
でも俺は、佐原裕二は―――きっと、何かを目指していないと生きて行けないんだと思う。
逆に言えば、何かを目指し続ける限り、俺は生きていられる。それだけで十全だ」
『十全』は小学生には難しい言葉だったか、と溢して、佐原はばつが悪そうに頭を掻く。
先程から、自分の吐いてきた言葉を思い返してみると、もう只の独白のような気さえする。
人に話して聞かせるほど大層な話でもないのに、我ながら随分と偉そうに語ったものだと佐原は、何とも言えないむず痒さを感じて密かに悶絶していた。
しかしここで話を断ち切ってしまうのも格好が悪い。
どうせ格好つけたのなら最後までやり通すことにした。
「――――先に言っておく。
俺は決して誉められた人間なんかじゃないし、笑われるべき人間かもしれない。いい歳してヒーローなんて幻想を本気で追いかけてるような、馬鹿みたいなヤツだ。
だけど、俺は絶対に諦めない。諦めたら、死んじまうからな。人間が本当に死ぬときってのはきっと、何も追えなくなって、何にもすがれなくなった時、ってのが俺の持論だ」
返事が返ってこないから、音声だけを聞いたら独り言にも聞こえる。
光景を見たとしても、幼女に本気で人生を説くちょっと残念な人間だったかもしれない。
だが、それでもいいと佐原は思う。
駄目元でも、残念でも、それが一人の少女に何か一つでももたらすことが出来たなら、それでいい。
ヒーローとしてこれ以上ないだけの成果だろう。
「俺は死にたくないから追いかける。
それで、だ。神谷茜ちゃん、君はどうする。『追うこと』を止めて死ぬか、生きるか。
死ぬ気なら、俺は止めない。ヒーローだからって、個人の意志をねじ曲げていいわけじゃないからな。でももし、生きて―――戦わなくても、まだ進んでいこうと思うなら。俺は君の味方でいる。
弱きを助け悪を挫き、我が身を擲ち最善を追求する―――茜ちゃんを、守る。助けてやる」
それは、酷な言葉だった。
今まさに恐怖し、絶望に呑まれかけている少女に、早急な選択を強いている。
どちらを選んだとしても、この先の道が茨の道であることには変わらない。
確かに佐原は頼りになる。しかし、それでも常に死のリスクが付き纏う。
――――どれだけの勇気を振り絞ったところで、失う瞬間は一瞬だ。
一瞬、たった一時で、勇気も、強さも、何もかもが無になる。
頑張って、命を懸けて成し遂げようとして、やっと訪れたチャンスを逃すような、絶望。
そんなものを味合わなければいけないなら、最初から諦めた方が幾分かマシというものだろう。
死の確率は格段に上がるが、諦めれば、どんな理不尽だろうと受け入れられるかもしれない。
万一のことがあった時、どっちの道が楽かなんて―――分かりきっているようで、分からない。
誰も解答をくれない。
解答なんて、それこそ神谷茜本人以外には導けないのだ。
声は出ない。だが佐原の手を握りでもすれば、『生きる』道に戻ることは容易いだろう。
諦めるなら―――何もしなくたっていい。
すごく簡単で、こんな風に座っているだけで出来てしまう、諦め。
涙は渇き、ひりひりと痛みを訴える目元を擦ろうともせずに、茜は佐原への回答を模索する。
間違いなくこれが、神谷茜の分岐点であるということは、幼い彼女にも理解できた。
その上で、結論を出さなければならない。
ぱく、ぱく―――と、金魚か何かのように口を開閉させて、迷い続ける。
しかし――――制限時間なんてものは、茜が思っているほど長くは残されていなかったのだ。
―――――――――――――――――――――――ざしゅっ。
「―――――――あ」
神谷茜の口から、短い音節だけが漏れた。
真っ赤な真っ赤な液体が飛散し、タイルの床を汚す。
涙が溢れてくる。知っているから、尚更、自分がとても愚かだと感じて、涙が溢れてくる。
茜は、一切の傷を受けていない。
飛沫の一滴もかかっていなければ、もしかすると襲撃者からは見えもしなかったかもしれない。
一匹の狼が、その鋭い爪で、佐原裕二の背中を切り裂いていた。
避ける気になれば、十分避けられたろう。金属バットを片手に持った殺人者相手に、丸腰で互角以上に戦っていたような佐原が、こんな奇襲を察知できない筈がない。
彼は、庇ったのだ。出会ってからまだ数時間しか経過していない茜の為に、文字通り身を呈した。
―――ヒーローとして、見過ごせなかった。
「佐原、さん」
言葉を取り戻した少女に、青年は優しく言う。
「―――大丈夫、だ」
◇ ◇
安い物だ、と佐原裕二は思った。
彼は自覚していなかったが、彼の肉体にはとある異能なる力、『サイキック』が宿っている。
未来予知の域にさえ達し得る直感を無意識で使い続けている。
そんな彼には、獣の姿をした襲撃者が突貫をかけてくることもまた、手に取るように分かった。
避けることも、カウンターを叩き込むことも、出来ないことはない。
父親譲りの拳法を相当なレベルまで極めた結果の身体能力と、サイキックの力との相乗効果を以てすれば、鋭い爪と牙を所有した獣人だろうと、遅れを取るようなことはない―――筈だ。
だが、限界というものはある。
予測できても回避することが出来るかどうかは、また別の話だ。
佐原裕二が助かることなんて容易い話だが、その結果生まれる結末を、彼は認めなかった。
――――佐原裕二が攻撃を避ければ、神谷茜は絶対に傷を負う。
仮にカウンターを叩き込むことに成功しても、獣人の脚力は侮れない。
佐原の知る世界には、獣人なんて奇異な存在は存在しなかったから、未知の存在への警戒でもあったのだ。戦場では常に最悪の展開をイメージしろ、と誰かが言っていた。
佐原にとっての最悪は、茜が傷つくこと。ヒーローとしての矜持が、それを許さない。
たとえ我が身を犠牲にしてでも、それを回避するために全力を注いだ――――!
「大丈夫だ……死にはしないさ。そんなに深い傷でもない」
笑いながら茜を安心させるように語りかけて、佐原は血塗れのまま獣人に向き直った。
濃淡の灰色の毛皮を持った、どこからどう見ても狼としか見えないその風貌。佐原の常識からすれば、目の前の狼――魔狼――は、明らかに常識の埒外にいる存在だ。
鋭い爪と牙は、それ自体が下手な刃物よりも強力な武器になる。
未知の相手への警戒心を更に高めながら、戦闘体勢を取って狼を迎撃せんと待ち構える。
「別に、お前に恨みはないよ。でも、死んでもらうぞ」
「はん。野蛮なんだな―――流石は獣、か」
「その傷で威勢のいいことだな――じゃあ、とっとと楽になれっ!!」
狼が先に地面を蹴って、佐原の喉笛をその鋭い刃で引き裂かんと迫る。
しかし、佐原とは相性が悪すぎる。真正面から激突したところで―――如何に獣人が人ならざる身であろうとも、佐原裕二のサイキックを掻い潜ることは、並大抵のことではない。
事実、佐原にはあくまで『直感的』に、魔狼の繰り出してくる攻撃を予測して、回避し続けていた。
容易。誰の目から見たところで、佐原の回避が並みのそれでないことは明白だったろう。
だが、あくまで彼は『間一髪』のところで攻撃をかわしている。一歩誤れば大変なことになるのに、あえてそんな無謀を行う―――。
(何だ、コイツ―――どうして攻撃が当たらないんだ!?)
魔狼
浅井政喜は、自分が優勢であるにも関わらず、焦燥感に駆られていた。
爪で切り裂こうとしても、牙で食らいつこうとしても、悉くかわされ、流され、避けられる。
まるで自分が一人相撲をしているかのような、不安めいた感情が起こるのも当然のことだった。次第に、そのほんの少しの不安が大きくなり、彼は勝利を急がざるを得なくなっている。
相手はジャブの一発も打ってはこないのに、悪戯に疲労だけが増えていく。
「ほら、どうした。もう終わりか」
「――ッ、クソがッ!!」
右からの殴打―――佐原、身体を後ろに反らせて回避。
下からの蹴り上げ―――佐原、脚を掴んで軌道を反らしていなす。
両手を駆使した爪の乱舞―――佐原、身を屈ませて死角に入り込むことで回避。
両足をバネにしての飛びかかり―――佐原、予期していたかのように避ける。
牙での噛みつきなど言うまでもなく、佐原に傷をつけることさえ叶わない。
「っと、そういえば聞いていなかった。狼、お前はどうして殺し合いをする?
こんな小さな女の子まで殺して、それでも叶えたい願いなんてものがあるのか?」
「ゼェ、ゼェ――――ある。絶対に、生きて帰らせてやりたい奴が、いる。その為なら俺は喜んで殺すぞ。平和を唱えるより、こうした方がよっぽど、早いだろ」
獣の身体の利点を生かした猛攻を全てかわされ、荒くなった呼吸を整えながら政喜は応答する。
いくらなんでも、これほどとは思っていなかった。
―――余裕、なんてものじゃない。前回のバトルロワイアルで遭遇した狐獣人の女、あれよりも厄介さの度合いで言えば上に感じられるほどだ。
何せ、攻撃を通させてくれないのだ。
最初の襲撃で、佐原裕二を射殺しておくことだって出来た。今はディパックに収めているものの、政喜はCz75という強力な銃を保有している。如何なる攻撃をかわせたところで、発射された銃弾をそう何度もかわすことは出来ないだろう。―――身体が、追い付かない。
無駄に慎重になり、銃声を聞き付けた他者の襲撃を警戒して己の肉体だけで『狩って』しまおうと考えたのだが、その判断ミスを今になって悔いる。
まさかこんな、常識はずれも良いところの相手に序盤からぶつかるとは、想像もしなかった。
今更ディパックからCz75を取り出そうとすれば、その隙を目の前の少年は見逃さないだろう。
一気に戦況が逆転しかねない――だから、頼れない。
そんな政喜の心理など余所に、佐原は政喜に言葉を『ぶつけた』。
『投げ掛けた』でも、『返した』でもなく、『ぶつけた』。
「――――はぁ? 何だお前、どんな理由かと思えば――――」
「………?」
「下らねえ――――はっきり言って失望したぜ、狼。俺はもっと良い答えを望んでたんだよ。
『金の為』だとか、『病気の妹を治してやりたい』とか。そういう答えが欲しかったんだぜ?
なのに何だよお前……はぁ………つまんねえの」
浅井政喜が最初に感じた感情は、怒りではなく、むしろショックに近かった。
自分が必死こいて正当化してきた目的を真っ向から下らないと断じられ、あまつさえ心の底から失望されている。手負いの少年の両目から闘志が薄れ、別の感情が浮かび上がってゆく。
「俺は佐原裕二だ。名乗っておくぜ」
「これから死ぬヤツに名乗ることに意味があるかは知らないけどよ……浅井、政喜だ」
「死ぬ? 俺がか? ―――そいつぁ傑作だよ、浅井。お前には俺を殺せないってのに」
自信に満ちた口調で、相も変わらず毅然と謂い放つ佐原。
自分の、
浅井きららへの思いを否定されたに等しいことを言われながらも、何故だか、怒りという感情が沸いてこない。脱力感にも似た感覚が、魔狼を襲っていた。
「お前のやろうとしていることは、只のエゴだ。
特定の誰かを守ることで――満足したいだけ。傲慢にも程がある」
「傲慢……なんかじゃない! 俺は、きららが好きだから―――」
「知るかよ、そんなこと。誰もお前がその『きらら』をどう思っているかなんて聞いてないんだ。
要するにお前は、そのきららってヤツを生き残らせようと考えているワケだ――はん。腐ってるな」
「何、で―――そんな、分かった風な口が利ける! 何も知らねえ癖にッ!」
「知らないし知りたくもない、他人の恋愛憚を聞くなんて、面倒すぎてヘドが出る。
愛し合うのは勝手だよ。我が身を惜しまずに恋人のために尽力出来るのは凄い事だと思うさ。『ヒーロー』だとかを抜きに考えても、俺はそういうヤツが好きだ。
―――だけど。お前のやろうとしていることは何だ。てめえの都合、人様に押し付けてんじゃねえ」
崩れていく。自分があれほど意気込んで決めた道を、会って数分の他人に揺るがされている。
だけどそれは、きららの行動を否定することと同じだ。
同行者の老人を、政喜を生き残らせるために殺害した彼女の否定と同義。
それだけは認めるわけにはいかないと、政喜は唾を飛ばす勢いで反論した。
「―――何が、悪い。人を好きになって、尽くして、何が悪い!」
政喜は捲し立てる。
二度と揺らいでたまるものか、きららを守る道を曲げてたまるかと、闘志を燃やして。
攻撃を加えることも忘れて、手負いとは到底信じられない眼前の『敵』を見据える。
「好きなヤツのために本気になることの、何が悪い。
何もかもを、それこそ世界だって敵に回せる、そんな存在なんだよ、俺にとってのあいつは。
俺は気付いた。目の前であいつに死なれて、俺の中であいつがどれだけ大きい存在だったか。思っていたよりずっとずっと――俺は、浅井きららって女が好きだったんだ。
あいつのためなら、何でもやってやる。人殺しだって、同じことだ……!!」
「―――そうか。じゃあ、仮に俺が、誰かを痛いほど愛しているとする」
額に脂汗を滲ませて、それでも佐原は政喜の語る言葉に反論せんとする。
真のヒーローなら口先になんて頼らないだろうな、と自嘲しながらも、口をつぐもうとしない。
大分ヒーローらしからぬ物言いをしてしまっているが、ここで諦める方がよっぽど『ヒーローらしくない』だろう。諦めることを覚えたヒーローなんて、只のエゴイストだから。自身だけはそうなるまいと、ちっぽけな矜持に従って口先の戦いを続ける。
己の信念を貫く魔狼と、それを真っ向から否定する少年。
互いに譲ることは出来ない――ある意味では、真っ向からの決闘よりも激しい戦いだった。
「たとえばそこの茜ちゃんでもいい。
俺にロリータコンプレックスなんて性癖はないが、ここでは俺が茜ちゃんを愛しているとしよう」
神谷茜。佐原が己の肉体を顧みずに庇い、落命を免れた少女。
佐原の身を案じて泣きじゃくる少女を指差して、佐原は微笑した。
「そして俺は、茜ちゃんを何としても生き残らせようと殺し合いに乗る。
周りを見ることなんてせずに、冷酷に徹して参加者を殺していき―――浅井きららを殺す」
「――――、ッ!!」
「浅井。お前はその死体を見つけるんだ――絶望に満ちた顔で、希望の欠片も残っていない虚ろな瞳のまま、お前の愛した女が朽ちている。
おいおい、まさか――――『許せない』なんて思わないよな?」
そんなわけはない。佐原と政喜は、完全に同時のタイミングで、言葉にこそしないが呟いた。
もしも浅井政喜がそんな光景に遭遇すれば、どうしようもない程の怒りに支配されるだろう。
下手人を必ずや暴き出し、きららが受けたものと同等以上の苦しみを与えて殺してやろうと躍起になることだろう。
形はどうあれ、政喜の愛情は紛れもない本物だ。
「おかしいぜ、そいつはちっと―――『都合が良すぎる』だろう?
お前は自分のエゴで殺人を正当化するのに、他人が同じことをしたら怒るなんて、虫がよすぎる」
「それは………」
「それは、何だよ。言っておくがお前のやろうとしていることはそういうことだ。
はっきり言うぜ。浅井政喜、お前が愛の証だと信じている行動は只の殺戮だ――もしお前が全てを成し遂げても、お前は愛に生きた騎士(ナイト)なんかじゃない。殺人鬼だ。
愛に陶酔して人を殺しただけの犯罪者を褒めてくれる稀有なヤツ、そうはいないぜ」
「うるせえ―――うるせえ、うるせえ、うるせえ、うるせえ―――――!!
お前は何なんだよ、一体!? 知ったような口を聞きやがって、目の前で愛する人を失った経験がお前にあるのか!? 人を愛するってのはそんな綺麗事ばっかじゃねえんだ!
それが間違ってたって、やらなくちゃならねえ時ってのがあるんだよ!!」
この状況を一言で説明するならば、一方的、という表現が一番似つかわしいだろうか。
佐原裕二の言葉は浅井政喜の決意を抉り、彼の抱える矛盾を突き詰めて、追い詰めていく。
政喜がどれだけ反論しようとも、佐原は―――また、予期していたかのように、的確な答えを打ってくるのだ。これが彼のサイキックの恩恵なのか、それとも違うのかはわからない。
ただ一つ言えることは、佐原と舌戦を繰り広げる内、無意識下に政喜の決意は、彼が自覚している以上に追い詰められ、崩壊の一途を辿っているということ。
今の彼は、色々な意味でぎりぎりのラインの上に立たされていた。
「―――ふーん。
じゃあお前と会話をするのは無意味ってことなのか。会話が堂々巡りするだけだしな、このままじゃ」
「佐原裕二……お前は殺す」
「やってみろ、道化」
これ以上の会話に意味はない。
ヒーローらしくないヒーローと、崩れかけのバランスを必死に保つ狼は、双方同じ結論に行き着いた。
結局のところ、殺し合う以外に道はないのだ。
佐原裕二がどう考えているかは理解できなかったが、少なくとも政喜はそう結論付ける。
勝算は十二分にある。相手は致命的でこそなかれど、所詮手負いの身だ。
拳と己が身体一つであれだけ攻撃を避けて見せたのは確かに見事だったが、いつまでもは続くまい。
政喜の知るところではないが、実は佐原の方も全くの無傷というわけではなかった。
確かに背中以外に傷は負っていない。だが、傷の痛みと出血、そして獣の猛攻をしのいだことによる疲労が少しずつではあるが、蓄積されている。
これ以上長引かせるのは、危険だった。
浅井政喜は自らの覚悟を失わないために、佐原を殺したい。
佐原裕二も、そろそろ決着をつけて傷の処置をして、休息を取らなければまずい。
どんな形であれ決着が近いことは、もはや明白だった。
「もう、やめてください」
それは、一番幼い少女の悲痛な訴えだった。
自分を守ろうとして傷を負い、ヒーローとして悪を正すために言葉を振るい、また戦おうとしている佐原にも、愛する人のために修羅となった政喜にもーー戦ってほしくなかった。
事の発端は、極端に言えば自分なのだ。
罪悪感が再び込み上げてくるが、言葉を取り戻したからこそ、神谷茜はこうして戦える。
二人を止めることだって、立派な戦いだ。
これ以上は誰にも死んでほしくない。心の底からそう願い、彼女は訴える。
しかし現実は無情にも止まることなく、浅井政喜が地面を蹴り、佐原裕二は構えを取っていた。
相も変わらずの『受け流す』フォーム――この後に及んでまだ避けるとは、政喜も思わなかった。
恐らく、佐原の狙っているのは政喜のスタミナ切れだろうと彼は推測する。
火事場の馬鹿力ではないが、普段では信じられない程の思考速度で、佐原を仕留める寸断を立てる。
避けてくるなら、その先を読んで攻撃すれば、当たる。
たった一撃でも当たれば、浅井政喜の勝利はほぼ確定したも同然だ。如何に佐原の運動神経が優れていたとしても、それだけの傷でまともには動けまい。
獰猛な、まさしく野獣の光をその相貌に宿して、魔狼浅井政喜は爪の横凪ぎを放つ。
予想通りにそれを軽々避けてみせる佐原――しかし、その瞬間は確かな隙だ――!!
どんなに回避を極めたとしても、完璧なそれを保つなど困難だ。
回を重ねるごとにその精度は落ちていき、ボロが出る。
そこを突けば、勝利は遠くない。
佐原が少なからず疲労を抱えていることも、政喜はその様子を観察することで気付けていた。
「死ね」
確かな隙につけこんで、絶対に回避できないだろうヘッドハンティングを繰り出す。
至近距離でならかなりの気迫が感じられるだろうそれ。
喰らうはあの時と同じように、首。一撃で仕留めて、こいつと出会ったこと自体を忘れてしまえばいい。
―――佐原さんっ!!
茜の悲痛な叫びが少しだけ、心を棘になって刺したが、止まらない。
――――――しかし。佐原裕二の本領は、回避ではない。
「が、あああっ!?」
腹部に強烈な打撃を受けて吹き飛ばされ、保健室の出口付近の壁に背中から激突する政喜。
胃液を吐き、何が起きたのか分からないといった顔で佐原を見つめる。
意識を持っていかれなかったのは奇跡だ―――いや、あれは最初から手加減した一撃だったのかとさえ思う。佐原が追撃してこないことから、政喜はそんなことを考えた。
「カウンター、だ。世間一般に言われるようなのとは少し違うけどな。
お前はまんまと俺の必殺距離に踏み込んでくれた。だから―――俺の勝ちだ、浅井」
「舐め、んな……俺は、まだ……!」
「――――消えろ。言っておくが、今のは相当加減した。
本気で打てば、自慢になるけど内臓を損傷させるくらい簡単なんだよ、試したことはないけど。
今なら俺はお前を追わない。お前を殺さない。だからお前は――――消えろ」
反論することを許さない強い口調に、政喜は一瞬確かに気圧される。
そして、分かってしまった。佐原の言ったことは決してハッタリなどではなく、事実だと。
大して武術を極めたわけでもない自分では、彼を殺すのは多少骨が折れる話だ。
Cz75を使えばこの逆境も覆せるのかもしれないが――もし何か一つでも下手を打てば、今度こそ自分は佐原裕二に殺される。きららを守れずに、死ぬ。
佐原に徹底的に糾弾されても、きららをせめて一目見ることも出来ずに死ぬのは、御免だった。
だから、
「………わかった」
浅井政喜は潔く、彼らから敗走する選択をした。
戦略的撤退というには少しばかりスマートではない。
結局のところ、政喜は佐原裕二―――ヒーローに、恐怖を抱いたのだ。
爪と牙でも殺せず、舌戦では一方的に叩きのめされ、殺し合いでも勝てなかった。
その強さと粘り強さ、そして最後は必ず勝つあたり、彼はやはりヒーローだと政喜は感じる。
ならば自分は、何なのだろうか。
悪役にもなりきれず、だが決して正義を実行するような善人でもない。
宙ぶらりんな自分の不甲斐なさを呪いながら、浅井政喜は腹の鈍痛を堪えながら保健室を出た。
――――窓から見える空は、曇天だ。
◆ ◆
俺は結局何がしたいのだろうか。
きららを守ろうとしていた、そのために覚悟を決めたのは確かだ。
俺はもう、二度とあいつに死んでほしくない。あんな気持ちになるのはもう嫌だし、あいつがこの世から、こんな下らないゲームのせいで消えてしまうことが許せない。
それなのに、俺がやろうとしていることは殺人鬼と同じだと、あいつはーー佐原は言った。
きららを殺されたら俺はきっと、冷静じゃいられない。
今よりずっとみっともなく醜く、恥も外聞も捨てて復讐鬼となるだろう。
そんな行為を、俺は自分の都合で行おうとしている―――矛盾だ。
結局、俺のきららへの気持ちも只のエゴイズム―――いや、それだけは違う。
俺をエゴイストと呼ぼうが、殺人鬼と蔑もうが構わないけど、それだけは絶対に、譲れない。
それを譲ってしまった時には、俺は本当に殺人鬼となってしまうかもしれない。
だけど、その気持ちすらも単なるエゴで、傍迷惑でしかないものだとしたら。
そうだとしたら――俺には、何も残らない。
人を殺すことは罪だ。そのくらい、幼稚園児だって当たり前に知っているコトだろう。
罪を犯してでも愛した人を守ることは、美徳でも何でもない。
そう理解しているつもりでも、結局俺は、心のどこかで美徳だと思っていたのだろうか。
分からない。
俺には、何が正しいのか分からない。
今はただ、この場を離れたい、それだけを行動指針として、俺は体をひきずるようにして歩いていた。
そんなみっともない様を晒していても、一つだけ気付くことがあった。
「――――きらら」
その三文字だけが、俺の信じられるものだ。
これだけは、変わらなかった。
【F-5/学校/一日目/午前】
【浅井政喜@俺のオリキャラでバトルロワイアル2nd】
[状態]:疲労(中)、腹部にダメージ(大)、精神疲労(極大)
[服装]:特筆事項無し
[装備]:Cz75@俺オリロワ2nd(15/15)
[道具]:基本支給品一式、Cz75予備マガジン×3
[思考]
基本:優勝してきららと幸せに暮らす
1:俺は――――――?
2:きららには……会いたくないな
[備考]
※俺オリロワ2nd死亡後からの参戦です
◇ ◆
佐原裕二は、勝った。
大きな傷は負ったし、体力もかなり消費してしまいこそしたものの、無事あの狼を退けることに成功したのだ。結局彼を改心させることは出来なかった、それだけが心残りだったが。
それでも、守るべき少女、神谷茜は傷一つ負っていない。
目の前であんな激しい戦闘を目撃するのは精神衛生上良くないのかもしれないが、これから先、バトルロワイアルの中でもっと凄惨なものを見てしまうのはほぼ確実だ。
これくらいは、見慣れていた方がいいだろう。
「痛っつ……」
安堵すると同時に、背中の痛みが佐原の痛覚を刺激して思わず苦悶の声が漏れる。
傷は致命的なものでこそないが、敗血症や化膿の危険があることを考えれば、放置するのは危険だ。
幸いここは保健室。医療器具には特に困らないし、傷も複雑なものではないため処置も容易。
包帯、消毒液、ガーゼ。少なくともこれくらいの道具があれば、十分と思われる。
ふらつく身体を無理に動かそうとして、背後から、手を引かれた。
強い力だったかどうかは分からないが、疲労でふらつく佐原のバランスを崩すには事足りた。
ベッドに座り込む形になり、自分の手を見て、小さな手が自分の手を握っていることを確認する。
小さな少女だった。
つい先刻までは恐怖に身を震わせ、言葉さえ発せなかった『弱い』少女――茜が、佐原の手を引いて、強引に彼をベッドに座らせたのだ。
状況の理解が追い付かない佐原を余所に、茜は口を開いた。
「傷、手当てしなきゃ……危ないです。私がやりますから、休んでいてください」
「そりゃ、ありがたいけど……茜ちゃん、やり方分かるのか?」
「こんな大きい傷はやったことないですから、佐原さんに教えてもらいながらやります」
薄くではあったものの、確かな笑顔で、茜は佐原に言った。
自分が彼女を少しでも勇気付けられただとか、そういう自惚れた思考はしなかったが、こういうのもいいものだな―――と、佐原は微笑みながら感じるのだった。
危機に陥ろうとも、結局は生き残る。
時には周りの人の力も借りて、助け合いながら戦っていく。
そのあたり、佐原裕二という少年は、ヒーローと呼ぶに相応しい人物なのだろう。
【佐原裕二@サイキッカーバトルロワイアル】
[状態]:疲労(大)、背中に裂傷(処置中)
[服装]:特筆事項無し
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、ランダム支給品1~3、青木林の支給品一式
[思考]
基本:≪ヒーロー≫としてこの殺し合いをハッピーエンドで終わらせる
1:茜ちゃんを守る
2:これ以上人は死なせたくない
[備考]
※サイキッカーバトルロワイアル開始前からの参戦です
※サイキックに制限はありません
【神谷茜@需要なし、むしろ-の自己満足ロワ3rd】
[状態]:健康、失語状態からの回復、精神安定
[服装]:特筆事項無し
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、ランダム支給品1~3
[思考]
基本:佐原さんについていく?
1:佐原さんを手当てする
[備考]
※需要なし、むしろ-の自己満足ロワ3rd死亡後からの参戦です
※青木林の死体は保健室に安置されています
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最終更新:2012年11月27日 16:13