曲紹介
どうも、教訓の無い物語を繰り返し読んでいるthusです。
曲名:『教訓の無い物語を知りなさい。癡れるように、擦れるほどに繰り返し、貴方の古典としなさい。』
(きょうくんのないものがたりをしりなさい。しれるように、すれるほどにくりかえし、あなたのこてんとしなさい。)
歌詞
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ずっと同じ物語を繰り返し読んでいる。教訓など何もない退屈な物語だ。
そうすれば私は、言葉を交わせるから。
そうすることでしか私は、その世界を現実にすることができないから。
そうしなければ私は、言葉を持っているということを実感できないから。
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教訓というものがマーチャンダイズの一連になってからというもの、ありとあらゆるものに意味が先行するようになりました。前後は逆かもしれませんが、そこは重要ではありません。
初め私は、大して興味が無かったので、その行く末を長きに亘って傍観していました。然しそれは次第に、看板から沁み出し、名を持ち、思想となり、行動に憑依し、人格となり、質量を持って私達の目の前に現れるようになりました。視野を蝕む緑内障が、蛙を茹でるように。
私の喋る言葉は大変奇妙なようで、「どうして」と幾どの人が訊きます。当然のように理由があるに違いないと疑わないようです。しかし理由なんて特にないので黙っていると、奇変だ奇変だと揶揄うように話題になりました。齢を問わず、種族を問わず、状況を問わず、素地を問わず、信条までもを問わず、面白可笑しく話題にされました。
それを一度目にしようとした自称友人達は、いつも勝敗を決めるしりとりを仕掛けて来ました。私の前は必ず「り」で終わり、それが殆厭で厭で堪りませんでした。それは、特等席で誰かの公開処刑を楽しみに待つ貴族と、一体何か違うのでしょうか。私の前に毎日できた行列、その待ち時間、暇潰しに向こうで行われているしりとり、それを私はどれだけ渇望したことでしょう。平和とは何たるかを無形に辯っている、「ん」で終わっても続くしりとりを、私はどれほど庶幾ったことでしょう。
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なんだか、喋るのがもう面倒になって了って、喋るのを止めました。
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止めた。
已む無く医者に掛かった。次のように言われた。
「教訓の無い物語を知りなさい。癡れるように、擦れるほどに繰り返し、貴方の古典としなさい。」
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侖った。教訓とは先行するものではなく、生きた姿に血の滲む足跡が付くように、完成された人生へ葉が落ちるように、附帯するものだったのではなかろうか。なのにいつから、名前に籠った願いを成就しなければならない呪いに憑かれて了ったのだろう。
と。物語を読みながら独り言を口にしていた自分に気づき、驚き顔を上げた。しりとり勝負を仕掛けて来る自称友人は一人もおらず、暦は何十年も前で止まっており、見慣れない人が一人だけ横向きに立っていた。
真烏いその人は、私の独り言へ「その流れるように綺麗な言葉を、もっと聴かせておくれ」と言った。
喉から全ての箍が決壊し汎濫したように嬉しかった。
嬉しかった。
嬉しかった。
やっと、嬉しかったのです。
コメント
最終更新:2024年03月08日 13:36