この世界は、内側と外側に分けられる。
というのは観念的な意味合いではなく、文字通りに空間を二分するという意味である。
内側とは即ち、戦争の舞台指定された冬木市内を指す。今、その内側がいかなる状況にあるかと言えば、数多の「悪性」によって着実に浸食されつつある。
魔王が牙城を建立し、暴威の群れをなす人間を鬼はただ見つめる。
こうして闊歩する「悪性」に、アサシンもまた名を連ねる。
進んで戦争の当事者となることこそ叶わずとも、自らの意思によって日常を過ごすことには変わらない多くの市民達。その彼等の意思が、アサシンによって玩具とされている。
現界から二週間に足らない期間で、既にアサシンは数十の市民を自らの配下へと変えている。
塗り潰された自らの意思に変わるアサシンへの忠誠心が、彼の私兵へと変える。彼等を凌辱する凶器とは、脳髄を食らいつくす毒性の腫瘍、肉の芽……だけとは限らない。
アサシンが肉の芽という支配手段を持つことは、彼がただ超人的な腕力だけに任せて相手の額に肉の芽を捻じ込んだことを意味するわけでは無い。そして、アサシンからすれば下等生物である人間相手に必ずしも吸血鬼の本領を発揮することも意味しない。
ならばどのような方法を取ったのかと言えば、至って簡単。
太陽の沈んだ後の時間帯に街中へ赴き、道行く人々へ直接接触を図る。
それだけ。たったそれだけで、人間達はアサシンに心を射抜かれる。
美貌で、気品で、洞察で、甘言で。
平穏に生きることしか頭に無い冬木の民の前に突如現れた、非現実的な魔性。脳が理解を拒むほどの異常性に直面し、しかし正義の意思で反発することは叶わず、そうしてうっとりと立ち尽くすうち、やがて自然に虜となる。ならなかった時には、肉の芽で強引に虜とする。
肉の芽にも並ぶこの手法に名を付けるなら、悪のカリスマ。
悪に属する者にしか機能しないカリスマ性。しかし、誰しもの心に根付くほんのちょっぴりの悪意に付け込めば、それはつまり万人に有効であることを意味する。
百年の時から目覚めた時点では孤軍に過ぎなかった彼が、時を経て世界そのものを牛耳る一大勢力を成したことは
シュラも聞いており、どんな魔法を使ったのかと首を傾げたものだ。
成程、魔法なんて大層なものではない。シュラとアサシンが経験したような邂逅を、ただ何度も繰り返すだけだ。
簡単な、それでいて今のシュラには到底真似出来ない芸当。
さらに驚嘆したのは、一度アサシンの方針にデメリットの存在を唱えた時のことだ。サーヴァントが自ら姿を晒しては、思わぬところから素性を知られて足元を掬われるのではないかと。
――シュラ。君の目には、わたしが太陽以外の外敵からも怯え縮こまねばならない脆弱な生き物に見えているのか?
――確かに、憎きジョースターの血筋に不覚を取ったことで命を落としたのは事実だ。だからこそ外敵への適切な対策を取るために諜報の手立てを進めているんだよ。逃げるためでは無い。勝つためだ。それさえ叶えば、このDIOに敵は無い。
――なに、心配は不要だ。わたしを害するような真似に及んでしまう衝動に駆られてしまった時は、最後の忠誠の証として自ら命を絶つ。皆、わたしとそのように約束してくれたよ。
敗死を経て尚、自らが絶対の頂点に立つ者であることへの確信。
その意識が、ある種無茶とも言える方法を取ることへの躊躇を容易く捨てさせる。
そういえば、シュラもまたかつて各地を巡っては有望な戦力を勧誘したことがあった。その頃の記憶を、自ら足を運ぶことによる成果をこうして再び思い出せたのは、やはりアサシンの姿を見たからなのだろう。
何者よりも上を行く悪性。その末恐ろしさを感じ、そしてアサシンの悪性が冬木の内側を埋め尽くすのも時間の問題かもしれないと、同胞としての高揚感をシュラは抱いた。
しかし、哀しいことにアサシンにも限界というものがある。
今のアサシンでは、冬木の外側にはその手を及ばせられない。
日中、とある市内の大病院の談話室。座椅子に腰掛け、片手には紙パック入りのコーヒー、もう片方の手にはゴシップ中心の週刊誌。窓へと目を向ければ、ガラス越しに外の景色が見える。
漫然と時を過ごすシュラの姿一つ取っても、世界の内側と世界の外側が挙げられる。
内側。一つ上げるなら、シュラがこの病院を訪れた事実そのもの。
アサシンに心酔する市民達の中には、この病院に勤める医師も含まれている。彼から齎されたとある情報を頼りに、日光の下に出られないアサシンに替わってこうしてシュラが訪問しているのである。
内側なら、アサシンの支配が及ぶ。
では、支配の及ばない外側とは。挙げればきりが無い。
たとえば紙パック入りのコーヒー。
遠く離れた施設で製品化された後に冬木市内で入荷された商品であるが、製造元を訪れることは叶わない。
たとえば週刊誌。開いた誌面で一際目立つのは『まさか! エンジェルスターズ、346プロに移籍か!?』の一文だ。
話題の女性達は、東京都内を中心に活動している音楽ユニットであるらしい。そして聖杯戦争中に東京という街へ行くことは叶わない以上、生身の彼女達に会うことは無い。ただ、音楽だけが耳へと届けられる。
たとえば、病院の外。闇の無い鮮やかな光景を齎す、日光。
白光を地に注ぐ太陽は、地球の外側でご丁寧に健在だ。この世界は大気圏の上、宇宙の更に先まで広がっており、しかしマスター達は冬木市内に幽閉されている。勿論、気に入らないからと言って太陽を除けることなど出来ない。
聖杯戦争の舞台として指定された冬木の外側には、干渉出来ない。今回はそういうものなのだと、アサシンが言っていた。その真偽を確かめることも考えたが、急務でもない以上は後回しで良いだろう。
一つ言えるのは、聖杯戦争の当事者は冬木の内側から外側へと働きかけることが出来ない一方で、それ以外の者達は冬木の外側から内側へ働きかけることが可能とされている。
不公平にも思える事実だ。
しかし考え方を変えれば、それらを掌握することはライバルであるマスター達に対して一つのアドバンテージを持てることとなる。
冬木の外側からは、あらゆる事物が送り届けられる。
例えば飲食物。たとえば芸能。たとえば光。
そして例えば、流れ星。
「おう、アンタかい。話は聞いてるだろ。DIOの代理で来てやったぜ。案内、よろしくな」
ひらひらと手を振る先にいるのは、白衣を着た中年の男が一人。
親愛と服従の証として一つの有益な情報を提供しシュラを招いた、アサシンの配下の一人である。
その瞳からは、既に人らしい輝きが失われている。溝川の腐ったような色だった。
心中に眠らせた何をアサシンに見出されたのかは知らないが、お医者様がこれでは世も末だなとシュラは心中で嘲笑を零した。
◆
超人達のいるべき世界、いることの許される世界を求めた戦いの果て、
人吉璽朗はその存在ごと世界から消え去った。
いつの日か璽朗との再会を迎えられないかと願ったことは、
星野輝子の生涯において一度や二度では無い。
そして輝子の願いは、結果的には叶えられつつある。輝子は璽朗と同じ地を訪れることとなった。或いは、璽朗の訪れた地に輝子も招かれた。
但し、星野輝子は一人のサーヴァント――キャスターへと在り方を変えて。人吉璽朗はマスター――一人の生者としての生命を取り戻して。
『ホシノコよ。やはり彼のことを気にかけているのか』
「……かけないわけ、無いじゃないですか」
昨晩、ルーラーから発せられた討伐令。
吊し上げにされた五名の討伐対象者の中には、人吉璽朗も含まれていた。
会えるなら会いたいと願い、しかし会えなくても仕方の無いと思っていた男の生存が突き付けられた時の絶句に値する衝撃を、星野輝子――キャスターは今も忘れられずにいる。
付言すると、不特定多数に付け狙われるお尋ね者としてのレッテルを貼られている事実もまたその度合いを強めていた。
理由もろくに理解しきれぬまま、あの頃のように、璽朗はまた孤立している。
「璽朗さんは、またどこかで独りで戦っているに決まってます」
璽朗を見つめ、そして想ったキャスターは確信を持って言える。彼は聖杯戦争に抗うのだろうと。
理不尽に排斥される者達を護るため、彼等の生きる世界のため。自由、平和、或いは正義のため。璽朗は、いっそ子供染みたとすら言えるほど愚直に理想を追い求め続けていた。
加害者、支配者、侵略者。その名を携えて罪無き人々を虐げる者が、璽朗にとっての敵。
ならば、この地における璽朗の敵はと言えば、それは犠牲を強いる聖杯戦争の仕組みであり、仕組みに則り争いを引き起こす儀式の統制者であり、この幻想の世界そのもの。
即ち、彼こそ今のキャスターにとって最も頼れる人物である。
どれほどの血を流させるかも分からない戦争に異を唱える一人として――個人的な感情の介在も、決して否定は出来ないが――、彼とは速やかに接触し、協力体制を築きたいところであった。
『しかし、彼一人を見つけ出すのが容易でないことは、ホシノコ自身も経験で身に染みて理解しているだろう』
「……わかってます。だから」
肩に乗る『彗星の尾(ウル)』からの指摘に、また表情が曇るのを自覚する。
その原因こそ先に述べられた通り、璽朗の居所について現時点でまるで当てが無いことであった。
単純に「璽朗を打倒しようとする者」と「璽朗を保護しようとする者」で分けて考えれば前者の方が頭数の多くなることは容易に想像が付き、それは捜索範囲の広さにも直結する。
この時点でキャスターは不利に立たされており、更に志を同じくする協力者を未だキャスターが確保出来ていない事実が情報量の不足に拍車を欠ける。
璽朗との合流にしろ、彼以外との協調にしろ、何よりキャスターの孤立無援の状態の解消を済ませなければ、いよいよ八方塞がりの末路に至ってしまうのも遠くない。
こんな時、超人課の皆がいれば。
……と、当ての無い依存に傾きそうになっていた己を自覚しては、戒める。
同時に、彼等とは異なる既知の姿を思い浮かべることとなる。
人間型衛星(ヒューマンサテライト)・アースちゃん。
「昭和」とは異なる「神化」の時代を生きた、キャスターもよく知るロボット超人の彼女は、どうやらこの冬木の空の下でも堂々と人助けや悪者退治に精を出しているらしい。
十中八九、アースちゃんはキャスターと同じくサーヴァントとして召喚されたのだろう。聖杯戦争の当事者であることは明白も同然であり、かつてと変わらず善の側の立場であることも把握できているキャスターとしても接触を図りたいところではあった。
しかし、璽朗同様アースちゃんの居所もキャスターには分からない。
どこかに拠点を設けていることは想像が付くのだが、その在処など冬木の住人でも無いキャスターには予想のしようが無い。
困窮している人の下へと音より速く駆けつけ、その活動範囲も冬木市全域に及ぶとなれば、何かの事件現場に行ってみて偶然ばったり……と期待するのも難しいだろう。
しかし、創作を続けていれば可能性はゼロではあるまい。
ならば手掛かりがまるで無い璽朗との再会をただ願うよりは、分かり易い指針を掲げているアースちゃんの方がまだ探しやすくはある。
加えて言えば、自分達を守ってくれる力の持ち主にいち早く頼りたいというのも実情である。その点で、今は立場こそ違えど人柄と実力の知る所である相手の方がキャスターとしても望ましいところであった。
『だが、そのためにはあの少女にもいい加減現実を理解してもらわないと後々困ることになるな』
「はい」
協力者と行動を共にする。
そのためにはキャスターのマスターである少女の存在をいずれ明かす必要があり、そして協力者がキャスターと同様に事実の何もかもをひた隠しにしてくれるとは限らない。
むしろ、見知らぬ人物が理由も告げずにぞろぞろと雁首を揃えて現れるという構図は、たとえ無垢な少女であってもただただ怯えさせてしまうかもしれない。
この不安を除去するためにも、今の内に「聖杯戦争とは何か」を伝えてしまった上で偵察に向かっておくべきだとキャスターは判断する。
それも、仲良しの友達だけを集った楽しいパーティーなどではないことを強調し、しかし死というものを過度に恐怖させることなく、だ。
「子供の扱いだって、ちゃんと熟しますよ」
幼い少女に最低限の警戒心を持ってもらい、下手な行動を起こさせないようにする。その上で、安心感と共にキャスターの成果を待てるような精神状態でい続けてもらう。
事態解決の困難性に、繊細さまで加えられるのだ。やりづらいと気を滅入らせずにいられないが、だからと言ってやらないわけにはいかない。
「私はもう、何も知らない子供じゃなくなったんですから」
少女一人の心と命も守れないで、魔女っ娘を、超人を名乗ることなど出来やしない。
たとえ戦士として無力も同然であっても、キャスターは自らの志を譲らない。
そうでなければ、理想を阻む汚れた現実に直面し、それでも最後まで向き合うことを選んだ、人吉璽朗という「大人」には向き合えない。
「だから……あれ?」
召喚の時から何度目かの決意を胸中で固めた、その直後のこと。
キャスターよりも前に、少女の眠る病室へと入って行く人物数名の姿を目で捉えた。
一人は白衣を着た、少女の担当医。もう一人は一目見て分かるほどに軽薄そうな、そして、何となく末恐ろしさを感じさせる若い男であった。
◆
ルーラーという輩は、決して気質の合わぬ相手ではないようだ。
一枚の写真をぴんと指で弾きながら、改めてアサシンは思う。
暑苦しい顔面を爛々と輝かせる男の顔が、宙に舞い落ちていった。ルーラーを名乗る面妖なクマの言葉を信じるならば、彼はヒーローのクラスを冠したサーヴァントであるという。
「……いけ好かない正義気取りの連中が目に入ったら、真っ先に排除するだろう。誰だってそうする、わたしもそうする」
漠然の一言では片付けられない、ヒーローのサーヴァントに対してアサシンが自然と抱いた不愉快に近い感情。
敢えて、敢えてアサシン直感のみを根拠に言わせてもらおう。
ヒーローのサーヴァントは、聖杯戦争それ自体の破壊を目論むだろう。それこそ、あの
ジョナサン・ジョースターならば取るに違いない正義の選択。彼の黄金の精神にも近しいものを写真越しであっても訴えるこの男は、まさしく同類だ。
ジョナサンを間近で見つめ続けた、生まれながらの悪であるアサシンであるから、己の審美眼に狂いは無いと確信を持って言えるのである。
さて、そうなるとヒーローのサーヴァントと共に名を連ねた残りの四人もまた、彼と同じ気質の持ち主である可能性がある。聖杯戦争の完遂を望む運営側からすれば、これほど目障りな連中も無い。
何故ジョナサンのような聖杯戦争に否定的と目される他のサーヴァントが討伐の対象とされないのかは気にならないでもないが、今は些末なことだ。
第一に聖杯を望むマスター達が総出で『正義の味方』を排除するよう仕向けるための討伐令。
それを掲げたルーラーがアサシンに近しい気質と思われるというだけで、十分としよう。
「DIO様。この写真の人って誰なんですか?」
「正義のヒーローといったところかな。人々の憧れであるアイドルの君ならきっと友達になれる相手……しかし、今のわたしからすれば酔った中年の吐き出したゲロにも劣る害悪だ」
「害悪……むぅ」
「そういう顔をするのはよくないな、夕美」
拾い上げた写真を見つめながら忌々しげに顔を歪めるのは、ショートカットヘアーの少女であった。名を、相葉夕美という。
彼女がアサシンの側に付きかいがいしく身辺の世話をし始めたのは、つい数日前のことであった。
偶然、彼女が一人で家路に着く姿をアサシンが見かけて。偶然、以前暇潰しに読んだ下らない週刊雑誌にグラビア写真を掲載されていた、アイドルという職業の少女であるとアサシンが気付き。偶然、その場にはアサシン達以外に誰もおらず、どのような狼藉を働こうと邪魔される心配の無いタイミングであった。
連なった偶然を有難く利用し、まずは接触。アサシンの姿に恐怖し腰を抜かしてしまい、しかしアサシンへの嫌悪感だけは確かに抱いたらしく声を張り上げた。
ただの人間といえど本能で悪と見なしたか、もしくは職業柄自らを脅かす害には敏感だったのか。成程、アイドルとは即ち人間の善性のシンボル。悪の身で籠絡しようというのは思い違いだったかと己を恥じつつ、その埋め合わせのように肉の芽を、ずぶり。
以後、態度をころりと入れ替えアサシンに懐き惚れ込んだ彼女は、自らアサシンへの情報伝達役を願い出た。その奉仕の心掛けを認め、こうしてシュラに替わる退屈凌ぎの話相手として拠点へと招き入れているのである。
「わたしが太陽の下でも歩ける身体であったなら、今すぐにでも捻り潰しにいけるのだがな」
「……吸血鬼って、やっぱり可哀想です。皆に虐げられて」
「ほう。君はわたしを哀れむのか」
「お日様って誰にとっても清々しくなれる大切な物じゃないですか。お花だって、太陽の光を浴びて綺麗に咲けるんです。それが許されないで、ずっとこんな暗い部屋の中なんて……」
「そういえば、夕美は確か花が好きなんだったか? 成程、君らしい例えだ」
「はい。だから、太陽に替わって私が少しでもDIO様に幸せをあげられたら……って、何言ってるんだろ」
「何、恥じることは無い。君のその心遣い、わたしは純粋に嬉しく思うよ。流石は」
「アイドルですから、私。皆の……ううん。今は貴方のアイドルなんですっ。DIO様!」
太陽のように眩しい笑顔、とはこういうものを言うのだろうかと、日の光を浴びられぬ身なりにアサシンは思う。
人の潜在的なポテンシャルを潰しかねない肉の芽を、アサシンはさほど好んでいない。これまで多数の市民を相手に肉の芽の力を行使することに躊躇しなかったのは、そもそも尊重するだけの価値を最初から見出していなかったからに過ぎない。
それ故に、肉の芽の支配下に置かれながら尚己の肩書きを誇らしげに掲げ、倫理観はどうあれ肩書きに見合った行動を選択する夕美の姿に、アサシンは僅かな感嘆を覚えていた。
アイドルを名乗る少女達、当初は単なる見世物のイエローモンキー風情としか思っていなかったが、どうやらその内面には中々逞しい物を抱えているようだ。
それこそ、戦争という悲劇にも立ち向かえるだけの精神性と呼べる物が。
……尤も、相葉夕美に限って言えば。
今では捩れ歪んだ形で発揮される彼女が本来持っていたはずの魅力は、この地ではもう二度と、その尊厳ごと踏み躙られたきり取り戻されることは無いのだが。
「あっ、ごめんなさいDIO様。私そろそろお仕事の時間で……」
「いいさ。花瓶の花を新調してくれただけでも、十分に感謝しているよ」
「ふふ。ありがとうございます」
「……そうだな。今度会う時には、君の友人のアイドル達の話でも聞かせてくれるかな? もしかしたら、彼女達もまた『わたしと関係のある者』かもしれないからな」
「わかりました。そうだなあ、凛ちゃんに、
ありすちゃんに、美波さんに……うん。皆に会えたら、ちょっと頑張って調べてみますね!」
朗らかな表情を爛々と輝かせ、夕美は部屋を後にする。
一人残されたアサシンは、グラスに残された紅色のワインの一口でまた喉を潤した。
まだ正午も迎えていない時間帯から酒を飲む。それだけの余裕が、アサシンにはある。
「……上物の餌をちらつかされたとして、それに今の内から我々自ら必死に飛びつかねばならぬような惨めな鼠に堕ちたつもりは無い。驕るなよ、ルーラー」
ルーラーの粋な催しに大変感心し、しかしアサシンは敢えて興じない。
どうせ最後に勝つのはこの自分であると理解しているが、見え透いた餌には飛びつかない。己が強いという事実を知っているが、だからと言って手を抜くことはしない。
今までアサシンが取った戦略は情報収集。その行程を次の段階へシフトするのは、まだ早急だ。焦る必要も無い。
今は、情報を集める段階だ。
「これに釣られる様では、帝王の肩書きが廃るというものだよ」
故に、ルーラーの目論見をアサシンは利用する。
討伐の対象とされた『正義の味方』達とその敵達の戦いについて当面の間は観察に徹し、慌ただしく踊る者達の姿を盗み見る。
最後に勝つのは確定にしても、どのような勝ち方が効率的か考えておくのが得策だ。
……それに、万が一にも、あの空条承太郎に不覚を取って敗死した苦々しい過去の二の舞を演じてしまっては、まさしく間抜けというもの。
今なお揺るがぬ自尊心。それを覆された、たった一度限りの失態。この二つを重ね合わせ、アサシンは防戦の構えを解かない決断を下したのだ。
「さて、シュラは今頃お目当ての姫君と対面している頃かな」
今日に至るまで続ける情報収集活動。あくまでその一環として、数日前、アサシンは一人のサーヴァントを消滅へと追いやった。
強者を切り伏せ血の海に突き落とすことを至極の愉悦とする緋色の剣士――セイバーのサーヴァントとの出会いは、瞬く間に仕掛けられた袈裟切りであった。月夜の下で姿を捉えたアサシンもまた、彼にとっては優れた獲物であったというところか。
不遜ではあるがセイバーがアサシンへの正しい評価を下した事実を僅かに喜ばしく思い、しかし、それだけ。彼の享楽に付き合う義理などアサシンには無い。
故に、『世界』は時を止めた。瞬く間すら、彼に与えない。
主観計測で十秒にも満たない時間で十分。一方的に繰り出す拳で剣を砕き、筋を裂き、骨を割る。
そして時が動き出せば、アサシンの足元には虫の息となったセイバーが一人。無様な姿を晒しながら、しかしその瞳は未だ死なず。
これは勧誘するには少しばかり骨が折れるかと判断したアサシンが言葉に替えて繰り出したのは、肉の芽。
誇り高き意志の持ち主であるならば抗えた可能性のある精神への侵略は、所詮は一端の戦闘狂に過ぎないセイバーでは防げず。結果、セイバーはアサシンの忠実な下僕と化し、己の持つ知識と情報の全てをアサシンへと献上するに至った。
彼の働きに感心しつつ、さて次は別の戦場で兵士として働いてもらおうか……などど考えたアサシンであったが、現実はままならず。突如、セイバーは折れた剣先で己の喉笛を裂き、その与えられた命を自ら散らしてしまった。
何事かと周囲を見回せば、後方にいたのは若い女が一人。アサシンを見据えながらも、その呼吸は乱れ、ぎょろぎょろと動く眼球は発狂寸前の有様であると訴える。着衣は大いに乱れ、左の手の甲には、今しがた輝きの一部を失った令呪。
アサシンが彼女の真意を問いかけるよりも前に、彼女は思い切り空中へと跳躍した。そのまま姿を消し、数秒の後に下方から乾いた音が一つ鳴るのを聞いて、そういえばここはビルの屋上だったかと思い出す。
こうして、一組の主従がアサシンの前で脱落した。遅れてアサシンの前に寄ってきたシュラが「きちっと犯されてから死ねっての」と毒づくのを尻目に、アサシンは手駒を入手し損ねて尚満足感を抱いたのであった。
「街を焼くヒトデ……流星の群れ。ふふ。同じ『星』でも、一つ違えばただの災厄というわけだ」
セイバーが齎した情報の一つに、冬木の一角で発生した大火災の件があった。
その場で別のサーヴァントと交戦していたというセイバーは、「ヒトデの群れが流れ星のように降り注いだ」光景を目の当たりにしたという。ヒトデ自体は残らずセイバーが駆逐したと言っていたが、正体は分からず終いだったそうだ。
しかし、大衆に知られていないらしい謎のヒトデの存在をいち早く知れただけでも十分。
どのような活用が出来たものだろうかと思案していたアサシン達の下へと別経路での情報が辿り着いたのは、昨晩のこと。
先日新しく迎え入れた一介の医師が言った。例の火災での生存者が一人、市内の病院に入院している。その少女の怪我自体は軽度であるが、身体に奇異な点が見つかったために自分も含めた医師達が一様に混乱している。
少女の腹部には、「星型の口」がある。そして手の甲には「奇妙な痣」がある。
……非凡と述べるのすら憚られるその少女が、異なる世界から招かれた聖杯戦争のマスターであると察するのに時間は全くと言えるほど要しなかった。
ほぼ間違いなく、降り注ぐヒトデの群体は少女の呼び出したサーヴァント、或いは少女自身が持つ力によるものだろう。
少女の無垢さを良いことに思うが儘に破壊を楽しむサーヴァントがいるのか、はたまた少女が己の犯した所業を認識しない程に無垢であるのか。
どちらであるか、今のアサシンには断言出来ない。代わりに言えるのは、その意思に関わらず一つの力としては恐るべきものであること。
そして、聖杯戦争の場に閉じ込められた者達では干渉の叶わない空間――宇宙から齎される暴威は、見方によっては利用価値があるということ。
根本的解決を図るための群体の根絶が不可能となれば、受動的な対応にならざるを得ない。ヒトデの群れが襲来した分だけを追い払うことは出来ても、その先の解決方法には至れないのだ。
冬木の内側にいるマスターの少女を排除しない限りは、であるが。
少女の持つ無軌道な破壊力。他のマスターが災厄を齎す者の真実に辿り着く前に、この自分達が手中に収める、その絡繰りを解き明かす。それだけの魅力を、アサシンは見出している。
サーヴァント相手の飛び道具としては、恐らく力不足であるだろう。しかしマスターを爆殺ないし轢殺するには十分に見所はあり、そして自衛の手段もまともに持たない市民達を殺すには十二分の価値がある。
力無き人々を死傷する無数の小さな流星。
『正義の味方』ならば、決して放ってなどおけない事態の引鉄。
「一刻も早く駆けつけねば、数え切れぬ屍の山が生まれる。解決は急を要する。お前達ならそう思うだろう? そしてお前も……なあ、ジョジョよ」
――『ヒーロー』の討伐に関わる者達を、そして、アサシンの良く知るもう一人の『ヒーロー』を誘き寄せるため、ルーラーとは別にアサシンが用意する罠。
アサシンは、吊るされた餌に飛びつく側ではなく餌を吊るす側。いいや、餌に見せかけてすらいない毒だ。
支配される側ではなく支配する側。
世界は、わたしを中心に回るべき。
正義の味方は、わたしに手玉に取られて死んでいけ。ヒーローも、超人も、黄金の血統も絶やされてしまえばいい。
悪の権化も、わたしと並び立つのではなく頂点と崇めよ。王も皇も、悪のカリスマを気取る気概に限っては一流のシュラも、等しくわたしに平伏せばいい。
皆がその自覚を持てるよう、もうすぐわたしが、世界を星屑煌めく絶望の海に変えてあげようではないか。
「ああ、早く夜になってくれないものか」
訪れるにはまだ早く、しかし決して遠くない闇の時間。
待ち望みながら、アサシンはまた艶やかに笑った。
【一日目・午前(10:00)/C-8・総合病院】
【
SCP-155-JP-1@SCP Foundation】
[令呪] 残り三画
[状態] 健康(怪我は軽微)
[装備] なし
[道具] なし
[所持金] なし
[思考・状況]
基本:お父さんとお母さんに早く会いたい。
1:魔女っ娘さんはまだかなあ。
2:この男の人(シュラ)は誰だろう。
[備考]
※聖杯戦争に関係する一切の情報を理解していません。
※両親の死を知りません。
【キャスター(星野輝子)@コンクリート・レボルティオ~超人幻想~】
[状態] 健康
[装備] 『彗星の尾』
[道具] なし
[所持金] なし
[思考・状況]
基本:聖杯戦争を穏便な形で終結させる。
1:マスターの安全が第一。まず聖杯戦争に関する基礎的な知識を伝える。
2:聖杯戦争に否定的な人物との協力関係を作る。
3:人吉璽朗またはアースちゃんを探して接触する(現在はアースちゃん優先)。
4:この男の人(シュラ)は誰だろう。
[備考]
※変身していない状態のため、ステータスを視認されません。
【シュラ@アカメが斬る!】
[令呪] 残り三画
[状態] 健康
[装備] なし
[道具] なし
[所持金] 潤沢
[思考・状況]
基本:聖杯戦争を楽しむ。
1:討伐令は一先ず見送り。他マスターの動向を眺める。
2:このガキ(SCP-155-JP-1)に探りを入れる。
[備考]
※
DIOの配下からの情報により、SCP-155-JP-1がマスターであると考えています。
冬木市住宅街火災、正体不明のヒトデとの関連性を想定しています。
【一日目・午前(10:00)/B-6・マンション最上階】
【アサシン(DIO)@ジョジョの奇妙な冒険】
[状態] 健康
[装備] ナイフ
[道具] 『鮮血の継承』
[所持金] 潤沢
[思考・状況]
基本:聖杯戦争を勝ち残る。
1:討伐令は一先ず見送り。他マスターの動向を眺める。
2:少女(SCP-155-JP-1)に強い関心。
3:ジョナサン・ジョースターとの再会に期待。焙り出す手段が欲しい。
4:日中は待機。日没後は自身も街へと向かう。
[備考]
※数十人のNPCを自らの配下とし、情報収集をさせています。
配下には【SCP-155-JP-1の担当医】【相葉夕美】等が含まれます。
※DIOの配下からの情報により、SCP-155-JP-1がマスターであると考えています。
冬木市住宅街火災、正体不明のヒトデとの関連性を想定しています。
[全体備考]
※「
星降る夜に」にて登場したセイバーのサーヴァント及びそのマスターは、数日前の時点でDIOに敗北し脱落しました。
最終更新:2017年01月26日 21:33