第三章-第二幕- ウィルスユーザーズ
「んむー」
妖精の森、妖精城居住区は本当に水だらけの区域だ。
川の下流にある事もあって、道か、畑か、建物か、それ以外は
全て水と言っても過言ではないと言っていいだろう。
もちろん建物の密度も人間の居住区と比べて
格段に高いわけではないので、結果として水の面積が多い。
というわけで
妖精族は魚を食する事も多い。
妖精族の一員である、
ブルーノ=ルストという児童がいる。
これでも
勇者軍の次代を担う
メインメンバーだが、未だ子供だ。
未だ幼児である弟の
マーカス=アニーズィを連れて、
道端に座って、のんきに釣り糸など垂らしていた。
魚を釣る事は生活の一部として、確かにそこに存在するのだ。
今日は川の水の量が多いからだろうか、魚も多い。
バケツ一杯に釣れているのでそろそろやめようかと思い、
ブルーノはとりあえず釣竿を引き上げようとした。
「ん?」
しかし竿が引っ掛かっている。何かを釣ったらしい。
「おにーちゃん、もう帰ろう? お母さん心配するよ?」
「分かってるよ、マーカス。今引っ掛かったので最後にする」
ばしゃばしゃばしゃ!
しかし引っ掛かった魚らしきものは大暴れを始めた。
よほど釣り針に引っ掛かった事が心外だったのだろうか。
「マーカス、一緒に引っ張り上げて!」
「分かった!」
嬉々としてマーカスも加わり、二人で力を合わせて引っ張る。
「うーんしょ!」
「うーんしょ!」
これは大物だ。釣竿が壊れないかどうかだけが心配である。
「どりゃー!」
どばっしゃー!
二人一斉に全力で引き上げると、大魚が釣れた。
しかし、それは魚ではなかった。
「げはごほげほッ!」
激しく咳き込む元大魚と思われていたもの。
「遭難者だー」
「人間の人だー」
二人で驚くも、比較的対処は冷静だった。
「ねーねーねー! すごいの釣ったー!」
すると、ブルーノ、マーカスからやや離れた所にいた
クォーターエルフの背の高い女性が近付いてきた。
「ありゃりゃ。また凄いの釣ったね。で、君は生きてる?」
ようやく落ち着いたのか、釣られた人間が返答する。
「うむ、何とかな。川に転落して立ち泳ぎで凌いでいたら、
水草に引っ掛かって動けなくなって溺れる寸前だったのだ。
正直、命が危なかった。是非礼を言わせてもらいたい」
「いーのいーの。困った時は何とやらってね」
クォーターエルフの女性はさほど気にしてもいないのか、
ブルーノとマーカスに話しかける。
「ねー、エイリアは? さっきまでいたんでしょ?」
「ずっと待ってんのも退屈だからって見回りに出たよー。
今、森の外には危ない奴がいるんだって言ってたー」
「そう、危ない奴がいる!」
釣られた男が急に元気を取り戻し、立ち上がった。
「おおー、タフだね」
「うむ、お嬢さん。伊達に勇者軍を
やっているわけではないからな!」
そこまで言うと、クォーターエルフの女性の表情が変わった。
「勇者軍? 君が?」
「そう。
ジーク=ルーンヴィッツァー!」
「ルーンヴィッツァー?」
更に女性の表情が変わる。
「そっか……そういう経緯でそういう名前の人なら、
間違いないのかもね。その証拠に、
なんか川からまた誰か来たっぽいし、ね」
ジークの流れてきたと思われる方向から、人が二人来ている。
「お客さんがいっぱいだー」
無邪気にはしゃぐブルーノとマーカスは置いといて、女性は
二人を出迎える事にした。
「君達はこの子を迎えに来たんでしょ? 違う?」
「あっ、はい! そーです!」
「ジーク、無事だったね」
二人の客人はよほど走ったのだろう。少し息を切らしていた。
「で、君達は勇者軍、違う?」
そこまで聞くと、二人は……特にライナスが驚いた。
「俺達、そんなに有名人だったかな?」
「あたしの目はごまかせないよ、
ってのも嘘だけど。特に金髪の君は、
あたしの知ってる人によく似てるから。
ユリシーズ=ジーニアス。
聞き覚えあるんでしょ? たぶん、
ジーニアス家の君?」
「あ、はい。それは祖父なんだ。俺は
ライナス=ジーニアス」
「ついでに私は、
ソニア=メーベルヴァーゲンです」
「そう、やっぱり」
女性はにっこりと微笑んだ。
「あたしはね。レイリア=ルスト。
ルスト家直系
セシリア=ルストの妹で、
この子達はお姉の子供達だよ。つまり私が叔母ってことかな」
「ルスト?」
今度はライナスの表情が変わった。
「じゃあ仲間じゃないか。主力部隊に参加しなくていいんですか?」
すると、レイリアは困った顔をした。
「そうしたいのは山々なんだけど、うちのお姉はこの子達の面倒を
見るのが忙しくてそれどころじゃなくってさ。んで、あたしと妹が
前線に出なきゃなんないんだけど、実はここ最近、噂の怪獣が
妖精の森付近でも目撃されてて、動くなって言われてるの。
あたし等が動くなら、それを片付けてからじゃないと……」
「そうなんですか……」
ソニアが神妙に頷く。スプレッダー幼生体の脅威を
数多く目撃し、またその攻撃を我が身に受けたソニアならではの
態度とも言えるのだろう。
「あ、でも心配しないで。妹が戻ってきたら、捜索をかけて
攻め込まれる前に攻勢を仕掛けるつもりなんだ。
よかったら、手伝ってくれるかな?」
「うむ、この子達を守るために私も手伝おう!」
一番に賛成したのはジークだった。恩返しのつもりだろう。
「そうだね。ジタバタ動いても仕方が無い。
ここでジルベルト君達を待つのが得策じゃないかな」
と、ライナス。
「どのみち、ここのスプレッダー幼生体を
片付けるつもりで来たんでしょ?
だったら結果はどうあれ、一緒じゃない。やるわ」
最後にソニア。結論は出た。
「おーし、じゃあブルーノ、マーカス。あんた達は帰っときなさい。
久しぶりに妖精の森が戦場になっちゃうよ?」
「分かったー」
「うん!」
レイリアの指示で二人は引き上げた。もちろん釣った魚は忘れない。
「さて、合流もした事だし、さっそくレーダーでも見て索敵を……」
と、ソニアが端末を開こうとした瞬間。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
けたたましい特有の金切り声。スプレッダー幼生体だ。
距離もそう遠くない。水の中を進んできたらしく、
ほとんど音も無く、妖精の森に侵入してきていた。
「あいつ、いつの間に!」
ソニアの怒声と同時に、スプレッダー幼生体は木を飲み込み始めた。
「何をする気かしら……」
飲み込んだのは針葉樹である。
すると、スプレッダー幼生体は、針葉樹の尖った葉を
大量に吐き出して吹き付けてきた。
それはさながら吹き矢のように鋭い攻撃であった。
当たれば流石にただではすまない。
「はっ!」
全員がそこから飛び退く。流石にここまであからさまな攻撃に
誰も被弾したりはしないのであった。
真っ先に跳躍したのはソニアである。
「どっせぇぇい!」
その鉄拳がスプレッダー幼生体の眼球へと炸裂する。
ばがッ!
さながら水晶か何かのごとく砕け散る眼球。
「たぁぁぁぁぁぁッ!!」
さらに二撃、三撃。
猛攻撃にスプレッダー幼生体の巨体がたじろぐ。
「ライナスさん、行って!」
ソニアの指示でライナスが動き出した。次いで跳躍。
ざばっ!
しかしスプレッダー幼生体が
水の中で暴れ回るせいで水飛沫があがり、
それがライナスの接近を不可能にしていた。
多脚を回避できなければダメージは大だからだ。
「しょうがないか、ジーク! 行ける!?」
次いでジークが跳躍。多脚が襲ってきたが、ジークは斧を振り回す。
がぎゃっ! がぎゃん!!
多脚のいくつもが彼の斧一つによって粉砕されゆく。
「へぇ、凄いな」
ライナスも素直に感心した。どうやらここは二人の独壇場らしい。
ふと、ライナスが後ろに目をやった。
すると、慌ててレイリアは銃を組み立て始めていた。
平時のため、準備が不充分だったのだ。
そして組みあがったのは、大型の狙撃銃である。
まともな人間なら銃座を使わなければ撃てる代物ではない。
「よっし、いくよ!」
自動装填式の銃をスプレッダー幼生体に向けた。
「ゴツいね」
「あたしならでは、かな。さあ、目を閉じて。危ないよ」
「?」
言われるままにライナスは目を閉じた。
「ソニア、ジークも! 目を閉じて!」
ソニアとジークは攻撃を一時止め、離れて目を閉じる。
多脚の大多数を失ったスプレッダー幼生体は
暴れる他に成す術が無い。
「閃光弾、発射!」
だんだんだんだんだんだんだん!
凄まじい連射と照準技術である。
スプレッダー幼生体の複眼ことごとくに
閃光弾が命中し、直後、炸裂。
スプレッダー幼生体は視界を封じられた。
「ぎゃっ、ぎゃぁぁがぁぁ! ぎゃっ! ぎゃふぅっ!!」
スプレッダー幼生体は息も絶え絶えだ。
「実弾装填!」
レイリアが更に攻撃用の弾を装填し、
近距離要員に負けず劣らずの跳躍をもって、
スプレッダーの十字口付近に乗っかった。
「狙撃開始!」
だんだんだんだんだんだんだん!
千メートル以上を狙い撃つための貫通式銃弾を
零距離から乱射するレイリア。
「ぎゃ……ああ……あああ!」
体液らしきものが飛び散り、みるみるうちに
スプレッダー幼生体の動きが鈍くなっていくのがよく分かる。
「狙撃かなぁ……?」
ライナスの素朴な疑問に、ソニアとジークは答える術を持たない。
そして一分後。
スプレッダー幼生体はものの見事にズタボロに駆逐された。
あれだけ零距離乱射したにも関わらず、
銃身にまったく異常は無さそうだった。
まったくもって呆れるほどの質の高さである。
「ほい、任務完了、っと。ところでこの死体どうにかなんないの?
森に置いとかれるのも邪魔なんだけど」
すると、ソニアが困った顔をした。
「うーむ、除去装置のビーム・カーテン部隊は
ここには来ていないし、そもそも水中じゃ
運用出来ないんじゃない? あの重機って」
「確かに……」
ジークも困った顔をする。
「なら、私達が引き取ってあげる」
すたっ。
突如として空から降ってきた女性がいた。
怪しげな覆面のせいか、声もまともなものとして聞くには怪しい。
「誰なの!?」
ソニアが怒鳴ると、女性は、名乗り出した。
「私は新設組織『
ウィルスユーザーズ』の幹部。
このスプレッダーの幼生体が持つ病原菌の情報を保有し、
人類の繁栄に貢献せしめるための集団。
それが『ウィルスユーザーズ』。
そして私の名はコードネーム<
ネイルキャット>よ」
ネイルキャット、と名乗ったコードネームの女性が
高く手を掲げるとヘリコプターが降下してきて、
ワイヤーをスプレッダー幼生体の死骸に取り付けた。
「待て! それをどうするつもりだ! それは勇者軍が除去する!
勝手に部外者が手を出すな!! 分かっているのか!?」
ジークの怒声も一向に意に介さないネイルキャット。
「くそっ!」
ジークが跳躍するがもう遅かった。
ヘリコプターは高度を上げ始めた。
勇者軍の度外視チューン並みの出力を持ったヘリのようである。
「背中を借りるよ」
「うおッ!?」
と、ライナス。ジークを踏み台にして更に跳躍した。
一気にネイルキャットの元へ到達するつもりなのだろう。
高度も悪くなかった。
すると、ネイルキャットは弓を構え始めた。
びしゅっ、びしゅっ!
恐ろしく正確な狙いがライナスをかすめる。そこで一気に失速。
スピードを失い、ライナスもやむなく落下した。
「くっ……やる!」
ジーク、ついでライナスが着地する頃には高度を上げ、
もはや到達は不可能な高度になっていた。
「任せて」
レイリアが狙撃銃を構える。今度は正しい狙撃だ。
風圧、高度、距離、角度。全てを算出し、冷徹なまでに
ヘリコプターのワイヤーめがけて狙撃。
だんだんだんだんっ!
しかしワイヤーは切れなかった。
凄まじい頑強さのワイヤーだった。
また距離も開きすぎていた。もう少し近かったならあるいは
レイリアの狙撃も成功していたかもしれない。
「こないだ
ライゼリーネ・タウンから幼生体の死骸を
勝手に持って行ったのも、きっとあいつらなのね!」
ソニアの怒声が響き渡る。
しかしライナスは冷静だった。
「だろうね。しかも組織と言っていた。ウィルスユーザーズ。
スプレッダーに加えて、俺達の敵対組織ってところ、かな」
レイリアはすぐに端末を開き、索敵する。
倒したスプレッダー幼生体とは
違う方位から、大きなエネルギー反応。
しかも、これもかなり居住区に近い。非常にまずい事態だ。
「三人とも、まだ動ける?」
レイリアが訊くと、三人ともすぐに頷いた。
どうやら非常事態が終わっていないという事を
概ね理解したようである。
「うん、いい子達。じゃあ行くよ。
私の妹もあるいはそこにいるのかも。
スプレッダーだっけ。幼生体か何か
知らないけど、止めなきゃ!!」
「うむ!!」
ジークの返事が終わるや否や、四人は村を離れ、走り出した。
一方、機上の人となったネイルキャットは。一人満足げに頷いた。
「スプレッダーを捕獲する前に二度までも始末、とはね。
流石にやるじゃない、勇者軍ってのは」
すると、機長が反論してくる。
「ですが、いつまでもあんな連中に
好き放題やらせておく理由もありません。
勇者軍に流されない世界作り、この計画なら可能かと思います」
「そーね」
と、適当に機長へ生返事をしてやるネイルキャット。
(でもそんなのどうでもいいの。私はあの子がどうなっているのか、
どう成長してのけるのかを見届けたいだけなんだから……)
そして妖精の森から、ネイルキャット中隊は離脱していった。
スプレッダー幼生体の死骸と共に。
最終更新:2017年12月08日 02:08