第2部序章-第三幕- 日常から非日常へ
時は多少遡るものの、半年ほど前から二人は同居生活を始めていた。
妹シエルが旅に出たのは、
二人に気を遣わせないためでもあっただろう。
この半年近く、二人は実に仲睦まじく、上手くやっていた。
ジルベルトの甘えん坊な性質が強すぎるのが難点ではあるが、
逆に母性本能の強いソニアとは好相性であるとも言えた。
カップルというよりは親子のようにも、姉弟のようにも見えうる
どこか不思議な関係のまま、二人は愛を深めていく。
「ジルベルト君、今日何食べたい?」
街道を歩きつつ、手を繋いだままソニアは言った。
どうやら今晩のおかずを協議するようであった。
『今日はね、パスタがいいの』
「パスタ? ボンゴレとかどうかしら」
ジルベルトは頷いた。
テレパスという能力を生まれ持った彼は、
無口が過ぎてずぼらなまま育ったためにこうなっている。
だが、ソニアも、もはや阿吽の呼吸で何が言いたいかは
大雑把ながら分かるようになってきた。
もう無駄に幸せオーラを振りまきつつ、
にっこにこしながら二人は食品店へと急ぐのであった。
が、刹那――
ぎゅききききききっ!!
どがっ!!
「きゃあッ!?」
ソニアの手を離れ、猛烈な勢いでジルベルトが吹き飛んでいった。
一瞬事態を計りかねたがすぐに分かった。
何故だかは不明だが、大型トラックが猛烈なスピードで暴走し、
小柄なジルベルトを撥ねて、そのまま轢き逃げを強行したのだ。
「ちょっと、ジルベルト君、大丈夫なの!?」
常人なら良くて再起不能、まあ普通に考えて全身強打で死亡、
という具合の事故だったはずなのだが、流石は
勇者軍筆頭。
ジルベルトはすぐに起き上がり、こくこくと頷いた。
『すりむいたー』
と律儀にメールで返事してから、頬を膨らませてムクれる。
周囲の民間人も最初は騒いでいたが、撥ねられたのが
有名人のジルベルトだと分かるとすぐに安心した。
彼の強靭さは惑星アース全土に響き渡っているのだ。
「何なの、あの暴走トラック!?」
憤慨するソニアだったが、直後、パトカーが走り抜ける。
どうやら何らかの事情で追跡されている模様だ。
「要は犯罪者ってわけね、とっちめてやるんだから!」
だが、ソニアがそれを言い終わる前にジルベルトは動いていた。
「ちょっと、ジルベルト君、待ってよ!」
しかし返事は聞かずにジルベルトは徒歩にも関わらず、
たちまちパトカーを追い抜き、
そしてすぐに暴走トラックへと追いついた。
なんだかんだできっちり仔猫四匹までついて来ている。
肝心の暴走トラックはというと、ふらつき始めていた。
どうやら飲酒運転らしかった。
車が何台も回避のために事故を起こしている。
もはやこれ以上の看過は出来なかった。
ジルベルトは暴走トラックの正面に回り込み、
素手で疾走するトラックを押し返しにかかった。
「むぅぅぅ!」
何か癪に触ったのか、トラックの運転手は興奮してアクセルを踏む。
だが、その抵抗も、ものの3秒で無駄に終わる。
ジルベルトは大型トラックをその車体ごと持ち上げ――
ずがっしゃあぁああぁああん!!
地面に叩きつけて強引に横転させたのだ。
タイヤが衝撃でころころ転がったり、
ガラスはヒビだらけになったりと、
もはや走行は不可能な状態となった。
運転手も無傷では済まないだろう。
なんだか溜飲でも下がったのか、ジルベルトは一息ついた。
そこにパトカーとソニアが遅ればせながら到着、
急いで運転手を確保しにかかった。
「ちょっと、ジルベルト君、無茶し過ぎよ!」
『ちょっと張り切りすぎたのー』
小首をかしげてリアクションするジルベルト。
いちいち小動物チックに愛らしく、もはやソニアも嗜める気が失せた。
かくて運転手は現行犯逮捕、事情の説明も特に無く、
顔の利く勇者軍筆頭という事もあって、
ジルベルトは事情聴取無しで解放されたのであった。
「ちょっと、ちゃんといるでしょうね、
巻き込まれて怪我とかしてたりしない?
大福、
きなこ、
みたらし、
黒ごま!!」
ソニアはジルベルトの飼い猫四匹の無事を確かめるべく、
一応確認のため、点呼を取っていた。
「にゃん」
「にゃー」
「みー」
「にゃおーん」
「みゅー」
……返事が五つ。仔猫も五匹。
よーく見てみると、明らかに知らない首輪の付いた猫。
しかしどことなく大福達の面影を残したような、
しかも年頃もほとんど同じような仔猫が一匹混じっていた。
白と黒のぶち模様だが、違和感が無さ過ぎたために、
ジルベルトとソニアは、一瞬気付かなかったのである。
「……増えた?」
『増えたかも』
微妙なリアクションをする二人の前に、
路地裏から赤い服を着た――
がちゃん、がちゃん、がちゃん。
もとい、赤い……否、真紅の鎧を着た重騎士が姿を現した。
「それはウチの仔猫です……ジルベルト兄様」
「メイベル?」
二人は異口同音に驚いた。ジルベルトの従兄妹である
メイベルが何故かこんなところにいるのである。
それも、前回の戦役では見せなかった仔猫まで連れて。
「まだこの子は生まれたてですが、母胎のトラブルから、
この子だけが生き残りました……哀しいですけど……」
そう言うと、愛しさを込めてぶち柄の仔猫を撫でてやる。
「でも、メイベル、なんであなたがここに?」
「緊急事態だからっつってわざわざ直接知らせに来たのよ」
と、メイベルの傍にはソニアの姉、ルシアが出てきた。
「お姉ちゃん……どうやらただ事じゃないみたいね。
メイベル、聞かせてくれる?」
「はい……惑星アース国際平和機構が人間の勢力によって
襲撃を受けたそうです。長官は辛くも脱出したそうですが、
脱出先の受け皿が無く、迷走中との情報が入っています……」
「惑星アース国際平和機構ってアレでしょ!?
スプレッダー戦役の時も各国に働きかけてくれた組織!」
「平和機構だけじゃありません、アーム城にも同様の襲撃です。
その2拠点への襲撃さえ陽動として、謎の人間勢力は
妖精の森の
ルスト家のみに狙いを絞ってきたそうです」
『ルスト家に? なんで?』
ジルベルトは引き続きメールで応対する。
「分かりませんが、直接のターゲットとなっていた
レイリアさん、エイリアさん両名は無事に脱出、
ジルベルト兄様との合流を図っていると聞いています」
「ソニア、ジルベルト君。それにメイベル。
敵と思しき集団の狙いは不明だけど、
ターゲットは勇者軍の人間よ。
新入りの私が軍規を調べても分かるように、
明らかに自衛範囲内事態だわ」
仮に戦闘を行ったとしても、
自衛の内として内外から認められる事態である、と
ルシアに言われ、三者三様に頷く。
「どうも味方は自由に動けていないようだし、ここは私達が
何とかするしかないんじゃないかしら……」
『でも、何を目標にして動くのー?』
ジルベルトが疑問を呈する。
「……順当に考えれば同じターゲットに狙われている以上、
惑星アース国際平和機構の人間は味方と見なしていいと思うわ。
いくら陽動とはいえ、故無くして狙われたわけでもないと思うの。
ジルベルト君。まずはその平和機構の長官さんを探してみない?」
「アーム城には……ユイナ王女も、イスティーム王もいますし
そう簡単に陥落はしないと思います……現に陽動に来た部隊も
圧勝で追い払っているとの報告が入っています。
それに兄様、妖精の森の方はレイリアさん達二人の脱出後、
速やかに引き上げたとの報告も入ってきています……
ここは、ソニアさんの進言が正しいと、私も思います……」
『分かったー』
これで方針は決定した。旅支度を整えたジルベルトだったが、
ストレンジャーソード及び進化形態である
砲剣ストレンジバスターは
自宅へと封印したままにした。
あの武器を人間相手には使えないからだ。
そして道中、ソニアはふと疑問を口にした。
「メイベル、その白黒ぶちの子、名前は?」
「まだ無いんです……出来れば名前を付けてもらえませんか?」
「じゃあ、
あんみつ!」
ソニアは提案する。が、以前飼い猫達に
ヒドい名前を付けられたジルベルトは慌てて止めにかかる。
「おや、どうやらジルベルト君は不満みたいね」
と、自信有りげにルシアが前に出る。
「じゃあ私が付けてみるわね。どうせならうんと格好良く、
歴史上の偉人から拝借して付けてあげよっか!」
熟考することおよそ一分。
「パブロ・ディエーゴ・ホセ・フランシスコ・デ・パウラ・
ホアン・ネポムセーノ・マリーア・デ・ロス・
レメディオス・クリスピーン・クリスピアーノ・
デ・ラ・サンティシマ・トリニダード・ルイス・イ・ピカソ!!」
言うまでもなく西暦時代の画家にして巨匠、
パブロ=ピカソのフルネームだった。
「……………………」
ルシアを除く一同の思考が止まった。
どうやらルシアは、ソニアとまったく違ったベクトルで
ヒドいネーミングセンスの持ち主らしかった。
似ている姉妹と言えばそれまでだが。
「もうあんみつでいいです……」
珍しく投げやりな態度でメイベルは妥協した。
実は内心、どや顔のソニアに心底後悔したのは彼女の秘密である。
(テレパス持ちのジルベルトにはバレているが)
ともあれ、新しい仲間の仔猫、あんみつを加え、
とりあえず惑星アース国際平和機構の
長官の捜索を当面の目的として、
ジルベルト率いる
勇者軍主力部隊は再始動するのだった――
最終更新:2011年02月26日 21:50