第十二章-第一幕- 煽られる不安(前編)
ロバートが拉致されたりと、ゴタゴタしていた頃、
ウォルフ王子は
アーム城の
ソルジャー達や民政部の政治家や、
勇者軍予備役隊員やOB・OG、
果ては市町村長達を出来うる限り集めて、
アーム城で緊急対策会議を始めていたのであった。
「ですから、我々が成り行き上、
シドミード王国及び国王と対立し、
その過程で遭遇、殲滅したものが
イグジスターと呼ぶ存在なのです」
出来る限りの記録映像や写真を並べて説明するウォルフ王子に、
多くの者が半信半疑で黙って聞いている。
「正式名称、
イグジステンスサッカー。存在を吸収するもの。
あまりに長いため、略称としてイグジスターと呼びます。
正体は不明ですが『確かに存在するもの』という意味合いです。
その外観はくす玉大の黒いゲル状の物体としか
言いようがありません。また、当方の気象観測台で
ブラック・レインと呼ぶ雨によって飛来しましたが、
どこからやって来たのかは定かではありません。
その目的は全ての生命を食いつくし、
生態系を根底から崩壊させる事。
砕いて言えば世界を滅ぼすこと、
と言っても過言ではありませんね」
「食い尽くす、という事は捕食というのですか?
方法は知っていますか?」
「数多い人類を食い尽くすなど、
そんな馬鹿な事を本気でやるというのか?」
「大体、そんな映画じみた化け物がいるなど、
にわかには信じがたいのだが?」
議員達や市町村長からも質問や疑問の声が飛ぶ。
「証言者もいます。彼の村は……
イグジスターに壊滅させられました」
前に飛び込んできた若者は包帯だらけの姿で人前に姿を出した。
「本当なんです、信じて下さい……
このままでは人類がみな、危ないのです」
そして通る嗚咽の声。
「証言者が王子とこの若者だけ、というのもなぁ……」
それでも懐疑的な声はやまなかった。
どばたん!
騒々しい音を立てて、数人の民間人が中に入り込んでくる。
「助けて下さい、王子様! ウチの村が……ばっ、化け物に!」
「私の町もなんです……もう既に生き残りはほとんど……ううッ」
「許せない……あの黒い奴等……よくも俺の家族を……!」
いずれも違う市町村から来た者達なのだという。
この緊迫感、証言が一人二人などという生易しいものではない。
もはや、これだけの証拠を見せ付けられて疑う者はいなかった。
それを実感する間を、ウォルフ王子は民間人保護に費やした。
そして場が落ち着いてから、ウォルフ王子は壇上に戻る。
「で……王子、我々はどうすれば良いのだね?」
議員がウォルフ王子に極力、冷静に質問する。
「まずはイグジスターの解析が必要です。
ダイギン共和国とも連携し、
科学的にイグジスターの識別装置を開発しなくてはなりません。
奴等は捕食した人間に擬態し、巧みに社会に潜り込みます。
白虹騎士・
ホワイトナイトはフルアーマーの中に
黒いゲル状のものが入っていただけだったので、
むしろ前より上手に擬態してきていると断言していいでしょう。
識別装置を全世界規模で開発し、完成次第駆逐に移ってください。
ただしイグジスターは擬態どころか、丸呑みした人間の能力まで
ほぼ完璧にコピーするため、駆逐に普通の人間は使えません。
各冒険者ギルドとの密な連携は欠かせないでしょうね」
そこまで言うと、多くの者は嘆息した。
「その識別装置が出来るまで、我々はどうすればいいのだ……
まさか、疑わしき者は罰せよ、の要領で、
少しでも怪しい奴は皆殺し、というわけにもいくまい」
議員は全員の意見を代弁した。
「皆殺し、とはいかないでしょうが、隔離は必要でしょう。
隔離を拒否するなら拘束、それで存在が発覚するなら
抹殺していくしかない、という事になります。
それから単独行動厳禁を全人類に徹底させる必要があります。
奴等は人気の少ないところに移動した者から食い尽くします。
隙を出来るだけ見せない事で、被害を最小限にしましょう。
識別装置が完成したなら、全市民を識別装置にかけて、
事が収まるまで可能な限り、シェルターに収容します」
市町村長のうちの一人が、ウォルフ王子に更に質問する。
「あい分かった。だが肝心なのはそこではないだろう?
この作戦に勇者軍の力を期待しても良いのかな?」
「だからあなた方は認識が甘いと言っているのだ!」
ずがん!
ウォルフ王子が、とうとう腹に据えかねてテーブルを殴り壊す。
その剣幕と行為に、一同が怯える。
「アレの恐怖を間近で見た事が無いからそんな暢気な事が言える!
必死に逃げ込んできたさっきの民間人を見なかったのですか!?
あの顔と態度と傷が全てを物語っているというのに!
アレは、イグジスターは人類の敵なんて生易しいものじゃない!
生態系の……いや、生命の存在する意味そのものに対しての敵だ!
それが支配者面して、この星の生命を脅かそうとしている!
つべこべ言っている暇があったら今すぐ戻って対策を取りなさい!
惑星アースの人間がいなくなってからでは遅いのです!!
勇者軍とかザン国とか、そんな小さい事を言っている場合ですか!
己が分をわきまえ、己が為すべき事を速やかに解し、
為さなければならない事を今すぐ為しなさい!
自らの命が惜しくないのですか、あなた方は!?」
「は、ははぁッ!」
全員、散り散りになって逃げるように自らの居場所へ戻る。
残ったのは勇者軍関係者だけとなった。
外から、また必死に逃げてきた民間人の声が聞こえる。
それをなだめて、必死に保護するソルジャー達の声が聞こえる。
その声が、その態度が、その全てがウォルフ王子の不安を煽る。
ウォルフ王子だけではない。ソルジャーも民間人も、
自分達の態度によってその不安を加速させてしまっている。
非常にまずい。決して良くない兆候である。
「ロバート、あなたならこの事態をどうしたのです……?
私のように叱り飛ばすだけの不器用な男ではないと信じたい……!」
と、独白したウォルフ王子。
だが、気を取り直して、ソルジャーの一人を呼ぶ。
「暗号電文を打ちなさい! 宛先はダイギン共和国です!
アンリエッタ姫か、アイゼンカグラさんに直接聞かせなさい!
彼女の
メカニックとしての力は絶対に必要なのですから!」
怒号と指示が飛ぶ、惑乱の戦場。
そう、この城もまた戦場の一つと化しつつあるのだ。
五つの村と、三つの町が既に壊滅した以上、
このアーム城と城下街は、
ザン共和王国の最大の防衛拠点と化した。
そうせざるを得ないほど情勢は逼迫している。
その上、他国の力まで頼らねばならない。
そこまでしてでもイグジスターの脅威を跳ね除けられるかどうか、
ウォルフ王子にはまったく自信が無かった。
何故なら、イグジスターの正体は未だに不明なのだから。
その出自も、数も、弱点も……
最終更新:2012年03月11日 21:06