鬼となった者に、穏やかな朝というものは二度と訪れない。


 朝日とは鬼の天敵。日輪刀を遥かに凌ぐ絶滅の極光。
 外道の全霊を裁く天道が遍く時間を過ぎ去るまでは、闇から出ること能わず。
 指先ひとつでも出せばすぐさま焼け付き塵に還る。
 屋敷に、木陰に、岩の下に、みじめに逃げ込み引きこもらけねばならない無様さ。強さの代償。喪われた長閑な生。

 例え霊体に身を変えていようと、死活に直結する以上は陽が差してくる感覚には鋭敏だ。
 視覚は閉ざされた霊感のみの世界だが、肉を透かして通る光の想像に、否応にも拒絶反応が出てしまうのだ。
 落ち着ける場所は自然と日陰になり、身じろぎひとつに注意を払う。生前の習慣とは中々抜けるものではないらしい。
 夜明けから夕刻までは霊体化したままでも軽々に動くべきではない。予選の期間に学んだ教訓だ。
 結論。夜が明けてからの活動は、どうしても手持ち無沙汰にならざるを得ない。 


(セイバーさん……今日も行ってきます……!)
(…………………)


 黙殺。


(……ふふっ……!)
(…………………)


 応えていないのに返事があったように喜ぶ。今のやり取りの何処に、可笑しい部分があったというのか。

 常に沈黙で返してる朝の遣り取りも、続けていれば否応なしに日課のひとつになる。
 見える心理は健常のそれだというのに、此方を気にかける言葉ばかりかけてくるのは得体が知れない。
 脳を介して直接声を届かせる会話は慣れたものだが、今ではなんともいえないむず痒さがある。
 自分の心の奥底を隠し立てる必要のない、全てを知られている支配に、安心すら憶えていたというのに。
 逆に今は、他者に自分の内側を覗かれてる事に妙な苛立ちが嵩んでいくのだ。

「……うん、今日も上手く巻けてる……。いいことがあるかな……」

 今もって、この娘の考えは理解に及ばぬ。
 雲の翳りもなく日照が続くのもあって、この鬱屈は夜が更けるまでまだ晴れはしない事もまた、通例だと理解していた。






 朝餉を済ませ、身支度を整え、住居を出て行く。
 二つに結わえた銀の髪が歩行の度に揺れている。ぱたぱたと足早に目的地に向かっている。
 不安などない、心配する事柄などないかのように歩く様を、闇の中で後方から眺める。 

 幽谷霧子。自身のマスター。
 令呪を刻まれているというだけで、主と定めたわけではない娘。
 一度としてあの娘をマスターと呼んだ事はない。あれはあくまでも己をこの場に繋げ止める『要石』の役目でしかない。
 何故あのような弱者が上弦たる己を喚び出せたのか。聖杯戦争の本戦が開始されてもその理由ははっきりとしていなかった。

 予選の期間中に、直接剣を交えられたサーヴァントはいなかった。
 斥候に放っていた使い魔、魔獣の影を幾らか斬り捨て、魔力の補充としたりはしたが、英霊と直接の邂逅は得られずじまいだ。
 鬼ゆえの活動時間の限界もあるが、元より聖杯戦争は夜が本命。接触の機会はむしろ夜こそ増すものなのが普通であるのに。
 単に運が悪かった。そう見做してもいい些事ではある。だがそうと容易に捨てられない、僅かな淀みを含む懸念が、ある。

 対敵を求め夜の街を練り歩く際、あの娘は常に傍らについてきた。
 といっても所詮は書生の身だ。鬼狩りのように夜間哨戒をしてるわけもなし、子の時が回る頃には眠気に勝てず部屋に戻る始末だ。
 家に帰してから漸く索敵に神経を傾けて、夜が明ける直前まで渡り歩くを繰り返した。

 得られた手がかりは少なからずある。
 夜な夜な暗所を蠢く、一様に顔に奇妙な紋を巻いた集団。 
 切断でも粉砕でもなく、構造そのものから崩壊した建造物。
 散らばる人体。撒き散る血潮。状況を推し量る戦場跡なら何処に行ってもある。
 しかしそんなものは間接的な物証に過ぎない。首級を挙げるには程遠い細かな戦果だ。
 探知系の術は鍛えていない。土地勘の無さもあって足を使って回るしかない。
 これではまるで鬼狩りであった頃のような、『隠(かくし)』や階級の低い隊士が鬼を捜す際の地道な調査だ。
 懐かしくも愚かしい昔日の記憶が蘇る。実に辟易する。

 サーヴァントを補足できるのは基本的にサーヴァントに限られる。
 そして白昼堂々、ただの町民が往来でサーヴァントに奇襲を仕掛けられるという可能性は低い。
 サーヴァントを引き連れていなければ、幽谷霧子は界聖杯の舞台に用意された住人と区別はつかない。その右手に刻まれた令呪を除けば、だが。
 であれば常に側に控えて警護するよりも、視認できる間合いを保ちつつもある程度は離れていた方が不安要素を摘める。
 どの道日が沈むまでは実体化しても禄に行動も取れないのだ。鬼という種の制限は英霊と化してもつきまとう。
 索敵も戦闘も不可能ならば、いっそ時が満ちるまで要らぬ騒動はやり過ごせばいい。

 やはり本命となるのは夜だ。
 日が落ちた頃、そこでこそ鬼の力を十全に発揮できる戦場が巡る。己の強さを練磨させる、黒死牟の存在意義。

 それを理解してるのかしてないのか。
 娘は異を唱えたりせず、しかし行動を改めるでもなく、昼夜の間、可能な限り街の各所を巡っているのだ。



『セイバーさんは、朝もお昼も外に出られないんですよね……?
 じゃあ、わたし……色んなところに出かけますね……。それでいっぱい外のお話を……持ってきますから……!』


 成る程道理ではあった。
 意外すぎる程道理だった。
 昼に怪しまれもせず外を出歩けるのは、鬼の時代にはない選択肢だ。よもや進んで情報収集にあたるだけの知恵が、いや意思があるとは。
 本戦の触れによれば、界聖杯から帰還できる人間は一人のみ。サーヴァントを失ったマスターは例え生き延びても世界ごと抹消されるという。
 死という逃れられぬ事実を前にし、いよいよ他者を犠牲にする覚悟を決めたか。
 だとすれば結構な事だ。事態の認識すら叶わないこれ痴愚であればいよいよ見切りをつけなばらなかったが、これ以上余計な足を引っ張られる労を負わずに済む。


『孤児院の診断についていったんです……子供たちはとっても元気で、わたしも綱引きみたいに引っ張られちゃって……』
「それでですね……摩美々ちゃんが咲耶さんにいたずらしようとするんだけど……咲耶さんは笑いながら、とんとんって……」
『皮下先生のお部屋には……タンポポさんがいるんです……。もう夏なのにきれいな花を咲かせてて、とっても長生きなの……』


 ……尤も。それが役に立っているかは別問題だが。
 他愛のない、日常の風景。
 小さな諍い、和解による融和。
 弱く儚い生命が懸命に、さも愛おしげに映るよう牛歩を鈍く踏みしめる。


 ああ、何という───長閑で、無意味な時間か。


 わざわざ語って聞かせるのは、内在する戦争への忌避と不安を解消する手段なのかもしれないが、だとしたらどうだというのか。
 サーヴァントを茶飲み仲間だとでも考えているのか。世間話に花を咲かせたいのなら他を当たれ。
 この身は戦う為にのみ喚び出された鬼人の影法師だ。戦乱を招き、振る刀に血を吸わせ、力を高める鎬を削る事こそが我が望みだ。
 屈辱だ。戦えないサーヴァントに何の意味がある。握られず棚に飾られてるだけの刀にどんな存在意義がある。

 沸き立つ苛立ちを直接ぶつける事だけは堪えた。八つ当たりに娘を嬲るなぞそれこそ侍の行いではない。
 出来る事といえば、この感情を敵に叩きつける瞬間まで研ぎ上げるぐらいか。
 流れる言葉を受け流し、言葉が止まれば此方の返事を窺うような沈黙の後、奇妙な表情をすれば終わりの合図だ。
 緩やかに蓄積される噴流に蓋をし記憶を封入して、特に滞りなく医院に入っていくのを見届けた。



 向かっていたのは病院だ。元から住居とは隣接して同じ敷地内に敷設されている。所属を同一する宿舎なのだろう。
 この東京で最も巨大な医院のひとつだと言っていたが、遠目にも目視するのは初めてだ。
 確かに大きい。内部も相当奥に広がっており、陽光が届かない空間にも事欠かないだろう。
 勝手知ったる様子で迷いなく廊下を歩いてる背にかかってきた青年の声を『この耳で聞いた』。


「おー、おはよー霧子ちゃん。今日も来てくれたんだ」
「あ……皮下先生……おはようございます……!」
「学生ってもう夏休みじゃないの? 駄目だぜ? 折角の青春をこんな殺風景な病院で消費しちゃったらさー」
「いえ……わたしは好きでやってるので……」


 施設内部に入ってから姿は見えずとも、会話や接触した情報は恙無く伝わってくる。
 英霊となっても残っている、鬼同士にある情報共有の応用だ。
 マスターと契約で結ばれた因果の線を利用する事で、かつての情報網の再現が成った。
 鬼とは違い上位の方に支配権は無く、共有には常に一方からの認可が必要であるが、あちらで所用以外で打ち切られた機会は今の所ない。


「そっ……かぁ〜〜〜霧子ちゃんはいい子だねぇ〜〜〜! うちのアル中にも見習ってほしいよほんと!
 呑んでは暴れるし暴れては飲むし、ああいうの身内にいるとマジ勘弁してってなるんだよなあ〜〜〜〜〜」
「そ……そうですか……?」


 他人の情報を間借りしてるため、直に目にするのとは勝手が異なる。『透き通す』事は叶わない。
 ゆえに確証には至らないが……会話している皮下という男、只者ではあるまい。
 見目は軽薄な若者だが、感じ取れる気配……年季とでもいうべきか。百年を生きた老人と違わない『深み』がある。それこそ、鬼のような。
 サーヴァントか。マスターか。いずれかの手の及んだ魔性か。そうした手段は、誰よりも自分達が心得ている。
 こればかりは、この目で確かめなければ証は取れないだろう。

 この旨、ここで伝えるべきか。いや……今話せば気取られる。
 患者の数も多く院内には大勢の人がいる。ここで戦端を開くのは不利になる。
 ここまで織り込んだ上で職務をこなしているとしたら、大したものだ。

 男の件については、一旦離れてから教えればよかろう。
 マスターを泳がせているのもその方が好都合だからだ。顔が利くというなら出来るだけ深く潜らせればいい。
 目下注目すべきは、この建物内にはサーヴァントが潜んでいるだろう。少なくとも、その下地がある。
 病院内の奥の奥底。部下であった鳴女が操る異空間・無間城に近い結界術。
 その様相を深く知るからこそ見抜けた、微弱な現実との齟齬に起こる摩擦だ。
 評するならば、獣。箱に押し込まれ蓋をされていながらなおも漏れ出る、しかし見逃せない異形の重圧。
 解き放たれれば万物が見上げる、目を逸らす事すら許さない巨獣。
 此処は最早病院とは言えまい。意味合いでいえば百の獣を纏めて囲う鉄の檻と同義だ。
 そして獣がありつく餌とは、言うまでもない。


「───まあでも実際霧子ちゃんに手伝ってもらって助かってるんだけどね。近頃いやーな事件が多いし、それ関係で怪我人もドンドン運び込まれてもうてんやわんや。
 霧子ちゃんはどこだーって騒ぐ患者もいてさ。まったく病院はアイドル活動の場所じゃないってのに……」
「ご……ごめんなさい……! わたしがいるせいで、困らせちゃってますか……?」
「ああいやいや、そういう意味じゃないよ。助かってるって言ったろ? こういう状況じゃ体だけじゃなく心の静養ってのも必要になる。
 霧子ちゃんは華があるからさ。そういう方面でも支えになって欲しいんだよ。エンタメ的な癒やしはインテリの医者じゃあ上手くいかないもんだ。
 ───まあ、花に関しちゃ俺も負けてないけどな? 花咲かりのイケメン院長として若者人気を奪われるわけにはいかないぜ?」
「……! ふふっ……ふふふっ……!」


 ……そう、異形の気配といえば、もう一つある。
 これは虚像すら見ていない、直感でしかないが、逆に明らかな確信を持てて断言できる。
 同族……己と同じ手法で鬼と成った者が、この地に集っていると。

 夜を彷徨うまでもなく。
 朝に聞かせられるまでもなく。
 これは本戦の始まりを告げられたと同じ時分から、虫の知らせとしか言いようのない予感が鳴り止まないでいる。

 己がこうして召喚されてる現実を鑑みるに、他の鬼もサーヴァントとなっている事象には否定する論もない。
 かといって、同じ戦場で再会するなどとは、砂粒程の確率ではあるまいか。
 界聖杯の性質に一抹の疑念を抱いてしまうが、今急するべきはどの鬼が来てるかの見極めにある。

 猗窩座、童磨なら全く問題ない。
 組むには不都合なく、斬るにしても遅れを取る事は皆無だ。上弦の階位の差はそれほどに厚い。
 それ以下の上弦、まず有り得ないが下弦以下であれば論外だ。

 ───ああ、無意味だ。
 無意味に尽きる。
 そんな分かりきった話を再認してどうする。上弦の壱(わたし)以下の鬼がどれだけ集まろうと対処に困りなどしないではないか。
 考慮しなくてはならない未来を、浮足立った希望を摘み取られる絶望の予感を、己は意図的に避けている。


「ところで……前々から気になってたんだけど。霧子ちゃんの包帯ってソレ、なんかのおまじないなんだって?」
「? はい、そうです……」
「へえ、面白いね。若い子じゃ流行ってんのかな? アレ? 包帯の下に好きな子の名前書いてるとか?」
「え、えっと、それは───あの…………。
 ……秘密、です」


 もしも。
 もしもあのお方であったのなら。
 因縁の糸を手繰った先に着く源泉が、我等の始祖たる絶対の存在、鬼舞辻無惨だとしたら───



 私は/俺は、『今度は』一体何を、選び捨てるというのか。

【新宿区・皮下医院/一日目・午前】

【幽谷霧子@アイドルマスターシャイニーカラーズ】
[状態]:健康、お日さま
[令呪]:残り三画
[装備]:包帯
[道具]:?
[所持金]:?
[思考・状況]
基本方針:???
1:色んな世界のお話を、セイバーさんに聞かせたいな……。
2:皮下医院でお手伝いです。
3:包帯の下にプロデューサーさんの名前が書いてあるの……ばれちゃったかな……?
[備考]
※皮下医院の病院寮で暮らしています。

【セイバー(黒死牟)@鬼滅の刃】
[状態]:健康、苛立ち
[装備]:虚哭神去
[道具]:
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:強き敵と戦い、より強き力を。
1:夜が更けるまでは待機。その間は娘に自由にさせればいい。
2:皮下医院、及び皮下をサーヴァントの拠点ないしマスター候補と推測。
3:上弦の鬼がいる可能性。もし無惨様であったなら……
4:あの娘、何を考えてるのか分からぬ……
[備考]
※鬼同士の情報共有の要領でマスターと感覚を共有できます。交感には互いの同意が必要です。
 記憶・精神の共有は黒死牟の方から拒否しています。


皮下真@夜桜さんちの大作戦】
[状態]:健康
[令呪]:残り三画
[装備]:?
[道具]:?
[所持金]:纏まった金額を所持(『葉桜』流通によっては更に利益を得ている可能性も有)
[思考・状況]
基本方針:医者として動きつつ、あらゆる手段を講じて勝利する。
1:病院内で『葉桜』と兵士を量産。『鬼ヶ島』を動かせるだけの魔力を貯める、
2:全身に包帯巻いてるとかさー、ちょっとあからさますぎて、どうするよ?
[備考]

【ライダー(カイドウ)@ONE PIECE】
[状態]:健康、呑んべえ(酔い:50%)
[装備]:金棒
[道具]:
[所持金]:
[思考・状況]
基本方針:『戦争』に勝利し、世界樹を頂く。
1:『鬼ヶ島』の浮上が可能になるまでは基本は籠城、気まぐれに暴れる。
2:で、酒はまだか?
[備考]
※皮下医院地下の空間を基点に『鬼ヶ島』内で潜伏しています。


時系列順


投下順



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セイバー(黒死牟)
皮下真
ライダー(カイドウ)

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最終更新:2023年03月11日 01:46