◆◇◆◇
“この世界”―――“界聖杯”に招かれる前。
元いた場所での、小さな記憶です。
お日様が落ち始めた、夕方の一時。
私/
櫻木真乃が仕事の打ち合わせを終えて、帰宅しようとした矢先でした。
とん、とん、とん、とん。
きゅっ、きゅっ、きゅっ。
いつも聞き慣れた音でした。
シューズが床を蹴って、擦れながらリズムを奏でる。
アイドルである私達が常に耳にする、素朴なメロディー。
レッスン室の前を通り掛かった私は、それが気になって。思わず部屋を覗き込んでしまいました。
広い空間の中、大きな鏡の前で。
緋田美琴さんが、一生懸命にステップを刻んでいました。
283プロダクションに移籍してきた、芸歴10年の大ベテランさんです。
SHHisというユニットで活動していて、抜群の歌唱力とダンスで引っ張っています。
初めてパフォーマンスを見させて頂いたときは、ほんとにすごいなあって―――ただただ感動してしまいました。
これが、アイドルとしてずっと活動してきた人の実力なんだって。私は、改めて気を引き締めてしまいました。
美琴さんとはあまりお話をしたことがないけれど、それでもすごく印象に残っています。
綺麗で凛としてて、いつも格好良くて。
にちかちゃんと接してる姿を見ていると、なんだかもう一人のお姉さんみたいだなあって思っちゃいます。
だけど、その隣に。
レッスン室にいる美琴さんの側に。
にちかちゃんの姿はありません。
WINGでの優勝を惜しくも逃した、あの日以来。
にちかちゃんは、事務所に来なくなってしまいました。
事情は何もわかりません。きっと、
プロデューサーさんやはづきさん達だけが知っていることで。
私達は、にちかちゃんがいなくなったという事実を―――ただ見つめることしか出来ませんでした。
思えば、あの時から、事務所は少しずつ“変わっていった”んだと思います。
にちかちゃんの不在。
噂で聞いた、はづきさん達の家庭の事情。
ひとりレッスンを続ける美琴さん。
今まで以上にお仕事へとのめり込むプロデューサーさん。
少しずつ綻びのようなものが見え始めて。
みんながそのことに、うっすらと気付いてしました。
そして、はづきさんが倒れてしまったあの日。プロデューサーさんと社長が仕事を続けられなくなったとき。
プロダクションの休止が伝えられた、あのとき。
私は、なにをしているんだろう。そう思ってしまって。
夜空に輝いていたはずの星々が、何処にも見えなくなってしまいました。
みんなを笑顔にするのが私達“アイドル”なのに、すぐそばにいる人達を支えられなかった。
それに気付いてしまった時から、私の見る世界はぼんやりと色褪せてしまいました。
それでも私は、プロデューサーさんの想いに報いるために。また事務所が続けられるように。アイドルとして、プライベートも犠牲にして走り続けました。
プロデューサーさんを支えられなくて、みんなを心配させて、私はどうしようもなく無力でした。
いまの私も、同じ。
本当にちっぽけで、結局なにもできない。
―――なにも変えられない。
◆◇◆◇
「――――はい、櫻木です……はづきさん?」
◆◇◆◇
短い通話を終えて、私はスマートフォンをしまって。
そのまま、項垂れるように視線を落としました。
連絡が来たのに、何か手がかりが掴めるかもしれないのに。
私は、心のどこかで、一歩前に進むことを拒んでいる気がして―――。
相変わらず人が来ない、ひっそりと隠れた公園。
私は、ベンチの端っこに座っていて。
「あの……」
もう片方の端側――ひとり分のスペースを開けて、遠慮がちに座っていた“
神戸あさひ”くんが話しかけてきました。
「何か、あったんですか」
あさひくんは、少しだけ気まずそうに。
だけど、心配するように聞いてくれます。
何処か不安そうだけれど。それでも、会ったばかりの私のことを気遣ってくれます。
お互いに、少しずつ気持ちは落ち着いてきたと思います。
私達ふたりの間に、会話は時々ありました。
聖杯を求めて戦っているのかと、あさひくんに問いかけたとき。あさひくんは頷きましたし、私も正直に自分の方針を打ち明けました。短い会話でしたけど、少しでもお互いのことを知ることができました。
そしてあさひくんがアヴェンジャーさんと相談することがあるから、と言って少しだけこの場から離れたとき。
その時も、少しだけ私達が言葉を交わしました。
お互いに語り合った時間は、決して多くないけれど。
それでも、あさひくんがどういう子なのかは、何となく伝わってきました。
最初はライダーさんにすごく怒っていて、ひかるちゃんにも反発していて、少し怖かったけれど。
本当は、大人しくて。優しい子なのかなって、今では思っています。
落ち込んでいる私を気遣うように、何も言わずにそっとしておいてくれたから。
俯きがちに苦悩していた私のことを、心配するように何度か見てくれたから。
上手く人と接することができないのは、私もいっしょでした。
引っ込み思案で内気、人とのお付き合いにも消極的で。そんな自分を変えたくて、アイドルになることを決意した私でした。
だから、あさひくんの素振りにも、思い当たるふしがあって。あさひくんの気遣いや優しさも、何となく汲み取ることができました。
「はづきさん……お世話になってる事務員さんから、電話が入ったんです」
「それって……事務所の、ですよね」
「はい。しばらく、事務所には近づかないでほしいって……」
だから私は、打ち明けられたんだと思います。
つい先程来た、はづきさんからの連絡について。
「私の、プロデューサーさんからの伝言でした」
―――それは、プロデューサーさんからの“伝言”。
あのとき傍で支えることのできなかった、掛け替えのないひと。
私がひとりでアイドルとして奔走し続けることになった、きっかけ。
この世界でも、プロデューサーさんは事務所に来ていませんでした。
何か事情があるらしいことは聞きました。それが何なのかはわからなくて、結局は臨時の職員さんたちが頑張ってて、事務所の仕事も少しずつ縮小していっていました。
星に手を伸ばしても、決して届かない。
そんな言葉が、ふいに頭をよぎりました。
いつも、間に合わない。
いつだって、届かない。
みんなが責任を背負って、みんなが変わっていきます。
そんな中で、私は一歩前に進むこともできていません。いつだって、足踏みしているだけ。
元いた場所では、プロデューサーさんのことを支えられませんでした。すぐそばにいたはずなのに。ずっと私を支えてくれたのに。私は、それに応えられなかった。
灯織ちゃんやめぐるちゃんには、心配をかけてしまいました。罪の意識から一人で無理して、ふたりの想いを無視するばかりでした。
「あさひくん」
「……はい」
「私とあさひくんは、同じ道を進めないけど―――それでも、あさひくんのことはすごいなって思うんです」
ここでも、いっしょです。
私が咲耶さんを助けられたかもしれないのに。私だけが、咲耶さんを救えたのかもしれないのに。
結局私は、咲耶さんがどこにもいなくなったという話を―――手遅れになってから聞くだけでした。
戦いたくない。傷つけたくない。そんな私の思いを、ひかるちゃんは全部背負ってくれています。
あの場で、グラス・チルドレンの子を手に掛けたように。私にできないことを、私がやりたくないことを、何もかもひかるちゃんに押し付けています。
「わたしと、同じくらいの歳だと思うのに。
それでも……自分が何をしたいのか、はっきり決めてて。
ただ流されるだけの私と違って、ちゃんと考えて向き合ってる」
あさひくんは、聖杯を求めてる。
それを肯定したときの表情は、忘れられない。
真っ直ぐな眼差しで。覚悟はもう決めていることを、訴えかけてて。
それでいて、時おり辛そうな横顔をちらつかせるのが―――哀しくて。
きっと苦しいはずなのに、自分でちゃんと背負っている。
私は、こんなに無責任で。
どうしようもなく無力だって。
気付いてしまったから、身動きさえ取れない。
だめな自分を分かっているのに。どうしようもなく、こわくて。
なにかを裏切ることも、怖い。
なにかを壊してしまうことも、怖い。
「あさひくんのこと、全部は分からないけど。
それでも、本当に、ほんとうに、すごくって……―――」
ひかるちゃんがいたのに、すぐ傍で気付けたかもしれないのに。咲耶さんを助けることができなかった。
本戦が始まってからも、変わりません。
アイさん。ライダーさん。あさひくん。アヴェンジャーさん。―――ひかるちゃん。
みんな何かを背負って、頑張っているのに。
この聖杯戦争の中で、戦い続けているのに。
私は、進めていない。
いつまでも、取り残されているだけ。
「櫻木さん……?」
だから、私は―――プロデューサーさんの伝言が来たのに。
結局、はづきさんから何も聞けなくて。
それが、くやしくて。情けなくて。
心配するあさひくんの声もよそに、俯いてしまって。
「……私は、なにもできてないんです」
思わず、そんな一言がこぼれて。
「私は……」
そんなことを呟く今の自分を、見つめた途端。
「私はっ……――――」
涙が、ぽろぽろと零れて。
止まらなくなって――――。
「――――櫻木さん……!」
―――そんな悲しみを裂くように、あさひくんが声を張り上げました。
私は思わず、目を丸くして。涙を擦りながら、あさひくんの方を向きました。
あさひくんを動揺させていることは、すぐに分かってしまって。
それでも、彼は息を整えて―――言葉を紡いでくれました。
「俺も……櫻木さんの苦悩を、ぜんぶ知ることは出来ないです」
あさひくんは、私の方を真っ直ぐに見つめてくれています。
不安や困惑を滲ませながらも、しっかりと一言一言を絞り出して。
「だけど。本当に優しい人は、いつだってひとりで苦しみを背負って……自分を追い込んでしまうから……。
俺も、“そういう人”を知っているから―――」
どこか、悲しそうな目で。
今にも泣き出しそうにも見える顔で。
それでも。私から、目を逸らさずに話してくれて。
「櫻木さんにも……自分を、傷つけてほしくない」
そう伝えてくれるあさひくんを見つめているうちに。
溢れていたはずの涙は、止まっていました。
彼の言葉には―――確かな優しさが、あったから。
「――――その通りです!」
そのとき。キラキラとした活力を放つ、元気な声が飛び込んできました。
それを耳にして、私はハッとそちらの方を見ました。
私よりも小さいのに、私よりもずっと元気でパワフルな女の子。
さっきまでアヴェンジャーさんと一緒に周辺の見守りをしてくれていた、大事なお友達。
そして。私の代わりに、戦う責任を背負ってくれている―――。
「あさひさん!真乃さんを励ましてくれて、ありがとうございます!ここからは、私が引き受けます!」
星奈ひかるちゃんが、霊体化を解いて私達の前に現れました。
その姿を見て、あさひくんは少し驚いてから。安心したように、かすかに微笑みました。
「みんな違って、みんなそれぞれ。
だから、真乃さんの悩みも真乃さんだけのものだって思います。だけど――」
ひかるちゃんは、私を真っ直ぐに見つめてくれて。
そして、言葉を紡ぎ始めました。
「それでも、真乃さんの気持ちはわかっちゃうんです!」
力みながらそう言うひかるちゃんの表情は、真剣そのもの。
私のことを本気で心配してくれている。
それをすぐに理解できて、私は何も言わずに耳を傾けていました。
「わたしも……あの時。あの“イマジネーション”を掴めなかった頃に、真乃さんと同じ気持ちになってたから……」
―――ひかるちゃんの“生前”は、何度か夢で見たことがありました。
ひかるちゃんは、銀河を救う伝説の戦士。
「みんな何かを背負って先に行っているのに、みんなが未来へと歩き出したのに。
どうしてわたしだけ、燻ってるんだろうって。
わたしだけ進んでない、取り残されてる―――」
特別で、すっごくて、だけど。
天真爛漫で、色々なことに思い悩んで。
友情を育んで、何度も苦難と対峙して。
たくさんの経験の中で成長していって。
つまり、普通の女の子。
「でも、私の友達―――ララは言ってくれした!わたしがいたから、ありのままの自分でいられたって!
わたしはここにいてもいいんだって、教えてもらいました……それでわたしは前に進めたんです!」
友達がいたから、前に進めた。
友達に支えられて、成長できた。
ここにいてもいいって、側にいるひとに教わった。
そう語るひかるちゃんの言葉に、私は心を打たれていました。
「周りはどんどん変わってしまうし、そのせいで焦ってしまうこともあるかもしれない。
けれど!はくちょう座の星―――デネブは、何千年経っても!ずーっと輝き続けてるんです!
例え他の星が動いても、時と共に環境が変わり続けても!デネブはそこで確かにキラめいてる……!」
なぜなら、それは。
アイドルと、いっしょだったから。
誰よりも特別で。誰よりも、普通の女の子。
だからこそ―――お星さまみたいに、輝いている。
「―――真乃さんだって、そうです!
輝きはそれぞれ違って、真乃さんには真乃さんの輝きがあるからっ!
真乃さんは、皆の前でキラキラ光るアイドルだから!胸を張っていいんです!」
ああ。だから――――。
ひかるちゃんの、眩しい激励のおかげで。
私の脳裏に、あのふたりの顔が浮かんだんだと思います。
―――真乃は、私の隣にいてほしいっ!
―――真乃は、私の隣にいて。
私と共に、輝くステージに立ってくれる仲間。
ずっと一緒に頑張ってきた、掛け替えのない存在。
センターに立つことになって、思い悩んでいた私に、慈しい言葉をかけてくれた親友達。
自分を傷つけなくてもいい。
無理に考えなくてもいい。
無理に背負わなくてもいい。
特別な私じゃなくて、私が好きだって言ってくれる友達がいて。
そして、そんな私を信じてくれる人がいる。
―――みんな特別で、普通の女の子だ。
プロデューサーさん。
私は、ずっと迷っていました。
今も、迷いは消えません。
でも、ほんの少しでも、道筋が見えたんです。
「私は……責任を背負います!だからっ!」
そして。ひかるちゃんが、大きく息を吸って。
「真乃さんは、私の隣にいてください!」
眩しいほどの笑顔で、そう言ってくれました。
――――その輝きに。そのキラめきに。私は、心を奪われていました。
胸の内の霧が晴れたような気がして。また、星空を見つめることができたような気がして。
だからこそ、私が今なにをしたいのかを、改めて見つめることができました。
先程かかってきた、はづきさんからの電話。
プロデューサーさんからの伝言。しばらくプロダクションには近づかないようにしてほしいという、突然の通達。
なんとなく、わかっていました。
全貌はわからないけれど、それでもプロダクションがいま大変なことになりかけているって、察することができました。
それはきっと、聖杯戦争に関することで――――。
だからこそ、私は決意しました。
283プロダクションに行って、確かめたい。目の前の現実へと、手を伸ばしたい。
現場でもしも、既に大変なことが起こっていたとしたら。
私達が向かっても、どうしようもないかもしれない。今度もまた、間に合わないかもしれない。
今から走ったところで。結局、なにも出来ないかもしれない。
それでも、私が信じたいものの為に。私を信じてくれる人の為に。
少しでも前へと進んで、確かめてみたい。
この場で何が起こっているのかを。あの事務所で今も戦っているかもしれない、“誰か”のことを。
咲耶さんも、こんな想いを背負って戦っていたのでしょうか。
誰よりも格好良くて、本当に優しかった咲耶さんなら、きっと―――。
今となっては、その答えも分かりません。
だけど。せめて咲耶さんの命も背負って、私は前を向いていきたい。
「アーチャーちゃん」
だから、ひかるちゃん。
私からも、“お願い”します。
「どうか一緒に、来てください!」
私は、ベンチから立ち上がって。
ひかるちゃんの手をギュッと握りながら、言いました。
「――――もちろんです!」
ひかるちゃんもまた、にっこりと笑ってくれて。
安心したように、大きな声で答えてくれました。
私もなんだか、安堵してしまって。口元に、自然と微笑みが出来ていました。
私は、思いました。―――ごめんなさい。そして、ありがとう。
私を信じられなかった、私を信じてくれて。
そばで支えてくれて。私の星空を、また見つけてくれて。
「真乃チャン、いいかな?」
「ほわっ!?」
「もうやるべきこと、決めたんだよな」
その矢先に、背後からひょっこりと声が飛び込んできて、私は思わずびくりと跳び上がってしまいます。
その人は真っ赤な覆面を被った顔で、ニヤリと笑っていました。
あさひくんのサーヴァント、アヴェンジャーさんです。
霊体化を解いて、姿を現したみたいでした。
「じゃあ俺ちゃんとも連絡先、交換しない?」
そう言ってアヴェンジャーさんは、懐からひょっこりとスマートフォンを引っ張り出しました。
あ、はい。しましょう!そんなふうに私もスマートフォンを取り出して、いそいそと連絡先を交換しました。
それを見たあさひくんは、予想だにしなかったような表情を浮かべていました。
「お前、スマホ持ってたのか!?」
「あれ、言ってなかったっけ」
「初耳だよ!」
「折角だしツーショット撮っちゃう?」
「撮るわけないだろ……」
「そうやってアタシを突き放すのね……」
「何のキャラだよ……」
のらりくらりと振る舞うアヴェンジャーさんに対して、あさひくんはたじたじです。
そんな姿が何となく微笑ましく見えて、少しだけくすりと笑んでしまいました。
ひかるちゃんも「あさひさんとアヴェンジャーさんも仲良しなんですね!!」って、目を輝かせていました。
ずっと気を張っていたあさひくんも、この時だけは肩の力が抜けているように見えました。
「あさひくん」
そんなあさひくんを見つめて。
私は、口を開きました。
「ほんとに短い間でしかなかったけれど。
そばにいてくれて、気に掛けてくれて、ありがとうございます」
感謝の言葉と共に―――私は、頭を下げました。
ひかるちゃんがいてくれたから、私はまた立ち上がることが出来たけれど。
そのきっかけを作ってくれたのは、間違いなくあさひくんの言葉でした。
自分を傷つけないでほしい。あさひくんがそう言ってくれたから、私はこれ以上自分を責めずに済みました。
「あの、櫻木さん」
そうしてあさひくんもまた、口を開きました。
それから少し悩んでいるように、沈黙して。
「俺達にも、手伝えることがあったら―――」
「いいや。嬢ちゃん達の気持ちを汲んでやりな」
アヴェンジャーさんの言葉が、あさひくんの発言を遮りました。
私もあさひくんも、思わず驚いてしまいました。
でも、アヴェンジャーさんの言っていることは、正しいことでした。
「巻き込みたくないんだろ、俺たちを」
アヴェンジャーさんは、私の気持ちを見抜いていました。
283プロダクションへと向かうこと。
少しでも前へと進んで、なにかを掴めるように頑張りたい。
それは、あくまで私のための目的です。
だから。あさひくんやアヴェンジャーさんまで巻き込んではいけないと、思ったんです。
「アヴェンジャーさんも、ありがとうございました。
……どうか、お元気で。また会える時まで……」
だから、私はアヴェンジャーさんにもお礼を言いました。
そして、背を向けて去ろうとする直前。
私は、ふたりに対して、最後の一言を伝えました。
「―――機会があったら、『イルミネーションスターズ』の曲!聴いてくれたら嬉しいなって……!」
どうか、私の歌を聴いてくれたら―――嬉しいな、って。
私は、今でも無力かもしれない。あさひくんと違って、何もできないかもしれない。
それでも。私は、櫻木真乃は、アイドルだから。
歌で誰かの心を癒せればと、祈りました。
そうして私は、再び霊体化したひかるちゃんと共に、走り出そうとして。
「お嬢ちゃん達」
アヴェンジャーさんから、呼び止められました。
私は思わず、振り返りす。
「君達はイイ娘だ。全米1セクシーな俺ちゃんがわざわざ言うくらいマジだ。
だからこそ、気を付けな。その真っ直ぐな善意を食い物にする野郎ってのは、こういう場には絶対いる」
その声色は、真剣そのもので。
先程までの態度とは、全く違うものでした。
あさひくんに優しいアヴェンジャーさんも―――聖杯戦争のサーヴァントだから、ひかるちゃんのように凄い人なんだって。
私は、そのことを理解してしまいました。
そして。アヴェンジャーさんの言うことは、きっと正しいんだと思います。
ここは、戦いの場だから。
ちゃんと気を引き締めないと、いけない。
私はぎゅっと拳を握り締めて、改めて思い知りました。
そして、再びアヴェンジャーさん達に一礼をして―――公園を後にしました。
先のことは、わからないけれど。
上手くいくかも、わからないけれど。
それでも、私は―――羽ばたくことだけは、捨てませんでした。
【世田谷区/一日目・午後】
【櫻木真乃@アイドルマスターシャイニーカラーズ】
[状態]:健康、咲耶の死を知った悲しみとショック(大)
[令呪]:残り三画
[装備]:なし
[道具]:なし
[所持金]:当面、生活できる程度の貯金はあり(アイドルとしての収入)
[思考・状況]
基本方針:ひかるちゃんと一緒に、アイドルとして頑張りたい。
0:283プロダクションへと向かう。
1:少しでも、前へと進んでいきたい。
2:アイさんやあさひくん達と協力する。
[備考]
※
星野アイ、アヴェンジャー(
デッドプール)と連絡先を交換しました。
※プロデューサー、
田中摩美々@アイドルマスターシャイニーカラーズと同じ世界から参戦しています。
【アーチャー(星奈ひかる)@スター☆トゥインクルプリキュア】
[状態]:健康
[装備]:スターカラーペン(おうし座、おひつじ座、うお座)&スターカラーペンダント@スター☆トゥインクルプリキュア
[道具]:なし
[所持金]:約3千円(真乃からのおこづかい)
[思考・状況]
基本方針:真乃さんといっしょに、この聖杯戦争を止める方法を見つけたい。
0:283プロダクションへと向かう。
1:アイさんやあさひさんのことも守りたい。
2:ライダーさんと戦うときが来たら、全力を出す。
◆◇◆◇
「いい子だな、あの子達」
「……うん」
「曲、聴いてやろうな」
「うん。……いつか、聴こう」
「あのアーチャーちゃんさ」
「……ん?」
「ちょっとパワーパフガールズに似てない?」
「それは知らないよ……」
真乃達を見送って、俺ちゃんはそんな会話を交わす。
あのアーチャーちゃん、なんかケミカルXとかで誕生するスーパーガールっぽいよね。
でもあさひからは呆れられるようにバッサリ言われて、俺ちゃんはシュンとしながら霊体化する。
因みにさっき取り出した俺ちゃんのスマホは、予選終盤にボコったマスターからパクったモンだ。
『しばらくはあの子達とつるむのも仕方ないって思ってたけどさ。
俺ちゃんからすれば、向こうから離れてくれて良かったよ』
真乃達を気にかけたのも事実だけど。
俺ちゃんの本心はそんな感じ。
念話を聞いてあさひは、僅かに眉間に皺を寄せて驚いた様子を見せる。
『良かった、って……』
『あさひ。利用したくなかったろ、あの子達』
あさひが何か言おうとしたのを、俺ちゃんはそう言って遮る。
それを聞いたあさひは、図星を突かれたように黙り込んだ。
『それに、見てられないだろ?ああいう優しい女の子達はさ』
ライダーを突っぱねてたあさひだけどさ、じゃあ真乃達とあのままつるんでいくのがアリかって言われると―――それも違うだろうさ。
真っ当で優しい子達の善意を平然と悪用できるほど、あさひはボンクラじゃあねえってコト。
それに、いつかはああいう子達も乗り越えなきゃならないとなれば、下手に付き合って感傷を持ちすぎるのも避けた方がいい。
俺ちゃん達は勝ち残る。同情や深入りってのは、やめておいた方がいい。
あさひもそのことを、無意識に分かっている。
――――で、だ。
こっからは他の話。
あの星野アイってお嬢ちゃんが従えてるライダー。
あさひはそいつのことを「汚い大人」とか罵倒して拒絶してたし、とにかく突っぱねてやがった。
ライダーの野郎は暢気にそれを認めてた。どこ吹く風って感じだ。キンタマ叩いてやりたくなるな。
あいつを庇ってあげるアーチャーちゃんはマジに良い子だ。ユキオもそうだったけど、ジャパニーズガールってかわいいね。
“結局ライダーは汚い奴なの?”そこが問題。
俺ちゃんの答え―――ぶっちゃけあさひの言うこと、正しいと思うよ。あいつの嗅覚は間違ってない。
ただ、それはグラス・チルドレンとの繋がりとは別の方面での話ってワケ。
こっから先の話は、さっきあさひとも共有しといた。
櫻木真乃ちゃんと、アーチャーちゃん。
純真無垢でお人好し。だけど単なる考えなしじゃあない。責任や義理に対してはきっちり誠実だ。
そんな感じだから、徒党を組んだ時に裏切られる可能性は極めて低い。
そして聖杯を狙うつもりはないし、積極的に戦いたくもない。でも、いざとなりゃそれなりに戦える。
そんな子達と組む理由って何だ?
俺ちゃんが思うに、カモになるからだよ。
体のいい友達。もっと嫌らしい言い方すりゃあ、都合良く利用できる駒。
目的で競合しないし、適当な戦力にもなる善人。そりゃあいつらも目を付けるわ。
つまりバットマンに対するロビンみたいな存在―――ごめん、これは語弊があるわ。っていうか違う。
で、そういう訳だから。ライダー達はあの子達を利用している可能性が高い。
あいつらは他の同盟相手候補と交渉する為に一旦別行動を取る、なんて言ってたけどさ。
つまるところ、情報や立ち回りでおたくらが主導権握るために敢えて真乃達を交渉の場から突き放してるだけだろうね。
多分それは、俺ちゃん達に対しても同じこと。あいつらは“盟主”気取り。
そこ気付いてるかどうかはさておき、あさひがあんな態度になるのも納得だね。
俺ちゃん達も交渉の場から排除するような利用対象に過ぎないのなら、信用なんかしてやれないね。
そしてこっから先もあさひと共有した事柄。
たぶんこれから、プロダクションにグラス・チルドレンか―――あるいはガムテとそのサーヴァント自体が攻め込んでくる。
白瀬咲耶を仕留めて、今もあれだけ能動的に活動してるアイツらが既に事務所に当たりをつけている可能性は高い。
で、それを察知したヤツが事務員を通じてアイドルを避難させた。
本戦開幕直後のこの時期。こんな直接的に「逃げろ」って伝えてくるケースがあるとしたら、そりゃもう聖杯戦争に関わってるとしか思えない。
真乃と咲耶は同じ事務所に所属するアイドルで、どっちも聖杯戦争のマスター。
ここまで来たら、他にも関係者がマスターになってても全く不思議じゃあない。
例えば、あの子が言ってたプロデューサーとかね。そいつ経由で避難指示出されたらしいから、寧ろプロデューサーが一番クサいな。
ただ、思ったことがあるとすれば。
あれが本当に避難指示である、っていう確信も持てないワケ。
「今はとにかく事務所から避難してほしい」なんて連絡がこの土壇場に届いてきたら、マスターなら「ひょっとして事務所がピンチなんじゃないの?」とか「もしそうだとしたら、それを察知してる事務員かプロデューサーも聖杯戦争に一枚噛んでるんじゃないの?」と気づいても不思議じゃあない。
そんで、真乃チャンみたいな良い子なら真相を確かめに向かうし(実際行ったしね)、仮に好戦的なマスターだったら他に何らかのリアクションを見せるかもしれない。
要するに、あの電話連絡自体が「事務所周辺のマスターを纏めて炙り出す為の小細工」って可能性ね。下手すりゃ事務所でキャスターとかが罠を用意して待ち構えているかもしれない。
盗聴やら偵察やらで事態を嗅ぎつけた奴らが揃いも揃って好戦的だったら、乱戦になる可能性だって否定できない。アメリカンプロレスの本場、WWE主催のバトルロイヤルみてーに。
そうなりゃグラス・チルドレンの襲撃より厄介。手負いのままじゃ面倒だし、あさひを守り切るのも難しい。
それに例え真乃達みたいな非戦派の主従が向こうにいたとしても、あまり合流したくはない。
こっちは聖杯狙って戦ってるんだ。仮にそういう「戦争したくない」って奴らが連合を組んだとして、その懐に潜り込んだりすれば、それだけでこっちの行動が制限されかねない。監視と牽制のハッピーセットだ。
もしも「聖杯戦争を潰すために好戦的なマスターを無力化する」なんて言い出す日が来たら、その時点で俺ちゃん達は袋叩き。
最悪、聖杯戦争を中断させるような小細工を弄する奴が現れないとも限らないが―――今はまだ様子見だ。実現の可能性は低い。
これからメジャーリーグやるって時に競技自体をスーパーパワーでぶち壊せるミュータント球団を参加させたりするか?させてたら界聖杯は辞職しろ。
もし仮にそんな奴らがいたら、俺ちゃんはそいつらをぶん殴ってやるね。あさひが聖杯を取れなくなる事態だけは絶対に避けなきゃならない。
俺ちゃんはガキの味方だ。
あさひの為に勝つって決めてるのよ。
そういう訳だから、真乃。アーチャー。
お前らは可哀想だけど、お前らに肩入れはしない。
あくまで手を組んだ相手。それ以上でもそれ以下でもない。
だからあの助言や、同盟のよしみ以上の手助けはしない。
でも、まあ。
その上で、敢えて言わせてもらうよ。
おたくらみたいな嬢ちゃん達、嫌いじゃないぜ。
あさひ、君達を利用したくないんだってよ。
眩しすぎるから、見てられねぇんだってさ。
それくらい君達は立派だし、間違いなく上等だ。
だからさ、何だ。
生きろよ。少しでも長く。
イルミネーションスターズの曲も、後で聴くよ。
俺ちゃん達はひとまずアイや真乃達との同盟を続ける。だが距離は置く。
星野アイとライダーは信用に足らないから。
櫻木真乃とアーチャーはあさひの心情から。
適当な距離で付き合いつつ、こっちもこっちで好きにやらせてもらう。
つまり、個人的に信用できる同盟相手を探したいところってワケ。
対等な関係で利用し合える、文字通りの協力相手。出来ることなら、あさひが心を痛めないような奴らの方がいい。
星野アイ。283プロダクション。グラス・チルドレン……そういう情報を出汁にして手を組めれば上等だ。
仮に共闘が成立したんなら、俺ちゃん達であのライダーどもをぶっ潰しに行くことも視野に入れる。
『そんでさ、あさひ』
そして、気になるのは事務所周りや方針のことだけじゃない。
少し前に、あさひに伝えたことがある。
真乃達と公園で休んでいた際に、あさひを呼び出して密かに相談したことだ。
『―――ここにお前の妹もいるかもしれないって話、覚えてるよな?』
俺ちゃんがそう言うと、あさひは黙り込んだ。
ライダーとグラス・チルドレン。櫻木真乃と白瀬咲耶。そいつらの繋がりから行き当たった推測だ。
この聖杯戦争ってのは、ある程度は縁者同士で呼び寄せられてるんじゃないか。
それはあさひも一緒で、ひょっとしたら
神戸しおもここにいるんじゃないか。
ちょっと前に俺ちゃんは、それをあさひに話した。
あさひは、何も言わない。
しおがこの場にいたら、どうするか。
それが俺ちゃんが投げかけた問いだ。
少しだけ答えを待たせてほしい、ってさっき言われたけど。
やっぱりまだ悩んでるのか。そう簡単には決められないか。
まあ、いいわ。いると決まったわけじゃねえ。
今はまだポジティブに考えて、タコスでも食って――――。
『答えは、出てるよ』
そしてあさひが、反応してきた。
『例えしおがいても』
念話で飛んでくるあさひの声。
俺ちゃんは、そいつを黙って聞く。
『いや、“あの病室のしお”がいたら―――』
おい、あさひ。
声、震えてんじゃねえか。
俺ちゃんがそう思ってても、こいつは絞り出す。
『俺は、しおを乗り越えるよ。聖杯を獲ることは……諦めない』
『待てよ、あさひ』
その答えを前にして、俺は迷わず言葉を挟んだ。
『しおを、犠牲にすんのか?』
『ああ。……ああ』
『マジで言ってる?』
『本気だよ。俺は』
『しおを助けたいんだろ』
本気かよ。マジかよ。
流石の俺も、少しばかり焦ったよ。
相変わらず声は震えてやがる。
ああ、こいつ本当は嫌なんだろうな。
それでも、やりたいんだろうな。
『アヴェンジャー。なんで俺が聖杯に縋ったと思う?
母さんはいる、しおもいる。元通りだ。三人で居られるんだ。
なのに俺は願ったんだ、しおを取り戻したいって』
あさひはそのまま、言葉を続けた。
ここに来る前のこいつの境遇は、知っている。
おふくろと妹を守るためにずっと一人でクソ親父に耐えてて、それでもいつかは家族三人で暮らすことを夢見てた。
んで、親父がくたばってから、おふくろ達に会いに行った。
でも、妹はいなかった。必死になってそいつを探して、どっかの女が妹を拉致ってることが発覚。
必死になって追いかけ回して、必死になって戦って、その女はくたばったけど。
妹には、そいつがもう取り憑いてた。
『なんでだと思う?』
家族三人で暮らす。
きっとそれ自体は、もう叶ってたんだろうな。
おふくろは健在。妹も引き取れる。あさひは生きている。
ノープロブレムだ。そう、ノープロブレム。
『俺が、あのとき。あの病室で』
でも、そいつはな。
あさひが納得してなけりゃ、意味がないんだろうよ。
『今のしおを、否定したからなんだよ』
だから――――こんな答えが出てきたことにも、俺は驚けなかった。
しおを犠牲にする覚悟を決めるとは思わなかった。
でも、あさひが今のしおを否定してたってことは、何となく察していた。
『ずっと考えてた。しおを取り戻すには、どうすればいいのか。
しおの呪いを、母さんの呪いを解くために、どうすればいいのか』
つくづく思う。
この坊やは、真面目なんだよ。
抱え込んで、悩んで、駆けずり回って。
どうすりゃよかったのか、ずっと考えてやがる。
『―――やり直すんだ。人生を、全部』
そんな答えに、行き着くほどの人生。
あさひはそんなもんを歩んできたし、そのことについて苦悩してきた。
俺ちゃんもやったよ。時間遡行。
ケーブルの装置を勝手に使って、好き放題に過去をなんとかした。
だからあさひの方針を否定するつもりはない。寧ろ、やり直してなんぼってヤツ。
『俺たちは、三人で平和に暮らしてて。悪魔なんて、何処にもいなくて。
それで、普通の親子みたいにさ。毎日を幸せに過ごして……そんな人生を願うんだ』
そうでもしなけりゃ幸せになれねえんなら、尚更だよ。
でもな。そんな今にも泣き出しそうな声で喋られるとな。
『しおが“あの女”と逢うこともない。
母さんが自分を犠牲にする必要もない。
あの悪魔に耐える日々なんて、送らなくていい――――』
本当に大丈夫か?ってツッコミたくもなるんだよ。
そのために家族を犠牲にするの、なんだかんだ言って堪えるんだろ。
無理してんの、分かってるんだよ。
『“飛騨さん“だって、俺なんかの為に死なずに済む』
お前は真面目だし、いいヤツだよ。
そいつは分かる。一ヶ月付き合ってんだから当たり前よ。
だからこそ、言いたいこともある。
『だから。“今のしお”は―――“敵”なんだ』
なあ、あさひ。それは止めとけ。
戦うことでも、過去を変えることでもない。妹を敵にしても構わないってことをだ。
聖杯を獲るためなら幾らでも手を貸してやる。
俺ちゃんがサーヴァント共をめちゃめちゃにぶちのめして、グチャグチャのチミチャンガにしてやる。―――グロいな、この表現。
だけどな。その為なら妹を殺す覚悟もできてるって?
なら、俺ちゃんからの忠告だ。
それだけは止めろ。そいつは悪いジョークだ。
昔テレビの“往年のコメディアン特集”で見たレニー・ブルースよりもよっぽどブラックだ。
でもなあ。そんなこと言っても、無駄なんだろうなァ。
一ヶ月付き合ってりゃ、分かっちまうんだよなあ。
『やれるのか?』
『やれる……いや、やるよ』
『言ってる意味、わかってるよな』
『わかってるよ。それでも、俺ならできるんだよ。
だって俺は、あの“悪魔”の血を引いてるんだから』
声震わせておいて、何が悪魔だよ。
あさひ。自分がどれだけピュアな坊やなのか分かってるか?
今にも泣きそうなツラしてる癖によ、お前。
『俺は、頑張るよ。俺は……絶対に諦めない』
でも、やるんだろうな。こいつ。
わかってるよ。
『だから、アヴェンジャー』
色々と言いたいところだが。
まあ、わかってるよ。マジでさ。
『これから先も、一緒に戦ってほしい』
やっぱりこいつは、止めないだろうな。
令呪を使ってでも、俺を従わせるだろうね。
曲げない、折れない。自分で在り続けること。
俺ちゃんも伝えた、人生の教訓ってヤツ。
あさひはまさに、それを貫いている。
幸福を掴むためなら、こいつは進み続ける。
たとえ、自分の妹を乗り越えてでも。
『……オーケーオーケー、わかったよ』
やれやれ。
クソッタレ、畜生。バカ野郎。
ファック、ファック―――ファック。
悪態の汚言が風船みたいに次々と浮かんできやがる。
日曜礼拝とかサボりまくってた俺ちゃんだけど、今だけは神に祈らせてくれ。
しおはここにいない。そうであってくれよ。
ジーザス。坊やをこれ以上苦しませるな。
『だけどな、あさひ』
そのへんは、運命に委ねるしかない。
妹をどうするかも、あさひが決めることだ。
でも、こいつだけは言っておきたかった。
『お前はお前だよ。本当にお前が“やれる”のなら、それはお前自身が腹括ったからだろ。
クズの血を引いてるかなんてどうだっていい、今のお前には関係ねえ。
自分を必要以上に呪ったりなんかするな』
おい、あさひ坊や。そういうことだ。
自分をいっちょまえの人間として認めてやらなけりゃ、幸せになんかなれねえ。
前を向きたいんなら、せめて胸くらいは張っとけ。
真乃にも言ったことを、自分でやるんだ。
『ごめん。……ありがとう、デッドプール』
そうしてあさひは、礼を伝えてきた。
子犬みたいに、か細くて健気だ。こういうところがピュアなんだよな。
飲み込んでくれるなら、安心できるけどよ。
それでもこいつは、心のどこかで自分をクズだと思ってる節がある。
クソ親父の血を引いていることを、必死に足掻いたのに何も変えられなかったことを、背負い続けてやがる。
だからほっとけないんだよ。ホントにさ。
あさひ。もしも、どうしても妹をやれるって言うんなら。
その時は、絶対にお前には殺させてやらねえよ。
本当にしおを殺す瞬間が来たら、俺がやる。俺があいつの妹を殺す。
お前、家族と幸せになりたいんだろ?
だったら。家族殺しの罪とか、そういうもんは、俺が背負ってやるよ。
そいつが、大人としての筋ってヤツだ。
これから妹やおふくろと人生やり直すお前に、妹を踏み躙らせたりなんかしねえ。
だから俺が殺る。どうせ俺は元々クソ野郎だ。キンタマ顔のボンクラだ。汚れ仕事ならやれる。
でも、まあ。そう思ってても、心のつかえってモンは少しでもある。
――――ヴァネッサ。俺のハニー。
――――許してくれとは言わない。
あんだけ言われたのに。
あんだけ願われたのに。
結局俺は、汚れ役を引き受けちまった。
でもさ。こいつのヒーローになってやるって、俺も腹括っちまったんだよ。
この独りぼっちのガキの為に、なんかしてやりたいって思っちまったんだよ。
だから俺、とことん付き合うつもりでいるから。
力には、責任があるんだってな。
スパイディ、マジに立派だよ。
【世田谷区・どこかの公園/一日目・午後】
【神戸あさひ@ハッピーシュガーライフ】
[状態]:疲労(小)、全身に打撲(中)
[令呪]:残り3画
[装備]:なし
[道具]:金属製バット、リュックサック
[所持金]:数千円程度(日雇いによる臨時収入)
[思考・状況]
基本方針:絶対に勝ち残って、しおを取り戻す。そのために、全部“やり直す”。
1:折れないこと、曲がらないこと。それだけは絶対に貫きたい。
2:“対等な同盟相手”を見つける。そのために星野アイや283プロダクション、グラス・チルドレンなどの情報を利用することも考慮する。
3:ライダーとの同盟は続けるが、いつか必ず潰す。真乃達はできれば利用したくない。
4:“あの病室のしお”がいたら、その時は―――。
【アヴェンジャー(デッドプール)@DEADPOOL(実写版)】
[状態]:『赫刀』による負傷(胴体および右脇腹裂傷(小)、いずれも鈍速で再生中)、疲労(小)
[装備]:二本の刀、拳銃、ナイフ
[道具]:予選マスターからパクったスマートフォン
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:俺ちゃん、ガキの味方になるぜ。
1:“対等な同盟相手”を見つける。そのために星野アイや283プロダクション、グラス・チルドレンの情報などを利用することも考慮する。
2:真乃達や何処かにいるかもしれないしおを始末するときは、自分が引き受ける。
[備考]
※『赫刀』で受けた傷は治癒までに長時間を有します。また、再生して以降も斬傷が内部ダメージとして残る可能性があります。
※櫻木真乃と連絡先を交換しました。
[共通備考]
①
星野アイ&ライダーは完全な利用目的で櫻木真乃&アーチャーと同盟を結んでいると考えています。
②283プロダクションには咲耶以外にもマスターが存在しており、それがプロデューサーである可能性が極めて高いと推測しました。
③真乃の電話への退避指示から、事務所に何らかの脅威(白瀬咲耶と交戦したガムテおよびビッグマム?)が間近に迫っていると推測しました。
時系列順
投下順
最終更新:2021年10月08日 08:55