◆◇◆◇


カチ、カチ、カチ、カチ、カチ――――。


絶え間なく、秒針が時を刻む。
閉ざされた円環のからくりの中で、延々と規則正しく周回を続ける。
渋谷区の百貨店で手に入れた、ブランド品の高級腕時計だ。
手に掛けてきた女性達の所持金を拝借して購入したものだった。
その見た目は、シンプルでベーシック。
遊びの無い、堅実なデザインが特徴の代物だ。
しかし、堅牢性と―――そして正確性は、折り紙付き。
一分一秒。寸分の狂いもなく、針は回っていく。

“私”は、腕時計を覗き込んだ。
長針が指し示す時刻。駅への到着時刻。
ほぼ完璧に一致。あまりにも正確だ。
まるで機械のように運行される都会の鉄道に、私は何とも言えぬ感情を覚える。
精密な作業。確かに素晴らしいことだ。
しかし、この東京という街の息苦しさを物語っているような気がしてくる。
溢れ返る程の人混み。
物で溢れかえった町並み。
忙しなく行き交う自動車
蜘蛛のように入り組む路線。
寸分の狂いもなく走る電車。
猥雑で、無機質で、落ち着きがない。
都市は朝から晩まで、ギラついた輝きを放つ。
あの“杜王町”と比べれば、あまりにも生き辛い。


《―――日暮里、日暮里でございます―――》


私は切符を買って電車に乗っている。
霊体化して無賃乗車などという真似はしない。
金銭を支払い、切符を手にし、正当な手段で電車へと乗る――――それが重要なのだ。それこそが“生活”だからだ。
たとえ無意味な行動だとしても、私にとって“日常の反復”とは何よりも重要なのだ。

そうして私は電車の座席から立ち上がり、すっと開かれた扉へと向かう。
そのまま駅のホームへと降り立ち、通り過ぎていく人々をよそに私は一息をつく。
先程までの高揚感など嘘のように、私の心境は冷めきっていた。

あの“透明で美しい手”を持った若い女。
彼女の追跡を、保留にすることにした。
電車に揺られている際、2騎分の魔力を同時に察知したからだ。
近くにサーヴァントが潜んでいる。
しかもごく短い時間だったが、その2騎が実体化して対峙している瞬間も感じ取れた。
こちらの気配を探知される可能性は、限りなく低いが。
あまり深入りすれば、厄介な事態になるかもしれない。
そう感じた私は、一先ず“透明の手を持つ女”が降りる駅だけを確認することにした。

どうやら日暮里駅周辺に住んでいるらしい。それだけでも収穫だった。
“追跡”スキルがあれば、彼女の座標を割り出すことはそう難しくはない。日暮里周辺で探知すれば、容易に尻尾を掴めるだろう。
故に、彼女のことは後回し。
名残惜しいことだが、我慢は肝心だ。
爪の伸びは相変わらずだ。
今すぐにでも彼女を手に入れたい。
しかし、今は耐えねばならない。
追跡は保留にしたのに、なぜ日暮里で降りることにしたのか。
適当に休んでから、新宿方面へと帰ることにした為だ。

そしてもう一つ、面倒な事態に直面している。
予め言っておくと、私は“峰津院財閥”の存在を知っている。
政治と経済に多大な影響力を持つとされている、都内でも屈指の名門だ。この23区において、紛れもなくトップクラスの権威と言えるだろう。
彼らは大方聖杯戦争の関係者だろうと、私は踏んでいた。理由は単純だ。

戦後の日本社会に財閥が存在する―――その時点で“有り得ない”からだ。
一定の教養があればすぐに理解できること。
彼らは存在すること自体がこの街にとっての異物である。
それ以上の確証は持てないため、結論は保留にしているが。社会的地位が厄介であることに間違いはない。
故に、距離を置いている。

なぜ私が彼らについて語り始めたのか。
それは親父から、念話による連絡があったからだ。


――――吉影!吉影ェッ!
――――田中が……お前のマスターが!
――――よりによって!峰津院大和を標的にッ!!


大慌ての報告を耳にした私は、やれやれと溜息をついた。
下らないことだった。呆れて物も言えなくなるほどに。
自販機で缶コーヒーを購入し、駅のホームでベンチに腰掛ける。
フタを開けて缶を傾け、ミルクの混じったアイスコーヒーをごくりと喉に注ぎ込む。
ビターな甘味と冷えた喉越しが心地良いものだ。

私は、不思議と落ち着いていた。
生前だったならば、もっと動揺していたのかもしれない。
ただの人間に過ぎなかったら、私は焦りを見せていただろう。
しかし、今は。なんてこともなしに、現実を受け入れている。
自分でも驚くほどに、事態を超然と受け止めている。
全く。これは幸いなのか、あるいは不幸なのか。サーヴァントになったことで、ある種の人間性のようなものが抜け落ちたのだろうか。
そんなことをぼんやりと考えていた。


『さて……親父』


虚空を見つめながら、私は念話を飛ばす。
この街の何処かにいるであろう親父が、不安げに声を溢している。


『私から、マスターに連絡させてもらうよ』


思えば、初めてのことだった。
あの愚かなマスターと、まともな交流を図るのは。
職場で営業先に電話を掛けるような気分だった。
つまり。些細で、面倒で、退屈なことだ。


◆◇◆◇


今になって思えば。
俺―――田中一は、アサシンのことを殆ど知らない。
あいつと直に会ったのは、一度きりだ。

あの日。俺が初めて殺人を犯した、革命の前夜。
闇に紛れるように、あいつは姿を現して。
俺の目の前で死体を“爆破“し、その手首だけを持ち去っていった。
あれを目の当たりにした瞬間。
俺の中に、神が降りてきたような気がした。
この日常を蝕み、破壊していく“殺人鬼”―――それは俺にとって、救世主に等しい存在だった。

何者にもなれない。何処へも向かうことはない。
ただ消費して、一時の快楽を得て。
また消費して、一時の快楽を得て。
懲りずに消費して、一時の快楽を得て。
―――そのまま、永遠に辿り着けない。

俺が本当の意味で満たされる瞬間なんて、いつまで経っても訪れない。
そんな惨めな毎日を送っていた。
何の価値も無ければ、生きる意味さえも見出だせない。
紛れもない、塵芥に等しい人生。

そんな果てしない闇に、あのアサシンは風穴を開けてくれた。
彼の犯行を目の当たりにしたとき、俺の全身に電流のような衝撃が迸った。
ああ。こいつが俺を導いてくれるんだ。
俺はそう確信した。
この殺人鬼こそが、俺にとっての英雄だと感じた。

ニュースで繰り返し報道される連続失踪事件。それを目にするたびに、高揚が止まらなかった。
アサシンは今も、誰かを殺し続けている。
この街で今も殺人を繰り返して、退屈な日常を“非日常”へと変えてくれている―――!

思えば俺は、ある意味でアサシンのことを神格化していたのかもしれない。
あれから全く顔を合わせなかったからこそ、却って俺の中で都合の良いイメージが形作られていたんだと思う。


『――――マスター』


だからこそ、聞き慣れない念話が脳内に響いたとき。
住宅街を彷徨っていた俺は思わずビクリと反応して、興奮も冷めないまま交信してしまった。

『ア、アサシン……!アサシンだよな!?』
『ああ。親父から話は聞いてるよ』

念話なのに上ずった声になりながら、俺は問いかける。
何処かにいるアサシンの声は、落ち着き払っている。

重ねて言うが、俺はアサシンのことを殆ど知らない。
距離を置かれていることは何となく察していたし、俺自身もそのことを咎めたりはしなかった。
好きに殺してくれればいい。この街に狂気を振り撒いてくれれば、それで満足だ。俺はそう思っていた。
ああ、アサシンがこれだけ殺してるんだ―――俺もやれる。俺も革命を起こせる。
そんな勇気を貰えている気がした。根拠なんて無い。
妄想?それは違う。言うなれば、信仰だ。

『話って、もしかして……!』
『峰津院大和のことだよ。全部聞いた』
『なあ、アサシン!なら分かってるよな……!
 あの生意気なツラ下げた金持ち野郎を、俺達で殺すんだッ!』

そんなアサシンから、念話が届き。
既に話が通っていることも知り。
俺は興奮を抑えられないまま、捲し立てた。

『クククッ―――笑えるよなぁ、楽しくて仕方ないよなぁ……!俺みたいな社会のゴミが、あの王様を殺しに行くんだぜ?
 この聖杯戦争なら、それが出来るんだもんなあ……!』

俺は今、極上の標的を見つけていた。
峰津院大和。財閥とか何とかいう大企業の御曹司。
この東京23区に君臨する屈指の富豪。圧倒的な権力者。社会というピラミッドの頂点に立っている、クソッタレな王様。
ああいう人間は、俺みたいな虫ケラなんて気に留めもしない。
俺が必死に這いずり回っているのをよそに、あいつはきっとぬくぬくと上等な生活を送っているのだろう。

奴隷は王を刺す―――そんな言葉を何処かで聞いたことがある。
俺はまさしく奴隷だ。クソッタレな人生を送ってきた。失うものは何も無くなった。
それ故に王を殺す、謂わば鬼札(ジョーカー)だ。
高揚が止まらない。魂が滾っている。
思考がアルコールで曖昧になり、訳のわからない燃料が止めどなく注ぎ込まれていく。
最高だった。最高の気分だ。

『アサシン!俺と一緒に、ゲームを楽しも――――』

だからこそ、俺はアサシンに呼び掛ける。
期待と興奮と、果てしない衝動を込めて。
これから始まる殺戮への、強烈な歓喜を込めて―――。



『すまないね。断らせて貰う』



アサシンは一言、そう告げた。
呆気なくハシゴを外された。
俺は思わず、ぽかんとしてしまった。

『は?』
『単刀直入に言おうか』

唖然とする俺に向けて、アサシンは発言を続ける。


『峰津院大和には手を出さない』


そして改めて、アサシンは断言した。
迷いなんて無かった。紛れもない、即答。
興味なんてこれっぽっちもない。
そう言わんばかりだった。
俺は言葉を失った。
理解できなかったし、理解したくもなかった。
“なんで?”
頭の中で、そんな間抜けな単語が延々と浮かぶ。
さっきまでの酔いも吹き飛んで、真っ暗な宇宙に突然放り出されたような気分に襲われる。

『…………なんで?』
『社会に隠れ潜む私と、社会を支配する峰津院財閥。
 相性が最悪であることは、君にも理解できるだろう』

アサシンは、素っ気なく言う。
仕事の電話でもしているかのように、そこには哀楽も無く。
俺の中の不安と動揺は、どんどん膨れ上がっていく。

『おい、待てよアサシン。確かに、そうかもしれないけど……。
 でも、こいつがマスターだったら?いつかは、殺さないといけない相手で―――』
『なら適当に他の連中との共倒れを狙うさ。
 どの道奴らは、この社会では余りにも目立っている。わざわざ手を下す必要もない』

俺はなんとか説得しようとするけど。
アサシンはバッサリ切り捨てる。
興味なんて無い。放っておけばいい。
そう言わんばかりの、冷ややかな態度だった。


『私の言いたいことは、それだけだ』


そんなアサシンの一言に、俺の中の苛立ちが募り始めた。
いや、何言ってんだよアサシン。
あんた、殺人鬼なんだろ。誰だろうと殺せるんだろ。
じゃあ俺と一緒に戦ってくれよ。
俺にもっと刺激的なショーを見せてくれよ。
俺たち、聖杯戦争の主従だろ。
なんでお前が一方的に切り捨てるんだよ。
俺は興奮してたのに、なんで水指すんだよ。

なあ、おい。アサシン。
なんでだよ。

『――――待てよ……』

思わず、声が漏れた。
目が血走っていることは、自分でも分かった。
それくらいに俺は、震えていた。


『待てよ。おい、待てよッ!!』


だから、こんな風に怒声を上げてしまう。
焦っていた。憤っていた。
違うだろ、アサシン。
なんで俺の言うこと聞かないんだよ。
お前、俺のサーヴァントだろ。
あんないけ好かない金持ちくらい余裕で殺せるだろ。
お前は殺人鬼なんだから。
この街でずっと殺し続けてきたんだから。
どんな財力があろうと、どれだけの人員を投入してこようと、お前ならやれるだろ。
俺だって、無力じゃない。
この手に銃がある。人殺しの暴力がある。
それに、令呪だって持っている。
例え窮地に陥ろうと、令呪を使えは一発逆転も―――――。

俺の頭に、天啓が降り立った。
そうだよ。これを使えばいいんだよ。
俺は手元を撫でる。密かに笑みを浮かべる。
誰がマスターなのか。誰が主導権を握っているのか。
今に、思い知ることになる。
そんな悪意を込めて、念話を飛ばした。


『俺には、令呪がある』
『……だから?』


一言。たった一言。
アサシンの返事は、それだけ。
俺は頭に血が上って、声を荒らげた。


『俺はッ、お前を今すぐにでも従わせられるってことだよ……!
 いいのかよ!?俺の命令を!聞けないんならッ!!ここで令呪を使うぞ!?』


俺はアサシンに、脅しを仕掛ける。
必死になって、不利益をちらつかせる。
俺に従わないとどうなるのか。
お前なら分かるはずだろ。
俺には令呪があるんだぞ。
手綱を握ってるも同然なんだよ。
そんな風に、思っていても。
余裕が無いのは、結局俺の方だ。
それでも。優位を取っているのは、俺だ。
アサシンは俺に手出しできない。
だけど、俺は令呪でアサシンに危害を加えられる。
有利なのは俺だ。俺が、主だ。俺が。



『やれよ』



――――は?



『どうぞ、ご勝手に』



は?……は?
そんな風に、きっぱりと言われて。
頭の中が、思わず真っ白になってしまった。


『確かに君の言う通りだ。
 君が令呪を使えば、私は従わざるを得ない』


アサシンが、淡々と言葉を紡ぐ。
心底つまらなそうに、俺に告げてくる。

『だが……そうだな』

そして、僅かな間を置いて。


『私の宝具は、“触れたものを何でも爆弾に変える”』


その一言を聞いて。
俺の脳裏に、あの日の光景が浮かんだ。
アサシンと出会った、あの運命の瞬間。
俺が殺した女の死体が、木っ端微塵に吹き飛んだ。
それがアサシンの能力によるものだということは、察していた。


『例えば……君の手元にあるスマートフォンが、爆弾だとすれば』


冷淡な声で。黙々と。


『あるいは君のポケットに入ってる財布が、爆弾だとすれば……』


まるで書類の文面を読み上げるように。


『もしかすると―――君自身が、スデに爆弾になっているかもしれない』


アサシンは、淡白な態度で呟く。
俺は、目を見開いていた。
一筋の汗が、頬を伝っていた。


『仮に、いま私が言い連ねたことが“事実”だとすると』


おい。何が言いたいんだよ。
アサシン。お前、ふざけてんのかよ。
何なんだよ、おい――――。


『カチリ、と―――スイッチを押した瞬間』


ドクン。ドクン。ドクン。ドクン。
心臓の鼓動が、早まっていた。
動揺。焦燥。不安。恐怖。感情が、ぐちゃぐちゃになる。


『私の“攻撃”は、それで“終了”する』


いとも容易く告げられる一言。
単純なことだ。俺にも理解できる。
これは―――――死刑宣告だ。
身の危険を感じて、俺は慌てて声を上げる。

『お、おい……ふざけんなよ……どうせハッタリだろ?そんなことしたら、お前も現界できなく……』
『君がいなくとも、次のマスターを探せるだけの魔力は蓄えているよ。魂食いでね』

なんてこともなしに、あっさりと言われてしまった。
次のマスター?俺が切り捨てられる?
冗談も、程々にしろよ。
そんな、馬鹿な話が……。


『つまり私は、“君を殺せる”ということだ』


いや、違う。
馬鹿な話だった。
そんなことも気付かなかった。
何が馬鹿だったか、って?
答えなんか、一つしかないだろ。
俺だよ。
ひとりで有頂天になってた、俺。
紛れもなく、俺が馬鹿だった。


『こと“殺人”という行為において……』


相手は、誰だ。
こいつは、何者だ。
俺は、何をやってる?


『私より優れた英霊は、そうそういないと自負しているが……』


簡単だ。その答えは。
目まぐるしく混乱する頭でも、理解できる。


『君にはその私を“出し抜ける”という自信が……あるのかね?』


俺は、間違いを犯したんだよ。
俺は、殺人鬼に喧嘩を売った。
俺は、自分で墓穴を掘っていた。
確信した。ようやく気付かされた。

――――こいつは、俺を簡単に殺せる。
――――虫けらのように、容易く。

本能の如く、理解してしまった。
それまで都合のいい偶像に過ぎなかったアサシンが、この瞬間に畏怖の対象と化した。

『あ……え、……その……』

急に頭が冷めきっていく。
何やってんだろう、俺。
何してんだ、俺。
アルコールで満たされていたさっきまでの高揚感は、何処かへと吹き飛んだ。
そうして自分を俯瞰から見下ろしているうちに、胸の奥底から強烈な恥じらいと苦痛が込み上がってきた。
俺の気持ち、どんな感じかって?
率直に言えば、死にたくなってる。

『――――すみ、ません……』

今の俺は、何者だ?
今の俺は、何なんだ?
この答えも、至極簡単だ。
間抜けだよ。本物の、間抜け。
敵わない相手に調子に乗って、あっさりと気負されて、そんで平謝り。
無様すぎて泣けてきそうなくらいだった。
ちっぽけで身の程知らずな俺自身が、心底惨めだった。

『君の殺意には期待しているよ、田中一くん。
 だからこそ……私の期待を裏切らないで欲しいね?』

その一言とともに、念話を打ち切られた。
何かを言い返す余地も無かったし、そんな余裕もあるはずが無かった。
残されたものは、強烈な敗北感。
そして、凄まじい後悔だけだった。

再三に渡って言っているが。
俺はアサシンのことを、よく知らない。
延々と距離を置き続けていたから、実態を掴めないままだった。
そして先程、俺とアサシンは初めて対話をした。
その結果が、このザマだ。
神になったつもりでいた俺は、単なるピエロに過ぎなかった。

今の俺に、何が変えられる。
俺の革命は。田中革命は。
結局、ただの――――。


「違う」


そんな訳がない。そんな筈がない。
俺は、無意識のままに疑念を否定した。


「違う……違うだろ……革命を、起こすんだよ……」


呪詛のように、ボソボソと呟く。
怨念のような言葉で、己を鼓舞する。
なんてことはない。
些細な小細工だった。
これは、自己を繋ぎ止める儀式だった。
今度こそ自分が無価値になるという恐怖。
今までの高揚が無意味になるかもしれない不安。
そして、胸の内で燻り続ける破壊衝動。
結局俺は、後戻りなんかできない。
あの金持ちを狙うことは出来ずとも、俺は俺のままだ。


――――終わらせない。終わらせてたまるか。
――――俺は。全部殺して、勝つんだよ。


目を血走らせ。瞳を震わせ。
俺は、俺の中の激情を滾らせた。
アサシンへの恐怖を誤魔化すように。
その口元に、ハリボテの笑みを浮かべた。


◆◇◆◇


昇進という厄介事からは距離を置き続けたものだが。
それなりに勤めていると、新人の面倒を任せられることがままあった。
「吉良は地味だが優秀だから任せられる」だの、「どうせ他に大した仕事も無いんだから」だの、そんな理由と共に押し付けられる。
一度“できの悪い”マヌケな新入社員を寄越された時は最悪だった。
作業効率は悪いし、物覚えもイマイチ。
その癖して一丁前に我が強い……。
自己を客観視できないバカだったが、早々に仕事を辞めてくれたからホッとした。

田中一という男の面倒を見ている今も、その時と同じ気分だ。
ああいった“独り善がりの無能”というものは何処にでもいるらしい。
仕事と同じ―――そう考えれば、辛うじて割り切ることは出来る。
いつか切り捨てられればいいものだが、容易ではないことも理解している。

あの場で田中一を爆殺できるという脅しも。
マスターを乗り換えられるだけの魔力を蓄えているという話も。
結局のところ、全て嘘だ。単なるハッタリに過ぎない。
仮にヤツが恐れも知らずに本気で令呪を使ったのならば、確かに私は従わざるを得なくなっていただろう。

尤も―――それでも尚、今回の件が「窮地だった」等とは思わない。
あのちっぽけな男に、この私を黙らせる度胸など露程も無いと理解していたからだ。
社会との折り合いも付けられないようなクズに、何が出来るというのか。

とはいえ、田中が暴走をしたのも理解はできる。
結局の所、私が奴との交流を避けていたという部分が大きいのだろう。
奴の性格を知っておきながら平然と捨て置き、それが今回の一件を招いた。
正直に白状すれば、私はこの世界での日常を満喫していた。久々の肉体に喜び、世俗的な楽しみに浸かっていた。
勿論、その過程で―――多くの女性を“愛してきた”。
殺しても殺しても、餓えはすぐに訪れる。殺人衝動は明らかに生前よりも肥大化している。真の平穏には程遠い。
それでも尚、座に縛られている頃と比べれば、この23区での生活は気ままで楽しいものだった。雑多な町並みは好きになれないがね。
しかし、聖杯戦争も既に本戦へと移行している。
最低でも親父を介すなりして、今後はよりマスターとの連携を取っていくべきだろう。
場合によっては、田中との接触も視野に入れるべきか。
実に面倒ではあるが。

さて。流石に、本腰を入れる段階へと進んできたか。
私は思案する。
この聖杯戦争において、私はどの程度のレベルに位置するのか。

自由自在に空を翔べる。
怪物的な武芸を駆使する。
ビルさえも容易く破壊する。
大地を抉り取るほどの力を持つ。
街を焦土に変えることが出来る。
人知を遥かに超越した権能を行使する。
これらのような超常の異能を、私は持ち合わせていない。

聖杯戦争に参加するサーヴァントは、紛れもない超人達ばかりだ。
古今東西の英傑達。伝説に名を馳せた勇士。
その名はまさしく無双であり、怪物であり。豪傑である。
私などでは遠く及びもしない。
所詮はただの殺人鬼。小さな町に生まれ、小さな町で生涯を閉ざした、ちっぽけな存在に過ぎない。
実力で言えば――――間違いなく下位。
本物の英雄達と衝突すれば、私は成すすべもなく倒されてしまうかもしれない。

だが。
そんなことは、些細な問題だ。
結局のところ、私にとって重要ではない。


――――全てを断ち切る。何もかもを破壊する。
――――そんな“強さ”に、なんの意味がある?
――――そんなものが、あの“空条承太郎”をも上回る脅威とでも言うのか?


ここは街だ。人々が生活を営み、忙しない日々を過ごす箱庭だ。
彼らが伝説を掴み取ったような“戦場”では、断じて無い。

社会に潜み、群衆に溶け込み、日常の陰で―――誰かを殺し続ける。
力など必要無い。強さに価値など無い。
15年間。私は誰にも悟られず、犯行を繰り返してきた。
町中での“殺人”においては、この吉良吉影こそが最も優れている。
故に、負けるつもりなど毛頭ない。


ふと、腕時計を確認した。
カチ、カチ、カチ、カチ、カチ。
時計の針は変わらず刻み続ける。
新宿へと向かう電車は、もうじき到着する。
私はベンチから立ち上がり、逆側のホームへと向かうべく駅構内の階段へと向かっていった。


【荒川区・日暮里駅/一日目・午後】

【アサシン(吉良吉影)@ジョジョの奇妙な冒険】
[状態]:健康、殺人衝動
[装備]:なし
[道具]:なし
[所持金]:数万円(一般的なサラリ―マン程度)
[思考・状況]
基本方針:完全なる『平穏』への到達と、英霊の座からの脱却。
0:ひとまず新宿へと戻る。
1:今後の立ち回りについて思案する。必要ならば写真の親父やマスターとも相談し合うし、場合によっては合流もする。
2:『透明な手を持つ女(仁科鳥子)』は一旦保留。
3:マスタ―(田中)に対するストレス。必要とあらば見切りをつけるのも辞さない。
4:社会的地位を持ったマスターとの対立は避ける。
[備考]
※スキル「追跡者」の効果により、仁科鳥子の座標や気配を探知しやすくなっています。
※仁科鳥子が日暮里周辺に住んでいることを把握しました。


【杉並区・住宅街/1日目・午後】

【田中一@オッドタクシー】
[状態]:意気消沈、吉良吉影への恐怖
[令呪]:残り3画
[装備]:なし
[道具]:スマートフォン(私用)、ナイフ、拳銃(6発、予備弾薬なし)
[所持金]:数千円程度
[思考・状況]
基本方針:『田中革命』。
1:敵は皆殺し。どんな手段も厭わない。
2:SNSは随時チェック。地道だけど、気の遠くなるような作業には慣れてる。
3:峰津院大和のことは、保留。
[備考]
※界聖杯東京の境界を認識しました。景色は変わらずに続いているものの、どれだけ進もうと永遠に「23区外へと辿り着けない」ようになっています。

【吉良吉廣(写真のおやじ)@ジョジョの奇妙な冒険】
[状態]:気配遮断、ストレス
[装備]:田中一のスマートフォン(仕事用)、出刃包丁
[道具]:なし
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:愛する息子『吉良吉影』に聖杯を捧げる。
0:ひとまず、なんとかなった……。
1:『透明な手を持つ女(仁科鳥子)』および『白瀬咲耶の周辺』を調査する。
2:田中と息子が勝ち残るべく立ち回る。必要があればスマートフォンも活用する。
3:当分は田中をマスターとして受け入れるが、より『適正』なマスターへと確実に乗り換えられる算段が付いた場合はその限りではない。
[備考]
※スマートフォンの使い方を田中から教わりました。
※アサシン(吉良吉影)のスキル「追跡者」の効果により、仁科鳥子の座標や気配を探知しやすくなっています。

時系列順


投下順



←Back Character name Next→
031:峰津院の名のもとに 田中一 39:妖星乱麻
011:オール・アロング・ザ・ウォッチタワー アサシン(吉良吉影)
031:峰津院の名のもとに 吉良吉廣(写真のおやじ)

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2021年09月07日 23:49