きっちり足に合った靴さえあれば、じぶんはどこまでも歩いていけるはずだ。そう心の中で思い続け、完璧な靴に出会わなかった不幸をかこちながら、私はこれまで生きてきたような気がする。行きたいところ、行くべきところぜんぶにじぶんが行っていないのは、あるいは行くのをあきらめたのは、すべて、じぶんの足にぴったりな靴を持たなかったせいなのだ、と。
(中略)
じぶんの足は、完璧な靴につつまれる資格を失ってしまったのだろうか。
───須賀 敦子『ユルスナールの靴』
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「それで結局、私たちってなんなんでしょうかね?」
何気ない一言だった。
七草にちか───アーチャーのマスターであり、観客であることを選んだ少女であり、「まあ分かりにくいので私のことは七草ってことで」と言っていたもう一人のにちか───の疑問に、しかし答えられる者はこの場にはいなかった。いや、偶像であることを選んだにちかは「知らないですよそんなん」と、やはり何気なく口にしてはいたが。
七草にちかが二人いる。
論ずるまでもない異常事態だ。今までは状況的にも心情的にも切羽詰まっていたから「そんなの後!」と流せていたが、一旦落ち着いてしまえばそうもいかない。
私たちは一体、何なのだ?
その疑問を放っておくことはできないし、なるほど確かに、Wが避けて通れない命題と称したのも納得ではあった。
「偽物じゃない、ってことは分かりましたよ。けど何が何やら……普通に考えれば、パラレルワールド? って奴だったりするんじゃないですか?」
「うっわ、我ながら安直な」
「うっさいですー、そっちこそ私のくせにマウント取らないでもらえますかねー?
ていうか私じゃ何も分からないって丸わかりなんですから、お二人も何か心当たりとかあったりしません?」
憮然とした表情で振り返った先にいるのは、彼女たちの少し後を見守るように歩く、二人の青年だった。
煤切れた外套を纏う武骨な男、メロウリンクは寡黙な表情に少しだけ困惑の色を混ぜて。
白いジャケットを羽織る男、アシュレイは曖昧な笑みを浮かべながら。
「……俺に聞かれても困る」
「右に同じ、かな。推論に推論を重ねても出るのは憶測だけ。あれこれ想像することはできるけど」
メロウリンクが生まれ育ったのは硝煙揺蕩う鉄火場であり、まともな教育はおろか文明の恩恵に預かることすら稀な境遇であった。その時代において人類の版図は銀河系にまで及んでいたが、百年に渡る大戦争は本来築かれるはずだった高度な文明や数多の文化を根こそぎ奪いつくし、人々の生活水準は21世紀の日本と比較しても遥かに低レベルなものだった。
アシュレイが生きた新西暦も、第五次世界大戦と大破壊(カタストロフ)によって文明レベルが大幅に後退してしまった時代である。アキシオンの自然発生による旧暦機械技術の復興というブレイクスルーはあったにせよ、アシュレイの存命中にはついぞ、パラレルワールドの存在は実証されなかったと記憶している。いや、人奏者として覚醒したラグナとの会話の中で、「可能性域の観測による確率量子投射」という技術の存在が語られたが、結局はそれきりだ。
結論、二人が「にちかが二人いる」という異常事態に対して言及できることは皆無に等しい。できることと言えば、根拠のない憶測を好き勝手言うくらいである。
「けれど、いわゆるスワンプマンってことはないんじゃないかと思う。二人ともしっかり記憶があって、辿った経歴も細部が違うわけだからな」
「なんですかそれ」
「昔の思考実験だよ」
あるところに、不運にも雷に打たれて死んだ男がいたとする。そしてその時、同時にもう一つの雷が、すぐ傍の沼に落ちたとする。
なんという偶然か、この落雷は沼の汚泥と化学反応を引き起こし、死んだ男と全く同一、同質形状の生成物を生み出してしまう。
沼から生まれたこの物体は、死んだ男と原子レベルで全くの同一であり、見かけも脳構造も記憶も人格も完全なる同一人物である。沼を後にしたこの物体は、死ぬ寸前の男と同じ外見のままスタスタと町まで歩いて帰り、男が住んでいた部屋のドアを開け、家族に電話をし、読みかけの本の続きを読み、そして翌朝仕事場へ出勤する。誰も、沼から生まれた物体当人さえ真実に気付くことはない。
さて、この沼男(スワンプマン)と死んだ男は、果たして同じ人間と言えるのでしょうか? というものだ。
「界聖杯の誤作動で一人の人間が二つにコピー&ペーストされた、というなら明確に違った経験があるのはおかしい。もしスワンプマンなら完全な同一か、記憶や思考に抜けがあるかってところだろうしな」
「……いや、滅茶苦茶気持ち悪いですねそれ。昔の人は何考えてそんなこと言ってるんですか」「同感です。どこのプラナリアですか」
「ごめん、悪かったよ」
二人のにちかは「うへぇ」といった感じのリアクションを取る。脳内に如何な絵図を描いているのか、心底辟易した様子であった。
そんな百面相を前にアシュレイは笑みを浮かべた。その様子がおかしかったから、ではない。胸に去来する納得がためである。
ああ、やはり二人は違う人間で、しかし違わず"七草にちか"なのだと。
先刻のように反発することもあれば、今この時のように双子めいてそっくりなリアクションを取ることもある。
選んだ道は正反対で、しかしその在り方は鏡写しのような対極ではあり得ない。観客だろうと偶像だろうと、彼女たちは確かに二人の独立した人間で、同時に等しく七草にちかだった。
それはきっと、彼女たちが真に"生きている"からなのだろう。
一つの方向性に振り切れた人間は強力だ。光であれ闇であれ、強固な定義は揺るがない。
しかし同時に、それは思考停止と同義でもある。
観客、アイドル、あるいは光や闇、もしくは英雄や逆襲者。人の心の在り様など常に流動し揺れ動くものなのに、そうした「属性」に心を押し込めて自縄自縛に陥るのは、ある意味で最も楽な生き方でもある。
なにせ、自分の心という内的な要素ではなく、外付けのレッテルである属性に従えばいいのだから。これを思考停止と言わずに何と呼ぼう。
だからアシュレイは、七草にちかたちのことを決して弱者とは卑下しない。
惑い、迷って、揺れ動いて。真っすぐ立つことも真っすぐ歩くことも覚束なく、傍目からは危なっかしくさえ見るその在り方を否定しない。
道が二つに分たれたとしても、二人は間違いなく七草にちかであるのだから───
───神と人に分たれた、九条榛士の別御霊。
ふと。
そう、ふと。
あまりにも些細な、常ならば見落としてしまうようなほんの僅かな違和感が、そこにはあって。
───お前は"運命"であらねばならない。
「……」
「どうかしたんですかライダーさん?」
「……いや、何でもないよ」
思考と言動を切り離しながら、アシュレイは努めて何でもないように振る舞う。
その笑顔の仮面の裏側で、念話でもなく内界へ語りかけながら。
───今の懸念、どう思う?
───可能性の話をするならば、俺には明確な否定も肯定もできはしない。だが前例がある以上、疑ってかかるのは当然の理屈だ。
……ああ、そうだな。
そこで対話を打ち切り、思考の主体を現実へと戻す。
やらねばならないことは、向き合うべき問題は、山積みであるのだから。
「色々と話さなきゃならないこともある。アサシンの帰還を待つ必要もある以上、拠点は必要だ。このまま君の家を頼ってもいいか?」
「それは、まあ……ぶっちゃけそれしかないですよね。田中さんも待ってますし」
アシュレイの言葉に、やや複雑そうな表情で答える彼女。田中さん、という言葉に近くの茂みががさりとざわめく。
アシュレイは、やはり同じくそれに気づいている様子のアーチャーと目配せし、ほんの少し笑みをこぼす。
「ありがとう。それじゃあみんなで戻ろうか、焦らずにゆっくりと」
それは例えば、歩くような速さで。
決して生き急ぐことのないように。
月の煌めく夜の舗道。鉛色の敷石はひそやかな寝息と、堪え切れない溜息を漏らす闇の中へ伸び、街灯の無機質な白い明かりが静謐に照らしている。
街はとても静かだった。たった今、二人の少女が運命の岐路に立たされていたとは思えないほど、今もまた人の命が奪われる聖なる杯を巡る戦いがあるとは思えないほど。
決意(ユメ)の話は、ひとまずお終い。
ここからは現実のお話である。
如何に勇壮な決意をして、如何に悲壮な運命を辿ろうとも、人生とは物語ではなく現実であればこそ、区切りはつかずエンドロールも流れない。当人の精神的な問題が片付こうが、付随した物理的な問題は未解決のまま転がっている。
一人は観客を選び、一人は偶像を選んだ。
七草にちかは、七草にちかであることをようやく肯定することができた。
ならばこそ、彼女たちの聖杯戦争は、あるいはここから本当の始まりを迎えるのかもしれない。
◇
「おー、おかえりー」
どこか気の抜けた、楽しそうな声だった。
それは特有のトーンがそう思わせるのだろうか。七草にちかの住む古ぼけたアパートの一室で、不釣り合いに鮮烈な色彩を放つ少女を見て、アシュレイは思う。
田中摩美々は「今までずっとここにいましたよー」と言わんばかりにくつろいだ様子で四人を出迎えていた。今の今までにちかたちの対話を陰ながら見守っていたことなどおくびにも出さずに。
なるほど、確かに彼女もアイドルなんだな、と思う。演技が明らかに堂に入ったものだった。気配を察していたことと、首筋に薄っすらと張り付く汗を見なければ、あるいはアシュレイも騙されていたかもしれない。
「その様子だとー……ふふ、うまくいったみたいですねー」
「あははっ……うまくいった、でいいんですかね」
「その顔を見ればねー」
未だぎこちない二人のにちかに、悪戯っぽく笑う摩美々。その光景は283の公式プロフィールに書かれていた「人をからかうのが好き」の印象そのままで、ああなるほど。
「……良い子だな」
「えー、何か言いましたー?」
いや、と一言。どうやら彼女、にちか同士の間を取り持とうとしたり、人知れず会談を見守ったりと、面倒見は人一倍良いらしい。
Wが彼女の安全を最優先にするだけのことはあると、そこまで考えて。
「まあまあ、立ってないで座りなー。あ、スポドリでも飲むー?」
そういうことになった。
◇
そしてアパートの一室に5人が集う。
そう大して広くもない部屋に、5人だ。はっきり言って窮屈であるし、主だったメンバーがうら若き少女なこともあって、アーチャーは霊体化して聞き役に徹すると言ったが、「ここまで来てそれはナシですよ」と彼自身のマスターであるにちかに無理やり引っ張られ、今は壁際に背をもたれて座っていた。
数瞬の沈黙があった。
けれど、それは居心地の悪さには繋がらなかった。
すべきことを終えた者、そしてこれからすべきことを明白に認識する者としての、共通した意識のようなものがあった。運命共同体とでも言えばいいのだろうか。友情や愛情ではないにせよ、その関係に嘘はない。
「それでなんですけど~……」
口火を切ったのは摩美々だった。
この中では明確にサーヴァントを連れ立たず、だからこそ先の対談でも中立の立場に在った彼女だ。会話の始動を担うにはある意味適役かもしれない。
「そっちのライダーさんは聖杯戦争をどうにかできそうなプランがあるって聞いたんですけど、それって本当なんですかー?」
───……まあ、当然聞いてくるよな、それは。
にわかに場の空気が張り詰めるのを肌で感じながら、アシュレイは思考する。
十分予測できる質問だったし、当然の疑問でもあった。おそらくはW経由で聞き及んだのだろう。
現状、自分たちのみならず283関係者、そして聖杯の獲得と殺し合いを望まない陣営にはクリアすべき難題がいくつも存在したが、その中でも最大にして最終の課題がそれである。すなわち界聖杯内界からの脱出。それが叶わない場合、如何にマスターたちの人間関係を清算し、敵対陣営を無力化して安全を確保しようが意味はなく、可能性の消失と共にこの再現された東京諸共崩壊し、運命を共にするより他にない。
だからその手段が確立されているならば、当然詳細は把握しておきたいし、せめて現実性のあるプランかどうかだけでも知っておきたい。それは当たり前の話であるし、アシュレイたち自身がそのプランを旗頭に同盟の締結を提案してきた以上、避けては通れない話題でもあったが。
『ライダーさん、その……』
『ああ。俺としては洗いざらい打ち明けようと思ってるんだが、それでいいか?』
『え、いいんですか?』
念話の中で、マスターであるにちかは思いがけず聞き返す。アシュレイは思考のみで頷いた。
『そりゃあ私も大っぴらに協力してもらいたいなーとか考えてましたけど……でも梨花ちゃんの時はああだったし、とか思ってたんですが』
『あの時は本当に手を組めるかどうか、あるいは獅子身中の虫となる可能性もあったからな。結果的には良い関係を築けたと思うが……
ともかく、彼女たち───もう一人の君を相手に躊躇う理由はないさ。俺たちは否応なく一蓮托生の身だからな』
あるいは、夢破れた七草にちかが、嫉妬や八つ当たりで行動するような人間であったならば、また話は違っていただろう。
けれどそうではない。彼女の言葉に、想いに嘘はない。再起を望んだ七草にちかに、逆襲者を望まなかった七草にちかはその道行を祝福した。
ならばこそ、
アシュレイ・ホライゾンの選ぶ道に迷いはない。元よりその身は、七草にちかの進むべき未来を指し示す羅針盤たればこそ。
もう一人の七草にちかを見捨てる選択肢など、最初から存在しないのだ。
『……それじゃあ、お願いします』
『ああ、任された』
そうして背中を押されて、アシュレイは返答する。
「その質問への答えは、YESだ。俺の持っている宝具を利用した案で、内容は───」
…………。
「宝具の借り受け。それを利用して界聖杯へのカウンターとなる能力を叩き込む、か……」
一通りの情報を話し終えた後、場に下りたのは再度の沈黙だった。
情報を加味する者、何とか理解しようとする者、怪訝な顔の者。三者三様ではあったが、その顔はどれも真剣そのものである。
「使ってみての実証ができないから証拠を見せろと言われても困るんだが、必要なら宝具の情報マトリクスを開示してもいい」
「俺から聞いてもいいか」
真っ先に口を開いたのはアーチャーだ。やはり変わらぬ表情のまま、糾弾ではなく純粋な疑問として、その言葉を投げかける。
「界聖杯を改変する方策を取るとして、その能力のアテはアンタたちにあるのか」
「三つほど確保済みだよ」
新型祝詞、異伝・虹鏡奉殿の神勅───論理回路形成による疑似プログラミング、並びに採光式現象操作能力。
第五次世界大戦用星辰兵器・天之闇戸───パラメータ操作による事象・環境改変能力。
奏でられる終焉は、銀に煌く狼の冬が如く───数式入力による物理的情報改竄能力。
シュウ・欅・アマツとラグナ・ニーズホッグ、新西暦が誇る最高峰の科学技術者が持つ星辰光は、まさしく世界を構築する数理そのものに干渉し、改変し尽くす可能性を持っている。
アメノクラトに関しては人間どころか生物に類する知性体ですらない機械だが、それ故に製造知識や後世での所有権を有するラグナ・シュウの両名を通じてその星辰だけを引き出すことが可能となっている。サーヴァントという形で英霊の座に登録されることにより、スフィアブリンガーは単純な星辰のみならず付随する象徴的能力までその効果の対象内に含めることが可能となっていた。
「勿論、この三つだけで対抗できるという保証はどこにもない。どころか、そもそも界聖杯の性質如何ではもっと異なったアプローチが必要になる可能性もある。
だから俺たちはできるだけ多くの情報……界奏で引き出せる力の「選択肢」を増やしたかったんだ。ただでさえ低い可能性だからこそ、万全を期する必要があるからな」
そう、既に彼らにも説明済みだが、このプランははっきり言って失敗の可能性が非常に高い。
界奏の発動は一瞬に限定される以上、行使できる工程は一つ───界聖杯の改変───に限定され、それ以前の問題である「界聖杯の特定」「界聖杯の性質把握」「そこに至るまでの他参加者との闘い」は界奏なしで進めなければならない。
よしんばそれら条件をクリアして界聖杯まで辿り着こうとも、それで界奏の力が通用するかと言えば疑問が残る。だからこそ、確実に界聖杯の力を上回れるだけの力を、事前に把握しておく必要があった。
「借り受ける力は界奏……スフィアの力に比例して底上げされるし、デメリットを排除してメリット部分だけをエンチャントすることも、能力同士を複合して所謂「いいとこどり」することもできる。数は力と言うけど、界奏に関してはまさにその通りだな」
「良いとこ取り、って……例えばつのドリルの効果を持ったでんこうせっかとかを使える、ってこと?」
なんならスピードスターもくっつけられますよ!と、にちかはにちかに何故か自慢げにドヤ顔していた。まあ、うん、元気が出てきたなら言うことはないだろう。言ってる意味はよく分からないけど。
「俺の提供できる案はあくまで界奏を使えるぞってだけで、別に界聖杯の改変にこだわる必要はない。
例えば、世界間レベルでの座標特定と空間転送能力があれば、内界の壁を突破してマスターたちを直接元の世界に送り届けることもできるだろうし、あるいは星の海を航行できる飛翔船なんて選択肢もある。
どちらにせよ、具体的に呼びかけ先を特定しなきゃいけないことに変わりはないけどな」
けれど、どちらかと言えばそちらのほうが難易度は高いんじゃないかとアシュレイは考える。空間転送能力ならナギサの星辰光が思い浮かぶが、規格外の能力値を持つ彼女の能力でさえ効果範囲は惑星単位を超えられない。パラレルワールドの存在まで浮かんできた参加者たちの転送先を指定するには、何もかもが足りてない状態だ。
「そういうことで、これが俺の提供できる最大限のプランになる。さっきも言ったけど、はっきり言って成功の確率は低いと言わざるを得ない。
0%の確率を、なんとか1%にできるかどうかってところだ。力不足で申し訳ないが……」
「いや、可能性が出てきただけでもありがたい。完全な0なら詰みだが、万に一つでも勝機があるなら賭ける意義はある」
それに、とアーチャーは続ける。
「俺は所詮、軍隊という集団からあぶれ出た雑魚でしかないが……英雄というのは、限りなく0に近い可能性を掴んだ者のことを指すのだろう」
「……そう、かもしれないな」
確かに、アシュレイの知る英雄は万に一つの勝機を、気合と根性で無理やり掴み取るような連中ばかりではあったが。
ならば、かつて憧れた英雄(ヴァルゼライド)に誰かの笑顔をこそ託された自分は、同じくして証を打ち立てねばならないだろう。
「確かに希望は出ましたけどー……でもやっぱり、魔法みたいにパパっと解決、ってわけにはいかないんですねー」
「……一応、机上論でしかないがそれらしい方策もあるにはある」
だからこそ。
アシュレイは、今の自分に思いつける方策全てを開示しておくべきなのだろう。
成功確率が完全皆無でしかないじゃないかとか、そんな言い訳は一切無視して。
「それらしいって……魔法でも使えるんですか?」
「似たようなものではあるかな。界奏……スフィアは本来、何でも願いを叶える魔法のランプみたいなものだから」
つまり、アシュレイが言いたいのはそういうこと。
「界奏以外のスフィア、人奏の力を借りることができれば、まず間違いなく目的は達成できる」
スフィア、極晃星という覇者の冠は、新西暦の長い歴史において総計七種誕生した。
滅奏、天奏、烈奏、界奏、閃奏、神奏、人奏。アシュレイが語るのは最終にして最新、それ故に異端のスフィアの存在である。
人奏/銀月神譚、竜人の輝く旅路に青空を(ウィッシング・スフィアゲイザー)。その能力は、人が生み出し得る全ての叡智の具現。
「これはあくまで与太話として聞いてほしい。ただでさえ成功確率の低い界奏プランより、輪をかけて成功があり得ないプランでしかないからだ」
まず前提として、それを言い含めておく。
これはあくまで与太話。その成功場面などアシュレイ自身ですら「不可能だろう」と思えてしまうほどの難易度であるからだ。
「結論から言ってしまえば全容はこうだ。界奏の力を使って、特異点の人奏に呼びかける。そして特異点までの道を作って、人奏に接触しその力を借り受ける。言ってしまえばそれだけのことなんだが……」
「えと、それってその、界奏?で直接能力コピーとかできないんです?」
「それは間違いなく不可能だ。極晃に極晃の重ね掛けをするわけだからな、あまりにも現実的じゃない」
そもそも界奏を含めて、スフィアとは魔術的な意味での"魔法"に近い、極めてド外れた能力である。
その真価を十全に発揮しようとすれば聖杯の権能を使ってようやく叶うかと言うほどの代物であり、本来ならば一サーヴァントの宝具として搭載すること自体が間違っているのだ。
それでも界奏が令呪三角という代償ありきとはいえ発動できるのは極晃七種の中で群を抜いて最弱であり、単独では一切意味を為さない能力だからであり、界奏の成立自体は呼びかけ先との相互負担で成り立つ本来ならば消耗皆無の力であるからだ。
それでさえ膨大な魔力プールを用意しても一瞬のみの発動、更に発動負荷に耐え切れずアッシュ自身の霊基は間違いなく崩壊するなどのデメリットがある。
そんなギリギリの状態で界奏を発動し、その上で他の極晃を二重発動するというのは、どう考えても現実的ではない。
「問題は更にある。そもそもこの人奏自体、もう特異点に情報は残ってないんだ」
人奏の誕生は神奏との決戦時、グレンファルトという創生の神祖を打倒するために生み出されたものだ。あまりにも汎用性の高すぎる人奏は仮に接触者が出た場合、地球上にあらんばかりの叡智をもたらし文明を急速に加速させる結果となってしまう。
そうなれば間違いなく世の中は大混乱だ。光狂いが暴れる必要さえなく、過ぎたテクノロジーのみで人類文明は自滅してしまうかもしれない。そうした危惧のもと、神奏の打倒と同時に人奏という極晃は特異点から抹消された。
その行使者であるラグナ・スカイフィールドという英霊の登録情報と共に。
「え、じゃあ借りれないじゃないですか。そういう意味で与太話ってことですか?」
「いいや。大事なのはここからだ。人奏は厳密にはスフィアではなく、極めて技術的に再現された疑似極晃で、再現性が非常に高いんだ」
それこそ人奏というスフィアが持つ最大の異常性。スフィアゲイザーは新西暦最初で最後の人造極晃星ともいうべき代物なのである。
本来スフィアとは、資格を以て到達するものである。能力値の極限突破、高位次元への接触媒体、想いを共有する唯一無二の誰か。それら条件をクリアすることで、ようやく究極に至ることができる。
人奏はそうではない。ラグナという人物は生まれからして決して極晃に到達する資格を持ち得なかった。能力を限界突破しようと、媒体を得ても、想いを共有する大切な人間を見つけても、決してスフィアに至れない。
ならば話は簡単だ。至れないなら作ってしまえばいい。
どこまでも技術的に構築された人造スフィア、それが人奏という星だ。そうした製造過程であればこそ、人奏は極めて高い再現性を持つ。
「人奏者ラグナ・スカイフィールドは英霊の座からも情報が抹消されている。けど神殺しラグナ・ニーズホッグなら話は別だ。後者の側に界奏で呼びかけ、もう一度特異点に人奏を"製造"してもらう」
これが他のスフィアなら絶対不可能なその所業を、しかし人奏だけは可能としていた。元々が資格もリソースもない状態でのカスタマイズという生誕経緯であるのだから、再現できない理由はない。
「然る後に俺自身の霊基を改造して、高位次元接触用の基盤に作り替える。界奏の数少ない取り柄で、次元間相互接続機能があるからな。等身大の筐体にしてしまえば、後は適当な高性能演算器でも補助に充てれば再製造された人奏までを繋ぐ経路になる」
「その話しぶりだと、お前自身が人奏とやらに接触するわけじゃないのか」
問われたアシュレイは言葉なく首肯する。そう、ここからが最も難題であり、彼をして不可能と言わしめる条件が出てくるのだ。
「俺では人奏に接触する資格がない。求められるのは演算能力、有体に言えば頭の良さだからな」
人奏は技術的に再現された人造物であればこそ、想いなどといった感覚的で曖昧な要素を一切受け付けない。
必要なのは演算。数式設定により緻密な値の入力であり、膨大な情報を処理できる頭脳を持つ者でなければ操作は愚か接触さえままならない。
「そして最後に、人奏を決して悪用しないと断言できる人間性も必要になる。これは資格というより、ラグナたちへの説得って意味になるが」
前述した通り、人奏はその力の一片でも流出すれば、人間社会に避け得ない混乱をもたらす。
ラグナたちはそれを嫌ったからこそ人奏を封じたのであり、ならばこそ万が一にも人奏を悪用する可能性を持つ人間にその使用を許諾はしないだろう。
つまるところ、纏めるとこうだ。
「世界で一番頭が良くて、万が一にも万能の力を悪用しないと断言できて、かつ俺たち脱出派に協力してくれて、界奏で呼び出せるパーソナルデータじゃなく実体を持って現界してる人物がいれば、この"人奏プラン"の実行は現実味を帯びてくるわけだ」
「無理ゲーじゃないですかそんなの」
「だな。俺もそう思う」
ついでに言えば、この人奏プランも界奏プランと同様に失敗の許されない一発勝負の大博打となる。
なにせ基盤に作り替えるアッシュは元より、人奏に接触する誰かも、間違いなくその負荷に耐えられず死ぬからだ。失敗すれば総計2名の有力戦力を無駄に消耗する結果になる以上、実行は慎重を期さねばならない。
まあ、最初に言った通り与太話の域を出ない以上、あれこれと考えるのも無駄骨ではあるのだが。
「ふーん……」
そんな中、摩美々だけは何か意味深な顔をして。
世界一頭が良くて、人間性も保証できて、脱出派な人物。
「心当たり、あるかもー」
まあ、それは"彼"が帰ってきてから話すとしようか。そう心に留め置いて。
「っはぁ~~~~~~~~、疲れたぁ~~~~~」
話がひと段落したと認識して、アーチャーのマスターであるにちかは緊張の糸が解けた声を上げた。
どうにもそれはこちらのにちかも同じ意見のようで、あからさまに休みたいという感情が顔に出ていた。
「もう終わりですよね!? ところどころ意味分かんなかったですけど、要するに何とかできそうってことでFA!」
「俺としてはアテができただけでも御の字だな。ところでアンタの宝具、ハイペリオンと言ったか。少し聞きたいんだが───」
なんて言いながら、アーチャーとライダーは再び何やらの談義に勤しみ始めている。持続性とかエンチャントとか破壊力とかそんな単語が聞こえてくるが、もういいや、ぞんぶんにやってほしい。
「まあ、あとはアサシンさんが帰ってくるのを待って───」
と、空気が和みかけた。
その時だった。
「……………………………………え?」
ふと、暖かな空気を切り裂くつぶやきがあった。
全員の眼が、そちらを向いた。
凍り付いたように固まった摩美々の手には、スマホが握られていて。
少女たちにとっては見慣れた姿の男が、そこには映っていた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
同一人物が二人。
その実例を、アシュレイは知っていた。
ラグナ・ニーズホッグとグレンファルト・フォン・ヴェラチュール。高位次元に登録されたパーソナルデータを元にしたスワンプマンであるところの二人。
極めて異例、かつ限定的な状況で成立したこの二人の例は、二人のにちかには当てはまらないと、最初は考えていた。
けれど、違和感があった。
アシュレイのマスターであるにちか、仮に偶像・七草にちかと呼ぼうか。
彼女を取り巻く状況には、不可解な点が多かった。
何故、彼女の境遇は
田中摩美々や
プロデューサー、あるいは聞き及んだ
幽谷霧子の知る物と乖離しているのか。
何故、同じく乖離した境遇を持つ観客・七草にちかがマスターとして存在しているのに、東京内界における七草にちかのロールは偶像・七草にちかにだけ宛がわれたのか。
何故、"元の世界で撮られたはずのライブ映像"が、東京内界におけるものとしてTV放映されていたのか。
何故、これほど283関係者と異なる世界線を持つ偶像・七草にちかのプロフィールが、東京内界におけるそれと地続きであるのか。
そして
幽谷霧子から聞き及んだ情報、自我に目覚めた
NPCの存在。魔力があれば可能性に目覚め、あるいは界聖杯から独立した存在に成り得るかもしれないという憶測。
これは根拠のない妄想に過ぎない。推測に推測を重ねた憶測ですらない、状況証拠だけの戯言でしかない。矛盾だとてある。
アシュレイ自身、そうであることを願っている。
しかし、その可能性に行き着いたからこそ無視はできなかった。
偶像・七草にちかは、界聖杯から生み出された
NPCである。
何とも荒唐無稽な、その可能性を。
【
七草にちか(騎)@アイドルマスターシャイニーカラーズ】
[状態]:健康、精神的負担(中)、決意
[令呪]:残り三画
[装備]:
[道具]:
[所持金]:高校生程度
[思考・状況]基本方針:283プロに帰ってアイドルの夢の続きを追う。
0:アイドルに、なります。……だから、まずはあの人に会って、それを伝えて、止めます。
1:殺したり戦ったりは、したくないなぁ……
2:ライダーの案は良いと思う。
3:梨花ちゃん達、無事……って思っていいのかな。
[備考]聖杯戦争におけるロールは七草はづきの妹であり、彼女とは同居している設定となります。
【ライダー(
アシュレイ・ホライゾン)@シルヴァリオトリニティ】
[状態]:全身に軽度の火傷(ほぼ回復)
[装備]:アダマンタイト製の刀@シルヴァリオトリニティ
[道具]:七草にちかのスマートフォン(
プロデューサーの誘拐現場および自宅を撮影したデータを保存)
[所持金]:
[思考・状況]基本方針:にちかを元の居場所に戻す。
1:今度こそ、Pの元へ向かう。
2:界奏による界聖杯改変に必要な情報(場所及びそれを可能とする能力の情報)を得る。
3:情報収集のため他主従とは積極的に接触したい。が、危険と隣り合わせのため慎重に行動する。
4:武蔵達と合流したいが、こっちもこっちで忙しいのが悩み。なんとかこっちから連絡を取れればいいんだが。
[備考]宝具『天地宇宙の航海記、描かれるは灰と光の境界線(Calling Sphere Bringer)』は、にちかがマスターの場合令呪三画を使用することでようやく短時間の行使が可能と推測しています。
アルターエゴ(
蘆屋道満)の式神と接触、その存在を知りました。
割れた子供達(グラス・チルドレン)の概要について聞きました。
七草にちか(騎)に対して、彼女の原型は
NPCなのではないかという仮説を立てました。真実については後続にお任せします。
【
七草にちか(弓)@アイドルマスター シャイニーカラーズ】
[状態]:健康、いろいろな苛立ち(割とすっきり)、
プロデューサーの殺意に対する恐怖と怒り(無意識)
[令呪]:残り三画(顔の下半分)
[装備]:不織布マスク
[道具]:予備のマスク
[所持金]:数万円(生活保護を受給)
[思考・状況]基本方針:生き残る。界聖杯はいらない。
1:アイドル・七草にちかを見届ける。
2:あの野郎(
プロデューサー)はいっぺん殴る。
3:お姉ちゃん……よかったあ~~~。
[備考]※
七草にちか(騎)のWING準決勝敗退時のオーディションの録画放送を見ました。
【アーチャー(メロウリンク・アリティ)@機甲猟兵メロウリンク】
[状態]:健康
[装備]:対ATライフル(パイルバンカーカスタム)、照準スコープなど周辺装備
[道具]:圧力鍋爆弾(数個)、火炎瓶(数個)、ワイヤー、スモーク花火、工具
[所持金]:なし
[思考・状況]基本方針:マスターの意志を尊重しつつ、生き残らせる。
1:にちかと摩美々の身辺を警護。
2:『自分の命も等しく駒にする』ってところは、あの軍の連中と違うな……
3:武装が心もとない。手榴弾や対AT地雷が欲しい。ハイペリオン、使えそうだな……
4:少しだけ、小隊長のことを思い出した。
[備考]※圧力鍋爆弾、火炎瓶などは現地のホームセンターなどで入手できる材料を使用したものですが、
アーチャーのスキル『機甲猟兵』により、サーヴァントにも普通の人間と同様に通用します。
また、アーチャーが持ち運ぶことができる分量に限り、霊体化で隠すことができます。
アシュレイ・ホライゾンの宝具(ハイペリオン)を利用した罠や武装を勘案しています。
【
田中摩美々@アイドルマスター シャイニーカラーズ】
[状態]:健康、赤い怒りと青い憂欝、動揺と焦燥感
[装備]:なし
[道具]:白瀬咲耶の遺言(コピー)
[所持金]:現代の東京を散策しても不自由しない程度(拠出金:田中家の財力)
[思考・状況]基本方針:叶わないのなら、せめて、共犯者に。
0:ただ、
プロデューサーに、生きていてほしい。
1:
プロデューサーと改めて話がしたい。
2:アサシンさんの方針を支持する。
3:咲耶を殺した奴を絶対に許さない。
[備考]
プロデューサー@アイドルマスターシャイニーカラーズ と同じ世界から参戦しています
時系列順
投下順
最終更新:2022年05月02日 23:29