終わりだ。もう何もかも全て、おしまいだ。



四皇だの、連合だの銀翼のランサーだの、最早全てが塵芥に等しい茶番でしかない。
この戦いは勝者の決した一方的な蹂躙でしかない。

四皇が二人、百獣のカイドウとビッグ・マムを退けたという偉業中の偉業。
ある世界の政府が耳にすれば、ヴィラン連合に億を超えるであろう賞金を指定するかもしれない大事を鬼舞辻無惨は冷ややかに受け止めていた。

「やはり、奴がいたのか」

継国縁壱カイドウから語られた最悪の存在。
奴がいる限り、聖杯戦争にそれ以外の勝者はない。
あまりにも馬鹿げた、荒唐無稽のそれを彼は本気で信じ、そして恐れを抱く。
その最強の侍に打ち勝つ者共など居はしない。かつて、確かに一つの世界にして世界を牛耳りかけた二大海賊を敵にしても尚、その畏怖は衰えることはない。

「一刻も猶予はない。だが……」

無惨の持つ、たった一つの最高の一打はただ逃げて隠れ、そして潜むのみ。

しかし、されどそれは叶わぬことを無惨は理解している。させられている。
マスターたる松坂、奴が神戸しおに執着を見せ連合に好意的になっているからだ。今すぐ奴らに縁壱の脅威を説明し説き伏せたいとこだが、恐らく聞く耳を持たない。
何を考えてるか知らないが、Mはマスターにご執心かつ馬鹿みたいな野心を燃え滾らせている。歳を考えろ馬鹿めと吐き捨てる。
完全な逃げの一手など、あのマスターと若作りから却下される。そして学のない貧相なサーヴァントと幼女、その他諸々もその方針に賛同するに違いない。あの星野アイとかいう女はまだ違うかもしれないが。
当然、そこには松坂も入るだろう。綿のように軽く空っぽな脳味噌では何も分からないのだ。

「全員殺されるぞ。馬鹿共が」

松坂ではなく、松坂”さとう”ならば話は通じたのだろう。
神戸しおが居る。危険が迫っているので、二人で退避しろ。安全を保障する代わりに、無惨が聖杯を手にする。
早急とは言わないまでも、あの女に連絡を取り今後の手段を確立するのは悪くない。
しかし、厄介なのは神戸しおだ。あの幼女はやけに好戦的と言っていい。
何をどう狂ったのか知らないし、知りたくもないがMとそのマスターを好敵手視しているらしいのは見ていて分かった。
やはり、逃げなど選ばないだろう。

(叱られたことがないのだろうな……母親は何をしている?)

恐らくは、Mに大層煽てられたのだなと無惨は思う。いや界聖杯に導かれる以前に、違った道を正されたことが一度としてない。
普通は誰かしら叱るだろう。子供とはそうやって学び、成長するものだ。

だが、神戸しおは違う。睨めば相手が勝手に黙る。ただ見放されているとも知らずに。
それを成長と思い上がり、驕っていく。童子故の万能感が何時までも拭えず、善悪を超える己に酔っている。
愛だの狂気だの、都合の良い装飾で覆い隠し、周りはそれに忖度する阿呆共しかいない。
真の愛というならば、まずは法律、そして社会と世間という障害こそ、逃げずに乗り越えて見せるべきだろう。それすら出来ず、逃げ回っているだけの臆病者に過ぎない。
今は運が味方しているが、それがいつまで続くのやら。

珍しくもない話だ。無惨とて人間社会に長く潜んできた。その手のまともな大人がおらず、図体だけでかい子供などいくらでも見た。
しおはその図体が大きくなるまで生きているかも分からないが。

本当に愛を振りまくというのなら、あのさとうの叔母(おんな)は叱ってやるべきだろうに。
無惨からすれば見たくもなかった過去だが、垣間見えた過去の光景の中で、友人を殺し逃亡に助力を願い出た松坂さとうに当初は保護者(おとな)として現実と限界を突きつけてはいた。

(あの女は狂っているが、現実を知らない子供ではないはずだが……)

あるいはそこにも例外があり、神戸しおの……いや松坂さとうという肉親への想いが……そこまで考え打ち切る。どうでもいい話だ。

(この連合の連中よりは松坂さとうは話が通じそうだ。だが、神戸しおのM共への躾けられ方を見るに、戦う意思を変えないしおにさとうが引き摺られるのは間違いないだろう)

何ならMに同じように煽てられて、全員奴の傘下入りも考えられる。

(戦うなら勝手にしろ。この勝ちの決まった遊戯に何の意味もない)

理想は連中が潰しあう事だ。当然、縁壱の勝利は揺るがないがこちらに害する者共が屠られていくのなら好都合。
そして、最終的には無惨が勝利する。

一見して矛盾する思考を無惨は組み立てる。

縁壱には勝つことはできない。奴こそが真の化け物で、無惨は被害者だ。

それでも、最後には無惨が勝つ。
この界聖杯内で、唯一あの男に事実上勝利できるのは己一人だとも確信していた。

もしも、この戦いが参加者すべてに命を奪うことが可能な首輪を嵌められ、限られた範囲の中、更にそれが時間経過で削られていくようなバトルロワイアルであったのなら、無惨はそのようなこと考えもしない。
真っ先に首輪の解析を行い、迅速な脱出を目指すことだろう。

だが、この聖杯戦争(ぶたい)はそうではない。

時間の制限がないのだ。界聖杯はそれを一切明示していない。
であるのなら、それこそサーヴァントがいる限り、戦いが続く限り、聖杯戦争に終わりはない。それこそ1000年経とうが、終わらないのではないか?
サーヴァントは事実上の不老だろう。実際には様々な制約があるが、ある意味不死に近い。しかしマスターはどうか?
そう、マスターは、可能性の器であっても人間である以上は時間の流れという老いには勝てない。縁壱がそうであったように。

つまるところ己のマスターが老衰で死ねば、例え縁壱でも現界は不可能だ。それは聖杯戦争の脱落を意味する。
その後に残ったのが無惨とそのマスターであったのなら、この戦争の勝者は無惨なのだ。
この場の全てのマスターが死に絶えるまで戦いを遅延させ続ければ、聖杯を手にすることは決して難しい事ではない。

(可能な限り若い要石がいい。女のほうが長生きもする。やはり、条件を満たすのは神戸しおか……)

寿命という観点ではしおが最も有利に働くが、それは難しいのは身に染みている。
ライダーが何らかの要因で死に、契約できるのが無惨しかいないのであれば乗っては来るだろうが、そう都合のいい状況にはならないだろう。
なったところで、無惨の指示をすべて聞くとも思えない。

(あるいは、脳を意図的に破壊し植物状態とするか? いささか持ち運びが面倒だが、令呪という縛りを実質無視できるのは悪くない)

太陽の克服のためにあらゆる文献を網羅し知識を体得した無惨、それは再び現界した令和の現代でも例外はなく、医療知識も豊富に蓄えた。
機会さえあれば、しおを生かしたまま昏睡状態に陥れることも可能だろう。無論、M等の障害を取り除き、再契約もさせなければならないが。

(とはいえ、植物状態の人間は永くはない。……大半が半年ほどで、それ以外でも数年以内に死ぬ。数十年生きた例もなくはないが。ある程度の世話も必要になる。
 だがそれでも、いっそ神戸しおではなく、あのさとうの叔母(おんな)を黙らせるには十分か)

しおにこだわり過ぎることもない。それこそ100年単位で、戦いを引き延ばすことが一番だが、数年でも連中の精神を摩耗させるには十分だろう。

数年という時は、やはり人には長い。
マスターであるなら、何かの病が発症するかもしれない。事故で命を落とすかもしれない。そもそもが、戦いへの士気を保てず終わることのない聖杯戦争に自ら死という終止符を打つやもしれない。

仮にサーヴァントであろうと、戦う意思を維持し続けることは難しい。

百獣のカイドウだろうと、ビッグマムだろうと、犯罪界のナポレオンだろうと、そして最強の鬼狩り継国縁壱だろうと。

サーヴァントになり果てたとしても、その精神は人間であることに変わりはないのだから。

(千年の時を経て、私は人間に討たれたが、鬼狩り共は後に託す者たちがいた。だから、その意思は劣化せずこの首へと届いたのだ。
 界聖杯にはそれはない。可能性はたかだが20かそこら、後に託す可能性など皆無だ。故にその意思はいずれ劣化するだろう。人の老いと同じく)

例え戦いには劣ったとしても、一時的に策略に於いて遅れを取ろうとも、生物として己を上回る者などいない。
人間とは違う。最後に生き残れさえすれば、それこそが真の勝利だ。

何より、その意思は、信念は、何物にも屈せず折れることはない。

その精神性を予測することは、ジェームズ・モリアーティだろうが完全に推し量ることは不可能。
連合にとって、それは予期できぬ最大の地雷にして、時限爆弾なのかもしれない。


断固たる意志の中で無惨は連合の元へ向かった。



【豊島区・池袋/デトネラット本社ビル跡地/二日目・未明】

【バーサーカー(鬼舞辻無惨)@鬼滅の刃】
[状態]:疲労(大)、体内にダメージ残留(大)、この世のあらゆる怒りや屈辱も霞む程の激しい焦り
[装備]:なし
[道具]:なし
[所持金]:数億円(総資産)
[思考・状況]基本方針:界聖杯を用い、自身の悲願を果たす
0:速やかに表舞台を退いて水面下に潜る。
1:松坂さとう達を当面利用。
2:『M』もといアーチャー達との停戦に一旦は合意する。ただし用が済めば必ず殺す。
3:マスター(さとうの叔母)への極めて激しい嫌悪と怒り。早く替えを見つけたい。
4:神戸あさひはもう使えない。何をやっているんだ貴様はふざけるなよ私の都合も考えろ
6:童磨への激しい殺意
7:他の上弦(黒死牟猗窩座)を見つけ次第同じように呼びつける。
8:神戸しおやさとうの叔母を植物状態にするのも検討する。マスターの脳を破壊するのは有用かもしれない。
9:可能であるなら、自軍以外の全マスターが老衰で死ぬまで隠れ続け、勝利が確定するまで聖杯戦争を遅延したい。(その際のマスターは性格を除けば、幼い神戸しおが理想)数年単位の遅延でも、他参加者の精神が衰弱するまで逃げたい。
10:とにかく、縁壱から逃げる(最優先)。
※別れ際に松坂さとうの連絡先を入手しました。さとう達の今後の方針をどの程度聞いているかは任せます。
※ビッグ・マムが新宿区近くの鏡のあるポイントから送った覇王色の覇気を目の当たりにしました。
具体的に何処で行っていたかは後続の書き手にお任せします。
※今はマスター及び他の連合メンバーとは少し離れた場所にいます。合流に向かってます。


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最終更新:2023年03月18日 00:47