所、鏡世界にて。
 皮下真が割れた子供達の生き残りと、北条沙都子及び古手梨花の退去誘導を終えたちょうどその頃。
 鏡の国へと迷い込んだ怪物(ジャバウォック)は、赤き血の統治を敷く女王(クイーン)と世界の全てを微塵に砕きながら乱舞を舞っていた。

「聞き及んでいたぞ、鏡を洞穴として利用する奇特な羽虫共が居ると」
「お気に召してくれたかい? こいつはおれの娘の能力でね……まさか此処が戦場になるとは思わなかったが」
「穴に隠れて身を寄せ合う羽虫の群れが、余の覇道を阻もうとは片腹痛い。
 だが目障りだ――貴様の首を落とすことで、か弱い蚊柱の夢を終わらせてやる」

 炎剣スルトを構え、その巨体からは想像も出来ない軽やかな剣技を振るうビッグ・マム。
 それを苦もなく一撃必殺の腐槍で捌きながら、皇帝何する者ぞと不敵に笑うベルゼバブ
 彼らの一挙一動、応酬の一合ごとに鏡世界の街並みが微塵のように消し飛んでいく。
 皮下が、ガムテへの義理立てとはいえ子供達を逃してやったのがどれほど聖人的な対応だったのかがよく分かる。
 こんな場所にただの人間が巻き込まれて、逃げ遂せるなど出来るわけがない。
 誰も彼もが、肉と骨の塊に変わって飛び散るばかりだ。

「そりゃ景気のいい夢だなランサー。だがそいつは叶わねェ。死ぬのはおれじゃなくお前さ!」

 空を満たす――雷雲、黒雲。
 瀑布のような落雷が辺りの損壊を構わずにベルゼバブへ襲いかかる。
 その中を堂々と駆け、自らも一つの"災害"として猛威を奮うリンリン。
 このどんな猛者でも裸足で逃げ出す猛攻を、しかし涼しい顔で受け流すのがベルゼバブだ。
 雷切、この国では神技の一つとして数えられる絶技を彼は事もなく行う。
 それどころか雷を引き裂きさえしながら、炎の剣と二度三度と打ち合うのだ。

「ところでよ……侍の野郎はどうした?」
「さてな。つまらぬことに精を出しているのだろうよ」

 鏡の中へと誘われた者は、何も女王と怪物の二人だけではない。
 継国縁壱。女王のような巨体も、怪物のような破壊力も持たない人間上がりの侍。
 しかしそれでいながら――彼らの双方からこの戦いに列席するに足る強者と、そう看做されていた真正の超人。

 そんな彼の姿が、今此処にはなかった。
 二人の戦いに巻き込まれて死んだなどと、あり得ない仮定を持ち出すのは不要だろう。
 縁壱の振るう剣と足捌きの速さを見た者ならば、彼がそんな凡人まがいの死に様を晒すなどあり得ないとすぐに分かる筈だ。
 縁壱の不在に疑問を覚えながらも、ベルゼバブの言葉に納得してリンリンは思考を戦いの方へと向け直す。
 覇王色の覇気を全身から放ちながら――黒化した拳を地に叩き込めば、地震すら起こる。
 かの"白ひげ"には及ばずとも、彼から着想を得てリンリンが即興で繰り出した強震の一撃。

「来いよ鋼翼野郎。おれの庭を踏み荒らした罪、その魂で償いなァ!!」
「抜かせ、女王を名乗る羽虫めが――余を裁くなどと豪語するその不遜、刎頸以外では贖えんぞ?」

 足を縛る震動の鎖を引きちぎり、前へ。
 ケイオスマターを振り翳し、猛るベルゼバブにリンリンはゼウスの雷霆を纏わせた剛拳で以って応える。
 彼らは強者だ。
 時に怪物とすら称される、"別格"の存在だ。
 殴るだけで建物を吹き飛ばし、気合を入れ直すだけで空間が爆ぜる。
 筋肉の代わりに天変地異を撚り合わせて身体に詰めているのかと疑いたくなるような――圧倒的強者だ。


 ……そして。
 彼ら強者が嬉々として激突する音を聞きながら、継国縁壱は一人の死にゆく弱者へと寄り添っていた。

 オレンジ色の髪が特徴的な、優しそうな顔立ちの少女だった。
 顔にはガムテープが貼り付けられ、その傍らにはへし折れた鉈が一本転がっている。
 少女の下半身は――リンリン達の激闘で崩れ吹き飛んできた瓦礫によって、完全に潰されていた。

 彼女は、割れた子供達の中ではそれほど抜きん出て優秀だったわけではない。
 並以上ではあったが、それ以上にはまず届けない。その程度の兵隊でしかなかった。
 だからこそ彼女は新宿への出撃に同伴せず、鏡世界で他の子供達共々次の指示に備えるよう任ぜられたのだ。
 その矢先にこの事態が起きて……彼女は、皮下の元へ積極的に他の子供達を逃がしていった。

 そも、割れた子供達の面々が鏡世界へ踏み入れるようになった理由は二つある。
 一つは消耗した女王への寿命供給という名の援助。
 もう一つは、ホーミーズ化させた武装を携行することで擬似的に立ち入る"資格"を得たこと。
 前者は彼女達の"王子"は渋ったものの、他でもない彼女達が自ら進んで身を捧げた。
 女王のことは八つ裂きにしたいほど憎んでいるが――マムの君臨なくして、ガムテの勝利はない。
 だからこそ、彼女達は生き血を捧げたのだ。
 寿命という名の、代えの効かない"生き血"を。

 少女は、心こそ割れていたが――優しかったから。
 歳下の仲間達を残して自分が先に逃げるなんてことは、出来なかったのだ。
 だから駆け回った。そして逃がした。
 間に合わなかった数人を除いて、助けられる限りを助けた。
 その結果がこの有様だ。皮下の元に辿り着けずに、誰に目をかけられるでもなく静かに死ぬ。

「……あなた…………、ガムテくんの、敵だよね………?」

 礼奈(レナ)と呼ばれたその少女は、縁壱が見つけた時点で既に死に体だった。
 下半身を潰している瓦礫は、縁壱の腕力ならば苦もなく持ち上げられる。
 だがそれをしたところで、瓦礫で堰き止められている身体の損壊部が血を噴き出して死の運命を決定づけるだけだ。
 縁壱は紛れもなく超人で、その戦闘能力はリンリンにすら並ぶが――彼に、誰かの命を繋ぎ止める力はない。
 彼は、それを求められて造られた存在ではないからだ。

「ああ」

 少女は、大人を憎む存在だ。
 自分の隣に居るこの侍も、決して例外ではない。
 信じ、全てを委ねた王子(プリンス)に仇なすというのならば尚更だ。
 だが不思議と、今縁壱を見上げるその目に敵意はなかった。

「なんで………さっき、助けてくれたの…………?」
「私が、そうしたいと思ったからだ」

 縁壱が礼奈を見つけたのは、物陰に倒れる彼女の方に折れた黒翅の欠片が飛ぶのを見たのがきっかけだった。
 少女との間に割り込んで翅を切り捨てたが、時は既に遅かった。
 縁壱が見つけるよりも早く、心優しく壊れた少女は生の望みを断たれていた。

 ――二度目だ。
 死にゆく少女を見送るのは。
 縁壱の脳裏を過ぎったのは、警察署で彼が看取った偶像少女の顔だった。

「……食べないんだ。私のこと」
「腹は空いていない。その命を吸い上げたところで、この傷は癒えん」

 たとえそれが朝霧のように消えゆく命だったとしても、誰かの魂を腹に収める気は縁壱にはなかった。
 礼奈は彼の千切れた片腕を見つめ、小さく笑う。
 変わった人ですね、と彼女は言った。

「勝つのは…………ぜったい、ガムテ君です。私は、そう信じてる」
「……、……」
「彼は、私を……私達を、見つけてくれたから……。あの人は、私達の…………王子様、だから………」

 虚空を掴むように、礼奈は手を伸ばした。
 その先に何があったのか、何が見えていたのか――
 それは、音速で舞う弾丸をすら正確に捉える縁壱の眼をしても分からなかった。
 そこにはきっと、彼女にしか分からない答えがあったのだろう。
 我が身を顧みず仲間を助ける、そんな優しさを持ちながら取り返しの付かないほど心の壊れてしまった少女が。
 末期の時に見出した救いが、希望が、そこにはあったのだろう。

「だから………………」

 その手が、地に落ちた時。
 少女は微笑んだまま、事切れていた。
 その瞼を、縁壱は静かに閉ざしてやる。
 縁壱の中にあるのは、空洞のような虚しさと。
 そして――




「ハ~ハハハハハママママ! どうした槍兵(ランサー)、ようやくおどれが喧嘩売った相手のデカさに気付いたかい!?」

 天候を操る女は、高らかに笑う。
 彼女が行うのはゼウス、ヘラ、プロミネンスのホーミーズ三体による集中砲火だった。
 戦略爆撃機もかくやといった火力の集中は、リンリンを取るに足らない相手と笑ったベルゼバブへの応報のよう。
 だが――ベルゼバブは依然として健在、そして不敵。
 人の形をした嵐さながらに、リンリンのけしかける全てを引き裂きながら前進する。

「驚いたな。貴様の方こそ、そろそろ気が付いたと思っていたぞ」

 羽兜を象るヘルメス――無数の黒翅を、かつての主だった男へと降り注がし。
 大気を熔かすスルト――北欧を焦がす炎剣がマムの矛となる。
 それがどうしたと、ベルゼバブはケイオスマターのみを寄る辺に迎撃。
 常に孤軍奮闘でありながら、リンリンの全軍に匹敵する力を見せ続ける男の規格外ぶりは常軌を逸している。

「たかだか賊の身で、天に立つべき余を弑せると思ったその愚かしさにな……!」

 自分から謀反した黒翅を斬り。
 熱波に焦がされることを苦ともせず、毅然と打ち合う。
 降り注ぐ雷霆はベルゼバブの暴威を止められず、かと言って彼に届く精度まで研ぎ上げて放てばかの蝿王は必ずそれを察知して迎撃した。
 やり難い。頭抜けた力を持っている癖をして、その頭脳は常に明晰で思考は澄み渡っている――
 その姿にリンリンは、生前も死後も腐れ縁の続いている"この世における最強生物"の面影を見た。
 因果なもんだと、むしろその符号を歓迎しながら――炎剣を更に赤熱化させ、莫大な熱量を刀身の延長線上に放ちベルゼバブを叩き斬らんとする。

「振り絞りなァスルト! 星すら焼き焦がす熱を見せてみやがれ!!」
『 クク 
 母(マム)よ。おまえがそれを望むならば、この炎(おれ)はそれに応えよう』

 ベルゼバブの顔面に、凄絶な笑みが浮かんだ。
 これは凄まじいと、そう判断した上でなお笑う。
 もはやその威力は対城宝具の域にすら容易く届くだろう炎剣の一閃。
 更なる限界突破が必要か――背を焦がす窮地の熱と、心の臓で燃え上がる覚醒の予感。
 二つの熱に晒されながら、ベルゼバブはリンリンの乾坤一擲に対してもやはり正面突破の選択を取った。

「"星溶聖剣(レーヴァテイン)"!!」
「星すら焼き焦がす、か――見誤ったな、羽虫の女王よ。星を焼く程度の炎で、この余を焼き払えると思ったか!」

 鏡世界を焼き融かす超高熱の斬撃に、ベルゼバブは黒き槍の一撃で応対する。
 撒き散らされる破壊の規模はもはや、戦略爆撃機でも通り過ぎたのかという次元だった。
 高笑いするビッグ・マム、静かに笑いながらも微塵もその尊大を譲らないベルゼバブ。
 熱波と爆風が彼ら二人を包み込み、煙が晴れた時。
 そこには数瞬前よりも多くの傷を身体に刻みながら、しかし膝すら突かずに鏡世界の大地を踏み締める両者の姿があった。
 正真正銘、全力を出し合っているが故の損耗。
 トップサーヴァント同士の激突に相応しい、壮絶なまでの削り合いの結果がそこには存在していて。

「……つくづくしぶとい野郎だ。片腕くらいはオシャカに出来る心算だったんだけどねェ」
「心が折れたか? ならば疾く踵を返せ。余の力を目の当たりにした者は、誰もがそうしてきた」
「ハ~~ハハハハ! それはこっちの台詞さ。ずっと聞きたかったよ! 
 大口叩いた相手を仕留め切れねえどころか、しっかり手傷刻まれちまってる気分はどんなもんだ!?
 最後通牒を出してやるよ鋼翼のランサー! 今此処で膝を折れば、手前のメンツも沽券も……なるべく傷付けずに部下にしてやる!
 さしものおれもお前ほど無茶苦茶な種族は見たことがねェ――寛大な措置ってのを約束するよ。だからさあ、選びな!!」

 ベルゼバブは間違いなく、リンリンの生涯の中でも一二を争う怪物だった。
 これと同列に語るとすれば、それこそカイドウを持ち出さねば話にならないだろう。
 大海賊時代にすら、このレベルのデタラメな逸材は居なかったと断言出来る。
 だからこそ、リンリンは此処で彼に問答を仕掛けた。
 返ってくる答えになど、彼女自身予想が付いている。
 その上であえて問うのだ――皇帝として、これからこの前途有望な怪物を摘み取る者として。

「――LIFE OR SLAVE……!?」
「話にもならんな」

 持ち掛けられた問答、魂への言葉(ソウル・ボーカス)。
 小手先の虚勢など通じない女王の審判を、しかしベルゼバブは当然のように一蹴した。

「勝つのは俺で、死ぬのが貴様だ。それ以上も以下もない」

 少しでも心が揺らげばたちまち全てを奪い取る、その問答。
 それを彼は、笑みすら浮かべながら愚問だと切り捨てて破壊する。
 その寿命は一日も、いや一秒たりとて損なわれることはない。
 この傲岸不遜の擬人化のような男が、恐怖や絶望といった感情に心を揺さぶられるなど――それこそ星が砕け散ったとしてもあり得ないだろう。

 無論、リンリンはこれを見抜けないほどの節穴ではない。
 これはあくまで様式美だ。
 彼女なりの、作法のようなものであった。
 ベルゼバブも当然それについては理解しており、故にこそその驕りに報いを与えんと猛り地を蹴る。
 リンリンもそれを歓迎して破顔。ゼウスとヘラ、二柱のホーミーズの雷電を付与させ……その上で武装色を纏わせた拳で迎え撃つ。
 腐槍の切っ先と破壊者の雷拳。二つの"規格外"が最短の距離で激突を果たしたその瞬間――


「あ゛……!?」
「……何――」


 リンリンと、ベルゼバブ。
 今まさに雌雄を決そうとしていた二人の胴体に、袈裟懸けの刀傷が走った。
 全くの予想外。英霊としての気配感知すら働かない、まさに神速の斬撃。
 噴き出す血潮に、苦渋の表情を浮かべながら。
 不覚を取った彼らは、唐突に姿を現した三つ巴の三つ目たる侍に対して――口を開き言葉を吐いた。

「づ、ッ……! 何処で油売ってやがった、侍! ずいぶんと狡辛い横槍を入れてくれるじゃねェか……!!」
「――良い、それでこそだ。この余を最初に斬り裂いた貴様が居なくては、真に秀でた勝利の味は愉しめん」

 乱入者の正体は、言わずもがな――姿を消していた侍・継国縁壱。
 彼は見事、自身を遥かに上回る強者二人の間に割って入り、気配一つ感知させることなくその双方を斬り伏せてのけた。

 縁壱がかつてトラウマを刻み込んだ始祖を間違いなく超える、二体の怪物。
 それを相手に全く感知されることなく近付き、袈裟斬りにしてのけた成果は言うまでもなく最上級の金星だ。
 だが成し遂げた縁壱の顔には――それを誇る色は一切なく。
 静かな怒りを宿した双眸で、ただ冷たく眼前の悪鬼達のことを見据えていた。

「お前達の」

 名も知らぬ子供だった。
 あの時も、今も、どちらもそうだ。
 縁壱が人となりを片鱗すら知らない娘が、"だれか"の悪意で今際の際を迎えていた。
 けれどその若く、未来に満ち溢れた命を壊した張本人は。
 やはり今のように――愉快そうに、実に可笑しそうに笑っていたのだ。

「お前達の目には、この世全てが路傍の石なのか?」

 それを、割り切れる者は多いだろう。
 必要な犠牲だと。そもそも界聖杯によって造られた急造品の人間もどきではないかと。
 その感性はきっと、この聖杯戦争という血で血を洗う殺し合いを勝ち抜いていく上では正しい。
 だが縁壱は、それに怒りを覚える――覚えられる人物だった。
 聞こえのいい運命と大義の前に、砂粒のように潰されては消えていく"だれか"の命を。
 仕方ないという冷たい言葉で片付けることの出来ない、素朴な善性を天凛の脳に宿して生まれた男だった。

 だからこそ問う。
 どんな答えが返ってくるか分かっていても、問うことこそが正道だろうとそう判断した。
 そしてそれに、蝿の王と鏡の女王は思索することもなく。

「愚問だな」
「恭順するなら大事に抱えて愛でてはやるさ。だが死にゆく者の責任を持つ気はねェ。
 弱ェ奴は死ぬ! 強ェ奴は生き残る! それがこの世の摂理ってもんだ――甘ェことを抜かすんじゃねえよ侍!!」

 予想の通りの答えを、即答する。
 答えるばかりではもちろんない。
 ベルゼバブは音速を超越した黒翅の精密射撃を、そしてリンリンはゼウスの雷霆を贈る。
 生半なサーヴァントであれば片方にすら対応すること叶わないだろう死の同時射撃に、縁壱は臆せず前へと踏み出した。

 一閃――黒翅を斬り。
 割断こそ叶わねど、宛ら羽虫のように叩き落とす。
 続く一閃で事もなく雷切を成し遂げ、次の一歩で二人の視界から縁壱が消えた。
 殺気を微かながら感じ取り、反応したのはシャーロット・リンリン。
 死の気配を直感し、ヘルメスを引っ掴んで自身の方まで手繰り寄せる。

「ヘルメス! 仕事しな!!」
『了解、ママ――俺にやれるだけ、頑張ってみるよ』

 ベルゼバブから奪った黒翅を、ヘルメスは三十以上にも重ね合わせて展開する。
 ホーミーズ化の産物であるヘルメスの翅は、本家本元ほどの強度を持っていない。
 だからこそ重ね合わせることで何倍にも強度を跳ね上げて、強引にオリジナルへ近付かせることでマムを守るのを試みた。
 幸いその試みは実を結び、縁壱の赫刀の切っ先がリンリンへ届くことはなかったが――
 しかし重ねに重ねた翅は貫通され、ちょうど切っ先の数センチばかりが顔を出している状態だった。
 絵に描いたような間一髪。
 如何にオリジナルに劣るとはいえ、ヘルメスの翅も強靭だ。にも関わらず縁壱はそれを、力ではなく技でこじ開けてみせた――。

『ははっ……。よし、上手く守れたな』
「でかしたよヘルメス。なかなか肝を冷やしたぜ」

 刀を抜き、構える縁壱。
 その体躯は決して筋骨隆々とはしていない。
 だが見る者が見れば分かる。彼は間違いなく、剣士という概念の完成形だ。
 生まれながらにして限界まで引き絞られた肉体、それを最大のパフォーマンスで活かす天賦の才能。
 故に此処に立ち並ぶ三者は横並び。
 一人として飛び出ず、一人として凹まない怪物三人であることが証明された。

「余を蚊帳の外に置くとは。貴様らのその心臓、抉り出して毛の有無を確認してみたくなったぞ」

 次に静寂を切り裂いたのは、ベルゼバブ。
 その瞬間、彼の立つ地点から戦術核さながらの同心円を描きながら覇気が爆裂した。
 覇王色の覇気。リンリンにとっては見知った観念だったが、事此処に来てベルゼバブの覇王色の濃度は驚くほど上昇している。
 ロジャー、白ひげ、赤髪、カイドウ……それ以外に此処まで色濃い覇王色を扱えた輩がどれほど居たか。

「何だよ、放っておかれて寂しくなっちまったのかい? ママママ、見かけによらず繊細じゃねえか」
「抜かせ。貴様らの攻防があまりに鈍重で稚拙だった故な。余が一つ手本を見せてやろうと、そう思ったまでよ」

 その瞬間、溢れ出した莫大な魔力。
 リンリンと縁壱が、揃って上空を見上げた。
 そこに群れを成して鎮座しているのは、アストラルウェポンの群れ。
 ベルゼバブがその宝具を用いて鍛造可能な全ての武装が、数十、数百……否々それ以上にひしめき合って空を埋め尽くしている。
 壮観などという言葉ではとても足りない光景に、二人が感想を漏らすよりも早くベルゼバブによる死刑宣告は下された。
 降り注ぐは雨霰、流星群もかくやの絨毯爆撃。
 アストラルウェポンのクラスター爆撃をまともに浴びれば、縁壱はおろか頑強な肉体の持ち主であるリンリンでもただでは済むまい。

 だが、降り注ぐ爆撃の全てを邪魔だとばかりにホーミーズの火力に任せて打ち払いながら進むはリンリン。
 ゼウス、プロミネンス、ヘラ、スルト、ヘルメス……使える全力を総動員しながら進む姿は重戦車のようであった。
 そして縁壱もまた、爆撃の中で安全圏を瞬時に見つけ出す抜群の動体視力と判断力を駆使して被害を最小限に抑えつつ足を動かす。
 この修羅場の中でも攻め以外の選択肢を取らない彼らに――ベルゼバブは歯を剥いて笑った。
 そして空中に跳び上がれば、溜め込んだ魔力を解き放つ最大奥義の構えへと入る。

「させるかよォ!」

 させじと止めに入ったのは、リンリン。
 同じ視点まで跳躍して、ベルゼバブに鉄拳を打ち込んで地面まで墜落させた。
 そこから空中で炎剣スルトを握り締め、ありったけの魔力を込めながら殺しにかかる。
 これぞまさに、太陽を超えて耀く焔の剣。
 ベルゼバブでさえ死を直感する朱光を前に――彼が覚えたのはしかし絶望ではなく、更なる進化への歓喜で。

「――まだだッ!!」

 高らかに吠えたその瞬間、ベルゼバブは魔力の集約を自身の限界を飛び越えて即座に完了させる。
 一秒前までの彼には絶対に不可能だった芸当を可能とさせたのは、彼が煌翼の魔人と相対して身につけた限界突破の超常論。
 漆黒の魔力を――ただ理論上の限界値まで収束させて解き放つ、ベルゼバブが持つ最大の魔技。
 見せたことは既にあるものの、彼が此処で繰り出したそれは先ほど見せたそれと既に同一ではない。



 漆黒の太陽を、リンリンと縁壱は同時に連想した。
 触れるもの全てを焼き払い、そして呑み込む天空の黒。
 巻き込まれれば素の耐久力で劣る縁壱はもちろん、リンリンでさえまず間違いなくただでは済むまい。
 そして今。学び、成長を続けるベルゼバブの奥義(それ)は形を変えていた。

 黒き、槍。
 ケイオスマターと同じ形に収斂していく、混沌のエネルギー。
 従来のケイオス・レギオンに比べて破壊の範囲は限定的になるものの、その分収束性を強化しているため純粋な殺傷能力は桁外れに向上する。
 とはいえ、これもまだ試作型。
 ひとまずこの形で放ってみるという、試金石の実戦投入でしかない。

「余を此処まで高鳴らせた褒美をくれてやる。この混沌に抱かれ、潰えるがいい!」

 特異点による空間跳躍によって先は脅威となり得なかった魔技が今、鏡の世界にて解き放たれる。
 混沌の闇を――光の習性を得ながら宇宙のごとく無限に膨張していく闇の猛威を。
 ベルゼバブは自らの手元へと凝縮させ、凄絶に笑って振り下ろした。


「ケイオス・レギオン――!!」


 高らかなその叫びは死刑宣告にも等しい。
 王の前に立ちはだかる不遜な羽虫を、共に纏めて消し去らんとする極大火力。
 それは既に、かつて彼が煌めく救世主に対して振るった時の威力を優に超えていた。
 これこそが限界突破の真価。バース・オブ・ニューキング――新生せし王の姿であり形だ。
 迎撃。回避。眼下の二匹はそれぞれの対処手段を考え出したようだが、それはベルゼバブにとって特別気にするべき事柄とはなり得ない。

 羽虫の一挙一動で心を乱す王など居ないのだから。
 何が来ようと、何を見ようと、全て真上から靴底で踏み潰すまで。
 それが王の決定で、最強を目指す混沌の覇道だった。
 やがて鏡世界に、一束の巨大な極光の柱が聳え立ち。
 そこを中心にして、大規模な魔力の暴風が吹き抜ける。
 建造物も、哀れな亡骸も、一切すべてを消し飛ばしながら――ベルゼバブは鏡世界から音を消した。

 英霊の鼓膜ですらまともに機能しなくなるほどの轟音、閃光。
 ケイオス・レギオンの残響が地平線の彼方に消えた頃、響くのは女傑の笑い声だった。

「ハ~~ハハハハ……! ゼェ……ゼェ……!!
 やるじゃねェか……! 今のは流石に、死ぬかと思ったぜ……!!」

 リンリンはあの瞬間、忌々しいが正面突破は不可能だとそう判断した。
 その上でホーミーズ達を全て引き寄せ、相性も合理性も無視した合体攻撃を強行させたのだ。
 対城宝具を持たないリンリンにとって、それは真実なりふり構わない全力での迎撃だった。
 そうでもしなければ消し飛ばされる――この野郎に全部持って行かれる、と。
 そう思わせるだけの威力と、そして事実それを成し遂げられる火力を、あの混沌色の極光は併せ持っていた。

 紛れもない全力での迎撃だったが、それでも無傷とはいかなかった。
 リンリンの身体にはそこかしこに大小様々な火傷が刻まれ、衝撃は彼女の肋骨を数本粉砕している。
 口元から垂れ落ちる血がその証だ。今、リンリンは危険域に達するだけの負傷を負わされた。

「しかし仕留め損ねたなランサー! おれどころか侍野郎も殺せてねェとは……ママママ。お前も運のねェ奴だ」
「よく喋るものだ。素直に死に体になってでもいたなら、まだ可愛げもあったものを」

 だが、生きている。
 ベルゼバブにとってそれは計算外ではなかったが、予想外だった。
 あの場面で女王が迎撃を選んだのを見て、彼はその命を獲ったことを確信した。
 その理由は自身の振るう力に対する絶対的な自信。
 女王のホーミーズが繰り出す火力が決して軽視出来るものでないことは身を以って知っていたが、故にこそ押し負けはしないだろうとそう踏んだ。
 迎撃もろともに押し潰し、余剰火力で焼き尽くす。
 仮に生き残ったとしても死に体だろうから、その時改めて惨殺してやればいいと――考えていたのだが、彼が怪物なら相手もまた怪物。

 悪神(ナチュラルボーン・デストロイヤー)の名に偽りなし。
 これぞシャーロット・リンリン、これぞビッグ・マム。
 嵐吹き荒れる時代の中、夢に向かった帆を張り漕ぎ出した愚かなドリーマー。
 命あるもの全て消し飛ばす程度の破壊では、その航海を止めることなぞ敵わない。

「つくづく癪に障る羽虫らよ。余の見立てを次々と裏切り、耳障りな声で喚き続ける」

 そして女王の言葉通り、縁壱もまた生き延びていた。
 彼の場合は迎撃ではなく逃げを選んだ。
 雷ですら斬り伏せる神域の剣技を振るう彼も、天変地異には勝てない。
 だからこそその人間離れした視力とセンスを頼りに、爆風が地を舐めるまでの数秒で最大限安全を保障出来る物陰へと飛び込んだ。
 とはいえこちらも無傷では済まず、体内の至るところが爆発の余波で軋みをあげている有様だったが――しかし彼もまた、生きている。
 ベルゼバブが全力で放ったケイオス・レギオンを凌ぎ、こうして彼に耳障りな羽音を聞かせ続けているのだ。

 その事実を受け止め、噛み締め――尚笑うはベルゼバブ。

「だが――吠え面をかけ、ビッグ・マム。
 奪うしか能のない貴様から、余が先んじて一つ奪ってやったぞ」
「あァ……? ……ッ!?」

 彼の言葉に、リンリンは怪訝な顔をするが。
 すぐさま彼女は、その言葉の意味するところを理解した。
 見上げた天空。鏡世界の、蒼穹(そら)。
 そこに、亀裂が走っていた。まるで手鏡を地面へ叩き付けたように、世界が網目状にひび割れている。

 ――元を辿れば鏡世界は、ある一人の女が持つ異能の産物だ。

 シャーロット家八女、シャーロット・ブリュレ。
 母(マム)はこの世界で、彼女を莫大な魔力消費と引き換えにして呼び出し使役していた。
 それによって成り立っていたのが、この鏡世界。
 割れた子供達の主拠点であり、時に敵組織への反則的な奇襲攻撃をすら可能とした鬼ヶ島とはまた別種の異空間である。
 そんな鏡の世界が、ひび割れて崩れ出している。
 そう。ベルゼバブのケイオス・レギオンは、目の前を飛ぶ二匹の羽虫を殺すことこそ仕損じたが……一方でリンリンの陣営を土台から支える重要な"核"、鏡世界の主を滅殺することには成功していたのだ。

「鏡の世界で殺し合うというのは、なかなかどうして貴重な経験だった。褒めて遣わすぞ? 海賊よ」
「ランサアアアアッ! てめえ海賊からッ! このおれから――奪いやがったなァ!?」

 ブリュレは消し飛び、主を失った鏡世界は内側から崩壊する。
 天候を司り、現象にすら魂を与えて使役する天下のビッグ・マムも……人の生死ばかりは操れない。
 魔力を使ったとしても、少なくとも此度の聖杯戦争においてブリュレを取り戻し再び使役することは不可能だ。
 まんまと彼女は、ベルゼバブに"奪われた"。
 血を分けた子を――シャーロット・リンリンの家族を、嘲笑と共に奪い去ったのだ。

「おれが腹ァ痛めて産んだ"娘"を……! これからもおれのために尽くす筈だった"戦力"を!
 奪ったお前は絶対に許さねェ! その五体、八つ裂きにして暖炉に焚べて黒焼きにしてやるよォ!!」

 スルトを携え、疼く傷も火傷も物ともせず。
 怒り心頭のビッグ・マムは、黒い稲妻を放ちながらベルゼバブへ押し迫った。
 まさに悪神、鬼神の如し。恐怖すればすぐにでも魂を抜き取られる、人の形をした嵐(ワイルドハント)。
 それに対してもベルゼバブは涼やかに、実に愉快そうに微笑んで迎え撃ちにかかる。
 怒れる女王と、不敵に笑う鋼翼の王。
 しかし二つのシルエットが衝突するよりも早く、限界を迎えたものがあった。

 心臓を破壊され、存在を保てなくなった鏡世界である。
 シャーロット・リンリン、ベルゼバブ、そして継国縁壱。
 三人が三人とも全く同じタイミングで、音を聞いた。


 ――鏡が砕け散るような。
 断末魔にも似たその音が、鏡の向こうに広がる異空間が完全に"死んだ"ことの合図。
 世界が変わる。景色が動く。存在が、空間を超えて散らばっていく。

「逃げんじゃねェよ鋼翼ゥウウウウウ~~~~ッ! てめえ、絶ッ対ェ殺してやるからなァアアアアアア~~~~~~!!!!」

 鼓膜を引き裂くような鬼気迫る咆哮は、しかしベルゼバブを此処へ繋ぎ止める役割は果たせず。
 世界の崩壊と共に、三つ巴の戦いの決着はお預けとなった。


◆◆


「……ほう。貴様だけか」

 鏡世界の崩壊。
 そもそもからして正規の手段で踏み入ったわけではないベルゼバブと継国縁壱は、共に何処とも知れない地点へ飛ばされていた。
 転移のきっかけはベルゼバブだったとしても、シャーロット・リンリンは鏡世界もといそれを展開していたシャーロット・ブリュレの正当な主である。
 彼女だけが異なる地点に放り出されたのは、もしかするとそのせいなのかもしれない。
 兎角。娘/道具を奪われ怒髪天を衝いていた女王は、一足先にこの三つ巴から弾き出された。
 残されたのは鋼翼と、侍。奇しくも話が霊地云々の沙汰になるよりも以前から、因縁を抱えていた二人である。

「運のない女だ。余としても、奴の命が尽きるまで相手をしてやる腹積もりだったのだがな」

 ベルゼバブをしても、リンリンがなかなかに歯応えのある敵であったことは認めざるを得ない。
 暴食を地で行く貪欲な彼としては、彼女も交え三つ巴を続行し、目障りな羽虫を二匹共殺して糧に出来れば最上だったのだが。
 だからと言って、闘争から弾き出された不運者の到着をわざわざ待ってやるほどベルゼバブは親切ではない。
 それに……たとえ三つ巴でなくなったとしても、喰いでのある羽虫が眼前に居ることには変わりないのだ。

「奴に霊地をみすみす貪られるのは気に食わん。すぐにでも向かい、今度こそあの喧しい大蝿を踏み潰したいところだが……」

 戦意を灯し爛々と耀く、ベルゼバブの双眸が。
 無言のまま刀を携え、臆することなく立つ縁壱のそれと交差した。
 片腕をもがれ、全身各所にも無視できない負傷が蓄積しているにも関わらず――その佇まいは剣士の手本のように凛と保たれている。
 日本刀を片手で握るのを余儀なくされているというのに、そのハンデをまるで感じさせない恐るべき使い手。
 ベルゼバブが経験してきた永い戦いの生涯の中でも、この男ほど頭抜けた剣士は存在しなかった。

 此奴は剣士という概念の完成形だ。
 そうでなくばこのような細身の脆い肉体で、余を膾切りになど出来るものかと。
 最大限の評価を下しながら、覇王の証である黒き稲妻を闘気代わりに迸らせ……王は言った。

「まずは貴様だ。貴様も、大方そのつもりであろう?」
「――私は、どちらでも構わない。
 今お前が霊地へ駆け出したならば、その背を追いかけるのみだ。だが」

 その殺意に、戦意に。
 真っ向から縁壱は刀の切っ先を向ける。
 彼を本気にさせることの出来る鬼など、一体たりとて存在しなかった。
 だからこそこれは、彼にとって間違いなく最初の"決死"。
 尋常にして、負ければ魂まで喰らわれる一騎討ちの死合舞台。
 しかし、恐れはない。
 あるのは、ただ一つ――


「お前は斬る。必ずやこの剣で命を断つ。それだけは、お前が何を選ぼうと揺るぎはしない」


 ――この悪鬼だけは逃さない。
 必ずこの剣で斬り伏せ、討つ。
 その覚悟のみであった。

「……ふはッ」

 それを受けたベルゼバブは、思わず破顔して。
 次の瞬間、背に華を咲かせた。
 黒い華。鋼の華だ。
 鋼の翼が大輪の華のように咲き誇り、手心も出し惜しみもない全力が幕開けることを告げる。


「ならば善し、是非もなしだ――来るがいい、"人間"! 余の翼が、余の槍が! 天を斬ると豪語したその心臓、貫き喰らってくれよう!!」


 ――此処ぞ正念場。
 待ったなし。


【???(鏡世界)→???/二日目・早朝】

【ランサー(ベルゼバブ)@グランブルーファンタジ-】
[状態]:高揚感、一糸まとわぬ姿、全身に極度の火傷痕、右眼失明、左翼欠損、胸部に重度の裂傷、霊核損傷(魔力で応急処置済)、胴体に袈裟の刀傷(再生には時間がかかります)、内臓にダメージ(中)修復率6割
[装備]:ケイオスマター、バース・オブ・ニューキング(半壊)
[道具]:なし
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:最強になる
0:決着の時だ。
1:龍脈の龍、成る程。
2:それはそうと283は絶対殺す。
3:狡知を弄する者は殺す。
4:青龍(カイドウ)は確実に殺す、次出会えば絶対に殺す。セイバー(継国縁壱)やライダー(ビッグ・マム)との決着も必ずつける。
5:鬼ヶ島内部で見た葉桜のキャリアを見て、何をしようとしているのか概ね予測出来ております
6:あのアーチャー(シュヴィ・ドーラ)……『月』の関係者か?
7:ポラリス……か。面白い
8:煌翼……いずれ我が掌中に収めてくれよう
【備考】
※大和のプライベート用タブレットを含めた複数の端末で情報収集を行っています。今は大和邸に置いてあります。
※大和から送られた、霊地の魔力全てを譲渡された為か、戦闘による魔力消費が帳消しになり、戦闘で失った以上の魔力をチャージしています。
※ライダー(アシュレイ・ホライゾン)の中にある存在(ヘリオス)を明確に認識しました。
※星晶獣としての"不滅"の属性を込めた魔力によって、霊核の損傷をある程度修復しました。
現状では応急処置に過ぎないため、完全な治癒には一定の時間が掛かるようです。
※一糸まとわぬ裸体ですが、じきに魔力を再構築して衣服を着込むと思われます。
※失われた片翼がどの程度の時間で再生するか、またはそもそも再生するのか否かは後のリレーにお任せします。


【セイバー(継国縁壱)@鬼滅の刃】
[状態]:左腕欠損、全身にダメージ(大)
[装備]:日輪刀
[道具]:なし
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:為すべきことを為す。
0:鋼翼の混沌を斬る――これが、死合うということか。
1:足止めは成った。次は……。
2:光月おでんに従う。
3:他の主従と対峙し、その在り方を見極める。
4:凄腕の女剣士(宮本武蔵)とも、いずれ相見えるかもしれない。
5:この戦いの弥終に――兄上、貴方の戦いを受けましょう。
[備考]



◆◆


「チッ……! ランサーの野郎、まんまと逃げ遂せやがったか」

 東京スカイツリーがかつてあった場所で、シャーロット・リンリンは一人毒づいた。
 彼女は奪われることを嫌う。
 我が子を、そしてそれが有していた強大な力を奪われたとあっては尚のこと怒りは激しく燃え上がる。
 鏡世界が崩れ去るあの瞬間、リンリンは霊地のことも忘れてベルゼバブへの殺意と憤激に染まっていた。
 にも関わらず本懐果たせずお預けを喰らった形になったわけだが、しかし皮肉にもそれが彼女に冷静さを取り戻させる。
 未だ気分は不快の絶頂にあったが――すぐにそれも鎮まるだろう。
 何故ならベルゼバブは、自らの手でこの霊地争奪戦の勝機を遠ざけてしまったからだ。

「ハ~~ハハハハママママ……まあいいさ。
 あの野郎に落とし前は必ず付けさせるが、それよりも今は目先の宝だ。
 あの馬鹿は得意気に笑ってやがったが……今思うと滑稽だねェ! 一時おれを嘲笑える代わりに、大きな大きな宝を手放しちまうなんて!!」

 今、自分の目の前には峰津院の霊地がある。
 奴らが抱えていた至上の宝、龍脈の全てがリンリンの眼前にある。
 それを邪魔立てする鬱陶しい競争相手達は特異点の果てへと消えた。
 残ったのはリンリンだけだ。そして彼女には、万物へ魂を与える力が備わっている。

「(龍脈の力におれが力を与え、その上で取り込む。
  そうすればおれはあの鋼翼も侍も、カイドウの奴さえ歯牙にもかけずに叩き潰せる力を得られるんじゃないのかい)」

 ホーミーズ化させることで、龍脈の力を完全にコントロール出来る体制を整えて。
 その上で体内へと取り込み、自身の霊基と融合させる。
 それこそがリンリンの目論む計画(プラン)であり、不可能を可能に変える至上の宝であった。

「良いねェ……年甲斐もなく胸が高鳴る! ヨダレが出ちまいそうだ……!!」

 そうと決まれば善は急げだ。
 早速手に入れよう、龍脈の力を。
 それを糧にして手に入れよう、勝利を。
 そしてその果てに辿り着こう、地平線の彼方へ。
 手に入れてみせよう――聖杯を。
 叶えてみせよう、夢にまで見た理想の食卓を。


「これで……!」


 おれの勝ちだ。
 おれの聖杯戦争の、本当の開闢(はじまり)だ!
 微笑みながら手を翳したシャーロット・リンリン。
 彼女の持つ、魂を司る能力――ソルソルの実の権能(ちから)が起動する。
 霊地争奪戦の戦場の片割れ、その最終勝者が決まる瞬間が今此処に訪れた。





 ――故に。





「丁度(ジャスト)だ」




 その瞬間を、彼らは。
 彼らだけは、決して見逃さない。
 響いた老練な声に、リンリンが目を見開く。
 これから何が起こるか、全てを理解した形相(かお)だった。

「総取りと行こう。終局的犯罪、その幕開けだ」

 蜘蛛の声。蜘蛛の糸。
 ベルゼバブは因縁との決戦に臨んだ。
 それと同じで――シャーロット・リンリンもまた、因縁からは逃げられない。



「――ハ。ハハハハ、マママママママ!
 良いじゃねェか気が利いてる! 此処に来てお前か、お前らか!!」


 崩壊する。
 大地が、建物が、あらゆる全てが崩れ去っていく。
 リンリンはゼウスへ飛び乗って凌いだが、逆に言えばそれは彼女ですら巻き込まれれば命はないということ。
 恐るべきはこれが、人の身で成される破壊であるということだった。
 吹き荒ぶ"滅び"の中を、駆けてくる男が居る。
 白色の糸、風に靡く。
 ゼウスから跳び上がったリンリンは片腕に雷光を纏わせながら、歓喜にも似た殺意でその乱入者を迎え入れた。


「――――――――敵連合!! 死柄木弔ァ!!!」
「なんだ、覚えてくれてたのか……光栄だよ、お婆ちゃん」


 鋼翼と侍は去り、女王のみが残された。
 この状況にこそ意味がある。
 彼らが雌雄を決し、因縁を清算するに相応しい状況が整えられた。
 四皇ビッグ・マム。対するは敵連合、願い抱く"悪"の寄り合い。

「まァ……啖呵切った身なんでな。放っぽり出すのも据わりが悪いだろ」

 張り裂けた唇を、弧の形に歪めて。
 女王の仇敵は、かつて彼女に吐き捨てた男は――静かに開戦の狼煙を上げた。


「遺書の準備は出来てるか? さあ――新時代を始めるぞ」


◆◆


 彼方で始まった、戦いの気配。
 轟く轟音と、契約のパスを伝わって感じられる彼をして怖気が立つほどの殺気。
 時は来た。全てを失った少年は、だからこそ臆さずして一歩を踏み出した。

「……始めるよ、皆」

 これは、"彼ら"にとっての因縁であり。
 "彼"にとっての――逆襲劇(ヴェンデッタ)。


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最終更新:2023年01月25日 15:08