無人の草原を、その草の色に似た服を纏った少年が歩いていた。
しかしその顔色は青く、酷く浮かないものだった。
しっかりと根を張った草や、豊かに葉を付けた木々を『青々とした』と表現することが出来るが、彼の面に映るのは、酷く不健康そうな青だった。
だが、それも無理も無いことだ。
この世界で出会った仲間を失い、かつての世界で出会った仲間を失ったのだから。
不意にフラッシュバックしたのは、駅で見た、姫の様な女性の惨殺死体だった。
遠くにヒールごと吹き飛んでいた足。
転がっていた目玉。
焼けただれた豊満な胸。
飛び散った腸。
剥き出しになっていた赤と黄色の内臓と、全てを彩る真っ赤な血。
思い出すな思い出すなと念じても、その姿ははっきりとアルスの脳内に映り続ける。
「う………」
吐いたばかりなのに、またしても胃液が食道をせり上がって来る感覚を覚える。
「はあ……はあ……。」
どうにか今度は吐かずに済んだ。だが、まだ胸はムカムカして、悪寒も止まらない。
(僕がやって来たことは、何だったんだろうな……。)
今のアルスの胸の内を苛んでいたのは、自分が今まで積み重ねてきたことが全て無駄になっているのではないか、という恐怖感だった。
いわゆる『おきのどくですが、あなたのぼうけんのしょはきえてしまいました』に対する恐怖というものだ。
喪失感と、惨殺死体の鮮やかな記憶と、
未来への恐怖を抱えたまま無人の草原を一人で歩くのは、下手な戦い以上に精神的に堪えた。
むしろ誰か敵が襲ってきた方がマシなぐらいだった。
少なくとも戦っている間は、そう言った考えを振り払うことが出来るから。
楽しかったことを思い出そうとしても、それはマリベルやガボとの思い出になり、それが巡り巡って彼女の喪失に伝わる。
本当に彼女には会えないのか。
もし殺し合いを終わらせ、元の世界に戻れたとしても、彼女の父親のアミットさんにどう報告すればいいのか。
そもそも、倒してもオルゴ・デミーラはまた復活し、何かを奪っていくんじゃないのか。
(それならば……?)
そこまで考えて、頭を振った。
その先まで考えると、頭の中だけにとどめていたろくでもないことを行動に移してしまいそうだったから。
何を考えても良い方向には進展しなかったし、だからといって無心になる訳にもいかなかった。
敵でも味方でも、誰でも良いから来て欲しいと考えていた時、不意に嫌な風が吹いた。
南側から、心臓を握り潰すような圧迫感の持ち主、すなわちオルゴ・デミーラにも似たオーラを放つ者がやって来る。
すぐに広瀬康一から貰った剣を抜き、敵を迎え撃とうとした。
気配の主はすぐにやってきた。
姿が見えないくらい遠くにいても、強者である気配は伝わっていた。
だが近くに来ると、空気が刃物になったかと錯覚するぐらい濃い殺気が放たれた。
殺気の主たる黒い肌と赤髪の男は、じっとアルスを見つめていた。
「同じ緑帽子でも、違うか……。奴が一杯食わせたか、それとも間違えたのか……。」
男は何やら良く分からないことを言っている。
だが、その目的はろくでもないことだとはアルスにも伝わった。
「我が名はガノンドロフ。そこの小僧、貴様に似た帽子を付けた人間を知らぬか?」
鋭い眼光だった。
手だけではない。身体中の細胞が奥の奥まで震えているのが良く分かった。
だが、その恐怖を押し留めて叫ぶ。
「知らないし、知っていても教えない!!」
「ほう?小僧、我にそのような口を利く勇気があったか。だが過ぎたる勇気は早すぎる死を招くぞ。」
この男が言うことは何のはったりでもないことは、ガノンドロフと戦ったことのないアルスでさえも伝わった。
剣を握る両手に、自然と力が籠もった。
「何の因果か分からぬが、小僧と同じ剣を持った老戦士と、南の城で戦ったな。」
「メルビンさんを知っているのか?」
剣を持った老兵士という言葉を聞き、アルスの語調が強くなる。
それに対してガノンドロフはふっ、と笑みをこぼした。
「名前までは覚えておらぬが、大した力もない癖に向かって来たから、返り討ちにしてやった。
放送では名を呼ばれなかったが、今は我がつけてやった傷が原因で死んでいるかもな。」
「メルビンさんを侮辱するな!!」
猶更相手を生かしておけなくなったと思い、八双の構えでガノンドロフに斬りかかる。
「面白い。」
ニィと笑ったガノンドロフは、魔法剣を抜き、横薙ぎに振るう。
それは、ただのシンプルな斬撃。
しかし、力に愛された魔王が振るった時、岩をも砕く破壊の一撃に変わる。
(!!)
間一髪で姿勢を低くし、その一撃を躱すアルス。
大柄な相手には、自らの姿勢を獣のように低くして戦うのが有効な手段だ。
元々対格差ではガノンドロフの方が圧倒的に勝っている以上、自分の小柄さを最大限利用して討つしかない。
勇気と幸運の剣による斬撃が入る間合いまで入ることが出来た。
「真空ぎ……!!」
アルスが一撃を魔王に打ち込もうとした所、その胸に蹴りが入った。
「ぐはあっ……」
あと一歩で一撃が入る所で蹴とばされ、距離を大きく離される。
受け身を取ったため致命傷は負っていないが、それでも蹴られた腹部にズンと鈍痛が走った。
「まさか、剣だけの勝負だとは思っておるまいな?」
ガノンドロフは余裕しゃくしゃくといった態度で手招きをし、もっと打ってこいと言わんばかりに笑みを浮かべる。
無言でアルスは敵を睨み、剣を上段に構えて走って行く。
このまま剣と剣のぶつかり合いになると思っていた直前、アルスは1つ仕掛けを打っておいた。
「バギ!」
それは風魔法の使い手なら誰もが使える初級魔法だ。
だが、初級魔法ゆえにノータイムで、かつほとんど体力を消費せずに打つことが出来る。
「ぬう……」
そして、その風魔法は攻撃のために打ったのではない。
風圧で敵のバランスを崩し、草や土を巻き上げ、ガノンドロフの視界を遮った。
(正面からでは勝てない……だが……!!)
アルスの心の内は先までとは打って変わって、冷静だった。
自らの意志でそうしたわけではない。氷の様に冷静に、炎の様に熱く、それでいて風の様に鋭く、土の様に固く戦わねば、この男は絶対に倒せない。
彼の全細胞がそれを認識し、自ずとそうした姿勢にさせたのだ。
どうやらアルスに気付いていないようだったガノンドロフに、後ろから斬りつけようとする。
「なっ!?」
突然ガノンドロフの周囲が眩しく輝いたと思うと、三角の光の壁が現れた。
急な壁の出現にアルスは止まれず、弾き飛ばされる。
魔法の力で痛みだけではなく、全身に痺れが走ったため、今度は受け身を取れなかった
「正面からでは勝てぬと踏んで、そう来たか。今の戦い方、実に見事だった。」
そう言いながらガノンドロフの右手には光が集まり、それが一つの弾を作っていく。
まだ地面に寝転がったままの状態だが、地面をゴロンと横に転がり、辛うじて一撃を躱す。
光の弾はパシュっと音を立てて、地面に弾けた。
「少しはやると思ったが、もう終わりか?戦いはまだ始まったばかりだぞ?」
ガノンドロフは続けざまに2つ目の光の弾をアルス目掛けて投げてくる。
「バギマ!!」
風の魔法では、光の弾は弾けない。
だが、地面に目掛けて竜巻を打つことで、その反動で空中に逃げた。
またも光の弾は外れることになる。
「なるほど。面白い逃げ方だ。だが翼も無いのに迂闊に空に逃げるのは悪手では無いか?」
ガノンドロフはすぐさま3つ目の光弾を作り、空を飛んだアルス目掛けて投げつけようとした。
「バギマ!」
そこでアルスは3度目の風魔術を打った。
「ゲルド砂漠に吹く砂嵐に比べればそよ風だな。」
ガノンドロフはものともせずに、魔法弾アルス目掛けて投げつける。
空中では、地上とは異なり柔軟な回避が難しい。
だが、魔法の弾道は逸れて、アルスはダメージ1つ無く着地する。
「そういうことか、やりおる。」
敵に大した効果が無いことを承知で撃った竜巻は、敵のボディーバランスを崩した。
そのため、コントロールが乱れた魔法はアルスに当たることは無かった。
着地したアルスは、すぐに攻撃に転じる。
僅かな戦いの間で彼は嫌というほど思い知らされた。
全ての力を出し尽くし、僅かな時間でもダメージ覚悟で攻撃を仕掛けないとこの男は倒せないことを。
まずは剣を中段に構えて、豹の様に猛然と走る。
そのまま敵の心臓に吸い付くかのように真っすぐ突く。
「ふん、つまらんな。」
(ダメだ……早くても一撃が弱いこの技じゃ……)
疾風突きはスピードに特化した一撃で、本来なら自分より早いはずの相手でも出し抜ける。
しかし、反面攻撃力は普通の一撃より劣る。
頑強な鎧と肉体に覆われたこの男の守りを破るには、到底至らなかった。
アルスの一撃は、ガノンドロフの纏ったガイアーラの鎧を僅かに傷つけるだけに終わった。
(だが、間合いには入れた!!)
今度は蹴りを横っ飛びで躱し、喉笛目掛けて逆袈裟に斬りはらう。
疾風突きより速さで劣る一撃は、簡単に首を逸らされて躱されてしまった。
(まだだ、隼斬りは二段攻撃!)
一撃目は躱されることを前提に打った攻撃だ。
身体を回転させ、もう一撃をガノンドロフの首目掛けて撃つ。
「良い一撃だ。我が反撃することを念頭に置かなければな。」
ガノンドロフは逃げることをせず、その場で身を回転させ、アルスに対して裏拳を放った。
(しまっ……!!)
敵に攻撃することばかり気がかりになり、反撃のタイミングを許してしまったことに気付くが、もう遅い。
強烈な拳をまともに受け、2,3度バウンドして地面に転がる。
この時にアルスは気づいてしまった。
自分の今までの戦い方は、この世界の戦い方に適していないことを。
元の世界で戦った時は、強い防具に身を纏った上で戦っていた。
また、ルカニなどで守りを緩められても、その間に誰かが庇ってくれることがあった。
だが、今の戦いはそれが出来ない。
武器こそはオチェアーノの剣や水竜の剣には劣るにせよ中々の業物だ。
しかし、防具がない以上はいつ致命傷を受けるか、常にその危険性を考慮しなければいけない。
要は、敵の攻撃を1人で、これまで以上の威力で受けねばいけないのだ。
駅での戦いで、クッパの一撃を受けて気絶してしまったのもそれに気付かなかったことが原因だと今になった分かった。
だが、それが分かった所でどうにもならない。
精々が、スカラで見の守りを固めるぐらいだ。
「辛うじてとはいえ、今の一撃を食らっても立ち上がるとは……。1つ我も面白い戦い方をしてみるかな。」
ザックから1つのアクセサリーの様なものを取り出す。
青白いハンマーの形をしたバッジだった。
「ぬうん!!」
ガノンドロフは力一杯その剣を振り回す。
どうにかしてブラフォードの剣で、敵の一撃を受け止める。
(くそ……重い!!)
たった一撃を受けただけで、スカラまでかかっているのに肩までジインと重たい衝撃が走った。
あと2,3撃も受ければ、剣を落としてしまうだろうと考えてしまう。
しかし、アルスが驚いたのは単純な攻撃の威力だけではない。
服の袖の一部と、剣を握った手の甲が、冷たい氷に覆われていた。
「!!」
「なるほど、バッジというらしいが、面白いものが手に入った。」
ガノンドロフが胸に付けたのは、「アイスナグーリ」というバッジだ。
それを胸に付けた状態で力を込めて武器を用いた攻撃をすると、敵に氷属性の攻撃が出来るという代物だ。
勿論代償が無いわけではなく、魔力や体力を持ち主に応じて消費する。
だがどちらも無尽蔵に近いほど有しているガノンドロフにとって、大した問題ではない。
しかもそのガノンドロフは魔法の世界で造られた剣を持っているため、氷魔法に似通ったその攻撃はさらに威力を増す。
「ハハハハ!小僧の力は所詮その程度か!!」
「くっ……。」
今度は一転し、ガノンドロフの剣がアルスの首を狙いに来る。
まずはガノンドロフの一撃が横薙ぎに一閃。
手に走る凍傷の痛みも無視して、全神経を回避に注ぎ込み辛うじてアルスは躱す。
速さでさえもガノンドロフが勝っているが、力と力の差ほど離れている訳ではない。
だが、当たらなければ良いという訳ではない。アイスナグーリのバッジのせいで、かすっただけでもアルスにとって命取りになった。
よしんば一撃で殺されずとも、斬撃が入った際に来る氷は、確実に動きを阻害してくる。
動きを止められてトドメを刺されるか、凍らされてその身を砕かれるかのどちらかでしかない。
「これだけ力の差を実感してなお背の一つも見せぬか。だが勇気だけでは我は倒せぬぞ?」
(マヒャド斬りに似ている……いや、違うな……。)
ガノンドロフの攻撃を受け流しつつ考える。
アルスもヒャド系の魔法やそれを応用した魔法剣を受けたことはある。
だが、それらの攻撃は凍傷によるダメージを目的としていたのであり、凍結により動きを阻害される危険性は孕んでいなかった。
だが、アイスナグーリを付けたガノンドロフの氷攻撃は、確実に攻撃を阻害してくる。
剣と剣がぶつかり合えば服の袖や柄を冷気が襲い、空を切って地面に当たれば地面を凍結させ、足場を悪くする。
従って、攻撃が決定打になるなら無い関係なく、ガノンドロフが剣を振れば振るほど、アルスが不利になっていく状況なのだ。
「ふむ、中々良い装飾品だ。少し形が不細工だがな。」
(はじめてだ。新しい技を助長させる装飾品だなんて)
アルスも筋力を上げる腕輪や、足を速める指輪、果てには経験値が上がる靴など、不思議な力を持った装飾品を知っている。
だが、付けただけで新しい技を伝授するバッジなどは見たことが無かった。
(このままじゃ……)
正面からの攻撃では、すぐに負けるか僅かながら粘った末に負けるかのどちらかでしかない。
どうにかして懐に潜り込み、奪うことは出来ないにしろ、あの胸に付けた装飾品をどうにかせねばならない。
常に行動を氷で阻害され続けていれば、勝つどころか自分の身を守り切ることさえ難しい。
「我が胸にある飾りが邪魔か?ならば壊しに来るが良かろう」
攻撃の手を止めたかと思うと、不適な笑みを浮かべ、左手で鉤の形を作り、手招きする。
(言われなくてもそうする……いや、ダメだ!)
ただ所持品が厄介なだけの相手ならば、そもそもここまでは苦労しない。
この戦いの目的はあくまで、バッジを奪うことではなくガノンドロフという男に勝つことだ。
氷の力を付与するバッジは、あくまで力のほんの一部でしかない。
それを壊すことに集中しすぎれば、そこに生じた隙を突かれて突かれて確実に命を奪われる。
「ふん、せっかく我が与えた千載一遇の機会を不意にしおって。我の施しを無下にした代償は高くつくぞ?」
ガノンドロフは再び剣を振り回し始めた。
「最初から勝機など与えてくれるつもりなどなかっただろ!!」
斜めから、横から、時には上から来る斬劇を避け続け、どうしても避けられないものだけ剣で受け止める。
直接の攻撃は受けていない。だが、敵が剣を振る度に切り裂いた空気の刃が、氷のつぶてがアルスの顔や腕、肩の傷を少しずつ増やしていく。
ガノンドロフはなおも涼しい顔のままだが、アルスの顔は焦燥しきっていた。
「飽きたわ。これで終わりにしてくれる。」
ガノンドロフが力を右腕に込めて、剣を地面に思いっ切り刺した。
「!!」
何をする気か分からないが、背筋に悪寒が走ったため、後退しようとする。
「何処へ逃げても同じよ。」
アルスの周囲に三角形の光が現れる。
「うわあああ!!」
それは先ほど受けた結界に弾かれた時の鈍痛だけではない。
凍傷にある熱さと冷たさが同伴したような鋭い痛みもアルスの両足を襲った。
アイスナグーリのバッジと、ガノンドロフが既に覚えていた結界魔法の合わせ技だ。
(凍ってる!?)
アルスの両脚は、薄い氷に覆われていた。
彼が打った技は、まさに動きを封じる氷の檻だ。
(くそ……動け!!)
「そう焦らずとも、我がその両脚を斬り落としてやろう。」
ガノンドロフが突進して来る。
抵抗することもままなら無い。
せめて何か一矢報いてやろうとアルスが考えたその時だった。
「ブルルルルルーーーーーーッ!!」
東側から獣の雄たけびが響いたと思うと、鉄の鎧を纏った猪がガノンドロフめがけて突進してきた。
「これは……」
ガノンドロフは突進をどうにかして躱す。
「君は……。助けてくれてありがとう。」
誰とも分からぬ猪の騎手である、赤マントの男に感謝の言葉を告げる。
「お前に感謝をされる謂われはない。ファイア。」
そう言いながら猪から降りた彼は、炎魔法をアルスに撃った。
ルビカンテは彼を攻撃したつもりではない。
「動ける!!」
「火傷は自分で治せ。後は逃げろ。」
氷の足かせに対する炎魔法。
これほど有用な武器があるだろうか。
勿論アルスは凍傷と火傷、2つの傷を負うことになったが、これぐらいならば制限されている回復魔法で十分リカバーできる。
「戦いに水を差しおって……。」
ガノンドロフは苛立たし気に赤マントの男、ルビカンテを睨みつける。
「ならばその怒りを私にぶつけてくるがよい!!ファイガ!!」
ルビカンテは十八番の炎魔法を、ガノンドロフに浴びせる。
しかし、氷の力を纏った斬撃で、いとも簡単に火球は払われる。
「ふん、つまらぬ。その程度か?」
アイスナグーリによる攻撃や、彼自身の生命力だけではない。
「ダメだ!あの男には炎が効かない!」
ガノンドロフが身に纏っているガイアーラの鎧は、炎や爆発と言った熱の攻撃に大きな耐性を持つ。
アルス自身がかつてオルゴ・デミーラの居城で見つけ、装備したから良く知っていることだ。
「私に指図するな!!」
ルビカンテはアルスの忠告を無視して、炎の爪を付けた右手に力を籠める。
「せっかくの忠告を無視するとはな……まあいい。まだ手札があるならば使ってみるがよい!!」
ガノンドロフはルビカンテ目掛けて突進する。
「その余裕は、この技を見ても貫けるか?火焔流!!」
先程より強い熱気と、炎を纏った紅蓮の竜巻がガノンドロフを締め上げる。
「確かに素晴らしい炎の使い手の様だ。だが……。」
炎の龍が魔王の喉笛に食らいつく直前、彼は姿勢を低くし、剣を大きく二重に振り回す。
大回転斬りによる風圧とそれに纏う氷は、簡単に火焔流を切り裂いた。
渾身の力を込めて放った炎は、ガノンドロフの剣に近い場所から消えていく。
「まだだ!!」
味方が増えたことにより、攻撃のチャンスが増えたアルスは、支給品袋から水中爆弾を取り出した。
魚の頭がモチーフになっているそれを、氷の斬撃と炎の竜巻がせめぎ合っている場所目掛けて投げつけた。
(これでダメージにならなくても!!)
火焔流で引火した2個の爆弾は、ドドンと派手な音を立て、爆風を巻き上げた。
「逃げろと言ったはずだ!!」
「そんなことを言っている場合じゃ無い!!」
爆発の余波と、火焔流と打ち消した際の水蒸気で、ガノンドロフの周りには煙が濛々と上がっている。
だが、そんな煙幕など、魔王は斬撃一発で払う。
しかしそこに出来た一瞬のスキを利用し、アルスとルビカンテは魔王目掛けて突撃する。
「懲りぬ奴等だ……。」
再び魔王の周囲に光の結界が現れる。
「ぐわああ!」
ルビカンテは最初のアルスの様に、光の壁に弾き飛ばされる。
だが、すでに一度攻撃を見切っていたアルスは、結界の範囲や消えるタイミングを見抜いていた。
そして光が消え始めた瞬間、アルスが満を持してガノンドロフに目掛けて走る。
「その程度で我を欺けると思ったか!」
カウンターの掌底がアルスの腹を貫こうとする。
だが緑の風は魔王に攻撃するのではなく頭上を跳び越え、背後に回り込む。
「な?」
ガノンドロフが虚を突かれた隙にルビカンテも立ち上がり、アルスと挟み撃ちにする形で突進する。
「ファイガ!!」
「真空斬り!!」
魔王の正面から、火球が迫りくる。
魔王の背面から、風を纏った斬撃が迫りくる。
どちらかに対処すればどちらかの攻撃を食らう、筈だった。
「小賢しい!」
しかしガノンドロフはあろうことか、自ら火球に飛び込む。
否、その一撃を受け入れたわけではない。
氷の力を得た魔法剣で、火球を貫き、そこに出来た突破口を走り抜ける。
当然、彼も無傷では済まないが、ガイアーラの鎧の力でそのダメージを大きく落とした。
その行動はアルスの攻撃を躱し、同時にルビカンテの予想を覆した一撃を作り出した。
「く……。」
あわてて炎の爪で袈裟斬りを受け止める。
炎の魔力を秘めた爪と、氷の魔力を秘めた剣がぶつかり合い、ジュウウとドライアイスを鉄板の上に置いた時のような音が聞こえる。
鍔迫り合いは互角。
だが、格闘術はガノンドロフの方が有利。
「ぬぐぅ!!」
ルビカンテのマントに包まれた腹部に、魔王の膝蹴りが入った。
(やはり僕たち一人だけでは勝てない……だが……)
そこに、殺し合いの会場とは思えないほど澄み切った青空に黒雲が集まり始める。
「集え、天の力よ、開花せよ、天空よ。」
「「!?」」
魔力の高まりに、ルビカンテもガノンドロフも驚く。
静かだった天は詠唱と共に、騒がしくなり始める。
(サンダガ……?それにしてはすさまじい魔力だ……)
(恐怖しておる?我が?)
「来たれ、勇者の雷!ギガデイン!!」
デイン系の魔法は、他の魔法より多くの魔力と詠唱時間を食われる反面、確かな威力を発揮する。
今までは時間が無かったが、魔王がルビカンテにかかりきりになっている隙に、詠唱を始めていたのだ。
ぴかりとそれだけで目の一つも焼き切ってしまうほど強い光が瞬き、無数の白銀と黄金の槍がガノンドロフ目掛けて落ちる。
どうなったかは強すぎる光が邪魔をして、詠唱者であるアルスでさえも見えない。
だが、一拍置いて光に遅れたズンと重たい衝撃音が響く。
(やった、成功した………!!)
「ぐああああ!!」
悲鳴が響いた。
だが、その悲鳴は魔王のものではなかった。
アルスより魔王の近くにいたルビカンテが殴り飛ばされていた時の悲鳴だ。
アルスは目を見開いて、その瞬間をただ見ることしか出来なかった。
「雷の魔法か……そう来ると思ったわ……。」
「そんな……勇者の雷が……。」
雷が落ちる瞬間、ガノンドロフは空に剣を投げて、即興の避雷針を作り、ギガデインを回避した。
(くそ……もう一発……。)
だが、時間稼ぎをしてくれる相手もいないまま、詠唱時間のかかる魔法を唱えさせてくれるほど、甘い相手ではない。
空を舞っていた魔法剣を握りしめて、ガノンドロフはアルス目掛けて斬りかかる。
(マリベル……みんな……ごめん…。)
アルスは死を覚悟した。今度は躱す暇も与えてくれえそうにない。
その時、何かがブーメランのように飛んできて、魔王に命中した。
「次から次へと……!」
「無事か。」
盾を投げて走って来たのは、何の因果かアルスと同じ緑フードの青年だった。
「君は……。」
確か、最初の殺し合いの会場で自分の隣にいた男だと、アルスも思い出した。
「馬鹿者!図書館へ行けと言ったはずだ!何故ここへ来た!!」
「アンタ一人じゃ苦労すると思ったからだ。」
だが、もう一人の緑の服の勇者は、アルスやルビカンテの言葉を軽く受け流し、ガノンドロフを睨みつけていた。
その時、魔王の手の甲の正三角形が、黄金に輝く。
「なるほどな。貴様が勇者リンクか。」
力のトライフォースの持ち主である魔王は嬉し気に笑う。
青年の方を見ると、同じように手の甲の正三角形が黄金に輝いた。
「アンタがガノンドロフか。死ぬほど会いたかったぜ。」
それだけ言うと勇気のトライフォースの持ち主は、正宗を抜いた。
この2人の因縁は、当事者にしか分からない。
だが、その因縁は確かなものだと、この場にいる者全員が自ずと分かった。
奇妙な運命の果てに巡り合った2人の緑の勇者と、魔王の戦いはまだ始まったばかり。
最終更新:2021年12月31日 09:17