その瞳を見た時、それがマリオだとはっきりとわかった。
あの時と違い、優しさが一欠片も見えなかったが、それでもビビアンにとっての大切な人だった。


「マリオ。会いたかったよ。」
目が合った時、ビビアンの胸の内に熱いものが流れた。
同時に、走馬灯のように色々な思い出が脳裏に浮かんで来た。
ふしぎの森で初めて出会った時のこと。
ウスグラ村でイチコロバクダンを一緒に探してくれた時のこと。
闇の宮殿で、一緒に袂を分けた姉達を倒したこと。


言いたいことは山ほどあった。
でも、一番言わなければいけないことは分かっていた。


ビビアンとマリオの視線が交わされた時、そのハンマーを止める手が止まった。
「…………。」
「マリオ、ゴメンなさい。あなたを苦しめて。」


彼はこの殺し合いの世界で分かってしまった。
ヒーローとして、誰よりも先へ、前へ進まなければならないことの苦しさを。
かつてマジョリンの下で、その後もマリオの仲間として冒険していた時は、ずっと分からないままだった。
この世界で、マリオがいない中、何が正しいのかそうじゃないのか一人で悩み続けた。
ドラえもんやメルビンを傷付け、渡辺早季という少女を失って。
そんな中、一人で何をすべきか決めることの重さを、何度も知らされた。


どうして今目の前にいるマリオがこんなことをしているのか、カゲの女王の取引に応じなかった世界線のビビアンには分からない。
けれど、マリオは誰かに救いの手を差し伸べたが、本当に救いの手を差し伸べてくれる人がいなかったことが原因なのは分かった。
その両目から光を奪われた彼は動かず、表情を変えることも無い。


「マリオ。間違った決断をしたらね。」
「………。」
「やり直せばいいんだよ。」


――気にしなくていいよ。さ、メルビンさんの所に戻って、一緒に謝ろう。

ドラえもんというこの世界で会ったロボットは言った。
たとえ仲違いしても、友達が間違った方向に進んでも、きっと仲直りできると。


――誰かがくれた水で、誰かの花壇に行儀よく咲いた花よりも、雪の中でも耐え忍びながら歪に咲いた一輪の方が、より美しいと思えるから。

早季という少女は貫いた。
あの中で誰よりも戦いの経験など浅かったはずなのに、死ぬことよりも力を使えぬことを恐れて戦い抜いた。
たとえ死しても、その矜持を歪めることは決してなかった。


彼も、未来を貫くため、大切な仲間を守るため、その目を逸らすことは無かった。

マリオにだけ時間が止まったかのように、ハンマーを振りかぶる腕が硬直した。


「ねえ、マリオ。あの時アタイのためにバクダンを探してくれた時のことを覚えてる?」
カゲのマモノの走狗となり果ててしまったマリオは、光を求め、光の下で生きる生き物の声は届かない。
だがかのマモノと同じ、カゲに生きる者なら?


その言葉は通じた。
今までは虫のさざめきくらいにしか聞こえなかった人の言葉が、確かにマリオに届いた。
だが、通じたからと言って攻撃を止めてくれるとは限らない。
首を横に振るい、その言葉を拒絶する。

「ウアアアアアアアアアアア!!!!!」
獣のような慟哭。
それと共にハンマーを振り回す。
その姿は、ヒーローではなくバーサーカーと言った方が近い。


「危ない!!--」
ローザの叫びももう遅く、その一撃はビビアンの身体に刺さった。
幸いなことに、先程彼女がかけた防御魔法により、その一撃は防がれた。
彼女の恋人と二の舞になることこそは防げたが、即死しなかっただけ。ダメージは少なくなかった。
大きく吹き飛ばされ、後ろへ後退させられる。
かつての仲間でさえも殺そうと、カゲに堕ちた英雄はハンマーを振りかざして突進する。


ローザはマリオ目掛けて矢を放つ。
この状況で詠唱に時間がかかる魔法よりも、攻撃をした方が時間を稼げると考えた。
彼女は魔法を使わない攻撃には長けていないが、時間稼ぎにはなった。


どうにか危機を脱したビビアンだが、飛ばされた先がマグドフレイモスの近くだったのが彼の不運だ。


「グオオオオオ!!」
標的を仗助だけではなく、ビビアンにも定めたマグドフレイモスは、攻撃手段を変更する。


「グウウウウウ……。」
両腕をXの字にさせ、表面を覆っていた怪物の炎が、その中心に集まっていく。


「やべえ!!」
マグドフレイモスが何をしてくるか分からなかったが、仗助とビビアンの第六感が危険信号を出した。

「ドラァ!!」
仗助は己のスタンドで地面を殴る。
攻撃の為か?否。


そんなことはどうでもいいとばかりに、怪物は炎を自身の周りに放つ。
まさに炎の津波と言うべきか、ビビアンのまほうのほのお程では無いが、激しく燃え盛る火炎が二人に襲い掛かる。


「そうは行くかよ!!」

いつの間にやら、仗助とビビアンの前に岩が現れ、炎から2人を守った。
既にあちらこちらの岩や木が、マグドフレイモスやマリオによって壊されていた。
それに気づいた仗助は壊された手ごろな大きさの岩をスタンドで修復し、即席の防火壁にした。


「ありがとう!でも、アタイのことは気にしないで!!」
ビビアンは影に潜り、再びローザとマリオの戦っている場所へ向かう。


「さて、なら俺はコイツをどうにかしねえとな。」
仗助はあろうことか、マグドフレイモスに背を向けて走り出した。
「ドラララララララ!!」
スタンドのラッシュが、炎と影の怪物に叩きこまれる。
パワーならばクレイジー・ダイヤモンドが勝っている。
決してマグドフレイモスが非力なわけではない。最強スタンドのスタープラチナにも抵抗できるクレイジーDのパワーが凄まじいだけだ。


「グオオオオオオオオ!!」
怪物は反撃と拳を振るう。
拳のみではない。手枷に付けられた、千切れた鎖も武器になっている。
技術などあったものではない、おもちゃを振り回して暴れる赤子のような攻撃の仕方だ。
その一撃が仗助の急所に直撃しそうになる前に、拳をぶつけて弾き飛ばす。
スピードも同じだ。
クレイジーDはあらゆるスタンドの中でもかなりのスピードを持つ。
だが、高校1年にしては恵まれた体格を持つ仗助とは比べ物にならないほど、マグドフレイモスは大きい。
例え動きが鈍くても、巨体から繰り出される攻撃は極めて広い範囲を刈り取ることが出来る。


(チッ、拳を凌げば鎖が、鎖を凌げば拳が厄介ってことか!!)
そして、一番問題なのは持久力の差。


(それにこいつ……とんでもなくタフなヤローだぜ……。)
影の呪いに侵された怪物は、疲れを知ることなく暴れ続ける。
それに対し、仗助はいくら強かれど人間だ。
スタンドを使うのにも体力を消耗するし、四六時中休憩を取らずに戦い続けることは出来ない。
おまけに周囲の暑さや植物が燃えたことにより薄くなった酸素が、いつもより体力の消耗を速めている。
ならば短期決戦でケリをつけるべきだが、殴っても殴っても手ごたえが無い以上はそれも出来ない。


もしこの場に、リンクのような影の結晶石の力に取り込まれた怪物と戦った者がいれば、その理由も分かるはずだ。
影の結晶石により変異した生き物は、魔力の源となっている部分以外は、いかなる攻撃も効果を示さない。
覚醒多触類オクタイールの目玉や、覚醒寄生種ババラントの舌のような部位である。
だが、そんなことを仗助は知る由もない。
例え分かったとしても、近距離パワー型のクレイジー・ダイヤモンドではマグドフレイモスの弱点たる額に届かない。
すぐ近くに、かつてマグドフレイモスの額を打ち抜いた弓矢を持ったローザがいるが、残念ながら彼女は別の敵と交戦中だ。


「こっちだぜ!デカブツ!!」

仗助はあろうことか背を向け、走り出した。
逃げながら策を立てる。
彼の父、ジョセフが対処法が分からぬ敵を見つけた時に、良く取っていた戦法だ。
マリオの相手をビビアンとローザに任せきりにするのは彼とて心苦しかったが、この怪物がビビアン達の戦闘を邪魔する危険性を天秤にかけて、彼らに任せることにした。



仗助は打開策を見つけたわけではない。
だが、先のビビアンとのやり取りで、それより前に彼自身がマリオから攻撃を食らいかけた時に1つ分かったことがあった。
この怪物を、ローザとビビアンに近づけてはいけないということだ。
マリオと怪物、両方を相手にするのは自殺志願者以外の何者でもない。
片方を対処しようとしている内に、背後からその背を突かれてお陀仏というのがオチだと分かってしまった。
勿論、そうなったらローザとビビアンだって無事に居られる可能性は低い。


攻撃を受けるほど近づきすぎず、かといって怪物がターゲットを変更してしまうほど遠ざかり過ぎず。
口で言うのは簡単だが、敵の攻撃を弾きつつこれを行うのは簡単ではない。


「へへ、鬼さんこちらってヤツだぜ!!」
「グオオオオオオ!!」
マグドフレイモスは辺りを殴り飛ばしながら、仗助を追いかける。
敵との追いかけっこという類似性から、ハイウェイ・スターとの戦いを思い出させた。
あの時程敵は早くは無いが、殺意は全く違う。


しかも炎に包まれた草の塊を飛ばして追いかけてくるものだから、それらの対応も迫られる。

「うわっちい!」
誤って地面が燃えている部分を踏んづけてしまう。
既にこの戦いの場所では、草原や茂みの至る所が燃えている。
間違っても人間が戦うのに適した戦場ではない。
敵にばかり気がかりになっていると、足元に気を配ることが出来なくなる。


(くそっ、折角買ったばかりのブランド物の靴が……)

そこへ、マグドフレイモスの鎖が鞭のように飛んでくる。
「ドラァ!!」
スタンドの拳で弾き飛ばす。
だが、鞭のようにしなる鎖は、軌道を読みにくい。
弾き飛ばしても生き物のようにうねり、また攻撃して来る。


☆ ☆ ☆

時は少し遡り、場所はローザとマリオの戦場の中。


マリオは己の身軽さを最大限生かし、ハンマーを振り回して襲い掛かる。
当たればプロテスが掛かっている身であれど、致命傷は免れないことをローザは悟る。


「ブリンク!!」
少しでも状況を有利にするために、さらに魔法を自身にかける。
マリオの一撃は空を切る。
回比率を上げる白魔法による力だ。


「マリオ!!目を覚まして!!お願い!!」
ビビアンの叫びも空しく、マリオの猛攻は止まらない。
今度はハンマーを地面に叩きつける。
それは決して外れた攻撃ではない。
纏めて敵を攻撃する手段が少ないハンマーの弱点をカバーした技だ。


「なら……レビテト!!」
ローザが唱えた、地面に浮遊するための白魔法を2人に使う。
既にローザは自身を起こして攻撃してくる敵と戦った経験があるため、マリオの動作から何をしてくるか見抜いていた。


「うわっ!!」
上がるのは自身の攻撃を受けたビビアンの悲鳴。
(レビテトが効いていない?)
至極当然の話だ。
レビテトは人間や動物など、地に足が付いた相手を前提として使われる魔法。
宙に浮かぶ影など、存在するはずがないだろう。


隙を見せたビビアン目掛けて、マリオは自身をばねのように縮めて、高く跳び上がった。
ジャバラジャンプの一撃が、ビビアンに突き刺さろうとする。
しかし、咄嗟カゲの世界に避難したビビアンに、その攻撃が当たることは無かった。


その隙を見せた瞬間、ローザは新しい魔法を紡ぐ。
淡い光が、マリオを照らすが、特に効いている様子はない。
それもそのはず。ライブラは敵にダメージを与える魔法では無いから。


(なるほど……やはりそういうことね……)
ライブラは、敵の弱点と体力を見抜く魔法だ。
マリオがなぜこのようなことになっているか、そんな情報は伝わってこなかった。
だが、何の力を弱点としているかははっきり掴めた。
そして、カゲの力に飲み込まれた英雄にこの上なく効果覿面な魔法を、ローザは覚えている。
最強の白魔法、ホーリー。
数少ない白魔導士の攻撃魔法にして、不浄の者を滅するのに最も適した攻撃の一つだ。
英雄の心の芯まで覆いつくす闇とカゲを、曇り無き光で払おうとする。


しかし、そこにマリオが右手を掲げる。
「まずい……シェル!!」
それが何かしらの魔法を放つ前動作だと察したローザは、ホーリーの詠唱を中断し、魔法のバリアを張る。



ローザの予想通り、彼女の頭上から黒い雷が落ちる。
緑色の光の壁が、その一撃から彼女を守った。
しかし、雷の攻撃が終わると、すぐにマリオはハンマーで攻撃して来る。
その一撃は、グリンガムの鞭により止められた。


「ホールド!!」
金色の光の輪が、マリオの周囲に現れる。
やがてその輪は縮まり、動きを止めようとするが、マリオには通じなかった。
マリオにかけられたカゲの呪いは、身体能力の向上やカゲの雷などの技を伝授させただけではない。
即死や金縛り、眠りと言った一発で戦いを左右する魔法を、軒並み受け付けなくした。
今のマリオでなくとも、その主たるカゲの女王や、この殺し合いのオルゴデミーラなど、邪悪な力を持つ首魁ならほとんどが備えている能力である。


(やはり、ホーリーでいくしかないのかしら……。)


ホーリーもグリンガムの鞭も、実際の威力はお墨付きだ。
だが、使用する者が躊躇っていれば、その威力は半減どころではなくなる。


ローザはマリオを攻撃するのを躊躇っていた。
ホーリーを撃てば、マリオを助けられるかもしれないが、もしかすると殺してしまうかもしれない。
そんな結果をビビアンは言わずもがな、マリオに殺されたセシルだって望んでいないことは、ローザには分かっていた。


ビビアンとて同じこと。
目の前の相手が、ローザの恋人を殺したというならば、たとえマリオを助けてもこれまで通りの関係に戻れるか、それが怖かった。
かつてビビアンは、闇の宮殿でカゲの女王の依り代にされたピーチ姫と戦ったことがある。
でもあの時ピーチ姫は誰も殺さなかった。


「危ない!!ブリンク!!」
「!!」

ローザのアシストもあったとはいえ、間一髪でマリオの攻撃を躱すビビアン。
だが、彼の動きにはゴルベーザとの戦いほどキレが無かった。


もし彼が元の優しい心を取り戻せば、たとえセシルを殺したことを覚えていてもいなくても、間違いなく苦しむことになる。


(自分の意志で戦うって、こんなに辛いことなのね……)
ビビアンがそう悩んでいる間にも、マリオはどんどん攻撃して来る。


★★


(とりあえず、あの2人とは距離を離せたみてえだな……)
そして仗助が逃げたのは、怪物の攻撃範囲からビビアン達を遠ざけるためだけではない。


(やっぱり炎の弱点と言えば水だろ!)
【C-7】の湖付近まで誘い込むことに成功する。
この周辺なら地面が燃えていることは無いし、いざとなれば飛び込むことも出来る。
最も、彼にとって湖に飛び込んで逃げるというのは最後の手段だ。
どうにかしてこの怪物を倒し、ビビアン達を助けに行くことを望んでいる。


「グウウウウウ……」
怪物の動きが止まる。
またあの炎の衝撃波を撃つのかと思いきや、怪物の懐から炎に包まれた蝙蝠が現れる。
10匹ほどのファイヤキースは、キイキイと不快な声を上げて仗助に襲い掛かる。

「こんな芸当も出来るのかよ?びっくりショーだったら蝙蝠じゃなくて鳩を出せよ!?」
一瞬マジックとも見まがうようなスタンドを幾つも見て来仗助も驚く。
生き物を作る力を持った敵など、仗助でさえ見たことが無い。


「ドララララララララララァ!!!」
だが、誰が来ても同じとラッシュで打ち落とす。
体力そのものはパチンコ玉でも倒せるほどのファイヤキースは、ボトボトと地面に落ちていく。

「ドラァ!!」
その後すぐに湖にスタンドの拳を突っ込み、水しぶきを飛ばす。
かつて吉良吉影との戦いで、自分の血をスタンドで固めて撃ち飛ばした時と同じやり方だ。
しかし、水の刃は大したダメージを与えることも無く、音とともに水蒸気へと変わる。
血液ほど粘性がない真水では、刃としても大した威力を持たないのも道理だ。


(やっぱり思いつきで使った技じゃ簡単にはいかねえか……。)
そして、遠距離攻撃をしようと考えたのは仗助だけではない。
怪物の右手には、炎が燃え盛る草原の土が握られていた。
それを思いっ切り投げてくる。


「ドラァ!!」
土塊をスタンドで殴るも、さらにマグドフレイモスは攻撃を加えてくる。
顔一面に玉の汗が浮かんでいたのは、炎の怪物による気温の上昇だけではなかった。


(これじゃ埒が明かねえ……どうすれば……)
仗助の顔にも焦りが見え始めた。
早くビビアン達を助けに行きたかったが、この敵をどうにかすることが出来ない。
まだ均衡は保てているが、下手をすると、無尽蔵の体力で押し切られてしまう。


「こっちだよ。デカブツ。」
ふいに現れた何かが、マグドフレイモスの輝く額を思いっ切り打ち叩いた。
5人が争う中で、さらに2人の参加者が現れたことで、さらに戦いは白熱化する。




最終更新:2022年06月16日 23:33