「チッ、よりによってなんでアイツがいるんだ……。」
図書感を抜け、真理亜を追いかけていたミドナ達の目に入ったのは、かつて戦った怪物だった。
元々その辺りから煙が上がっていたことから、図書館に放火した真理亜がいるのではないかと考えていたが、その当てが外れた。
「知っているの?というかあの変な髪型の人を倒さないと!!」
クリスチーヌは急いで向かおうとする。
幸か不幸か、彼女らの言葉はマグドフレイモスとの戦いに集中している仗助には聞こえていない。


「ワタシたちの相手はあの赤髪女だろ。無駄に戦う必要あるか!?」
「それでも助けに行く。きっと私の大切な人ならそうしていると思うから。」
「おい!待て!!」

ミドナだって助けたかった。
暴走している怪物を戻す方法や弱点、戦い方を知っているのはミドナだけだから。
そして、クリスチーヌはマリオならそうしていると思うと言ったが、ミドナだってリンクならそうしていると思ったから。
道行く人々の悩みを聞くリンクを、ミドナはおせっかいだと思っていたが、いつの間にか彼女もそんなリンクに絆されていた。


「こっちだよ、デカブツ。」
ミドナは仗助にかかり切りになったマグドフレイモスの額に、影の手で思いっきり一撃を浴びせる。

「た、助かったっすよ。ありがてえ。」
人間というよりむしろスタンドのような姿をした2人組に驚くも、助けてくれたこと礼を告げる仗助。

「オマエ、ジョウスケだろ?ワタシはミドナ。シゲキヨから聞いてる。」
「重ちーに会ったんすか?」
仗助は重ちーの死を知っていない。
仲間の手掛かりを掴めたことに喜ぶが、すぐにそれどころじゃ無いと気付く。


「ウグオオオオオオ!!」
額を押さえ、標的を定めることなくマグドフレイモスは辺りをふら付いている。


「やっぱり、あの額が弱点なのは変わらないみたいだな。」

かつてリンクと共にマグドフレイモスと戦った経験のあるミドナは、敵を睨みつける。
「もしやあのバケモンと知り合いっすか?」
「そんなんじゃない。けれどワタシ達はアイツを元に戻したことがある。」

マグドフレイモスの元の姿、すなわちダルボスを仗助は見たことが無い。
けれど、ミドナの口ぶりからして、無害化させることが出来るのだと察した。


「どうすりゃいいんだ?」
「あの額の光っている所をひたすら攻撃するんだ。アイツにそれ以外の攻撃は効かない。」


要は敵の弱点を何度も攻撃する。
これもまた言うのは易いが、敵の攻撃を凌ぎながら4m近くある敵の頭部を攻撃するのは難しい。


「そいつはハードっすねえ。」


「あの敵には私の頭突きは通用しそうに無いわね……。」
その話を聞いたクリスチーヌは顔を顰める。
空中戦か地上戦かで言われれば、前者の方が得意の彼女だが、バサバサのように高すぎる場所にいる相手も不得意だ。
おまけに敵はバブルやエルモスのように炎に包まれている。
未知の敵である以上、『ものしり』も出来ないので、出来ることと言えば道具を使ったサポートぐらいになってしまう。


「なら、向こう側へ行ってくれねえか?ビビアンって奴が戦っているんだ!加勢してやってくれ!!」
「ビビアン!?分かったわ。それと代わりにこれを使って!!」

仲間の名を聞いたクリスチーヌはザックを地面に置くと、すぐに仗助が指した方に走って行く。
ダメージを回復させたマグドフレイモスが、彼女を襲おうとするが、そこに仗助が立ちはだかる。


「さぁて、俺達も早くコイツをどうにかしねーとな!!」
仲間が来てくれるというのはこの上なく嬉しいことだ。
吉良との最後の戦いで、死んだと思えば駆けつけてくれた億泰のように。
それが人間でなくとも、初めて出会った相手だろうと、東方仗助にとって変わりはない。

「ジョウスケ!!右から来るぞ!!」
すぐにミドナは仗助に指示を出す。
パートナーは違えど、一度は戦った敵だ。どうすればいいか、どんな攻撃をしてくるかはすぐわかる。
いくら軌道が読みづらい鎖の攻撃と言えど、来る方向を聞けば対処は難しくない。


「ドラァ!!」
仗助はスタンドを出して、その攻撃を打ち返す。

「次は蝙蝠を出してくる!!」
ミドナが言う通り、次にマグドフレイモスはファイヤキースを10匹出してきた。
「ドラララララララァ!!」
その攻撃は、先程よりも素早くファイヤキースを打ち落とす。
1人が2人に増えただけでも、戦いは一気に楽になる。
敵は集中力を半減することになるからだ。


「ほら、オマエの相手はこっちにもいるぞ?」
ミドナは、空から敵の弱点を積極的に狙う。
かつてマグドフレイモスと戦った時とは違う戦法だが、今度は影に隠れてばかりいるわけにもいかない。
怪物は蚊でも払うかのように、腕と鎖を振り回すが、難なく躱される。



怪物がミドナにも攻撃をしようとしたため、攻撃の手数が明らかに少なくなったのは、仗助にも伝わった。
仗助とミドナ、2人まとめて薙ぎ払おうと衝撃波を打つ構えを取る。
先程と違い、防火壁代わりに出来る岩が無い。今から湖に飛び込むか?否。

(よし、今だ……!!)
クリスチーヌのザックから1つ武器を取り出す。
かつて仗助の父を追い詰めた小型ボーガンを彼が使うことになるとは、何かの縁だろうか。
遠距離攻撃のコントロールは、かつて承太郎と共にハンティングへ行った際に身に着けていた。
アイアンボーガンから放たれた鉄球は、炎裂き風を断ち、その先のマグドフレイモスの額に命中した。


★   ★


辛うじて保たれていた均衡は、あっさり崩壊する。
マリオがカゲの力を自身に集中させ、攻撃力と防御力を増大させる。
敵の圧迫感が強まったことに気付いたローザは、すぐに解除させようとする。


「まずい……ディスペル!!」
ローザは咄嗟に強化魔法を打ち消す白魔法を打つ。
危機は脱したが、ローザの魔力も無限にある訳ではない。
それに対し、マリオは疲れを見せずに襲い掛かって来る。
そして、そろそろ最初にかけたプロテスが切れてくる頃だ。
ローザは気づいてない訳じゃ無いが、回復に力を注いでいるため、その機会が中々回ってこない。


「マリオ……許して!!」
ビビアンのまほうのほのおが、マリオに襲い掛かる。
だが、マリオはハンマーを振り回して、その炎を薙ぎ払った。
かつてこの殺し合いの会場で、ルビカンテの火焔流を打ち払った時と同じやり方だ。
そのまま天高く跳び上がり、ローザ目掛けて攻撃する。


しかし、空中の敵を打ち落とすのは、魔法の役目だ。
この機を逃すまいと、ローザはホーリーを放つ。
既に詠唱は、マリオがまほうのほのおをハンマーで薙ぎ払った時から始めていた。



ローザの両手に、真珠のような淡い光が集まって行く。
このまま戦いを続けていても、そう長くは続かないと考えたローザは、切り札を切ることにした。

「悪しき力を浄化せよ!!ホーリー!!」
やがて光り輝く白球となったそれは、天へと昇る。
光の雨としてマリオに降り注ぐ。
その力はマリオにかけられた呪いを浄化する……はずだった。



「!?」
真っ黒な糸のような黒い力が、白銀の光を飲み込んでいく。
マリオが放った、カゲの力を秘めた雷が、光の雨を打ち消した。
彼女の世界の究極の白魔法は、カゲの走狗にさえ劣るのだろうか?
それが真実かは不明だ。
だが、ホーリーでマリオを殺してしまいたくないというローザの心の迷いは、確実に魔法の威力を鈍らせた。
どんなモンスターマシンに乗っても乗り手の迷いが無ければ大した速度で進めないように、究極の白魔法であれど術士の迷いがあれば、凡百の魔法と威力は変わらない。


そして、威力が減退した魔法でも、詠唱後の守りが手薄になるのは変わらない。
すかさずマリオはローザ目掛けて、ジャバラジャンプの一撃を撃とうとした。
しかし、天から降り注ぐ槍と化したマリオが貫いたのは、白魔導士ではなく地面だった。
彼女が少し前にはなったブリンクで、九死に一生を得たのだ。


だが、戦いが依然として不利なのは変わらない。


「マリオ!?」
だが、この戦場に誰かが入ってくれれば、話は別だ。


「クリスチーヌ!?」
それは、間違いなくビビアンの仲間のクリボーだった。

「どういうことなの?これは……。」
ビビアンとマリオ、仲間同士が戦うという異様な光景を見て、クリスチーヌは開いた口が塞がらなかった。
勿論ビビアンは敵の刺客として、マリオ達とも戦ったことはあるが、そうでもないようだ。
むしろマリオの方から、殺意や邪気を感じた。
そう、闇の宮殿に入った時に感じたような、カゲの女王が蘇った時のような、背筋が寒くなるような感触だ。


驚いている暇もなく、マリオは新たに現れた獲物目掛けて、ハンマーを振るう。

しかし、その間を一本の矢が割って入る。
「聞いて!マリオは何か悪い力に囚われているの!!こんなのマリオじゃないよ!!」
ローザの叫びと共に、クリスチーヌも自分の感覚が正しかったことに気付く。
そして、気付いたのはそれだけではない。
彼女はその目で、マリオの異変を見つけた。


(泣いている……。)
光を失ったマリオの両目から、確かに涙が零れ落ちていた。


1度言ったことだが、この戦場に完全な黒は無く、また完全な白も無い。
正義、救う、絆、仲間といった綺麗なお題目を上げる者達もまた、白一色で生きているわけではない。
だからこそ、完全な黒に身を委ねようとした者を助けようと考える。
その比率が異なれど、誰もが灰色の世界で足掻き続けている。


この場で言葉にせずとも、3人は分かった。
マリオは自分達に攻撃されるより、自分達を攻撃する方が何倍も辛いのだと。

「迷ってばかりじゃ……いられないようね。」
ビビアンやローザだけではない。
クリスチーヌもまた、この殺し合いの中で、誰かのために殺しの道を選んだ秋月真理亜や、協力より復讐に身を委ねた満月博士を見て、何度も悩んだ。
何が正しいのか、何をすべきなのかと。


けれど、今はそれどころではないことがはっきり分かった。


「ビビアン。さっきの炎魔法、もう一度打てる?」
同じように覚悟を決め、マリオを救おうとするローザがビビアンに問う。
「勿論よ。」
「ならば私がもう一回ホーリーを使うから、それに合わせて撃って。」
「じゃあ私が時間を稼ぐわ。」

この場にいた3人は、常に戦場では誰かの後ろからサポートをしていた者ばかりだ。
だからこそ、敵が対応しきれない新しい戦術を生み出すことが出来る。
1つのリーダーに従って動くのではなく、3つの個性によって織り成される戦術。


先陣を切って走って行くのはクリスチーヌ。


「オドロン寺院以来ね。あなたと戦うなんて」
マリオの姿を奪ったランペルに騙されて、本物のマリオと戦った時のことを思い出す。
赤い帽子のリーダーに頼り切っていた故に、騙されたあの時とは違う。
自分もビビアンも、「マリオを助けたいために」戦う。



それをマリオが迎え撃つ。
高く跳躍したマリオは、彼女をも凡百のクリボーと同様に踏みつぶそうとする。
「これを使って!!」
ローザはクリスチーヌに「カチカチこうら」を投げる。
防御力を上げる道具は、プロテスよりも手早く使うことが出来る。


「私だって、マリオの戦いを研究しているんだからね!!」
味方だった時にマリオを戦いやすくさせるために身につけた知識は、相手が敵になった時も役に立つ。
躱しきることは出来ない。だが、ダメージを大幅に防いだ。


続いてくるのは、後方にいる2人もまとめて攻撃できるジシーンアタック。
だが、跳び上がった先に頭突きを食らわせたため、その攻撃は不発に終わる。


「マリオ。結局何がしたかったの?」
クリスチーヌが問いかける。

「ここに居る人たちを傷付けてさ、自分も涙を流すくらい苦しんで、それでもやりたいことがあったんでしょ?」

マリオは言葉を振り払うかのようにハンマーを振り回す。
クリスチーヌもまた、マリオがカゲの女王の交渉に乗らなかった世界からやって来た者だ。
ゆえに、マリオが女王のしもべになったという事実を知らない。
でもそんなことは彼女にとって些末なことでしかない。
クリフォルニア大学で研究していた時と異なり、必要なのは目の前の仲間が助けを求めているという事実であって、その根拠は必要ないから。
「あなたは人を助けてばかりじゃないよ!!助けてくれる人だっているのよ!!」


クリスチーヌは言葉を放ち続ける。
「もし本当にヒーローだというなら、私達の手を掴みなさい!!勇気を見せるのよ!!」


カゲの眷属であるビビアンの言葉とは異なり、クリスチーヌが何を話してもノイズにしかならない。
そのはずなのに、どんな魔法よりもマリオの精神を抉って行った。


「マリオ、ちょっと痛いけど、我慢してね!!」
ビビアンの指先に、魔力が籠もる

「天の光よ!!」
ローザの両手に、聖なる光が灯る。
やがて光は一つの球体を作っていき、天へと飛ぶ。
ここまでは先ほどのホーリーと同じ。

クリスチーヌを突き飛ばしたマリオは、聖なる光を迎え撃とうと片手にカゲの力を蓄える。


「今よ!!ビビアン!私が出した魔法に炎を撃って!!」
「分かったわ!!」

ローザの合図に合わせて、ビビアンが魔法を唱える。
仲間と共にタイミングを合わせて攻撃するやり方を、ビビアンは早季と共に覚えていた。
「悪しき力を浄化せよ!!ホーリー!!」
「これを食らいなさい!!まほうのほのお!!」


「「ホーリーバースト!!!」」

太陽とは異なる眩しい光が、辺りを真っ白に照らした。
この場に居てはまずいとその身体を紙のようにして、ロールモードへと変わり、その攻撃から逃れようとする。
だが、紙のようになろうとした体は、急に元の姿に戻された。
忘れるなかれ。彼が無意識に使っていたその技は、元はカゲの女王を封印した勇者の力によるもの。
カゲの力を使っておいて、勇者の力をそう何度も使うことなど、許されるわけではない。
マリオはロールモードではなく、その足で逃げようとするが、時すでに遅し。
聖なる力をまほうのほのおのエネルギーでローザの世界にあるフレアのように濃縮させ、大爆発を起こす。
ビビアンの魔法だけではマリオのカゲを祓うことが出来ず、ローザのホーリーでは力が足りない。
ならばその2つを合わせることが出来れば?
互いの心の弱さを、互いが補うことが出来れば?


その魔法は、ローザの世界の未来で、ホーリーとフレアを合わせることで使えるようになる技。
ぶっつけ本番で作った技ゆえ、それと比べても威力は落ちるが、聖なる力を秘めたまま確かにその威力を発揮した。


大爆発と共に大きなクレーターが出来て、マリオはその中心に伏した。


「マリオ……。」
爆発が止んだ後、ビビアンはすぐにマリオの所へ駆けつける。
強すぎる光を間近で見てしまったため、視界ははっきりしないままだが、そんな中でも大切な人の名をは呟いた。
その言葉には、どうして敵であった自分さえ助けたマリオがこうなってしまったのだという嘆きが籠もっていた。


マリオは何処か混乱している様だったが、ムクリと起き上がった。
「マリオ、もうやめて!!そんなことをしても誰も喜ばないよ!!」


――――このまま殺し続けていても、何も残らないよ。
闇と影の中で、『マリオ』から聞いた言葉を思い出した。
(そうだ、僕は。)

ハンマーを落とす。
その手を誰かを握り潰すためではなく、握りしめるためにその手を差し伸べようとした。


「あのね、マリオ。アタイ、あなたに言いたいことがあるの。マリオは……。」

しかし、肝心なことを忘れていた。
この場には、もう1人影に魅せられた者がいることを。


「ビビアン!!危ない!!」
マリオと交わされるはずの手が、急に力を失った。



「ウオオオオオオオオオ!!!!」
マグドフレイモスがいつの間にかビビアン達に近づいていた。
彼が投げた炎燃え盛る草の塊が、彼の後頭部に命中した。



最終更新:2022年06月16日 09:48