瞬間、張り詰めていた空気が、風船のように弾けた。
秋月真理亜の両目から、敵を刺殺するエネルギーが迸る。
その力は破るために。
今対峙している敵を、砕くために。
自分を閉じ込めている檻を壊すために。
死した親友に代わって、閉じられた未来への扉をこじ開けるために。
「そうカリカリするなっての。」
ミドナは真理亜目掛けて飛びかかると思いきや、横へ大きく旋回する。
呪力の槍は空を切り、その隙にミドナは横から彼女に近づく。
否、横から攻撃するわけではない。赤髪の悪鬼の周りを衛星のようにぐるぐる飛び回っている。
「鬱陶しいわね!!」
真理亜の視界に入ることは、即ち呪力の攻撃範囲に入ること。
逆に言えば、彼女の背面に居続ければ呪力を恐れることは無い。
まるで巨大な黒い蛇が、段々と赤の女王を締め付けていくようだった。
「焦らない方がいいぜ。敵を見失うからな。」
「近づくことさえできない癖に!!」
真理亜は呪力でつむじ風を起こした。
呪力の対象は敵だけではない。
砂や石のような固体や、水のような液体は勿論、慣れれば気体を動かすことも出来る。
邪魔な者は全て吹き飛べ、そんな想いを込めた突風が現れる。
図書館で戦った時と同様、突風を起こしてミドナを吹き飛ばそうとした。
敵に直接エネルギーをぶつけるのではなく、風を動かした攻撃なら、攻撃範囲が広い分躱すのは難しい。
おまけに拳で風は砕けぬし、刃物で風は切れぬ。
ミドナに撃つ手無しのように思えたが、この程度で影の女王を倒そうとは、甘い考えだ。
「そんなモノでやれると思ったか!?」
先程まで上空を飛び回っていた彼女が、急に高度を落とし、地上スレスレの高さまで飛び回る。
ビュウビュウと音がするほど強い風だというのに、砂埃が上がることも、小石が飛んでくることもない。
この大風は思うほど攻撃範囲は広く無く、そして地面にまで及んでいないと判断したミドナは、すぐに安全地帯を見つけて避難した。
図書館にいた時、本が飛んでこなかった場所を、風が吹いていない場所だと見抜いたのと同じ方法である。
それだけではない。
空を飛ぶミドナ相手に、ずっと目より上の方向を見ていた真理亜は、急に地面の近くを移動されたことで、対応が遅れた。
黒蛇は鎌首をもたげ、敵に牙を見舞おうとする。
今こそチャンスとばかりに、ミドナは距離を一気に詰める。
頭に付けた呪具の先端が拳を形作り、そのまま真理亜の下腹部に命中する。
「がっ……。」
彼女の内臓に、ズンと衝撃が走る。
くぐもった悲鳴と共に、地面を転がって行く真理亜。
吐き気を催すが、歯を食いしばって無理矢理押し殺す。
立ち上がるとすぐに、ポケットから銀のダーツを出して、ミドナ目掛けて投げる。
「当たるかよ!」
呪具の手を振り回し、2本のダーツを弾き飛ばす。
ミドナは恩人の仇を目にして、誰よりも冷静だった。
この女を倒そうとした理由は、コイツを放置しておけば脱出が難しくなるなんて、小難しい理屈ではない。
ただ自分のせいで恩人を殺してしまった償いという、何とも感情的でつまらない理由だ。
だが、感情に身を委ねれば勝てないということも分かっていた。
今の彼女は、誰よりも感情的でありながら、誰よりも冷静であった。
「痛みなんか知ったこっちゃないってワケか。」
「その通りよ。」
腹を打たれた痛みなど、早季を失った痛みに比べれば、撫でられたようなものだ。
続けざまに2本のダーツを投げる。
1本は放物線を描いて飛び、もう1本は呪力の加護を得て、まっすぐにミドナへと走る。
1本は問題なく地面に落ちるが、ミドナにとっては呪力の力で飛んでくる方が厄介だ。
躱しても、生きているかのようにベクトルを変更して飛んでくる。
避けても弾いても、自動追尾兵器のように、彼女の心臓目掛けて飛んでくる。
これを彼女は思い切ったやり方で凌ごうとした。
「自分のダーツが当たらないように気を付けなよ?」
またも真理亜の背後に回り込む。
死角ならば呪力だけではなく、ダーツも回避することが出来る。
彼女がダーツを呪力で動かしているというのなら、自分が呪力を浴びるということは無いので、近付くことが出来る。
どこまでいっても彼女の戦い方の根元に呪力があるなら、その攻撃を掻い潜るのは難しくない。
「させない!」
ダーツでミドナを殺すことを諦め、周囲全体に呪力をぶちまける。
図書館で4人をまとめて天井まで吹き飛ばした時に使った、自分の周囲一帯に呪力を流す技だ。
そのまま近づけば、ミドナは呪力の餌食になる。
背後にいようと関係ない。
すぐに、花火大会の最後のような、断続的な小型爆発が真理亜の周りで起こった。
「そう来ると思った!!」
爆音に混じって、彼女の声が響く。
彼女の背後まで飛んでから、Uターンして攻撃に入ると思えば、そのまま加速して真理亜から離れた。
「!?」
攻撃してくるとばかり考えていた真理亜は、まんまとミドナの策に嵌ることになった。
何処へ行くのか後ろを向くが、先程自分の起こした爆発のせいで、視界が悪い。
呪力で再度風を起こし、砂煙を払うも、一手遅れることになる。
「そらよ!!」
ミドナは地面に落ちていた銀のダーツを投げ、真理亜目掛けて投げつける。
先ほど地面スレスレを移動した際に、転がっていた物を拾った。
真理亜は呪力で慌てて止めようとするが、躱すことが出来ずに、右の脇腹に命中する。
(おかしい……どうして呪力が当たらないの?)
真理亜は疑問に思い始めた。
前の戦いは2対4と数的不利だったのに、完全とは言えないが勝利を収めることが出来た。
それなのに今の戦いは1対1と数的に互角でありながら、自分の攻撃が悉く見切られている。
答えは簡単。戦闘経験の差だ。
秋月真理亜という少女は、呪力を用いてバケネズミと戦ったことはある。
だが、それはほんの僅かな機会だし、呪力を適当に使えば簡単に吹き飛んで行く程度の相手だった。
それに対して、ミドナは黄昏の勇者と共に、数多の強大な敵を倒した経験がある。
トドメを刺したのは常にリンクだったが、彼女とて勇者の影で惰眠を貪っていたわけではない。
常に辺りを観察し、打開策を見出し、勇者に最適解を伝えていた。
加えて、ミドナは真理亜と一度戦っている。
ゆえにどう攻めてくるか、呪力をどう使って来るか、その対処法も見抜いていた。
(コイツ……力は厄介だが、戦い方に関してはそれほどでもないな。)
どんな戦いでも実力の有無は、長引けば長引くほど、そして回数が増えれば増えるほど如実になる。
最初の1度は持ち札の良さや幸運によって勝てたとしても、それが2度目3度目の勝利を保証することは無い。
相手が自分より実力があれば対処法が見抜かれ、戦闘経験が浅く、対応力が低い者の勝率が自ずと低くなる。
「惜しかったわね。私の心臓に当てられたら勝てたのに。」
「言われずとも、次はトドメを刺してやるよ。」
加えて、この場は影に包まれた世界。
ゼルダの加護によって光の世界を生きられるようになったミドナでも、影の世界の方が生きやすいのに変わりはない。
環境の後押しもあって、俄然彼女の有利になっていた。
ミドナは再び真理亜の周囲を飛び回り始める。
それに対して燃えるような赤髪の少女はザックを取り出し、新しい武器を出す。
かつてミドナの相棒リンクが使っていた、疾風のブーメランだ。
呪力を持つ少女は、持たざるバケネズミのように武器を使ったことは無い。
だが、風の精霊の加護を持ったブーメランは、誰でも使うことが出来る。
「そいつはワタシの仲間の武器だ。勝手に悪用するな。」
「そんなのこれを渡した奴らに言いなさいよ。」
清らかで、それでいて激しい風を纏ったブーメランがミドナに襲い掛かる。
確かに風を起こして攻撃するのだから、攻撃範囲は呪力より広い。
おまけに、呪力と共に使うことが出来る。
だが、ミドナはそのブーメランの動きは何度も見ている。
かつての持ち主ウークとの戦いで、その後リンクが何度も投げたのを見て。
疾風のブーメランは攪乱には役に立つが、殺傷力には欠ける。
おまけに武器の軌道もある程度推測が出来る以上は、さほど恐ろしいものではない…はずだった。
「これは!」
ミドナの近くを、燃える風が横切った。
真理亜が発火の呪力によって、疾風のブーメランが炎の竜巻を纏って飛んでくる。
図書館でファイアフラワーを使った時と同様、真理亜は支給品に呪力を流し込むことで、強化させた。
勿論そんな物を手で掴むことは出来ないが、戻って来る時に温度を下げてから掴む。
どんなものでも、吹き飛ばして、燃やして、壊して進む。
こんなものじゃない。
真理亜を、早季を縛っていた町の壁は、ミドナ1人とは比べ物にならないほど高くて厚かった。
こんな所で手こずっているわけにはいかない。
ミドナが炎と風の力を浴びたブーメランを躱したところで、真理亜が初めて動いた。
今まで呪力に頼り、その足を動かさずにいた彼女が、地面を蹴りミドナへと走る。
忘れるなかれ、この世界では呪力は大幅に制限されているが、獲物に近づけば近づくほど、その枷は無くなる。
相手が迫って来れば、後退するのは自明の理。
だというのに、ミドナはすぐに真理亜目掛けて猛然と突進した。
銃弾のように真っすぐ、神速の勢いで。
先程のように高さを変えるような工夫さえせず、呪力を浴びる前に攻撃を仕掛ける。
「コイツを食らいな!!」
再び呪具の手で形成した拳を、真理亜にぶつける。
ところが、食らう寸前にすぐ近くを呪力による爆発が起こった。
彼女が自分にもダメージを受けることを覚悟で、爆発を起こした。
両者吹き飛ばされ、痛み分けのまま、戦いは続く。
身体の痛みも無視して、立ち上がる。
「なあ、教えてくれないか。人を殺して、そんな風に自分まで傷付けて、何があるんだよ。何が得られるんだよ!?」
ミドナは光の世界に来てから知った。
あの世界には、リンクやゼルダのような、自身を挺してまで誰かを助けようとする人がいることを。
そんな彼らがいたから、ミドナも誰かのために戦おうとした。
だが、この秋月真理亜という少女は違った。
少なくとも、ミドナの目には違うように映った。
自分だけの未来のために、自分の身を挺して戦っている。たとえ彼女が早季のためと言っても、ミドナにはそう思えた。
「未来よ。全部壊して、早季が作るはずだった未来を作るのよ。」
「そのサキって奴が、本気でそんなものを望んでいるのかよ!!アンタはそいつに理想を押し付けてるだけじゃないのか?」
再び、炎の竜巻が飛んでくる。
死地を乗り越えてきたミドナにとって、一度見てしまえばその程度の武器などこけおどしに過ぎない。
疾風のブーメランの厄介な所は、風の力で対象を引き寄せてくるため、攻撃範囲が見た目より広い所だ。
だが、彼女はかつての持ち主が、その武器で何度も敵や黄金の虫を引き寄せていた所を見ている。
ゆえに、どのあたりまで避ければ、風の力を受けないか分かっている。
ブーメランがミドナの後方へ飛ぶと、すぐに真理亜に攻撃を仕掛ける。
しかし、突如隆起した地面に行く手を阻まれる。
間一髪で、土の槍に串刺しにされずに済んだが、上手く近付くことが出来ない。
「望んでいなくても、誰かがやるしか無かった。好きな人たちと、一緒にいたい。それ以上は何も望んでなんていない。ただ、生きていたいだけ。ただ、殺されたくないだけ。
そんな願いが罪になる世界なんて、私は認めない!!」
「そうかよ。でもそれは、人を殺さなきゃ作れない世界だったのか?姫さんをあんな風にしなきゃいけなかったのか?」
秋月真理亜が人を殺して
新世界の礎になるというのなら、ミドナは全力でそれを否定する。
それは影の世界を変えるという名目の下、自分や黄昏の世界の民を怪物に変えたザントと同じだから。
そして人を殺すことで造られた世界では、維持されるために人が間引かれ続けることになるから。
影の世界を征服したザントが、光の世界の人間まで殺したように。
「……そうよ。」
真理亜の赤い髪の下にある脳裏に、早季の屈託のない笑顔が浮かぶ。
短く返答するとすぐに、地面から針のように盛り上がった土塊の先を呪力でへし折り、ミドナへと飛ばした。
それをミドナは砕く。
「私は絶対に認めない!!ただ、呪力が少し弱いというだけで、大人たちに不安を与えるというだけで、殺されて忘れ去られる世界を、私は許さない!!」
もしも真理亜という少女が守や覚、他の対主催勢力と組み、ザントとデミーラを倒せたとする。
だが、その先にあるのは彼女が望む世界ではない。
彼女にとって一番大切な人は、帰ることは無く、周りからは忘れられてしまう。
一人で取り残され、希望もないまま生きる現実など、決して認めない。
願う以上は、自分が
新世界の礎になると決めた以上は、覚悟を決める。
その先にあるのが、ニセミノシロモドキから聞いた、血みどろの世界であろうと。
呪力という万能の道具で、真っ赤な縦糸と真っ黒な横糸を使って、歴史という布を編んでいく。
ミドナが再び真理亜の下に飛んで行こうとした時、先の折れた地面の塊が爆発した。
鋭い破片となった塊が、ミドナの視界を奪い、肌を傷つける。
続けざまに、銀のダーツが飛んでくる。
呪具の手をハエたたきのようにして、鋭い銀の矢を打ち払う。
今度は炎を纏った疾風のブーメランが来る。
「早季はそんな世界を変えてくれるはずだった!!でも、死んでしまった!!
だから、私が彼女の想いを継ぐしかない!!」
しかし、先程真理亜の呪力により掘り起こされた地面が、都合の良い防空壕の役目を果たした。
急いでその穴に飛び込み、炎の竜巻をやり過ごす。
先の連撃により、ミドナの身体に幾つか傷が出来る。だが、どの傷も彼女を止めるには遠く及ばない。
「アハハハハ! 何を言うかと思ったら……」
彼女の言葉と、弾幕の嵐を受けた影の女王は、高らかに笑った。
「アンタ、未来のためにとか言っておきながらさ。」
彼女のやったことの割りに、その心情があまりに幼かったから。
「誰よりも、過去に拘ってるじゃないか。」
戦の空気が静まり返った。
だが、一瞬の沈黙の後、ミドナは続ける。
「自分が生まれた世界は地獄でした。でもお友達が変えてくれるかもしれません。
けれどお友達が死んじゃいました。夢も希望もありません。
でも願いが叶うのなら、そのお友達の代わりになります。人を殺さなきゃいけない汚れ仕事だって引き受けます。」
まるで子供の口喧嘩。
だというのに、それは確実に真理亜の胸に刺さった。
ミドナは呪力が生まれた後の世界を知らない。
いや、知っていたら、余計にひどく笑い飛ばせていたかもしれない。
「世界とか友達とか、そんな風に過去に執着してるヤツが作る世界に、未来なんてあるワケ無いだろ。」
静かで、しかし気色の強い声で、彼女の全てを否定する。
どうでもいいとばかりに笑って切り捨てる。
「下らないわ。あなただって、あのゼルダって人の仇を取りたいから一人で残ったんでしょ。
それだって、過去に拘っているんじゃないの。」
突然、地面が爆ぜる。
地雷原を車が走ったかのように、何度も何度も。
だが、ミドナは真理亜の目線を読んで、ジグザグに飛行する形で全てを躱す。
ミドナがかつてハイリア湖でザントに嵌められた時、ゼルダのおかげで九死に一生を得た。
だからこそ、ハイラル中を回ってでもザントを倒し、彼女にその恩を返そうと考えていた。
「ああ、そうだよ。姫さんを殺した馬鹿なワタシの、ただの償いだ。償いでしかない。だからこの戦いで終わりだ。」
だが、その未来はやってこなかった。
彼女の恩人は目の前にいながら殺され、しかも1度ならず2度までも借りを作ることになってしまった。
近付いてきたところで、呪力で引き裂いてやろうと考えたが、そうは問屋が卸さなかった。
真理亜に近づいた所で、呪具の手が巨大化する。
それが地面を薙ぎ払う。
「くっ!」
自分自身を浮遊させ、その攻撃を躱す。
しかし、空を飛べるのは真理亜だけではない。
ミドナも空から相手を追いかける。
しかしその間、真理亜は呪力を使って敵を攻撃することは出来ない。
仕方がないので、疾風のブーメランを投げる。
だが、先程とは異なり、炎を纏っていない。
精々が彼女の飛行を阻害するぐらいだ。
殺傷力のない武器など、躱すほどもない。
おまけに物を投げる時は踏ん張りが必要だが、空中ではそれさえも出来ない以上は勢いも欠ける。
「オマエは、過去をどこまで引き摺っていくつもりなんだ?まさか未来の先の先まで持っていくつもりじゃないよな?」
「黙りなさい。なら早季を忘れることが美徳だっていうの?」
「美しいとかじゃない。アンタの願望を、感情を、他のヤツに押し付けることが駄目なんだ。」
彼女は知っている。
真理亜のように自分の力で無理を道理にしようとした者を。
聖なる力を巡って、大戦争を起こした力ある者達を。
そんなことをすれば、力で全てを手に入れようとして、影の世界に追いやられたミドナの祖先と変わらない。
それを知っているからこそ、力で全てをねじ伏せようとする者の気持ちは分かるが、決して肯定しない。
「まあ、簡単な話。そんなガキみたいな奴に、これ以上誰かを傷付けられてたまるかってことだよ!!」
真理亜が地面に降りる前に、呪具の手を振り回し、彼女を殴り飛ばす。
ミドナの意志は変わらない。
この殺し合いに乗ろうとする者を倒し、そしてザントやデミーラも倒し、元の世界の玉座に返り咲く。
ただ少しだけ、誰かに対する想いが変わっただけで、その根元が変わることは無い。
ほんの数刻前、偽りの神になろうとし、それでいてなお早季を引き摺る真理亜の意志とは比べものにならないほど硬い。
だが、真理亜の意志とて、ミドナより弱いからと言って、すぐに折れてしまう訳ではない。
この世界での戦いが、喪失が、彼女の意志を強くしてくれた。
それは意志を強くしたのではなく、彼女を引き返せぬ道に追いやっただけかもしれないが、少なくとも真理亜はそう思っていた。
真理亜は攻撃を受けてもなお、立ち上がり、呪力でミドナを攻撃しようとする。
ザックに手を突っ込み、最後の銀のダーツを投げる。
呪力を纏って投げてくることが分かっていても、厄介なのには変わりはない。
「させるかよ!!」
呪具の手を巨大化させ、地面を思いっ切り叩く。
いくら腕力に自信のあるレスラーやボクサーが地面を叩いても地震を起こすことが出来ないように、それで地面を揺らして攻撃するなど、土台無理な話だ。
「きゃっ!?」
しかし、地面が大きく揺れて、真理亜は尻もちをつく。
当然、銀のダーツは呪力の後押しを失い、へろへろとした軌道で地面に転がる。
その力のタネは、ミドナがマリオから奪った、ジシーンアタックのバッジだ。
何の因果か、同郷の覚に次いで、真理亜もまた同じ地震攻撃で苦しめられることになる。
「なんだ、中々使えるバッジじゃないか。ハイラルも売り出せばいいのにな。」
胸に付けた紫色のバッジをありがたがるミドナ。
ここへ来て、呪力をキャンセルし、それでいて遠距離から攻撃できる道具を使えたのはラッキーだった。
勝負が膠着した中、思い切って使ってみようと考えたのが、功を奏した。
さらに、度重なる戦いによって、ボロボロになった木が、真理亜に倒れ込んできた。
「!!」
慌てて呪力で持ち上げる。
既にボロボロに炭化して、体重を失っていたのが不幸中の幸いだった。
そのまま勢いよく、呪力で尖った木の幹をミドナへと投げる。
彼女は早季とは違い、戦術を練ることなどは出来ない。
ただ、敵相手に攻撃するのみだ。
ミドナは2発目のジシーンアタックを中断し、木で作られた槍を砕く。
砕いた後は、再び地震攻撃の動作に入る。
さっきの攻撃がまた来ると考えた真理亜は、口封じの矢をミドナ目掛けて投げる。
それを射る弓が無いので、ダーツのように投げるしかない。
だが、先のダーツよりも細い以上は、簡単にへし折ることが出来る。
呪具の手を振り回せば、予想通り簡単に弾き飛ばせる。
中にはミドナを掠めたものもあったが、勢いが弱い以上は到底致命傷にならない。
今度は空へと逃げようとするうちに、2度目のジシーンアタックを打とうとした。
だが、今度は地震が起こることは無かった。
先の一撃がティンパニと言うのなら、今度は精々が小太鼓。
ミドナは気づいていなかった。
先程の矢に、魔法を封じ込める力が含まれていたことを。
「クソッ……。」
一気に相手を追い詰める手札が失われたことで、ミドナは歯ぎしりする。
その隙にと、呪力でミドナを持ち上げる。
「!?」
途端に身の自由が利かなくなり、自分がどうなったかすぐに気づく。
「っ!?こ、小癪なっ!」
身を捩ろうとするが、身体が言うことを聞かない。
呪力で攻撃するには2種類の方法がある。
1つは銀のダーツや口封じの矢、疾風のブーメランを使った時のように、物を動かして敵にぶつける方法。
もう1つは、呪力を直接相手にぶつけ、そのダメージや炎などで殺す方法だ。
前者はともかく、後者は敵にとって極めて厄介な技である。
相手の視界にいる限り、どのような手を使っても身を守ることが出来ないからだ。
事実、秋月真理亜の世界では、如何なる呪力の達人も、呪力で『呪力そのもの』を無効化することは不可能だった。
そのまま、勢いよく地面に落とされる。
「がッ……。」
全身に衝撃が走った。
図書館の時とは異なり、地面が柔らかいのが幸いした。
だが、真理亜は再びミドナを呪力で引き上げる。
だが、おかしな方向から引力をかけられている中、ミドナはその手で印を結んだ。
彼女の両手に、黒い力が宿る。
かつて獣に姿を変え、城の地下に捕らわれたリンクの鎖を壊した時の物だ。
真理亜の目の前で風船のように何かが弾けた。
図書館でもこの技を真理亜相手に使ったが、その時は彼女はゼルダにかかりきりで、ミドナがその技を使う所を見ていなかったため、対処しきれなかった。
(やはりこの技、相手を殺すのには向いてないんだな……。)
相手をかく乱することは出来たが、鎖を割った時のようには行かなかった。
「やるわね。」
とはいえ、呪力の鎖から解放され、九死に一生を得たミドナ。
すぐに反撃の姿勢に入り、真理亜へと飛ぶ……のではなく、地面に落ちた道具を拾った。
先程の呪力を食らった際に、ミドナの近くに支給品の中身が転がり落ちていた。
その中から一つ、杖を手に取る。
「そらよっ!!」
先端に銀色の宝玉がついてある杖を振りかざす。
彼女の姿は、小柄ながらも民衆を導く女王のような気高さがあった。
その瞬間に杖が煌めいたと思ったら、突如暗雲が集まり、雷が落ちた。
「ぐ……何よそれ!!」
雷も呪力と同様に、防御することは難しい。避雷針など都合の良いものは生えていたりしない。
図書館での戦いで、使い魔から電撃を浴びておいて良かったと感じた。
もしそうでなければ、未知の痛みを受けて気を失ってもおかしくないから。
「あいにく、教えてやるヒマは無いんでね!」
再びミドナは杖を掲げる。
セシルの支給品であり、今彼女が使っている武器の名は、『サンダーロッド』。
使えば誰でも疑似的に雷魔法を唱えることが出来る。
彼女は図書館で首輪解除の手掛かりとなる本を読んでいた際に、この道具のことを偶然知った。
雷を落とすことの出来るマリオにとっては無用の長物だった杖を、ミドナはこうして使いこなすことが出来た。
この杖の利点として、魔力を持たざる者でも、魔力を封じられた者でも平等に雷を操ることが出来る。
その力こそ本物の雷撃魔法には及ばないが、まさに手に入れた全能の力に胡坐をかいている偽りの神に抗うのに、打ってつけの武器ではないか。
2発、3発と次々に天から雷が降り注ぐ。
呪力で自身を飛ばして、次々と躱していくが、反撃の糸口を掴めない。
炎や氷とは異なり、雷の厄介な所は吹き飛ばしたり、砕いたり出来ないことだ。
(何か……何かないの……!)
雷から逃げながら、ザックから支給品を取り出す。
だが、もう残りはラーの鏡しか残ってない。
秋月真理亜という14歳の少女の、この世界での物語の始まりとなった鏡だ。
「ならば!!」
真理亜はあろうことか、ラーの鏡だけ持って猛然とミドナ目掛けて走り始めた。
雷が身を掠め、身体に熱さと痺れが襲うも、気にしない。
呪力が強い力を発揮する近距離まで近づこうとすると、その前にミドナの呪具の手による攻撃が来る。
(これで十分……一瞬でも防げれば……!)
ミドナもその状況には、驚くしか無かった。
ラーの鏡を前面に押し出し、盾にする。
始まりのきっかけとなった道具を持って、終わりへと駆けていく。
その瞬間に、ありったけの呪力をミドナにぶつけようとした。
手札が切れた今、特攻という判断は正しい。
現に、ある事実を真理亜が知らなければ、確かに呪力がミドナを捕らえていた。
ミドナという少女が驚愕の表情を浮かべていたのは、真理亜が予想外な行動に出たからではない。
突き出された鏡の先に映っていたのが、自分の姿ではなく、呪いをかけられる前の姿だったからだ。
「え?」
それを真理亜はまだ知らない。
突然真っ黒な影に、ミドナが包まれる。
真の姿を取り戻した彼女のため、終わりと思われた戦いは、まだ始まりだったと知ることになる。
最終更新:2022年09月27日 18:42