ㅤ大好きな人たちと、一緒にいたい。それ以上は何も望んでなんていない。ただ、生きていたいだけ。ただ、殺されたくないだけ。その願いは、罪ですか?
ㅤ誰かを傷つけずとも。悪鬼となるつもりがなくとも。ただ、呪力が少し弱いというだけで、大人たちに不安を与えるというだけで、私たちはどうして死ななくてはならないのでしょう?
ㅤ私――秋月真理亜は独り、月明かりの下に立っていた。共に生きると決めた男はもういない。処分対象になっていつ殺されるかも分からない環境に身を置くことは自分から選んだはずなのに、いざ首輪を嵌められてそんな世界に降り立ってみれば、守が隣にいないというだけでこんなにも恐怖心が湧き上がってくる。私だって、守と同じ。繊細で弱くて、優しい……かどうかは分からないけれど、とても人なんて殺せない。
ㅤ名簿の書かれたトランプに伏し目がちに目をやる。人間の顔も、バケネズミ(人間以外)の顔も、描かれているものは様々。
「守っ……!ㅤ……と、早季と……えっと……覚……なのよね……?」
ㅤしかしそこには無視できない、大切な人たちの名前があった。写真を入手できなかったか、早季の写真は幼い頃のものに見える。また、覚の写真は前に会った時よりもかなり老けている。疑問は多少、無いわけではないが、しかしその名前と大まかな風貌、紛れもなく彼らであると断言できる。
ㅤ死にたくなんてない。それならばこの殺し合いに勝てば、生きて帰れるのかもしれない。そんな考えはいくらでも浮かんでくる。"処分"を免れるために生まれ故郷も両親も捨て去って、自然の中で生きることを決めた時のように、足枷となるものを切り捨てて生きる。それはきっと正しいのだろう。
ㅤだけどそのために切り捨てられるのは、幼い頃から控えめな私たちを先導し、引っ張ってきた覚であり。切なさも悲しみも共に分かち合ってきた恋人の守であり。そして私の大好きな親友、早季でもある。
ㅤ確かに死にたくなんてない。その気持ちに、嘘偽りなんてありはしない。でも、いつも隣にいてくれる人がいない世界でどう困難に立ち向かえばいいのだろう。いつか逢いたいと願う人を殺した私は、何を希望に生きていけばいいのだろう。大切なものを失いながら戦って、そうして勝ち残った私に残ったものは何も無い。それは果たして、希望と呼べるのだろうか。
(殺し合いなんて……嫌だよ……。)
ㅤ殺意や破壊衝動といったものを、真理亜は知らない。そういった類の感情を抱かぬよう思想教育を施されてきた。ましてや、親友や恋人を殺すなど、想像するだけで身の毛がよだつ。へたへたと、その場に倒れるように座り込んだ。
――ポトッ。
「ヒイッ……!」
ㅤその時、何かが落ちる音がした。唐突な物音に背筋が凍りつく感覚に襲われる。間もなくして、その音の正体が、自分のザックから何か支給品がこぼれ落ちた音だと気付く。
「鏡……?」
ㅤそれは美しい装飾が成された丸型の鏡だった。裏面には説明書きのようなものがセロテープ貼りで備え付けられている。
(わざわざ鏡に説明書……?)
ㅤ不思議な取り合わせだ。鏡など説明されるまでもなく用途は分かっている。もし鏡を用いる文化の無いバケネズミのスクィーラが招かれていることに真理亜が気付いていれば、連鎖的に説明書に疑問を持つことも無かったのかもしれない。しかしその疑問により一周まわって冷静になり、おそるおそる説明書に目を通す。
【ラーのかがみ】
『真実を映す鏡。』
ㅤ拍子抜けしてしまうほどに、あまりにも簡潔に纏められていた。そもそも鏡は真実を映すものではないのか。否、厳密には、鏡に映る像は実態に比べ左右対称であり、人は自分の顔を正しく観たことがない。では、そこを矯正すれば真実なのか?
ㅤ堂々巡り。ラーのかがみについての疑問は尽きない。鏡といえば、覚に見せてみれば呪力で形成できる鏡とどう違うのかを分析してもらえるかもしれないが、それは今すぐではない。今は何はともあれ試すのが早い。おそるおそる、鏡を覗き込む。
「…………。」
ㅤそこに映っていたのは、目じりに涙の痕が残った自分の顔。いつかの守と同じ、死への恐怖に怯えていて、頼りなくて――二度とこんな顔をさせたくないと思った彼と何も変わらない表情で自分が映っていた。
「うっ……!」
ㅤそして――何かが頭の中に流れ込んできた。
「わ……」
ㅤ1班にいたはずの少年、Xの存在。すでに、誰かを喪失しているという実感はあった。
「わた、し……」
ㅤだけど、少なくとも"彼"のことは喪失ではなかった。何を失ったかも覚えていない。辛いとか悲しいとかに先行して、その記憶を保持していないことへの恐怖があった。
ㅤましてや、"彼女"はなおさらだ。その痕跡とて辿れていなかったし、その存在を掴めていなかった。
「思い出した……!」
ㅤだから――これは紛れもなく喪失なのだ。
ㅤ感情が決壊し、涙がぽろぽろと零れ落ちていく。夜露に晒されたように、踏み締めた大地がしっとりと濡れていく。
「瞬……麗子……みんな……あっ……ああっ……!」
ㅤ無くしていた友達との思い出を、彼らを失った後で取り戻したのなら――それは今ここで起こった喪失と言って差し支えない。まだ殺し合いも動いていないその時から、真理亜は二人もの友人を亡くした。仮に、オルゴ・デミーラへの反逆に成功し、偶然に早季も覚も守も、誰も欠けることなくこの殺し合いを脱出できたとしても、すでにハッピーエンドは失われているのだ。他の皆が忘れており、誰とも共有できない悲しみを、独り一生抱えて生きていかなくてはならない。仮に皆がラーのかがみで2人のことを思い出したとすれば、今度は彼らの欠けた穴を埋めることのできないまま、蟠りの残った日々が待ち受けている。
ㅤそもそもの話、この世界から脱出しても、瞬と麗子が消された世界が無くなるわけじゃない。見つかれば、私と守も消される。早季や覚の記憶は再び操作され、いなかったことにされる。
「嫌ッ……そんなの……耐えられないッ!」
ㅤ八方塞がりだった。殺し合いなど関係無しに、すでに希望など潰えていた。
ㅤ最初は、6人。そこから1人ずつ脱落していき、今や4人。残った彼らの命も脅かされつつある。
「どうして……どうして私たちは……死ななくてはならないの……?」
ㅤ死に怯えることなどなく、大好きな人たちと一緒に過ごしたかった。それだけで良かったのだ。たったそれだけのことが叶わないのは、きっと生まれる世界を間違えたのだ。100万分の1の悪鬼でなくとも、少し世界に適合できないだけで間引かれなくてはならない。そんな世界だったからこそ、願いは叶わない。
「無理だよ。みんなを殺して生き残るなんてできない。守も……それに覚だって、耐えられるわけがない。」
ㅤ真理亜の世界の人間は、他害感情を抱かない。ボノボをなぞった愛情型社会を形成したことで、他害に結びつくストレスが生まれない環境で生きてきた。それはある意味では幸せなのかもしれないが、しかしその分、与えられるストレスには格段に弱い。
「でも――早季なら耐えられる。」
ㅤそれでも、早季だけは違った。
「早季なら、瞬や麗子の死を思い出したとしても、私たちが死んだとしても、その悲しみを乗り越えて前に進める。」
ㅤそれが、彼女を大好きなところで、同時に少し眩しくもあるところだ。彼女と一緒の道を歩もうとしたら、弱い私はきっと足を引っ張ってしまう。あの時、一緒に町を出ようと言いたかった。だけどそれを言ってしまったら、彼女と積み上げてきた何かが崩れ去ってしまう気がして、言えなかった。
「貴方ならきっと、いつか子供たちが死ななくていい町を作ってくれると思う。だから……」
ㅤああ、本当は。いつか彼女が作り上げたその町で、私も一緒に過ごしたい。やっとまた会えたねって、大好きな早季をもう一度、この腕の中に抱き締めたいんだ。
ㅤでも、駄目だよね。まだ方法は思い付けないけれど――私は人を殺すから。私なんかが貴方の町にいたら、皆の不安を高まらせて、子供を殺す世界に逆戻りさせてしまうから。
「私は早季を――優勝させる。」
ㅤそれは、残酷な願いを彼女に押し付けるということだ。私と覚と守の死から――そして瞬と麗子の喪失から立ち直って、私たちみたいな犠牲者を出さない町を作る決意をさせるということ。
ㅤ瞬と麗子のことを忘れていて、子供を守りたい動機の薄い彼女なら分からないけれど、彼らのことを思い出した上で、さらに私たちまで失った彼女なら、その決意は絶対に今よりもずっと固まる。きっと本懐をやり遂げてくれるに違いない。
ㅤ彼女にこんな役目を押し付けるのも、心が張り裂けそうなくらいに痛む。だけど、やらなくちゃいけないんだ。だってもう、瞬と麗子は死んでるから。あの日々はどうやったって帰って来ない。過去は決して変えられない。だから未来を作ることでしか、その悲しみを埋めることはできない。みんなの犠牲に意味はあったんだよって、そう思えなくちゃ生き残った人たちは報われないから。
「だから新世界を、貴方に託すね。」
ㅤどうやら、涙はしばらく止まってくれそうにもない。死ぬのが怖いのも、殺すのが怖いのも、何一つ変わっていない。友達の喪失も、心を締め付ける。
ㅤ何もかもが心を折りにかかってくる世界。それでも、早季のために戦ってみせると決めた。弱くとも、儚くとも、私なりの在り方でめいっぱい未来を探してみせる。
ㅤその生き様たるや――雪に咲く花の如し。
【B-6/草原/一日目 深夜】
【秋月真理亜@新世界より】
[状態]:健康
[装備]:
[道具]:基本支給品 ラーのかがみ@ドラゴンクエストⅦㅤエデンの戦士たちㅤランダム支給品0~2
[思考・状況]
基本行動方針:渡辺早季@新世界よりを優勝させる。
1.人間はどうやって殺そうか。
※4章後半で、守と共に神栖六十六町を脱出した後です
※ラーのかがみにより書き換えられた記憶を取り戻しています。
【ラーのかがみ@ドラゴンクエストⅦㅤエデンの戦士たち】
真理亜に支給された道具。モシャスの呪文などで姿を偽っている場合、真実の姿を暴く事が出来る。真理亜に植え付けられていた偽りの記憶も、真実のものに書き換えられた。
最終更新:2021年08月24日 02:08