伊東守は、空飛ぶスニーカーと化したミキタカの力を借りて、真理亜を探していた。
こんな速さで高い所から眺めていると、三半規管が狂いそうになる。
吐き気にも抗いながら、必死で地上を見渡していた。

そんな中、ミキタカがスニーカーの姿のまま声をかけてくる。

「あの展望台の上で一旦着地します。」
「はい。」

彼女がいるのは東側だとデマオンから聞いたが、どの辺りなのかは見当もつかない。
なので展望台を使って、戦いが起こってそうな場所を2人で調べることにした。

「ミキタカさん!きっとあそこです!!」

展望台のずっと向こうにある場所から、何かが光ったのが見えた。
守の記憶にないことだが、瞬の行方を知っている全人学級の生徒を見つけた時といい、彼は妙な所で勘が良い。
それに、彼がこの世界の清浄寺で、空を飛ぶシャークを見つけた時もそうだったが呪力を持つ者は得てして目が良い。
正確に言うと、目が悪い者は間引かれてきたので、目が良い者だけが生き残ったのだが。


「はい、では向かいましょう。守さん。決して無理はしないでください。危ないと思ったらすぐに逃げてください。」
「分かってます。」


『参加ナンバー♧3伊東守様、参加ナンバー♧10ですね。この度は展望台へお越しいただき、誠にありがとうございます。』

その時、展望台の上で電子音が響いた。
聞きなれない声に、守もミキタカも音の方向を向く。


『当システムは、放送ごとにこの戦いを有利に進める道具を、1度だけ提供することが出来ます。』

本当は早く真理亜の下へ向かいたくて仕方が無かったが、何か重要な道具が手に入ることを期待して、話を聞くことにした。



『今回お二人様が選ぶことが出来るのは、こちらのうちから一つ!

• 自分の命と引き換えに、敵を倒すことが出来るとっても優れたアクセサリー
• 他人のダメージと引き換えに、自分の命を守ることが出来るとても素晴らしい防具

どちらでございますか?どちらを選ぶか殺し合いをしてもかまいませんよ!』


守は迷わず、前者を選んだ。

「ちょ……守さん……。」

先程までの弱気な性格は何処へ行ったのやら。
そんな守の様子に、ミキタカも驚くしか無かった。

コトンと軽い音がして、守が選んだアクセサリーが床に落ちてくる。
彼はすぐにそれを拾い上げ、腕に付けると、走って行こうとした。
愛する人のために。
たとえ彼女が殺し合いに乗っていようと、助けるために。


あの時、真理亜は自分の手を握り、一緒に神栖66町から逃げようとしてくれた。
だから今度は彼女の手を掴むのだという想いで一杯だった。


「待って下さい。」


しかし、ミキタカが展望台の出口に立ちはだかる。

「ミキタカさん?」
「気が変わりました。私は守さんを行かせるわけにはいけません。」

すぐにミキタカは人の姿から、ロープのような細長い姿になり、守に絡み付く。
先程まで自分を連れて行ってくれたというのに、どういうことか。
苛立ち混じりに、無理矢理解こうとする。

「ちょ……真理亜が危ないんですよ!何をふざけているんですか!!」

必死で藻掻こうとするが、解けない。
呪力を使おうとしたら、迂闊に彼まで殺しかねない。


「あなたは死のうとしています。私はそんなことをしてほしくないし、カインさんにも顔向けできません。」
「やめて……ください……。」
「やめません。守さんの命の方が大切です。」


守は解こうとするが、ミキタカは頑なに離れようとしなかった。

「ごめんなさい……僕が……悪かったです。」

守は根負けした声を漏らした。

「僕…真理亜のことを考えすぎて、先が見えなくなってました……」


その言葉を聞いて、安堵したミキタカは拘束を解き、人間の姿に戻る。

「ありがとうございます、ミキタカさん。」
「いえいえ。私は守さんが真理亜さんを諦めろとは言ってません。
ただ、一匹で川を上ろうとするシャケのように独りよがりになるなと言いたかっただけです。」

仲間を失うなんてことはあってはならない。
それは同胞をすべて失ってしまったミキタカだからこそ、一層思うことだ。
初めて地球に来た時、ヌ・ミキタカゾ・ンシという宇宙人には、2人の友達になってくれた。
そのうち1人を失った時の気持ちを、もう味わいたくは無かった。


守も分かったかのように腕輪を外し、カバンに入れた。
分かってくれたようでミキタカも安堵する。

「あの……ミキタカさん。僕の支給品に、僕達を守るために使えそうな道具があるんです。それを出すまで少し待っていただけませんか?」
「勿論です。」


その時だった。
低い足音が聞こえてきたと思ったら、不意に、展望台の周りから、羊の大群が現れた。

(敵襲ですか!?)

新手のスタンド使いの力だと思ったミキタカは、すぐに靴に変身し、守と逃げようとした。
しかし、何故か思うように化けられない。
スニーカーをイメージして変身しようとするのに、何故か足を包める姿を形成できない。


彼はこの状態に既視感があった。
自分が苦手なサイレンの音を聞いている時だ。
この場にはサイレンの音など響いていない。だというのに、力を使うことが出来なかった。
そして襲ってくるのは、とてつもない眠気。
こんな所で眠ってどうするという意思も空しく、彼は意識を手放した。


「ごめんなさい……。」

眠りに落ちた彼を、守が申し訳なさそうな目で見降ろしていた。
先ほど伊東守は、支給品にあった『ねむれよいこよ』を使ったのだ。
ミキタカは、ついでに言うとカインも、伊東守という少年を勘違いしていた。
優しい性格があるが、優柔不断で、それ故に保護してやらねばならない相手だと。
だが、彼らは知らなかった。

命が危ないと判断すれば、雪が降る中、ソリとかんじきを使って1人で家出を決行するような、大胆な行動に出ることもあることを。
それもそのはず、彼もまた、神栖66町の未来を切り開くことになる渡辺早季や朝比奈覚と同じ班に、秘密裏に入れられた者なのだ。
世界の疑問を感じなくさせる暗示をはねのけ、現在と未来を繋ぐ鎖の一輪された少年なのだ。

いや、守でなくとも、子供と言うのは得てして突然思い切ったことをするものだ。
だからこそ常に近くに大人がおらねばいけないのだが、ミキタカはそれに気付けなかった。

彼が眠ったことを確認すると、すぐに展望台を降りて、真理亜がいそうな場所に向かう。
その手には、金色に光る腕輪が付けられていた。




真実を映し出す鏡から光が消えたと思ったら、そこには女王が立っていた。
真理亜はミドナが女王だということを知らない。
だというのに、女王だと思ってしまった。

「何だよ、何か言えよ。」

静かな声で、姿を変えたミドナはそう言った。
その姿は、小鬼のような姿をしていた先程とはまるで違っていた。
まず、先程の姿よりもずっと人の姿をしている。
炎のような色をした髪を肩まで伸ばしており、顔立ちは真理亜をしてなお、美しいと思わせるほど端正だった。
目鼻立ちはおおよそ日本人とは思えない。何分の一か異邦人の血が混ざった真理亜が見ても、そう感じさせた。
そしてモデルにも見劣りすることは無い、すらりとした体形。大き過ぎず小さすぎることもない胸。
黒いローブから見せる肌の青白さは、人間のそれではないが、それでも人を魅了してしまう美貌を持っていた。

「あまりの美しさに、声も出ないってか?」

ミドナがザントに呪いをかけられ、影の世界を追放された女王だということを真理亜は知らない。
だがその姿は、誰でも魅了してしまう美しいだけではなく、衝動的に跪きたくなるほどの気高さがあった。


「ま、アンタはここへ来てとんでもない失敗をしてしまったみたいだな。」


彼女のルビーのような瞳を見て、得も言われぬ恐怖を真理亜は感じた。
すぐに逃げ出したくなり、そんな自分の心が嫌いになった。


(怖がってなんかいられるか!!)

呪力でナイフを作り出し、女王の胸を一突きにしようとする。
真理亜はやがて、ミドナのような玉座に居座っている者を殺して、新世界を作らねばならない。
相手が女王だろうが女神だろうが、今さら背を向けて逃げることは出来ない。
その力の厄介さは、真の姿を取り戻したミドナも知っているはずだ。
だが、全く慌てることもなく、指をパチンと鳴らした。

2人の間を、真っ黒で巨大な手が割って入る。
それはミドナが影の魔力で作りだした、ガーディアンのような物だ。
彼女の王国では『スフィアマスター』と呼ばれ、重要人物の護衛や奢侈品の盗難防止にも使われていた。
呪力の力を浴び、黒い手は光を失い、だらんと垂れ下がる。
だが、もう一度指を鳴らすと、第二の手が現れた。


その手はハエたたきのように、真理亜を撃ち飛ばした。
全身に痛みが走る中、呪力の対象を自身に変え、地面に叩きつけられるのだけは回避した。


「姿が変わったくらいで……勝てると思わないで!!」

それは、真の女王の前では空元気に過ぎなかった。
地面に転がっていた疾風のブーメランを拾い上げ、投げてから呪力で発火させる。
だが、女王を守る手は、芭蕉扇のように扇ぐことで火を消し、風を吹き飛ばしてしまう。


接近戦は不利だと考えた真理亜は、2体のスフィアマスターが相手をしているうちに、さらに後退する。
接近戦では間違いなく勝てないので、どうにか距離を取りながら反撃のチャンスを伺おうとしていた。
だが、その判断でさえ、女王の前では間違いだった。


ミドナが雷の杖を掲げ、天を仰ぐ。
途端に空に黒い穴が現れ、瓦礫や倒れた木が吸い込まれていく。
影の者の中でも、格別魔力に優れた者は、ポータルという黒い穴を空中に開け、刺客の派遣や物品の運搬、あるいは自身の移動にと使っていた。
魔力が奪われていた時は、ミドナは既存のポータルを使って移動や運搬をすることしか出来なかった。
だが、魔力と姿を取り戻した今、ポータルを作ることも可能になった。
すぐに瓦礫や小石、倒れた木が、さらにはサンダーロッドによる雷まで、真理亜の付近に雨あられと降り注いだ。
もはやこの世の物とは思えぬ光景だった。
誰の敵にも味方にもならなかった重力が、突然ミドナの味方になり、真理亜の敵になった。
そうとでも言わなければ示しがつかない状況だった。


かつて真理亜は神栖66町から逃げ出した守を追いかけた時、早季と協力して呪力の天蓋を作って雪崩からその身を守った。
あの時のように、屋根をイメージして飛来物を防ぐ。
だが、余りに振って来るものが多すぎて、全ては防ぎきれない。


(負けられない……あんたなんかに!!)

呪力で身を守ることを諦め、地面に転がっていた銀のダーツを握り締め、災害の嵐の中を突っ走る。
降り注ぐ石が痣を作り、尖った枯れ枝が刺し傷を増やした。彼女のすぐ近くを雷が落ちる。
だが、如何なる災害が立ちはだかろうと、止まることは無く、死地を疾走する。
遠距離で熟慮しながら戦う時間は無い。
空へ向かって、呪力の混ざった銀のダーツを投擲する。


天へと飛んで行ったダーツは、呪力の力で方向転換して、ミドナの背後から刺さろうとする。
だが、そんな子供だましの攻撃で討たれるほど、黄昏の姫は甘くない。
スフィアマスターを召喚し、簡単に握り締める。
そしてもう1体、正確にはもう1手を真理亜目掛けて飛ばす。
呪力を銀のダーツに向けたため、今の真理亜は呪力を使ってこない。


だが、2体目のスフィアマスターが突然爆ぜた。
彼女が呪力を銀のダーツに込めたのは、方向転換の一瞬だけ。
後は自由落下に任せ、呪力を正面から向かってくる巨大な手に目掛けて撃った。


そのまますぐに傷だらけの少女は、女王の下に走る。
呪力に頼り切っていたため、それを使わない激しい運動が不得意な彼女の足は、とっくに限界を迎えている。
だが、そんなことは関係ない。


痛む足を無視して、超至近距離まで走った。
モイを殺した時、ゼルダを殺した時のように、この世界で呪力が一番力を発揮する場所まで走った。
あと1歩。もう邪魔をする者はいない。
彼女の視界にはもはやミドナしか捉えていない。


それゆえ、彼女は地面からの攻撃に気付かなかった。
突如地面がミドナを中心に真っ黒に染まり、そこから黒いエネルギーが間欠泉のように迸った。

「ワタシに気がかりで、足元に気付かなかったみたいだな。」


遠距離で戦おうと、近距離で戦おうと、全ては黄昏の姫君の手の中だった。
魔力の奔流に吹き飛ばされ、背中を強かに打ち据える。
立ち上がろうとすると、さらに痛みが強くなった。

「まだよ……。」

視界がぼやける。
真理亜の脳裏には、『家路』が何故か流れて来た。
呪力が生まれる前の時代の、ドヴォルザークという作曲家が作った、交響曲第9番「新世界より」第2楽章のメロディ。


遠き山に日は落ちて
星は空を散りばめぬ
きょうのわざをなしおえて
心軽くやすらえば
かぜはすずしこの夕べ
いざや楽しまどいせん
まどいせん



彼女の町では、1日の終わりを告げる曲だ。
そして秋月真理亜の命という名の日も、沈もうとしていた。
余ったトニオの料理で、回復する時間も与えてくれそうにない。


度重なる呪力の乱用と、そして何人も人を殺したという事実。
肉体的にも、精神的にも、最早彼女は限界だった。
刻一刻と、命のカウントダウンが迫って来る。


やみに燃えし かがり火は
ほのお今は 鎮まりぬ
眠れ安く いこえよと
さそうごとく 消えゆけば
安き御手(みて)に 守られて
いざや 楽しき 夢を見ん
夢を見ん


しかし手札は全て使ってしまい、助けてくれる者もいない。
真理亜の世界で、悪鬼は幾度にもわたって現れたが、共通していることがある。
それは、いずれも手を差し伸べられずに、その最期を迎えたということだ。

伝承歌に現れた悪鬼は、手を差し伸べられずに橋から転落死し
真理亜の時代から百数年前に町を半壊させた悪鬼は毒を飲まされて独りで苦しんで死に
そして彼女の未来に現れる悪鬼は、人類の敵として独り苦しみながら死した。


「★※α$▲K”Aアア“ア!!!」

2人だけの荒野に、人間とも怪物とも覚束ない声が響いた。
それでも、攻撃の手を止めようとはしなかった。
真理亜は苛立ちとも、悲しみとも聞き取れる叫び声を上げ、迫って来る。


「アンタは独りよがりだ。少しでも周りを見れば良かったんだよ。」


そんな真理亜を、ミドナは哀れに思えた。
けれど、許してやろうとは思わなかった。
あの時差し伸べられたゼルダの手を払った時点で、もう許されることは無い。
悪鬼が人へ戻る機会はとうに失われていた。


「だから、これで終わりだ。」

2体のスフィアマスターが、手刀の形になる。
ここまでボロボロになってなお、1体目を呪力で弾き飛ばす。
だが、その後ろに構えていた2体目には耐えきれない。
黄昏の姫君の一撃が、悪鬼を貫いた。





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最終更新:2022年09月27日 14:40