生まれて死ぬまで道具としての役目を全うしたい、なんて思わない。

 例え摘まれても、その手を爛れさせる毒でありたい。

 自分には無いものを持っているから、それだけの理由で誇りまで奪われてたまるか。







(さてさて……私が放った刺客は動いているようだな…)

スクィーラは地上の様子を、音だけを聞いて伺っていた。
ここからはスパイ衛星を使えない。
衛星の煙・出所から穴の位置を探られると致命的だからだ。

そんな物を使わなくても、ドンドンという地団駄を踏む音、叫び声、爆発などが、戦況を物語っている。

自分がクッパに持たせた置き土産は、いつ壊れるのか。
そしてクッパは、どれだけ参加者を倒すのか。
結果はどうであろうと構わない。あくまで、自分に注意を向けさせないために使う道具だからだ。
クッパごとまとめて爆発でドカンと吹き飛ばせばいい。


早速地面を下へ下へと掘り進める。
土中はバケネズミの得意とするステージ。
戦争とは、いかに自分の得意な分野を前面に押し出して戦い、いかに相手に苦手な分野を押し付けるかだ。
人間よりもバケネズミが得意なステージがあるなら、そこを選ばぬわけにはいかないだろう。


いくらか下へ掘った後、ザックから道具を出す。
バロン城で襲って来た少年が使っていた、通り抜けフープだ。
これを使い、地中に即席のトンネルを作り上げる。


頭上で、ドスンドスンという音が聞こえる。
地上での戦いが原因の落盤に気を配るために、地面は深めに掘っておいた。
ニトロハニーシロップの爆発に関しては問題ない。
説明書に会った通り、「列車でも吹き飛ばせるほどの爆発」ならば、地中が多少深くても問題はないはず。
仮に爆風が届かなくても、戦場にいる奴らは全員生き埋めだ。


ここへいても叫び声が聞こえるほど、クッパは良く働いているなと思ってしまった。
そんな中、ふとどうでもいいことを考える。
クッパは、Kのマークのカードに載っている人物には思えぬほど壊れていたが、今考えてみればキングの役割を果たしているなと。
王の素質は、能力の高さだけでは決まらない。
それは、多くの愚鈍な人物が王になれた歴史が証明してくれる。
王の強さは、王であることも含まれる。
王という大きな象徴が目立つことで、その影に隠れて、安全に事を為せる者がいる。
即ち、王(クッパ)が目立つ立ち回りをしてくれるおかげで、部下である将軍(スクィーラ)が裏で行動をできるということだ。


通り抜けフープの通路は真っすぐだが、その途中で横穴を掘っておく。
こういうルートとは、得てしてジグザグに掘っておいた方が、何処にいるか分かりにくい。
何度か方向転換をした後、頭上からの音が特に大きい場所を探る。

(この辺りか……)


頭上からの音が特に聞こえる場所、即ち表の戦争の真っただ中を、爆弾を作動させる場所に決める。
勿論、まだ事を為すわけにはいかない。
脱出経路の用意まで必要だ。
スクィーラは再び、別の方向にトンネルを掘り続ける。
今度は通り抜けフープに頼らず、別の方向へと穴を掘る。
今回ばかりは、仕事は早ければ早いほどいい、という訳ではない。
戦いが激しくなればなるだけ、集まって来る者も増えるはずだし、他のことに使うリソースが無くなる。
むしろ、手堅く脱出経路を確保しておく方が大事だ。


舞台裏での計画の実現は、表での戦争の間に知らぬ間に進められている。
別におかしな話ではない。
ただの無能で不細工な『人間』が、天性の力を持った人間や、魔王や、怪物を倒していくありふれた話だ。




川尻早人は、ずっと彼を誘っていたのだ。
自分が隙を見せれば、きっと自分を殺そうとしてくると。
そしてその瞬間が明るみに出れば、吉良を味方だと信じている者達も、彼のやっていることが間違いだと分かると考えていた。



「こ、こんなはずでは……。」

吉良は全身を震わせている。
1人1人はどうにか出来ても、4人も目の前にいれば勝つのは難しい。
例え逃げ切ったとしても、自分は悪人の汚名を着せられ、この殺し合いでずっと追われ続けることになる。
そんなことは御免だ。


「知らなかったのか?正義の心は繋がるんだ。お前に味方する運命なんかで、お前がたまたま手に入れた力なんかで、断ち切られてたまるか!!」
「………!!」

(「追いつめられた時」こそ……冷静に物事に対処し『チャンス』をものにするのだ……この吉良吉影いつだってそうやって来たのだ……今まで乗り越えられなかった物事(トラブル)など………一度だってないのだ!)

4人に囲まれ、おまけに銃口と矢を突き付けられながらも、吉良は最善策を考え続ける。
彼の恐ろしさは、追い詰められてからにある。
彼が求めているのは、世界の統治権でも巨万の富でも、決して忘れられることの無い名声でもない。
自分の捨てられることの無い性を持ちつつも、平穏に生きる、ただそれだけなのだ。
問題は、彼の「それだけ」に対する執着心が並々ではないことだ。


(落ち着け……私は無敵のスタンドを持っていた空条承太郎からも、大魔王からも逃げられた!!この場からでも逃げ出してみせるぞ!!)

そして、運命はまたも彼に味方した。


「ローザ!!!くたばれええええええええ!!!」


クッパの怒声を聞いている状況で、吉良だけは冷静だった。
包囲網が解けた瞬間を見計らって、いち早く吉良は戦場の外へと走る。


ローザ達は、クッパに限られた集中力を注ぐしか無かった。
殺人鬼とはいえ、170かそこらの人間の域を出ない相手と、人間よりはるかに大きいクッパならば、仕方のない事だろう。

「待て!逃げ……」
「危ない!!」

早人だけは逃げた吉良にも注意を向けていたが、その先の行動に移すことは出来なかった。
目の前ででっかいトゲトゲのカメが炎を吐き散らしながら、先端に鉄球が付いた鎖をぶんぶん振り回しているのだ。
そっちに意識を向けるなという方が難しい話だろう。


ローザが矢を撃ち、クリスチーヌが鉄球の範囲外から頭突きで攻撃する。
だが、矢は全て鉄球で砕かれ、頭突きは命中はしたが芳しい威力を発揮していない。
クッパは彼女らとは比べ物にならないほど強力な魔法を使うデマオンと戦って、それでもなお倒れなかったのだ。
サポートが主流のクリスチーヌとローザでは、到底彼を倒すことなど無理だろう。


「ウガーーーーーー!!!」


クッパの口腔が大きく開き、灼熱の炎の息が吐きだされる。
当たれば、4人まとめて丸焼きだ。


「シェル!!」


ローザが咄嗟に放った結界魔法が、全員を守った。
緑色の貝の形をした魔法の盾が、炎の熱を遮断する。


「あちちちちちち!!守れてないよ!!」

だが、彼女のシェルはあくまでダメージ軽減。
一撃で焼き殺されることは無くなったが、生身の人間ののび太には確実にダメージを与える。


「ケアルガ!!」


のび太の身を案じたローザが、全体回復魔法をかける。


「レビテト!」

さらに燃えている草を踏まないように、浮遊魔法を唱える。
だが、白魔法を使っている間は、攻撃も回避も出来ない。
そしてクッパは、彼女が魔法を唱えている間に、真っすぐ突撃して来る。
クリスチーヌの頭突きだけでは、到底止められない。


「ローザ!ゆるさん!!わがはいをこけにした!!」

彼の爪が、ローザを引き裂こうとする瞬間。
まさかの目の前に出たのは、川尻早人だった。

「ええ!?」
「邪魔だああああ!!!」


当たり前の話だが、爪のたった一撃で破壊される。

「うそ……。」
「あれは…スケープドールね!」

クリスチーヌも唖然としたが、ローザだけは早人が殺されていないとすぐに分かった。
飛び散ったのは、明らかに人体を構成するものではなく、人形を構成するものだったから。
そして、人形はすぐ消えた。
彼がデマオンからもらったのは、「スケープドール」。一時的に囮を作り、回避率を上げるアイテムだ。
ローザの世界にあった道具なので、彼女だけがすぐに認識できた。


「ブリンク!!」

早人の人形が壊れた際に、稼げた時間を使い、ローザはさらに魔法を使う。
彼女らの幻影がクッパの前に現れる。


「ガアアアアアアアアアアアアアアア!!!」


しかし、クッパは鉄球を振り増し続ける。
周りの小石が砕け、小さいクレーターがいくつも出来ている。
幻影魔法の弱点は、範囲の広い攻撃だ。
いくら回避能力を上げても、真っすぐに1ミリの隙間なく迫って来る壁を躱せないのと同じである。
誰しも吉良を追いたい気持ちはあったが、クッパのせいでそのようにも行かない。
迂闊に役目を放棄すれば、それだけでクッパという怪物に押し切られてしまいそうだからだ。


「岩よ。雷となり、無能なカメを打ち砕け!!」

後ろから追いかけるデマオンの魔法が、クッパを襲う。
だが、振り回される鉄球によって、岩は砕かれてしまった。
多対一でも手に余る怪物に加え、どこから出てくるか分からないスクィーラの攻撃にも警戒しなければならない。

「ガアアアアアア!!」
「効くかあ!!」

クッパの突進を、デマオンが魔法の突風で打ち飛ばす。

「地球人共!奴から離れろ!!」

デマオンの命令に従い、のび太たちはクッパから離れる。
そしてデマオンはクッパを吹き飛ばそうと、強風を放つ。
これで彼が炎を吐いても、逆方向に飛んで行くため、脅威にはならない。
鉄球を投げて来ても、風の影響でコントロールが乱れ、当たることは無くなるだろう。
しかし、彼は風属性最強のバギクロスでさえ倒すことが出来なかった相手だ。
攻撃を止めることが出来ても、倒すことは出来ない。


「デマオンさん!」

魔王の背後から、早人の声が聞こえる。
誰でもマントの奥に隠れたのだと察しが付く。


「分かっておる!あの嘗め腐ったエセ紳士の地球人も、きさまが言うネズミのことも忘れた訳ではない!
しかしこのカメをどうにかせねば……」


現在、クッパと互角以上に戦えるのはデマオンだけ。
のび太や早人は論外。覚は気絶している。
ローザやクリスチーヌも戦闘経験は豊富だが、サポートを得意とするタイプだ。
ここで彼が離脱すれば、たちどころに戦線は崩壊してしまう。


「……なんで、お前が人を助けているんだ……。」

それは、初めてデマオンに近づいたのび太がつぶやいた台詞だった。
その声は騒がしい中でもはっきり聞こえた。
そして、悲しみや怒り、驚愕など様々な感情が含まれているように聞こえた。
一度はただの偶然、しかし、ここまで重なると認めざるを得なくなってしまう。
魔王が自分を助けたのだという、あり得ないような事実を。あり得てはならない事実を。


朝比奈覚からは、デマオンは殺し合いに乗っていないのではないかと言われた。
その仮説を裏付ける証拠があっても、信じたくは無かった。
彼の陣営にいた早人を守ったのだって、デマオンとは関係ない。
吉良吉影という大人が、自分と同じくらいの子供に暴行を加えているのが見ていられなかったから。
そんな自分の心情に従っただけだ。
覚の説が真ならば、自分がやろうとしてきたことが、ドラえもんや美夜子や満月博士の死が、無駄になってしまうような気がしたから。


「地球人と言うのは理由を知らねば何も出来んのか?」
「違う……。理由を知りたい訳じゃない。」


目の前の事実と自分が信じていたこと、2つの矛盾にのび太は立ち止まる。
デマオンは殺し合いに乗るだろう。そしてそれを止め、彼を倒すのが自分の役目だと思っていた。
しかし、彼の力が無ければ、今まででクッパに2度は殺されている。


「立てよ!火柱!!」


デマオンがクッパを焼き払おうとする。
だが、クッパはそのダメージを無視してローザに突進してくる。
このような攻撃に対して、弓矢と言うのは不利なものだ。
遠くの敵は射殺すことが出来ても、相手が何も考えずに突進してこられれば、かなり面倒になる。
のび太も彼女らを助けようとするが、思うように攻撃が出来ない。
大魔王の城にいた時に確認した時の銃弾は残り3発。
デマオンに発砲して溶かされ、そして吉良に牽制の為に撃って2発消費している。
従って、銃弾は残り1発で、替えの弾丸もない。
そんな中、のび太はもう1つ自分にもできたことを思いついた。

「チンカラ・ホイ!!」
「おわ!?」


魔法の世界に来た時に、しずかちゃんから教わった物体浮遊術を、クッパに使った。
他にも魔法らしきものを使っている参加者が多いことから、自分も少しは魔法を使えるのではないか。思い切ってやってみた。


「それでよいのだ。」

デマオンものび太の活躍を認める。
元とはいえ、自分を倒した地球人の一人だ。彼の根性は、同胞でなくても評価するに値する。

「言っておくけど、僕は君の為に戦うんじゃない。ただあの亀の怪物を倒さないといけないと思っただけだ。」


それに、魔王は自分だけではなく覚も救った。
到底認めたいことではないが、それは認めている。


のび太の放った、初歩の魔法は、途轍もなく弱い一撃だったが、確実にクッパには効いた。
クッパが理性を無くし、獣のように攻撃しか出来ないからこそ、成功したのだ。
物体浮遊術を覚えたての彼では、動かすことが出来るのは精々がスカートだが、そのわずかな力がクッパの足元を崩した。


「させないわよ!」


その隙を見たクリスチーヌが、得意の頭突きをクッパの顔面に見舞う。
決定打には程遠い一撃だが、彼の攻撃がローザに当たることを防げた。


「クッパよね?あなたどうしちゃったのよ!!」


戦っているメンバーの中で、唯一クッパと面識のあるクリスチーヌが問う。
確かにピーチ姫を何度も攫った大魔王だということは聞いているし、敵対関係を築くかもしれないとは思っていた。
だが、いくらなんでも今のクッパは様子がおかしい。
確かに見た目は悪い人の話を聞かないし周りを見ないのも相変わらずだが、女性に対して積極的に暴行を働いたりはしないはずだ。


「うるさい!!」
「きゃあっ!!」

クッパは怒りのあまり、右手でクリスチーヌを殴り飛ばす。
覚えていない。全てを失ったクッパは、彼女と戦ったことも、生涯のライバルも、最早いないのだ。
今の彼は、クッパの姿をした何かと考えた方が良い。


そのままクリスチーヌは地面に叩きつけられそうになるも、デマオンの念力魔法で事なきを得た。

「クリスチーヌか。息災なようで何よりだ。」
「ありがとうございます。助かりました。」


デマオンという大魔王はクリスチーヌにとっては、図書館で共に集まり、共に戦おうとした仲間だ。
一時は別れてしまったが、大魔王だったとしても再会を喜ぶ。


「奴を説得しようとするな。出来るならば他の地球人共がとっくにしておるわ。」
「デマオンさん!やめて!!」

魔王の衣の奥から早人の声が聞こえる。
だが、そんな声も無視して、魔王はクッパに魔法を放つ。


「プロテス!!」

ローザも同様に、クッパの攻撃から身を護る魔法を唱える。


(くそ……俺も、誰かと戦うべきなのに……)

そんな状況で、一番自分の不甲斐なさを感じたのは、気絶から目を覚ました朝比奈覚だった。
彼はまだ、デマオン達とクッパから離れた場所で、膝を付いている。
戦おうにも、クッパの突撃を受けた影響か立ち上がることが出来ず、疲労が取れないゆえに、呪力も大したものが使えない。
結果、みすみす戦いを遠目で見ることしか出来なかった。
自分こそがスクィーラのことを知っているというのに、彼がどこにいるか探しに行くことも出来ず、吉良を追うことも、クッパとの戦いに参戦することも出来ない。


(まだ頭だけは回る……奴がどうするか、見当をつけるだけでも……!!)


そんな中、朝比奈覚は思い出した。
スクィーラが、神栖66町の人間を一ヶ所に誘導させ、何を行ったか。


「下だ!!!!!!逃げろお!!!!!!!」

そう叫びながらも、彼の言葉を聞いてくれる者はいなかった。





(7人……いや、8人か?思ったより少ないが、札を切るときか………)


ここへ居ても、バケネズミの耳に響く声や、振動の回数から、人数を考える。
遥か深くの地中。地上の者が喧嘩に真っ最中な間。
スクィーラは脱出経路を掘削し終え、ザックからはニトロハニーシロップが入ったカバンを取り出した。
勿論、金粉と貝殻のピアスも忘れてはいない。




地獄が始まるまで、あと少し。




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最終更新:2023年01月08日 10:29