わたしは、狂信者。

 どれだけ蹴落とされても、どれだけ地に這いつくばっても、それでも光を信じてた。

 その陽だまりこそが帰る場所であると根拠もなく信じ込んで、そしてその望郷こそが、前に進む活力となってくれた。

 けれど、その先に待っていたのは、偽りの太陽で――その花はまるで異形のごとく醜く、歪んでしまった。





――デマオンさん、頼みがあるんだ。
――なんだ。
――この戦い、きっと遠くから勝利を狙おうとする相手がいるはずだ。
――だからなんだというのだ。
――そいつは僕が追い詰める。だから、デマオンさんは僕が近くにいることにしてくれ。
――わしに囮になれと?地球人どころか我が同胞にさえ、そんな頼みをする者はいなかったわ。



他の誰もがクッパに掛かり切りな中、川尻早人だけは違っていた。
彼一人、命がけの作戦を実行しようとしていた。


(やっぱり……あいつはきっとここにいる……)


場所は、戦場より下。
地上とは対照的な、ひんやりと湿った空気に満ちている。
奇妙なフープによって、トンネルのように作られている。
そして、その先から妙に甘い匂いが漂ってきている。
甘い匂いと言っても、ケーキやクッキー、果物を連想するような、食欲をそそる香りではない。
もっとこう、理科の実験で手で扇いで嗅ぐことで有名な化学薬品を彷彿とさせる、人工的な臭いだ。
それが、土とは関係ない何かが出す臭いだとはすぐに分かった。


真っ暗だが、支給品にあった灯りを使い、先に進んでいく。
彼がこの場所を発見したのは、ただの偶然ではない。
いち早く戦場から離れ、安全地帯まで避難するとすぐに、ザックに入っていた『こびとパン』を食した。
それは空腹を満たす為ではない。辺りを伺うためだ。
こびとパンを食べれば一時的に幽体離脱し、肉体が隙だらけになる。
その代わりに辺り一帯を上空から見渡すことが出来る。
辺りの地形を探るには役に立つが、こんなものを戦いの真っ最中に食べるなど、ただの自殺行為だ。
だが、どういうわけかクッパがローザばかり攻撃していたため、ある程度自由に行動出来た。


戦場はあちらこちらがクレーターだらけになっていた。
だが、一つだけ奇妙なものを発見した。
それは、何かの底が見えない穴だった。

もしかするとスクィーラはあの場所から攻撃を仕掛けてくるのではないか。
それを考えた早人は、いち早く戦場を抜け出し、舞台裏へと急いだ。


早人は予想していたことだが、スクィーラは戦闘能力はさほどでもない。
彼の戦術を見たのは一瞬だけだったが、基本はクッパに頼りきりであったため、そうだと考えた。
背も小学生の自分より低く、それらしい武器を持っていない文官寄り、頭脳戦よりの相手ではないかと。


勿論、何の能力も持たない自分が素手で殺すのは難しい相手なのは承知している。
そのために、この戦いが始まる前、デマオンから小型拳銃を承っていた。


――もしもきさまが、キラかそのネズミを殺さねばならなくなったら、これを使え。わしには魔法があるからこんな鉄くずは必要ない。

しかし、吉良に銃が効かないのは分かっている。
例え撃ったとしたも、スタンドに弾かれるか外して終わるかのどちらかだ。
寺で彼を追い詰めようとした時は、ろくに使うことも出来ず、爆弾スタンドによってあっさり壊されてしまった。
なので、自分は予想していた。
今、この先にいる相手に使うのだと。


冷たく湿った空気が漂う通路だというのに、汗は止め処なく出ていた。
この先にいるのは、間違いなく今回の騒動の大元だからだ。
息を殺し、足音を立てないように意識して、先の見えない通路を走る。

何度も角を曲がっている内に、彼は心の内で祈った。
上で戦っている人たちを守れますようにと。
僕に誰かを守れる力をくださいと。



「ひゃあっ!?」


その声は、ヤンとシャークを殺し、理を越えた怪物たちが跋扈する殺し合いで優勝しようとする者とは思えぬ声だった。
ましてや、このような小物もいい所な口調の主が、漁夫の利を得ようと考えているなど。


「動くな!!」

早人はデマオンから譲り受けた銃を、スクィーラに向ける。


「ど、どうやってここが分かったんだ……それに……。」

バケネズミの将軍は、天井を見る。
そこから耳をすませば、早人の声が聞こえていた。


「ああ、やっぱり音を頼りにしていたんだな。」


川尻早人は、デマオンの服に仕込ませておいた。
自分の声を色々と録音させたひそひ草を。
そして、クッパが早人のスケープドールを攻撃していた辺りで、行動に出ていた。
草原を疾走した時の足音は、ローザのレビテトがかかっていたため、鳴ることは無い。
そして、バケネズミ特有の嗅覚の鋭さも、ニトロハニーシロップのきつい匂いのせいで、上手く反応しなかった。


(落ち着け……この人間の子供は、あいつらのように呪力が使える訳じゃない……)


場所を探られたことで、一瞬驚いたスクィーラだが、徐々に冷静さを取り戻していく。
銃を構えていることから、目の前の敵はさして恐ろしい敵でもないようだし、おまけに一人だ。
たった一騎敵陣に突っ込んでくる歩兵など、どうにでもすることが出来る。


「聞きたいことがあるんだ。」
「は?」


拳銃を突き付けておいて、手始めにしたことは質問だった。
いや、状況からして詰問か尋問と言った方が正確かもしれないが。
こんな時に何を聞こうというんだ、と困惑を覚えたスクィーラが、まあいいとも思った。
どうやらやってきたのはこの少年一人だけのようである。
勝利はまだ彼の手の内にあるし、今こうしている間に地上での争いが激化し、爆弾に巻き込まれてくれる者が増えるかもしれないから。


「なぜあんなことをして、ヤンさんやシャークさんを殺した。」


スクィーラは殺し合いに乗り、人を何人も殺した悪だ。
そんなことは身近で吉良吉影という殺人鬼を見た早人にも分かっている。
彼が殺し合いに乗った理由を知りたいのだ。
そして理由を知った上で、裁かれて欲しいと思っていた。


「簡単な話です。戦争だからですよ。勝てば可能性が手に入り、負ければ終わり。
そんなことは子供であっても分からない訳じゃないでしょう?」

彼は悪びれない。悪びれる訳がない。
持たざる者への革命。マイナスな者達が、ゼロへと向かって歩いていく。太陽が当たらぬ裏を、表にひっくり返す。
それがスクィーラの、バケネズミの、持たざる人間が歩むべきただ1つの道だと思っているから。
味方の犠牲も敵の犠牲も、彼にとっては全て『新世界の礎』でしかない。


「でも!他の人達と協力する方法だってあったはずだ!!戦争するなら、ザント達とすればよかったじゃないか!!」

小学生特有の高い声が、低い天井に何度もぶつかって響いた。
不快な言葉を、不快な形で聞くことになったスクィーラは眉根を寄せる。


「人間の味方に付くというのですか?奴隷として!?」


この世界にも、スクィーラがいた世界と同様に、様々な能力を持っている者がいた。
むしろ、彼や早人のような特別な能力を持たぬ人間はマイノリティに属する。
そんな中に入って、何が出来るというのだ。
機嫌が変わった時に殺されることを怯えながら、奴隷のように雑用のみをやっていろというのか。
力が無いゆえに、神の前で自らを供物にすることしか出来なかった兎のように生を全うしろというのか。

「弱者とは、それが正しくない道だと分かっていても選ばざるを得ないのですよ。」


殺し合いに乗るのではなく、ザントやオルゴ・デミーラと戦えばいいとは、可能性が残っている強者の詭弁だ。
たとえこの殺し合いから生還したとしても、その先にスクィーラの未来は無い。
殺し合いに乗りたいも乗りたくないもなく、最初から乗るしか道が無かった。


「それはただの思考停止じゃないのか!」

意味もなく舌が回る奴だ、と苛立ちを覚えるが、スクィーラも続ける。


「ならば聞きましょう。あなたも私と同じように、『持たざる人間』ではないのですか?」


そんな見た目で、自分のことを人間だと名乗っているのか。
早人はバケネズミが元は特別な力のない人間で、呪力によって姿を変えられたの歴史など知る由もない。
だが、不思議とその様な言葉を発する気にはならなかった。
そもそも、一体何が人間とそうでないものを分けるのか。
もしそれが、特別な力を持っているか否かだとしたら、早人はむしろスクィーラ側の存在だ。

そして、スクィーラの言葉は当たっている。
川尻早人もまた、これといった能力は持たぬただの小学生でしかない。
持たざる子供故に、もどかしい思いをさせられた。
それは父に成りすました吉良のことだけじゃない。
家庭を顧みない父と、子供のようなロマンスを求める母の間の、冷え切って行く両親の間にいた時もそうだった。


「そうだよ。僕は何も持ってない。おまえがいた場所を暴いたのも、運と道具のおかげだ。」


もしも、何か自分に特別な力があれば。
世の凡百の子供は、いや、大人であってもそう望んだことは数限りないはずだ。
川尻早人とて、その例外ではない。


「ならば、私と共に行きませんか?私は力を持たざる人間の味方です。
それに、見たくありませんか?力のない弱者が強者を蹂躙する瞬間を。そのカタルシスを!!」


スクィーラは、決して早人に対して勝利を確信しているわけではない。
無能な輩の攻撃で一番恐ろしいのは、爆弾を背負った上での特攻。
なにしろ、将軍としての作戦の中に、自分も組み込んでいるぐらいに強力なのは理解している。
殺せない訳ではないが、殺す瞬間にどんなことをしてくるか分かったものではない以上、懐柔か無力化の手段を取りたかった。


「おまえの言いたいことは分かったよ。」

スクィーラの言い分は、特別な力を持たざる弱者らしいありふれた願望かもしれなかった。
少なくとも、早人は、目の前の『人間』が彼なりに抑圧された人生を送って来たことが分かった。


「でも、僕は君に付いて行くことは出来ない。」


たとえ目の前にいるのが自分の同胞だとしても。
上にいる者たち全員を殺すことなど、絶対に賛成できない。
それに、早人はこの世界に来ても、杜王町でも、様々な力を持った者に会って来た。


「あの人たちは、僕を守ってくれた。お前が作る新世界は、そんな人たちを犠牲にしないと成せないものなのか!?」


東方仗助、カイン・ハイウインド、ヤン・ファン・ライデン、シャーク・アイ。デマオンだってそうだ。
彼らは支配と被支配の関係ではなく、自分を仲間として見てくれた。
しかしそんな相手を、スクィーラは踏み躙ろうとした。


「僕は認めない。おまえがしようとしている革命なんて、おまえが作ろうとしている新世界なんて、ただの人殺しだからだ!」


その言葉を聞いたスクィーラは、しばらく無表情だったが、やがて笑った。

「………一つ、言い忘れていました。私がなぜあなたに話す機会を与えたか。」

スクィーラが、ずいと一歩前に出た。
黒魔導士の衣の内から、左手を掲げる。


「!!」

自分の皮膚に、鳥肌が立ち始める。
手がかじかんで、物を上手く握れない。
刺すように冷たい空気が走っているのに気づいたのは、その瞬間だった。
それだけではない。動かそうとしていた体が、言うことを聞かない。
どうにかして指を動かし、銃の引き金に指をかけるも、コントロールが合わずに外れる。


「何を……した……!!」


彼が使ったのは、『こおりのいぶき』
バロン城で敵対したレンタロウが使った物を、彼も使ったのだ。
勿論、ニトロハニーシロップまで凍結させないために、後ろに置いてから道具を使った。
殺傷力はさほど高くは無いが、この道具の恐ろしい所は、相手を凍結状態にさせて行動を封じることだ。


「残念でしたね。私の居場所を探ったはいいが、この私が爆弾以外の武器を用意してなかいと高をくくったのがケチの付き始めなようです。」


全くもって予想外の闖入者だったが、その相手がさして強い相手ではなかったため、事なきを得た。

「これで、終わりだ。」


改めて貝殻と金粉を出し、ニトロハニーシロップの中に入れる。
破滅という砂で作られた砂時計は、今、動かされた。








その瞬間、爆発が起こった。













ただし、爆発が起こった場所は地中からではなく、地上からだったが。






「いやあ、危なかった。ギリギリ間に合った所かな。」


そして、先程スクィーラが掘り進んだ通路からやってきたのは、スクィーラもよく知っている顔。
かつてもスクィーラの計画を水泡に帰した人間の一人。
クッパの攻撃を受け、気絶から目を覚ました後、すぐにスクィーラが何をやっていたかに気付き、地中に警戒し始めた。
しかし、他の味方はクッパとの戦いに夢中だったため、それどころではなかった。


自分の背後に、朝比奈覚の声が聞こえ、氷に閉じ込められながらも早人は安堵の表情を浮かべた。


やむを得ず、なけなしの呪力を全て穴掘りに注ぎ込んだのだ。
勿論どこにいるかなど、戦場の下という当てずっぽうな感覚に基づいたものだった。
しかし、それでもあちこちバケネズミが掘っていたおかげで、1か所に穴を開ければすぐトンネルが見つかった。
そして、先程早人が撃った拳銃の音も、居場所を探るための探知機になった。
スクィーラの慎重派な性格が、またも裏目に出た瞬間だった。
彼のコロニーの名前である塩屋虻も、自分より強い獲物を倒すことが多いが、逆に忍び寄ることに失敗し、その結果逆に狩られることも少なくない。


「何故だ!何故、私の計画を……!!」

持ち主の怒りに反応したからか、彼の懐からダンシングダガーが飛び出る。
一瞬の出来事だったので、覚さえ反応できなかった。
ダーツのように飛んで行った刃は、覚の前にいた少年の頸動脈に吸い込まれた。


「あっ!!」


その声を発した時は、もう遅かった。
小柄な少年からの、止め処ない量の出血は、もう助からないことを意味していた。
美夜子とヤン、それに早人。3人の獲物の血を吸ってもなお飽き足らず、ダンシングダガーは、覚にも襲い掛かる。


「うああああああああああ!!!!」

覚は呪力で、そのナイフを掴んだ。
気絶した際に体力が僅かながら回復したとはいえ、もう彼の体力は殆んど残って無く、立っているのもやっとな状態だ。
だが、沸き上がった感情のせいで、呪力のボルテージが一時的に上がった。
所有権を簡単に失った武器は、スクィーラに返って来る。


「ひい!!」

ナイフを奪い返すことも忘れ、スクィーラは脱兎のごとく逃げ出す。

「ぼくより……その、ばくだん……を……。」
「やめろ!もう喋るな!!」


本当は彼を手当てしたいところだ。
だが、爆弾を放っておくわけにはいかない。
つまらない情を優先してしまい、その結果全員が死ぬことなど、墓のうじ虫にさえ笑われるような行為だ。


彼はすぐに、スクィーラの背後にあった黄色の液体に近づく。

(くそ……どうにかしろ……早季にはなれないんだから……こうするぐらいしかないだろ……)


呪力は万能の道具だ。
酸性の液体を中性に変えることも、真っ黒に染まった液体を澄んだ色に戻すことも出来る。
彼はこの液体が何なのか知らない。おまけに、呪力がどこまで使えるのか分からない。
それでも、ニトロハニーシロップの分子を分解させ、性質を弄り回した。
かつて、武力と呪力で覇権を争った際には、呪力を持った側が武器を無力化させる戦法があったはずだ。
呪力を液体に浴びせるたびに、激しい頭痛が起こり、鼻血が滴る。
既に、呪力を使えるはずのエネルギーはとうの昔に使い切っている。
視界は歪み、黄色い液体が黄色に映らなくなる。
だが、自分より小さい子供が、その身を賭して活路を開いてくれたのだ。
こんな所でやめれば、早人にも、奇狼丸にも、そして早季にも顔向け出来ない。








やがて
やがて、黄色く濁った液体が
水のように澄み始めた。
ぷかりと、貝殻のピアスが浮かぶ。


成功した。爆弾の無力化に成功したのだ。



「やった……間に合った……運命に……勝ったんだ……。」


その言葉を最後に、ナイフで首筋を切られ、辛うじて命を繋いでいたはずの少年は息絶えた。
本当は、生きて全員でこの作戦を成功させたかった。
そして、誰かが蘇ったあの暗殺者を裁いてくれる瞬間を見たかった。
でも、自分の役目を全う出来た少年の死に顔は、とても安らかだった。



[川尻早人@ジョジョの奇妙な冒険 ダイヤモンドは砕けない 死亡]






(出来るはずがない……出来るはずがない……解除なんて出来るはずがない……!!)


スクィーラはそう言い聞かせながら、自分が掘った脱出経路を走る。
既に金粉と貝殻は中に入っており、爆発の秒読みは進んでいたはずだ。
たとえ容器をひっくり返しても、爆発は起こるはず。水を入れたとしても、精々弱まるだけだろう。
今やるべきことは、あの男、そして爆発の範囲から離れることだ。


今度は早人ではなく、スクィーラが自分の成功を祈りながら、地下通路を走った。
そして、ようやく地上への穴を開け、外気が顔に当たった時。


「何者だ。」


赤マントの男が、そこに立っていた。


(まだチャンスはある……この男を口車に乗せてしまえば……)

「た、助けてください……ある男に襲われて……ここまで来たのです。」
「誰だそ奴は。名前は分かるか?」


いきなりこの男は、話が通じる相手だと思い、安堵する。
なので、話すべきではないことを話してしまった。


「朝比奈覚という、背の高い……。」
「もう一度言ってみるが良い!!」


ボン、とスクィーラの前から炎を上げた。

「あ、あちちちちち!」


その名は、ルビカンテにとってよく覚えている名だった。
まだ自分が殺し合いに乗っていた頃、自分と戦い、少年と大男を守ろうとした強い青年だった。
あの男が悪事を闇討ちのようなことをするはずがない。
何より、自分を打ち負かした男の評判を貶めるやり方に気に食わなかった。


そして、スクィーラにはもう一つ絶望を突き付けられた。
もう爆発してもいいはずなのに、爆音一つ聞こえない。
説明書に書いてあった「金とカルシウムを入れてしばらくすると」の「しばらく」が具体的に何分か書いてはいなかったが、そろそろ爆発しても良いはずだ。



「やっぱりか……」


その時にスクィーラが浮かべたのは、諦念とも傍観とも解釈できる、空虚な表情だった。
ルビカンテも拍子抜けするほど、力が無い表情だった。
かつての呪力を持つ人間への革命が失敗した時もそうだった。
自分は肝心な時に、運命に嫌われる。
彼が負けた最大の原因は、作戦の甘さでも、呪力を持っていないことでもない。
運命を味方につけることが出来なかったことだ。


「認めはせん!!認めはせんぞ!!呪力を持った者の天下など!!悪政など!!」

だが、運命に負けたというぐらいで、運命が微笑まないということで、持たざる者の捲土重来を諦めるには。
いくらなんでも、彼にとっては割に合わない行為だった。


武器であった毒針を持ち出し、ルビカンテへと構える。
はっきりいって、戦略も戦術も戦法もあったもんじゃない、自棄のような特攻だ。
それでも彼の生きようとする想いは、確かに伝わった。


「私たち人間の為に、勝たねばならんのだ!!」


ルビカンテは彼が何をしてきたか分からない。
だが、彼なりに生き抜いたのだという凄みは感じた。
少なくともこの男はルゲイエのような、ただのつまらない小物ではないことは分かった。



「火焔流」

だからこそ、自分の得意技で焼き払った。





[スクィーラ@新世界より 死亡]




その頃、覚はまだ地下道を歩いていた。
それは歩いているというのか分かりにくい、酷くゆっくりした動きだった。
爆弾は解除したが、まだスクィーラにとどめを刺してない。吉良を追いかけることだって出来ていない。
自分が眠るにはまだ早いと思って、歩き続けた。


「あんたか。」


そんな中、姿が見えたのはだいぶ前に見た赤いマントの男だった。
その実、会ったのは半日ほど前だが、1年半ほど以来の再会のように感じた。
覚は殺し合いに乗っている彼しか知らない。
よくよく考えれば絶望的な状況だが、いまいちそのようには感じなかった。


「言っておくが、俺とは戦えないぞ。」
「分かっておる。だからここに来たのだ。」


ルビカンテは彼にトドメを刺すのかと思いきや、回復の魔法を彼に使う。
どちらかというと彼の場合精神的な疲労の方が積もっていたが、それでも幾分かは楽になった。


「ありがとよ。少し楽になったぜ。」
「礼はいらん。後は自分で好きにしろ。」


そのまま彼は、覚が空けた穴を通り、地上へと出た。


(素直じゃねえのは相変わらずか……)

しかし安心したのか、疲労と共にその目が閉じられた。


「うがあああああああああああああああ!!!!」

その時、地上から雄たけびが響いた。
終わったかに思えた戦いは、未だ終わらず。




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最終更新:2023年01月08日 10:37