黒い風が泣き始めた。
それが命を、光を、そして希望を吹き飛ばそうとする。
「…………。」
5人全員が阿修羅の形相で、敵を睨みつける。
姿は味方の仲間のモノであるからといって、手加減することは出来ない。
加減どころか、少しでも力を緩めたら、その瞬間に皆殺しにされる。
5対1などの数の有利など、全く有利と言えない。
そんなことを、全員が言葉ではなく心で分かっていた。
現在、カゲの女王に対し、5人は3方から囲むことに成功している。
正面にメルビンが立ち、彼の後ろ側にローザとのび太が。左側に覚が。右側にデマオンが立っている。
自衛に優れた者が前線に立ち、その後ろに回復役と射手が立つ。
一見バランスの取れた陣形だ。
だが、そんなものは狼の前での藁の小屋に過ぎない。
のび太の銃弾と空気弾が、ローザの矢がカゲの女王目掛けて突き進む。
さらにメルビンも剣を横一文字に振るい、鎌鼬を飛ばす。
覚は呪力でナイフを作り出し、上空から敵目掛けて氷柱のように落とした。
「……?」
それらは全て、外れたようには見えないが、命中した様子もない。
自分達の力が、まるで何か巨大なものに飲み込まれたかのような錯覚を覚えた。
やがて、空気が揺れたかと思いうと、リディアの姿をした何かが動き始めた。
その動きはひどくゆっくりとしており、それでいて誰も対応できなかった。
(来る!!)
慌てて防御の構えを取る。
魔法の盾を前面に出し、物理攻撃と魔法攻撃のどちらにも対応できるようにする。
勿論、彼は得体のしれぬ相手だからと言って守りに専念するほど、臆病な性格ではない。
カウンターとして、相手が目の前に来た瞬間、突きをお見舞いしてやろうと考えた。
「なっ!!!」
しかし、攻撃は不発に終わった。
そもそも剣を持った右腕を前に出すこと自体が不可能だった。
凄まじい突風のような魔力の波動が、メルビンを武具ごと吹き飛ばしたのだ。
「メルビンさん!!」
白魔導士の叫び声が、部屋に木霊する。
戦闘経験の浅いのび太と覚は、余りに一瞬のことだったので、目で追いきれなかった。
ローザだけが、辛うじてメルビンが吹き飛ばされたことだけ認知できた。
まさか正面から、前線を崩しに来るとは思ってなかった。
仮にもリディアの姿をしている以上は、距離を取った上での魔法中心の戦法で来ると思っていた。
これにて攻撃のほとんどが、失敗に終わってしまった。
逆に言えば、まだ全てを止められたわけではない。
カゲの女王の後ろに、デマオンがぬっと立っている。
魔王は正面から攻撃しようとせず、まずは彼女の背後を取ることを優先した。
いつになく慎重なデマオンだったが、それだけで相手の強大さも伝わって来る。
背後から心臓目掛けて、手にした炎の爪で女王を串刺しにしようとした。
彼の片手に付けた爪は、デマオンの魔法と武器そのものの力で、激しく燃え上がっている。
「止めただと!?」
「ホホホホ……」
苦い顔を浮かべる魔王に対し、女王は余裕の笑みを浮かべる。
巨体を持つ魔王の刺突を、華奢な女性が簡単に止めるという、異様な光景だ。
良く見れば、真っ黒なエネルギーに包まれた右手には、長い杖が握られていた。
すぐにでも折れてしまいそうな杖だが、しっかりとデマオンの爪を受け止めていた。
ギラリと女王の目が光った瞬間、デマオンの頭上から黒い雷が落ちた。
魔王でさえも、痺れと熱さを与える威力の一撃だった。
「グオッ!!」
「デマオンさん!!」
均衡は簡単に崩れてしまう。
右肩を押さえ、顔を歪める様子を慮り、覚が駆け寄る。
「ドカン!!」
のび太とローザは、再び銃弾と空気弾、そして矢を放つ。
だが、女王は見向きもしない。
小蠅でも払うかのように、後ろ手をひゅっと振るう。
そうすれば、見えない壁に阻まれたかのように、3つの弾が打ち落とされる。
「まだまだ行くでござる!!」
メルビンが剣を構え、戦線に舞い戻る。
勿論、斬りかかるのではなく、銃後にいるローザとのび太の前に立つ
「吹き荒れろ!バギクロス!!」
パラディンの修行の間で身に着けた竜巻魔法を、女王目掛けて放つ。
部屋の中に2本の柱のような竜巻が立ち、それが敵へと向かっていく。
カゲの女王は避ける必要さえないとばかりに、右腕を振るって打ち消そうとした。
だが、その動きを覚の呪力が止めようとする。
彼のイメージで作りだしたロープが、黒いローブに包まれた腕を拘束する。
ところが女王はあろうことか、身動きを制限された様子など全くない。
右手から放たれた黒いエネルギー波が、竜巻を一瞬で打ち消した。
「ならば…マジックバリア!!」
「シェル!!」
白魔導士と聖騎士が魔法の威力を和らげる結界を張り、攻撃に備える。
メルビンが押し出した盾の力もあり、メルビン達は魔法の余波を受けることは無かった。
「これでも食らいな!!」
離れた場所から、覚が呪力の波を女王に浴びせる。
(ウソだろ?)
彼はまだ攻撃らしい攻撃は食らってないというのに、その表情はひどく苦々し気だった。
呪力が敵に通じないのは、他の魔法や剣術が通らなかったのと、ワケが違う。
いかなる呪力の使い手だとしても、『呪力そのもの』をどうにかすることは出来ない。
それは神栖66町最強の呪力の使い手鏑木肆星でさえ、同じことが言える。
だというのに、いくら呪力を送っても、彼女は全く堪える様子が見えない。
「うるさいハエじゃ……まずはそなたからやるか。」
(しまった!!)
女王の目が赤く光り、覚目掛けて雷が落ちる。
一方で覚は、攻撃にばかり意識を向けすぎ、防御を怠っていた。
覚が特に悪いわけではない。歴史上の呪力の使い手全般にある悪い癖だ。
だが、その人物の弱点は、他の者がカバーすればいい。
すぐ隣にいたデマオンが、巨大な炎の弾を頭上に放つ。
黒と赤、2つの魔力は頭上でぶつかり合い、火花を散らして爆散する。
「馬鹿者が。自分の身ぐらいは自分で守らぬか。」
「あ、ありがとよ。助かった。」
散った火花が、覚の服や肌を僅かながら焼いたが、命に差し支えるほどの傷は受けてない。
しかし、それ以上に気がかりになったことが覚にはあった。
「今の技……マリオと同じ力じゃないか!?」
瞳が赤く光った瞬間が、トリガーとなる技。
黒く輝く、邪悪さを煮詰めたかのような光
そしてズンという雷が落ちたような衝撃。
殺し合いの最中に襲われた、赤帽子の男が放った技と酷似している。
それを聞いた女王は、けらけらと笑った。
「マリオとは……久しい名じゃのう……わらわがしもべにしたオトコじゃ……。」
「やはり……お主が……!!」
メルビンの剣を握る腕が強くなる。
彼がマリオと対面したことは無い。彼がどのような人物かも知らない。
だが、キョウヤやビビアンからの話から、マリオに何か良からぬことが起こっていたのだと察していた。
そして目の前の敵に操られていたとは。
「マリオをあんな風にしたのは、あなただったのね!!」
ローザも同じこと。
ビビアンやクリスチーヌと共にマリオと戦ったからこそ、あの末路のことはよく覚えている。
マリオが影に飲まれなければ、影の力を悪用する者がいなければ、彼女の恋人であるセシルだって殺されなかったかもしれない。
「ホホホ……わらわに忠誠を誓ったオトコのために戦うというのか。実にくだらぬ。」
2人の態度を、高笑いと共に一蹴する女王。
彼女の前では、人間などは征服と破壊の対象でしかない。
だが、征服と破壊の対象で終わらないのが、死地を踏み越え表裏の境目を跨いだ者達だ。
女王の笑みを今すぐ消してやろうと、5人は動き出す。
メルビンが前線に立ち、十字を斬る。
彼の得意技、グランドクロスの構えだ。
しかし、大技とは得てして放つ前に隙が出来る。
その様なものを、女王が見逃すはずがない。
「落ちよ!水柱!!」
「ドカン!!」
女王が魔法を放つ瞬間、のび太の空気砲とデマオンの魔法が、目を眩ませる。
「目障りなハエめ!!」
女王の周囲に、黒い色の付いた気流が走る。
果たしてそれは結界か、彼女を取り巻く実体なき魔物かそれとも風か。
謎の力に阻まれたため、通じた様子は無い。だが、はじけた空気と荒れ狂う洪水により、確かに時を稼ぐことは成功した。
「ビビアン殿の想いを受けるが良い!!グランドクロス!!」
「セシル、力を貸して!ホーリー!!」
メルビンが念じると、巨大な光の十字架が女王の前に現れた。
そしてローザが放つ極大白魔法が、光の雨を降らせ、その十字の中心に落ちる。
十字の光は、ビッグバンのように膨れ上がって行き、女王の目の前で爆ぜた。
「「ホーリークロス!!!」」
「何ぃ!!?」
部屋全体を照らすほどすさまじい光が、女王を貫く。
周囲にいたのび太や覚、デマオンは、反射的に目を閉じてしまう。
それ程の強い光だった。
「効いたか……。」
爆音が止んだ空間で、そう呟いたのは覚だった。
光が晴れると、その中心部にいたのは、膝を付き、顔をしかめている女王だった。
2つの意味で天衣無縫だった黒いローブも幾分か焼け、煙が出ている。
撃破には至らなかったが、様子からして確かにダメージが入ったことは間違いない。
ワンサイドゲームにはならない。それは偽りのない事実だった。
だが、この程度で。
この程度で油断や慢心をするようなら、あの殺し合いで生き残ることは出来ない。
まだ勝負は、振出しに戻っただけなのだ。
この場でそれを理解できない者は、誰一人いない。
「地球人共!わしらが目指すのは完全勝利のみだ!畳みかけるぞ!!」
そう言ったデマオンの声には、彼らしくもなく、どこか恐怖が混ざっているように聞こえた。
5人全員が共通して、警戒していた。
なまじ戦えることを示してしまったがために、さらなる恐ろしい力が降りかかるのではないかと。
「わらわが見込んだ通りじゃ……来るがよい。」
女王がそう呟くと、彼女の周囲で魔力の塊が弾けた。弾ける度に空気が重くなる。
2つ3つ4つ5つと、次々に花火のように破裂していく。
それらはのび太たちを攻撃するために撃ったのではない。
道理の門を壊し、不条理の世界から混沌を呼び込むためだ。
「ローザ殿…もう1度……何でござるか!?」
メルビンがグランドクロスを再度打とうとする。
しかし、カゲから現れた『何か』が技の詠唱を妨げた。
「ぬうっ!!」
老兵の鎖帷子に覆われた右腕から、急に鮮血が迸る。
何か巨大な刃物のようなもので、腕を切られたのだとはっきり伝わった。
「メルビンさん!ケアルガ!!」
「かたじけない……」
慌ててローザが、回復魔法を彼の腕にかける。
この世界でも回復魔法の効力は制限されているが、使わない訳にはいかない。
だが、こうしている間にも、無から現れた存在はどんどん大きくなっていく。
メルビンを先程切り裂いたものは、爪だった。爬虫類、哺乳類のどちらか見分けがつかない。
いや、この際種類などどうでもいい。問題は、それが並外れて大きかったということだ。
すぐに虚空から爪の付いた足が姿を現し、それがズンと巨大な振動を起こす。
「離れろ!!踏みつぶされるぞ!!」
覚の合図で、他の4人も散会する。
女王やザントのみならず、あのような怪物がいるとは予想外だった。
一本で飽き足らず、二本目の前足が現れ、振動はもう1度。
後方にいたのび太とローザは、飛び道具で女王を狙撃する。
いかなる異形が現れようと、一番の敵は変わらないからだ。
召喚魔を撃破するのは難しくても、術士を討てば幻獣も消える。
空間の裂け目から、スチームのような音が聞こえた。それは怪物の鼻息だった。
その後、脚以上に巨大な鼻と、その頭がはっきりと顔を出す。
顔を見てはっきり分かったことだが、力の源は真っ黒なドラゴンだった。
1000年以上も女王に仕えた竜の鱗が、ローザの矢やのび太の銃弾を、メルビンやデマオンの魔法を、いとも簡単に打ち返した。
「召喚魔法!?」
一番驚いたのはローザだった。
見た目はリディアだからといって、召喚術まで使って来るとは思わなかったからだ。
しかし召喚獣は彼女が一度も見たことの無い怪物だった。
それが、リディアがリディアではないことの証左となっていた。
闇のドラゴンやゴルベーザが召喚する黒龍とは違う。
分厚い脂肪と筋肉に覆われた巨体だけで、女王に逆らう者を恐れさせる黒竜だ。
ギョロリとした慈愛のない両目に、猛牛を彷彿とさせる鼻面。口の奥から見え隠れする牙。
そして鋭い爪の生えた4つの足は、たった1歩で人間を踏みつぶしてしまいそうなほど巨大だ。
「お呼びいただけるとは……ありがたき幸せ……。」
全身が現れると、最初に女王に頭を垂れ、忠誠心を示す。
それは余裕のようにも、召喚士に対する恐れのようにも思えた。
「ブンババ、好きなだけ腹を満たすが良い。」
女王への態度は、忠犬そのものだった。
ブンババと女王の関係を知っている者は、この場には誰もいないが、どのような存在なのかはすぐに伝わった。
「その程度でいい気になるな!地球人の肉体を隠れ蓑にしておる小物の分際で!!」
デマオンは両手を掲げると、10の爪から火花が走る。
それがやがて形を成していき、一匹の炎の竜が生まれた。
インパクトの割りに、1つ星レベルの悪魔でも使える魔法だ。
だがその規模も、形成にかかった時間の短さも、下級悪魔が出来るそれとは比べ物にならない。
しかも手にした炎の爪のおかげで、さらに熱量が増している。
さらに覚が呪力で、デマオンの魔法竜を巨大にさせた。
ゴウゴウゴウと聞こえるのは、炎の燃え盛る音か、炎竜の唸り声か。
「きさまが召喚した黒トカゲごとき、焼き払ってくれるわ!!」
空中では光の珠が照らす中、赤と黒の巨竜が面と向かって睨み合う。
1つの巨大な部屋で行われているとは思えないほど、壮大な戦いだ。
のび太はおろか、覚やローザ、メルビンもその光景に驚かざるを得なかった。
ブンババの顔面目掛けて、炎の竜がうなり声を上げて飛びかかった。
黒竜の毒ガスが、炎竜めがけて吐き出される。
2匹の怪異がにらみ合い、天空で鎬を削る。
☆☆
「こう明るかったり暗かったりすると、目に悪いってことを考えないのかしら?」
「さすがにそんな健康管理を考えるワケないだろ。というか、あいつら揃いも揃って顔色悪そうだし、衛生状態に無頓着なタイプなんじゃないのか?」
「衛生状態ですか?でもこの絨毯は綺麗ですよ。」
「そういうことじゃない……というか、問題は絨毯が綺麗すぎることだな。」
カイン、クリスチーヌ、ミキタカ、キョウヤの4人が戻されたのは、バツガルフの部屋をモチーフとした部屋だった。
先程に比べて、絨毯の繊維一つとして全く変わった所が無い。
いや、正確に言うと、全く変わってないことがおかしいのだ。
「綺麗すぎる……とはどういうことですか?」
「アイツらの死骸は何処に行った?」
先ほど、自分達4人の加えて5人で、この部屋に入ってきた怪物たちと一悶着あったはずだ。
だというのに、この部屋は争った形跡一つない。
よしんば物好きな誰かが掃除を行ったとしても、血痕の一つくらいは残っているはずだ。
「巧妙に作られたそっくりな部屋ということは無いかしら?そんなことを気にするより、他の5人を探した方が良いと思うわ。」
クリスチーヌがそう思うのも最もだ。
なんせここにバツガルフの部屋があること自体がおかしい話だし、1つそっくりな部屋を作るなら、もう1つ同じ部屋を作ってもさほど労力を要さない。
むしろ問題は、あの幻覚の世界から出て以来、どこにいるか分からなくなった5人の行方だろう。
「だといいがな……おい、アンタは何をしているんだ。」
「いや、さっきは急に敵さんに襲われて、部屋を調べる余裕はなかったからな。」
3人で辺りの様子を窺っている間、いち早くキョウヤだけが別の行動に出ていた。
彼が行っているのは、部屋の奥に鎮座した机の引き出しを、さながら空き巣でもあるかのように物色していた。
言われてみれば、ここに何かあると考えるのも、妥当な話だろう。
「確かこの場所……元の世界のことなんだけど、カギがあったわね……。」
クリスチーヌが思い出したのは、ここのことではなく、月にあった本物のメガバッテンのアジトのことだ。
確かこの部屋に、先へ進むためのカードキーがあったのはよく覚えている。
どこからどこまでこの部屋とあの部屋が共通しているのかは分からないが、探ってみる価値はある。
「ちょっと待て、だとしたら罠があるんじゃないか?」
カインはこの部屋のことを知らない。だが、大事な物が保管されているのだとしたら、セキュリティが厳重でもおかしくない。
だが、彼の心配は杞憂に終わった。
「心配かけてすまない。もう見つけてしまった。」
机の引き出しからキョウヤが見つけたのは、小型のノートパソコンのようなものだった。
特に躊躇することもなく、中身を空け、ブラウザに浮かんだ文字を読み取る。
「何だそれは?」
「これに似たような物、宇宙船に乗っていた時に見たことありますね。」
剣と魔法の世界に生きていたカインにとっては、科学技術の先端であるコンピューターなど知らなくて当然だ。
逆にキョウヤ以上に優れた技術を知っているミキタカは、それが何なのかうっすらとだが理解できた。
彼が滅びた故郷から地球に来る際に使った、宇宙船に搭載されていたものに似ている。
「コンピューターというヤツだが……お前さんは知らないのか?」
「コンピューター!?」
カインの返答より先に、クリスチーヌが答えた。
彼女が思い出したのは、メガバッテンのアジトの最下層にいた電子頭脳、テックのことだ。
「お前さんは知っているのか?おおよそファンタジーっぽい風貌をしているが。」
「レディーに向かって失礼ね!漫画みたいな顔をしているのはノビタくんだけで十分よ?」
「あんたが言っていることも大概だと思うが……。」
ほんの僅かに、緊張した空気が解れたのは、良かったことかもしれない。
その後、クリスチーヌが見たことのあるコンピューターの話を続ける。
「そこに、テックっていうコンピューターがあったのよ。」
「へえ…これがそのテックってヤツなのか?」
「違うわ。こんなに小さくなかった。彼は部屋の壁と一体化しているくらい大きかったわね。」
彼女が驚いた原因は、知っているコンピューターに比べてひどく小さかったということだ。
時計であれ、電話であれ、攻撃用アイテムであれ、小型化すればするほど技術を要する。
その理論に科学世界も魔法世界も関係はない。
このようなコンピューターなど、バツガルフでさえも作れなかったということだ。
だが、問題はその技術ではない。
肝心のデータの内容だ。
万が一、これがテックならば願っても見ない幸運だ。
メガバッテンのアジトの時と同様、自分たちの道しるべになってくれる可能性が高い。
そんなクリスチーヌの期待は、露と消えた。
メッセージが流れることもなく、淡々と内容を現していくだけの機械。
だが、その中身は予想を上回るものだった。
「プロジェクト表裏……?何だこれは。」
ブラウザ画面に浮かび上がった文字を、キョウヤはけげんな顔で見つめる。
カインやミキタカ、クリスチーヌもその後ろから中身を見ていた。
キョウヤがエンターキーを押すと、画面に様々なファイルらしきものが浮かび上がる。
『支給品』、『会場地図』、『列車の仕組み』など、内容は多岐にわたるが、一番下にNEW‼と付いてある『報告書』のファイルをクリックした。
この場で屯して、すべてのファイルを見る訳にはいかない。
キョウヤは確かにこの部屋を探ってはいたが、行方不明の6人のことに対して無頓着という訳ではない。
この儀式で発見された『接触』について
「どういうことだ?」
訳が分からないのに、心臓の音が高鳴ることをやめない。
不死という能力を持っている以上、大抵の問題に対して恐れを抱くことの無いキョウヤも、例外ではなかった。
震える指で、マウスを動かし、ブラウザを下にスクロールさせる。
この儀式は8の世界の52名の参加者によって始まった。
8の世界は、本来ならば決して相容れることのない世界だった。
仮に特別な力、あるいは何らかの偶然で通路が生まれたとしても、その道はきわめて細い。
精々が互いの異世界について認知できる程度。
実際にたどり着くことは難を極め、ましてや異なる世界の力を伝搬させるのは極めて難しい。
例えば、トライフォースの力によって創られた第一世界の者が、いくら努力を積んだところで、メラやサンダーを使うことが出来ないようなものだ。
なので、異なる能力同士の『接触』を行わせるには、異なる世界から異なる世界への道を作ることより、1つの世界に放り込んだ方が良いと考えた。
この報告書、あるいは殺し合いの目的が『接触』なのは分かった。
だが、それが何なのか、あるいはそれによってこの殺し合いの主催者に何のメリットがあるのかは不確定だ。
儀式の最中、非常に関心が深い『接触』を複数確認している。
以下、この報告書はその『接触』内容を報告していく。
接触その1.杜王駅のケース
第一の接触はこの儀式が始まってからすぐに起こった。
♡8が使う能力(以下、当被験者の出身、第四世界に合わせて『スタンド』とする)が、♤Aの使う魔法によって、一時的に消される。
この魔法は本来は邪悪な力を打ち消し、対象の呪文効果を全て消し去る力を持つ。
ところがこの場において、♤Aが放った魔力の効力が、魔法の域を超えた存在であるスタンドにまで適用された。
接触その2. ゴロツキ駅のケース
第二の接触は、接触その1から4時間後に起こった出来事だった。
上記の♡8と同じ第四世界出身の♢Kが使うスタンドによって、第三世界(※1)出身の♤7にかけられた呪いが、部分的に解除される。
このスタンドはあらゆる生物の傷を癒したり、壊れた物質を戻したりすることが出来るが、万物において適用できるという訳ではない。
事前に得た情報から、以下がこのスタンドの不可能なことである。
- 『元からなかったことになっている』物体を治すこと。
- 使用済み燃料や消化された食品など、エネルギーに変換された物質を元通りにすること。
- 人や生き物の病気を治すこと。
- 死んだ命を取り戻すこと。
上記の呪いは当該スタンドで治癒できる怪我には該当しない。
従って、こちらもスタンドが別世界との接触で、新たな可能性を齎した瞬間である可能性が高い。
その一方で、♤7の変化は、スタンドではなく思い出の地を見たからではないかという考えもある。
※1 他の第三世界出身者♢Q、♢9、♡6、♡4とは異なる史実(♧K、♤Jは不明)を歩んでいる世界線なので、三.五世界と記すべきかもしれない。
(これは……もしやあの事じゃないか?)
小野寺キョウヤは、『接触2』の項目を見て、思い出した節があった。
何しろ、自分がそれに近しい状況を経験してきたからだ。
ゴロツキ駅、何でも治すスタンド、呪われた存在。
この記録が示しているのは、第一放送直前で経験したあの出来事だとは、十分に伝わった。
懐から残っているトランプ名簿を出す。
すっかり束が薄くなってしまったが、キョウヤの求めている情報はあった。
同行者の一人が、レポートにある♢9に該当する人物だと分かると、彼女に質問する。
「クリスチーヌ、お前さんはこの『三.五世界』ってやつに思い当たりは無いか?」
「世界は選択の数だけあるってヤツでしょ?でも私にはさっぱりね……。いや、待って……。」
クリスチーヌは、過去の出来事の記憶を紐解いていく。
自分達に敵意を持って襲っていたことや、カゲの女王と同じ魔法を使っていたこと。
そして、元の世界でのマリオとの冒険の最終幕で起こったこと。
「もしや、あのマリオは……『女王の取引に乗ったマリオ』ってこと?」
クリスチーヌがいた世界では、マリオは女王のしもべになってはいない。
その誘いを断り、死闘の果てに女王を倒し、ピーチを取り戻した。
だが、もしもマリオがピーチを傷付けることを恐れ、女王に頭を垂れてしまえば?
あり得る話ではあるが、あまりにも荒唐無稽な話だ。
ただの下らないイフの話として、笑って流すことが出来る。
おまけに、この世界では幾度となく見知らぬこと、不条理なことが起こって来たのだ。
今更1つや2つ、分からないことがあった所でどうということはない。
クリスチーヌというクリボーの強さは、知識のみならず、未知を恐れぬ探求心もある。
だというのに、彼女は原因不明の頭痛がしてならなかった。
「そう考えるのが妥当だろうな。」
「けれど、どうしてあんなことになったのよ?あの時確かに女王は私達とマリオが倒したのよ?」
「……説明は出来んが、この先にその手掛かりがあるんじゃないか?」
ふいに彼女が気になったことがあった。
百歩譲って、あのマリオが女王の手下に成り下がったマリオなら。
『その世界線のカゲの女王』は何処へ行ったのか。
キョウヤはパソコンの画面を下へ下へとスクロールさせる。
接触その3. 大魔王城南のケース
第三の接触は、
第一回放送が経過してから、1時間後の出来事だった。
♡10が放った呪力が、♢Jの身に纏わりついた呪いと接触し、呪力の干渉が起こる。
その影響か、♡10に橋本・アッペルバウム症候群に罹患。戦闘の果てに死に至るまで、本人の意志と関係なしに呪力が周囲一帯に漏出し続けた。
また、この時に第二世界出身の魔物が、呪力の影響か一度は停止したはずの命を動かし、♢Jに攻撃を加えている。
♡10出身の第六世界で使われている呪力と、♢Jが使っていた第二世界の呪いの武器は、呪いの種類が異なる。
前者の呪いは人間のエネルギーを媒体として※2練り上げられるのに対し、後者の呪いは物体を媒体として供給される。
前もってこの世界で、呪力の力が本来のものより数段落ちている※3ことと何か関係があるのかは不明だ。
いずれにせよ、異なる世界の呪い同士の接触から生じた特異点であることは間違いない。プロジェクト・表裏の完成における、大きな礎となるだろう。
特に、♡10が発症した呪力の漏洩の原因は、同じ第六世界のXと同じ症状であるため、計画の大きな進歩になる可能性が高い。
※2 諸説あり。そもそも人間一人の持ちうるエネルギーのみでは、到底賄いきれないため、太陽光から供給されるという説も濃厚
※3 決まった場所で、特定の能力が封印・制限されることはさほど珍しい話ではない。
例えば第二世界の封印された世界では、飛翔魔法ルーラが使うことが出来ず、第五世界でも移動魔法が制限される場所が存在する。
接触その4~5 ハイラル駅南のケース
四、五度目の接触は、接触その3とさほど変わらない時間に起こった。
♤A、♧J、♢7の3名が♤Kと交戦を始まる。戦いの最中、♤Kが投げた剣が、♤Aに刺さった。
この剣は♤Kの出身世界と同じ第一世界で作られたものであり、刺された死者、あるいはその剣に刺されて死した者は、剣の持ち主の傀儡になる呪いがかけられている。
♤Aもその例外ではなく、少し前まで味方していたはずの♧J、♢7に襲い掛かる。
だが、♤Aが生まれと共に授かっていた水の精霊の力が、剣の呪いを解除した。
影の呪いを秘めた武器は、光の力を使った武器が無ければ破壊することは出来ないが、第二世界の四精霊の力が、世界の壁を越えて発揮された証左※4である。
※4 諸説あり。水の精霊の力ではなく、彼が持っていた剣や、他の何かの力が働いた可能性もある。
その直後、♤Aは♤Kとの戦いを再開。追い詰められた♤Kは、結界を張ることで、3名の攻撃から身を守ろうとする。
本来ならばこの結界は、いかなる力を持とうと、剣や殴打などの物理攻撃では破壊不可能だ。
また、どれほどまで耐えられるか不明だが、魔法からも並みのものならば通さない高い。
そのはずだったが、ここで五度目の接触が起こる。
第二世界にしかない、雷を纏わせた♤Aの剣技と、♧Jの第五世界の魔法の炎を纏わせた剣が、本来ならば破ることの出来なかった結界を破った。
接触その6 神栖駅南のケース
六度目の接触は、接触4,5からさほど時間が経っていない時に起こった。
♤7は、同じ第三世界の異なる時系列から選出された♡4、および♧Qと交戦。
一度♤7は♧Qの極大白魔法さえも弾く。だが、再び発動した極大白魔法が、♡4の放った魔法を吸収。
この♡4は、♤7に呪いをかけた者の下に属していたことがあり、その影響か♤7の呪いが解けかける。
結局、その戦いには横槍が入り、♡4はその攻撃により犠牲になる。
それに伴って♤7の呪いの解除も失敗。さらなる力の暴走が起こる。
だが、カゲの力と第五世界の白魔法の力が、新たな可能性を齎したのは事実だ。
接触その7 大魔王の城付近のケース
七度目の接触は、二度目の放送から4時間後に起こった。
♢7が♧Kとの戦闘の折、同行する♧Jを攻撃から庇った。
それがトリガーとなり、♢7は第五世界でいう所のパラディンとして覚醒を果たす。
覚醒した♢7は、従来得意としていた炎魔法以外にも氷魔法、雷魔法を使い、また従来のパラディンと同様、白魔法を使うことが確認された。
この覚醒は、かつて第五世界で♡9の身に起こったように、理論上は他所の世界の力を得ずとも可能である。
だが、当対象が異なる世界との接触を経て、パラディンになった可能性が極めて高いので、接触の部類に該当する。
またもキョウヤの思い当たる出来事だった。
接触その7で挙げられていた中で、残っていたカードは♧Jだけだが、それだけで十分どの出来事か察しがついた。
(あれこれと、気になることが多い記録だな。)
キョウヤが開いたこのレポートは、殺し合いにおいて観測された『異なる世界の能力同士で起こった化学変化』が書かれていた。
「で、結局の所、この記録は何を伝えたいワケよ?」
沈黙が支配する中、先に声を出したのはクリスチーヌだった。
クリフォルニア大学でも教わったことだが、実験の記録と言うものは、『実験の最中何が起こったか』だけではなく、『その実験に何のメリット・進展があるか』を書いておかねばならない。
「と言いますと?」
ミキタカが聞き返すと、クリスチーヌがさも当然と言った様子で答える。
「この記録、あれこれ起こったことを纏めた果てに、何があったのか書いてないじゃない。
レポートってのは、実験結果だけではなく、その進展も書かなければ分かってもらえないモノよ。
それに情報を纏めるにしても、肝心なところがぼかされていたり省かれていたりして、どうにも分かりにくくない?」
「分かりにくい……か。分かってもらう必要は、もう無いんじゃないか?」
クリスチーヌからの指摘に、カインがそう答えた。
「もしもこれが外部にバレたら困るような機密情報だとしたら、俺達がこれほど簡単に読むことは不可能だったはずだ?」
カインは報告書の中身よりも、外からの攻撃に警戒していた。
現にこの部屋で敵の軍団と交戦したし、見ている間に邪魔の一つも入ると思った。
だというのに、制止一つ入ることはない。
従って、ここにあるのは主催陣営にとって無用の長物だった。あるいは、見られても問題ないものではないかと考えた。
「やはりのび太さん達や、リンクさんを探して、ここを出た方が良いんじゃないですか?」
「そう考えるのが妥当だ。」
「………。」
取れそうで取れない肝心な情報を取ることを諦め、部屋から出ようとする。
キョウヤとクリスチーヌも、不服そうな表情を浮かべながら、
その時、部屋の外から足音が聞こえて来た。
☆
「ここは?」
景色はまたも変わる。
今度はリンクの見たことの無い場所だった。
ザントと戦っている中でも、そこが図書館だったことは伝わって来る。
「あちっ!!」
問題は、そこが火に包まれていることだ。
ザントの幻術の摩訶不思議な所は、移動先の空間の温度や湿度も再現することだ。
以前リンクが戦った際には、幻影世界の中の溶岩で火傷を負う羽目になった。
そしてもう一つ、炎の中にリンクの目を引いたものがあった。
頭を潰された、血みどろの死体だ。
白いローブや紫のドレスが知っていたデザインだったので、それが誰だったか分かる。
「ゼルダ……」
「助けるべきだった者に合わせてやった私に、感謝の言葉もないのか?」
彼女の死は知らされている。どのような死に方をしたかも、クリスチーヌから聞かされていた。
だが、実際に見て気持ちの良くなるものではない。
顔のなくなった黄昏の姫君に目を背け、ザントを睨みつける。
ここにあるのは自分とザント以外は全て幻。床に転がっているのは彼が助けねばならなかったゼルダではない。
今まで色んなものを失って来た自分が、この程度のことで心を乱すことは無い。
「キャッホ!キャッホ!!キャッホ!!」
ザントの不可解な挙動は、ここでも相変わらずだ。
奇声を上げながら、本棚から本棚へと猿のように飛び移る。
現実の図書館なら、一瞬で出禁になってもおかしくないような行為だ。
疾風のブーメランを投げ、移動の邪魔になる火だけ消す。
ザントが本棚の上から魔法弾を連続して撃って来るが、リンクは回転アタックで躱しながら接近する。
今度はチェーンハンマーを取り出し、ザントが乗っている本棚を叩き壊す。
今のザントの動きは、森の神殿でウークと戦った時に酷似していた。
「ヒィヤアアッ!!」
甲高い悲鳴と共に、影の偽王は足場を失って頭から落ちる。
フエーゴの兜が床に突き刺さり、逆さまになったまま、足をばたつかせている。
リンクはその挙動を哀れとも思わず、滑稽とも思わず、ただ冷静に斬りつけていく。
何度か攻撃を加えると、姿を一瞬で消し、まだ無事な本棚の上に移る。
そこからまたも魔法弾を連発して来る。
至ってシンプルな攻撃。それが不可解な挙動に伴って行われるのだから、何とも言えぬ薄気味悪さを感じる。
ザントの狂気じみた動きは、以前戦った時からそのままだ。
ゆえに、驚く必要も恐怖する必要もない。
ただ、勇者は別のことを恐れていた。
(こいつは、一体何を隠し持っている?)
既にリンクは、ザントとデミーラ以外の何者かが、この殺し合いにいるという話は聞いている。
この男の後ろに何があるのか、その存在はどこでどのタイミングで出てくるのか。
そしていまだに目の前の男の、真の目的が分からずじまいだ。
辺りは火に包まれた図書館なので、温度が高いこともあるが、たとえ雪原であったとしても、彼の額には冷や汗が浮かんでいただろう。
「戦いの最中に考え事か。熟慮は時として短慮以上の災いを呼ぶぞ?」
先ほどの奇声とは打って変わって、静かで低い声だった。
只の狂人のたわごとだと聞き流してしまえばいい。だが、今の状況でどうにもそれが出来ない。
一寸先は闇というが、今のリンクは手探りで真っ暗な道を進んでいるようなものだ。
そもそも、今自分がやっていることさえ、正しいことなのか判明しない。
「つあああっ!!」
弾幕の雨の中を突っ走る。
答え合わせを怖がっていれば、永久に謎を解くことが出来ない。
そして未知の恐怖の中でも、突き進むことが出来るのが勇者の名を冠する者だ。
――伍の奥義 居合い
この場に、彼の仲間は一人もいない。
だが『一本』、仲間はいる。
元の世界からずっと道を歩んできたマスターソードの輝きに従って、ザントを斬りつけた。
☆
「あ、アンタらは?」
カイン達の視界に飛び込んできたのは、金髪に赤い服が印象的な少年だった。
年齢はキョウヤと同じくらい。
4人共、彼の姿をまじまじと見つめ、それが知っている姿でないと分かった瞬間、身構える。
こんな世界だ。先ほど襲って来た敵は、全て人間らしからぬ姿をしていたが、今度は人間の姿をした敵が来てもおかしくない。
どこかで見た見慣れぬ世界で、まだ見ぬ相手を見たら、そんな反応も当たり前だ。
「おい、待ってくれ!!聞きたいことがあるんだ!!
あんたたちの中で、メルビンさんって人はいないのか?」
彼の一声で、空気が僅かながら弛緩する。
それでも、カインとキョウヤは警戒を解かないままだった。
「あなたが、メルビンさんの言ってたキーファ?」
クリスチーヌの言葉を聞いて、キーファの顔に歓喜が浮かび上がる。
宮本輝之助とは違う、正義に属する味方に出会えて、嬉しさもひとしおだった。
「そうだよ。会えてよかった。それで、誰がメルビンさんなんだ?」
「メルビンさんはここにはいませ………。」
「ちょっと待て。お前さんがじーさんの言っていた人だって証拠はどこにあるんだ?」
勝って兜の緒を締めよ。
困窮した状況の中で安心した時こそ、危険が生まれやすい瞬間。
寮の自室という、安全が保障されたはずの場所でさえ、不死の能力が無ければ死んでいた経験があるキョウヤだからこそ、猶更キーファを怪しんだ。
この場にメルビンがいるならともかく、誰も彼のことを良く知らない。
「………何を言えば納得してくれるんだ?」
そもそも、こんな場所じゃなくても知っている人が実は別人だったというケースは少なくない。
この場にいる者達が、メルビンから彼のことを聞いたのは事実だ。
だがそのメルビン自身も、キーファのことは共に旅をした者達からしか聞いていない。
どんな人物か見当もつかない。
「キョウヤさん、この人は悪い人じゃないと思います。」
そう発言したのはミキタカだった。
「何故そう思う?」
「私、地球人の顔って複雑すぎて見分けが付かないんです。でも、この人からは嫌な感じがしません。」
彼が地球に来たのはほんの少し前のことだ。
しかし、東方仗助のような黄金の精神を持った者にも、鋼田一豊大のような人を出し抜こうとする者にも出会って来た。
この男からは、邪な感情は全く伝わってこなかった。
「そんなことが分かるなら、この世から詐欺師はいないんじゃないか?」
これまた、至極真っ当な意見だ。
超一流の詐欺師やイカサマ師なら、自身の悪意や敵意など、隠すことなど朝飯前だろう。
「そうだ。俺からも一つ聞きたいことがある。」
今度質問したのはカインだった。
「どうやったら『
うずまき』は作れる?」
「うずまき?」
「入ったら移動できる青白い渦巻きだ。アレを作ったのはあんたじゃないのか?」
「「!!」」
キーファのみならず、カインの発言に驚いたのは、ミキタカだった。
なにしろ、彼らどちらにも心当たりがあったからだ。
カインとミキタカは、殺し合いが始まって間もない頃、一度殺し合いの会場を出たことがある。
結局その時は、大した成果を得ることは出来なかったが、それでも移動できたのは事実だ。
「旅の扉のことか?オレのトゥーラを弾けば出来たはずなんだが。いつからか出来なくなってしまった。」
彼がこの場にいれば、移動が一気に楽になると思っていたカインだが、その期待は外れてしまった。
それでも、目の前の男がメルビンの言っていた人物であり、同時に信用できる人物だと分かったのは朗報だった。
「それで、メルビンさんは何処にいるんだ?」
「言いにくいんだけどね…。」
クリスチーヌが、自分達は殺し合いの会場から、ここへ来たことを離した。
その中にメルビンもいたが、途中ではぐれてしまったことも話した。
「探しに行こうにも、ここがどこなのか見当もつかないのよ。」
「だったら、オレに任せてくれ。ここの地図は持ってるんだ。」
早速キーファは輝之助から貰った地図を、机の上で開く。
本当ならトゥーラを奏で、旅の扉を作りたかった。
だが、この場では移動魔法の封印がかけられているからか、それが出来ない。
「何だこの数字?」
地図には部屋ごとに区切っただけではなく、出入り口に該当する場所に数字が付いてあった。
階層のことではないとすぐに分かったが、いかにこの建物がおかしな設計なのか、それだけは理解できた。
「なるほど……この建物は『動いている乗り物』みたいになっているのね。」
クリスチーヌが一番最初に、地図からこの場所のからくりを推理する。
普通ならば、同じ扉からは同じ場所にしか出られない。
だが、部屋が動いているのならば、話は変わって来る。
家の扉ならともかく、車の扉からなら、『車が何時間走ったか』でどこに出るか変わって来るはずだ。
この建物の構造も同じこと。『どの扉をくぐるか』ではなく、『いつ、どの扉をくぐるか』が移動先に関係してくるのだ。
「さっきここを出た時、出たのがこっちの分岐点……ということは、今ここを出ればこっちの『森林の間』に出られるってこと?」
「恐らくそうだろうな。」
「この建物の歩き方は分かった。しかし何処へ行けば、リンクやじーさん達に会えるんだ?」
現在の目的は、はぐれた者達との再会、そしてザント達の討伐ということは変わらない。
摩訶不思議な建物の正体を見破ることなら良かったのだが、彼らはまだ土俵にすら立っていないのだ。
「この『始まりの間』って、俺達が最初に集められた場所じゃないのか?」
カインが指さしたのは、地図の端にあった四角い部屋だ。
大きな長方形でのみ表わされているが、部屋の構造からしてあの場所だと考えても間違いないだろう。
「始まりがあったなら、終わりもあそこにあるってことね……。」
リンクがその場所にいるという保証はどこにもない。
だが、この呆れかえるほど広い建物を1つずつ探すより、少しでも手掛かりのありそうな場所を優先的に探した方が良いはずだ。
「この場所へ向かうには…。」
「ここを出て、左に曲がれば『封印の間』に出るはずだ。そこの隠し通路から向かうぞ。」
「あの場所か……。」
封印という言葉を聞いて、思い出したのは、カインとミキタカが偶然迷い込んだ場所のことだ。
山奥の塔の旅の扉から行けたあの場所は、あまり近寄りたくはないが、贅沢は言っていられない。
「あの場所、と言いますと?」
「覚えてないか?俺たちが見た、黒い棺と蝋燭があった場所だ。」
「黒い棺と蝋燭!!?」
突然大きな声を出したのは、クリスチーヌだった。
おおよそ知的な彼女とは思えないような挙動で、他の4人は驚く。
「そんな……まさか……あれが………あれが……。」
叫んだと思いきや、うわ言のような口調で話をする。
殺し合いの最中、影に覆われた世界。影に身を委ねたマリオ。
この殺し合いの後ろに、カゲの女王がいるのだとしたら、全て辻褄が合う話だ。
だが、彼女が話そうとしたのは、そんなことではなかった。
「みんな……聞いて。私はあの時………。」
クリスチーヌが話をしようとした時、辺りにズンと衝撃が走った。
どこかで誰かが戦ったのか、それとも他の何かか。
「話している場合じゃない!すぐに封印の間へ向かうぞ!!」
カインは彼女の話を聞く間もなく、走り出す。
他の4人も、仕方なしに彼について行く。
もしもの話だ。
もしも、この時クリスチーヌの話を聞いていれば。
彼女がこの殺し合いでの存在意義を分かっていれば。
この先起こる悲劇を、少しは変えられただろう。
最終更新:2023年05月07日 11:11