黒一色に包まれた場所から移動した先は、またも黒一色に包まれた場所だった。
「え?さっきと同じ場所?まさか、失敗だったの?」
「のび太殿、違うでござる。この場所こそ、奴がいるでござる。」
しかし、決定的なまでに違う所がある。
感じる邪悪な気配が違う。
何も感じない場所だった先程とは異なり、息が詰まりそうな程、重苦しい気配を感じる。
間違いなく、ここに女王がいるのだと、7人全員が理解した。
その先に存在する者が違う。
闇に覆われた場所の先に、一人の少女がいる。
カゲの魔物に取りつかれた少女に巻き付く、黒い大蛇のような何かがそこにいる。
「ほう。まさかわらわの作りし空間から脱出するとは……」
女王が姿を見せた後の、リンクの行動は早かった。
暗闇の中で掲げる聖火のように、マスターソードを掲げて疾走する。
前線に立つと、使い続けた剣を一振り。
「てえやあああ!!」
大きく剣を頭上に振りかぶり、体重をかけて勢いよく振り下ろす。
リディアのほんの少し前を斬りつけた。
「な、なんじゃと……わ……わらわのこの身体に、傷がつくとは……。」
そこにいたのは、カゲの女王の本体。
絶望から帰還した勇者が持つ剣は、さらに強い光を放っていた。
「光を取り戻したか……じゃが、一度わらわにキズを付けたぐらいで図に乗るな。」
女王はデマオンの魔法を受けた時と同様、カゲの力を集め、その身を癒そうとする。
だが、それは叶わなかった。
「な、何故出来ぬ!?」
「ローザ……それに、みんな!!」
女王が再び声を出す。
否、それは女王ではない。魔物に依り代とされた女性の言葉。
「私の最後の力をあげるわ!!頼んだわよ!!」
「ま、まさかわらわに逆らう気かあああ!!」
女王は気づかなかった。
リンクの一撃が、ほんの僅か、リディアの意識を取り戻させたことを。
幻獣界と、青き星の2つで培われた魔力の全てが、7人に贈られる。
リディアの恋人は、既にあの殺し合いで消えていることを、彼女は知らない。ローザを除いて、自分の力を分け与えるべき相手もいない。
だが、ゼロムスと似通った巨悪を、見過ごすような性格ではない。
「あたたかい……力が満ちてくる……。」
「地球人のくせに余計なことをしおって……まあ、恩を受けたまま返さぬのもバカげた話よ。」
彼女の擲った力は、全員の魔力を回復させた。
マリオが女王の取引に乗らなかった世界で、ピーチが残された力で、勇者たちの傷を回復させたように。
「行くぞ!!」
「ふん!けちらしてくれるわ!!」
真っ黒な空間に、巨大な右手が現れた。
人を平気で握りつぶしてしまう程の大きさだが、その程度で勇者たちの進行は止められない。
マスターソードを逆袈裟に一閃。
それで女王の片手は霧消する。
リンクの一撃が、敵にダメージを与えられるという事実を伝えた。
彼の行動は、味方全員に勇気を与えた。
――終の奥義 大回転斬り
眩しい光を纏った一撃が、女王を深く傷つける。
彼の剣さばきは、まさしく勇者といったところか。
「小賢しい真似をしおって!」
女王のもう片方の腕が、リンクを叩き潰そうとする。
「行くよ!朝比奈さん!!」
「分かってるぜ!!」
覚が呪力で飛ばした銀のダーツが、のび太の放った銃弾が。
同時に女王の左手に命中する。
攻撃は最大の防御とは良く言ったものだ。
弓兵達の攻撃が、前線のリンクへの攻撃を遅らせる。
リンクだけではない。魔法の力を秘めた楽器と、黄昏の獣の声は。
全員にカゲを打ち破る力を与えていた。
「何!?」
カゲの女王も、驚愕する瞬間だった。
ただダメージを受けただけではない。
最初に戦った時よりも、明らかに2人が強くなっているからだ。
反射神経も、チームワークもけた違いに上がっている。
「その程度でわらわに叶うと思ったか!!」
まず女王は、後ろにいる者に目掛けて、黒い雷を落とそうとする。
だが、のび太と覚を庇ったのはキョウヤだ。
バズーカをしまい、メルビンが落とした魔法の盾を上空に掲げる。
見様見真似でやってみたのはいいが、その盾は雷の魔法を凌ぐ力はない。
強烈な雷撃は盾をすり抜け、キョウヤの身体を流れる。
(くそ…やってみたけど意味が無かった……けどな……。)
「キョウヤさん!」
「しんぱいするな……けされなければ…。」
全身のあちらこちらから煙を出すことになっても、彼にとっては大した問題ではない。
一瞬だけ、焼け焦げた死体が見えるも、徐々に元に戻って行く。
不死の能力があれば、いかなる状況だろうと一撃は耐えられる。
存在そのものを消されるのでなければ、問題はない。
「これでも食らうが良い。飛び膝蹴り!!」
女王の顔面目掛けて、空高く跳び上がったメルビンが蹴りを見舞う。
喪った両腕は、リディアの魔力を授かっても治ることは無かった。
だが、まだ2本の足がある。それに両腕が無い状態での重心の動かし方、身体の使い方も徐々に身について来た。
光を取り戻した聖剣を持った、リンクだけではない。
覚ものび太も、メルビンも次々に女王へ攻撃を当てていく。
戦わなければいけない思いを取り戻した者達の勢いは、止まることを知らない。
「小癪な……シャドウフレア!!」
まずは前線を焼き払おうと、女王はカゲと黒魔法の合わせ技を詠唱し始める。
カゲの世界でも輝く、黒の炎が現れた。
炎の波は武器にも壁にもなる。
だが、勇者たちの陣営にも魔法の使い手はいる。
「行くわよ、デマオン!」
「わしに命令するな!!」
ローザもデマオンも、後方から女王に攻撃を加えていく。
リンク達が時間を稼いでくれたおかげで、十分に詠唱の時間を稼げた。
デマオンの両腕から放たれた炎竜が、ローザの放った極大白魔法を飲み込む。
瞬く間に炎の竜は、黄金の輝きを放つ巨竜へと進化した。
白魔法と黒魔法の複合技に生まれた竜は、唸り声をあげてカゲの女王目掛けて飛んで行く。
「「アルテマスパーク!!!!」」
世界にも5本の指に入る白魔法の使い手と、闇の道を歩んだ魔術師がいなければ出来ない魔法。
だが、本来相容れぬ者達に造られたからこそ、異次元の敵にも通用する。
黄金竜の牙は、女王が纏っているカゲという鎧を砕く。
激しい爆発は、黒い炎ごと吹き飛ばして、魔女に傷をつけた。
「やったあ!」
つい先ほどまで、どう足掻いても勝つことが出来ないと思っていた相手に、攻撃が通じたことを喜ぶのび太。
誰かが攻撃を成功させ、さらに勢いがついた状態で、他の者がまた攻撃を成功させる。
相も変わらず空間は闇に包まれている。
だというのに、暗い気分は全く漂っていなかった。
「な、なぜ……。」
女王にとっても、あまりにも予想外な事態だった。
8つの世界に干渉できるカゲの力を持ち、全てを飲み込むほどの魔力を手にしたというのに、なぜ押されているというのか。
この場にはスターストーンの力さえ無い。不確定要素は全て排除された。
そのはずだというのに、目の前の虫ケラはさらに力を増している。
「まだだ!畳みかけるでござる!!」
一度戦況が有利に傾いたところで、慢心してしまうのは二流三流の戦士。
だが、この場にはそのような者などいない。
何度も死線を潜って来た者達は、油断することなく、いまだ遠い勝利を目指そうとする。
「来い!ゾンババ!!わらわに逆らう愚か者共を、消し尽くすのだ!!」
女王は両手を掲げ、召喚魔法の体勢に入る。
異次元から現れたのは、全身が骨の怪物だった。
骨格は先ほど現れたブンババに似ている。
「オロロ~~~~~~~~ン。」
巨大な怪物が不気味な声を上げるも、それに怯む者はいない。
彼らの胸の内には、必ず生きて帰るという意志の方が勝った。
何の皮肉か、一度手放してしまったために、その思いが一層強くなっていた。
彼らの闘志が燃やす炎は、女王の闇と影を完全に退ける。
「そうか……汝らの心がそうさせたか……ならばそれをかき乱してみせよう……。」
女王の口に当たる部分から、紫色の呼気が溢れ出した。
同時に、ゾンババも似たような色の息を吐き出す。
色からして、吸えばろくなことにならないと、誰もが判断した。
覚が呪力で突風を起こし、リンクが疾風のブーメランを投げて竜巻を起こす。
2つの暴風が、猛毒の瘴気を吹き飛ばそうとした。
だが、2つの邪悪な力を帯びた猛毒の渦は、なおも空間に充満し続ける。
「くそっ!」
リンクは咄嗟にトルナードの盾を前面に押し出し、顔だけでも守ろうとする。
だが、腕に火傷のような痛みが走った。
毒は呼吸器官だけではなく、皮膚にもダメージを与えてくる。
「バギマ!!」
覚とリンクに次いで、メルビンも風を起こす。
アルスたちと冒険をする前から覚えていた魔法だ。
中級の魔法で、強力な猛毒を吹き飛ばすことは難しい。
「助かる!」
だが、メルビンは毒を跳ね返すためだけではなく、リンクを前線から吹き飛ばすために魔法を放った。
そして、前線から人が離れたということは。
銃後からの魔法の誤爆を、恐れることなく撃てる。
「所詮は骨の竜。きさまの吐いた息ごと灰燼と化すが良い!!」
デマオンの両腕から炎の竜が現れ、瘴気の漂う空間目掛けて飛んで行く。
それは毒が最も濃い場所に行くと、爆発を起こし、ゾンババの顔を焼いた。
「キアリー!!」
「シェル!!」
メルビンがリンクに解毒魔法をかけた後、ローザが全員に防御魔法をかける。
毒という脅威がなくなると、リンクは再び地面を駆ける。
「ゾンババ!阻め!!」
女王の命令に従って、骨の竜がリンクを噛み砕こうとする。
しかし、突然火薬がはじける音がして、ゾンババが一瞬怯んだ。
いや、正確に言うと、怪物が怯んだのは、その爆裂音とともに撃ちだされた鉄片。
リンクがいまだに使っていなかったのは、カノンドロフの置き土産。
とある世界で、バケネズミが使っていた火縄銃という武器だ。
元の世界では使ったことの無かったが、今までダンジョンで手に入れた道具と同様、ダンジョンの主を倒すのに役立つのではないかと思っていた。
(これ…反動がきついな……)
弓矢と似た物だと考えていたが、反動の重さはそれの比ではない。
だが、反動が激しいということは、それだけ威力もあるということだ。
現に、火縄銃の発砲のおかげで、確実にゾンババの懐に飛び込む時間を稼げた。
今度はもう片方の手に持っていた剣で、ゾンババの咢を斬りつける。
闇と影の力で動く、死骸になった怪物に、聖なる光を秘めた剣。
これほど有効な武器があるだろうか。
「リンク!加勢するぞ!!」
復活したキョウヤが、バズーカを発砲する。
使い慣れてない武器だが、ターゲットが大きい分当てやすい。
火薬を用いた爆発は、骨の怪物の苦手とする攻撃。これはリンクの世界の常識。
「オロロ……ン……!!」
やはり骨ばかりということが原因だろうか。
聖剣と爆発のダメージが、足の骨から全身に行き渡ったように、ゾンババは悶える。
「ケアルガ!!」
ローザの白魔法が、生者への治癒と、死者への攻撃を同時に行う。
墓から蘇った者は白魔法に弱い。これは彼女の世界で、死者と戦う時の鉄則だ。
「なんじゃその体たらくは!わらわのためにも戦わぬか!!」
予想外の抵抗に苦戦するゾンババに対し、女王が檄を飛ばす。
指をパチンと鳴らした瞬間、白一色の骨の怪物を、赤い光と青い光が包み込んだ。
それがプロテスやバイキルトのような、強化魔法だと誰もがすぐに察した。
「オロロ~~~~~ン!!!」
彼女の魔法により力を増したゾンババは、リンクを踏みつぶそうとする。
勇者である彼も、かの巨体に踏みつぶされれば、妖精の加護でもない限り即死だ。
やむを得ず、回避に専念するしかない。
覚はどうにかリンクを攻撃役に回そうと、ゾンババに呪力を打ち込む。
だが、怪物はなおも勇者にかかりきりだ。注意を向けさせることも出来ない。
(くそ……呪力が効かねえ!!)
だが、1人の攻撃が意味を成さないというのなら。
多人数での波状攻撃を打ち込めばいい。
「ドカン!」
のび太が亡き友の形見である空気砲を発砲する。
そんなものでは女王は愚か、ゾンババにさえ有効打を与えられない。
だが、その空気の塊は、突如炎を上げて燃え始めた。
それは覚の呪力によるもの。
殺し合いが始まってから、ずっと少年の保護者代わりになっている朝比奈覚だ。
空気砲が未知の道具だったとしても、のび太の攻撃のタイミングは、分かり切っている。
それに合わせて呪力を空気砲に放てばいいだけだ。
タイミングを間違えればのび太の手を火傷させるだけになる。だが、今の彼はそのようなミスをしない。
火球となった空気弾は、真っすぐ飛んで行き、ゾンババを焼こうとする。
だが、ゾンババは口を大きく開け、水色の息を吐き出す。
メラゾーマやファイガ級の炎と言え度、アイスブレスの前では蝋燭の火に等しい。
超低温の吐息は、火球ごと覚を凍結させようとする。
だが、炎の弾が吹き消される前に、リンクは炎の元に飛び込んでいった。
もちろん、焼身自殺をしに行ったのではない。剣に新たな力を加えるためだ。
聖なる剣に、呪力の炎が宿る。ソルの黄金と、炎の赤。2つの力が1本の剣に合わさった。
「てえやあああああああ!!!!」
勇ましい掛け声とともに、マスターソードを袈裟斬りに一振り。
その一撃で、凍てつく冷気を吹き飛ばす。
「凄い!吹雪を切り裂いた!!」
元の世界ならドラえもんの道具でもなければ出来ないような離れ業を見て、のび太が興奮する。
だが、リンクは氷の息を吹き飛ばしただけで止まることは無い。
返す刀で、ゾンババに一撃を見舞おうとする。
勿論、反逆者の無粋な行いを、女王が見過ごすわけにもいかない。
リンク目掛けて黒い雷を落とす。
黄昏の勇者といえど、ゾンババとカゲの女王、2人の攻撃を同時に捌き切ることは出来ない。
ローザのリフレクも、もう間に合わない。
だが、予想外の存在が、女王の雷を食い止めた。
黒い風のごとき勢いで、魔王が前線に躍り出たのだ。
しかもその両腕には、リンクのかつての好敵手が使っていた斧がある。
メルビンの支給品袋から取った物だ。
人間が使うにはやや大きすぎる戦斧を上空に掲げ、雷から身を護る傘にした。
「何!!わらわの雷を……。」
「力を手にしても浅はかなのは変わらぬか。わしが後ろで鼻をほじりながら魔法だけを唱えていたかと思ったか?」
勿論、魔王も無傷では済まない。両腕に蛇を思わせる火傷が走る。
だが、勝利のためには、笑って受け止められる程度の傷だ。
「行くぞ!勇者よ!!」
「勿論だ!!」
マスターソードと、キングブルブリンの斧。
かつてぶつかり合った2つの業物が、今度は1つになる。
「「ギガ・クロススラッシュ!!」」
今度の一撃は、2人の勇者ではなく、勇者と魔王によるものだ。
だが、この場では誰が撃ったかなど問題はない。
重要なのは、それがどれほどの力を秘めているかだ。
「オロロ………ン……。」
そして、光と闇、黄金と漆黒のエネルギー。相反する力を纏った十字の斬撃は。
強大な力を秘めた骨竜を、一撃で切り伏せた。
斬られた箇所だけではない。そのダメージは、骨全てに伝わる。
やがて、骨だけだった竜は、骨も残さず光に飲まれ、その身は灰燼に帰した。
さらに2つの武器が切り裂いた場所から現れた衝撃波が、後方の女王まで届く。
エネルギーの波動が疾走し、激しい爆発がカゲの女王を飲み込んだ。
マスターソードは、時代と持ち主の状態によっては、ビームを飛ばすことも可能だったと記録にある。
元の世界でリンクがそれをすることは終ぞなかったが、そのような物だろう。
「くうう……おのれえ……」
「とどめを刺しに行くぞ!!」
デマオンが先陣を切って、女王の下に飛び込んでいく。
リンクも遅れじと、その後を追う。
「リンク!加勢するぜ!!」
覚がサンダーロッドをかざし、リンクの剣に雷を宿す。
「バギクロス!」
「ホーリー!!」
「ドカン!!」
メルビンとローザが、女王目掛けて魔法を唱える。
のび太もそれに合わせて空気砲を放つ。
――壱の奥義 とどめ
高く跳び上がったリンクが、剣を地面に向け、女王を貫こうとした。
地上では大斧を振りかぶったデマオンが、渾身の一撃を当てようとする。
6つの力が、女王を滅する鉄槌となった。
その瞬間、14の目に光が満ち溢れた。
□
轟音が、無の空間を大きく揺らした。
「み、みんな?」
一番遠くにいたため、ダメージが比較的少なかったローザが、最初に状況に気付いた。
7人は全員、地面に伏していた。
「うっ……」
気づかぬうちに毒でも食らったのか、平衡感覚が覚束なかった。耳鳴りもひどい。
状況は最悪の一言で済ませられる。
目や耳や鼻、顔中のあらゆる所から液体が流れており、手の甲で拭うと真っ赤だった。
立ったはいいが、頭痛と虚脱感がひどく、すぐにも倒れてしまいそうだった。
先ほど女王にとどめを刺そうとして、ホーリーを放った後の記憶が無い。
気が付けば、凄まじい轟音がして、地面に倒れていた。
「目を覚まして…ケアルガ!!」
焼け石に水でしかないと分かっていながらも、全員に回復魔法をかける。
「み……みんな……。」
彼女の魔法のおかげか、覚も辛うじて立ち上がる。全身を震わせながら、立つことを覚えたばかりの幼児のような動き方だった。
のび太はそれが出来なかったが、僅かに胸部が動いていることから、死んではいない。
彼とのび太が死ななかった理由は、女王の動きに嫌な予感を覚えていたキョウヤがいたからだ。
誰もが攻撃に出ようとした中、彼だけは守りの準備をしていたのだ。
小野寺キョウヤの制服の背中の部分が、完全に焼け焦げており、背骨が露出していた。
とはいえ、彼の不死の能力は健在である以上、さほど問題ではない。
特に被害が大きかったのは、前線の二人。
そして両腕を失っていたため、防御が出来なかったメルビンだった。
老兵士は血だまりの中に沈んでおり、黄昏の騎士も同様に倒れている。生死は定かではない。
魔王も黒いローブがボロボロになり、斧を両手に持ったまま倒れていた。
だが、その巨大な斧の先端は、明後日の方向に飛んでいた。
「お……おい……。」
「地球人の分際で心配するな……だが、動き回るには難があるか……。」
こんなところで倒れてたまるかと、魔王は身を持ち上げる。
立ち上がった瞬間、魔王は口から血塊を吐き出す。
おまけに、右目は潰れており、右の角も折れていた。
「ほう……まだ生きて居る者がいたか……じゃが、無駄なこと。大人しくカゲに飲まれるが良い。」
女王が使った技は、『黒い衝撃波』。
カゲの魔力を溜め、辺り一面に放出する、最強にして最凶の技だ。
その力は、ムキムキボディやカチカチコウラといった守りの力さえ役に立たない。
しかも、新たな7つの世界の力を含んでいるのだから、当然威力は増している。
「まだ……で……ござる……。」
血だまりの中から、メルビンは掠れるような声を出す。
先程の攻撃で、両腕に次いで、両目も失ってしまった。おまけに、左足がまずい向きに曲がっている。
白髭も赤く染まっており、最早彼には何も残っていないはずだ。
「メルビンさん!しっかりして!!」
ローザの両手に、真珠色の光が宿る。
傍から見て、白魔法などではどうにもならない。
だからと言って見捨てる訳にはいかない。
「その必要はないでござるよ。」
メルビンの全身が、神々しい光に包まれる。
彼が何をするかは、察しがついていた。
けれど、誰も止めることが出来なかった。
「聖なる使いよ……どうか、彼らに勝利を……」
「やめて……!」
「おのれえ!!」
女王が黒い雷を落とす。だが、メルビンが魔法の詠唱を止めることはない。
今から彼が使うのは、最強にして、最後の回復呪文。
「メガザル。」
彼を包んでいた光が弾け、他の仲間を包み込む。
いかに女王の攻撃が苛烈だろうと、回復魔法が制限された中だろうと、関係ない。
無論、その代償は決して軽くない。
メガザルは全ての魔力と術士の命を必要とする。
「後は、頼んだでござるよ。」
それは、仲間に、自分より若い者達に、先立たれ続けた老兵士のたった一つの答え。
意識が完全に途切れる瞬間、早季とノコタロウ、そして自分を封印から解放してくれた少年の笑顔が浮かんだ。
□
「老いぼれが味なマネを……そんなことをしても無駄というのに……。」
絶望は、まだ終わらない。
女王の桁外れな力のことだけではない。
巨悪に付けられた光の傷が、消え始めていた。
(……そうか……。)
メルビンが生きていれば、もう少し早く気付いたかもしれない。
何しろ彼は、漏れ出す呪力が傷を癒した瞬間を目の当たりにしているからだ。
業魔化した瞬を取り込んだのだ、そうなるのもおかしな話ではない。
もしもの話、まともな精神の持ち主が業魔化したことに気付けば、周囲の親しき者の健康を害さないために、漏れ出す呪力を拒絶するだろう。
だが、悪である女王に、そのようなことを気にする必要はない。
彼女にとって、全てが道具か、征服対象でしかないのだ。
リンクはマスターソードを手に、再び立ち上がる。
だが、敵の懐に飛び込むことが出来なかった。
先ほどはメルビンの犠牲で一命をとりとめたが、今度は復活のチャンスはない。
逆に、女王は回復し続けている。
然るべきタイミングで、渾身の一撃を回復させる暇もないまま与えなければいけない。
盤面は再び、女王のものとなった。
□
だが、この場で戦っているのは、7人だけではない。
女王に取り込まれた者もまた、生きようとしていた。
勝利はまだ遠い。だが、着実に近づいていた。
【メルビン@ドラゴンクエストVII エデンの戦士たち 死亡】
【残り 8名】
最終更新:2023年06月03日 09:57