夢とも現とも分からない空間の中で、クリスチーヌは目を覚ました。
女王の手に吸い込まれてから、どれほど時間が経ったのか分からない。


「……みんなは!?」

「目が覚めたんだ。でも、覚めない方が良かったかもな。」


聊か高い声を聞いて、クリスチーヌは振り返った。
そこにいたのは、お面を付けた少年だった。
無の空間の中にいた、色の付いた存在だったので、それだけで異様に見えた。


「ここは、どこなの?」
「あの怪物の胎の中というべきかな……。」
「カゲの女王の身体の中っていうこと!?」


少年の言葉を聞いて、ようやくクリスチーヌは思い出した。
自分は、決して叶えてはいけない願いを叶えてしまったことを。


「それが一番近いだろうな。」
「……どうして、私達は死んでいないのよ……。」

「恐らく、世界を越えて生きた僕らの力は、奴にとって重要ってことだ。だからこうして生かされているんだろう。」


彼女は、たとえ無理を通してでも、好きな相手と共にいたいと願ってしまった。
その結果、自分はその願いを女王に利用されてしまった。
出ようにも、簡単に外に出してくれるほど、甘い相手ではないのは知っている。
彼女の頭脳などでは、到底どうにも出来ない。


「そうだ、あなたの力って、カゲの女王が大事にしたがるくらい強いんでしょ?その力でどうにかならないの?」

「無理だ。僕の力をコントロールすることは、僕でさえ不可能なんだ。」

少年、青沼瞬は彼の身に起こったことを説明した。
彼と同じ町に生まれた者の、ほとんどが持っている力がある。


「知っているわよ。サトルと一緒の町なんでしょ?」
「それが分かっているなら話は早い。今の僕は、その呪力を制御することが出来ず、辺りに混沌をばらまくだけになってしまってるんだ。」
「混沌をばらまくって?」


ロジックとデータで生きて来た彼女にとって、瞬の言っていることは今一つ理解が出来なかった。
だが、呪力の暴走を表現するのなら、その言葉が適切だ。
何しろ、万能の力の漏出は、どんな害をもたらすか、どんな景色を見せるのか誰にも分からないからだ。
この場が無の空間だからこそ分かりにくいが、何かある場所ならば、たちまちそれらが異常な風景を作り上げるだろう。
それが自然物だろうと、人工物だろうと、同じことだ。


「どうやったらそれを止められるの?」
「……方法があるとするなら、僕自身が死ぬことだが、これさえもどうしようもない。」


呪力の漏洩は、ほぼ全てにおいて、道理を無視し切っているが、1つだけ一貫していることがある。
それは、熱したやかんに手を触れた際に、脊髄反射で手を放すように、無意識に呪力がその身を守ることだ。
この殺し合いで、瞬と同じ病状を発症した早季が、意識することなく裂傷を癒したように。
瞬は自身の状況を知った際に、大人から渡された毒薬を服用した。だが、毒は全て呪力によって無害なものへ変わってしまった。
今となって、彼を殺せる可能性があるとするなら、早季に降り注いだ隕石の雨のように、呪力をも越える力だが、この場にはそんな力など無い。


「呪力が僕を殺そうとしていない……いや、正確に言おう。僕自身が死にたくないんだ。そう思ってしまったんだ。」


本来なら、彼が14歳の時、早季を逃がした後死ぬはずだった。
だが青沼瞬は、たとえ自殺した人間でさえも願う、ごくありふれた願いが胸の奥にあった。
その結果行くことになったのは、黄泉の国ではなく、次元の狭間だった。
死ぬこともなく、かと言って生きて何をするわけでもなく、無意識のままその場を彷徨っていた。
勿論、そこでも呪力を漏らしながら。


「…………。」


クリスチーヌも、その気持ちは分からなくはない。
何しろ彼女も、目の前の現実を受け入れきれず、マリオと共にいたいと思ってしまったから。
ましてや、いくら他者から死を望まれているからと言って、居るべきではない人間だからと言って、死にたくないと思ってしまうのも無理はないだろう。


「願いを叶えてもらうことって、そんなに悪い事なのかしら……。」


この殺し合いも、願いを叶えてもらうことを餌に、開かれた邪悪な宴だった。
それに釣られ、殺し合いに乗った者は、全て死んでしまった。
自分の理想が、道理で実現できなければ、超越的な力に頼ってしまうのは、そこまで悪い事なのか。


「そうだとは思いたくない。けれど……もうどっちでもいいことだ。」


今の瞬は、その力を女王に利用されるだけの存在。
クリスチーヌもまた同じことだ。
無の空間から出ることも出来ず、自殺することさえできない。


「諦めろって言うの?」
「こんな場所ではいくら考えても無駄だよ。もう助かることは無い。」


その時、激しい衝撃が空間の中を襲った。
女王が魔力を放出したのだろう。他の者達はどうなったのか。
けれど、2人は何も出来ない。
クリスチーヌは、持ち前の知識でマリオや他の仲間を導いてきた。
逆に言うと、力や特別な能力を持つ者がいなければ、その知識は無意味でしかない。


――本当に諦めるのかい?


クリスチーヌの耳に入ったのは、彼女がずっと求め続けていた声だった。
声の方に走る。目の前にいたのは、赤い帽子に髭、団子鼻が印象的な青年。


「マリオ!!どうして?」


あの戦いの果てに、彼が消えた時、ただ一つ残っていたマリオの帽子を持っていたからか。
それとも、これもまた瞬の漏れ出る呪力の影響か。
いずれにせよ、マリオのことを知っている者がこの場にいれば、誰もがマリオと断定する姿だった。
だが、仮に彼女の目の前にいるのがマリオだったとして。
なぜ彼がこのタイミングで現れたのかという疑問が残る。


――気になっただけさ。まだ願いも叶えてないのに、諦めるのかって。


マリオから問われた疑問は、意外なものだった。
自分たちで、願いを無理矢理かなえようとすることを、悪いことだと考えたばかりだというのに。
この期に及んで願いを叶えようとして、余計事態を悪化させるだけではないか。


「で、でも、それは間違った願い……」
――間違っては無いよ。


マリオの言葉は、どこまでも暖かかった。
冷え切った体に染み入る、温泉のようだった。


――君がそう思うのは、絶対に間違いじゃない。
――聞きたいんだけど、君が祈ったことは、本当に叶えたい願いだったのかな?
――それを諦めて、望まない願いで妥協してしまったんじゃないか?



ふいにクリスチーヌが思い出したのは、図書館で戦った秋月真理亜という少女のこと。
彼女もまた、誰かのために戦おうとしたと同時に、他の者達と協力するという道を諦めていた。
そして、ゼルダや重清を死に追いやり、挙句の果てに死んでしまった。


「でも、もう諦めるしかないわよ……」


諦めなかったとしても、力や状況を打開する能力が無ければ、苦しむ時間がいたずらに長くなるだけだ。
頼れる仲間はおらず、この状況を打破する道具もない。
そんな状況で、諦めるなというのが無茶な方だろう。


――本当にそうかな?
「マリオや他の仲間がいないと、何も出来ないよ!私はヒーローじゃないから!」
――じゃあどうして、あの時僕を倒せたんだい?


誰が言ったか。
人は、誰かになれると。


「私はただ……マリオを救いたかったから……。」
――その気持ちが大切なんだ。その気持ちを捨てない限り、何か自分で選んで、前に進むことが出来れば、きっと誰だってヒーローになれる。
――もちろん、本当に望む願いだってかなえられるはずだし、もし出来なくても、きっと誰かが支えてくれるはずさ。


彼女は気づいていただろうか。
カゲに飲まれた勇者を倒したことで、新たなヒーローになっていたのだ。
たとえ勇者が、消えたとしても、闇に堕ちたとしても、死したとしても。
勇者はカゲから蘇るし、もしそれが出来なかったとしても、新たな勇者が現れる。
それはかつて勇者ではなかった者なのかもしれない。


「私の出来ること……。」

話も終わらない内に、マリオは光に包まれて消えてしまった。
何度もキノコ王国を救ったヒーローとは思えないほど、一瞬で、あっけなく。


「え?ちょっと待って!?」


マリオが消えたと思った時、奇跡は起こった。
黒一色で包まれたカゲの世界の中、上空に一筋の光が差した。


(あれは……)


観察眼に優れた彼女なら、小さい光でも見つけることは容易だった。
そして、勇者というのは。足元に転がっている奇跡を見つけ、手繰り寄せられる者のことだ。
表の世界で偽りの安寧を貪ることを良しとせず、裏へのカギを見つけられる者のことだ。


「マリオ……。」


彼女は、今の状況を受け入れた訳ではない。
マリオとずっと居たかった気持ちは変わらないし、罪悪感が消えたわけではない。


「それでも、行くしかないよね。」


彼女の口元が弧を描く。
英雄がくれた言葉は、彼女に勇気を与えていた。
大切な人に託された以上は、命尽きる限り、戦い抜こうと決意した。



「ねえ、シュン。お願いがあるの。」
「何だい?」
「私を、あの光の所まで飛ばすことは出来る?」
「それぐらいなら出来るよ。」


今、この瞬間。
クリスチーヌという、未来を他者に委ねることしか出来なかったクリボーは。
新世界の扉を開く、新しい英雄へと姿を変えた。





「う………。」

血だまりの中で、リンクは目を覚ました。
先程まで立つことさえ出来ぬほどの痛みに襲われていたというのに、それはすっかり消えている。
むしろザントとの戦いの後よりも体が軽いぐらいだ。


「緑の騎士よ。よそ見している暇はないぞ。」


すぐ近くに、デマオンが立っていた。
彼自身も傷は粗方消えていたが、ローブが先程よりボロボロになっていたため、あの一撃が幻で無かったのだと察しは付く。


「なあ、一体何があった……うわっ!!」


すぐ近くを、黒い雷が横切った。
あと数センチ左に居れば、黒焦げだったと肝を冷やす。


「あの老兵士の犠牲があったからだ。」


また、誰かの犠牲のもとに生き残ってしまった。
牧童という生まれである以上、生きるためには殺して、その死骸を糧にしなければならないのは良く知っている。
だからといって、その事実を知って、冷静のままではいられない。

雷を凌いだ後も、女王の両手がデマオンとリンクに襲い掛かる。
それらを、マスターソードを炎魔法で撃ち飛ばす。


これ以上女王に、あの大技を撃たせるわけにはいかない。
生き残った6人の中で、誰もが思っていた。
もうメルビンの使ったメガザルのような技が使える者はいない。
今度あの技が来たら、自分だけで守り抜くしか方法が無い。
あるいは、来る前に休む間もないほど徹底的に攻撃し続け、殺される前に殺すか。
黒の衝撃波と、メルビンの犠牲によって、メンバーの統率が乱れていた。


「うおおおおお!」


リンクは女王の雷を躱し、そのまま女王に斬りかかって行く。
女王の吐息を、回転斬り一発で吹き飛ばす。


「待て!早まるな!!」


デマオンの言葉を無視して、リンクはさらに敵の近くに飛び込む。
命を犠牲にして助けてくれたメルビンの分まで戦わねば。そんな思いが彼を無鉄砲にさせた。


――参の奥義 背面斬り


超至近距離まで走り込んだのち、姿勢を低くして転がり込む。
女王の背中を斬りつける。だが、魔力の突風に吹き飛ばされたため、その斬撃は浅い。


「シェル!!」
(くそ……リンクのやつ、あんな遠くに居たら呪力で引き戻せないのに!!)


一方でローザや覚は、攻撃には消極的だった。
黒い衝撃波がいつ来てもいいように、威力を、少しでも抑えるために、回復と守りにばかり気を配っていた。


「立てよ!火柱!!」


魔王の炎が女王を襲う。
しかし、その魔法一発では到底女王を倒すことは出来ない。
先程までに女王にダメージを与えられたのは、リンクやローザのサポートがあったからだ。
女王のカゲの左手だけで、行く手を阻まれてしまう。


(やっぱり……俺が何とかしないと!!)


リンクはしばらく地面を転がって行ったが、それが止まると、すぐに走り出す。
女王の右手が、リンクを叩き潰そうと降ってくる。


――弐の奥義 盾アタック


トルナードの盾を天に掲げ、破壊の塊を押し返す。
風の精霊の力を借りた盾は、敵の攻撃の威力を逸らすことが出来る。
邪魔な両手が無くなるとすぐに、高く跳躍する。
狙うは、女王の頭部。頭を叩き潰せば、いかな怪物だろうと致命傷のはずだ。


――肆の奥義 兜割……


だが、それを甘んじて受ける女王ではない。
口から吐き出される猛毒の突風が、リンクを吹き飛ばす。
一度食らった技を、二度も食らってしまうとは、彼が冷静さを欠いている証拠だろう。


「リンク!」

立とうとしたが、平衡感覚がおかしくなり、立ち上がれなかった。


「大丈夫?エスナ!!」
「無茶も大概にしろ!」


両目の焦点が合ってないことから、混乱の類だと判断したローザは、すぐに治癒魔法をかける。
だが、そこを見逃す女王ではない。
既に復活した両手が、黒い火球を掲げている。


「焼け落ちるが良い。シャドウフレア!!」
「落ちよ!水柱!!」


だが、その炎は落ちる前に、デマオンの水魔法を受ける。
魔王と女王の魔法のぶつかり合いは、女王の方に軍配が上がった。
それでも、炎が小さくなったのは確か。覚の呪力で十分対応できる。
空間から鏡を作り出し、炎を明後日の方向に飛ばした。

「うおおおおおお!!」

リンクは立てるようになると、自分の傷も鑑みずに女王目掛けて突っ走る。


「ええい!見ておれん!!ここからはわしが仕切る!!」


人間達の動きの乱れに、しびれを切らした魔王が、炎の爪を付けて攻め込む。
これまでは個人が個々人の判断で、動き回っていた。
それでも、高揚した士気によって、誰の指示が無くとも女王に有効打を与えられていた。
だが、それが崩されてしまった以上は、そのやり方は通用しない。
なので、自身が司令塔になれば良いという判断だ。


「後ろにいる者共は、左右に散れ!!緑の騎士に合わせて、攻撃をしろ!!」
「しかし……」
「黙ってわしの指示に従え!!」


状況が芳しくないと考えたキョウヤは、意見を出す。
だが、デマオンはそれを一蹴した。彼はメルビンの喪失で動揺しているわけではない。
女王の傷が治りつつあることに、気づいているだけだ。


――伍の奥義 居合い


リンクの神速の一撃が、女王の身体を斬りつけようとする。
だが、相手はいくつもの世界を影に飲み込もうとする魔女。
いくら優れた武器を使おうと、卓越した剣術を持っていようと、正面から勝てる相手ではない。

「今だ!緑の騎士にあわせて、武器と魔法を撃ち込め!!」


デマオンは銃後にいるローザ達4人に指示を出す。
だが、そのタイミングが一手遅れた。


「があっ!!」


黒雲を纏った竜巻が、女王の周りに吹き荒れる。
前線を担っていた騎士も、弓矢や弾丸、魔法も全て吹き飛ばされる。
例外で呪力だけは女王に当てることが出来たが、それだけではすぐに回復されてしまう。


「くそ……なぜ思い通りにいかん!!」


デマオンは竜巻の範囲からは離れていたが、結果として彼一人が孤立することになった。
たとえ協力するとしても、彼は魔王。戦いが長引けばそれだけ、人と人ならざる者の間の齟齬が生じやすくなる。


「愚かな。所詮はわらわに怯え、自分より弱き者を責めるだけの僭王か。」
「何!?」

キバをむき出しにし、カゲの中でも光る眼をギラつかせる。
炎の爪と魔法の炎が合わさり、一羽の火の鳥となる。
羽の代わりに火の粉を散らしながら、女王の顔面目掛けて飛来する。


「つまらぬ。その技は見飽きたわ。」


女王の吐息が、デマオンの火の鳥を吹き消す。そして魔王も吹き飛ばした。
威力はそれほどでもない。だが、魔女の邪気が籠ったそれは、触れたものに何かしらの異常を齎す。
それは人間よりはるかに頑丈な魔王とて例外ではない。


「ポイゾナ!!」

ローザの白魔法が、魔王の体内の毒を分解する。
彼女もあとどこまで魔法を使えるか分からない。


「地球人から施しを受けるほど落ちぶれておらぬ。そんな魔力があるなら、地球人共に使え。」


たとえ不死という強みが抜けても、人間が苦しむ毒ぐらい、魔王にはどうということは無い。
地球で君主を目指す者ならば、毒を盛られてその道を手放すことは珍しくない。
だが、魔界星で王を目指す者ならば、猛毒の杯など笑って飲み干さねば笑い物だ。


「しかし……このままじゃ俺達の負けだ……。」


キョウヤの言う通りだ。状況は刻一刻と悪くなっている。
攻めたいところだが、生半可な攻撃では、すぐに回復されてしまう。
もう一度アルテマスパークやギガ・クロススラッシュを撃ち込みたいところだが、そのチャンスを与えてくれる相手でもない。


どうするか考える間もなく、リンクは再び地面を蹴る。
理想的な解答とは到底思えないが、これが最適解でしかないのだ。


「懲りぬ奴よ…その愚かさを死を持って償うがよい……。」


女王が放ったシャドウフレアを、回転斬りで吹き飛ばす。
だが、次の攻撃を受けきれない。
女王の手が、リンクを叩き潰そうとする。
それをローザの矢と、のび太の銃弾が撃ち飛ばした。
だが、当たり前の話だが、手は2つある。もう片方の手が、リンクを握りつぶそうとする。
盾アタックも最早間に合わない。


その時、奇跡は起こった。
一見、小型の隕石に見えた何かが、女王に降り注いだ。
決して強力な一撃ではない。それでも確かに、リンクを守った。
仲間の力を借りた英雄は、この機を逃さず女王に斬りかかる。


黒い雷が、リンクを貫こうとするが、今度遅れたのは女王の方だ。
バック宙で攻撃をかわし、後退する。


「クリスチーヌ!!無事だったのね?」


ローザは彼女の無事を喜ぶ。大きなケガも見えず何よりだ。
これまで頭脳で、物語の主人公たちを支えてきた少女が、そこにいた。
どうやって脱出できたのか、それは誰にも分からない。
けれど、彼女の無事を祝わずにはいられなかった。


「あのさ……私のせいでこんなことになってしまったけど……」
「下らぬ申し開きをする必要はない。あの魔女を滅するまで、きさまも戦い抜けばいいだけだ。」
「ありがと。」


魔王は決して、彼女を気遣ったのではない。
ただ、使える道具が1つ増えたというだけだ。


「今更1人くらいがいなくなった所でどうということは無い。纏めて吹き飛ばしてくれよう。」

女王の魔力が溜まり切った。
再び、全てを破壊するカゲの魔力の暴走が襲い来る。


「みんな!!出来るだけ姿勢を低くして!!」

クリスチーヌの一声と共に、それぞれが守りを固める。
ある者は前面に盾を構え、ある者は守りの魔法を使う。
彼女は、リンクが出したトルナードの盾に隠れた。


「消えるが良い!!」


黒い色をした破壊が、辺り一面を薙ぎ払った。
クリスチーヌが生まれるより1000年と少し前、栄えた町を地の底に沈めた技だ。
当然、まともに受ければ、良くて戦えなくなるぐらいで、悪くて死に至ることは間違いないだろう。


「無傷というわけにはいかないか……」
「何?」

だが、全員が五体満足で立ち上がることが出来た。
勿論、誰もが多かれ少なかれ、どこか痛めている。
それでも、一度目の衝撃波に比べれば、格段にダメージは抑えられた。


「みんな、大丈夫?ケアルガ!!」


けれど、それもローザの回復魔法で、和らげることが出来た。


「助かったわ…私が見た女王の攻撃は全て幻だったから、どうなる事かと思ったけど、上手く行ったようね!!」


どんな強力な攻撃でも、来ると分かっていれば、ダメージを幾分かは抑えられる。
ローザの魔法や覚の呪力、そしてデマオンの放った魔法の突風による、全員での防御で耐えきることが出来た。
加えてこのメンバーの中で、クリスチーヌとローザは、闇に堕ちたマリオが似た技を使っていたことを目撃している。
従って、今度は破壊の一撃にも対処することが出来た。


「みんな!あいつの攻撃なら、私は良く知ってるわ!どの攻撃が来るかも分かる!!」


クリスチーヌがカゲの女王を倒したのは、幻の中だけだ。
勿論、そんなものが信用できるわけではない。
だが、女王の攻撃を目の当たりにしてみると、幻想でもあながち信用できるものだと分かって来た。
そして、女王の手に堕ちたマリオとの戦い、そして今の攻撃だけでどのような攻撃をしてくるかは察しがついていた。


「そうか。ならば全員でかかるぞ!!」


今度は打って変わり、全員が女王目掛けて突撃する。
クリスチーヌという、女王を知る者の参戦によって、盤面の角度がまたしても変わった。


「特攻という訳か……随分侮られたものよ…。」


女王の目が光り、戦闘にいたリンクに雷が落ちる。


「リンク!少しだけ左へ避けて!」


さすがにそんな指示だけでは、完全に躱すことは出来ない。
それでも、掠めただけに終わった。


「走るのを止めるな!」
「左手が来るわよ!!」


「あと一歩下がれ!」
「ノビタ君!あいつの右手を撃って!!」


クリスチーヌとデマオン。
敵を知っている者といくつもの戦を経験している者。
2つの司令塔と頭脳が、全員をめまぐるしく動かしていく。
船頭多くして船山に上るという諺があるが、同じ人ならざる者同士の生まれか。
7人の戦士は、カゲの世界を淀みなく動いている。
その柔軟さは、女王の首筋へ噛みつこうとする一匹の蛇。いや、生き物ではなく、未来という海へと流れていく川と言った所か。


「落ちよ雷!!」
「ホーリー!!」

雷と白魔法、金と銀、2つの光が女王を照らす。
否、そこにもう覚が放った雷が一つ。
それも否、キョウヤの撃った爆弾による、赤い光がもう1つ。


――陸の奥義 大・ジャンプ斬り


マスターソードを纏ったリンクの奥義が、女王を縦に切り裂く。
大ジャンプ斬りの強さは、1体しか攻撃できないジャンプ斬りに、衝撃波を纏わせることで、周囲の敵にもダメージを与えられることだ。
光の衝撃波は、女王本体と両手の同時を薙ぎ払う。


「ちょろちょろと動き回るな!!子ネズミ共が!!」

突然、カゲの女王の両手が消えた。
勿論、それで勝ったと思う者は誰もいない。


「来るわ!女王の手が!!」


唯一女王のことを知っているクリスチーヌが呼びかける。
だが、警告の内容がまずかった。
手が消えた相手のことを『手が来る』と言っても、何のことか汲み取ってもらえるはずがない。


突然、辺り一面に大量の黒い手が広がる。
先程の2つの手に比べると、大きさはその5分の1と言った所か。
だが、数が違う。ざっと見積もって、100は下らない。
それが女王の足元から、無の空間から出ているのだ。


「くそっ!」


地面から現れた小さい手は、早速7人を拘束し、女王の下に近づけまいとする。
リンクが回転斬りで幾つか切り裂き、他の者達も得物や魔法で倒していく。
だが、10や20を潰したくらいでは、まだまだ残りがある。


「落ちよ雷!!」

たとえ遠くに居ても当てることの出来る魔法を、女王目掛けて撃つ。
だが、そこからも無数の手が現れる。
女王の手は、妨害だけでなく、防御にも優れている。

そして足元ばかり気にしていると、上から雷が来襲する。


「のび太、危ない!!」


覚の呪力が、のび太を吹き飛ばす。
聊か乱暴なやり方だったが、雷を直接受けるよりかはマシだろう。


だが、それでも女王の人海戦術、もとい手海戦術は続く。


(くそ……一体幾つあるんだよこいつら……。)


覚も、いくらでも湧いて来る小さな手に、苛立ちを募らせていく。
かつて田んぼに潜んでいたバケネズミの大群を焼き払った時のように、地面に火を放とうかと思ったが、他者へのダメージは免れない。


「もう許せぬ!!」


デマオンの両手に、紫色に魔力を宿す。


「おい、まさか?」


先ほど覚が考えたことを、この魔王は実行するのかと思い、背筋を冷やす。
だが、それは違う魔法だった。


突然7人に触れた手が、次々とおかしなことになって行く。
ある手は爆発し、ある手は炎に包まれ、ある手は風船のように破裂した。


「今のは……俺たちごと焼こうとしたんじゃないのか。」
「たわけが。きさまらを殺すのは早いことぐらいは分かっておるわ。」

デマオンが放ったのは、一種のカウンター魔法のような者。
暗殺からその身を護るため、触れた物に魔法を自動で与える魔術だ。
魔法など、非接触攻撃にはまったく意味を成さないが、相手が物理攻撃も絡めてくるというのならと使った。
吉良との戦いで、邪魔な不浄猫を焼き払うために使ったが、自分以外の者にかけたのは初めてだ。


「来るわよ!みんな、構えて!!」


手は倒したが、女王に攻撃の時間を与えてしまった。
クリスチーヌは、恐らく女王は次に、黒の衝撃波を放つだろうと警戒する。


「分かったわ。シェル!!」


彼女の指示通り、それぞれ魔法と防具を使って、身を固めようとする。


「虫けらの分際であがきおるわ……だが、これでおしまいじゃ……。」


女王が、魔力をその身の中心に集める。


「全てを灰燼に帰すが良い!!闇の流星よ!!!」


それは、黒の衝撃波以上の破壊だった。



最終更新:2023年06月03日 09:58