日本の教育をどのように捉えるか
今の日本の教育をどのように把握するべきだろうか。
2000年から始まったOECDによる加盟国の学力比較テストで、第一回はトップグループの成績をとったにもかかわらず、2003年の第二回でかなり順位が落ちたことで、日本の多くの教育関係者、および政府・財界の人々が、日本の子どもたちの学力が低下しており、この間の主要な教育の「標語」であった「ゆとり」は間違っていたという「印象」をもつに至った。そして、ゆとり路線を修正し、学力復活の思いを託した「学習指導要領」の改訂が行われたのである。
ところで、日本の教育の解決すべき問題として、学生の多くは、「学力低下」をあげる者は少なく、多くが「
いじめ」「不登校」をあげる。
1980年代までの日本の教育は、特に初等・中等教育において、世界の模範のような評価を受けていた。特にNIESと呼ばれるアジアの新興経済発展国家群は、日本の近代化が教育をバネとしていたことから、日本をモデルとした教育を土台とした経済の発展政策をとった。また、『ジャパン・アズ・ナンバーワン』という、日本人の心をくすぐる本を書いたフォーゲルは、日本が経済大国にのし上がった最大の功績を、教育によるものとした。実際、国際学力テストで示された日本の子どもの学力は、常に一位、二位を争うものだったのである。
そのために、PISAの結果は、日本の指導者にとって、屈辱的なものであったろう。しかし、実際のところ、これまでの国際学力テストは理数系に限定されており、PISAが始めて、読解力などの文系的な学力を試したという点で、単純な比較はできないし、また、PISAのテストがこれまでとはかなり異なる学力像で調査を行ったことも、注意深い考察が必要となっている。
戦前日本教育の特質とされてきたことを考えてみよう。何事もルーツを考えることが、必要であり、かつ現在を考える上で参考になるからである。
戦前日本の教育は「軍国主義」教育で、その後民主主義的な教育に改革されたために、戦前の教育とのつながりはないと考えられるかも知れないが、現在の日本の教育の中で、戦前との連続性をもっていることは、少なくないとも考えられる。
日本が唯一アジアの国で、植民地にならずに逆に植民地をもつような近代国家にいち早く脱皮できたのは、様々な要因があるせよ、教育が大きな役割を果たしたことは、広く認められている。そして明治時代に設立されていった近代的な教育制度は、実は、江戸時代の伝統をある面で引き継いだものだった。
和魂洋才・立身出世・学問と教育の分離・生活指導の大きさ(行事・活動等も含めて)・平等主義・学校の序列
平等主義
日本の教育は、欧米に比較して、その平等主義的な色彩で際立っている。それは必ずしも、国民全員が平等で同じ教育が受けられるという意味ではない。また、教育の機会において、社会的な階層差が反映しないという意味でもない。むしろ、現代では、家庭の経済的、あるいは教養的地位が、子どもの教育に大きな格差をもたらしていると言われている。特に、東大につながる6年制の私立中学に合格するためには、
小学校4年生のころからほぼ連日学習塾に通わせ、そこの競争に耐えていく必要がある。そのためには、家族の一人がその子どもの受験準備のために、十分な時間と費用をかけることが可能でなければならない。このような状況は、あまり平等というにはふさわしくないだろう。
しかし、それでも、日本の教育は平等と言えるのは、なによりも、明治の当初から、階級的な学校が廃止されて、少なくとも形式的には、国民全体に機会が開かれた学校体系になっていたことである。ヨーロッパでは、初等学校から、階級別に分かれた学校制度が発達し、小学校が統一されたのが、大戦間であり、中等学校が統一されたのは、第二次大戦後であったことでわかるように、日本は階級的な学校体系は19世紀の半ば、学校制度の創立時からなかったのである。だから、村のトップの子どもも、極貧の子どもも小学校では机を並べて学んだのであり、このことが、「日本人」という意識、一体感を醸成したと言われているのである。(アメリカ映画「摩天楼の**」の中で、大企業の内部郵便配達夫として採用された主人公に対して、仲間が「背広に対して決して口を聞いてはいけない」と、接触することすらできないことを忠告される場面があるが、アメリカは民主主義の国であるいっても、こうした階級的閉鎖性があることがわかる。)
よく戦後民主主義の行き過ぎの中で、過度の平等主義が横行していると批判されることがあるが、日本の平等主義は明治期からの伝統であるというべきである。もっとも明治の最初期から、小学校は複数の種類があり、通常の尋常小学校以外にも、たくさんの
小学校の種類があった。
立身出世主義
卒業式で歌われる機会の多い「仰げば尊し」は、典型的な「立身出世主義」を表明した歌であるといえる。
1 仰げば 尊し 我が師の恩
教(おしえ)の庭にも はや幾年(いくとせ)
思えば いと疾(と)し この年月(としつき)
今こそ 別れめ いざさらば
2 互(たがい)に睦し 日ごろの恩
別るる後(のち)にも やよ 忘るな
身を立て 名をあげ やよ 励めよ
今こそ 別れめ いざさらば
3 朝夕 馴(なれ)にし 学びの窓
蛍の灯火 積む白雪
忘るる 間(ま)ぞなき ゆく年月
今こそ 別れめ いざさらば
貧しい農民の子どもも含めて、学校でいい成績をとり、上級の学校に進学することで、将来が開ける構造が社会的につくられ、それで実際に社会的階層を上昇できる人がどんなに少なかいとしても、それが可能である制度であることによって、学校が上昇の手段を提供する、これが立身出世の考えであった。実際に、そうして「中央」に出て社会的地位を上り詰め、それが地域に利益をもたらす構造ができた。立身出世主義の教育とは、地域から中央に人材を送り出す機構でもあった。
学校の序列化
そのような中で、出世につながる程度に応じて、序列が明確になった。
義務教育段階でも、ある程度序列があるが、義務教育後の高校と大学に明確な序列があるのは、先進国では日本くらいだろう。欧米では、序列があっても、それは大学や高校全てを覆うものではなく、一部に限られている。例えば、アメリカの州立大学には序列はあまりなく、序列は一部有力私立大学のものである。また、高校は、一部私立学校を除いて、公立高校は地域総合高校が主流なので、地域の生徒はほぼ同じ高校に通うから、序列は当然生まれようがない。そして、この序列意識は、学校に対してだけではなく、生徒自身の人間関係の中にも色濃く刻まれていることが、日本の教育の特質であるように思われる。学生の多くは、「成績によって、自分のクラスにおける位置を知る」ことを求める。成績を序札と不可分のものと考えているからだろう。
村を育てる学力・村を捨てる学力
では、海外は、日本の教育の特質をどのように見ているのだろうか。
まずは、エンエルタのアメリカ版(2004年)の記述を見よう。
After Japan’s defeat in World War II, the educational system was revamped. Changes included the present grade structure of six years of elementary school and three years each of junior and senior high school; a guarantee of equal access to free, public education; and an end to the teaching of nationalist ideology. Reforms also sought to encourage students’ self-expression and increase flexibility in curriculum and classroom procedures. Nevertheless, some observers still believe that education in Japan is excessively rigid, favoring memorization of facts at the expense of creative expression, and geared to encouraging social conformity.
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戦後改革で改まったとはいえ、「記憶主義」「創造的表現の軽視」「社会的同調性」などにその特質を見ていることが示されている。
最終更新:2008年08月10日 16:09