「教育をする権利」はもしそれが認められるものなら、教師の教育の自由が認められるだろうか。あるいは逆に教師の教育の自由は制限できるものなのだろうか。原則だけではなく、実態も考察しなければならないだろう。
この点が正面から争われたのは、1970年代の古い事件であるが、伝習館事件がある。九州の名門の高校であった伝習館の教師が、
教科書を使わない授業を行い、一律評価をしたということで、懲戒処分となり、裁判で最高裁まで争われた。最高裁判決の要約で、事実部分を見ておこう。
二 原審が適法に確定した被上告人らの行為は、次のとおりである。
1 被上告人半田について
(1) 昭和四四年度に三年生の四つの組で各組週四時間担当した日本史については、まず、株式会社山川出版社発行の教科書「詳説日本史」及びその教師用指導参考書を通読しその他の参考書等をも利用して講義用ノートを作成して授業の準備をしたうえ、その授業においては、右教科書、九州各県の高等学校教諭による研究会の編集になる日本史資料集及び自己作成のプリントを教材とすることとした。右資料集は、日本史の史料そのものを掲載し、これに関して解説するというもので、教科書のように通史的記述とはなっていない。また、右プリントは、被上告人半田が教科書、教師用指導参考書その他の参考書を利用して作成したものである。そして、四月中旬ころまでに五、六時問かけて、特に教科書を用いることなく、歴史観及び時代区分について授業したが、その内容は、各種の時代区分論について話し、その中で唯物史観による時代区分についても話し、更に、唯物史観による時代区分論争の盛んなソヴイエト連邦、中国の成立以来の思想、政治、経済やいわゆる中ソ論争について話し、また、唯物史観上階級闘争がないとされている社会主義社会になお存する階級闘争の話に及んだ。次いで、四月下旬ころから六月中旬ころまでは、前記の教科書及び資料集を用いて原始、古代について授業したが、六月中旬ころから七月上旬ころまでは、七、八時間かけて日本奴隷経済史と題する自己作成のプリントを用いて授業した。その後は、二学期に週二時間生徒による日本史に関するグループ研究の発表をさせたほか、前記の教科書、資料集及びプリントを用いてその後の通史等について授業したが教科書より資料集及びプリントを使うことのほうが多かった。以上の授業は、学年末において、通史的に江戸末期ころまでを終了したにとどまった。
(二) 右(一)のとおり昭和四四年度に三年生の四つの組で担当した日本史の一学期の中間考査において、「社会主義社会における階級闘争について述べよ。」、「次の二題(テーマ)のうち一題を選び論述せよ。A スターリン思想とその批判、B 毛沢東思想とその批判」の各問題を出題し、考査の前にこれに応ずる授業を行った。
(三) 右(一)の日本史の授業において、前記のように時代区分について話した際に、マルクス、毛沢東に関する授業を行った。
(四) 昭和四三年度に一年生の三つの組で各組週三時間又は四時間担当した地理Bの三学期の期末考査において、選択的出題の一部として、「資本主義社会と社会主義社会における階級とその闘争について」の問題を出題し、右考査の前にこれに応ずる授業を行った。
(五) 昭和四四年度に一年生の一つの組で週二時間担当した地理Bの一学期の中間考査において、選択的出題の一部として、「社会主義社会における階級闘争」、「スターリン思想とその批判」、「毛沢東思想」の各問題を出題し、右考査の前にこれに応ずる授業を行った。
2 被上告人山口について
(一) 昭和四四年度に三年生の五つの組で各組週二時間又は三時間担当した政治経済の授業において、最初に一橋出版株式会社発行の教科書「政治経済」の目次によってその構成を説明したが、右教科書は内容が自分の考えと違うとして、その最初の数頁くらいを使用したのみで、その後は、九州各県の高等学校教諭による研究会の編集になる政治経済資料集を使用して主として政治、経済問題について授業し、時に国際関係等の時事問題について新聞の切抜を使用して授業した。
(二) 昭和四四年度の二年生の三つの組の倫理社会を各組週二時間、三年生の五つの組の政治経済を右(一)のとおり担当したが、右各科目について、一学期には期末考査を実施せず、これに代えて三問中から一問を選択させてレポートを提出させ、提出した者は一律六〇点、提出しなかった者は一律五〇点と評価し、また、右二年生の倫理社会について三学期に考査を実施しなかった。*14)
http://www.hiraoka.rose.ne.jp/C/900118S1.htm
最近の事件では、以下のようなものがある。
愛知県立高教諭、「イラク戦争」勝手に出題 批判に満点、肯定「低俗」
◆日本史試験
愛知県内の県立高校の男性教諭が、五月に実施した三年生の日本史の中間試験で、「イラク戦争についてどう思うか」と尋ねる記述問題を出題し、政府の対応を批判した解答には満点を与え、肯定する解答には加点していなかったことがわかった。二十四日の同県議会文教常任委員会で、公明党県議が取り上げた。試験問題はもともと、七つの部門の設問から成り、複数の日本史担当教諭が相談して作成した。
しかし、男性教諭は自分が受け持つ二クラスの生徒約八十人を対象にした試験問題に、八番目の設問として、イラク戦争についての意見を聞く記述問題を独断で追加。試験後、生徒に配った解答例には、「他国に軍隊を送ることはいけません。私たちの税金が無駄遣いされ、罪もない人たちが殺されています」「悪いのは最初に軍隊を送ったアメリカとそれと同盟して自衛隊を送った政府です」などと記載していた。
一方、別の紙には「自衛隊はイラクの人たちのために良いことをしている」「自衛隊が憲法違反なら憲法を変えればいい」などとした生徒の解答を列挙し、「低俗な例」と指摘していた。
記述問題の配点は五点で、百五点満点となるため、追加分は生徒の生活態度を評価する「平常点」に加点していた。
生徒の親の通報を受けた県議が県教委に問い合わせ、学校側が教諭に確認したところ、事実関係を認めた。学校側は指摘を受けるまでこの事実を知らなかったが、「生徒に一方的な思想を押しつけかねない」として、配布した解答例を回収させるとともに、加えた点を無効にするよう指示した。県教委では近く担当者を派遣し、教諭から直接事情を聞く。
教諭は今月二十二日、解答例を回収したが、県議によると、回収する際、「上からの圧力があった」などと生徒に説明していたという。 *15)読売新聞 2004. 06. 25
いくつかの考え方があるだろう。
子どもはまだ未熟な存在だから、決して教師の立場を前面にだしたような授業は慎むべきであり、政治的な内容はとくにその点に注意しなければならない。
あるいは、そのようなことは不可能であり、教科書といえどもやはり特定の立場にたっているのだから、むしろ問題は予め情報が公開された形で、学校の教育の特質として理解されており、学校が選択可能であればよい、という考え方である。
更に、見解が対立するような内容については、それぞれの立場をできるだけ正確に説明することにすべきである。
次に増田都子事件について触れることにする。
教師の教育の自由の問題を考える点では、必ずしも適切ではない面もあるが、話題になった事件であり、かつ双方の当事者たちが「確信」をもった人たちであり、増田教諭の行った授業に関して、政治的な争いになったという点において、考察しなければならない面が多々あるので取り上げることにする。
増田教諭は1950年に東京の中野区で生まれ、島根大学を卒業後東京都の社会科の教師になった。それが1973年のことである。
1980年代に足立区の十二中時代に、独自の教育方法を編み出し、「紙上討論授業」と名付けていた。その実践は『中学生マジに近現代史』(ふきのとう書房)で公刊されている。紙上討論ということでわかるように、授業中には様々な資料を用意し、教師が説明するが、授業の後半で意見を書かせ、それを印刷して次の授業で配布、さらにそれをもとに討論を重ねていくという手法である。紙上討論には増田教諭自身が自分の意見を書くという形で参加もしていた。社会科の授業は社会の価値観や事実をどのように考えるかという点に重要性があるという立場から、そのために討論を組織するが、授業中の
ディベートではなく、「書く」という行為を重視した授業である。
足立十二中から十六中に移動した1997年に事件が起きた。
地理の授業でNHKが放映した「沖縄の米軍基地--普天間第二小の場合」の録画ビデオを見せ、生徒に討論させた。
でてきた意見をプリントして配布したあと、以下の部分にアンダーラインをひかせたという。(この部分については、増田、反増田の両方の紹介に違いはない。)
- 私が想像していた「美しい沖縄」とずいぶん違った。
- でもあの小学校と十六中を喜んで変えてあげられるぐらいに、あの子達に思いやりがもてるか?
- 最後の方を見て、なんて贅沢なんだ、と思った。
- 日本政府が沖縄の人に相談もなく全部、勝手に決めちゃって、きっと日本に裏切られたとしか思えないと思う。沖縄は独立することはできないのだろうか。
- 本当に日本はアメリカに好き放題されているのが、よくわかった。
- 東京も地震が心配だけど(こないと思うけど)沖縄の人もかわいそう。
(先生から 地震は天災だけど米軍基地は人災です。)
- 力でゆうことを聞かせるなんて暴力団と同じだと思った。
- 日本は沖縄に関してアメリカの植民地みたいだと思った。アメリカは広いのだから、そこで軍事基地を作ればいいと思う。
(先生から アメリカは財政赤字と環境問題のためアメリカ国内の軍事基地は閉鎖ないし縮小しています。)
- アメリカ軍は日本を守ってくれると言っても今まで本当に日本のために何かしてくれたのか?アメリカは発展した国ですごいなーと思っていたけど、いまではその反対。
- この沖縄の現状をもっとたくさんの人が知って興味を持ったほうがいいと思う。
- この原因は戦争なので、やっぱり戦争はよくないと思った。
- もしも足立区にアメリカ軍基地ができたらすごい被害を受けてとても迷惑だと思う。
- あんな軍事基地があっても戦争があるわけでもないのに、なんのためにあるんだろう。(等々・・・・)
更にかなりの量が続く。これはアンダーラインをひかせた部分というだけだから、ひかせなかった部分にどういう意見が書かれていたのかはわからない。増田教諭の著書にもそれらは書いていない。したがって、確かにアメリカに批判的な意見がほとんどで、「偏っている」と感じる人も少なくないだろう。しかし、これはあくまでも一部の見解であって、アンダーラインをひかせたものだけであること、そして、感想は増田教諭の授業そのものというよりは、NHKの番組の感想であることなどを考慮する必要はある。しかし、このプリントをみて、
教育委員会に偏向教育であると訴えた母親がいた。その母親の夫がアメリカ人であり、アメリカ国籍をもつ娘(その授業を受けた)がショックを受けたという。教育委員会はそれを校長に連絡、校長が増田教諭に「アメリカ国籍の生徒に配慮」するように注意し、増田教諭は一方的な授業をしているわけではないと主張した。少したって増田教諭は母親に電話したところ、母親は「教育委員会はクビにしたいと言っていた」などと言い、4時過ぎに帰宅して自宅から電話をしていることを非難したりした。
そうして問題にしている親がいると知って、教諭は生徒に事情を説明する文書を配布。それが問題となって訴訟になった。そして、都議数名を巻き込み、都教育委員会に懲戒処分を働きかけ、増田教諭は授業担当を外され、都の教育センターでの研修を2年間命じられたという事件である。この間、母親は増田教諭が授業中に配布した文書が名誉毀損であるとして提訴、増田教諭側は、都議が駅街頭演説の内容を名誉毀損として提訴(内容を増田支持者が演説の場で論音した。)激しい「政治問題」となったものである。
クラスにいた母親の娘は、まず増田教諭の社会科の授業だけをボイコットし、そして不登校となり、転校した。私立高校に進学したが、そこでも不登校となったとされている。増田批判者は、増田の授業によって傷つき、立ち直れないで不登校になったとして、増田を非難しているが、増田の説明は、当初授業に疑問ももっていなかった本人が、母親の政治的な活動の中で、無理に授業ボイコットさせられ、そのことによって友人との関係がまずくなり、学校に来られなくなってしまったのだという。*16)増田都子『教育を破壊するのは誰だ』社会評論社古賀俊昭・田代ひろし・土屋たかゆき『こんな偏向教師を許せるか!』展転社
この事件にはいくつかの層があると言える。最も重要な側面は、増田先生の行った授業そのものの評価だろう。それは偏向教育で、学習指導要領逸脱なのか、それとも、「考える力」を形成することを意図した、新学習指導要領を先取りするような優れた実践なのか。
政治家や教育委員会の指導主事などの指導的な人たちの対応および力量の検討も必要となる。
最終更新:2008年08月04日 20:45