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SSスレまとめ/禁竜召式(パラディンノート)/16 - (2011/12/05 (月) 21:43:48) のソース

〔十月十六日午前二時一七分現在。戦況報告。〕記入者=『通信』第一班 

題 『アンチゴットブラックアート』討伐任務。 

目的 英国支部の首謀者と思われる女性の粛清、及び其の属する組織の全容解明 

名 クリスタル=アークライト(真偽不明) 

重要度 SS 

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「戦況報告」 

『迎撃』、第一班。林内にて敵と戦闘。ターゲットは撤退(現在クリスタル=アークライトは中央広場に向かっている模様)。
『迎撃』、第二班。イラーリア=L=ラウレンティスと接触(彼女については一般人に対しての虐殺行為が確認された為、以降敵と判断)。ソフィアは数百m離れた林内にて個人戦闘中。
『遠爆』、第一班。林内にて敵と戦闘。ターゲットは撤退。
『遠爆』、第二班。林内にて敵と戦闘。ターゲットは撤退。
『遠爆』、第三班。林内にて敵と戦闘。ターゲットは撤退。
『術発』、第一班。林内にて敵と戦闘。ターゲットは撤退。
『術発』、第二班。林内にて敵と戦闘。ターゲットは撤退。
『術発』、第三班。林内にて敵と戦闘。ターゲットは撤退。
『通信』、第一班。『把握報網(MasterNet)』の管理及び監視継続中(複数の人員は本隊の応援として合流中)。
『通信』、第二班。『把握報網(MasterNet)』の管理及び監視継続中(複数の人員は本隊の応援として合流中)。
『雑補』、全班。本隊への応援準備中。

尚、この報告書は『把握報網(MasterNet)』による情報を基に作成。
しかし現在、通信霊装の原因不明の不具合により、これらの情報及び結論は本隊(『必要悪の教会(ネセサリウス』を除く)へは通じていない。

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十月一六日午前二時一四分。ハイドパーク内サーペンタイン池辺。


月明かりだけが世界を照らす真夜中のハイドパークに、数個程の人影が見えた。
「カテリナにアガター、あとアンジェレネか。三人共、こんな所で何をしているの?」
アンジェレネ、カテリナ、アガターは目の前に現れた正体不明の殺人鬼の姿に、ただ呆然とすることしか出来なかった。
殺人鬼、イラーリア=L=ラウレンティスは真っ黒な修道服を生暖かい鮮血で染め上げ、その真っ赤な液体の持ち主と思われる人物の頭部を左手で軽々と持ち上げている。何よりも印象的だったのは彼女が満面の笑みを浮かべていたことだろうか。
突如現れた血まみれの同僚の姿に、アンジェレネは引きつる口元を気力の限りに動かし、発音した。
「し、シスター・イラーリア・・・・・・? こんな所で何を・・・・・・というかその、あの、その首は・・・・・・?」
彼女は震える声で、何とか言葉を絞り出そうとするが、上手く舌が回らない。
「な、なんでそんな・・・・・・首、を・・・・・・しかも笑って・・・・・・え・・・・・・でも、あれ・・・・・・?」
彼女が此処に居る理由、彼女が血の塗れているの理由、彼女が人間の頭部を所持している理由。もはや全ての意味が分からないと言ったようなアンジェレネの姿を見て、イラーリアはかなり普通に、かなり平淡な声で優しく言葉をかける。
「なに慌ててるのアンジェレネ。そんなに心配しなくてもこのイラーリア=リビングデッド=ラウレンティスは元気だってば」
「え、え、? あの、ひ・・・・・・」
その道化のような声色に、言語を留める事の出来なくなったアンジェレネだけで無く、カテリナとアガターまでもが背筋を凍らせた。表情は普通、挙動は異常。そんな意味不明な金色の少女が、三人に意味の無い恐怖を与える。


(ま、ずい・・・・・・。口調も、態度も、挙動も、違う。『あんなの』イラーリアじゃない・・・・・・っ!!)
無意味の緊張状態の中、そう思い立って真っ先に行動したのはカテリナだった。そして彼女は目にも止まらぬ早さで懐へと手を滑り込ませ、

「Il vento ci trasferisce(我が身に風の洗礼を)!!」

自身の霊装を素早く起動させた。カテリナの短い詠唱が終了した瞬間、その場の誰かが反応する前に魔術による突風が生み出される。そしてカテリナを含む『味方』三人はイラーリアから三〇mほど離れた草むらへと吹き飛ばされ、ドサッ、という軽い音とともに仰向きに落下した。
「(ひぁ・・・・・・あ、あれ? なんで倒れて・・・・・・)」
「(うるさいなアンジェレネ。いい加減混乱してないで戻ってこいって。見て解らない? 撤退だよ)」
「(・・・・・・そう言う割には撤退しそうな雰囲気には見えませんねカテリナ。撤退に武器は必要ありませんよ?)」
動揺するアンジェレネと、いつまでも冷静なアガターを、カテリナは面倒臭そうに両手でまとめて引き起こし、そして再び目線の先に居る『敵』を見据える。イラーリアの表情は先程と変わった様子が無い。カテリナは頭をガリガリと掻いた後、自身の霊装である短剣を構えなおした。

「さて、どうしたもんかな・・・・・・?」






イラーリアは起き上がる三人を見ながら、相変わらず血塗れの顔で笑顔を作り、問い掛ける。
「何をそんなに驚いているのよ。私はアンタ達の同僚にして友達にして仲間じゃない。仲間のもとに仲間が現れて何が不思議だって言うの?」
「・・・・・・生憎、生首片手にニコニコしてるような変態と、友達になった覚えは無いよ、イラーリア」
カテリナが武器を構えつつ適当に言葉を返した。その言葉を聞いたイラーリアは「あら?」という間の抜けた声を上げたかと思えば、笑顔そのままに左手を大きく掲げる。
「・・・・・・? イラーリア、何を――――」
「なら、こうすれば友達ね」
そしてイラーリアは、その手に持っていた人間の首を、何の躊躇いも無くサーペンタイン池へと放り投げた。
「っ!!?」
その唐突すぎる行動に、カテリナが今度こそ仰天の表情を浮かべ、反射的にイラーリアを睨みつける。
「だって、生首を持っていたら友達じゃないんでしょ? 名残惜しいけど友達には代えられないわ」
イラーリアは瞬きすらせずにそう言い放った。常軌を逸した殺人鬼の言葉にカテリナはさらに驚愕し、全力で暴言を返そうとする。
だが、
(――――駄目だ。多分、何を言っても無駄だ。もうイラーリアの言葉は相手にしないほうが、良い)」
カテリナはそう悟り、代わりに状況を出来る限り整理しようと少ない情報を脳内でかき集め始めた。

(・・・・・・認めたくないけど、多分イラーリアはもう完全に味方じゃない。敵だってことぐらいは最初から判ってたけど、ここまで露骨だとはね。明確な敵意は感じないけど、それすらも必要無い実力者の可能性も捨てきれない。それにいくら一般人が相手だろうと、人間の頭部を切断するなんて並の修道女ができることじゃないし・・・・・・)
考えに無駄な感情を押し込んでも意味は無い。恐らく今のカテリナにとれる方法は二つだけ。逃げるか、戦うかのどちらかである。
だが目の前の『元同僚』に深入りすると言うのには、どうにも状況に不明瞭な点が多すぎた。どう考えてもここで後者を選ぶのはリスクを大きすぎるし、敵についての情報が乏しいこの場所には於いては、大人しくこの場を離れるのが懸命だろう。
カテリナは未だにオロオロと落ち着かないアンジェレネの横へ移動し、小さく耳打ちした。
「(アンジェレネ、よく聞いて。正直、あいつ(イラーリア)と戦うのは避けたほうが良い。とりあえず死ぬ気で逃げて、一〇分後に公園外のオブジェクト前で合流するよ)」
「(ご、合流? って事は、別行動ですか?)」
「(いや念の為にアンジェレネはアガターと行動して。私はイラーリアを遠ざけるか引き寄せるかして、奴の意識をアンジェレネ達から外しておくから、その隙にアガターと一緒に公園外へ。で、その後にどうにかして私も追いつくから。分かった?)」
「(え? で、でもそうしたらシスター・カテリナが危険なんじゃ・・・・・・うわぁ!!)」
アンジェレネが言い終わる前に、傍らに居たアガターが何の前触れも無しに彼女の右手を掴み、猛烈な勢いで走り出した。
それに引っ張られ体勢を崩して倒れそうになったアンジェレネは、アガターに手を引かれながらどんどん小さくなっていくカテリナを横目で捉えながらアガターに叫んだ。
「シスター・アガター!! 何のつもりですか!? シスター・カテリナを置いて行くなんて・・・・・・」
アガターはその身に似合わぬ速度で公園内を駆け抜けながら、すでに息の上がり始めたアンジェレネを尻目に、全く息を乱すこと無く平然と言葉を返す。
「貴方はカテリナの話を聞いていなかったのですか? カテリナは「私が時間を稼ぐから先へ行ってろ」と言ったのですよ。つまりは自分が囮になると言うことです。彼女の意思を尊重したいのなら、逸早くハイドパークから脱出しましょう」
「でも、一人で残すなんて危険ですよ!! それにシスター・イラーリアが敵だなんて決め付けるのは、まだ早いかもしれないのに!!」
「どう見ても敵ですよ。仮に私達に対する悪意が無くとも、真顔で人間の頭部を池に投げ捨てるような人を私は信用できません。それに・・・・・」
「そ、それに?」
さすがに息の乱れきってしまっているアンジェレネの質問に、アガターは何事でも無いように普通に答えた。
「シスター・カテリナは、貴方が思っているほど弱い人間ではありません」




十月十六日午前二時二五分。ハイドパーク内、林内某所。



そこは数分前まで、修道女達によって戦闘が繰り広げられた場所だった。
「くそ、もう移動した後か・・・・・。おいシェリー=クロムウェル、彼女達の居場所は特定できたか? どうもこの周辺は足跡も地面の荒れも見当たらないんだが」
「安心しな不良神父、あいつ等の居場所ぐらいは細かな思考無しでも特定可能だ。周囲に足跡が見当たらないのは単純に小娘共の技術だろうな。目的地に向けて、なるべく痕跡を残さないように最低限の歩数で最短距離を進んでる。どうやら集団戦線に関しては並の部隊の比じゃないらしいわよ」
「・・・・・・幾ら年端のいかない修道女達とは言っても、彼女等は『法の書』の一件をローマ正教に一任されるだけの信頼と実績を持っていたはずです。改めて味方という立場で見ると驚かされますが、やはりアニェーゼ部隊は相当の上級部隊という事なのでしょう」
ステイル=マグヌス、シェリー=クロムウェル、神裂火織の三人は、アニェーゼ部隊等が戦闘を行っていたと思われる地点へと辿り付いていた。その道中、敵と思われる黒服の男達を数十人ほど薙ぎ倒してきたが、彼等に疲れの色は見えない。

「シェリー、特定できるのはアニェーゼ部隊の居場所だけなのですか? 出来るのならば、クリスタル=アークライトの現在地も知っておいたほうが・・・・・・」
林を抜ける夜風に黒髪を流す神裂は、目を細めてとても心配そうにシェリーに質問した。どうやら彼女はアニェーゼ等の身を本気で案じているように見える。上級部隊とは言ったものの、やはり女子寮の後輩達が音信不通で戦っているともなれば、お人好しの過ぎる神裂は居ても立っても居られないようだ。
「心配するな極東宗派」
そしてその質問に、シェリーは即答した。
「私を誰だと思っている? “文面を見るだけで古代文字を理解するこの私が、あんな悪玉もどきの行動パターンを把握できないとでも”? 幸い『把握報網(MasterNet)』からの情報提供もあるし、先人の遺物だろうが人間の行動だろうが『頭の中で情報を組み立てる』事に関しては最先端でやってきたつもりよ」
古代の文字列を読み取ることと、敵の行動パターンを読み取る事は一見すると全く関連性の無い事だと思うかもしれない。だが事実に対して必要なピースを組み立て、その過程で生まれた欠陥を経験と予測で穴埋めして最終的な結論に繋げるという『基本的な考え』の時点では、シェリー=クロムウェルにとって二つに大した違いは無いのだ。もちろんそれは暗号解読のスペシャリストである彼女だからこその話だが。

そんな得意げに口を動かすシェリーに対し、ステイルは少し苛ついた様子で煙草を吐き捨てて質問を投げる。
「・・・・・・で、そのクリスタルとやらは何処に居るんだ。君の突出した才能については百も承知だ。それよりも僕は現状での有益な情報が欲しい所なんだが?」
「たまには自慢ぐらいさせろよ酒も飲めねえガキ野郎が。心配しなくても、奴の現在地はすでに突き止めてあるわよ」
「生憎、その辺のマナーに関しては成人よりも詳しいつもりだ」
年齢的には高校生に達していないステイルに涼しい顔で言葉を返され、シェリーは思わず舌打ちを漏らした。そして後頭部を掻きながら、面倒そうに情報を口にする。

「ハイドパーク中央広場。クリスタル=アークライトも、アニェーゼ部隊も、この事件の全てが集結するであろう場所よ」





十月一六日午前二時一五分。ハイドパーク内サーペンタイン池。



「で、イラーリア。結局どうするつもり?」
不気味な夜風に包まれた池のほとり。そこには二人の少女だけが残されていた。片方は短剣を携え、片方は全身を鮮血で濡らしている。
「アガターとアンジェレネを追いかける? それともここで私と少し遊んでく?」
カテリナは目の前の少女に対し、あくまで強気で腰を引かずに淡々と言葉をかけていく。
対するイラーリアは答えを少し迷った後、無邪気な笑顔で返答した。
「・・・・・・カテリナ達とは背信的な考え方で息が合うと思ってたんだけどね。やっぱり最後のアニェーゼの味方になっちゃうんだ」
「アニェーゼっていうか、アニェーゼ部隊の味方かな。一応ほとんどのシスターとは同期だし。信仰の程度に違いはあっても裏切る訳にはいかんでしょ。そもそも背信者じゃないから私……ていうかイラーリアさ。『人は殺さないで敵になる』って言ってなかった? それじゃ、まるで貴方が『アンチゴットブラックアート』みたいじゃない」
カテリナが眉を寄せて質問する。イラーリアは表情を変えずにこう返答した。
「みたいも何も、私は元から『敵』だもの」
その言葉に、カテリナは言葉を失った。そして睨み返すようにイラーリアを目線を合わせ、忌々しく呟く。
「・・・・・・なるほど。『最初に出会った時から』騙してたって訳か。それじゃ、さすがに貴方の味方は出来ない」
「んー、そう。じゃあ、仕方無いわね・・・・・・」
イラーリアはそう言うと、静かな動作でカテリナに右手をかざした。


「こっちも一応敵だし。殺しとくことにするわ」


瞬間、ボシュッ!! というガスを抜くような音と共に、イラーリアの掌からボーリング球ほどの光弾が発射された。
そしてその弾を、カテリナは前兆無しの不自然な動作を行って軽やかに避け、その動きに続いて短剣を構えなおし魔術の発動を示す詠唱を開始する。


戦闘が、始まった。





イラーリアの初撃は不発に終わり、次に仕掛けたのはカテリナだった。
瞬時に詠唱を完了し、カテリナはノーモーションで魔術を発動する。

「Il vento uccide una persona(風は容易く人をも砕く)!!」

その瞬間、突如イラーリアの頭上で風が収束し始めた。可視できなくとも分かるほどに、竜巻のような動作で空気が一点へと集中していっている。
(・・・・・・これは・・・・・・風の流れを操っている・・・・・・?)
イラーリアが推測でそう考えた時にはすでにカテリナは術の発動を終えていた。そして風を一点に集めた『それ』をイラーリアへと叩き落す。

「Goccia(潰してしまえ)!!」

カテリナが叫んだ瞬間、真上からの正体不明の衝撃がイラーリアを襲う。彼女の頭上には何も見えないが、まるで巨大な岩石でも落されたかのような重圧がイラーリアの小柄な体に直撃した。
(空気圧の・・・・・・ハンマーか・・・・・・っ!!)
イラーリアはどうする事もできない程の圧力に潰され、地面に平伏しながらそう感じた。この数秒の間にカテリナは風の流れを操り『今まで風として流れていたエネルギーをそのまま圧力に変換する』という、風属性としてはかなりの高位術式であろうこの術を、一片のミスも無くやってのけたのだ。
だが恐らくは今の一瞬の間に相当の集中力を要したであろうカテリナは、少し体勢を低く保ちながらも、かなり息を荒くしてしまっている。当然、数一〇tにも及ぶ衝撃を何の防具も無しに受けてしまったイラーリアもただでは済まないので、消耗が激しいとはいえカテリナの『時間稼ぎ』という目的は一先ず達成されたかに思えた。
「(・・・・・・直撃・・・・・・イラーリアも暫くは動けないはずだ)」
カテリナはそう確信していた。


だがそれも、イラーリアが普通の少女で、普通の修道女であればの話だ。


バァァンッ!! という硝子を砕いたような轟音が鳴り響く。イラーリアは押し潰していた“魔術が強制的に破壊された”のだ。
カテリナが驚くよりも先に、イラーリアは何事も無かったかのように立ち上がる。その体にも服にも擦り傷の一つすら無く、先程と変わらない笑顔で口を開いた。
「悪くは無いわね。正体の分からない敵に対しては、無理に小細工するより単純に威力で攻めるほうが無難だし、何よりその術の威力が半端じゃ無い。私が単なる修道女だったら即戦闘不能だったかもしれないわ」
「・・・・・・それまともに食らって無傷って。どんな体してんのさイラーリア」
カテリナの皮肉の混じった言葉に、イラーリアは返事の代わりとして満面の笑みを返す。不気味すぎて吐き気を催すようなその表情に続いて、彼女は両手を掲げた。
「とりあえず、次はこっちから攻めるわ」
そして彼女のかざした両手の上に、先程と同じようなボーリング球大の光弾が出現する。カテリナがそれが何かを詳しく確認するよりも先に、それは分裂して無数の弾幕となり、カテリナへと降り注いだ。
霊装も詠唱も無しに発現した光弾に対してカテリナは慌てて回避行動をとるが、目安だけで軽く百を越えそうな弾幕を全て避けきるのは至難の業である。その為、
「ぐっ!!」
無数に飛び交う光弾の一つが、カテリナの左手へと直撃した。焼けるような激痛が腕を支配し、よろけそうになる体を無理矢理引き起こしたカテリナは再び霊装を構える。
(痛っつ・・・・・・っ!! 何あれ、あんな魔術見たこと無い・・・・・・。第五元素(エーテル)? いや、それにしては属性が全く読み取れない。霊装も見当たらないし、呪文の詠唱も無かった。これはまるで・・・・・・)
「『魔力をそのまま排出しているみたい』?」
「!?」
カテリナの考えが筒抜けだったかのように、イラーリアはカテリナの結論を口にした。そして謎々の答えを吐き出すように口を開く。

「実はねカテリナ。『それで正解なのよ』」

カテリナがその言葉の意味を考えている間に、突然イラーリアの体はフワリと宙を舞った。そして蝶のような滑らかな仕草でサーペンタイン池へと向かっていき、そのまま『水上に着地する』。
「・・・・・・え?」
その光景を見たカテリナが呆けた声を出した。だが、それはイラーリアが水の上に立っているなどという単純な理由では無い。“もっと根本的な理由だ”。
流るる風を受け、その金色の髪は月明りを美しく反射している。両手を広げ、神と表しても違和感の無いほどの美しさを持つ彼女の『足元を』、カテリナは見てしまったのだ。


「・・・・・・水に姿が、映っていない・・・・・・?」
カテリナが見てしまった物。それは“人を浮かべながらも頭上の月しか映し返していない”水面だった。
(なんで、水面に姿が映っていないんだ・・・・・・)
カテリナは眼前に佇むイラーリアを見た。水に映らないという事は、まさか幻覚だろうか? いや在り得ない。カテリナが感じた気持ちの悪い違和感は確かに現実だった。
(だとすると・・・・・・、まさか)
イラーリアの言葉を思い返す。彼女は『魔術をそのまま排出している』というカテリナの考えに対し、肯定の弁を述べた。だが、あんな量の魔力を何の媒体も無しに素のまま排出したりすれば、通常の魔術師では一瞬で干からびてしまうはずだ。
(通常の、魔術師なら)
カテリナは考えた。“霊装無しに弾幕を張れる程の魔力を携える者“と“水面に体が映らない者”の共通点について。
(まさか)
彼女は知っている。その二つの特徴を併せ持つ生物の存在を。その目で見た事は無くとも、それはこの世界の何処かに存在している者。
(まさか)
無限の魔力を持ち、水に嫌われた存在。
(まさか)
そして彼女はその名を口にした。



「吸血鬼(Vampire)・・・・・・?」



「当たり。さすがアニェーゼの部下は優秀ね」
「・・・・・・っ!!」
嘘だ、とカテリナは思った。思いつきで放った言葉が肯定されるのが、単純に信じられなかった。
目の前に吸血鬼が居る? そんな馬鹿な体験は千年生きたって出来るはずが無い。在り得るはずがない。
だが、違うとすれば目の前の少女は何だ?
(光学的な魔術を使えば、水に映らないぐらいの事なら出来る・・・・・・かもしれない。けど・・・・・・、そうするとあの光弾は一体何?)
確かに魔力の気配は在った。だが、魔術の気配は無かった。
(吸血鬼の持っているという『無限の魔力』があれば、確かに魔力をそのままエネルギーとして排出するぐらいは朝飯前かもしれない。けど、)
「やっぱり信じられない?」
またもカテリナの思考にイラーリアが割り込んだ。心を読まれているのでは無いかという錯覚に囚われるほど、彼女はカテリナの迷点に的確に質問を投げてくる。
「確かに私は『完全な吸血鬼』では無い。本質的には大した差は無いけれど、私は吸血鬼に噛まれて吸血鬼になった訳じゃないしね」
「・・・・・・? それはどうゆう・・・・・・」
カテリナが口を開きかけた時、

突然、とてつもない圧力(プレッシャー)がカテリナを襲った。

声が出ないほどに重苦しい、石油の中に放り込まれたような正体不明の圧力が、イラーリアによって意図的に放たれたのだと気がつくのにカテリナは数秒かかった。
(これは、魔術でも、魔力でもない・・・・・・? まさか、ただの威圧感・・・・・・!?)
上司が目の前に現れれば誰だって大人しくなる。蛇に睨まれれば蛙も硬直する。自分よりも強い者が口を開けば、つい賛同してしまう。
そんな生物として当たり前の威圧感を極限まで引き上げたような『存在感』がそこにはあったのだ。
「どう? これで少しは信じてくれたかしらね。多分、人間なんかじゃ体の自由を奪うほどの圧力(プレッシャー)なんて出せるはず無いもの」
「・・・・・・っ!!」
それが吸血鬼かどうかの証明にはならない。だがカテリナは直感的に確信した。


目の前の少女は人間ではない。もっと別の『何か』だと。


「で、カテリナ。結局どうするつもり?」

人外の生物を前に、カテリナは数分前に投げつけた質問をそのまま自答することになった。




「行間」


いつごろからだっただろうか。カテリナがアニェーゼや他のシスター達の事を、上手く理解できなくなったのは。
最初は全く問題無かった。神に祈り、聖書を配り、魔術の訓練に明け暮れる毎日。休む暇はあまり無かったが、それでも彼女にとっては充実した時間だった。
違和感を感じ始めたのは、アニェーゼをリーダーとする『部隊』として自分達が活動を始めた頃だった。
事が起きたのは『部隊』としては最初の作戦。十字教徒に害をなす背信者を淘汰しろという内容だった。
作戦の内容自体は素晴らしい物だったと思う。小さな時から一緒に居たという事もあり、部隊のチームワークは抜群だった。
だが問題は、作戦のターゲットと思われる首謀者らしき男をアニェーゼが追い詰めた時、
「助けてくれ」
と男が懇願したのだ。自分には家族が居る。十字教徒にはもう悪さはしない。牢獄に入れられても良いから、命だけは助けてくれ、と。
カテリナは少し可哀相に思った。だがこれも敵の罠かもしれない。油断は禁物だ、とアニェーゼに伝えようとした。
だがその時には、すでに男の頭部が銃弾で貫かれた後だった。
撃ったのはアニェーゼ。全く表情を変える事も無く、ただ平然と男を撃ち殺した。
作戦はそれで終了した。
教会に戻った後、彼女はアニェーゼを問い詰めた。なぜ事情も聞かずに撃ち殺したのか、あんなにあっさり殺してしまうなんて酷すぎたのではないか。
対するアニェーゼは不思議そうな顔で、当たり前とでも言うようにこう返した。
「主の敵を殺して、一体何がおかしいんです?」
驚愕した。だが、それを聞いた周りのシスターは当然だ、と言いながら首を縦に振る。
神を思考の柱にするアニェーゼと、自意識を思考の柱にするカテリナ。
信仰の深さが少し違っただけで、二つの間には埋めることの出来ない溝が存在してしまったのだ。

それからというもの、カテリナと周りのシスターとの溝は深まる一方だった。
主の敵とあらば何の躊躇いも無しに殺し尽くすアニェーゼと、それに続いて人形のように彼女をサポートするシスター達。
付いていけなかった。
アニェーゼも悪気がある訳では無いのだろう。彼女はただ単に十字教を愛し、それに反するものを叩き潰すことに一種の使命感を感じていたのかもしれない。そんな彼女の事をカテリナは確かに大好きでもあった。
寮や教会で見せる無邪気な笑顔と、戦闘中に見せる残酷な笑顔。
彼女にはどちかがアニェーゼの本性なのか、判断がつかなくなっていた。

そんな迷いを持つシスターはカテリナだけでは無かった。
類は友を呼ぶというように、彼女のもとに『アニェーゼを理解できない』者が二人だけ集まったのだ。
三人は結束し、そして決心した。
自分達にはアニェーゼの横暴を止めることは出来ない。だがせめて、止められる悲劇ぐらいは止めてみせよう、と。
集まった二人、アガターとソフィアも、アニェーゼの事を心から友愛し守りたいと思っていたからこそ、このような約束を受け入れてくれた。


それから、三人は一風変わった行動をとるようになる。
部隊の最前線で出撃し、向かってくる敵をことごとく『みねうち』していったのだ。意識を奪い、“死んだように見せるために”。
明確なターゲットとしてアニェーゼに狙われている者を助けるのは不可能だが、それまでの過程で殺されそうになる『敵』の命は、他のシスター達に奪われる前に気絶させ、なるべく救っていく。
部隊長をサポートしつつ、敵も救う。
それがカテリナ、アガター、ソフィアの部隊内で知られる事のない『裏の顔』だった。

そんな彼女達に、ある日一人のシスターが声をかけた。
「私も、貴方達の仲間に入れてくれない?」
イラーリアという部隊の少女だった。彼女は部隊が設立されてから派遣されたシスターで、カテリナ達はあまり面識がなかった。
だが聞く所によると、彼女もまたアニェーゼの異常なまでの信仰心についていけないらしく、困っていたとのこと。
どうやらイラーリアはカテリナ達からもそんな雰囲気を感じ取っていたらしく、声をかけてみたのだという。
カテリナ達はイラーリアを快く受け入れた。自分達と同じ悩みを持つ者を、放ってはおけなかったのだ。
『裏の顔』を持つシスターは三人から四人になったが、この時はまだカテリナが異常に気づくことは無かった。





十月十五日午後十一時四五分。イギリス清教女子寮。


「イラーリア、それは一体どうゆう事?」
寮の一室で、カテリナが険しい表情でそう問い掛けた。
「だから、そのままの意味だよ。今回の作戦では、私はアニェーゼの敵に回って彼女を殺しにかかる」
イラーリアの言葉に、カテリナは思わず殴りかかりそうになった。近くに居たソフィアとアガターが慌てて止めに入るが、カテリナの口は止まらない。
「冗談も大概にしてくんないかな!? 部隊長を殺すって、どうゆうつもり!?」
カテリナが凄まじい形相で食い下がるが、イラーリアは至って平然とした表情でこう答えた。
「別に本当に殺そうとかいう訳じゃないよ。ただ私は、今回の作戦では敵として参加するつもり」
「・・・・・・どうして?」
カテリナの素朴な質問が飛ぶ。イラーリアは少し残念そうな顔をして俯く。
「三人共知ってる? 私達のやっている『裏の顔』、ばれそうなの」
「・・・・・・え?」
「そのまんまの意味だよカテリナ。最近になってからかな。アニェーゼやルチアが私達の事を不信な目で見るようになったんだよ。確証は無いけど、多分向こうも気づき始めたんだろうね。私達が『ズレている』って事に」
カテリナの言葉が止まる。確かにいつまでも隠し通せるとは思っていなかったが、まさかそれがイラーリアの口から出るとは思わなかったのだ。
「その中でも一番に疑われているのはカテリナでもアガターでもソフィアでも無い。私なの。だから私は今回の作戦で敵としてアニェーゼの前に登場する。そうすればカテリナ達の疑いは晴れて、全てが私の所為になる」
「ちょ、ちょっと待ってよ!! じゃあイラーリアはどうするつもりなのさ!!」
「私は大丈夫」
カテリナの慌てた質問に、イラーリアは即答した。
「実はね、私そろそろ部隊辞めようかと思ってたんだ。アニェーゼとかルチアにギロギロ睨まれて居心地悪いし、田舎のほうの畑も手伝わなくちゃならなくなって」
「・・・・・・でも、アニェーゼの前に敵として現れるって言ったよね? だったらイラーリアは指名手配されてイギリス清教全体から追われるハメになる。まして『アンチゴットブラックアート』の一味になりすましたりしたら、数日足らずで刺客に襲われるよ」
カテリナが心配と困惑が入り混じったような声で言った。イラーリアは明るい笑顔を作って言葉を返す。
「大丈夫。私の両親はローマ郊外に住んでるから、そこに帰ったってイギリス清教は襲ってこない。いくらイギリス清教でも、ローマ正教の本拠地で無闇に行動は出来ないはずだよ」
その言葉が無理矢理作られた物だと、その場に居た三人は言葉も無く理解した。なぜならば幾らローマ正教の本拠地だからと言って、イギリス清教の誇る『必要悪の教会(ネセサリウス)』が海外へ逃げた敵を見逃すとは思えない。いやむしろ海外での隠密活動こそが彼等の本質と言えよう。その事を、イラーリアも充分理解しているはずだった。
「普通に辞めたいって言っても、アニェーゼの事だから凄い探りを入れてくると思うんだ。そうすればカテリナ達と一緒に悪者にされるかもしれない。だから私だけの決定的な理由が必要なの。だからもしも三人が賛同してくれないって言うなら、私は今すぐアニェーゼの所に言って全部白状するよ。私達が密かに敵を守ってたこととか、アニェーゼ達と噛みあわない事とか全部」
「・・・・・・イラーリア。貴方はそれで良いの? 確かにそれをすれば私達は疑われずに終われるかもしれない。でも貴方は・・・・・・」
「私は実家の手伝いが出来る。貴方達はいつも通りに生活できる。メリットばっかりじゃない?」
実際はデメリットの方が圧倒的に多かった。自ら悪役になるなど、登場した瞬間に殺されてしまうかもしれないと言うのに。
「カテリナ達の班は確かアニェーゼの班と別行動だったよね? 私は作戦の途中で抜け出して『敵』になるから、カテリナ達は同じの班のアンジェレネに『出来る限り怪しい印象』を与えておいて。その時に私の名前も出してくれるとやり易いかな」
「イラーリア・・・・・・」
「で、その後に『アンチゴットブラックアート』の居ない場所で私はアニェーゼの前に『敵』として出現する。逃げ切れるかは判らないけど、どうにかして『敵としての印象を植え付けて』から逃走する。・・・・・・カテリナ、やってくれる?」
カテリナは頭を抱えた。こんな即席で適当な作戦を実行しろと言うのだから無理も無い。だがイラーリアもここまで言うのだから何らかの事情は有るのだろう。どうせカテリナ達は部隊と息が合わない外れ者だ。いずれは耐え切れなくなって去ってしまうのだろうし、それが今でも構わないだろう。
「・・・・・・分かった。それ、やってみる。アンジェレネも騙す事になるなら難しいかもしれないけど、いいよねアガター、ソフィア」
「カテリナがそう決めたのなら、異論はありません」
「お前が言うなら構わねえよ。どうなっても知れねえけど」

そして三人の同意を得たイラーリアは「ごめんね迷惑かけて。ありがとう」と一言残して部屋を出ていった。
カテリナはイラーリアが部屋を出るまで決心がついていなかったようだが、彼女が姿を消すと意を決したようにアガターとソフィアに言う。
「・・・・・・よく分からない事になったけど、一応イラーリアの門出だし、全力でやろうか」



かくして三人は無理矢理ながらもイラーリアに騙され、最も危険な敵を戦場へと放ってしまったのである。
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