とある魔術の禁書目録 Index SSまとめ

SS 1-812

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匿名ユーザー

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 音が空間に響いた。
 それは強い打撃音であり、打撃の主は一人の男だ。
 鋭い打撃を受けた黒い影は派手に吹き跳び、その背を壁へと叩きつけられて倒れ伏す。
 一方、打撃を放った男はとても戦闘後とは思えない飄々とした様子で周りを見渡した。
 薄暗い広場。
 正確には路地裏に位置する場所だが、そう表現しても構わないだろう。
 その広場には十人程の男達が倒れており、そのどれもが黒い全身タイツを身に纏っていた。
 怪しすぎる。
「気味の悪い連中だにゃー。オレにそっちの趣味はねーぜよ」
 ケラケラと軽い口調で笑う男に僅かに差し込んだ太陽の光が当たる。
 金色に染められた短髪に動きやすそうな黒いティーシャツと茶色のズボン。
 首から掛けられた安物っぽい金色の首飾りと青いサングラスが妙に男を不良っぽく見せていた。
 男は欠伸を一つ。
 妙に長い腕を使い、頭を二、三度掻いて、ここまでの経緯を思いだす。


 事の始まりは何時も通り、愛する妹の無事を確認と後をつけていたら、唐突に何者かの視線を複数感じた。
 勿論、プロのスパイである男はその視線にすぐに気づきつつも、すぐには迎撃せず、暫く泳がせてみる事にしたのだ。
 その方が相手の出方も伺いやすくと思い、妹の身辺警護を再開したのである。
 別に妹を愛でる時間を削るのが勿体無かったわけではない。
 昼になるまで、その身辺警護という名のストーカー行為は軍隊仕込みっぽい妹のストレートを土産に追い返されるまで
 続いたわけだが、その間もついてくる視線達は男に張り付いたまま。
 いい加減理由の一つでも聞いてやろうと気が立っていた男は、視線達を人気の無い場所まで誘導した。
 そして、人気の無い場所に来るなり現れた全身タイツの男達。
 気配をあまり感じさせなかったためプロだと思っていたが、あまりにも格好が馬鹿すぎる。
 流石に全身タイツはないだろう。
 その全身タイツ達は男を取り囲むなり無機質な声で一言、
「動くな」
 格好と合わない無機質な声に違和感を感じた男は取り敢えず一歩。
「止まれ」
 と言われたので、止まってその場で派手にダンスを踊り始めてみた。
「怪しい動きをするな」
 三段移行した末の曖昧な要求。
 それに対して取り敢えず思いつく限りの怪しい行動をしてみたら、いきなり黒タイツ達は襲いかかってきた。


 そして、結局、黒タイツ達を返り討ちにして現状に至るわけだ。
 男は周りを見渡し、取り敢えず襲撃の目的を聞こうと手近な黒タイツへと歩み寄っていく。
 そこでようやく気づいた。
 黒タイツの中身の体が無くなり、代わりとばかりに日常的に見る"とある液体"が其の場に広がっている事に。
「水?」
 首を傾げつつ、しゃがみ込む男。
 襲撃者達は黒タイツだけを残し、その身を透明な水へと変えていた。
 いや、変えていたというよりも、戻ったという表現の方がこの場合は正しいのだろうか。
「………」
 それを見た男の表情が一瞬険しくなる。
 "人間"が突然"水"になった。
 しかし、男はその考えを即座に否定する。
 これは逆だ。
 "人間"が"水"になったのではなく"水"が"人間"の形を模していたのだ。
「能力、魔術……これはどっちなのかにゃー?」
 ふと、男は黒タイツを中心に広がっている水溜りに浮く妙な物を発見した。
 その形は簡略されてはいるものの、頭部や四肢を申し訳程度に再現した物体。
 色折り紙で作られた薄っぺらい人形だ。
 折られた部分を辿って開いて行けば、内側にビッシリと書かれた古臭い漢字の数々。
 男には、この漢字の形、配置に見覚えがあった。
「式神操術の符……これは、陰陽師だにゃー?」
 陰陽師。
 それは、世界各地に隠れるようにして存在する数多の魔術系統の一つの形である。
 表では無いとされている、世界の法則を歪める裏技。
 その術を要する者達の総称を魔術師と呼ぶ。
 そして、今、目の前にある符を使った術は、男が以前まで使っていた魔術と近いものがあった。
 正確な系統こそ違うものの、似た様な水を利用した術式を得意としていた男は思わず笑みを漏らす。
「これは天才陰陽博士の土御門・元春さんへの挑戦状と見て良いのかにゃー?」
 今は既に魔術を使えない男――土御門はそれでも自信に満ちた獰猛な笑みを口元に浮かべる。
 しかし、その目は鋭く、此処には居ない敵を見据えていた。
 広場に静寂が満ちる。
 だが、その静寂は一分と続かなかった。

「この道は一体、なーンなーンでーすかー?」
「あ、あの、落ち着いて……きっと、もうすぐ出口、ですよ。……たぶん」
「気楽でいいよなァ、眼鏡はよォ」
「め、眼鏡……」
 唐突に広場の中央を横切る道、その片方から響いて来る中性的な声と女性の声。
 去るか、と考えるが四方は壁。
 声が響いてくる道と逆方向にも道があるが、行こうとしても距離が遠すぎる。
 恐らく、急いだとしても声の主達が土御門の姿を発見する方が先だろう。
 それは拙い。
 水溜りは何時の間に広がって消えているが、問題はそこら中に落ちた黒タイツだ。
 下手したら何らかの事件か、黒タイツをそこら中にばら撒く変態と見られて通報される恐れもある。
 多角的スパイの看板を背負った土御門にとって、極力目立つ行動は避けたい所なのだ。
 しかし、腕を組んで思案するものの、打開策は中々思いつかない。
……これでは、そうそう身を隠す場所なんてないにゃー――。
 どうしたものか、と首を捻る土御門。
 その際に、ふと、土御門の横に位置する壁と壁の間、其処に開いた隙間に目が行く。
 其処に挟まっている分厚い厚紙のような物が土御門の目を惹いた。
「これがあったか――ッ!」
 すぐさま厚紙を隙間から取り出し、本来あるべき姿へと組み立て始める。
 完成に数秒。
 声は段々と近づいてくる。恐らく接敵まで残り数十秒もないだろう。
 組み立ては完了。
 後はこの中に入るだけだ、と土御門は己の手腕に感動する。
「一世一代の勝負……漢、土御門・元春、往くぜい……!」
 接敵までもう数秒も無い。
 小声で叫ぶと同時、土御門はその物体の中へと飛び込んだ。


   ○


 暗い路地裏を風斬・氷華は白い少年と共に歩いていた。
「ったく、本当にいつまで続きやがンだァ?」
 路地裏に白い少年――一方通行のウンザリとした感じの声が響く。
「……で、でも……あ、何か出口のような感じが……」
 その隣に並んで歩く風斬は、一方通行の声に慌てて路地裏の終わりを指差す。
 彼は風斬に言われて目を凝らして先を見てみるが、眉を顰めただけだった。
「思いっきり中間地点って感じの広場じゃねェか」
「あ、あれ……?」
 それを聞いて同じように目を凝らす風斬。
 成る程、確かに先にあるのは広場であり、その先には今歩いている路地裏の入り口と同じ様なものがある。
 風斬はそれを見て項垂れ、
「あ、あう……ごめんなさい……」
「……敬語」
「え?」
 下げた頭をキョトンとした表情で上げる風斬。
 面倒臭そうにボリボリと頭を掻きつつ、風斬を横目で見やる一方通行。
「なンっか、さっきからムズ痒いと思ってたンだけどよォ。その敬語だ」
 一方通行は視線を前方へと戻し、
「最近使われてねェもンだから、逆に気持ち悪りィンだよ。だから、やめろや」
 横暴に聞こえる一言。
 しかし、それは遠慮無く接して欲しいという気持ちの表れとも取れる一言だ。
 それを聞いた風斬は一瞬驚きの表情を作った後、すぐさま思わず笑顔になってしまう。
 この目の前の少年は、素直では無いが根は優しいといったタイプの人間らしい、と風斬は一方通行を評価する。
 隣でニコニコと笑い続ける風斬に気づき、一方通行はウンザリした様子で、
「オマエよォ……マゾかなンかかァ?」
「?」
 突然放たれた言葉に首を傾げる風斬。
 どういう意味だったろうか、と言葉の意味を頭の中の三角柱を回転させて検索すること数秒。
 検索終了と同時に風斬の顔は真っ赤に染まった。
「ち、違……ッ!」
 すぐさま腕を振りつつ慌てて一方通行の放った言葉を否定する風斬。
 それを見て一方通行は少しだけ楽しそうに笑みを浮かべ、
「冗談だってーの。本気にすンな、馬鹿眼鏡」
「馬鹿じゃ、ないもん……」
 顔を真っ赤に染めて少しだけ俯きながら人差し指同士をくっつけていじける風斬。
 などといじけている間に広場に出てしまった。
 妙に整然とした暗い広場。
 申し訳程度に光が差し込んでいるが、それも通って来た通路と同程度の明度しかもたらしていない。
 路地裏だと言うのに妙に整備された広場は、スッキリとした雰囲気を見るものに与える。
 ただし、ただ一点を除いては、だが。

 風斬と一方通行は同時に固まった。
 とある一点に視線を釘付けにされる風斬と一方通行。
「何だろう……あれ」
 思わず風斬はその一点――広場の壁際で暴れるダンボールを指差した。
「俺に聞くンじゃねェよ」
 一方通行は呆れた表情でそれを見て、溜息を一つ。
 ダンボール自体は大きめだが、広場の端にあるせいかあまり目立たない。
 しかし、その暴れっぷりがその存在を異常にアピールしていた。
 一方通行は嫌そうな顔をしつつも、ダンボールへ向かって歩きだした。
 一瞬、どうしたのかと首を傾げるが、慌ててそれを追う風斬。
「ったくよォ……なンだァ今日は厄日かァ?」
「ど、どうするの……?」
 ダンボールの目の前へと到着する二人。
 風斬は謎の未確認ダンボールを見て、やや不安になったのか、一方通行の服の袖を掴んで引っ張る。
 途中、『ちいさすぎたぜよー!?』などとダンボールから聞こえたような気がしたが気にしない。
「あ、危ない……かもしれないよ……?」
 心配で思わず声をかけるが、一方通行はあァ?とコチラを向き、
「どーせ、捨て猫かなンかだろうよォ。捨てンなら、もうちっと人通りが多い所に捨てやがれってンだ、クソったれが」
 口調こそ荒いが、そこには猫に対する優しさの様なものが見え隠れしているようにも風斬には聞こえた。
 そのせいか、不安よりも、なんだか妙な気持ちが大きくなった風斬は嬉しそうな笑みを一方通行へ向かって浮かべる。
 その表情を見て、またウンザリした様な表情を作る一方通行。
 彼は暫くニコニコと笑う風斬と顔を見合わせていたが、暫くしてダンボールへと向き直り、
「……さってとォ」
「……本当に、猫……なのかな?」 
「―――」
 疑問の声を上げるが、返事は無い。
 しかし、構わず一方通行はしゃがみこんでダンボールの隙間へと手を入れる。
 だが―――、
「?」
 訝しげに表情を変える一方通行。
 それを見て風斬は首を傾げ、
「え、えっと……どうしたの……?」
「内側からガムテープでも張ってやがンのかァ?結構硬ェぞ、こりゃァ」
 それなら引っくり返せば早いだろうが、中に猫がいるのだとしたら無茶は出来まい。
 そう考えて風斬は更に一方通行の評価を更に上げる。
 後ろからの尊敬の眼差しを向けるが、一方通行は気にせず溜息を一つ。
「こンなトコで大事にとっといたバッテリーを消費なンてしたかねェンだけどなァ……仕方ねェか」
 そう言って、一方通行は首に付いたチョーカーからぶら下がっている黒い棒状のものを操作する。
 少しの間を置いて、彼は再びダンボールへと手をかけた。
 紙を破くような音と共に開かれるダンボールの扉。
 その中には――、
「にゃ、にゃー」
「……」
「……」
 なんだか猫なで声をこちらへ投げかけてくる金の短髪にサングラスをかけた大男が詰まっていた。
 風斬は暫く固まっていたが、一方通行の復帰は数秒早かったようだ。
 すぐさまダンボールを閉じる一方通行。
……え、えーっと……猫が男の人で猫で男で……。
「オス……ッ!?」
「ツッコミどころはそこかァ!?」
 唐突に妙なところに驚く風斬に対して思わずツッコミを入れる一方通行。
「だ、だって……猫が大きな男の人に……っ!」
「ありゃどう見ても不審人物だろうがァ!」
「不審人物とは酷いにゃー」
「黙ってろ」
「……」
 ダンボールの中から男が立ち上がるが、それを男の方を見もせずに一蹴する一方通行。
 男はいじけたのかダンボールの中にしゃがみ込んでのの字を書き始めた。
「あの……落ち込まないで、ください……あの人も悪気があって、言ってるわけじゃ……」
 あまりの落ち込み具合を気の毒に思い、風斬が俯く男に声をかけると、彼は僅かにコチラへと向き、
「……ツンデレかにゃー?」
「え?いや、あの……たぶん……?」
 と風斬は思わず放たれた言葉を肯定する。
 ツンデレ。
 意味合い的には、普段はそっけないが、いざという時は優しい人――だった筈だ。
……うん……たぶん、間違ってない、筈……。
 頭の中でもう一度確認して拳を握る風斬。
 その視線の先では男が頬に汗を流して口元を引きつらせていた。
「だァれが、ツンデレだァ……あァ?」
「ひぅっ!?」
 唐突に、後ろからどす黒い空気を感じる。
 これは駄目だ。振り向いたら駄目だ、と本能が警告するが、もう遅い。
 恐る恐る振り返る風斬。
 後ろには憤怒に満ちたオーラを放つ羅刹が笑いながら立って――、


  ○

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