とある魔術の禁書目録 Index SSまとめ

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匿名ユーザー

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<13:11 PM>


 一方通行(アクセラレータ)は、第一〇学区のとある廃屋の倒壊現場に居た。
 いや、居たというのは正しくはないだろう。正確には、彼は倒壊したビルの中に”埋まって”いるのだから。
「あァーアァー遊びすぎたァ」
 巻き上がった粉塵と周りの瓦礫を風で吹き飛ばし、彼は首筋のチョーカーのスイッチを通常モードへと戻した。
 フッ、と身体から力が抜ける。
 小さくして手に持っていた現代的な杖を元のサイズに戻し、そこに身体を預ける。
 瓦礫の散らばる場所での杖の移動は危なっかしく思えるだろうが、一方通行にとってその程度は問題にもならなかった。
「あの女、きちンとお友達は連れて帰ったンだろうなァ……」
 万が一にもそんなことはないと思うが、それだけが一方通行にとっての気がかりだった。
 彼は佐天涙子を助けた裏路地へと足を向けながら、ポケットの中からあるものを取りだす。
 先ほどの戦闘での戦利品。
 それは、細長い筒のような口紅のような携帯電話だ。
 一方通行は細かい理由があったとはいえ、ただ目的もなく戦闘を行ったわけではない。
 紛失した携帯電話の補充。
 あの白井とか言う少女の首をしめているときに拝借したそれこそが今回の一方通行の目的だった。
「………チッ」
 小さく舌打ちし、彼は片手で携帯を操作する。
 適当に準備を済ませてから、一方通行は携帯電話である番号をプッシュした。
 もちろん、人から奪ったものに彼の知り合いの番号はあるはずもなく、すべて彼の頭の中に入っている番号だ。
 元々、彼のアドレス帳に入っている数などたかが知れているし、少ない数字の羅列を覚えることなど、複雑な演算処理を行う一方通行には容易なことである。
「………、」
 電話が繋がる。
 『もしもし』という言葉に一方通行は簡潔に、短く述べた。
「超電磁砲(レールガン)」
『―――っ』
 電話の相手が息を呑むのが小さく聞こえた。
「この言葉だけで、テメェに何を言いたいかはわかってくれるよなァ」
『はて、なんのことでしょうか』
 電話の相手は平坦に言葉を返す。
 疑問も何も含まれていない、ただ返すためだけの言葉だった。
『というか、その声は一方通行さんでしょう。回りくどいやり方をせずとも、普通に電話してくださればいいのに』
 電話の相手―――海原光貴はいつもより少し声を低くして、一方通行へと言葉を返した。
 珍しく機嫌が悪いらしい。
 一方通行の持つ携帯の番号、すなわち知らない番号での着信ではおそらく出ないだろうと思って非通知にして電話をしたのだが、指令を出す『電話の男』と勘違いでもしたのだろう。
 それに対しての不満も多少はあるだろうが、それだけが不機嫌の理由になるとは思えなかった。
 そして、その不機嫌の理由も一方通行にはわかっていた。
「とぼけるンじゃねェよ。テメェが超電磁砲(レールガン)に特別な思い入れがあることくれェ『グループ』の全員が知ってるっての」
『はは。そうですか。で、”だから自分に何の用があるんです?”』
 トゲのある言い方に、一方通行はせせら笑いで返した。
「用件はわかってンだろォ。一週間前から御坂美琴が行方不明って話じゃねェか」
『ええ、知ってますよ。確かに御坂さんは一週間ほど前からこの学園都市から姿を消しています』
 まぁ、正確には約四〇分ほど前に第一〇学区で目撃証言が出てますけど、と海原は付け加えた。
『で、それがアナタにどんな関係があるというのですか? というより、どうしてアナタがその話を自分にしてきたかということがわかりませんね。”我々はお互いの為に情報を共有し
あうほど、仲良しではなかったはずでは?”』
 元々、土御門元春、一方通行、海原光貴、結標淡希の四人で構成される『グループ』の仲はそこまでいいものではない。
 利用できるから一緒に居るだけと言っても過言ではないだろう。それどころか、役に立たないのなら殺してやりたいくらいだ。
 お互いの利害関係が一致しない限り、協力などもっての他である。
 だからこそ、海原のその疑問は仕方のないものだった。
「俺だってオマエの手なンざ借りたかねェよ」
 しかし、今の状況で海原と一方通行はお互いの利害関係が一致している。
「テメェの探す御坂美琴が居るであろう場所に、俺が探してるヤツがいる。だが、どうしてもその場所がわからねェ。俺一人には限界がある」
『……一人? アナタは学園都市の命令でこの件にあたっていると思っていましたが』
「俺の携帯が諸事情でぶっ壊れやがってなァ。こっちからは連絡を取ろうにも取れねェンだよ」
 一方通行の携帯から土御門にでも電話をかければ、もしかしたら繋がったりするかもしれないが、生憎とその携帯はすでにこの世にいない。
 ない物ねだりをしても事態は好転しないのだ。
『………つまり』
「あァ。”俺がオマエに情報を提供してやるから、オマエがその場所を割りだせ”」
『随分と上からのもの言いですね。自分がすでにその場所を知っている可能性は考えないのですか?』
「知ってたならテメェは大人しくしてねェだろうが。さっさと一人特攻しておっちンでるか、超電磁砲を助け出してるはずだァ」
 正直な話、一方通行にとって海原が場所を知っていようが知っていまいがどちらでもよかった。
 例え海原が場所を知っていたとしても、一方通行は無理やりにでも場所を吐かせていただろうし、知らなかったとしても今のように協力を促すだけなのだから。
 それを海原もわかっているのであろう。彼は、言外に場所を知らないことを示しながら、重くはっきりとした言葉で呟いた。
『………一つだけ条件があります』
「わかってる。超電磁砲をついでに助けてくれってンだろ? オマエ一人ではちと力不足だろうからァ」
 元から一方通行は御坂美琴も助けるつもりだった。理不尽に光の世界から闇の世界へと連れてこられた人間を見捨てていい理由などないのだから。
 それに、彼の予想では海原に学園都市からの指令、『グループ』の上司からの連絡はないはずである。
 『グループ』としての仕事ではなく超能力者(レベル5)第一位『一方通行(アクセラレータ)』としての仕事だと言ってきた電話の男。
 彼の口からは遊軍の話は一度も出てこなかった。
 おそらく、海原は何のサポートもなく一人で情報を集めていたのだろう。
 だからこそ、思うように情報を集まらずイライラしていたのだ。
『いいえ、違います』
 だが、一方通行の考えに反して、海原ははっきりとそう言った。
 思わず首を捻りそうになる少年は続く言葉にさらに首を捻ることとなった。


『アナタは”絶対に”御坂さんに手をださないでください』


「………はァ? オマエがやるっつうのか。バカかテメェ。片意地を張るような場面じゃねェだろうが」
『アナタには関係ありませんよ。自分には御坂さんを助けてくれる「ツテ」がありますから』
 ふざけるな、と一方通行は眉をひそめた。誰ともしれないヤツに任せて失敗しましたじゃ笑い話にもならない。
「オマエの言う『ツテ』ってもンは”この俺”よりも頼りになるってのかァ。学園都市の第一位であるこの俺よりもよォ」
『そうだ、と断言できないところがまた残念なんですがね……自分は信じてるんですよ。こんなクソみたいな世界に住んでて、ガラじゃないことは自覚してます』
 けど、と海原は小さく笑いながらこう言った。
『信じたく、なるじゃないですか。あの少年は必ず「約束」を果たしてくれると』


<13:11 PM>



「アンタに何がわかる?」
 ポツリと出た、その言葉にはどれほどの意味が込められていただろう。
「アンタに……何がわかるっていうんだ」
 搾り出すような声。まるで世界の不条理を知った子供が、感情を押し殺したような、そんな悲しい声だった。
 その声の主は、かの有名な超電磁砲(レールガン)御坂美琴であり、そうではない。
 肉声という観点から見るのなら声の主は御坂美琴で正解だろう。しかし心の声という観点から見るのならその声は決して美琴のものではないのだった。
 精神操作(メンタルオペレート)。
 精神系能力の一つであるその力を使う人物の言葉は、美琴の肉声へと変換され、廃屋の中へと空しく響く。
「この学園都市が、いったい何をやっているかアンタにわかるのか? 表しか見ずに裏の世界を見ないアンタにわかるのか? 絶対能力者進化計画なんてまだ序の口だ。子供の脳いじくりまわして実験してるのがおかしいことだと何故気づかない……」
 震える美琴の言葉は、一人の少年へと向けられていた。
 突き刺さる鉄筋と巻き上がったホコリの中心に、ゆらりと立ち上がる人影。
 その少年の姿を見て、ある人はこう言うだろう。
 ―――無謀だ、と。
 少年の体はボロボロだった。所々からは血が吹き出ているし、立ち上がるその足もガタガタと震えて、もう立つことさえままならない。
 まわりに突き刺さる鉄筋に置く手に力を入れ、かろうじて立っているような状態だった。
 けど、倒れない。死んでいなければおかしい攻撃を何度も受けたというのに、少年は絶対に倒れない。
 それは何をどう考えてもおかしなことだった。いくら奇怪な右手を持っているにしても、超能力者(レベル5)の全力攻撃をうけて、いまだ立っていられるはずはない。
 例えてみるならば、銃で足を撃ちぬかれた人間が何事もなく立っているようなものだ。
 どうしてそこまでボロボロなのに、少年の声にはここまで強さが込められているのだろう。
 どうしてそこまでボロボロなのに、少年の身体は地面へと倒れこまないのだろう。
 状況を見れば、明らかに分は美琴のほうにある。少女が少年をなぎ倒すのは、大人が子供を捻るのと同じくらい簡単なはずだ。
 しかし。
「お前だって、気づいてるだろ………」
「―――――――ッッ!!!」
 ザリッ…と。
 上条がゆっくりと踏み出した足に呼応するように、美琴の足が一歩後ろに下がる。
「どんな理由があったって……それが誰かを傷つけていい理由になんて、なりはしないってことくらい……」
「そんなの…綺麗事だ…」
「お前がいったい……何を目的として、何をしたくて、何を過去に味わったかなんて、俺にはわからない」
 だけど、一つだけ上条にはわかったことがある。
 精神操作は、決して個人的な恨みで行動してるわけじゃない。
 自分のことを棚に上げて、理不尽な怒りを周りにぶつけているわけじゃない。
 己のために、力を辺りに撒き散らしているわけじゃない。
 それだけわかれば十分だ。
 上条当麻には十分だ。そいつのために立ち上がる理由には十分だ。
「だから俺は……お前と『話』がしたい」
「ふざ、けるな! アンタにいったい、何を……何が出来るってんだよ!!」
 バチィ! と少年の横を青白い電光が駆け抜けた。その余波だけで上条は倒れそうになる。
 けれど、上条当麻は歯をくいしばり地を踏みしめる。前へ前へと、進むため。こちらから、歩み寄るために。
「お前が、おまえ自身が救いたいっていう人たちがいるんだろうけどさ、だからって他の人を不幸にしちまったらダメだろ」
「……うるさい」
「思い出せよ、本当の気持ちを。こんな間違ったやりかたじゃなくたって、絶対に皆が笑える方法があるはずだ」
「……うるさいっ」
「一度は諦めた。一度は絶望した。一度は挫折した。だけど、もう一度希望を持ったっていいはずだ。お前のやってることは正しくないけど、それが幸せを諦める理由にはならない」
「うるさいっ!!」
「いい加減前を向けよ! 中途半端に後ろを見るようなことしてないで、きちんと後ろを振り返ってから前を見ろよ!」
「――――――ッ」
 トン、と、美琴の身体が柱に背をついた。後ろはない。もう下がれない。もう、逃げれない。
 それでも、上条当麻は止まらない。ゆっくりと、しかししっかりとした足取りで美琴のほうへと真正面から歩み寄る。
 横に、などという概念はなかった。そうやって逃げることは自分の何かを壊してしまうような気がして、精神操作はそんなことを良しとしない。
 自分のやっていることを自分で否定してしまうような気がして、精神操作はそんな行為を許せない。
(……っ、無理だッ)
 けれど、前にある存在はあまりにも大きい。幻想殺し(イマジンブレイカー)という一つの力ではなく、上条当麻という人間はあまりにも大きかった。
 自分が所持している超能力者(レベル5)の力などとは比べ物にもならないほど。
 怖い。純粋にそう思った。
(なんで邪魔するんだ……なんで否定するんだ……なんでわからないんだ……僕の考えは間違ってない。間違ってない!)
 精神操作はわからない。
 どうして、自分の行為を邪魔されなければならないのか。
 間違っていないはずなのに。犠牲はつきものだ、と納得するのが普通なはずなのに。
 どうして、上条当麻にはそれがわからず、わかろうとしないのか。
 理解できない。精神操作の思いに反応してか、美琴が唇をかみ締める。
 どうして、理解してくれない?
 どうして、わかってくれない?
 どうして。
 どうして?
 どうして!
「どうして、誰も僕らの話を聞いてくれないんだァアアアアアああああああああああああああああああああッ!!??!!??」
 いつの間にか、声として思いが飛び出たことに精神操作は気づかない。ただ、目の前にある『乗り越えるべき壁』を壊すため、”彼”は美琴(チカラ)を開放する。
 手加減や容赦などというものは存在しなかった。
 ッバチチチチチチチチチッッ――――!! と上条を十億ボルトの電流が包み込む。
 そして―――。


「いつまで言い訳するつもりだ!」


 バキン、と右手に触れた電流がその姿を消し、精神操作の眼球に上条当麻を映し出す。
 精神操作に、現実から目を背けるなとでも言わんばかりに。
「当たり前のことだろうが。お前が誰にも話そうとしないなら、誰が聞いてくれるってんだよ」
 いつの間にか、上条と美琴の距離はお互いに触れられるほどに近づいていた。
 やられる。自然とそんな考えが精神操作の頭の中によぎる。上条当麻の武器はその右手に宿る『幻想殺し(イマジンブレイカー)』だ。
それは、異能の力ならば触れただけですべて打ち消すといった反則まがいの力を有している。その右手が御坂美琴の頭に触れるだけで精神操作の能力は完全に遮断されるだろう。
 いくつもの下準備のすえにここまで操れるようになった御坂美琴を、もう一度手中に収めることはほぼ不可能だ。
 そして『希望ト絶望ノ箱(オペレーションパンドラ)』の起動に最低限必要なものは超能力者(レベル5)の力がなければ手に入れることが難しいことは、理論上わかりきっている。
 つまり。
 ここで上条当麻に御坂美琴を取り返されるということは、作戦の失敗へと繋がることとなる。
 嫌だ、と首を振りながら、美琴が腰が抜けたように柱を背に座り込んだ。
 目尻に溜まる涙は、美琴のものかそれとも追い詰められた精神操作のものか。どちらかなんて自分にもわからなかった。
「間違えてない……間違えてなんかいない! 偽善者が口を開くな! 僕らは間違えてなんかいないんだ! だって、どれだけ考えたってこれしか答えは出なかったんだから! 事を成すにはソレ相応の犠牲がないといけないんだよ! 血が流れないことには変わるものだって変わりはしないんだ」
「……、」
「アンタだって誰かを止めるために拳を振るっているだろ!? それの延長線上じゃないか! 殴っても止まらないなら殺すしかない! だって、止めないともっと血が流れるんだから! どっちを優先するかなんて考える必要もないだろう! 一人の悪党のために十人の罪もない命を流す理由なんて、この世にあってたまるか! これ以上、『あの子達』と同じようなことが起きてたまるかァァァああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!???」
 直後だった。
 ポン、と。
 美琴の頭に軽い、軽すぎる衝撃が走った。一瞬、精神操作はそれがなんなのかわからなかった。目に映る『それ』が予想外すぎて、”彼”には理解できなかったのだ。
「………ぇ?」
 上条当麻は、右手を握っている。硬く堅く固く、握っている。
 けれど、それだけだ。
 精神操作の目を引くのは、少年の右手ではない。
 美琴の頭を、優しく撫でる上条当麻の”左手”だった。
「お前の何もかもを間違ってるなんて言ってないさ。いまだにお前が何を理由に行動を起こしているのかはわからないけど、その理由に間違いはないはずだ。だけどさ、お前はやり方を間違えたんだよ。殴っても止まらないなら、もう一回殴れ。それでも止まらなかったら、どうしても自分の力だけじゃどうしようもなくなったら、お前は誰かに助けを求めるべきだったんだ」
 そして、上条当麻は御坂美琴の向こうにいる精神操作に向かって手を差し出した。
 その手は、決して幻想を殺してしまう手なんかじゃなくて。
 何の変哲もない、普通で飾り付けなんてなくて。
「今がその時だ、なんて言わない。けど、お前にその気があるなら俺にお前の話を聞かせてほしい」
 ただ一人の上条当麻という人間の左手だった。
(……あぁ)
 だから。
 それゆえに。
 精神操作はそんな『救いの手』を、取りたいと思った。
 けれど、そう簡単にその手を取ることはできない。精神操作は、組織の一員だ。仲間を裏切ってまで、上条当麻の手を取る価値があるのか、”彼”にはわからなかった。
 そんな考えを知ってか知らずか、上条は笑ってこう言った。
「安心しろ。お前がどんな選択をしようが俺はお前を責めねえよ。けど、その選択に間違いがあったら俺が止めてやる。だから、自分が納得できることを自分で決めろよ」
 そして、精神操作は決断する。自分で考え、自分で思ったすえにきちんとした答えを自ら出したのだ。
 御坂美琴の手が持ち上がる。
 精神操作の思いに連動して。
 そして、その手は。
 上条の手を―――。
手を―――
 握ろうとした、直後だった。


 美琴の視界が回転する。
 自分の身に何が起こったかを確認する前に、精神操作(メンタルオペレート)は美琴が地面に叩きつけられていることだけを理解した。


(…………は?)
 いきなりのことに、精神操作の思考が停止する。
 何が起きたか、何をされたか、何をしているのか、それらすべてを理解しようとする前に、
「し、白井っ!?」
 上条のそんな言葉で現状を把握する。
「やっと……やっと見つけましたの。さぁ! お姉さまは返していただきますわよ!!」
 白井黒子。風紀委員(ジャッジメント)の一人にして、御坂美琴の絶対無二のパートナー。
 彼女の能力は空間移動(テレポート)。点と点とで移動するその能力ならば相手の死角に潜り込み奇襲することも簡単だろう。
 そして”彼”の中に『どうしてここに白井黒子がいるのか?』という疑問はない。
 彼女は呼ばれただけだ。
 ”上条当麻に、呼ばれただけだ。”
(はめられた……?)
 考えれば、不自然だった。何かもがおかしかった。
 どうして、上条当麻は危険があるのにも関わらず佐天涙子を一人で逃がしたのか。
(……それは、白井黒子を呼ぶため?)
 どうして、上条当麻はいつものように自分の敵を殴らなかったのか。
(……それは、御坂美琴を傷つけたくなかったから?)
 どうして、誰かを巻き込むことを嫌う上条当麻が白井黒子に助けを求めるのか。
(……それは、事前に話をつけていたから?)
 すべて想像にして妄想だ。けど、そう思ってしまうのも仕方ないのかもしれない。
 裏切りが当たり前の暗部を生き抜いてきた”彼”は必然に裏切りを受け入れている節がある。
 つまり、裏切りがないことなんてありえない、と。
 そして。
「―――ッ!!」
 上条当麻は、思わず手を美琴の方へと伸ばしていた。上条に悪意はなかった。ただ、一人勘違いしている白井をどけようと手を伸ばしただけだったのだろう。
 けれど、そんな事情をすぐに理解しろというのは精神操作には酷な話である。
 それは、咄嗟にといった表現が一番似合うような行動だったが、混乱した精神操作にそんなことがわかるはずもない。
 ”伸ばされた右手(イマジンブレイカー)”を見てそう思えという方が―――無理である。
 結果。
「ッ! 白井!」
「―――ッ!?」
 交渉は決裂した。
「あ……は―――――――はははははははははははははははははははっ!!!」
 上条が反射運動にも近い速度でそこを飛びのいた直後だった。
 バッチィィィィィィ!!! と目が焼けるほどの高圧電流が御坂美琴の周りを駆け巡った。
 彼女の顔からは感動の涙は枯れ、凄然とした怒りの笑みが溢れかえる。
 上条の言葉に咄嗟に空間移動をした白井が視界に現れた瞬間、美琴の電流が空を走った。
 瞬間。
 白井を庇うように伸ばされた上条の右手が、彼女の電撃を打ち消す。
「待ってくれ! 今のは……」
「黙れェェェええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!」
 一時的に活動を停止していた鉄筋が再起動を果たす。メキメキ、と何かを軋ませる音を響かせ宙に浮く鉄筋は何の前触れもなく上条の方へと射出された。
 上条の後頭部を吹き飛ばすようなルートで、だ。
「何を、ボーっと!」
「ッつぅ!」
 白井に腕を掴まれ、強引に地面に叩きつけられた上条の頭上を鉄筋が通過する。肌を削るような空気の動きが少年に戦闘の再開を無理やりにも感じさせた。
 眼前で電気を纏う電撃姫を見て、上条は思わず声を荒げた。
「くそっ!」
 どこで間違えたのか。何が間違っていたのか。いや、何も間違ってはいないのかもしれない。
 ただ、『運』が悪かっただけだ。行動、タイミング、言動、それらの要因が偶然の一致を果たしこういう結果を導き出した。
 ただついてなかっただけ。『不幸』ゆえの、この結果。
「ちっくしょうが!!」
 それゆえに、上条当麻は納得できない。
 認められるわけがなかった。受け入れられるわけがなかった。
 そんなくだらない理由で納得するのは嫌だった。
 だから、上条は諦めない。もう一度立ち上がり何度でも何度でも、手を伸ばすことを、繰り返すことを、心に決める。
 けれど。
「あっはははははははっはは!! 何が『話を聞かせて欲しい』だ! 何が『お前が決めろ』だ! ふざけるな! 都合のいいことばかり言って何にもしないつもりだったんだろ! お前だって研究者と同じで、誰かを騙して何かを得ることしか考えちゃいないんだ!」
 もう遅い。
 精神操作は、上条当麻を信じない。
 普通ならこうはならなかった。精神操作の能力で相手の心情を見透し、言っていることが本心かそうでないかの判断は容易にできるはずだった。
 しかし、上条には右手がある。すべての異能の力を無効化する、幻想殺し(イマジンブレイカー)がある。
 その事実が、上条から読み取った心情に疑惑を持たせてしまう。
 信じたかった。けれど、信じられるはずがなかった。
 現に、精神操作は上条当麻に一度騙されたと思ってしまっている。
 だから、信じれない。精神操作は上条当麻を信じれない。
 上条は自分を騙そうとしたわけではないかもしれない、という考えを信じれなかった。
「信じ……たかったのに…、」
 ボソッ、と美琴の唇が微かに震えた。
 立ち上がり、手を握る。
 バチバチ! と散る電気を隠そうともせず、周囲に出来上がった磁気に石ころが反応する。
「動くなよ、白井黒子。キミの身体の一部が動いた瞬間、僕は全方位に電気を流す」
「ッ…」
 ピクリと手が動いた白井の行動に先に釘を打ち、精神操作は上条に視線を向けた。
 美琴の腕が持ち上がり少年へと向けられる。
 直後。
 ゴッ!! と上条の横を青白い槍が通過した。白井がビクリと身体を震わせる。
 けれど、少年は構えなかった。決して戦いのスタンスを取ろうとはしなかった。
 それが、精神操作にさらなる怒りを抱かせる。
「決めたよ。僕がアンタに聞かせる話なんかない。アンタの差し伸べた手なんざ誰が取るかよ」
 そして、と美琴の口が言葉を区切り。
「そんな僕をアンタはどうしてくれるんだっけ?」
「止めてやる」
 言葉に迷いはなく、それは『戦闘再開』の合意でもあった。
 ギリッ、と美琴が奥歯をかみ締めると同時に外で雷が鳴る。
 数秒の沈黙。
 上条当麻が拳を握り、白井黒子が演算を開始し、精神操作が行動を起こそうとした、
 瞬間だった。


『めーでーめーでー。ターゲットの発見をご報告どーぞー』


 緊張感のない、そんなあっけらかんとした声が廃屋に響いた。
「………、」
 美琴が眉をひそめて、数度か上条と白井に視線を移してから、音源である通信機を太ももに隠したホルダーから取り出してスイッチを押す。
 不愉快を隠さずに、美琴は口を開いた。
「なに!?」
『なんだよ、ボクがわざわざ連絡入れてやったってのにそんな態度はいたたけないなぁ』
「ミーナ=シンクジェリ。わざわざ僕の戦闘中に連絡を入れるほどの用件はなんだと聞いてる!」
「―――ッ!」
 ミーナの名前を出した瞬間、上条が目を見開いた。
 前から因縁でもあるのか、クエイリスとの激突した時に名前だけでも聞いていたのか。
 どちらにせよ、精神操作にはどうでもよかった。
『あっはー♪ 怒ってるね。よっぽど幻想殺し(イマジンブレイカー)との戦闘が楽しかったと見える』
 ミシミシ、と通信機から変な音が漏れた。しかし、美琴は表情を崩さず、淡々と言葉を述べる。
「茶化すな」
『茶化してなんかないよ。純粋な興味ゆえの質問。まぁいっか。本題、キミの「ノルマ」を見つけた。塔の下暗し、だっけ? 意外と近くに居たからビックリしちゃった』
「……後でじゃダメ?」
『今だからこそだよ。ちょうど、宝石を守る「番犬」は近くにいないようだし。ボクたちが自主的なボランティアでやってあげることも悪くはないんだけど、こっちにもやることがあるからね。やっとボクらのターゲットを見つけたんだ。予想外も予想外。どこかの隔離施設にでも隠されてると思ったら普通の学生寮の部屋でおねんねしてたよ』
「神田は?」
『今は近くにいない。偵察だって言ってどこかにいっちゃった』
 そこで、精神操作はミーナと神田のターゲットを思案する。
 ターゲット名は、禁書目録。
 確か一〇万三〇〇〇冊の魔導書を収める図書館だという話だ。いくらなんでも嘘だろうと思っていたが、どうやら実在するらしい。
 どうやって一〇万三〇〇〇冊も保管しているかは、はなはだ疑問だが。
「……ターゲットは?」
『第一〇学区の原子力研究所の屋上。健闘を祈ります大佐。おーばー』
 言いたいことだけを言ってミーナは通信を切った。
 チッ、と舌打ちして美琴は通信機を足のホルダーに入れなおす。
「仕事が入ったよ。遊びの時間は終わりだってさ」
「ふっ、ふざけるのも大概にしてくださいまし!! 今すぐにでもお姉さまを開放し、お縄につきなさい!」
 本当に面倒そうに話す美琴に対し、白井が声を荒げる。
 その声は怒りなどより、一種の願いを感じさせるものだった。
 仕方ないだろう。御坂美琴の行方不明から一週間。ずっと探し続けた人物をやっと見つけて、そう簡単に逃げられてはたまったものではない。
 白井黒子の疲労はもうピークに達している。いつ倒れてもおかしくないほどに。
「黙れよ白井黒子。欲しいものがあるなら力ずくで奪えばいいじゃないか。言葉を重ねて、いったい何の解決になるって言うんだ」
 しかし、精神操作はそれを分かっていてなお、つまらなそうに答えた。
 やれるものならやってみろ、という意味を込めて。
「待て!」
「待たない」
 上条の命令に否定で返し、美琴は身体に電気を纏ってから片目をつむって、
「絶望しろ。『パンドラの箱(パンドラピュクシス)』を開けた、人類のように」


 キュガ!! と美琴を中心として全方位に、十億ボルトの電流がほとばしった。


 上条が白井の前に躍り出て、電撃を打ち消した時には美琴の姿は視界から消えていた。
 まだ廃屋の中にいるのか、外に出たのか、それすらもわからない。
 とりあえずわかるのは、もう近くに美琴はいないという事実だけ。
(く、そ……)
 戦闘が終わったというのに、事態は何一つ好転しない。それが、上条をさらに焦らせる。
(ち、く、しょ……)
 そして、上条の視界が暗転する。
 白井の声が聞こえたような気がするが、そんなことを気にする余裕はなかった。
 少年はまるで眠りに入るように緩やかに気を失う。緊張という名の糸が途切れた、人形のように。

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