とある魔術の禁書目録 Index SSまとめ

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匿名ユーザー

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冷たい風が肌を刺激させ、朝の到来を一方通行に教えつけた。夢を見たのは久しぶりだ。
イチイチ内容まで覚えていないが、不快にも拘らずどこか安らぎを感じる夢想だった気がする。
最近は些細な物音にも反応して覚醒する気質に加え、緊張感の連続で眠る頻度も大分減った。
それが翻ったという事はやはり事態の進展に実感が湧いた、からだろうか。
目を開き、朝の兆候を発し続ける方向を見ると、昨夜は重いカーテンに遮られた窓が全開になっていた。
冷風はそこから入ってきたらしい。このクソ寒いロシアで換気を行うのは常識外れだろと感想を抱き、
打ち止めの体が冷えてしまうなと心配してベッドに視点を切り替えると、

空っぽのベッドがあった。打ち止めの姿が消えていた。

一瞬で眠気が吹き飛び、最悪の事態の到来に頭を働かせる。
(遂に第二派が来やがったのか!?何で気付かなかった!オッレルスは何してたンだ!?)
とにかく彼女を探すしかない。ベッドに手を当て温もりを確かめるが、気温の低下の影響で
打ち止めが連れ去られてから間が空いたかどうかが予測出来ない。手がかりは、無い。
焦りが足の震えを誘発させる。打ち止めを平癒させる手段を掴んだ直後にこれだ。
絶対に彼女を奪還し、そのホシは確実に鏖殺する。そう目当てをつけ電極を能力使用モードに切り替え、
開いた窓に手をかけ、自己移動のベクトルを操作し砲弾の如く外へ飛び出すと、

その顔にドゥバッ!とスナック菓子の袋を勢いよくブチ開けた様な破裂音と共に
雪玉が叩き付けられた。

『反射』は正常に発動したので、雪玉はそのまま投手に向かって正確に飛躍する。
射手は子供だった。古着屋のセールで並んでそうな痛んだ感じの冬服を着用していた。
雪玉が顔に返されてくしゃくしゃになっている。だが楽しそうにはしゃいでいる。
「…………」
一方通行はこの事態に急速には対応不可だったが、遠目で全景を眺めれば
取り越し苦労だったのかと安心した。

そこでは打ち止めが厚着で子供達と雪合戦を堪能していたからだ。

「よーし!今度こそ本気を出して、敵陣営に大雪玉を叩きつけてやるってミサカはミサカは
 物騒な宣戦布告をしてみたり!」
そうやって自分の頭部に匹敵する大玉を隠し球とばかりに投げ飛ばすが、力不足かすぐ近くに落下した。
周りの子はその光景を見て大笑いする。打ち止めは悔しそうに顔を雪に埋めていた。
一方通行は腰が砕け、その場にずるずると座り込んだ。
(人に心配かけさせといて、それかよ。クソガキが)
制御スイッチを操作しながら、呆れつつも、満足そうな笑顔を浮かべている自分が何だか滑稽だった。
その流れで頭上を見上げたら、建物の屋根にオッレルスが上って修理をしているのを発見した。
それに気付いた相手が声を張り上げてくる。
「起きたのかい?朝食なら食堂に一応あるぞ。安物のシチーと黒パンだがな!」
作業を終えたのか、するすると立て掛けた梯子をスムーズに降りてくる。あまりに慣れた動きだ。
気が抜けたからか、取りあえず目に入ったこの建物についての話題を振った。
「現代になってまで木造建築とか古風すぎンだろ。釘が使われてねェから事からすると
 15世紀以降にブッ建てられたもンを再利用してンのかァ?」
この建物は丸太を主に使って作られたとわかる。苔や粘土がその間を埋めるように塗り付けられている。
伝統的なヴェネッツ方式だ。冬の寒さを軽減する為に居間もコンパクトに作られているのだろう。
「エリザリーナ独立国同盟が出来てから旧舎は大概打ち壊されて新築される傾向にあったが、
 こんな地方だとその作業が手付かずになって放置されてるモノもあるわけだ。
 その分土地も安いし、意外と頑丈だ。といっても、ガタがきてる部分もあるがな」
手ぬぐいで汗を拭いつつ、オッレルスが説明した。一方通行は話半分でそれを聞いていた。
「あのガキが自由に出歩いてンが、平気なのか?」
打ち止めの病状が一時的に直ったとしても、あそこまで放っておくのは危険じゃないかと勘ぐるが、
「本人は大丈夫と豪語してたし、俺の診断からすればまだ余裕はあると思う。
 それに外で他の子と遊ぶのが子供に一番良く効く薬さ。打ち止め自身も喜んでるしな」
……適当だ。そんな甘い考えを持つ奴だったのか?オッレルスの人格がよくわからない。そんな彼は、
どこからかクワスの瓶を取り出し飲んでいる。一方通行も勧められるが断った。
厳密にはアルコールではないが一応は酒だ。それにやっぱり飲むならコーヒーに限る。
そうしてその場に座り込んだオッレルスはふと呟いた。

「あの子達は戦争孤児だよ」
一方通行はギョッとした。戦争、戦争と小耳に何度に挟むよりも現実を濃厚に押し付けられたからだ。
「学園都市は基地陣営の拡大に力を注ぎ、人的被害はなるべく出さない作戦方式を取ってるが
 ロシア側はその迎撃に追いやられ、通常の戦闘よりも多量の人員が必要になった。
 そうすると、連邦軍の軍員だけでは賄いきれない。しかも徴兵制度はこんな田舎の貧窮している
 家庭から働き手である父親達を中心に徴収されるわけだ。そうすると残された母親は仕事を求めて
 家を出なくてはならない。だから子供達が残される」
ぐいっと瓶を上げて一気に飲み干し、オッレルスは話を続けた。
「さらにはここらの国の境界線近くの人々はロシアに付くか、独立国に付くかを迫られる場合が多い。
 すると、大国をつい選んでしまう者が過半数だ。それがこの結果さ。親達が戻れない可能性だって
 あるだろう?だからこんな即席の孤児院が必要になってくる。だが国側はそこまで手が回らない。
 そうだから俺の様な浮浪者がやるしかないんだ」
一方通行はあまりに過酷な状況に瞬き一つ動かせなかった。同時にオッレルスの懐の大きさに舌を巻いた。
「といってもここはまだ幸運な方だよ。実はこの建物は俺が来るだいぶ前から孤児院として
 使われていたんだ。そのおかげでベッドも毛布も部屋もさらには家畜まで揃ってる。
 食料も少し力任せに『取引』すれば手に入れるのは難しくない。
 噂じゃ、不死の化物がこういった施設を幾つも整備しながら旅をしていたとか。そいつに敬意を表して
 ここを選んだんだ。あの子達も親を待つのにも飽きて、ああやって遊ぶぐらいの余裕も出来てきた」
そうしてオッレルスは熱い眼差しで雪合戦に励む孤児達を一望した。一方通行もそれにつられたが、
彼とは全く別の物を見ていた。打ち止めの遊ぶ姿だ。
打ち止めは本来あそこにいなければならない存在だ。同世代のガキ共と交流して、闇とは繋がらず
光の元にずっといればいい。光は暖かい。一方通行がいる冷酷な闇とは正反対だ。
それが今、部分的に叶っている。打ち止めは自分にも笑顔を振りまいてくれるが、
あの笑顔はまたそれとは違う。いい加減で、気まぐれで、気負いが無い。純粋無垢な結晶の様だ。
黄色い声が打ち止めの名を呼ぶ。打ち止めもそれを返す。それだけだ。
それだけでいい。自分では手放すことしか出来なかった、甘美な世界にあり続ければいい。
そう感慨に耽ってたら、背後からこっそり接近して来る気配をまた察知した。
ちょっかいを出される前に振り返る。やっぱり番外個体だった。寒そうに毛布に包まったままだ。
「……うー。また打ち止めばっか見てる。ミサカはこのクソ寒い家屋をあなたと食べ物求めて
 一人寂しく放浪してたのに。やっぱり第一位はこの大きいミサカよりも小さいミサカの方が
 好みなの?スモールな輩にしか反応しない不感症なの?だったらあなたは真性の変態じゃ」
「……それ以上続けンのか?ならその体に教えてやろォか」
と言って蓑虫みたいな番外個体から毛布を奪い去ると、何故か赤面して涙ぐむ。
「ど、どうしてそんな冷たいの!?って、てか内面以上に外界が寒い!!ミサカは戦闘とかでは
 我慢するけど、こんなケースでは寒冷には勝てないの!!だから返して返してー!!」

とあまりに可哀想だよ、とオッレルスが訴えるのであァそォかい、と毛布は返却してやった。
また包まる番外個体。初遭遇とのギャップに腹を抱えて笑った。
「ははは!オマエさァ、まるでボロ雑巾にしか見えねェぞ!これしきの冷度に辟易してるとよォ、
 本格的な真冬でのたれ死ンのがオチになンぞ?だから毛布は卒業しろよなァ」
「ま、また取らないでよ!あなたミサカに対してサドすぎる!」
取る、奪う、取り返すを連発してたら、打ち止めと子供達が戻ってくるのを見逃すところだった。
オッレルスが彼らを一回中に引き入れようと指笛で呼びかけているようだ。
それで打ち止めが漫才っぽい馬鹿騒ぎをしてる二人に混じった。
「雪合戦は楽しいね。何発も顔に雪玉食らっちゃったけど。うん?あなたは一体誰と何をしてるの?
 ミサカも面白そうだからこの人から毛布を取ってみるってミサカはミサカはおりゃーっと
 この毛布を投げ飛ばしてみたり!」
と、勢いよく毛布は哀れにも打ち止めによって積雪に叩き付けられ、番外個体はまた薄いウォースーツ
一枚にされた。だが、その関心はもう毛布から離れ、打ち止めとの対面に移った。
打ち止めが敵対心を露にするのでは、と一方通行は一瞬危ぶんだ。打ち止めは番外個体に殺されかけた
記憶しか無い。が、先に反応したのは番外個体だった。
「お、これは可愛いミサカがいる。娘にしちゃいたいな。って頬擦りしちゃうよ」
打ち止めの体をヒョイと持ち上げ慈しんでいる。オイオイと思う矢先に、
「え!?このミサカはどうしてこんなにミサカに友好的なの!?それにさっきまで運動して火照った
 体に冷えきった顔を押し付けるのはやめてほしいってミサカはミサカは全力で振り払ってみる!」
「だーめ、離しません。ってミサカは温かいこのミサカを湯たんぽ代わりにしちゃいます。
 ふふふ、どーだ参ったか。ミサカは見る見るうちにこのミサカを気に入っちゃうよ?」
「やーめーてー!あなたも見てないで助けてよー!ってミサカはミサカは救助を呼びかけてみるっ!!」
一方通行は、下手に介入するよりこの二人に任せた方が関係が良くなりそうだなと楽観的に
打ち止めと番外個体を見ていた。何故か、自然に笑いが込み上げてくる。あまりにも馬鹿らしい。

子供達を収容し終わり、そんな三人を遠くから眺めるオッレルス。
一方通行、打ち止め、番外個体。
本来なら繋がるはずの無かった特殊な彼らの様子を実見して、こんな感銘を受けていた。

まるで、本当の家族みたいじゃないか、と。


出発は結局一日延期されることになった。昼時を過ぎたらさっさとフィアンマの居場所を捜しに
この孤児院から三人で出て行く予定だったが、打ち止めが「もっと皆と一緒にいたい!」と子供臭い
駄々をこね、梃子でも動かない程の強情を見せた上、オッレルスが「ほんの少量だけ打ち止めの
演算能力を削り、『始動キー』の浸食速度を停滞させてみる」と至極重要な作業に入った為、
旅の再開は明日の朝までおあずけになってしまった。そんなわけで今現在は仄暗い夜である。
学園都市における暗夜の静けさとは体感がまるで異なり、声を出す事すら忍ばれる暮夜だ。
実際、深夜に入るとロシア側の索敵から逃れるために騒音は立てないようにと(魔術による
防壁は展開してあるらしいが)オッレルスに釘を刺された。
一番砲声の発信源になりそうな孤児達はもう寝静まり、打ち止めも休養を取るべきだと察したのか
昨夜と同じ部屋でベッドに収まっている。従って、今この孤児院で活動しているのは三人だけだ。

一人はオッレルス。打ち止めの調整も終わり、一人で部屋に閉じこもっている。
一人は一方通行。現在彼は踞り、割り振られた部屋の隅で最も無防備な状態でいる。
チョーカー型電極の充電中だった。一方通行の言語機能と計算能力を補助するこのツールは
平常時では四十八時間、能力使用モードでは三十分しか稼働しない。そのため制限時間が
切れるまでに専用のアダプタと変電機を接続し、バッテリーを溜め直さなければならない。
その上ロシアと日本では差込プラグの仕様と電圧に違いがあるため、さらに変換プラグと
対応した変圧器まで機構に導入する必要がある。ただそれらの機器はこれまでの路次で何とか調達出来た。
そのように周囲を電気器具で囲まれた一方通行は警戒を怠らなかった。この間は全く動けないからだ。
『反射』の膜を張りながら充電可能ならばまだ安全だろうが、そうすると充電量とバッテリー消費量が
合致してしまい、結局プラスマイナスゼロになってしまう。だから通常モードを維持するしかなかった。
この状態で敵に襲撃されればアウトだ。そのため学園都市にいた頃は充電するポイントを
複数用意し、『グループ』の所属員はもちろん、『電話の声』を含む上層部にも知られないよう
二重三重の防衛策を取っていた。しかし今は充電する時間と場所を確保するだけでも一苦労なのだが。
そんな経緯もあって本人と電極の開発者であるカエル顔の医師以外は誰も一方通行の充電過程を知らない。

「ほうほう!まるで抵抗を知らない子羊みたいだね。触ってもいい?」
……はず、だった。

もう一人、この番外個体がこの部屋に突然乱入してくる瞬間までは。
「……オマエ、人の感情を逆撫でする天才か?」
「いやいや、悪気は無いからあくまで偶然だよ」
ここまで白々しいと絶対故意にやってるだろ、と直接突っ込む気も失せる。
「偶然を引き寄せるのも、才能の一つなンだって事を承知してねェならやっぱりただの迂愚か」
皮肉を込めても曲解しそうな奴なので、やっぱり直接馬鹿にする事にした。だが番外個体は動じず、
こちらが眉間に皺と青白い血管を寄せているのに気付かない素振りをしつつニヤニヤしている。
「いい?どれだけ偉そうに凄んでも、今のあなたは砂の入ってないサンドバックにすぎないんだよ?
 つ・ま・り」

いきなり番外個体の眼光が獣のそれに近似していく。呼吸が荒くなり欲望が口から溢れてくるかのようだ。
これは、マズい。番外個体がこの先取るであろう行動が、未来視せずともわかってしまう。
「ミサカが第一位を好きに弄べるということなのだー!!」
「結局そォいう結論かよ!うざってェから飛びかかってくンな変態野郎がァ!!」
番外個体の四肢が一方通行の体に纏わりつき、耳を優しく咬んでくる。
心底苛ついたので電極のスイッチに何とか触り、一瞬だけ能力を発動させ、
ベクトル操作で番外個体を弾き飛ばした。そこまで力を込めた自覚は無かったが、
番外個体はそれなりの勢いで飛ばされ壁に激突し、その衝撃で生じたホコリに埋まった。
「おがっ!……ううう、そんなに痛くはないけど全身ホコリ塗れで気持ち悪いよ……」
番外個体がゴホゴホ咳き込み、体の汚れを取ろうと手でホコリを振り払っているが、
これでは一回水で流さないと取りきれないだろう。やりすぎたか、と
一方通行はほんの少しだけ反省、いや、妹達の一人を傷つけてしまったのか?と胸中ではかなり動揺しつつ
「さっさと隣の流し場で洗ってこい。どォせ産まれてから風呂なンざ一度も入浴した覚えもねェンだろォ?
 イイのかなァー?仮にもオマエは女なのにソイツはどォなんだァ?」
と、憎まれ口をあえて叩いて提案してみる。本音はここから離れて欲しいだけなのだが、
「はっ!確かにミサカは可憐な乙女にも関わらず、水浴び体験はゼロ!このままじゃムサい、臭い、汚い
 でとても人前に出られないよ!ううー、第一位でもっと遊びたいけどしょうがなく風呂場に直行する!」
とまんまと思惑通りにドアを抜けていった。また一方通行は重い溜息をついた。馬鹿の相手は疲れる。
ドタドタと古い床に亀裂を生じさせそうな重々しい足音が響き、番外個体が隣の部屋に辿り着いた気配を
感じた。「おお!これが巷で話題のロシア風呂!って期待してたのにぶっちゃけ普通の風呂だよ!」とか
何やら聞こえるが、全て無視した。したかったのだが、

彼女が口ずさむ鼻唄や衣服が擦れる様な音が壁沿いにうっすら耳に入り込んできて、心中穏やかでない。

……黄泉川や芳川の着替えに遭遇した時は何ら下賎な感情は浮かばなかったのに、
何故今更、自分はこんなくだらない事に反応しているのだろうか、
と一方通行は自己嫌悪に陥る。今度こそ冷静さを取り戻し、
煌めく水音や番外個体の甘みがかった吐息とかを全て意識下から遮断するのに成功した。
(水道も電気も滞り無く通ってるこの孤児院は一体どォなってンだ?『置き去り』の収容所なンざとは
 比べ物にならねェ程、快適になってンぞ?)
そうして全く別の思案に身を任せ、充電が完了するのを健気に待った。

……暫く時間が経過した後、ようやく一方通行は充電という呪縛から解放された。バッテリーは最大まで
蓄電され、これで最大限能力を行使出来る。手が楽になった彼は、懐から多少『改造』した銃を押退けて
もう一つの鍵とも言える物を取り出し、ベッドに一枚一枚規則正しく並べ始めた。
ロシア兵から強奪した羊皮紙の束だ。初遭遇時には朧げにしか重要性を解釈出来なかったブツだが
オッレルスから魔術の教導を受けた今ならば、これが何たるかは自ずと理解が進んでいく。
本来ならオッレルスに直接提出して鑑定してもらえば、羊皮紙の正体はスムーズに判明するだろうが、
一方通行はあえてその手を使わなかった。理由は魔術の法則を独力で暴く手段を修得したかったからだ。
ヴォジャノーイ達が放った水の槍に『反射』を発動しても不完全な結果に終わった過去を振り返って、
一つの仮説が頭に浮かんだ。一方通行の超能力はあくまで物理法則に則ったベクトルを感知し、
制御下におくだけだ。つまり、物理法則を伴わない魔術攻撃には単純に『反射』が効かないのではないか?
魔術にも火や水、といった自然界に存在する物を介する術式なら、まだ科学的視点への置き換えが
可能だろうが、全く未知の法則を有する技であったらその法則を見極めなければ『反射』どころか
防御も出来ない。要は魔術と争闘するのなら毎回戦闘時に相手の術式を見破らなければならないのだろう。
その足慣らしとして、この羊皮紙が内蔵する魔術法則を一人で解読しようとしているわけだ。

しかし、それは今までオカルトとは無縁の道を歩んでいた一方通行にとっては難儀な作業だった。
呪文と魔法陣の羅列からは胸への圧迫感しか感じない。それらを綴るのに使われたインクや
紙の繊維などから羊皮紙が作成された年代は予測出来たが、肝心の内容まで知識が届かない。
(……どォしても考えがまとまらねェ。暗号に近似したモンと解釈するまでが限界か。
 これが一冊の本だと無理矢理改竄すれば全体のイメージは漠然とわかるが、
 どォ『出力』するかが不明。こいつを魔術として蠢動出来ねェと完全に理解したとは言えねェな)
ヒントを求め、無意識に周囲に目を泳がせると部屋の隅に佇んでいる本棚に意識が向いた。
杖を突き直し、何冊か手に取ってみる。もしかしたら魔術に関連した書物が混在しているかもしれない。
案の定、普段ならば無下に扱っていたであろう、有益な情報が綴られている本を収穫出来た。
表紙は悪趣味な黒で、綴じられているページの紙が相当痛んでいる。それでも読めなくはない。
……オッレルスが予め置いておいたのだとしたら、一方通行の悪足掻きが丸わかりだったとも言える。
それでも一方通行は羊皮紙に掩蔽された意味をどうにか自己視点で汲取れる一歩手前まで来た。
だが、それを魔術としてどう発動させるか、その『手段』だけはまだ煙に巻かれたままだ。
呪文でも唱えてみるか?そんな下らない解決手段が意外と正解だったかもしれないが、

「ふぅ。風呂で温もると気分が一新されるね。よぉし第一位!ゲーム再開だよ!」
ドアが無駄に躍動して開かれた場所に立っていたのは、風呂上がりの番外個体。
集中力と堪忍袋の緒が切れた一方通行は文句を張ろうと口を開けたが、その口の用途は絶句に変わった。

髪。湿りが茶色の毛に流動的な光彩を与え、大人びた潤いが蠱惑さを讃えていた。
肌。清潔な汗が熱気を帯びた肢体を流れ、少女独特の清楚さと淑女が秘める妖艶さが同居している。
瞳。曇りの無い純粋な水晶玉の様に月の光を反射し、背負う陰が取払われた輝きが目を引く。
胸。スーツによって締め付けられていたのか、普段よりも、柔らかい乳房の膨らみが強調されている。
顔。適度に赤みがかり男の劣情を誘いかねない危うい清純さを兼ね備えており、緋色の麗花のようだった。
「どうしたの?何時のあなたなら猪みたいに突っかかってきそうなのに」
自分でわかってるのか、今の自分の姿を。一方通行の現実への直視に対する抵抗が究極に接近していった。
番外個体が、産まれたままの姿で、そこにいた。


たじろぐ理由は無い。だが後ずさる動きの原因が止まらない。恐怖というよりも、醜い自分が彼女に
触れる事で、今まで保ってきた緊張の糸が途切れてしまうのではないか、そんな憂慮が頭を過った。
一方通行は自分を、もっと硬派な人間だと信憑していた。けれどもその前提はここで覆された。
「あれあれ?あなたの頬がどんどん赤くなってるよ。変だなぁ第一位は」
番外個体が胴を折って前屈みになり、上目遣いでこちらをあどけなく拝顔してくる。
羞恥心も警戒心も一切見受けられないその無防備さが、整った端麗な顔と
細身だが女性らしいラインを持つ裸身の嫋やかな魅力を際立たせていた。
「……あ、あのなァ、イイから今すぐ速攻で服を着ろ。体が冷えるだろォが」
愚挙な発言なのは重々承知の上だが、なるべく冷静さを維持していたい。
何故狼狽してるかは何となく悟れている。上条との一戦後に決めた覚悟のせいだ。
あれで自分の心に正直になると思い詰めたから、感情のコントロールが甘くなっているんだ。
そう自分に言い聞かせる。決して、こいつの姿に反応しているからではない。
その思いと裏腹に手に汗が浮かび、杖の柄が濡れていく。その結果、
手が滑り、ずぽっと杖から手が抜け、体のバランスを崩してその場に倒れかかった。

形の上では、一方通行が番外個体を押し倒した、ようにも取れる。

一方通行と番外個体の顔が接近する。吐息の遣り取りが可能なまでに。
光悦とした番外個体の表情が戸惑いに変わっていく。
そして、目を静かに閉じる。何かを待っている、何かを期待してるかのように。
一方通行もその仕草に目を囚われた。彼女の紅唇が蜜よりも甘く、叙情的に見える。
時間の一端が永遠にも思えた。心臓の鼓動が瞬時に加速していく錯覚が確かにあった。
一方通行も自然と瞼を閉じていた。だが、その瞬間、彼の頭に悍しい既視感が走り抜ける。
昔、こうやって、少女を、『屈服』させた、事が、なかった、か?
もっと、単純な行為で。例えば、

実験と表して、一万体もの少女の屍を日常的に積み上げてこなかったか?

そう連想した一方通行の暗闇がかった視界に、過去の情景が截然と浮かび上がった。
赤黒い液体が流れ、朱肉に亀裂が入り、瞳から生気が失われていく妹達の亡骸達が。
薬物中毒患者のフラッシュバックの様に浮かんでは消え、浮かんでは消えを繰り返し、
自分が仕出かした惨憺たる所業のワンシーンが連続して映し出されていった。

「……くだらねェ」

その一言で切り捨てた。番外個体に獣性を発揮しようとした愚かな自分を。
一方通行は自力で起き上がり、現代的なデザインの杖を掴んでベッドに戻った。
番外個体もそれに気付いた。自分が期待していた結果とは真逆の展開にしばし呆然としていたが、
目を開き、胸に手を当て、自分が懸想した感情を再確認した。
一方通行へと抱いた思いの名を番外個体は知らなかった。
幼く、無垢で、現実とは『自分だけの現実』だとしか理解していない番外個体には
あまりにもその慕情は未経験で、未知数で、不可解な物だった。
一方通行の顔を思い描くだけでコクン、と心が妙な音を立てる。
一方通行の声を聞くだけで動悸が狂う。
一方通行の体に触れるだけで思考の制御が不可能になる。
(ミサカは……ミサカは……)
どんどん熱気が冷めていく体に反して、その心情は心地よい暖かさに満ちていった。


一方通行はベッドの上で羊皮紙の解読作業を進め、番外個体は服を着直し、横で毛布に包まっていた。
…………沈黙。どこか居心地の悪い静謐さがこの狭い部屋の空間を支配していた。
この二人が揃えばどんな時でも騒がしく、戯けた空気が拡散していくはずだったが、
二人の関係が変動したがためか、どこまでも粛然としていた。
一方通行はその方が都合が良いと思い、羊皮紙と参考書に没頭し続けたが新たな収穫は無かった。
どうすると魔術を発動するのかがわからない。その一点につきる。無理もなかった。科学との関連性が
ごっそり削がれた分野では一方通行はその学園都市の頂点にある頭脳を正常に活用出来ない。
脳に靄が掛かったかのようだった。どうしようもなく、目を羊皮紙から一旦逸らすと、
番外個体がこっちを見つめているのに気付いた。
「……なンだよ」
しかし改めて彼女の視線を追うと、番外個体も羊皮紙を眺めているのだとわかった。
「……これってなんなの?」
一方通行ですら全貌が把握しきれないのに番外個体が答えを聞いてくる。仕方なく答えることにした。
「いいか、まずこいつを記述するのに使われた言語はエノク語だ。伝承じゃ天使が喋ったモンだと
 されている。現実じゃ16世紀後半にジョン・ディーとか言う奴が日誌に書き殴ったデマだがな。
 とにかくそいつで原初の人間が万物に名を冠した。だからこの言語は森羅万象を表現出来る
 統一語とも言える。で、そのディーは霊媒者のエドワード・ケリーに出会い、『神の如き者』から
 ご信託を受けたンだとさ。でこの羊皮紙に書かれてる魔法陣が『偉大なる四方点の円』に
 酷似していて……って聞いてンのかオマエ!」
暖かい毛布に蹂躙されている番外個体はうつらうつらして今にも眠りにつきそうだった。
目を擦って番外個体が返答すると、
「……う~ん、子守唄が聞こえるよぉ……」
「もはやお休みモードってかァ……?」
駄目だこりゃ。完全に寝ぼけている。自分でも半信半疑で、それでも意味を何とか抽出して
解読してるのにそれが無下にされて、熱弁していた自分が恥ずかしくなったが、
そこで引っかかりを感じた。突破口となる糸口に感づいた。
唄、歌だ。
エノク語に没頭したとある魔術師が『天使』の召喚にその言語による歌を用いたと本の端にあった。
それを録音したテープが残っているだとか。
要は、羊皮紙の解釈を歌に『出力』すれば、魔術として認識され、発動するのでは?
……全てが仮説。確証も無いし、軽薄な推論でしかない。
だが、歌とは一方通行にとっては意味ある言葉だった。生涯で唯一、科学とは違う魔術に触れた
儚い記憶にある歌。温かい光の中にあるような詠唱。打ち止めを救った物だ。

いつの間にか静かな部屋に音が流れていた。
掠れた喉で、錆びた機械音の様な声で、不器用な歌が紡がれていた。
内容は番外個体には理解出来ない。だがどこかぎこちなくとも、親しみが持てる歌だった。
一方通行は思う。滑稽だと。こんな辺境まで追いやられた自分が暢気に歌など口ずさんでいていいのかと。
すると確かな変化が起きた。羊皮紙に記された文字や魔法陣に、赤みがかった光が煌々と輝き始めたのだ。
番外個体が予想外の現象に驚き、毛布を跳ね飛ばした。
だが一方通行はそれらに気付かない。追憶に浸っていたからだ。学園都市に『天使』が降臨し、
ウィルスに蝕まれた打ち止めを救う為に歌を詠唱していたのは誰だった?まさかそいつはーー

が、ここで思考は強制的に途切れる。一方通行の体に過負荷が突如かかったからだ。
胸への重圧がより一層烈しい物へと変貌し、一方通行に牙を剥く。
二人により詳しい魔術と超能力への理解があれば理由は自ずと分かっただろう。
超能力者が魔術を手なずけると、身体に悪影響を及ぼし、最悪の場合には死に至らしめると。
「が……ァ、ぐォォォァァァあああああああああああアアアアアアアアアッ!!!」
一方通行の絶叫が響き渡る。あまりにも激烈な苦痛。血管が切断されるのとは違う、
血液そのものがマグマと化し、体内から全身を獄炎で焼き払っているかのようだった。
その場を転げ落ち、耐え難い激痛に全神経が救済を求めてさらに痛みを助長させ、
一方通行は床を掻きむしった。いつ血流が体を突き破ってもおかしくない。
番外個体はその光景に当惑するしかなかった。一方通行の歌とこの阿鼻叫喚の因果関係がわからない。
その間にも悲鳴は途切れる事無く続く。さらに浸食が広まり、一方通行の爪先から鉄臭い液が分泌される。
危険な状態なのは一目瞭然だが、非力な少女には何一つ手出し出来ない。狂った頭で最善手を考えたら
オッレルスに助けを求めるしか無いとわかった。彼ならこの窮地に最も有効な打開策を示してくれる。と
番外個体は震える両足でドアに駆けたが、ドアノブに手を掛けた時、ここで一つ、何かを思いついた。
一方通行の悲惨な姿から目を離す事で、冷静さが一瞬で再覚醒し、必要な思考が整頓されていく。
一方通行を蝕んでいるのは明らかに魔術の発動による副作用ではないか?
魔術が超能力と同じく脳によって制御されると仮定すれば、その演算を中断させる事でこの痛みを
取り除けるのではないか?あまりにも確実性に欠けた緊急避難法だが、事態は一刻を争う。
この一手に賭ける。その儚く弱々しい決意を持って一方通行に向き合い直す。そして、

体内に残留した『シート』によって、一方通行の電極に備われた演算補助ツールに干渉する。
番外個体の働き掛けによって電極がか細い電子音を鳴らし、電源が切られた。
その瞬間、激痛に食い破られていた一方通行の動きが止まった。
荒れ狂う喀血が正常に戻り、苦痛が取り除かれ、魔術による浸食は完全に落ち着いたようだ。
そのまま一方通行は意識を失ったが、番外個体は逆に意識が高ぶっている。
こんな自分でも役に立てた。本来ならば彼の命を刈り取る立場にあったのに。
あの時の恩返しが果たせた。そんな実感が番外個体という、一人の少女に嘗て無い安堵感を与えた。
ゆっくりと少女は少年に近づく。血を拭い、その手を自分の顔に当てる。
先刻の懸想がまた番外個体の全身を駆け巡る。体温が上がり、胸が締め付けられ、
呼吸のリズムが早くなり、心が、耐え難くも穏やかで、心地よい切なさに満ち満ちてゆく。
何故、こんな感情が沸き起こったのか、その答えも知れぬまま、

唇と唇が触れ合った。


9.5
瑞々しい音が、幽暗に人知れず奏でられる。美しいものではない。感動を呼ぶものでもない。
もっと不純で、生々しくて、醜悪な不快音だった。

現代的なデザインの杖を突いた白い少年が、目の前に繰り広げられる慄然な光景に戦慄していた。
血と錆の世界。廃墟に近似した街角で黒い少年が只管、死体を生産している。
一人につき3.5リットルの血液が爛れ、鮮血の池が水たまりの様に歪みに澱み、周囲に幾つも発生している。
不純物が一切混在していない深紅の湖。それを、千切れた人間の手足や肉体の欠損部位が取り囲んでいる。

その中心に佇む黒い少年は、それを覗く白い少年と背反しているが、同時に同一の存在でもあった。
昔と今。時間の経過が与えた差異しか、二人の間には存在しない。
悲壮感を全く背負っていない乾いた笑い声が轟く。項垂れ、もう止めてくれと悲痛な涙声が響く。
どちらの声もお互いには届かない。

白い少年が自分の首元に触れる。しかし、そこにあるはずの物は掻き消えていた。
自分が庇護したかった人々との繋がりが断たれていた。
思考が切断され、少年は全身の力が抜け、その場に無様に倒れ伏せる。
「……あ、な、た、の、せ、い、だ」
すぐ横に蝋人形の様に硬直し、ただ一つの表現のみを追求した表情が張り付いた顔があった。
悪意。
一万三十一もの、憎悪という死刃が自分に刺傷するのが分かった。
残りの九九七一の、冷笑が耳に突き刺さるのも分かった。

結局、過去にも、現在にも、未来にも、この悪夢の中ですらも、
悪魔の様な自分の、身勝手な贖罪に、許しを召してくれる少女は、一人も、いない。

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