とある魔術の禁書目録 Index SSまとめ

本編

最終更新:

index-ss

- view
だれでも歓迎! 編集

 【 とある乙女の恋愛革命 】

ミサカ一三五一〇号は沸き起こる感情に思考が追いつかなかった。
「ミサカはどうしてしまったのでしょう、とミサカは新調された冬服を試着しつつも考察します」
学園都市のとある病院。
目の前にはさきほど支給された冬服を着た自分の姿が映っている。
肩口まで伸びている髪は鮮やかな茶色で、窓から入ってくる穏やかな秋の空気にふんわりとたなびいている。常盤台中学の制服はな
んだか自分には少し不自然に思えてしまう。
お姉様(オリジナル)と同じ容姿であるというのに、そこに明らかな差異を感じてしまうのは……やはり自分の感情のせいだろうか、
とミサカ一三五一〇号は鏡に映る自分の顔を覗き込んだ。
最近はお姉様(オリジナル)である御坂美琴のことを考えると自分の体温、心拍、挙動が不安定になることは自覚している。
それでもミサカ一三五一〇号は美琴のことを考えてしまう。どうしようもなかった。
(もはやミサカにはお姉様(オリジナル)という無粋な呼び方などできないのです、とミサカは自分の感情を抑制することに耐えられ
ずついに行動してしまいます)
小さく、何度も深呼吸を繰り返す。
そしてミサカ一三五一〇号は小さく呟いた。
「——美琴、お姉様」
自分で言った言葉なのにその響きがひどく甘美なものだったので、ミサカ一三五一〇号はすぐに自分のベットに飛び乗って奇声を発
しながらゴロゴロと悶絶するのであった。

ミサカ一三五一〇号はネットワーク内であの人の話題を聞いていた。
『あの人はもう退院したのでしょうか、とミサカ一四四七三号は同じ病院にいるミサカたちに回答を求めます』
『九月三〇日現在ではもう退院して今日は登校しているでしょうし、ここの医者の技術は確かなのであの人はもう心配ありません、と
ミサカ一〇〇三二号は心底丁寧に教えてあげます』
『……それは自分たちで直接確認したのですか、とミサカ一〇七八三号は質問を掘り下げます』
『い、いえ、ミサカたちが確認したのではなくあの医者に事実を聞いただけです、とミサカ一九〇九〇号は着衣の乱れを直しながら返
事をします』
どうして自分は他のミサカのようにならないのだろう、とつい思ってしまう。
 自分にとってもあの人はミサカたちの価値を命をかけて教えてくれたとても大事な人物である。それでもミサカ一三五一〇号は他の
ミサカのようにあの人に感情を向けることができなかった。
(クローンでも個体差はある、とあの医者は言っていましたとミサカは記憶を引っ張り出します)
 だとしたらこの感情も個体差になるのだろうか。
 どうにも相談しにくいこの感情をどうしたらいいのか、と悩みミサカ一三五一〇号は大きくため息をついた。
『ならば病院にいるミサカたちはあの人を看病するせっかくの機会(チャンス)をみすみす逃したのですね、とミサカ一〇七二三号は
間抜けな姉妹(シスターズ)を嘲います』
『そのような作戦はまったく考えていませんでした、とミサカ一三五七七号は自らの失敗に歯軋りしているようすを演じます』
『こうなったら今からでも……どうして嘘がばれそうな犯罪者のような顔をしているのですか、とミサカ一〇〇三二号はミサカ一九〇
九〇号ににじり寄って詰問します』
『もしかしたらまたしても抜け駆けをしていたのでは、とミサカ一〇〇三九号はさきほどの汚い真似(ダイエット)を思い出し疑いま
す』
『こ、今度はなにもしていません、とミサカ一九〇九〇号は生命の危機を感じつつ姉妹(シスターズ)の優しさを信じてみます。それ
に抜け駆けと言うなら何度もあの人と直接会っているミサカ一〇〇三二号の方ではないですか、とミサカ一九〇九〇号は羨ましさをひ
た隠しながら形勢逆転を狙います』
 抜け駆け? 直接……会う?
 ネットワークからは相変わらず姉妹(シスターズ)の騒ぎ声が聞こえてくるがもはやミサカ一三五一〇号には関係なかった。
 不意に思いついた不安についてネットワーク上からいくつもの情報を集めて検討する。
(……やはり、美琴お姉様はあの人に少なからず好意が……あの人自身は特になにも思ってはいないようですけど、どの観点から見て
も体質的にあの人は……)
 ミサカ一三五一〇号の様子に気づいたのか、ネットワーク上ではさっきまでの喧騒がおとなしくなっていた。
『ところでミサカ一三五一〇号はお姉様(オリジナル)やあの人、更にはその友人たちの情報を収集してなにをしているのですか、と
ミサカ一五〇〇一号は疑問に思い問いかけます』
 その声にもなに一つ反応しない。今、ミサカ一三五一〇号に大事なことは美琴のことだけである。
 そしてはじき出された結論は——、
「美琴お姉様が危ないっ!!」
 自分のベットから飛び降り、さも遅刻しそうな学生のごとく着替えを始める。
『美琴お姉様とはお姉様(オリジナル)のことですか、とミサカ一〇七二三号は慣れない呼び方に確認をとります』
『危ないとはどうゆうことか説明してください、とミサカ一〇〇三二号はミサカ一三五一〇号の慌てっぷりに驚きつつ冷静な判断を求
めます』
 姉妹(シスターズ)が色々と質問してくるが今はそれどころではなかった。すぐにでも美琴のところへ向かわなければいけない。
『ミサカが使用した情報と、その結論はネットワーク上に残しておくので各自で参照してください、とミサカ一三五一〇号は提案し病
院から外出する準備を進めます』
 すべての仕度を終えるとミサカ一三五一〇号は戦地へおもむくような表情をして病室をでた。


 とある地下街の人目につきにくい路地の入口からミサカ一三五一〇号は犯罪者(ターゲット)を確認していた。
 上条当麻である。
 とくに目立つでもない普通の黒髪をワックスで尖らせ、近くの高校の学生服に身を包んだ、どこにでもいそうな容姿の男性。眠そう
な目をこすって歩く姿に、今にも張り倒したい衝動を抑える。
「どうして他の姉妹(シスターズ)はあのような男性がいいのでしょう、と早速発見した犯罪者(ターゲット)を見て心の底から疑問
に思います」
 まぁ、命の恩人ではあるのですけど、とは思う。
 上条に注意を払いつつもミサカ一三五一〇号は懐に収めた重量感を確かめる。
 これは万が一の場合に備えて持ってきたものだが、このような人目の多い場所では少し使用に戸惑ってしまう。
(戦場ではこのためらいが命を奪うのです、とミサカは体験したこともないですが知ったかぶってみます。それに……これは美琴お姉様の、ひいては、その……ミ、ミサカと美琴お姉様の素敵な……っ! これ以上はいけません、とミサカは暴走気味の思考回路を押さえるために作戦内容を確認して冷静さを取り戻します)
 御坂美琴を守る。
 それが今回のミサカ一三五一〇号の目的だった。
 ネットワークの情報から上条は一般的な同世代の男性と比較して女性との出逢いが膨大で、またその後の展開が加速度的なことがわ
かった。救いといえば、本人がその事実に気づかない極度の鈍感だ、ということだろう。
 そして、どうも大覇星祭で美琴が上条となんらかの契約を交わし、それはまだ実行されていないらしい。
 その契約がなんであれ、美琴に会わせたらどのような危機(ハプニング)が発生し危害が加わるかわからない。そのため上条を監視
し接触があった場合は臨機応変に対応することが必要だった。
(もしものときは……やります、とミサカはどこかの誰かに高らかに宣言します)
 小さく拳を握って決意を新たにしたミサカ一三五一〇号だった。

「はぁ……っはぁ……こ、このフナムシがっ、とミサカは目の前でぶっ倒れている不届き者を見下ろしながら再装填を開始します」
 足元にはさっきまで美琴の隣にいたはずの上条は這いつくばって地面と挨拶を交わしている。
 四肢を動かして必死に抵抗しているがミサカ一三五一〇号の左足が上条の腰をしかと押さえつけているため効果がない。しかも、絶
対の右手に当たらないようにミサカ一三五一〇号は電流を加えて、断続的に微弱なスタンガンを当て続けている状態を保っている。
 銃口を上条の後頭部に押し当てる。
 腕にじわじわと力を加え、手動で自動式拳銃のスライドを引くと、その音とともに上条の動きもおとなしくなった。
(最初からこうしていればよかったのです、とミサカは美琴お姉様を魔の手から救い安心しつつも初動捜査の甘さを悔やみます)
 ミサカ一三五一〇号はさっきまで言動と比較しても、随分と辛抱していた方だろう。

 尾行を始めて数分で上条は美琴と遭遇した。それくらいは予想していたが、待ち合わせをしていたのは完全に不意打ちで一瞬思考が
停止した気分だった。安全装置を外すくらいは平気とミサカ一三五一〇号は自分に言い聞かせて、どうにか持ち直した。
 美琴は上条を罰ゲームを口実にデートに誘っていたらしく、二人して携帯電話のサービス店に入っていった。
 そこまではよかった。まだ耐えられた。しかし、その後がいけなかった。
 ツーショット。
 ソワソワと落ち着きのない美琴、なぜだかぐったりとしている上条。
(あの人には美琴お姉様とのツーショットは興味ないのでしょうか、とミサカはあの人と代わりたい願望を抑えて監視を続けます)
 そして、なぜだかいきなりやる気になった美琴が、ぶつかるように上条の隣へ。
(み、美琴お姉様!? そんなに近づいてはお体があの女たらしに、とミサカは無用心な美琴お姉様が心配で心配で懐に伸ばした手を
抑えることができません)
 同じようなことを二度繰り返した後だった。
 それは起こった。
 お互い睨みあって、あの野郎がちょっとだけ真面目な顔になって、いきなり美琴お姉様の肩に腕を回して、美琴お姉様も少しお顔を
赤く染めて——。
 限界だった。
 ミサカ一三五一〇号は体躯をかがめて隠れていた路地裏から飛び出した。
 まだ上条は気づかずにミサカ一三五一〇号へ背を向けている。周囲の人間たちはいぶかしむが、声を上げる暇など与えない。
 勝負は一瞬だ。
 発電系能力者(エレクトロマスター)である美琴にはミサカ一三五一〇号の発している気配、肉体制御のために使用している電磁波
を感知してしまうはずだ。
 だからこそ——そこを突破点にする。
(美琴お姉様には気の毒ですが少し脅かさせてもらいます、とミサカは心の中で美琴お姉様に事前に謝罪をしておきます)
 二人との距離が五メートルまで縮まった瞬間——気づくか気づかないか程度の電磁波を美琴に放つ。
「——っ!」
 予想通り美琴は身をひるがえして間合いを取った。
 ミサカ一三五一〇号を視界に収めたときにその表情が固まったのがわかる。
(さすが美琴お姉様、瞬時に攻撃に移ろうとしたのでしょうが……集中力が切れているようですね、とミサカは電撃が放たれなかった
ことから心情を察します。ですが——)
 やっとのことでこちらを振り返っている上条の視界に映らないように身を沈める。
「ちょっとアンタなにして——」
 思わず美琴が声を上げたが、もはや遅すぎる。
「はぁっ!? ——って、んなぁぁあああっ!?」
 上条の膝を折るように両脚をはらう。
 完全に上条の体勢が崩れ落ちる前にミサカ一三五一〇号は身を引いて不安定なその背中に蹴りを入れる。
 その勢いのまま上条の背中ごと脚で地面に押えつけた。
「これでチェックメイトです、とミサカは無様にひれ伏したあなたに完全勝利を宣言します」
 とはいえ、ゴキブリなみにしぶとい上条はジタバタと抵抗を続けた。
 そのためミサカ一三五一〇号は必死に当てたい衝動を抑え射線をずらしながら何度も威嚇射撃を繰り返した。

「——さすがね……ってなにやってんのよ!? その脚どけなさいって! それになんでアンタがここにいるわけ!?」
 状況に追いつけず放心していた美琴がミサカ一三五一〇号に詰め寄る。
 両手を腰にそえていかにも怒ってますな美琴は、じっとミサカ一三五一〇号の顔を覗き込んでいるため、向かい合った顔の距離は両
者の吐息が聞こえるほどに近い。
 一気にミサカ一三五一〇号の思考が沸騰する。
(あ、あ……ああぁ……み、美琴お姉様のお顔がこ、こんなにも近くにあります、とミサカはこれが夢ではないかと目の前の光景を疑
ってしまいます。こ、こうゆうときは——)
 上条を踏みつけている脚に急激な力を加える。
「んぎゃぁぁあああああっ!!」
 地下街に不幸な少年の悲鳴が響き渡った。
 ミサカ一三五一〇号の鮮やかな捕縛術によりできた人だかりが上条の悲痛な叫びで一層大きなものに発展していく。それでも風紀委
員(ジャッジメント)や警備員(アンチスキル)が派遣されてこないのは、中心人物に常盤台の超能力者(レベル5)が加わっている
からだろう。誰だって命は惜しい。とばっちりは受けたくないのだ。
 周囲の視線を一身に浴びながらも、ミサカ一三五一〇号はマイペースに目の前の人物だけを瞳に写す。
(やはり夢ではないのですね、とミサカは生ゴミの出した騒音で確認しました。とゆうことは、この艶やかに流れる髪も、透き通った
力強い瞳も、柔らかそうな唇も……唇も……唇——)
 眉根を吊り上げる美琴すらミサカ一三五一〇号には初めての表情ですっかり興奮してしまったわけで——。
「な、なにやってんのよ!!」
 吸い込まれるように自分のものを美琴のそれに近づけたものの、不穏な空気に気づいた美琴が距離をとってしまった。
 寂しさを感じながらも、うっとりとした表情で美琴を見つめる。
 その視線に気づいたのか美琴もミサカ一三五一〇号を見つめ返してきた。
 視線が交わる。
 一秒ももたずミサカ一三五一〇号は自分から視線を逸らしてしまった。相変わらずその顔は真っ赤である。
 そんなしぐさに美琴は首をかしげた。
「ん? アンタ……いつものあの子じゃないわね?」
 『いつものあの子』と呼ばれたミサカ一〇〇三二号がひどく羨ましかったが、そこは顔に出さないのがミサカ一三五一〇号。
「はい。あのミサカは検体番号(シリアルナンバー)一〇〇三二号、このミサカは一三五一〇号です、とミサカは初めてお会いする美
琴お姉様に心臓がどうにかなりそうですが完結に説明します。あまり気にしなくてもよいのですが、ミサカのこともあのミサカ以上に
覚えてくれると大変嬉しいです、とミサカはささやかな望みをさりげなく伝えてみます」
 しかし口には出すのがミサカ一三五一〇号。
 へぇー、と美琴は最後の台詞をすっぱり無視して目の前にいる自分そっくりの他人を眺め始めた。
 どうやら普段とは異なる姉妹(シスターズ)の登場で美琴の怒りも冷めてしまったようだ。さっきまでとは違う穏やかな声で話しか
ける。
「それで、アンタはどうしてこんなとこにいるの? 街中であの子以外を見るのって初めてなんだけど……なんかあった?」
 その声音に若干の不安を感じ取ったがミサカ一三五一〇号はそれを気にしたそぶりを見せず返事をする。
「いえ、美琴お姉様が不安に思うような事態はなに一つ発生していません、とミサカはネットワーク上でのバカな会話を思い出しなが
ら報告します」
 それを聞いた美琴が穏やかに微笑むのを見ると、ミサカ一三五一〇号は自分の胸が大きく高鳴るのを感じた。
 美琴が一方通行(アクセラレータ)の件以来、不用意にDNAマップを提供したことを後悔してる、とゆうことはネットワーク上で
も話題になった。そのDNAマップがなければ自分たちは生まれなかったのだから今更気にして欲しくなかった。
(ミサカたちが生まれてきたことさえも後悔しているのでは、と不安だったのですが——)
 美琴は強く責任を感じながらも、姉妹(シスターズ)たちの現状を気にかけてくれる。そこに義務感以外の感情を期待してしまう。
「——ところで」

 と美琴が神妙な面持ちで口を開いた。しかし、その表情はどこか満足そうだ。
「いつまでそのバカを踏みつけてるのよ?」
「てめぇ! さっきからこっちをチラチラ見てたくせに今更ですか!? やっぱり御坂に思いやりなんか期待しちゃいけなかったんだ
な……今はっきりとわかったよ。——ってかごめんなさい早く助けてぇーっ!!」
 ミサカ一三五一〇号は目線を下げることすらせず、潤んだ目で叫びだす上条を一踏みで黙らせる。
「うるさい生ゴミです、とミサカは命の恩人とゆうことなどもはや頭の片隅に放置して足蹴にします。——とゆうわけで、この生ゴミ
が美琴お姉様に危害を加えそうなので護衛と……あ、憧れの美琴お姉様を見にきたのです、とミサカは恥ずかしながらも今日の目的を
暴露してしまいます」
 色々と暴露してしまったミサカ一三五一〇号だったが美琴はとくに気にすることはなかった。「護衛って」と苦笑いをする美琴に、
自分の行動が裏目に出たのでは、と本物の美琴に浮かれっぱなしだったミサカ一三五一〇号は焦ってしまった。
「ってゆーかさ……」
 どう説明しようかと考えていると、美琴が口を開いた。緊張でめったやたらに心臓が打ち鳴らされるのを必死に抑えて、ミサカ一三
五一〇号は美琴に姿勢を正す。
 まっすぐに見つめられると美琴はほんのりと頬を赤らめて、
「美琴お姉様っての? ……ちょっと恥ずかしいんだけど。あははっ、おなじ顔だけど——やっぱり妹だからかな? なんていうか、
くすぐったい感じ?」
「お、おお……」
 うつむき肩を震わせるミサカ一三五一〇号。
 このときの美琴は普段以上に無防備だった。その相手が自分のクローン体である姉妹(シスターズ)だとしても——その反応が身近
な人物に、白井黒子に誤差数パーセントの精度で似通っていることに気づかなかった。
「ど、どうしたのよ!?」
 美琴が、無用心に近づく。
「——お、お姉様ぁあああああっ!!」
「きゃっ!?」
 完全に不意をついたミサカ一三五一〇号の抱きつきは美琴を逃さない。
 ここぞとばかりに美琴に頬ずりをするミサカ一三五一〇号。白井と同様の、いやそれ以上の行動に寒気を覚える美琴。
(あ、ああ……これがあの美琴お姉様の柔肌なのですね、とミサカは……こんなまどろっこしい話し方にうんざりしながらミサカは全
力で美琴お姉様とお近づきに——あぁ……この吸いつくような質感、キメの細やかさ、そして……お姉様のお、温度——)
 ミサカ一三五一〇号は正常な判断を放棄し、その生まれたばかりの本能と言えるものに従う。
「ちょっ、やめ——ひゃぁ!」
 触れるか触れないかの力加減で、美琴の右手を撫でる。
 互いの頬を合わせたまま、優しくゆっくりと美琴の耳に息を吹きかける。
 美琴の反応を全身で慈しむかのように強く抱きしめる。
「あっ、いやっ——こ、このいい加減に……」
「あぁ……美琴お姉様ぁ、素敵です……ミサカは、ミサカはぁあああああ!!」
 もはや完全に理性を失ってしまったミサカ一三五一〇号は白井が見たら発狂しそうな——今でさえ二人の美琴の姿をした少女たちの光景に卒倒寸前だろうが——その行為をしでかそうとする。
(さっきは失敗でしたが今度こそは、とミサカは自分の体温上昇が異常値(エラー)を出して頭がボーっとするのなんか無視してやり
たいようにやってやります。とうとう美琴お姉様の唇に、ミサカの、ミサカの——)
 必死に抵抗する美琴を抱きとめながら、その少し潤んだ瞳を見すえる。
 その真摯なようで実際は欲にまみれた視線を受けて美琴はこれから自分に訪れる行為を理解した。
「え、嘘でしょ? それはまずいんじゃない? だって私たち姉妹なんだし……ねぇ、ホントにダメだから」
 二人の距離が縮まっていく。
「アンタだって女の子——そ、それにあのバカのことす、好きなんでしょ!?」
「——美琴、お姉様」
 地下街の電飾で生まれたいくつもの影。ゆっくりと対となったもの同士が重なっていく。
「い、いや……キスなんて……ダメ、なんだから——」
 人々の賑わいと鮮やかなイルミネーションに華やぐ地下街、美琴の言葉は遮られた。


「あ、あぁ……ぁ……」
 ほんのコンマ数秒前までミサカ一三五一〇号に抱きしめられていた美琴は、急にその支えを失い——目の前を銃弾が通りすぎたこと
に腰を抜かしていた。
(とっさに回避しなければ完全にミサカの鼻を消し飛ばすコースでした、とミサカは冷静さを取り戻すために思考を状況把握に徹底、
周囲を警戒します。……それにしてもせっかくのチャンスを奪ったのはどこのどいつですか、とミサカは美琴お姉様の唇が奪えなかっ
たのでかなり苛立ちながらも犯人を——)
 ミサカ一三五一〇号は視界の片隅に見知った人物がいることに気づいた。
 御坂美琴でも、上条当麻でもない。それ以上によく知る——同じ顔を持った異なる人間。
『——ミサカ一〇〇三二号、これはいったいどうゆうことですか、とミサカは——いえ、ミサカ一三五一〇号は路地裏から歩いてくる
あなたに説明を要求します』
『あなたが足蹴にするなどという粗末な扱いをしていたその人に会いに来ただけです、とミサカ一〇〇三二号は命の恩人へのひどい対
応が許せないですが大人になって静かに返答します』
 距離が離れているので口頭ではなくネットワークを使用する。これでは他のミサカにも聞こえてしまうがこの状況ではしかたない。
 ミサカ一〇〇三二号はしっかりとした足取りでミサカ一三五一〇号に歩み寄る。
 ——先刻の銃撃。
 人ごみの中で他人に危害を加えず標的を狙うほどの技術。
 それを周囲の人間、更には各種の警報機(アラーム)に悟られないだけの振舞い方。
(——ですが、一番の理由はそれが可能な銃器です、とミサカは犯人に突き出す証拠を発見した探偵のような気分に浸ってみます)
 悠然と歩を進めるミサカ一〇〇三二号に立ちはだかる。
「そこをどいてあの人のところへ行かせなさい、とミサカ一〇〇三二号は進路をふさぐあなたに毅然とした態度をとります」
「さきほどの説明に答えてもらっていません、とミサカ一三五一〇号はあなたの説明不足を指摘します。あなたがここへ来た理由では
なく、発砲した理由を聞いているのです、とミサカ一三五一〇号は補足しつつ思考がそこへ至らないミサカ一〇〇三二号の能力に疑問
を持ってみます」
 五メートルほどの距離をとって対峙する。
 基本的に長距離からの狙撃や銃器、電撃を使用した中距離戦闘などが得意な姉妹(シスターズ)だが、それでも一般人とは比較にな
らないほどの接近戦の技術を保有している。
 ミサカ一〇〇三二号を視認できた時点で油断などできるはずもない。
 けれど、ミサカ一三五一〇号はありもしない余裕を見せつける。
「——言っておきますが、あなたが撃っていないなどの誤魔化しは不必要です、とミサカ一三五一〇号は念入りに釘を刺しておきます。
あのようなことができる銃器などスキルアウトが持っていはずはないですし、学園都市に存在する正規部隊に狙われる可能性、まして
や外部犯など侵入すらできないでしょう、とミサカ一三五一〇号はあなたに言い逃れができないように追い詰めます」
 ミサカ一〇〇三二号はこれに大仰な溜息をつく。
「疑問を持つのはミサカの方です、とミサカ一〇〇三二号はあなたの発言に呆れて言い返します。ミサカたち姉妹(シスターズ)にと
ってお姉様(オリジナル)がその人と同等……とは言いませんが、それでもとても大切な人であることはあなたもわかっていると思い
ます、とミサカ一〇〇三二号はもったいぶって遠まわしに言ってみます。まぁ、ミサカが想定した事態よりも不可思議な現象が発生し
ていたため不本意でしたが、発砲とゆう原始的な方法をもってあなたの行動を阻止したのです、とミサカ一〇〇三二号はあなたにもよ
くわかるように詳細に説明してやります」
 新たに同一の容姿を持ったミサカ一〇〇三二号の登場に不穏な気配を察し、周囲にできていた人ごみが少しづつ距離をとり始めた。
 目の前の姉妹(シスターズ)は上条を、そして美琴を守るためにこの場所へ来たらしい。
 それは即ち、ミサカ一三五一〇号の想いを妨げる壁となることだ。


(あのゴミ野郎を引きずって、さっさと帰ってくれるならミサカもこの場は下がろうと思いましたが、ミサカ一〇〇三二号がそのつもり
なら仕方ありません、とミサカは自分の決意を固め最後の手段にでます)
 ゆっくりとした動作で電子ゴーグルを引き下げる。
「それは戦闘の意思ありとして対処してかまいませんね、とミサカ一〇〇三二号は自分もゴーグルをかけながら確認します」
 確認とはよく言ったものだ。
 電子ゴーグルをかけるということはミサカ一三五一〇号を受けて立つことと同じ。
 決闘などではない。そんな高尚なものではない。
 ミサカ一三五一〇号はもっと美琴と近しい存在になりたい。ミサカ一〇〇三二号はその行為に納得がいかない。
 これはただの姉妹喧嘩なのだ。
 ネットワークはすでに切断済み。もはや後戻りなどできない。
「今現在一番生まれが早いからと言って偉そうにしないでください、ただの年増ではないですか、とミサカ一三五一〇号は障害となる
あなたに言い返してやります。早速ですが——戦闘開始です、とミサカは宣言します!!」
 その声と同時にオモチャの兵隊(トイソルジャー)を抜き放ちミサカ一〇〇三二号に駆け出す。
 通行人などに被害を出さないため、また一気に勝負を決めるためにも接近戦による短期決戦を選択した。同じようにミサカ一〇〇三
二号も距離を詰めてくる——がその手には銃器などの武器はなに一つない。
(格闘ですか、とミサカは相手の出方を予想します。銃を持っているミサカにはその方が有効と判断したのでしょうが——)
 距離が零になる前に、オモチャの兵隊(トイソルジャー)を——ミサカ一〇〇三二号の目の前に投げつける。
 一瞬の目くらましになればかまわない。その隙に懐へ入り込めばいい。
「——想定済みですっ、とミサカは落ち着いて対処します!」
 ミサカ一〇〇三二号は飛んできたオモチャの兵隊(トイソルジャー)を右手で受け止め、地面へ払いのける。
 身体をかがめて、飛び込もうとした瞬間——。
 払い落とされたその向こう、突き出されたミサカ一〇〇三二号の左手に——高強度の電界の歪みがあった。
 それは馴染み深い欠陥電気(レディオノイズ)による雷撃の予兆。
 集約された『力』が紫電の雷光を生み、一振りの槍となって襲いかかる。
「くっ!!」
 電場を操作し、その矛先を地面へと向けさせる。
 それでも全てを受け流しきれず余波で右腕に痺れがあるが、腕をかばって戦える相手ではない。
 逆に不意をついてきたミサカ一〇〇三二号が一足で懐に入り込んできた。
 鳩尾を狙って右拳が繰り出される。
(調子に乗らないでください、とミサカは真っ向から迎え討ちます)
 一歩を踏み込み、完全に速度が乗る前の拳をいまだ力の入らない右腕で受ける。
 右腕をクッションにして衝撃を軽くしたので、痺れのおかげだとしても軽い痛みだけなの体勢を崩すほどではなかった。
 防御と同時に、がら空きになったミサカ一〇〇三二号の脇腹に右膝をえぐりこむ。
「ごほっ!」
 ミサカ一〇〇三二号が顔を歪め息をもらす。
 追い討ちをかけるために左拳をはなつ——が、ミサカ一〇〇三二号に届く寸前にその軌道がズレた。
「——なっ!?」
 視界が揺れ、足首に弱い衝撃を感じる。
 立っているのはコンクリートのはずなのに、力を込めて踏みしめようとした右足に確かな感触が存在しない。
(足を払われて——)
 体勢を立て直そうと思考が追いつく前に鈍い衝撃と焼けるような痛みが腹部に走る。
 崩れ落ちそうな体勢では打撃の回避も、衝撃の緩和も不可能だった。
「がはっ!!」
 今度こそミサカ一〇〇三二号の右拳が突き刺さった。
 さっきのお返しとばかりにくの字に折れ曲がったミサカ一三五一〇号に膝を叩きこもうとする。
(そう簡単にはくらいません、とミサカは右手の感覚を確かめ待ち構えます)
 両腕を交差する形で膝蹴りを受け止め、衝撃を受け流すと同時にバックステップで間合をはかる。
 狙いを定めるように左手を伸ばし、ミサカ一三五一〇号の全身から空気の爆ぜる音とともに青白い火花が撒き散らされる。
 さながら鏡ごしの存在のように、ミサカ一〇〇三二号も雷撃の槍を構えていた。
 刹那。
 空気を突き破るような轟音とともに二人の欠陥電気(レディオノイズ)が力を解き放った。



 ミサカ一三五一〇号はその存在に息を飲み、強大な力に身を震わせ肩を抱き寄せた。
 二槍の雷が交わることはなかった。理性を失った獰猛な牙はどちらも獲物を捕らえることもなく——、
 一人の少女によって打ち消された。
(これが美琴お姉様の……ミサカたちのお姉様(オリジナル)である超電磁砲(レールガン)の力なのですね、とミサカは目の前の光
景に唖然としながらも美琴お姉様の素晴らしさに感嘆の溜息をこぼします)
 ミサカたちが放った雷撃の槍を美琴は自分で生み出したかのように操作し、全てを放電しきってしまった。
 両側からの雷撃を同時に操作するなど、たとえ超能力者(レベル5)であろうとも一瞬のミスが命取りになるような行為だった。そ
もそも受け止めること自体が間違っている。
 周囲に被害が及んでしまうが、普通は相殺とゆう選択肢を受諾してしまうだろう。
 その妥協を拒絶し、平然として困難をやってのける。超電磁砲(レールガン)とはそういう存在なのだ。
「——アンタたち、もうやめなさいっ!!」
 感情の高ぶりを示すように全身で激しい火花をまとうと、美琴はミサカたち二人に怒号を飛ばした。
 今日が初対面のミサカ一三五一〇号にとっては、当然だが、美琴に怒鳴られることも初体験だ。眉根を寄せた表情で睨まれミサカ一
三五一〇号はすくみ上がってしまう。
「ちょっと来なさい」
 もはやどうすればいいかわからないミサカ一三五一〇号は大人しくその言葉に従った。ミサカ一〇〇三二号も特になにも言わず美琴
に歩み寄る。
 美琴たちを取り巻いていた人だかりはミサカたちが戦闘を始めると散り散りになって逃げていたが、それでも能力者同士の喧嘩など
珍しくないので今では再び喧騒が戻ってきている。
 美琴は路上の片隅に逸れて苛立ちを隠さず告げる。
「ったく——地下街のど真ん中でなにやってんのよ? 姉妹喧嘩くらい別にいいんだけど……さっきのはやりすぎだからね?」
 怒られるということ自体、ミサカ一三五一〇号には経験が足りないのだ。
(あぁ……ど、どうすればいいのでしょう、とミサカは不測の事態に対応できずに慌ててしまいます)
 美琴と目が合った瞬間、肩をすくめ目を瞑ってしまった。
 すぐ近くに人の体温を感じる。きっと美琴だろう。
 一発くらい雷撃をくらうのでは、とミサカ一三五一〇号が身構えた瞬間だった。
「お、おお、お姉様が三人もぉおおおおおおおっ!?」
 騒がしい地下街に一際大きな嬌声が響き渡る。


 地下街で発電系能力者(エレクトロマスター)二人が喧嘩をしている。
 その報告が届いたのは『学び舎の園』からちょうど目的地であった『風紀委員活動第一七七支部』に移動していた最中だった。
『もしもし? まだこっちに着いてないですよね。ちょっと寄り道してもらえますか?』
 電話越しに同僚の初春飾利が用件を報告した。
 たかが喧嘩ぐらいで風紀委員(ジャッジメント)が出る必要はないのだろう、仕事放棄というわけではないが正直そう思ったので素
直に言ったところ、
『まぁ、異能力者(レベル2)ほどの能力者みたいなんで、私もそう思うんですけど……でも行った方が良いと思いますよ?』
 もったいぶった言い方に今すぐにでも背後から頭の花をむしり取ってやろうと思った。
 が——、
『どうも「御坂」さんもそこにいるみたいで……』
 前言撤回ですの。今度お礼に何かおごってあげますわ。
 空間転移(テレポート)で学バスから途中下車し、白井黒子は驚異的な速度で地下街へ向かった。

 ともすれば鼓膜を破りそうなほどの大声にミサカ一三五一〇号は閉じていた目を見開いて振り返った。
 そこには自分よりも二〇センチほど小柄な、リボンで髪をツインテールにまとめた少女——白井黒子が、さも驚いたという表情でわ
なないていた。その視線は美琴、ミサカ一三五一〇号、ミサカ一〇〇三二号の三人を行ったり来たりしている。
(この少女は誰なのでしょう、とミサカは初対面の少女を見て素直に疑問に思います)
 お姉様と言っていたし、もしかして美琴の知り合いかと思って見てみると——、
「あぁ……これが不幸だぁーってやつなのかしら」
 さっきまでの威厳などどこへやら、がっくりとうなだれた超能力者(レベル5)がそこにはいた。
 ミサカ一〇〇三二号も初めて見た人物のようで不思議そうに美琴を眺めている。
『これは美琴お姉様の知り合いと見ていいのでしょうか、とミサカ一三五一〇号は美琴お姉様の態度からはそうは思えないので率直な
意見を求めます』
『知り合いだとは思いますがお姉様(オリジナル)はひどく憔悴していますね、とミサカ一〇〇三二号はあなたの意見に若干の同意と、
かなりの疑問を含めて回答します』
 ネットワーク上で会話をしていると突如として美琴とミサカたちの真ん中に白井が現れた。
 音もなく、衣服をたなびかせることもなく……それは写真を切り抜き、貼り付けたかのような挙動だった。
「お、お姉様っ! こ、こここ、これはいったいどうゆうことなんですの!? 大覇星祭のときにお姉様のお母様にはお会いなりまし
たけれど、あ、あああのときにはご姉妹がいたなんて言わなかったじゃないですのっ!!」
 白井の瞳はひどくキラキラしていたのだが、ミサカ一三五一〇号は逆にその輝きで背中に嫌な汗をかいてしまった。
 なんというか——この少女は危険な気配がする。理屈ではなく感覚で理解した。
 それをミサカ一〇〇三二号に告げると、
『ミサカもこの少女からは生理的な嫌悪感がします、とミサカ一〇〇三二号は初対面で申し訳ないですが本音を言わせてもらいます。
つけ加えると……先ほどのミサカ一三五一〇号からも同様の怖気を感じました、とミサカ一〇〇三二号はあなたを射撃した理由につい
て言及させてもらいます』
 苦笑いを続けている美琴を見ると、どうやら悲しいことに同じ感覚なのだろうと容易に想像できる。
 「ですけど——」と不意に白井が真剣な声音で美琴を見据えた。
 その表情に美琴が過剰に反応したようにミサカ一三五一〇号には見えた。
「あまりにも似過ぎではありませんか? ——っ! もしやお姉様は三つ子なんですのってゆーかこうなりゃお姉様だろうがそっくり
さんだろうがみんなまとめて頂きますわ!!」
 直後、美琴の鉄拳が白井の額に吸い込まれていった。


 白井は傍観を決め込んでいた上条に引っ張られてどこかへ行ってしまった。
 去り際に、
「ちょ、殿方!? 貴方につかまれると空間転移(テレポート)ができませんの! ですから放して——ってお姉様ぁっ! そっくり
さんに浮気しそうになった黒子を許してください! やはり黒子はお姉様一筋ですの、一生ついて行きますわ——ってだから貴方は早
く放してください!! お姉様ぁあああっ!!」
「——って俺ってば雑用ですか? 今回はしかたねぇけどさぁ……ちくしょう不幸だぁあああっ!!」
 そう叫んでいたが気にしたら負けだ。
 また、ミサカ一〇〇三二号も「あの人が心配なのでミサカはここで失礼します、とミサカ一〇〇三二号はお姉様(オリジナル)も心
配ですが、所詮あの人と比べるほどじゃないな、と自己完結し二人の追跡を開始します」と言って追っかけて行ってしまった。
 台風のように現れた白井がいなくなると美琴は大げさなくらい盛大に溜息をついた。
「ごめんね、アンタたちをあの子に知られるわけにはいかないんだわ。踏み込んで欲しくないってのもあるけど……あの性格だから。
姉妹(シスターズ)が九〇〇〇人近くいるなんて知られたら、なにが起きるかわからないし」
 うんざりした様子で口を開いた。
 その言葉にミサカ一三五一〇号は胸を締めつけられる。
(あぁ、美琴お姉様はベタベタされるのが嫌いなのですね、とミサカはさきほどの少女にミサカと同様の雰囲気を感じてしまったこと
に愕然とします。これを機にミサカもお姉様(オリジナル)と呼び方を戻した方がいいのですね、とミサカは落ち込みながらも渋々で
すがそう決めることにします)
 行き着いた結論にミサカ一三五一〇号が呆然としていると美琴はそれに気づき、
「……アンタも、あんなふうになっちゃダメなんだからね? わかった?」
 諭すように告げる美琴だが今のミサカ一三五一〇号には死刑宣告もいいとこだ。
(ミサカはこれからなにを糧に生きればいいのでしょう、とミサカはいもしない神様にすがるような気分で聞いてみます)
「それにね——」
 少しうつむきながら美琴は付け加える。
「アンタは本当の妹なんだから……その、お姉様とかじゃなくて……『お姉ちゃん』とかでいい、のよ?」
 真っ赤になってそう言ったがそれでもかなり恥ずかしかったのか「あ、でも気が向いたらっていうか、別にそう言ってほしいわけじ
ゃなくてね? アンタがそう呼びたいなら……その……ね?」と両手をバタバタさせながら言い訳がましいことを言った。
 ……お姉ちゃん?
 停止寸前だったミサカ一三五一〇号の思考回路に不自然な語彙(キーワード)が入ってきた。
(お姉様(オリジナル)は今なんと言ったのでしょう、とミサカは自分の聴覚器官に異常がないか念入りに確認してみます。……機能
正常(オールグリーン)、ということは本当に『お姉ちゃん』と言ったのでしょうか、とミサカはいまだに信じられない事態に思考が
追いつかなくて対処できません)
 美琴は相変わらず呆けてしまっているミサカ一三五一〇号に小さく溜息をつくも、柔らかな笑顔を浮かべる。
「ほら、いつまでもここにいるわけにはいかないでしょ? 私も病院まで一緒に行くから、さっさと戻るわよ!」
 言うが早いか、もはや競歩では、と疑いたくなる速度で美琴は歩き出してしまう。
「あ、待ってください……その……お、お姉ちゃん? とミサカは恐る恐る口に出してみます」
 一度だけ美琴は立ち止まり——、
 「行くわよ」
 と呟いてまた歩きだしてしまった。ただ、その頬には鮮やかな紅葉が訪れていたが。
 ミサカ一三五一〇号は美琴に駆け寄り、歩調を合わせて歩きだす。
「お・ね・え・さ・まぁーっ」
「だぁああああっ!? だから、それはやめなさいって——」
 思いっきり嫌な顔をされてしまったが、それでも歩幅は小さく、さっきよりゆっくりと歩いてくれた。
 自分たちは造られた関係だが、それでも本当の姉妹として肩を並べて歩くことができる。そう思うと、ミサカ一三五一〇号の足取り
は自然と軽くなっていった。むろん隣に美琴の存在を感じるからなのだが。
 だからこそ——さりげなく手を握ろうとするのは止められない。
(この際ですから性別も血縁関係も無視の方向でいきます、とミサカは憎き恋敵を出し抜くために決意を新たにします)
 ミサカ一三五一〇号の、恋する乙女としての戦いはやっとこさ始まったばかりだ。



タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
記事メニュー
ウィキ募集バナー