とある魔術の禁書目録 Index SSまとめ

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匿名ユーザー

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第1章 表と裏と光と影と Intersecting_speculation


十一月二十一日、学園都市は異常なまでの活気に満ちていた。
三日後に迫った一端覧祭の準備に大忙しだからだ。

この一端覧祭は大覇星祭と同じく世界最大規模の文化祭であり、大覇星祭と同じく世界に公開されるので注目度も高い。
しかも演劇やクイズショーなどを学生達が能力をフルに使って演出する為、下手な映画よりも見応えがある。
一端覧祭には大覇星祭のように他校と得点を競い合うというのはないが、クリスマスイブの丁度一ヶ月前という事で学生(特に女生徒)にとって一つ大きな意味がある。

「毎年思うんだが、この時期の女子って妙に殺気立ってないか?」
浜面仕上はいつもとは違いすぎる街並を見て溜息とともに言う。
「それは、はまづらが、鈍感なだけ」
隣にいる少女はバッサリと斬り捨てる。
上下ピンクのジャージで街を歩き回るのは意外と目立つらしい。微妙に好奇の視線が突き刺さる。
右を見れば青髪で体格のいい少年が「俺はいつでも誰でもオッケーなんやでぇ~。」などと喚いている。
左を見れば黒髪ツンツン頭の少年が電撃を浴びながら「不幸だ~!」などと叫んでいる。
なんか聞き覚えのある声だがおそらく気のせいだろう。

彼らは現在『表』の住人として生活している。
先月激闘の末、学園都市第四位を退けた無能力者はその後『アイテム』下部組織を脱退し、普通の無能力者として生活している。
そして隣にいる少女、滝壺理后となぜか同居生活を続けている。

(いや、まあ確かにこいつには幸せになってもらいてえけどよ。確かに俺としてもやる事があるわけだけどよ)
「はまづら?」
(それにしたっていきなり同居はねえだろ…。何考えてんだあの巨乳警備員)
「はまづら」
(しかもこいつはこいつで全然意識もしないでくっついてくるし…。この一ヶ月色んな意味で生きてる心地がしないぜ)
「はまづら!」
クイクイ、と滝壺は浜面の袖を掴んで少し強い口調で問いかける。とは言っても彼女の平坦な口調での話なのでその些細な変化に気付けるのは浜面だけだ。
「ん?ああ、どうした?」
「はまづらが、ボーっとしてる」
「…そのセリフをお前に言われるとはな」
「はまづら。どこ行くの?」
「ああ、ちょっとした知り合いの所だ。割と大事な話があるからな」
「?」
滝壺は首を傾げるが、浜面は構わず進む。滝壺も置いていかれないようについていく。
「ちょっとした交渉だよ。今の状態のままじゃ流石に色々とまずいだろ?」
「何がまずいの?」
「今の状態だよ。いくら何でも同居状態はまずいだろ。それにお前は学校の寮が手配されてるって話じゃないか。だったらそっち行った方が生活しやすいぞ」
浜面は何の気なしに言ったが、その言葉は滝壺を怒らせるには充分すぎた。
「はまづら。やっぱり鈍感」
ボソリ、と小声で恨み事を言う滝壺の背中から黒いオーラが出ているのは気のせいだ。と浜面は自分に言い聞かせていた。



「結局、彼らはどうなったんですか?」
『ん?まぁこっちで保護するって話にはなったんだけど…。正直、私としては反対なのよねー。貝積の野郎がしつこくてさー』
「どういう事なんですか?」
『今戦争が起きそうな話は知ってるでしょ?んで、学園都市と手を組んでる組織が内乱起こしちゃってさー』
「それとこれと何の関係があるんです?」
『単純にそこまで時間と人を割けないって事。「猟犬部隊」は再編の目処が立たず、「未元物質」と「原子崩し」も失って今の学園都市は満身創痍なのよねー』
そこで電話口の女は一つ溜息を挟んで、
『イギリスの動向に注意しつつ、ローマも相手にしなきゃいけない状況なのに、更に厄介事を持ち込まれちゃたまんないわけよ』
女はそう言ってはいるが、口調からしてそこまで困っているようには感じられない。

『ところでさ、絹旗ちゃん?』
「何です?」
『新人のあの子、どうよ?』
「超使えないです。敵にやられるだけならまだしも、能力暴発させて超死にましたけど」
『死んでたのかよっ!』
「何であんなのよこしたんです?」
『しょーがないじゃーん。だって「スクール」はうざいし、「ブロック」と「メンバー」は消滅しちゃったし。こっちも人材不足なのだよ』
はぁ、と絹旗は溜息をつく。何でこんなわがままな女が『アイテム』の上役なのだろう。
『やっぱそこはさ、「アイテム」新リーダーの絹旗ちゃんにしか頼めないなーなんて。頼りにしてるんだよー?』
「頼りにしてくれるのは超ありがたいんですけど手回しくらいはきちんとして欲しいんですが」
『どゆ事?』
「先月私が海外出張しに行った事覚えています?あの時、向こうのホテルの予約が取れてなくて超野宿したんですけど?」
『あ…』
「あと先週の回収任務の給料貰ってないんですけど」
『あぅ…』
「ついでに一昨日貨した五千円、超返して下さい」
『いや、あのね、絹旗ちゃん?』
「何ですか?」
『そこは後ばら』
「超却下です」
絹旗は女の言葉を最後まで聞かずに宣告した。
「とりあえず今からそっちに向かいます。それまでに用意しといて下さい。もしできなかったら超デコピンなので」
『いやーーーー!!それはやめてーーーーー!!?前回あれやられて一週間も腫れてたんだからーーーーー!!!!!!』
電話口でぎゃあぎゃあ騒ぐ女を無視して電話を切ると、絹旗は狭い路地裏に消えていった。



土御門元春は黙考していた。
最近、義妹の舞夏の様子がおかしい。
思えば先月のいつだったか、隣の上条宅に突っ込んで行ってからおかしくなっている。
いや、厳密に言えば突っ込んで行った時点でおかしかったが。
とにかく、以前のように「兄貴ー」と笑いながらとてとて寄ってくる事がなくなってしまった。
なんだこれは。反抗期なのか。自分は舞夏に反抗されるような事をしたのか。
否。そんなはずはない。
毎日記入している門外不出の『舞夏育成ノート』にはそのような記述は一切ない。
万一あったとしても自分がそのような愚行を犯しておいて、忘れるはずがない。
ではなぜ…?
「にゃー…」
べちゃり、と音がしそうなくらいの脱力ぶりでテーブルに突っ伏すシスコン軍曹。
そのテーブルには舞夏が早起きして作ったのであろう、味噌汁が入った鍋が置いてある。
その鍋を見つめながらシスコン軍曹は再び思考の渦に身を投じる。

事の発端は天草式の少女が上条の部屋を訪れた日だ。
舞夏と楽しくホワイトシチューをつつくはずだったのに、当の舞夏が突然血相を変えてベランダの壁をぶち抜き上条宅へと突入していった。
ほどなくして戻ってきたと思えば味噌汁がどうのこうので舞夏クッキングタイムに入ってしまった。
こうなると兄でも手がつけられない。
話だけでも、と一度だけ邪魔をした時があったが、その時は凄まじいボディブローを食らい一撃KOされている。
それからというものの、舞夏の味噌汁奮闘記に付き合わされ続けている。というか味噌汁しか出てこない。
愛する義妹の手料理と言えど、一ヶ月以上も毎日味噌汁しか出てこないとなると流石のシスコン軍曹も飽きてくる。
(にゃー…。味は文句なしなんだが、以前のような愛がないにゃー。これでは俺の腹は満たせないんだぜい)
しかし、こんな事を意見すれば待っているのは悶絶ボディブローだ。味噌汁をぶちまけたくなかったら黙って食べるしかない。
「食べ物に不自由するのは結構つらいぜい。カミやんも毎日こんな生活なのかにゃー」
思わずそんな独り言を放った直後、土御門はあるとんでもない可能性に気付いてしまう。

舞夏がおかしくなったのは上条当麻の部屋に行ってからだ。
(まさか…)
そしてその上条当麻は関わった女性に対して高確率かつ平等にフラグを立てる旗男だ。
(そんな事が…)
その上条当麻は日々食糧難に苦しんでいる。
(あるはずが…)
そして舞夏は上条宅から帰還後に究極の味噌汁開発に明け暮れている。
これらの事実から推測される事は…。


「ふざけるなああああああああ!!!!!!!おのれ!!!上条当麻ああああああああ!!!!!!!!!」


ガタッ!!と凄まじい勢いでシスコン軍曹は立ち上がり野太い声で叫ぶ。
「外国人巫女様お嬢様妹巨乳でこ女子高生豊乳シスター爆乳エロスお姉さん堕天使エロメイド隠れ巨乳と散々フラグを立てておいてまだ足りぬか!!!!」
いつもの軽い口調は完全に吹っ飛んでいる。この男、マジである。
「今までは大目に見てきたが舞夏だけは許せん!!もう見過ごす事はできんっっ!!!!!!!」
そう宣言すると土御門はベランダではなく部屋の壁をぶち抜いて上条宅へと侵攻していくのであった



一端覧祭を控えいつも以上の喧騒が広がる学園都市の中でこの空間は静かだ。
ちょっとアルコールの匂いが鼻につくが、それでもどこか心地良さを感じる事ができる。
辺りは一面真っ白で清潔感そのものだった。
すれ違う人も落ち着いていて平穏な時間を過ごしているように見える。
海原光貴はそんな廊下を歩いていた。
つい今しがたショチトルという少女の見舞いを終えたところだった。
あれから毎日の日課になっているが、未だに口を利いてもらえない。
それでも最初の頃は転院した事も教えてもらえず、病室にすら入れてくれなかったのだから見舞いができているだけでも彼女との距離は確実に縮まっている。
「ようやく、向き合えてきたのでしょうかね」
海原は思わず頬を緩めてしまう。
自分は『組織』を抜け学園都市の暗部へと潜りこんだ。多くの命を奪い、自らの目的の為とあれば大切な人を傷つける事すら考えた程だ。
そんな闇に染まった自分にこんな穏やかな感情がまだ残っていたとは。
まだ少し痛む頭で海原はぼんやりとそんな事を考えていた。


「おや?」
病院を出て携帯電話の電源を入れるとディスプレイに見慣れた番号が表示される。
その番号をプッシュしようとした瞬間、
ヒュン!と空気を切り裂くような音と共に一人の少女が現れた。
「結標さん、トラウマは完全に克服されたのですか?」
「茶化さないで。これでも精神集中して慎重に演算してようやくできたんだから」
そう返答した結標の背中には低周波振動治療器はなかった。常に携帯してあった懐中電灯もない。
これはあの日、結標が『仲間』に誓った覚悟の証。
自身のトラウマがどうこうという問題ではない。自分の力で『仲間』を助ける。ただその一点。その一点が結標淡希を突き動かしている。
「それにしても、よくここにいるとわかりましたね」
「あなたの行動パターンくらいわかってるわよ」
結標はぶっきらぼうに答える。
「それはそれは」
海原は少し笑みを浮かべて、
「ところで用件は何でしょう?もしかして一端覧祭のデートのお誘いですか?」
「まだ平和ボケしてるんだったら、そのニヤけた顔にコルク抜きでもぶち込んであげようかしら?」
結標は不適な笑みを浮かべながら海原へ冷たい視線を送る。
懐中電灯を持たない今、結標の攻撃は予備動作なしで繰り出される事になる。その事を瞬時に理解した海原は降参とばかりに両手を上げる。
「仕事…ってほどじゃないんだけど、ちょっと協力して欲しい事があるのよ」
海原は表情を少し引き締め答える。
「先日の『残骸』の件ですか?」
結標は頷くと付いてこい、と言わんばかりに歩き出す。
「あなたは察しが良くて助かるわ。世界中に散らばっていた『残骸』が急に回収されたのは知っているわよね。それでちょっとばかり引っかかる事があるのよ」
「引っかかる事…ですか?」
海原は正面からテントの骨組みを持った男子高校生を避けながら結標に先を促す。
「私は以前、地上に落ちた『残骸』を回収してるけど、その時は一方通行に破壊されてるの。でもここにきて学園都市が急に『残骸』を回収し始めてるの」
「『残骸』は『外』の連中が血眼になって回収に飛んでいるはずですが…そもそも、それが『残骸』だと言う確証は?」
「ないわ。ただ、この件で人員不足の『アイテム』がわざわざ『外』まで出向いてる事を考えるとあながち嘘でもなさそうじゃない?」
「さっき世界中と仰りましたが、それが本当だとしたらそれなりの数の『残骸』が既に地上にあるという事になりますが…」
「いくつか地上に落下していたんでしょう。『外』の連中に回収されても問題ないとは思うのだけれど…データを失うのが嫌なのかしらね」
「しかし何で今なんでしょうね?貴女が『残骸』を回収したのは九月半ば。二ヶ月も経った今頃になって回収し始めるというのは…」
「それが引っかかってるのよ。『外』は今戦争直前で混乱しつつある。レベル5を二人も失った今の学園都市に寄り道をしている余裕があるとは思えないわ」
「しかし、それが寄り道ではなく近道だとしたら」
海原が質問するように返す。
結標は足を止め、天を仰ぎ、答える。
「もしかしたら私達にとっても近道になるかもしれないわね」



垣根帝督はとある高校の校門前に立っていた。
ミディアムヘアの金髪を靡かせ、校門前で佇む彼の姿は他校から殴り込みを仕掛けに行く不良のようにも見える。
当然、とある高校の生徒からの視線が集まるが、垣根はそんな事は気にしない。彼の目的は一つしかないからだ。

そんな彼に横合いから話しかけてくる人物が一人。
「こんな所で立って何をしているのですかー?」
垣根は声のした方向に視線を移すが何もない。
いや、いた。
自分の肘あたりに、訝しげな視線を向ける一人の幼女が。
「見ての通りここは高校ですよー?服装を見る限りあなたはここの生徒には見えませんが…?」
幼女にしては話し方が妙に大人びている。だが問題はそこではない。なぜ高校の敷地内に堂々と小学生と思しき幼女がいるのか。
しかしそこは紳士な垣根。警戒されないように優しい口調で言葉を返す。
「俺はここの生徒に用事があるんだよ。もし迷子ならここの職員を訪ねるといいよ」
「私は迷子なんかじゃありませんよー?と言うかここの先生です」
この小学生、中々面白い事を言うじゃねえか、と垣根は頭の中で感心する。しかし、こんな子供に構っていられるほど暇ではない。
「とりあえず職員室にでも行こうか」
垣根は幼女と共に学校敷地内に入ろうとするが幼女は断固阻止する。
「殴り込みはいけないのです!何か理由があるのなら先生が聞くのです!」
幼女は垣根の左足をガッチリとホールドしている。
まだ続けるのかこのガキ、と紳士な垣根が眉間に皺を寄せかけると、
「月詠先生。何をなさっているんです?」
今度は落ち着いた、大人の女性の声が聞こえた。声の主は教師を絵に描いたような黒縁眼鏡に整った髪、これと言って特徴のない顔といい教師の鑑みたいな女だった。
垣根はこの女がこの高校の教師であると確信すると、
「ここの高校の雲川芹亜という方に会いに来たんですが」
いきなり尋ねられた女教師は不審に思いながらも、雲川という生徒について考える。が、そんな生徒がいたという記憶はない。生憎だけど知らないわね、と答えようとした時、
「雲川ちゃんですか?だったらこの時間だと食堂にいるんじゃないですかー?」
また幼女が口を挟んできた。うんざりしながら幼女に視線を戻すと幼女は続ける。
「彼女はいつも食堂の椅子を繋げて寝ているのです。今ちょうど昼休みも終わったところですし、早く行かないと雲川ちゃん寝ちゃいますよ」
なんでそんな事まで知っているんだ、このガキ。という疑問を飲み込み垣根は少し考える。
様子を見るとあの女教師は雲川自体を知らないだろう。このガキの言ってる事も信用できないが、ここまで具体的に言い切るのなら知っている可能性もある。
もし違かったのなら職員室で尋ねればいいだけだ。何よりさっさとこの面倒臭い状況から抜け出したかった。
そう判断すると「ありがとう、お嬢さん」と幼女に微笑みかけ校舎に向かって歩いていく。

そんな少年の後ろ姿を呆然と眺める特徴のない女教師――親船素甘は隣にいる幼女教師――月詠小萌に視線を向け、
「あんなどこの馬の骨ともわからない少年を校舎に入れてしまってもいいんですか?それに今は黄泉川先生は休み、災誤先生は未だに療養中なのに…。何かあったら対処できませんよ?」
しかし幼女教師は平らな胸を力いっぱい張ってきっぱりと返答する。
「大丈夫なのです。あの子はそんなに悪い子には見えません」
一体何を根拠に?と親船はさっぱり理解ができずに首を傾げるが、きちんとした理由があった。
初対面なのに「え?こいつ教師なの?」と聞かれなかったという立派な理由が。



土御門元春は困惑していた。
上条当麻を抹消すべく壁をぶち抜きターミネーターの如く登場したはいいが、その眼前にいたのは長く艶のある黒髪を梳かしていた姫神秋沙だった。
姫神は本能で危険を察知したのか髪を梳かしていた櫛を魔法のステッキのように土御門に向けるが、当然何も起こるはずがない。彼女は魔術師ではないのだ。
ようやく侵入者がデルタフォースの金髪だと認識すると、櫛を構えていた右手を下ろし、
「びっくりした。どうしたの?」
姫神の問いかけにようやく我に返った土御門は左手を腰に当て白々しい笑みを作る。
「いやー…遂にロリの真理を発見してにゃー。それを一秒でも早くカミやんに伝えねばと思ったんだぜい」
何やら不審な事を口走り始めたロリコンサングラスに姫神は再び櫛を構える。
墓穴を掘った、とちょっとばかり後悔した土御門は別の話題を探す。上条がいないのは既に気付いていたが、そこで別の事に気付いた。
「そういえば食いしん坊シスターはどこに行ったんだにゃー?」
ついでに三毛猫もいない、文字通り姫神と土御門の二人しかいない部屋で姫神の淡々とした声が響く。
「小萌の所へ出かけて行った」
土御門が通う高校では今日から三日間は一端覧祭の準備日という事で授業は休みだ。学校では有志の生徒が登校して準備をしている。小萌はその監督者と言ったところだろうか。
当然、土御門のように通常の授業さえまともに受けていない生徒が休日に有志で準備を志願するはずがない。てっきり上条も同類で部屋で「うだー…」としているとばかり思っていたのだが。
「カミやんは?」
「ジュース。買いに行ってくるって」
ふむ。やはり同類だったようだ。まぁ黙って待っていれば直に帰ってくるという事だ。
「ところで姫神は何でカミやんの部屋にいるんだにゃー?」
姫神はクラスメイトの吹寄と仲が良い。当然、吹寄は準備組だろうし姫神もそこの一人であると思っていたのだが。
「大覇星祭の埋め合わせ。私はいい。と言ったのに彼がどうしても。と言うから」
姫神は至って平静を装って説明するが、彼女の手の中にある櫛は凄まじい速さで高速回転している。
この野郎、今日は巫女様ルートを進めるつもりか、と上条への殺意をより固めるヒットマン土御門。
だいたいの状況を把握した土御門は壁に大穴が開いた主なき部屋で標的を待つ事にした。


「………………………………………」
「………………………………………」
微妙な沈黙だ。
土御門元春には姫神秋沙に対して負い目がある。
それは大覇星祭での事。
とある魔術師との戦闘に巻き込まれた姫神は、その魔術師の手によって瀕死の重傷を負ってしまった。
しかも自分が相手に放ったハッタリが間接的な引き金になったと知って自分の失策を恥じた。それが自分の知らないところで起こった悲劇なので尚更腹が立った。
もちろん、当時の戦況を知る者であれば彼の判断を責める事などできるはずがない。
だが、プロの魔術師として魔術に何の関係もない一般人を巻き込んだ時点で自分を許す事などできるはずがなかった。
しかもイレギュラーだったとは言え、吹寄制理まで巻き込んでしまっていた。
本来であれば、きちんと筋を通して謝るべきなのだろうが彼の立場上謝るわけにもいかない。彼女達からすれば土御門はあの一件に関わっているはずがないのだから。
そのジレンマが土御門を葛藤させる。

「土御門君。」

姫神が唐突に口を開く。
土御門はまるで摘み食いがバレた子供のように素早く姫神に視線を向ける。
「なんか。いつもと雰囲気が違う」
女という生き物は怖い。こういう時は第六感が働くのだろうか、些細な変化でも敏感に察知してくる。
この能力ばかりは科学と魔術の暗部で立ち回っている土御門といえども会得できない特殊なものだ。だが、土御門とてプロのスパイ。核心までは掴ませない。
「気のせいにゃー。土御門さんにも真面目モードになる時があるんだぜい?」
「信じられない。君は死ぬ瞬間ですらヘラヘラしてそう」
これは一度誤解を解いておくべきか。と土御門は頭を抱えかけたがその時、
ピンポーン、と平凡なインターホンが鳴り響いた。
何だ何だ。来客か?と首を傾げる二人。ここは上条の部屋だし、自分の部屋に入るのにわざわざインターホンを鳴らすわけがない。
居留守を決め込む理由もないので、とりあえずドアを開ける。
そこにいたのは、姫神と同じく黒髪の少女。
しかし彼女の服装は制服ではなく完全な私服である。
デニムパンツを穿き、真ん中にレースの入った白のシャツの上にグレーのベストを羽織っている。これでレイピアでも持っていれば貴族に見える。
「あ、あれ…?ここって上条さんのお宅じゃ…それにその声、確かアビニョンで…。」


予想外の人物のお出迎えに戸惑う天草式少女。
この人誰?と訝しげな視線を送る元巫女様。
これは修羅場の予感だにゃー、とニヤけるエージェント。

上条の与り知らぬ所で奇妙な三人組が誕生した。



浜面仕上と滝壺理后は第二学区を歩いていた。
この第二学区には『警備員』と『風紀委員』の訓練所がある。
今は常時警戒態勢にある為か、建物の至る所から物騒な音が鳴り響いている。その騒音対策の為に張り巡らされている防音壁が何者かによる包囲網にも見えてしまう。
それだけこの第二学区は殺気立っていた。
なぜそんな物騒な所に無力な少年少女(片方はレベル4)がいるかと言うと、ある人物に会う為だ。

「お、浜面~。久しぶりじゃん」
「くそっ。何でこの女はいつもこんな軽いテンションなんだよ」
待ち合わせ場所には既にジャージ女―――黄泉川愛穂が立っていた。
「いきなり電話で話があるとか言って呼び出しておいて何じゃんよ?しかも彼女まで同伴させちゃって~。も、もしや結婚!?いや~浜面も遂に所帯持ちか~」
「けっ!?ち、違えよバカ!!」
浜面は、一人であさっての方向を向きながら息子の門出を祝う母親のような顔になっている黄泉川に向かって必死に否定の言葉を返すが聞いているかどうかは怪しい。
「何じゃんよ?私はまだ未婚だから婚姻届の書き方は知らないじゃんよ。とりあえず役所に行けば教えてもらえるんじゃん?」
「そうじゃなくて…。滝壺の寮の事だよ」
トボけるジャージ女の話を無視して浜面は無理矢理用件の本筋に入る。
「滝壺には一応、学校の寮の部屋が割り当てられてるんだろ?なのに何でお前はわざわざ俺の所に滝壺を預けたんだよ?」
滝壺理后は退院後、その稀少な能力を認められ霧ヶ丘女学院へ入学した。
もっとも、彼女はもう実質的に能力を使う事ができないのでその学校に通えるとは思えないのだが…。そのあたりはある人物の強い推薦があったとかないとか…。
ともかく、浜面の言い分としては寮があるのなら寮に入り、健全な高校生活を送るべきだ、という事だった。しかし。
「浜面のくせにまともな事言うじゃん。てゆうか変な物食べた?」
「ほらなっ!絶対そう返すと思ったんだ!人が折角更正しようと頑張り出した途端にこれだよ!!」
「まあまあ。確かに浜面の言う事も一理あるのはあるじゃん。でも…」
急に黄泉川は右手を口に当て言葉を止める。
「?」
浜面が首を傾げていると、黄泉川は口を開く。
「だってさ、浜面はやっとやりたい事が見つかったって言ってたじゃんよ?それはその子を自分の手で守る事なんじゃないの?」
「うっ」
「私としては気を遣ってあげたつもりじゃん。だってそうじゃん?常に一緒にいれば、どんな魔の手が来ようともすぐに浜面が助けられるじゃんよ」
「それは…」
「それにあの時の浜面は確かに守るべきモノを守ろうとする男の目をしてたじゃん。」
「……」
「それともあれは嘘だった?勢いで思わず口走っちゃって、今度は面倒臭くなったから他人様に宜しくお願いしますって感じ?」
「それは違う!」
「だったら今のままで問題ないじゃん」
返す言葉がない。
見事なまでに言い包められた交渉人・浜面仕上。そもそも交渉にすらなっていなかったが。
「それに…その子は絶対に一人にさせちゃ駄目じゃんよ…」
ボソッ。と、聞こえるか聞こえないかというつぶやき。
浜面は聞き取れなかったのか首を傾げるが、黄泉川はサッと顔を上げ、
「まあそういう事じゃん。相談なら逐一聞くじゃんよ。じゃあ私は射撃訓練があるから。じゃ~ね~」
そう言い残すとジャージ女は颯爽と去っていった。

「はまづら」

すると、これまで口を真一文字に閉じて二人のやりとりを見ていた滝壺がポツリと言った。
「あの女の人。あんな色のジャージなんか着てて恥ずかしくないの?」
浜面はツッこむべきかどうか一瞬迷ったが、華麗にスルーした。
彼はもうシリアスなのかギャグなのかわからない場の空気についていけなくなっていた。



垣根は食堂に繋がる廊下を歩いていた。校内の見取り図は知らないが、学校の食堂がどのような場所にあるかというのは大体の見当がつく。
途中、三毛猫を抱えた白い修道服の少女が「プリンプリンーーー!」と叫んでいた。はて、この学区には神学系の学校はあったか?などと考えていると食堂に着いた。
入り口には『一端覧祭直前特別企画!先着5名様に限り特製焼きプリン250円!』という立て看板がある。
気楽なもんだ。と、乾いた笑いを浮かべつつ食堂の中に入る。
食堂にはほとんど人がいなかった。学校が自由登校日だという事もあるのだろうが、昼のピークの時間を過ぎていたので生徒のほとんどは自分の教室に帰ったのだろう。
静かな食堂というのは、どこか裏路地の静寂にも似ている。

「あら、珍しいお客さんが来たみたいだけど」

その静寂を破る声。その声は小さくもなく大きくもない。しかし身を貫くようなしっかりとした声だった。
「随分と愉快な寝床じゃねえか」
「こう見えて結構な寝心地なんだけど。あなたもどう?」
冗談じゃねえ。とばかりに垣根は椅子に腰を下ろす。
「改めて、ようこそ未元物質(ダークマター)。こうして面と向かって話をするのは初めてだけど」
雲川は椅子を繋げたベッドから起き上がりながら言う。
「俺の名前を知らないわけじゃないだろ?できれば名前で呼んで欲しいな」
失礼。とばかりに笑みで返事をすると雲川も椅子に腰を下ろし垣根と正対する。
「色々と聞きたい事があるんだが。とりあえずテメェはどこまで知っている?」
「少なくともあなたよりは知らないと思うんだけど」
「すっ呆けやがって。テメェの『役割』くらい知ってるんだよ」
「そうカリカリしなくてもいいと思うんだけど。そうね、とりあえずここ最近の学園都市の動きでも話そうか」
「そんな世間話をする為にわざわざ来たわけじゃないんだけどな」
「話をするにも順序ってものがあるんだけど。それにあなたが眠っていた間の情報とかもあるけど?」
「そうかい」
垣根は背もたれに体重をかけ、さっさと話せとばかりに視線と顎を上げる。
「『未元物質』垣根帝督は死んだ。もちろん、表向きには…だけど」
垣根は動かない。そんな事には興味がないようだ。
「それによって学園都市の順位に変動が出た。第三位の『超電磁砲』が第二位に、第五位の『心理掌握』が第三位になったわけだけど」
「へー。あの雑魚が第二位ねえ。学園都市もヤキが回ったもんだな」
「一言に雑魚って言うけど、それはあなたの次元での話でしょ?普通に考えたら『超電磁砲』だって充分脅威だけど」
「人一人も殺せないような甘ちゃんなんか使い物にならねえだろ?」
「それはあなた達のような人種じゃないからだけど。それにあの子は学園都市にかなり協力してくれてると思うけど?」
「『妹達』か。一方通行に殺される為だけに生み出されたクローン体…。まったく、同情するぜ」
雲川は何かを言いかけたが、その言葉を飲み込み別の言葉を紡ぐ。
「それと例のローマ教徒との対立だけど、今はとりあえずは小休止ってところ。何でもあっちで色々トラブルがあったらしいけど」
「ふーん」
「まぁ…この辺はあなたにとってはどうでもいいってところだろうけど」
「道理で以前に比べて街中が騒がしくなってないわけだ。この学校に至っては呑気に学園祭の準備だもんな。危機感ってのは感じないのか?」
垣根は呆れたような声で話すが、雲川は構わず話を続ける。
「とりあえずはこれが学園都市の『表』の動き。次に『裏』だけど、今活動してるのは『グループ』と『アイテム』の2つ。あなたのいた『スクール』は再編中らしいけど」
「…。『ピンセット』はどうなった?」
「『グループ』が回収した。確か回収したのは土御門とか言う男だったと思うけど」
一方通行ではなかったのか、と垣根は思った。
「(なるほど、コソ泥がいたわけか。誰だか知らんが後で回収しとくか)」
「そういえばあなたは『ピンセット』の情報は見た?」
「あぁ。大した情報は無かったけどな。一つを除いてな」
雲川はその一つが何なのかを察し、こう釘を刺した。
「その件に関しては本当に知らないぞ。私だって普通の女子高生なんだ。いつも闇にいるお前らのように汚れていないんだけど」
よく言うぜ。と垣根は鼻で笑い、
「じゃあ本題に入るか」
不適な笑いを浮かべる少年と少女は更なる闇の世界へと潜り込んでいく。



「学園都市はコソコソと何をやっている?」
垣根は最も聞きたい事をストレートに聞いた。
「新たな『戦力』の増強だけど」
雲川もストレートに答える。
「『戦力』?何だ?遂に本格的に戦争でも始める気か?」
「いずれは…だけど。今は学園都市も『外』も内部状況が良くない。事実上、停戦状態だけど」
「まぁ学園都市はわかるが…何だ、『外』もゴタゴタやってるのか?」
「さっきもちょっと触れたけどイギリスでクーデターがあったらしい。ローマも教皇の謎の負傷で大混乱。どの陣営も敵地を攻め込めるような状況じゃないわけだけど」
「どこにでも反乱分子ってのはいるんだな」
垣根は口笛を吹きながら過去の自分を思い出し、笑う。
「だがそれだけじゃない。ロシアが不穏な動きを見せているみたいなんだけど」
「ロシア?」
「ロシアのある集団が『原石』と『残骸』を回収し始めたんだけど。」
「『原石』ねえ…。『残骸』はまだわかるが、何だってそんな特異体なんか集めてんだ?コレクションにでもする気か?」
「『原石』がこの戦争の行方を大きく変える…私はそう思っているんだけど?」
「仮にそうだとして、こっちには最高の『原石』がいるんだろ?二つか三つ持っていかれたくらいでどうにかなるもんでもないだろ」
雲川は背筋を伸ばし一拍置いてから答える。
「確かにここには削板軍覇がいる。即戦力として戦える力は充分にあると思うけど」
雲川はさらに一拍置いて、
「その削板が何者かによってやられている。殺されない程度にだけど。しかもアレイスターに『原石』への警告までしたもんだ」
「そいつはまた面白ぇ野郎だな」
垣根は感心したように言う。
「これが何を意味するかはわかるでしょ?『原石』を戦争に使わせまいとする連中もいるわけだけど」
「アレイスターの野郎が使わずにいられるわけがねえな」
垣根はあっけらかんと断言する。
「それに『原石』は本当に未知の存在でもあるわけだけど。削板を見ればわかるが、とにかく能力そのものが稀少で特異だ。出力すらも定かではない」
「そんな危険物を能力開発の素人集団に取られるわけにはいかねえ…そういう事か」
雲川は頬杖をつくと、
「もし、半覚醒で暴発した場合どれほどの暴走になるかわからない。仮に覚醒したとしてどれほどの能力が発現するかもわからない。学園都市にとってマイナスはあってもプラスはないわけだけど」
「だから全ての『原石』を学園都市に集めて、あわよくば新たなレベル5を作り出すって事だな」
「そこまで具体的な事はわからない。まぁ、あなたの推測が一番無難だとは思うけど。もっとも、そうなれば警告を無視するわけだから奴も黙ってないだろうけど」
「で、その回収状況はどうなのよ?」
「8割方は回収できてるみたいだけど。きちんとした数もわからないからきっちり全部ってわけにはいかないだろうがな」
雲川は右目にかかった前髪をカチューシャで掻き上げて、
「例え一つでも向こうに回収されればそれが命取りになる可能性がある。もし、それが『当たり』なら一方通行クラスの能力者が敵に回る可能性があるわけだけど」
「そうなったら『上』は大慌てだろうなぁ」
垣根は人事のように言うが、一方通行の本当の強さは自分が一番わかっている。義手をつけた右手がうずいたのがわかった。
「だから『上』はあなたを生かしたと思うんだけど」
「別に学園都市の為に戦う気なんかねえよ。俺は自分の敵以外は傷つけたくないタチなんでね」
垣根はそう言うと、聞きたい事は聞き終わったのか立ち上がるとそのまま踵を返した。
雲川はその背中に一言だけ告げる。
「そうそう、削板にもあなたのように『役割』があるわけなんだけど」
「あん?」
「まぁ、直にわかるさ」
雲川は薄く、薄く笑うと再び椅子を繋げて寝転んでしまう。
垣根は意味がわからなかったが、考えてもわからないとわかると食堂を去っていった。


「本当に、この学校はいろんな刺激に溢れてるな」
雲川は笑う。天使とも悪魔とも無邪気とも妖艶とも取れるような笑顔で。


行間

とあるアパートメントに一通の手紙が届いた。
差出人はとある里親の友人だった。
まずその手紙を見たボンヌドダームの女は我が目を疑った。そしてすぐさま同居人の青年に手紙を渡す。

手紙の内容は里親が何者かに殺害された事。そしてその里親の子供が何者かに連れ去られたという事。その何者かの目撃情報として機械の装甲を身に纏った集団がいた事。

青年は激昂した。
彼は学園都市に牽制の意味を込めた襲撃を行っている。それは『原石』の保護なら構わないが、彼らの生活を脅かす事をするのなら容赦なく叩き伏せるという事だった。
そして学園都市はその牽制を無視した。これは回収や保護といったものではない。
青年はあの少女に自分の手で幸福を手に入れてくれ、と言った。
そして少女はその幸福を手に入れるべく、あの里親と共に新たな人生を歩むはずだった。
青年の頭にアパートメントを出て行く時の少女の幸せそうな顔が浮かび上がる。
しかしその幸福はあっさりと奪われようとしている。いや、もう奪われているのかもしれない。

青年の眼がある一つの『モノ』に変わろうとしている。
もはや酌量の余地は無かった。
警告はした。その上で学園都市が『原石』を使い潰す覚悟があるのなら、彼らの自由を奪い取るというのなら、青年が取るべき行動は一つしかない。
青年の見た目に変化はない。しかし彼の周りにはこの世にあらざる空気が漂っている。何にも形容できないオーラがある。

「行ってくる」

青年は一言だけ告げるとアパートメントから出て行った。
ボンヌドダームの女は引き止める事はしなかった。いや、指一本動かす事すらできなかった。
世界中で一番彼の事を理解しているであろう彼女でさえ、今の青年の雰囲気は異常だった。

学園都市は開けてはならないパンドラの箱を開けてしまった。もう引き返す事はできない。
ボンヌドダームの女はかつてない戦慄を感じながら一つだけ、確信にも似た事を考えていた。


学園都市はこの世界から跡形もなく消滅する―――と。

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