時刻は正午を30分程過ぎた頃。界刺や荒我達は、揃って昼食を取ることにした。『ご飯は大勢で食べるのが一番楽しい』という仮屋の主張に大勢が賛同したからである。
「仮屋様の“恐怖モード”には敵わねぇ・・・。あの白目恐ぇよ」
「あいつには、以前『根焼』での早食い大会の時に脅されたからな。・・・あの二の舞だけは避けねぇと・・・」
「(ブルッブルッ)・・・な、何か水の冷たさじゃ無い冷たさが・・・」
「大丈夫、お姉ちゃん?・・・やっぱり、逃げられなかったか・・・。折角荒我と2人でゴハンに行こうと思ってたのに(ボソッ)」
中には戸惑う者や反対する者も居た(界刺や荒我、焔火姉妹)が、全て“魔王”
仮屋冥滋に屈した。
食事に関することで、この男を敵に回してはいけない。下手をすると、命に関わることまでに発展しかねない。
「しかし、これだけ大人数になると席取りが大変だぞ?時間帯的に、他の客でごった返しになってそうだ」
「確かに。『マリンウォール』内にあるレストランとかで昼食を取るのは、この人数では難しいかもしれん」
不動と破輩が現状分析を行い、皆に喚起する。これだけの大人数である。時間をずらすか、少人数ごとのグループ分けをしるしか手は無さそうだった。
「(こ、これなら荒我と2人っきりになれるチャンス!!・・・ハッ!!べ、別に特別な意味があるんじゃ無くて・・・その・・・あの・・・)」
「おい、愚妹。さっきから、何を1人でブツブツ言ってるんだ?」
己が愚妹の挙動不審に呆れる朱花。だが、焔火にとっては重要なのだ。何しろ、午前中は啄・仲場・ゲコ太達に振り回され続けた挙句、ちっとも荒我と遊べなかったからだ。
これでは、折角の休日、しかも張り切って水着を選んで来た意味が無くなってしまう。
「それなら、大丈夫だよ~。皆で食べられそうな出店はもう確認済みだから~」
「へっ!?嘘!?」
しかし、そんな少女の願い虚しく“魔王”からの宣告が場に響き渡る。
「・・・・・・ギュン!!」
「うわっ!!?」
突如として焔火の前に移動する仮屋。『念動飛翔』による高速移動である。しかも、“恐怖モード”である。
「焔火チャン~。君、さっきも反対したよねぇ。そんなにボク達とご飯を食べるのが嫌なの~?」
「そ、そんなつもりは・・・!!だ、だから、その白目を私に近付けないで!!!」
「じゃあさ~、行くよ?いいね・・・!?いいね・・・!?いいいいねえええええぇぇぇぁぁぁああああ!!!!!」
「ギャアアアアァァァッッ!!!わかりました!!わかりましたから、その顔で迫って来ないでえええええぇぇぇっっ!!!!!」
“魔王”からは逃れられない。とにもかくにも、“魔王”の魔手に絡め取られた哀れな少女の断末魔が、この『マリンウォール』に木霊する。
「ヒバンナ・・・。南無!」
「仮屋様の“恐怖モード”・・・恐いです!!」
「遠藤も、サニー様と同じ気持ちです!!あの殿方には、食事のことで文句を言ってはいけないのですね・・・!!」
界刺・月ノ宮・遠藤は、仮屋の魔手に絡め取られた哀れな少女に同情し、自分達が同じ目に合わないように、今後努力することを誓う。
「仮屋・・・。毎度のことながら、あいつは食べ物のことになると頭のネジが吹っ飛ぶな」
「そういえば、以前のバイキングでもあんな状態になっていたな」
「あぁ。小学生時代からの付き合いである私としては、本当に恥ずかしい限りだ」
「へぇ・・・」
不動が親友の行動に頭を抱えているのに対し、破輩は小学生時代からの友達という点に興味を抱いたようだ。
「仮屋・・・さん。あの人は、常盤台(ウチ)の『食物奉行』に勝るとも劣らない猛者みたいね」
「そうだね・・・。あの2人に会わせてみたら、もしかしたら意気投合するんじゃないかな?」
「で、でも。仮屋様をあのお二方と会わせたら・・・不味くないですか?主に、被害者的な意味で」
「「それは言えてる」」
苧環と形製が常盤台に居る『食物奉行』の影を仮屋に見るが、鬼ヶ原の冷静な指摘を受けて共に背筋を震わせる。
あの2人に仮屋が組み合わさった時には、一体どれだけの被害者が出るか知れた物では無い。
「緋花ちゃん!?し、しっかり!!」
「あぁ・・・。白目恐い・・・。仮屋様恐い・・・。“魔王”恐い・・・」
「あちゃー・・・。こりゃ、トラウマになっちゃったかな?」
「ちょ、ちょっと!?私だって未だに体の震えが止まらないのに、緋花までやられてどうすんのよ!?これじゃあ、私達姉妹はあの“魔王”に一生敵わないってことじゃん!!」
「「ご愁傷様」」
「簡単に言ってんじゃ無ぇぇー!!!」
(“恐怖モード”の)仮屋によって焔火にトラウマが植え付けられたことに対して朱花は慌てるが、加賀美と葉原の反応は素っ気無い。
下手に焔火を庇えば、自分達にも“魔王”の魔手が及ぶ可能性がある。誰だって、好き好んで被害者になりたくは無いのである。
「よしっ!そんじゃあ、メシにしようか!仮屋様、案内よろしく」
「オ~ケ~」
そして、そんな細かいことを気にしない人間達は、さっさと昼食の場所に移動する。“魔王”の恐怖に当てられて腰が抜けた焔火は、荒我が背負うことになった。
昼食前から波乱含み。だが、波乱はまだ始まったばかりである。
「おっ!誰かと思えば、いつかのキラキラボーヤじゃないか?あれから、形製とはどんな感じなんだい?」
「一昨日告白されました。しかもキス付きで」
「な、何ぶっちゃけてんのよおおおおぉぉぉ!!!!」
仮屋が見付けた出店とは、とある3つの出店が並び立っているスペース。然程冷房が効いていないせいか、ここに来る客はそれ程多くは無いようである。
「こりゃ、驚いた。あの形製が・・・。勇気を出したんだねぇ。フフッ、よかったじゃない、形製。もう2人は付き合っているんだろ?」
「そ、それが・・・」
「うん?」
「バカ形製以外からも5人の女性に告白とキスをされました。都合、6人ですな」
「ブッ!!」
「そして、今の自分は女性不信状態なので、返答保留状態ですな」
「ブッ!!!」
その1つが喫茶店『恵みの大地』。その店主である
大地芽功美は、界刺のぶっちゃけ発言に吹き出しまくる。
「あ、あんた・・・。・・・ちなみに、他は?」
「え~と・・・。とりあえず、常盤台からは
一厘鈴音・苧環華憐・
真珠院珊瑚・
鬼ヶ原嬌看の4人からですな」
「・・・!!!あの娘達が・・・!!!」
界刺が挙げた少女達は、大地もよく知っていた。『恵みの大地』を利用してくれる常連客とも言っていい。そんな少女達が、目の前の無駄にキラキラした男に・・・
「(チラッ)」
「「「「(コクン)」」」」
「ハァ・・・。あんたは只者じゃ無いってのはわかってたけど、これ程までとはね。大したモンだ」
界刺の後方に居る“その”4名に確認の視線を送り、頷く少女達を見て大地は嘆息する。
「大地さーん!!あちらのお客様からの注文を承りましたよぉー!!」
「むっ!?あれは・・・以前『恵みの大地』で俺のファッションを笑った店員の1人・・・」
そんな折に大地に声を掛けたのは、『恵みの大地』で働くアルバイトの1人・・・
石墨雫。
今の彼女は、薄手のシャツ・デニムパンツの上からエプロンをしていた。
「はいはい。わかったよ、雫。それじゃあね、キラキラボーヤ達。ウチに来るんだったら、サービスするよ?」
「・・・・・・」
以前にそのサービスのおかげで酷い目にあった界刺は、無言を貫く。一方、何時もご馳走になっている常盤台生達は大地に対して会釈する。
会釈を受けた大地は軽く手を振って、その場を後にする。
「いらっしゃい!!・・・おやっ?またアンタ達かい?何かと縁があるねぇ」
「しばらくぶりでやんす、福百さん!」
「お久し振りです!」
「おぉ、ここは噂の『
百来軒』!!滅多にお目に掛かることができない伝説のラーメン屋!!」
「伝説と言われる程じゃ無いけどねぇ。ただ単に無断営業やってるから目立たないようにしてるだけだし(ボソッ)」
「んっ?何か言った?」
「ううん!何でも無いよ!!」
一方、梯・武佐・朱花とやり取りをしているのは
福百紀長という少女。彼女はラーメン屋『百来軒』の店主。これでもれっきとした高校生である。
学業の関係上、土日・祝日のみ営業を行っている『百来軒』は、週一で営業場所を移動しているため、見付けようと思ってもなかなか見付からない。
巷では幻のラーメン屋として半ば都市伝説のような存在になってしまっているが、ラーメンの味は絶品である。
ちなみに、『マリンウォール』に対しては営業許可を取っている。というか、かなり基準が甘いので、福百のような人間でも簡単に営業許可が取れたのだ。
その代わり、売上の一部を『マリンウォール』側に渡すこととなっている。ギブアンドテイクの関係。
福百としては大っぴらに営業ができるので、何の不満も無くこの条件を呑んでいる。
「そういや、アンタ達の親分は何処・・・うん?何で拳の奴、あの風紀委員さんを背負っているの?もしかして、熱中症?」
「い、いえ。緋花ちゃんは、ちょっと腰を抜かしちゃって・・・」
「ギックリ腰かい?ありゃー痛いんだよね。私も昔仕事中に腰をヤッた経験があるから、他人事じゃ・・・ブツブツ」
「い、いえ・・・違・・・」
荒我に背負われている焔火を見て、葉原に質問する福百。そして、1人勝手に納得する店主は葉原の説明を無視して、アルバイトに声を掛ける。
「おーい!!詩門!!至急椅子を1つ用意しな!!ギックリ腰のお客様1人追加だ!!」
「わかりました、紀長姐さん!!ギックリ腰とは・・・また辛いっすね」
屋台の向こう側にいた少年の名は
森夜詩門。最近雇った『百来軒』の臨時アルバイターである。
但し、雇ったとは言っても給料なんかは出ない。そんな余裕、学生である福百には無い。故に、“ラーメン1杯(頑張れば1玉追加)”で雇っている。
「へぇ・・・。アルバイトを雇ったんですか?」
「まぁね。臨時だけど。やっぱり、男手があるのと無いのとじゃあ全然違うね。アイツは働き者だから、ウチも助かってるよ」
武佐の問い掛けに快活に答える福百。程なくして椅子が運ばれて来た。その上に焔火を座らせる荒我。
「緋花・・・大丈夫?」
「は、はい。ご心配お掛けしました、リーダー」
「ここなら丁度影だし、少しはゆっくりできんじゃねぇか?」
「うん。ありがと、荒我」
加賀美と荒我の声に、キッチリ返答する焔火。ようやく、体の震えも止まった。それだけ、あの“魔王”が齎したインパクトが甚大だったのか。
「よしっ。とりあえず、紀長から水でも貰って来るか!ちょっと待って・・・」
「おおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉっっっっ!!!!!」
「!!?」
焔火のために荒我が福百から水を貰って来ようと動いた瞬間、この場一体に突き刺さるような大声が発せられた。その発生源とは・・・
「我がベス~トフレンドの~カイ~ジじゃありませんかああああぁぁぁぁっっっ!!!!」
「おおおおおぉぉぉっっ!!!!!誰かと思ったら店長じゃねぇかよおおおおおぉぉぉっっ!!!!」
サングラスを掛けた変なオッサンもとい焼肉屋『根焼』の“変人店長”である
奇矯杏喜その人。
ゴツゴツした肌に後ろで1本に括られた藍色の長髪が妙にアンバランスな彼は、無駄にキラキラした“変人”こと
界刺得世と抱き合っている。
「アンタ、ここにも出店してんのかよ!!全く、その営業努力には目を瞠るモンがあるな!!金が余ってそうで、羨ましい限りだぜ!!」
「カイ~ジの暴れっぷりに比べれ~ば、こ~の『根焼』出張店“ジワジ~ワ”程度、何てこ~とはあ~りません!!!」
「そういや、前にも言ったけどアンタのネーミングセンスってどいつもこいつも酷いってレベルじゃ無ぇな!!んふふっ!!!」
「それ~を言うなら、カイ~ジのファッショ~ンセンスのキワモノ加減には、さすが~の私~でも追い付けないシロ~モノです!!ヌフ~フフッ!!!」
「んふふふふっっ!!!」
「ヌフ~フフッッ!!!」
「・・・ねぇ、荒我?」
「・・・何だよ?」
「・・・あの2人って、本当にベストフレンドなの?何だか言葉の端々に棘があるし、互いに挑発してるし・・・」
「・・・俺にもよくわかんねぇ」
焔火と荒我の目に映るのは、ベストフレンドと謳っておきながら言ってることは挑発や皮肉ばっかりの“変人店長”と“変人”である。
むしろ、“変人”同士だからこそ気が合っているのかもしれない。そう思わずにはいられない焔火と荒我である。
「ああああぁぁっっ!!!かいじさんじゃありませんかー!!!」
「ど、どうしたの莢奈ちゃん!?いきなり、大声なんか出して・・・」
「うん?おっ、抵部準エース殿ではありませんか!!昨日ぶりです!!」
「ぶりです!!」
“変人”共に声を掛けたのは、『根焼』の臨時アルバイターである
抵部莢奈と、同じく臨時アルバイターの
駒繋紗月である。
どうやら、彼女達も今日の“ジワジ~ワ”に駆り出された模様である。
「紗月ちゃん!!この方はかいじさんと言って、わたしがなでなでしたくなる人NO.1の人だよ!!」
「なでなで・・・?」
「手本を見せるね。なでなで」
よく事情が飲み込めていない駒繋に手本を見せるように、界刺の頭を撫で始める抵部。もちろん、そんな状況に黙っていられない人間も居て・・・
「だから、そこは私のポジションだって言ってるでしょうがああああぁぁぁぁっっ!!!!」
「“かいじさんブロック”」
「ぬおっ!?」
「グハッ!!」
案の定、月ノ宮が抵部に突っ込んで来た。だが、今日の抵部は一味違う。彼女は、遂に『経験から学ぶ』ということを真の意味で覚え始めたのだ(快挙!!!)。
具体的には、自身の能力『物体補強』にて界刺の防御力をup↑した後に、『物体補強』によって動けない界刺を防護壁として活用することであった。
その結果、月ノ宮は界刺と衝突し逆にダメージを喰らう羽目になった。ちなみに、界刺は無傷である。
「ふふ~ん、サニーがつっこんでくるのはわかってたもんねー!!こういうのを“バカのひとつおぼえ”って言うんですよね、かいじさん?」
「・・・この娘に言われちゃあ・・・お終いだね、サニー?」
「ム、ムキー!!!」
バカの権化の1人である抵部に馬鹿にされた月ノ宮を哀れむ界刺。一方、月ノ宮は憤慨する。とてつもなく憤慨する。
「ムキー!!!ムキー!!!サーヤに馬鹿にされるなんて・・・!!!何て屈辱・・・!!!ムキー!!!!!」
「だから、サニーにはこのポジションはふさわしくないですー!!かいじさん、よしよし」
「ッッッ!!!くぅ、くぅぅ、くそおおおおぉぉぉっっ!!!!!」
「月ノ宮・・・頑張りなさい。これは、あなたが成長するチャンスなんだから」
「何でシリアスになってんのよ、苧環?」
抵部の追撃に、月ノ宮は地面に手を打って悔しさを露にする。その姿に保護者の血が騒ぐのか、苧環がシリアス口調になった所に一厘がツッコミを入れる。
「はいはい。その辺にしましょうね、莢奈ちゃん。折角のお客様にこれ以上の追撃は駄目よ?」
「ふふ~ん!!それじゃあ、今回はこのへんでゆるしてあげよっと。よかったね、サニー。わたしのきづかいに感謝してね!
というか、紗月ちゃんってわたしより年下なのに何でタメ口なの?」
「どう考えても、莢奈ちゃんって私より年下にしか見えないから」
「ガーン!!」
「そういえば、莢奈ちゃんってお金持ちのお嬢様なのにバイトする必要あるの?早食い大会の時の代金はもう払ったんでしょ?」
「あっ!そ、そういえば・・・。何で私はアルバイトを続けてるんだっけ?・・・ま、いっか!アルバイトをしてたおかげでかいじさんにも会えたんだし!!」
「くそおおおおおぉぉぉっっ!!!!次は、次は絶対に負けないんだからああああぁぁぁっっ!!!!」
「・・・こりゃ、永遠のライバルってヤツになるかもな。サニーとサーヤ・・・んふっ、それもいいかもね。・・・・・・ふぅ。ソレもいいか・・・」
界刺は、顔を綻ばせながら月ノ宮と抵部を交互に見る。こういうライバル関係は、互いに鎬を削る中で成長して行くもの。
そう思っているから、界刺は2人の姿に笑みを浮かべる。きっと、この2人は良い友達になれる。だから・・・
「得世。そろそろ、昼食にするぞ?仮屋が・・・ヤバイ」
「おっと。そうだね・・・そんじゃあ、『恵みの大地』・『百来軒』・『根焼』から好きなものを頼んだらいいんじゃない?席は十分あるし」
「そうだな。では、そうしよう」
そう言って、不動の指示の下一斉に3つの店に群がるメンバー達。だが、彼等彼女等はこの時知らなかった。この場所へ、あの――が近付いて来ていることに。
continue…?
最終更新:2012年08月12日 21:42