「お前がホムラっちの姉だな!?十二人委員会を纏め上げる者として、ちゃんとした挨拶をせねばならぬと思っていた所だ!!啄鴉と言う。よろしく!!」
「拙者は、ゲコ太マスクでござる!!」
「俺は、仲場志道だ」
「ほ、焔火朱花よ。・・・よろしく」
「・・・まさか、一発でしゅかんを緋花の姉と見抜くなんて・・・。あの啄という男の子・・・やるわね」
「それって、そんなに驚くようなことでやんすか?」
「間違えた俺達が言えた義理じゃ無いけど・・・」

今は午後3時半を過ぎた頃。再び『マリンウォール』内で遊んでいる一同。その内、啄・ゲコ太・仲場は焔火の姉である朱花達と共に居た。
ここで、何と啄は一目で朱花を焔火の姉と見抜いた。今日、初めて出会ったばかりなのに。
その反応に朱花は内心喜び、加賀美は176支部でも鳥羽と一色しか成し遂げていない見抜きを行った啄に感嘆する。

「では、心行くまで遊ぶとしよう!朱花嬢も!!行くぞ!!」
「うおっ!?」
「「了解!!」」
「わ、わかったわよ!!だ、だから少しは落ち着けってーの!!」
「それじゃあ、私達も行こうかな?・・・あれっ?そういえば、ゆかりは?」
「どっか、1人で泳いで行ったでやんす」
「もしかしたら、荒我兄貴と緋花ちゃんの様子でも見に行ったんじゃないかな?」
「あぁ・・・。成程ね」

啄に手を引かれる朱花を追い掛ける加賀美達。この“変人集団”に掛かれば、騒がしくなるのは目に見えている。
だが、それが心地良くも感じられる。やっぱり、大はしゃぎするのは楽しいものである。






一方、加賀美達が気に掛けていた葉原は荒我と焔火の所へ居た・・・わけでは無かった。むしろ、彼女は2人の邪魔をしたくないと考えていた。
だから、葉原は自分の目的のためにある男と2人きりになれるチャンスを覗っていた。そして、ようやくそのチャンスを見出した。

「謳え~♪謳え~♪~~~~♪」

鼻歌染みた歌を歌っている、無駄にキラキラした“変人”。浮き輪でプカプカ流されるままになっている碧髪の男。名は界刺得世
彼は、午前中とは打って変わって1人であっちに行ったりこっちに行ったりしていた。他の女性陣は、別の場所で遊んでいる。
特に、午前中にくっ付いて来た少女達は、もう二度とあんな目に遭いたく無いと思ってか界刺へのアクションを自重していた。

「笑え~♪笑え~♪~~~~♪」

そして、流されるままに水の上を行く界刺が葉原の前に来た。葉原は浮き輪を掴み、界刺へ話し掛ける。

「・・・儚げで、哀しげで、それでいて確かな心の強さを感じる恋人や愛する人達の想いが溢れた歌ですね」
「そうだね。俺の最近のお気に入りさ、葉原ゆかり?君も、今度聞いてみるといい。良い歌だよ?」

葉原と界刺の視線が交わる。その直後、葉原は界刺の浮き輪を引っ張ってプールの角に誘った。

「・・・君とこうやって面と向かって話すのは、これが初めてだね?」
「はい・・・」
「確か、ヒバンナの親友だっけか。てことは、同じ時期に風紀委員になったりとか?」
「いえ。緋花ちゃんは今年の6月に、私は今年の1月に風紀委員になりました」
「ふ~ん。で?何の用だい?俺のことをしきりに気にしていたようだけど?」
「(・・・バレてる。これが、噂の『光学装飾』の力か・・・)」

界刺の視線が葉原を射抜く。その視線が、自分の全てを見透かしていると錯覚する程葉原は緊張していた。

「え、えっと・・・緋花ちゃんのことで・・・」

それでも、何とか声を振り絞る。その言葉に、界刺は何の反応も示さない。唯、先を促すように視線を向ける。

「き、昨日、界刺・・・先輩が緋花ちゃんに言ったことを覚えていらっしゃいますか?」
「・・・一応は。それが?」
「緋花ちゃんの“ヒーロー”像・・・そして緋花ちゃんの在り方・・・。それに関する私の推測を聞いて貰いたくて」
「・・・言ってごらん?俺が、採点してあげよう。んふふっ・・・果たして葉原ゆかりは、見事100点満点を勝ち取れるのか・・・少し楽しみだね」

ようやく、界刺が反応らしい反応を見せる。だが、それは人を不愉快にさせるような胡散臭い笑み。
対峙するのが初めてな葉原には、その態度に不快感を抱く。だが、今はそれを言った所で何にもならない。

「い、行きますよ?」
「どうぞ」
「え、え~と・・・・・・・・・」

そして、葉原は語り出す。己の親友に抱いたある違和感を。ある齟齬を。下手をすれば、己も無意識に行っているかもしれないことを。故に、自分への戒めを込めながら話す。






「・・・どうですか?」
「・・・・・・」

葉原は、一通りの推測を語り切った。対する界刺は黙ったままだ。だが・・・

「・・・んふっ。大体は合っているね。90点と言った所かな?中々に優秀そうだね、君は?その頭を俺にも分けて欲しいもんだ」

“詐欺師”は採点を発表する。それは、葉原の言ってることが大体は合っているということを示していた。あくまで、界刺の考えではだが。
ちなみに、この時点で界刺は葉原が『ブラックウィザード』の内通者では無いことを、『分身人形』で自発的に調査した形製から伝え聞いていた。
そして、この情報をこの『マリンウォール』に同行している風紀委員+昨日居た荒我達にも伝えていた。所謂、サービスである。

「・・・冗談を。あなたは、私なんかよりもっとすごい人なんでしょ?緋花ちゃんや加賀美先輩も言っていましたよ?」
「さてね。そんなモンは絶対評価じゃ無いし。相対評価だし。そんなんだと、君もいずれ誤った判断をするかもしれないね?」
「こ、恐いこと言わないで下さい」
「普通だろ、こんなの?俺だって時々見誤るのに、君には起こらないとでも思ってるのかい?」
「そ、それは・・・」

葉原はビクつく。この碧髪の男が言うと、いずれ起こり得そうに感じられるからだ。

「まぁ、いいや。・・・“それ”をヒバンナには言ったのかい?」
「・・・いえ。“これ”は、緋花ちゃんが自分で気付かないといけないことだと思って・・・。というか、今の緋花ちゃんに言ったら却って意固地になると思うんです。
昨日もそのことについて考えて、結局答えが出せないままでしたし・・・。これは緋花ちゃんの根幹ですから、他人が必要以上に弄っちゃうとマズイかなと思って・・・」
「うん。その通りだね」

葉原の判断に、界刺はすかさず同調する。

「“それ”は、ヒバンナ自身が気付かないといけない。例え、その代償が命の危険であったとしても。それでも気付かないのなら・・・救いようが無い大馬鹿野郎かな?」
「・・・はっきり言ってくれますね?目の前にその娘の親友が居るのに・・・」
「それがどうしたの?俺にはどうでもいいことさ。さて、君ん所のリーダーがその点に配慮した指導ができるかどうか・・・。まぁ、これもどうでもいいな」
「(・・・一筋縄じゃいかないのは予想していたけど・・・本当にぶっ飛んだ人・・・!!)」

今日界刺の姿を目にした時から、何回もシミュレーションを繰り返した。界刺とどうやって会話を繰り広げるのか。界刺はどういうリアクションを取るかetc。
だが、実際に対面するとどうしても界刺のペースに引き摺り込まれる。本心が読み切れない。逆に、自分の心を見透かされる気分になる。

「まぁ、その点を理解している親友が傍に居るってのは心強いかな?君は、今後彼女をフォローして行くつもりなんだろう?」
「はい。私の口からは教えられないけど、緋花ちゃんが自分で気付けるように私なりのフォローをして行くつもりです」
「・・・そんな親友から見て、今の彼女の在り方はどう思う?」
「・・・確かに、緋花ちゃんの今の在り方は危険です。緋花ちゃんは・・・完全に勘違いしています。
『自分のことを最優先に考えられない“ヒーロー”に、一体何を救えるんだい?』。そう、あなたが言った言葉の意味を履き違えています」

葉原は、親友の勘違いに歯噛みする。だが、それは仕方の無いことかもしれない。
彼女が風紀委員を目指す『切欠』になったあの出来事が、見方を変えれば『元凶』でもあるからだ。
純真無垢な子供の時に見出した“ヒーロー”像。その意味を、抱える物を、在り方を理解し切れていない時に心へ強く刻まれた“偶像”。
だから、彼女は未だに気が付かない。それは、戦場に身を置く者としてはとても危険なこと。一歩間違えれば、自分の命すら危うくする程に。

「そうだね。彼女は、今後も迷い続けるだろう。今の在り方を貫く限りは。あれだと、彼女は自立ができない。周囲を頼るのはいいけど、あの頼り方は駄目だ」
「独り善がり・・・ですよね。今の緋花ちゃんは・・・“自分の都合しか考えていない”」
「もっと言えば、“自分の都合と他人の都合を混同して、見境が無くなって、結果として自分のいいように解釈している”・・・かな。独り善がりの典型例だね。
そして、自分では気付いていない。あれで、他人を救えるって信じ込んでいるんだから救えないよねぇ・・・本人が」
「本当にハッキリ言いますね・・・。その点、あなたや固地先輩はキッチリ“線引き”しているってことですよね?」
「君達風紀委員で言うなら、椎倉先輩や寒村先輩もだろうな。破輩や鈴音は・・・少し危ういかな?他の連中は、まともに話したことが無ぇ奴が多いからよくわかんねぇけど。
まぁ、“剣神”神谷稜君を筆頭とする176支部の問題児集団については、ちょいちょい噂で聞く限りでは相当癖があるってぐらいは予想が付くけど。
“花盛の宙姫”や“風紀委員の『悪鬼』”、成瀬台が誇る筋肉コンビと同レベルの面倒臭さかも?
かくいう俺も、面倒臭い人間の部類に入るね。方向性は皆てんでバラバラだけど。それが人間の醍醐味と言えばそうなんだけど、面倒臭いことには変わりないよね。んふっ」
「うううぅぅっ!!!(じ、自分で自分を面倒臭い人間の部類に入れるなんて・・・。それがわかってるなら、面倒臭い部分を直せよって話だわ!!)」

葉原は、自分の同僚が界刺によって挙げられた人間と同レベルと指摘されても反論することができない。
“宙姫”の過激さ、“『悪鬼』”の辛辣さ、筋肉コンビの暑苦しい指導(=しょっちゅう筋肉の鎧化を企む)は面倒臭いにも程があった。
方向性は違うが、それと同レベルの面倒臭さを内包している問題児集団の有り様は葉原も知り尽くしている。確かに面倒臭い。目の前の“変人”も。

「話を戻すよ?その部分を履き違えてると、何時か自分を見失っちゃうからね。周囲からどんな批判を喰らっても貫き通せる、確たる自分を持つということはそういうことだ」
「・・・昨日のあのやり取りは、今の緋花ちゃんにプラスになったのかな・・・?」
「さっきも言ってたけど、昨日何かあったのかい?」
「はい・・・。実は・・・」






葉原は、ここ最近焔火の身に起きたことも含めて界刺に話す。自分が知っている焔火緋花という少女のことと、彼女を取り巻く環境を。












「・・・・・・ハァ。緋花ちゃんて、本当に馬鹿なんだから・・・」
「まぁ、頑張れ。俺の予想が外れていることを祈ってるぜ。深読みの可能性だってあるし。それで、一昨日は俺も失敗したし」
「・・・その言葉に全然真剣味が感じられないんですけどー」
「だって、どうでもいいし」
「・・・・・・さっきの歌ですけど、何て言う歌ですか?」
「うん?え~と・・・・・・あれ?何だったっけ?」

先程まで歌っていた歌の名前をど忘れしてしまった界刺。歌詞は覚えていながらその曲名を忘れてしまうことは、何も不思議なことでは無い。

「・・・それって、有名な歌ですか?」
「いや、結構マニアックだった筈。・・・CDショップの店員とかに聞いて初めてわかるくらいの」
「それじゃあ・・・今日の帰りに付き合って下さい。私も、その歌が入ったCDを手に入れたくなりました」
「えぇ~・・・」
「『今度聞いてみるといい』って言ったのは界刺先輩なんですから、付き合ってくれるくらいの義理はあってもいいんじゃないですか?」
「・・・ハァ。君って、優秀そうに見えて根は奔放な人間かもしれないね。もしかしたら、あのヒバンナ以上のじゃじゃ馬かも」
「なっ!!?ど、何処がですか!!?」

焔火よりじゃじゃ馬宣言を受けて、憤慨する葉原。だが、界刺は一々取り合わない。

「それじゃあ、携帯のアドレスを交換するか。んで、俺の方から君の携帯へ連絡を入れるから。それでいいね?」
「はい!」
「・・・何で、いきなり俺に近付いて来たの?ヒバンナの在り方がどうこう・・・だけじゃ無いでしょ?」
「・・・バレてましたか」

舌を出しながら頭をかく葉原。まぁ、バレない方がおかしいのだろう。今まで会話したことが無かった人間が、いきなり買い物に付き合ってくれと言うのだから。

「・・・ちょっと、あなたに興味が湧いたんです。椎倉先輩や固地先輩を手玉に取ったって言う、“『シンボル』の詐欺師”に。何人もの女性を落とした“変人”界刺得世に」
「(・・・何か、企んでそうだな)」

界刺は、経験的に葉原が何か企んでいる気配に気付く。それは、さっきの“議論”からも予想できたが、あえて言わない。
こちらから言わずとも、どうせ葉原の方からアクションがある筈である。

「・・・火遊びは程々にしとけよ、“ハバラッチ”?」
「ブッ!!・・・緋花ちゃんに続いて私にまで変な渾名を・・・」
「“パパラッチ”と君の名字を合わせてみた。俺に近付いて来た君にピッタリな渾名だろ?」
「(ハッ!!ヤ、ヤバイ・・・!!この渾名が、今後他の人に広まる可能性が・・・!!)」

等と言うやり取りの後、すぐに携帯のアドレスを交換した界刺と葉原は、『マリンウォール』から出るまで一緒にプールの中に身を漂わせていた。






「・・・ようやく静かになったって感じか?」
「みたいだね。折角ゆったり遊ぼうと思ってたのに、あの人達のおかげで騒がしいったら無かったわ」

『マリンウォール』内にあるプールの1つに、荒我と焔火の姿はあった。周囲では多くの客がプールの冷たさに浸っている。

「・・・(ジ~)」
「・・・何ジロジロ見てんのよ?」
「い、いや!そ、そんなことは・・・」
「怪しい~。とりゃっ!」
「うおっ!?(ブクブク)」

焔火の胸に視線が泳いでしまった荒我。それを見抜かれ、焔火の突進を喰らう。

「ぷはっ!!こ、こんにゃろう・・・って!?」
「・・・」

水の中から顔を出した荒我の背中に、焔火がピッタリとくっ付いた。胸を押し当てられるこの感触は、何度か彼女を背負った時にも感じたモノ。

「・・・ありがと、荒我。私を遊びに誘ってくれて」
「・・・俺1人だけじゃこんなことはできてねぇよ。利壱や紫郎、それにあの“変人”の薦めが無かったら・・・」
「それでも!私は荒我が誘ってくれたことに、すっごく喜んでいるんだよ?」
「・・・///」
「・・・男のテレ顔って余り見栄えが良く無いね」
「う、うるせぇ!」
「クスクス」

焔火のペースに乗せられる荒我。こうやって、2人きりで話すのは久し振りのことだった。そう、あの麻鬼に敗北したあの日以来である。

「・・・まさか、緋花が『ブラックウィザード』の捜査に関わっているとは思わなかったぜ」
「荒我・・・もしかして、あなたも『ブラックウィザード』のことを何か知ってるの!?」
「知ってるも何も、俺は昔居たスキルアウトを『ブラックウィザード』に潰されてんだよ」
「えっ!?」

荒我の意外な過去に、焔火は目を丸くさせる。焔火自身、荒我の過去については全くと言っていい程知らなかった。聞かないのだから当然ではあるのだが。

「・・・俺は救済委員になる前は、あるスキルアウトの一員だった。下っ端だったけど、それなりに満足していた。
だけど・・・去年の11月の終わりくらいにその生活はぶっ壊れた。『ブラックウィザード』のせいで」

去年の11月下旬、荒我が所属していたスキルアウトは『ブラックウィザード』によって潰された。まだ、『ブラックウィザード』が今のように巨大では無かった頃である。
理由は、『ブラックウィザード』が薦める“レベルが上がる”という違法ドラッグの売買を、荒我の所属するスキルアウトのトップが断ったから。
そのトップからすれば、当然の判断である。『ブラックウィザード』の薦めた薬を打った仲間の容態が急変したからである。
だが、『ブラックウィザード』はそれを敵対行為と見做し、そのスキルアウトは壊滅させられた。

「その場に居なかった俺は、運良く逃げ延びれたってことだろう。その後は、各地のスキルアウトを転々とする日々だった。
相性が悪かったり、無能力者狩りに襲われたりして中々腰を落ち着けることができなかった。そんな日々が1ヶ月近く経った12月の終わり頃に・・・斬山さんと出会った」

あるスキルアウトに馴染もうとしていた荒我達を、これまたある無能力者狩りグループが襲った。そのスキルアウトはほぼ全滅し、荒我も命の危機に直面した。
そんな時に現れたのが、斬山千寿。救済委員であった彼は、たった1人で無能力者狩り達を叩き潰した。
それ以来荒我は斬山の舎弟となり、同時に救済委員入りを果たす。

「斬山さんは、実はあの長点上機学園の生徒なんだぜ?」
「う、嘘!?あ、あの5本指に入る超名門校の!?前に何回か会った時は私服だったから、全然気付かなかった・・・」
「俺も、最初は信じられなかったぜ?だけど、あの人がちゃんと勉学にも励んでいるってんなら、舎弟である俺だって疎かにするわけにはいかねぇだろ?」

斬山が長点上機学園の生徒であることを知った荒我は、その日から一念発起して勉学に励んだ。
それまで学校をサボリまくっていた荒我だったが、必死に勉強した結果見事成瀬台高校への入学が叶った。
“為せば成る”。この言葉の意味を痛感した。だから、彼は今でも自分の在り方を拳一つで貫いている。
世の中には、不可能なことだって幾らでもある。でも、頑張り通せば可能なことだって幾らでもある筈だ。そう、荒我は考えている。

「“為せば成る”。俺は、この諺が大好きだ。結局、諦めたらそこでシメーなんだよな。だから、俺は諦めない。
もし、俺が諦めようとしても俺の体が勝手に動いてくれる。この掌で何かを掴めって・・・この拳で何かをぶっ壊せって・・・ずっと俺に伝えて来やがる。
そうやって・・・利壱と紫郎って言う舎弟も持つことができたしな」
「“握れば拳。開けば掌”か・・・」
「うん?何だ、それ?」

焔火が零した諺に反応する荒我。そんな彼に、焔火は説明する。今の荒我の在り方を示すように。

「“握れば拳。開けば掌”。手は、その人次第で何かを掴んだり壊したりできるでしょ?そうやって、物事というのは状況や当人の気持ち次第で色々変化するって意味よ」
「・・・・・・緋花って頭良かったんだ」
「し、失礼ね!!じゃ、じゃあ、どう思ってたのよ!?」
「・・・単純バカ?」
「ガクッ!!あ、荒我に言われるなんて・・・」

こう言っては何だが、一見馬鹿っぽい荒我に『単純バカ』と言われるのは予想以上に応えるものがあった。
これでも、焔火は学績に厳しいあの小川原高校付属中学校の生徒である。確かに、学績面は結構ギリギリだが、それでも普通レベル以上の学力は持っているのだ。

「成程な・・・。“握れば拳。開けば掌”か。気に入ったぜ!ようは、俺の拳にはまだまだ色んな可能性があるってことだな!!緋花!!ありがとよ!!」
「!!ど、どういたしまして・・・」

何やら上機嫌な荒我の笑顔に、焔火は怒気を削がれる。というより、思わずドキッ!としてしまったのだ。

「・・・なぁ、緋花」
「何?」
「・・・余り1人で背負い込むなよ?困った時はお互い様だぜ?」
「・・・・・・」

荒我は、界刺の言葉が気に掛かっていた。今の焔火の状態はヤバイ。そう、あの“変人”は断じたのだ。そして、荒我は界刺の言葉に何故か説得力を感じてしまっていた。

「・・・・・・」
「・・・フン!!」
「キャッ!!?」

後ろから焔火にしがみ付かれていた荒我は、突如としてその身を水中へ沈める。もちろん、焔火ごとである。理由は、焔火の態度が気に入らなかったからである。

「(ゴボゴボ)・・・プハッ!!き、急に何するの・・・うぅ!?」
「こりゃ、言葉で言ってもわかんねぇようだから拳で伝えようと思っただけだ。さっき、緋花に教えて貰った“握れば拳。開けば掌”ってヤツだ」
「痛たたたたたっっ!!!」

体勢的にはこうだ。焔火の背後に回った荒我が、彼女の鎖骨付近の高さに左腕を回してがっちりホールドを行い、右の拳で焔火の頭のてっぺんをグリグリしているのだ。
ちなみに、ホールドしている左腕が焔火の胸の上部に当たっているが、荒我は気付かない。逆に焔火は気付いているので、顔を真っ赤にしながら抗議する。

「ちょっ!?あ、荒我!!痛い!痛いってば!!」
「だったら、『荒我拳様。私焔火緋花は、貴方様に頼ることを誓います』って言え!!!そしたら、止めてやる!!」
「なっ!!?だ、誰がそんなこっ恥ずかしいことを言うも・・・痛たたたたたっ!!!」
「俺の拳の硬さを舐めんなよ?フッ、俺もいいことを思い付いたもんだぜ。うだうだ言ってる暇があるなら、さっさと緋花から言質を取ればいいだけの話だ。
偶には、あの“変人”を真似るのも悪く無ぇ。これも、俺の拳が語る可能性の1つってヤツか。いや~、楽しいぜ」
「(あ、荒我の奴!!絶対に楽しんでる!!く、くそっ!!ここじゃあ電撃も使えないし!!)」

涙目になりながらも耐える焔火だが、我慢にも限界はある。そして、5分後・・・






「わ、私焔火緋花は・・・あ、荒我拳に頼ることを・・・ち、誓います」
「よ~し!!それじゃあ、解放してやるぜ!!」

無理矢理誓わされた焔火は、憮然とした表情で荒我を睨み付ける。

「も、もぅ!!強引なんだから!!」
「だってよぉ、お前が全然素直になんねぇし。これくらい荒くねぇとな」

対する荒我は余裕の態度で対応する。やはり、荒我の方が年上なだけあって、こういう時は態度に差が表れる。

「俺には何でも相談しろよ!お前の泣き顔なんて腐る程見てんだし!!」
「バ、バカ言ってんじゃ無いわよ!!あなたが私の泣き顔を見たことなんて、1回しか無いでしょうが!!」
「・・・あの1回で十分だよ。俺は・・・お前の泣き顔なんてもう見たく無ぇ」
「!!!」

何時の間にか、荒我の顔付きが真剣なものになる。それに気付いた焔火に、荒我は近付いて行く。

「俺には、お前が風紀委員として悩んでいることの重さってのは正直理解できねぇ。だけど、お前の話くらいなら聞いてやることはできる」

荒我と焔火の距離が縮まる。

「俺なんかじゃ、全然頼りになんねぇかもしれねぇ。お前の力になってやることはできねぇかもしんねぇ」

荒我の両腕が、焔火の両肩を掴む。“拳”では無く“掌”で優しく、しかし力強く掴む。

「それでも・・・俺はお前の悲しむ姿なんてのは見たく無ぇ。こういう時は、自分の力不足ってのを痛感するぜ・・・!!」
「・・・そんなこと無いよ」

焔火が抱く苦しみを担ぐことができない荒我は、己の非力さに歯噛みする。だが、焔火はそう思わない。
だって、こんなにも自分のことを考えてくれる存在が居るってことがわかったから。

「荒我は・・・荒我は私を思ってくれてる。さっきの誓いだって・・・本当は嬉しかったんだよ?荒我の気持ちが、私の心にまで伝わって来たよ?」

焔火は、強い発声を心掛ける。そうすることで、自分の思いを目の前の男に少しでも強く伝わるように。

「緋花・・・」
「荒我は強いよ。私よりずっと!・・・そんなあなたが羨ましい。私に無い強さを持つあなたが・・・居てくれる、傍に居てくれる、頼らせてくれる!!そんな存在を持てて・・・私は幸せ者だよ」

荒我の胸に焔火は顔を埋める。荒我の心に訴えるかのような行動の後に、焔火はある言葉を発する。

「実は・・・もう他人には頼らないって考えてたの。ゆかりっちやリーダーにも。私の自分勝手で、色んな人達に迷惑を掛けた。だから、もう頼らない。
自分が成長するためにも、自分1人の力で何とかしないとって・・・そう思ってた。・・・なのに・・・何でこんなにも頼りたくなっちゃうんだろ?」
「・・・・・・」
「・・・でも・・・それでもいいの?あなたに・・・迷惑を掛けちゃうかもしれないんだよ?」
「問題無ぇよ」
「こんな力不足で身勝手な私を・・・あなたは頼らせてくれるの?」
「いいぜ?」
「・・・愚痴とか弱音とか一杯言っちゃうよ?」
「おう!」
「荒我・・・いえ・・・拳。私は・・・あ、あな、貴方に・・・貴方の傍に・・・居てもいい?」
「あぁ!!」

荒我の力強い応答に、焔火は胸が震える。こんなみっともない自分を受け入れてくれる・・・そんな男性(ひと)の存在に。
肉親でも友達でも無い。それ以外の、でも大事な他者(ひと)。その存在が、焔火の心に確と根付く。

「緋花・・・」
「拳・・・」


埋めていた顔を上げる。そのすぐ近くには、真剣な表情をした荒我の顔があった。見つめ合う2人。その距離が・・・縮まる。

continue…?

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最終更新:2012年08月19日 14:11