“ゲコ太マン”の檄を受けた幼子達にボッコボコにされている“カワズ”は、心中でこう思った。
「(な、何でこんな流れになってんだっけ・・・?)」
そもそもの話、『ゲコ太マンと愉快なカエル達』はボランティアとしてこの第19学区を来訪したのである。
目的は『置き去り』の幼子達を元気付けるため。これは、
ゲコ太マスク・免力強也・
盛富士泰山が企画したモノであった。
この3人は、学業などの合間をぬって『置き去り』の施設にボランティアに訪れており(免力は盛富士の付き添いとして)、それが3人の出会いでもあった。
しかも、免力と盛富士が仲場の後輩であり、仲場自身も2人を可愛がっていることもあってすぐに意気投合した。だが、そんな彼等にある悲しい情報が知らされる。
『・・・取り壊し・・・ですか?』
それは、何回か訪問していた『置き去り』の施設『太陽の園』の取り壊し。
第4学区に近い森林に覆われている比較的高地に建設された『太陽の園』は個人経営であり、学園都市から下りる補助金と施設主の財力だけで賄って来た。
施設としては中型~大型の間で、学校兼寝泊り施設の性質を持ち合わせていた。ここに居る『置き去り』は幼稚園~小学生の年代ばかりであり、人数も数百名存在した。
初めは、再開発の失敗により地価が割安なのを狙いとして『太陽の園』を建設した。だが、失敗の綻びは年月を経るごとに予想以上の皺寄せを齎した。
食べ盛りの子供達のために大量の食材等を買いに行く時も、一々第19学区を出なければならなかった。彼等の食事所を賄う程の食品会社は、第19学区には存在しなかった。
自分達で食物栽培するのにも、その原材料を他学区にある店に頼らなければならない以上、運送費・燃費等が余計にかさむ。
その上、当初の想定以上に『置き去り』の子供達が施設に入学した。これは、子供達を見捨てられない施設主の個人的感情が大きな理由であったが、結果として財政を圧迫した。
借金もして何とか経営を続けて来たが、それももう限界。だが、子供達を路頭に迷わせるわけにはいかない。苦悶の日々。そこに、救いの手が差し伸べられた。
『ンフッ。あなたの苦労、私も身に染みてわかります。私も『置き去り』だったので。ですから、あなたの意思を私に、私達に引き継がせて頂けませんか?』
それは、土地及び施設を買い取りたいという申し出であった。目的は、『「置き去り」の保護』。
直接対面し交渉した相手は、およそ20歳前後の麗しき女性であった。元『置き去り』らしく、その手の情報にすごく詳しかった。『置き去り』を取り巻く劣悪な環境も。
買い取る金額は、施設主の想定以上のモノであった。これなら、借金さえも完済できる金額。施設主自身が老齢だったこともあり、誰かに引き継いで貰いたいという思いもあった。
何回か交渉する間に麗しき女性に対する信頼度は上がり、遂に施設主は売却の決断をする。
『だったら、拙者達の力で子供達を元気付けてあげようではござらんか!!』
売却に伴う『太陽の園』の改築のために、一時的に施設に居た子供達はちりじりとなる。今までお世話になった『太陽の園』、そして友達との(一時的な)別れ。
子供達の心には、多少以上の動揺が広がった。それは無理も無いこと。親が蒸発し、頼って来た大人や学び舎が無くなるのだ。
だから、ゲコ太達は子供達の心を元気付けようと何らかの催し物を行おうと決めた。その情報が啄に伝わり、結果として『ゲコ太マンと愉快なカエル達』が結成された。
『風紀委員・・・か。それもいいだろう!!お前達を、『ゲコ太マンと愉快なカエル達』の一員として迎えてやろう!!!』
『な、何でここに界刺先輩が!!?』
『それはこっちの台詞だよ』
そんな折に出会ったのが成瀬台支部の単独行動組である。話を聞くと、免力と盛富士は押花と友人関係であり、押花の方からアクションがあったようだ。
時々『置き去り』の施設にボランティアに赴いている免力と盛富士ならば、何か有効性のある情報を持っているかもしれない。
そう押花は考え、結果として有効性のある情報を入手した。『太陽の園』の現状を知り、椎倉の決断の下彼等2人に協力を仰いだ。
本当なら、一般人の関与はなるべく避けなければならない。だが、『置き去り』の施設の周辺を『
ブラックウィザード』の人間がうろついている可能性は否定できない。
その中に、普段来訪していない人間がいきなり赴くのは不自然だ。だから、来訪している人間の力が要る。単独行動組に押花の参加が決まった瞬間であった。
が・・・さすがにそれが『ゲコ太マンと愉快なカエル達』であったことは、押花や椎倉にも予想ができなかった。
『あれが、お兄さんが言ってた筋肉ダルマに筋肉の裸王なんだ!!すっごく楽しそうな人達だね!!私も、あの人達のようにおっきくなりたいなぁ』
『寒村・・・』
『勇路・・・』
『『同士発見!!!』』
『
シンボル』や救済委員と、風紀委員とでは水と油の関係と見ても不思議では無い。そんな両者を繋ぎ合わせるのは、無論それ以外のメンバーである。
まずは、
春咲林檎。彼女は、以前に“カワズ”によって病院送りにされた時に成瀬台に居る筋肉の化物達の話をボコボコにした当人から聞かされていた。
背は低く、胸もペッタンコ。小学高学年レベルの身体である林檎は、筋肉ムッキムキの化物達にある種の憧憬を抱いていた。
故に、自分も彼等のように大きくなりたいと言葉に出した。出してしまった。その言葉を筋肉コンビが聞き逃す筈も無かった。
『・・・押花君。・・・僕達の目的は知ってるよね?』
『「太陽の園」の子供達を元気付けるために~、僕達は集まったんだよ~』
『そ、それは・・・』
『確かに、免力君や盛富士君の言う通りだね。僕達はお願いしている立場なんだし』
“変人”に目に物見せてやる気概を抱いていた押花としては、この場にあの男が居ることに些かの抵抗があった。
だが、免力と盛富士の言っていることはもっともだ。速見も言うように、こっちはお願いしてる身である。
自分達が風紀委員と悟られないように活動する手段も用意してくれた。なのに、それをぶち壊すような真似を自分はするのか?個人的な感情で?
それは・・・絶対に許されることでは無かった。自分達に与えられた職責を鑑みて。
『・・・ふぅ。そういうことか。・・・色んなモンが収束し始めてるな。こういう時は・・・逃がしちゃくれねぇか』
『『“カワズ”様?』』
『いや・・・何でもないよ。“ゲロゲロ”。あいつ等成瀬台支部の人間をよく見ておくといい。世界ってヤツは、俺だけじゃなくてお前も逃すつもりは無ぇみたいだぜ?』
『・・・・・・わかった』
成瀬台支部が何故ここに居るのか?何故『置き去り』の調査をしているのかに見当を付けた“カワズ”は、傍らに居る風路に声を掛ける。
対する風路も、成瀬台支部の人間を目に焼き付ける。あの男達が、果たして自分が信じるに値する人間なのか。その答えは、彼自身が見出さなければならない。
これ等紆余曲折を経て、成瀬台支部を加えた『ゲコ太マンと愉快なカエル達』は『太陽の園』へと向かった。
「(・・・たく、本当に面倒臭ぇ)」
指導が一旦終了しボロボロになっている“カワズ”は、心中で愚痴を零す。この流れだと、否応無しに『ブラックウィザード』の件に巻き込まれる公算が大だった。
「(風路の件で準備し始めてるけど、そこまで本格的に関わるつもりは無かったんだがな。折角ハバラッチや加賀美へのアドバイスだって、限定的なモノにしたってのに。
だから、“3条件”も突き付けて“線引き”をキッチリしたんだし、破輩に言った『事実』も真刺達次第っていう縛りを付けたのに。
サーヤに関しては、気が向いたら個人的に助力するつもりだったけど。・・・こうなったら、色んな意味で本気になって考えないといけねぇな)」
“カワズ”が懸念しているのは、“線引き”があやふやになること。風紀委員である意味を、“カワズ”は当人達以上に考えていた。
「(『シンボル』は、あくまでボランティアでしか無い。だから、“3条件”とかを突き付けて正式な治安組織であるあいつ等の反感を買ったってのに。
これじゃ、元の木阿弥になりかねない。風紀委員であるという矜持を、俺は否定するつもりは無い。
時と場合によってはその優先順位は変動するかもしんねぇけど。だが、変動したのならそれはいずれ戻さないといけねぇ。
そこら辺のことを、一部の風紀委員ができなくなってくる可能性がある。俺達が関われば関わる程あいつ等の心中にその辺の危うさが生まれる。
別に、俺はあいつ等と優劣を競い合うために“3条件”を突き付けたわけじゃ無ぇし。風紀委員てのは、もちっと自分ってヤツを保持できていると思ってたんだがな。
俺達が成瀬台支部と同行することは、すぐにでも椎倉先輩達に伝えただろう。・・・俺達の動きに影響され過ぎているきらいがあるな。
現状だと悪い意味の方が上回ってるかな?偶然風路が俺を訪ねて来たのも、それに拍車を掛けてるな。・・・やり過ぎたか?・・・・・・ハァ。
相対評価に気を取られ過ぎたっつーの。そう仕向けたのは俺だけど、もっとガンガン反発して来いっての。
ちったぁ、あの病室で俺に負けないって零した鉄枷の野郎とか俺に屈さないって断言した鈴音とかを見習えってんだ。依存しまくりのヒバンナの二の舞になってんじゃ無ぇよ)」
重徳事変、救済委員事件、そして『ブラックウィザード』の件。いずれにも『シンボル』が大きく関わったために生まれた、それは歪み。
「(・・・この件が片付いたら、しばらく『シンボル』の活動は休止した方がよさそうだ。いい加減、風紀委員が俺達に大きく影響される関係を断ち切らねぇと。
あいつ等がしっかりしてりゃあこんなことをしなくてもよかったんだけど。まぁ、内通者が居る時点で行動を読まれない意味から部外者の俺を頼りたくなる気持ちはわかるけど。
獅子身中の虫・・・か。ちょっぴり同情するぜ。だけど、このままだと『シンボル』が面倒臭い所に目を付けられる・・・いや、もう付けられている可能性もある。
その辺りの確認も込めて、最新の情報を掴むために一度
情報販売の所に行く必要があるな。あいつからブン捕れるモンはブン捕っておかないと。
どうせ、もうちょっとしたら清廉さんの所に行かないといけなかったし。その時にあいつに会いに行こうか)」
今後の『シンボル』の活動、そして、現在の状況を総合的に判断して思考を纏めて行く。
「(この分だと、あの殺人鬼とも本当にぶつかる羽目になる可能性が高いな。野郎も『ブラックウィザード』を潰すために追っているからな。
だが、網枷が健在な所を見ると野郎も本拠地を見付けられて無いんだ。俺も風路の件でいずれ本拠地を見付け出して殴り込みを掛ける可能性がある。
その場に殺人鬼が居て・・・風紀委員や警備員も居て・・・『置き去り』や一般人を用いた“手駒達”も居て・・・・・・・・・まてよ)」
故に、気付いた。自分が想定する戦場で、誰がどのような行動に出るか。その中でも“風紀委員や警備員にとって”最悪の可能性を。
「(・・・有り得るな。つーか、それに似たような展開は十分にある。昨日のヒバンナ達の暴走・・・網枷・・・“手駒達”の『中身』・・・そして東雲の思考を考えると。
俺も正直殺人鬼を相手にするので手一杯になるだろうし、何より敵を殺す気満々の『本気』だろうからな。清廉さんに依頼した件だって、完全に効力を発揮する保証は無い。
一般人に表立った実害が出ていない現状が続くと仮定をする。この条件の下、風紀委員達が全く知らねぇ『置き去り』や一般人ならギリギリ止む無しって思考ができるかもしんねぇ。
けど、顔見知りもしくは表立った実害が出たらそれこそ連中は退くに退けなくなる。そこを東雲が容赦無く突いて来るかもしんねぇ!!仲間の反対を押し切ってでも!!)」
仲間であっても自分に害を及ぼすなら切り捨てる“弧皇”は、仲間である『者達』を平然と使い潰すこともできる筈だ。『できる』とは、すなわち取れる手段が増えるということ。
「(考えを纏める。“風紀委員や警備員にとって”最悪の可能性。つまり、『そいつ等が殺人鬼に殺されるよう』に東雲が自身に及ぶ危険性を上げても仕向ける可能性はある・・・!!
その場合、風紀委員達は“敵を助けるため”に手を出さざるを得ない。どうせ、役割分担とでも言って連中の一部は最優先の『
東雲真慈討伐』をほっぽり出してでも動くだろう。
手を出す相手としては、言うまでも無く殺人鬼と・・・敵を殺しに掛かる『本気』の俺!!俺に殺される可能性を自分達の手で作り出しやがるってことだ!!・・・くそっ!!)」
正直な話、そんな可能性は考えたくない。だが、戦場とは冷酷無慈悲な世界であることを、“変人”は十二分に知り尽くしていた。
「(チッ・・・そうなったら命の危険を齎してでも、あいつと殺り合いながらでも俺の手で“手駒達”や風紀委員達をぶっ潰すしかねぇんだよな。
じゃねぇと、あいつ等が死ぬ。殺人鬼が自分に刃向かう人間相手に手を抜く理由なんて普通は無い。
話を聞く限り、野郎は仕事の邪魔にならなくなった人間に追い討ちを掛けるような快楽殺人者じゃ無ぇ。そこを突けば・・・何とかなるか?
“3条件”があるから別の意味で表面上は何とかなるだろうけど・・・う~ん。でも、あいつ相手に『本気』じゃ無いってのは有り得ねぇ。
俺の『本気』・・・『光学装飾』の“戦闘色<バトルモード>”・・・【閃苛絢爛の鏡界<せんかけんらんのきょうかい>】は必ず出す。出し惜しみしてたらこっちが殺される。
“雪”の【雪華紋様<せっかもんよう>】・・・“月”の【月譁紋様<げつがもんよう>】・・・“花”の【千花紋様<せんかもんよう>】・・・総じて【雪月花】。・・・1年以上振りだな)」
“閃光の英雄”足る証でもある【閃苛絢爛の鏡界】と、【鏡界】の真実足る【雪月花】。“猛獣”との死闘以降、1度も実戦で出したことが無い―出すことを恐れた―『光学装飾』の“戦闘色”。
欠陥が目立った当時に比べて、その力はいずれも進化している人を殺める力。“超近赤外線”完全習得の暁―今日中に習得完了予定―には更なる進化を遂げる
界刺得世の『本気』。
相性が大きいとは言え、まともに戦り合う+対象が【鏡界】内に居る限りあの176支部最強の実力を誇る“剣神”や
風輪学園第2位に座す“風嵐烈女<ふうらんれつじょ>”、
救済委員事件で不動・水楯・仮屋の3名を相手取った“花盛の宙姫”をも仕留めることができる“絶望”の異界。
言い換えれば、彼等彼女等を殺すことができる程の力を持っていなければあの殺人鬼と渡り合うことなどできはしない。訪れる凄惨な戦渦を生き抜くことなどできはしない。
“英雄(ヒーロー)”は強く在らねばならない。例え“英雄”が望まなくても、“英雄”が自身を“ヒーロー”だと捉えていなくても、 “求める者”が存在する限り『押し付けられる』。
風路にしろ葉原にしろ他の者にしろ、“英雄”を辞めている状態にも関わらず彼を頼っている。否、“ヒーロー”として彼を見ている。もし、これが“英雄”健在であったならば・・・。
故に、“閃光の英雄”は“英雄”を辞めた・・・一面もある。“求める者”自身の自己否定に繋がる恐れがあるから。何より・・・人を殺めてしまう力を好き好んで使いたく無い。
この苦悩を“求める者”が理解するのは困難である。理由は言うまでも無い。敢えて言うなら・・・“求めた”時点で理解を放棄しているが故に。苦悩を無視しているが故に。
『頼む!!アンタの力を俺に貸してくれ!!!俺の・・・俺の妹、
風路鏡子を「ブラックウィザード」から助け出して欲しいんだ!!!!!』
『だったら・・・あなたしかいない!!私が縋れるのは・・・結果を出し続けている「シンボル」のリーダー、界刺得世しかいない!!』
『でも・・・こんなことをお願いできるのは、お兄さんしかいないんだ・・・。あたしの性根を叩き直して欲しいんだ』
要求は幾らでも突き付ける。“求める者”が抱く譲れないモノを無遠慮に、際限無く。
『俺が何のために大金を払ってまで情報を買ったと思ってんだ!!!』
『あなたは・・・とても恐ろしい人でもありますね』
『見てたんなら少しくらい助けてくれたっていいのに』
文句は幾らでも言う。“求める者”が抱く思い通りにならないのなら、際限無く。この“英雄(ヒーロー)”が背負わされる哀しき宿命を、“一般人”は中々わかろうとしない。
『“英雄(ヒーロー)”の方が“一般人”の想いや苦悩をわかろうとしない』と反論するのかもしれない。だが、物事はおよそ表裏一体である。表があれば裏もある。有り得るのだ。
「(ふぅ・・・その過程で殺し屋の牙が風紀委員達にも向く。幾ら椎倉先輩の命令つっても、あの可能性なら絶対に風紀委員達は立ち塞がる。そしたら、ジ・エンドだ。
あいつ等が野垂れ死にようが無様な死を遂げようが極論を言えばどうでもいいんだけど、俺の真ん前でそれを何度も見せられたら後味が悪いっつーの。できるだけ抑えないと・・・。
もしかしたら、俺って風紀委員達のために働く一番の功労者じゃね?綺麗事しか言わねぇ連中には、絶対に理解して貰えないだろうけど)」
かもしれない。但し、その労力を絶対にわかって貰えない所か、恨みを持たれてしまう可能性が大なのが頭の痛い所。
「(どうせ、口で言ってもわかんねぇだろうし。まぁ、普通の人間の思考ならあいつ等が取るだろう行動の方が正しいんだろうな。でも、戦場で普通は通用しない場合がある。
かといって、あいつ等を・・・なぁ。・・・今から『殺そうとする一瞬手前でずらす』イメージトレーニングでもしとこうかな?それを『本気』の時に反映できるように励むか。
そうならない可能性ももちろんあるけど、そこら辺まで想定しとかないといざって時に動けなくなる。
本当に余計な面倒事を持って来るぜ、風紀委員。・・・こうなりゃ、それさえも利用してクッキリ“線引き”を引き直してやるか!!
俺のためにが前提だけど、あいつ等のためにもキバるか!!反発する気力を力尽くで引っ張り出してやる!!相当な痛み付きでな!!後は・・・あいつ等次第か)」
“カワズ”は来るべき刻に備えて、様々な思考を張り巡らして行く。自分を含めた誰もが痛い目を見ることになるかもしれない戦場に思いを馳せ、只管考える。
今の彼には楽観的な観測など存在しない。あるのは、生き残りを懸けるに値する可能性を見出すこと。自分の信念を貫くために、絶対に後悔しないために、碧髪の男は考え続ける。
「はい、固地君。あ~ん」
「・・・・・・」
ここは、『マリンウォール』にあるレストラン街の一角にあるハンバーガーショップ。近くにあるテーブルに座って昼食を取っているのは固地と立川。
もちろん、固地は無理矢理連れて来られたのである。固地の予定は、彼女のせいで全部狂いっ放しである。
「(くそっ!雅艶達と緊密に連絡を取り合わなければならないのに、俺は何故こんな所に・・・)」
「スキ有り!」
「ハムッ!?」
考え事に集中していた固地にスキを見た立川が、手に持っていたフライドポテトを彼の口に放り込む。
『マリンウォール』に泳ぎに誘ったのは立川である。早朝に『固地君!遊ぼっ!』と言って固地の部屋に訪ねて来たのだ。
「フフフ」
「・・・・・・(ムシャムシャ)」
「・・・怒ってる?」
「・・・別に。お前の能天気な顔を見てると、怒る気も失せる」
「ひっど~い!!」
膨れっ面をする立川に、固地は溜息を吐くだけに留める。彼女が自分のために動いてくれていることがわかっているために。
「固地君って、気が利くのか気が利かないのかよくわかんないよね。さっきも『私の水着・・・似合ってる?』って聞いたら、『どうでもいい』って返事だったし」
「私生活まで気を張ってどうするんだ?オン・オフの切り替えはきちんとしないと、それこそ体が持たないぞ?」
「つまり、固地君は紛れも無いズボラだってことだね」
「・・・・・・」
よくもまぁ、ここまでツッコミを入れてくるものだと固地は感心してしまう。彼女と知り合ってから、自分も少し変わって来たように感じてしまっている程に。
「フフフ。でも、よかったよ」
「何がだ?」
「固地君が元気そうで。だって、図書館で会った時の固地君の顔色って余り良くなかったし」
「・・・!!」
「休暇を取らされたって聞いた時は、そんなにヤバイんだって心配したんだから」
「・・・そうか。心配掛けたな」
「ううん!私にできることがあるなら、少しでも力になりたいなって私自身が思ってやってるだけのことだもん!
友達が殆ど居なさそうな固地君の力になってあげられるのは、国鳥ヶ原だと私くらいだし!」
立川という少女は、国鳥ヶ原では『物凄い度胸のある善人』だと思われている。その理由は、持ち得る特殊な力が起因となっている。
その力に名称は無い。何故なら、彼女は如何なる科学的な検査でもっても何の能力さえも検出できない、『正真正銘の無能力者』であるからだ。
その正体は、『龍脈を流れる世界の力を取り込み生命力にする能力』。世界の力は能力者の体内で生命力に変換される為無尽蔵の生命力を持つ。
つまり、彼女は事実上の不老不死となっている。立川自身は『不可思議』と名付けているが、所謂無自覚の原石である。
そのために、『自分が傷つくことへの恐怖』という感情が著しく欠如しており、一般人なら怯んでしまうような事態でも物怖じせずにどんどん行動できる。
逆に言えば、自分の身を省みないということと直結しており、客観的に見れば結構危ない状態であった。
「固地君がズバズバ突っ込んでくれるから、私も少しずつ考えるようになったし。猪突猛進の弊害っていうか、後先考えない行動が齎すモノとかにも気付けたし」
「俺は、お前の行動が余りにもツッコミ所が多過ぎたから、気に入らなくてモノを申しただけだ。別にお前のためにやったわけじゃあ・・・」
「そのせいで、『善人』として周囲から評価を受けていた私に妬みを持っていた人達の視線が固地君に集まった。
辛辣な言葉を浴びせられる私にスッキリしていた人間達を、あなたは次々に検挙や補導をしていった。
表面的には国鳥ヶ原支部主導で行ったことになってるけど、あなたが中心に居たのは目に見えていた。だから、彼等の視線は何時の間にか私じゃ無くて固地君に行っちゃった」
「連中は不良共だ。奴等が問題を起こせば、対処するのは普通のことだろ?本当は、国鳥ヶ原支部の風紀委員が率先してしなければならない仕事だぞ?
俺は178支部の風紀委員だ。管轄外で行動すると挑発込みで言ってるのも、その管轄の風紀委員を奮い立たせるためだ」
「・・・それでも、私は固地君に感謝してるの。あのままだと、私の身に何か不幸が降り掛かったかもしれない。そんな可能性を排除どころか背負ってくれたのは固地君よ。
“『悪鬼』”なんて言われてても、私にとって固地君は恩人だもん。だから、私は色々考えた上でこうして固地君を遊びに誘ってるんだよ?」
もしかしたら、目の前の男には特段の理由は無かったのかもしれない。単に不良を検挙できる理由として、自分を利用しただけなのかもしれない。
でも、それが己に齎したモノは想像以上に大きかった。彼が、何故自分に辛辣な言葉を吐くのかを考えるようになった。自分の行動に疑問を持つようになった。
そして、理解した。自身の行動に潜んでいた危うさに。そして、気付いた。『善人』に嫉妬の視線を送っていた人間が、“『悪鬼』”にその視線を変更していたことに。
「・・・ふぅ。お前は紛れも無い『善人』だ。俺が認めるくらいにな」
「・・・固地君だってそうじゃないの?」
「違うな。俺は『善人』じゃ無い。どちらかと言えば、『悪人』に近い部類の人間だ」
「・・・何でそんなことを言うの?・・・悪ぶって・・・カッコつけたりしてるの?」
「俺のことは俺が一番良く理解している。その俺がそう判断しているんだ。こんなことでカッコつけてどうする?それで、俺に一体何の得がある?」
「・・・無いね。・・・・・・私は、固地君の味方だから。『悪人』に近付くことをわかっていながら迷い無く進むあなたを、私は絶対に見捨てないから」
この男の心中は、今をもって計り知れない。だからこそ、わかろうとする努力を怠ってはいけない。
こんな面倒臭い人間は、今まで出会ったことが無い。周囲の人間は、何時も自分に好意的な視線や言葉を向けてくれた。心を開いてくれた。
それが原因で敵を作っていたようだが、そんな人間まで彼女は理解しようとする。底無しの『善人』であるが故に。
『後先考えずに唯見過ごせないという理由だけで突っ込むとは・・・とんだ愚か者が居たモンだ。ハーハハハッ!!』
固地債鬼は敵では無い。友人、恩人の類だ。だが、彼は未だにその心の奥底を自分に見せようとしない。自分も、理解するのにかなり手間取っている。
本来なら、彼のことなんか放っておけばいいのかもしれない。普通に接して、普通に話す。それだけでいいのかもしれない。
しかし、
立川奈枯はそう判断しなかった。むしろ、絶対に理解してやろうとさえ思ってしまった。自分とは違う危うさを持つ彼を・・・放っておけなかった。
「さっさと見捨てた方がお前のためだぞ?何回も言ってるがな」
「嫌。絶対に見捨てない。あなたを・・・絶対に理解してみせる。その在り方に納得できなかったとしても」
「・・・加賀美並のしつこさだな」
「・・・加賀美さんも?」
「あぁ。あいつも、俺にどれだけキツイ言葉を浴びせられても必死に喰らい付いて来た。どうやら、俺はしつこ過ぎる人間を苦手としているらしいな」
「・・・・・・そうか。加賀美さんもか・・・」
「ん?どうした?」
立川の声が小さくなったのを不審がる固地。対する立川は、何やら決心めいた何かを心中で図ったようで・・・
「固地君。そういう人間・・・つまり私や加賀美さんは大事にしなきゃいけないよ?」
「・・・何故だ?」
「あなたを理解しようとしてくれる人間を、1人でも多く作らないと!それはきっと、あなたのためにもなると思うから!だから・・・指切り!」
「んっ!?」
立川が、無理矢理固地の小指と自分の小指を絡め合う。
「約束だからね?この指を切ったら、絶対に守らないといけないよ?」
「だったら、切らない」
「何をぉ~?む~!!」
「フン!!」
「・・・つ、強いね、指の力」
「鍛えてるからな」
固地の抵抗を受けて、指を切れない立川。並外れた意地の強さは、さすが固地と言った所か。・・・素直になれないだけとも言えるが。
「・・・ハァ、ハァ。く、くそ~」
「さっさと諦めた方が身のためだぞ?」
「だ、誰が諦めるモンか~!」
「だが、どうする?お前の力では、俺の力には勝てんぞ?」
「・・・・・・だったら・・・・・・おりゃあ!!(ヌオッ)」
「うおっ!?」
どうしても指切りをしたい立川が、身を乗り出した後に固地目掛けて頭突きを敢行した。だが、それは固地の咄嗟の反応にてかわされる。
「うっ!?」
「甘い。お前の頭突きなど・・・」
「・・・・・・」
かわされた側の立川の顔が、固地の右肩に乗る。彼女の吐息が、固地の耳朶を擽る。頬と頬がくっ付く程に接近している。
「・・・・・・何故止まってる?早く俺の肩から・・・」
「・・・・・・固地君を尾行してる人が居るでしょ?」
「!!?」
固地は驚きの視線を立川に向ける。顔色にまで表さなかったものの、体が触れ合っている立川にとっては固地が一瞬震えたのを見逃す筈も無かった。
「・・・人の流れとかがわかるみたいな力が私にあるのは固地君も知ってるよね?」
「あぁ。それが、勘レベルだとも聞いてるがな」
「そうだね。・・・その勘っていうか感覚みたいなのに集中してみたんだ。昨日もだったけど、私と遊んでいても固地君って何処か緊張してたよね?」
「・・・よく見てるな」
「そりゃ、見てるよ。・・・緊張してるってことは何か理由がある。その理由を昨日1晩考えて、もしかしてと思って今日は私の感覚を頼ってみたの。
私にできることは限られているし。・・・どうやらアタリだったみたいだけど」
立川の『不可思議』・・・その力の副産物として、世界の力を取り込んでいる龍脈の状態がわかるため、彼女には人の流れが分かるという副次的な効果が備わっている。
普段では勘レベルでしか無いソレは、彼女が集中する時に限ってそのレベルを向上させる。
「プールの中だと、私が集中する姿も隠しやすいかなって思ったんだ。どうかな?」
「・・・だから、『マリンウォール』に俺を誘ったのか?そこまで考えてのことだったのか?」
「・・・うん」
固地は、自身の思いを打ち明ける少女の成長に目を瞠る。最初に会った時に比べて、彼女は確かに成長した。
そんな彼女が、自分の味方で居続けると言ってくれたことに・・・感謝する。心の底から。
「・・・心配を掛けたな」
「・・・お互い様だよ」
「・・・なら、俺とお前は対等というわけだな」
「えっ?」
「フン!!」
指切り。こうして話している間も絡めていた小指同士を、今度は固地の意思で切る。
「・・・!!!」
「いいだろう!お前との約束は必ず守る!俺なりのやり方でな!」
「固地君・・・!!」
「さて、お前を大事にしないといけないわけだし・・・。昼からは思いっ切り遊ぶとしようか!その調子では、お前も中々楽しめていなかっただろう?」
「で、でも・・・」
「俺が思いっ切り遊ぶと言ってるんだ!何か異論でもあるのか!?」
「・・・ううん!わかった!それじゃあ、思いっ切り遊ぼう!!」
「あぁ!」
そうして、固地と立川は昼食後にプールへ身を投じた。今度は、本気で遊ぶために。
彼女のおかげで本当の意味での休暇を得た固地は、その身に力を蓄える。『ブラックウィザード』へ対抗する力を。
「よぉ、戸隠。調子はどうだ?」
「に、西島さん。ど、どうしてここに・・・?」
「バイトだ、バイト。自販機にジュースを運ぶ仕事してんだよ。カカカ」
ここは、『マリンウォール』の一角にある自動販売機前。そこに居たのは、『ブラックウィザード』の戸隠と西島。
戸隠は固地の尾行で、西島はバイトで偶々『マリンウォール』に来ていた。
「な、成程」
「本当は、助っ人で呼んだ江刺の野郎とも一緒に来てんだけどさ。あいつ、携帯に電話が掛かって来た途端、どっかに行っちまった。おかげで、俺1人で力仕事をしてんだぜ?」
「そ、それは・・・ご愁傷様です」
「こうなったら、あいつに分けてやろうと思ってた金は無しだな。ついでに、ここに置いてくぜ。もし、野郎と会っても知らんぷりしとけよ?カカカ」
「・・・わ、わかった」
カラっとした笑いを零す西島と、気弱な人間を装う戸隠。『ブラックウィザード』として活動していない時は、普通のやり取りだってできる。
つまり、『ブラックウィザード』として活動する時は・・・
「お前がここに居るってこたぁ、“『悪鬼』”の野郎もここに?」
「う、うん。昨日居たクラスメイトと一緒に、思いっ切り遊んでる。今回もクラスメイトの少女に振り回されてるみたい」
「マジでデートかよ!?カァー、暢気なモンだぜ!・・・バレてねぇよな?」
「“手駒達”との戦闘記録から、“『悪鬼』”との距離はちゃんと取ってるし。ここは広いから、幾つかのポイントさえ抑えておけば頻繁に動き回る必要も無いし。
気取られるような真似はしていないつもりだよ?周囲にも気を払ってるしね」
「カカカ。そうかそうか。別に、お前の力を疑ってるわけじゃ無ぇんだよ。もうすぐ“決行”だからよ?俺も気が立ってるみてぇだ」
今回の“決行”作戦は、今後の『ブラックウィザード』に関わる重要任務である。
故に、その妨げになる可能性は極力排除ないし監視しておかなければならない。だからこそ、固地の監視に戸隠を起用しているのだ。
「そんじゃ、俺は行くわ。気ぃ付けろよ?」
「うん・・・。ありがと」
というやり取りの後、西島はジュースを積んだトラックに戻って行く。一方、戸隠は細心の注意を払って固地の監視を続行する。
「・・・どう思う?」
「『ブラックウィザード』の構成員か、単なる知り合いか・・・。例の『着衣品』は身に着けて無いんだろう?」
「あぁ。武器のようなモノも所持していなかった。やり取りを見る限り、偶然出会ったと見て間違い無い」
「・・・『多角透視』で読唇術は可能・・・では無いんだったな」
「いずれ身に着けてみせるが・・・今の所は無理だ。そもそも、読唇術を身に着けようと思い立ったのが数日前だったからな」
『マリンウォール』の外にある喫茶店でコーヒーを飲んでいるのは、救済委員の雅艶と麻鬼。彼等は、戸隠の尾行に勤しんでいた。
『多角透視』の監視範囲内は自身より半径1kmと広大なため、戸隠に気取られずに尾行・監視をすることができた。
「結局、戸隠は寮に戻らなかった。次に『多角透視』で捉えたのが、固地がクラスメイトに連れられて寮を出た数分後だった」
「『多角透視』の範囲外に居たから、捕捉が遅れた。・・・こちらに気付いている可能性は?」
「偶々か意図的なモノかは完全に判断できないが・・・可能性は低いと思う。だが、警戒しておくに越したことは無いな」
「だな。夜になれば峠も合流する。そうなれば、こちらに有利だ」
「・・・今日は夜の尾行はしないぞ?峠にも伝えたが」
「どうして?」
「眠い。かれこれ24時間以上眠ってないんだ。お前が考えている以上に、『多角透視』を多面的に維持し続けるのは重労働なんだぞ?」
「・・・なら仕方無いな。それに・・・俺も体がダルかった所だ」
「・・・先に俺に言わせたな?」
「何のことやら」
軽い応酬を繰り広げる雅艶と麻鬼の顔には、確かに疲労の色が見て取れた。この暑い時期である。体力の消耗は想像以上に激しい。
「・・・とにかく、奴が固地に張り付いている限りはこちらの目も行き届き易い。
本当なら、奴を峠の能力で空間移動させた後に俺達で『ブラックウィザード』の情報を吐かせてやりたいが・・・」
「固地曰く『替えは利く』だからな・・・。“手駒達”では無い者が固地の監視という危険な任務を負っている以上、そいつも自決する可能性がある・・・」
「そうなっては意味が無い。だから、奴が『ブラックウィザード』の活動場所に戻る時がチャンスだ。それを尾けて、連中の居場所を突き止める」
「わかった。それで行こう」
今後の方針を確認した2人は、見えない“目”で尾行者の監視を続ける。
尾行とは、様々なリスクを抱える。故に、強い覚悟を持つ者でしかこの任務を遂行することはできないのだ。
「江刺ちゃ~ん。久し振り♪」
「お、お久し振りっす・・・外野さん」
『マリンウォール』から少し離れたビルとビルの間にできた影で、江刺はもう1人のリーダーと久し振りの対面を果たす。
男の名は
外野道郎。『紫狼』の現リーダー。江刺は、『ブラックウィザード』と『紫狼』という2つのスキルアウトに所属しているのだ。
「ど、どうしたんすか?俺を呼び出して?」
「いやねェ~。最近は作戦もあって全然集まって無いじゃん?『ブラックウィザード』に見付かるわけにはいかねぇしィ」
「!!」
「だからさ、リーダーとしては気になるんだよなァ。皆、ちゃんと元気にやってるかってさァ~。
今回江刺ちゃんを呼んだのも、それが理由さァ~。電話掛けてみたら、偶々近くに居るってことだったからねェ~」
「そ、そうっすか・・・。な、何とか元気にやってますよ」
「そりゃ良かった。ウンウン」
江刺は、人に流されやすい性格である。故に、他人の薦めを断り切れなくて『ブラックウィザード』と『紫狼』の両方に所属してしまった。
当然、このことは双方のスキルアウトの他のメンバーは知らない。江刺自身もばれないように、組織によって服装を別々に変えて活動をしている。
しかし、内心ではそれが良くないことだと自覚しており、どうしようか日々悩んでいる。
最近では、この立場を利用して2つのスキルアウトの抗争を未然に防いでいたのだが、外野がリーダーとなってから彼の努力は全て水泡に帰した。
「・・・も、もういいっすか?」
「そうだねェ~。江刺ちゃんも自分のことで“忙しい”だろうしィ。急に呼び出してゴメンよォ~」
「!!べ、別にいいっすよ。そんじゃ、失礼します!」
「じゃあねェ~」
短い別れの挨拶を交わした後に、江刺は炎天下の中に身を晒して行く。その後姿を見送った外野は、近くの角に潜んでいる陰気な男に声を掛ける。
「でさァ~、どんな感じだったァ?」
「・・・クロだな。糸の振動を感じた限りは。『ブラックウィザード』及び“忙しい”という言葉が出た瞬間に、江刺の身体が震えた」
それは、漆黒のコートに身を包んだ長身の男・・・ウェイン。外野が個人的に雇った傭兵である。
「やっぱかァ~。幹部だった頃から、チョイ怪しいなァって思ってたんだよなァ~。江刺ちゃんは、何でか『ブラックウィザード』の情報に詳しかったからさァ」
「どうする?その気になれば・・・」
「今は、泳がせておいていいんじゃねェ?こっちの情報をバラしてなさそうな所から見ると、案外大したことじゃ無い理由かもしれねェ。
それに、そろそろウェインに対抗する作戦を敢行する頃合いだって早苗ちゃんや誇麓も言ってたしィ。それ関連で、江刺ちゃんを泳がせる意味はあるぜェ」
「大方、俺に対抗するための“手駒達”や装備の補充と言った所だろう。その動きを察知されたのか、風紀委員達も動いているみたいだしな」
「そういやァ・・・“仕掛け”てるんだっけェ?」
「あぁ。仕事を完遂するための確率は、上げておくに越したことは無い。アレは・・・格好の餌だ」
「偶然を利用する手際の良さには、ほとほと感心するぜェ~」
気色悪い笑みを浮かべながら賞賛の言葉を吐く外野に、ウェインは些かも動じない。何故なら、彼が今の雇い主なのだから。
「とにもかくにも、連中の本拠地を突き止めなければな。以前は糸を全て攻撃に回したのと、“手駒達”を玉砕の駒として俺に差し向けたがために尾けることが叶わなかったからな」
「“手駒達”の保管場所を優先的に潰したのも、そこに繋がる可能性が高いと判断したからだしねェ。早苗ちゃんと誇麓の作戦は、中々に的を射ているよねェ」
「あの女達には、その方面の才覚が眠っているようだ。俺からすれば、早苗も誇麓も外野(おまえ)も弱者であることに変わりは無いが」
「んなこたァわかってるって♪だから、俺はお前を雇ったんだし♪」
無表情を保ちながら辛辣な言葉を吐くウェインに、外野は些かも動じない。何故なら、自分が彼を雇っているのだから。
「だからさァ、期待してるぜェ~。ウェイン、お前の力ならあの『ブラックウィザード』だってブッ潰せる。風紀委員や警備員だって目じゃ無ェ。
俺は・・・お前の力を信じてる。お前の力だけを信じてる。強者のお前を・・・心の底から信じてる。だから・・・縛りを解くぜ。
これから『ブラックウィザード』を潰すまでは、お前の好きなようにやりゃあいい。『本気』で潰せ。
何なら、俺も見たことが無ェ『蛋白靭帯』の“真価<アウトレイジ>”・・・【獅骸紘虐<しがいこうぎゃく>】でも使ったらいいぜェ。
どうせ、お前の存在は風紀委員や警備員に知られちまったんだし、戦闘もしちまった。もし、連中がお前の邪魔をするのなら・・・ブッ殺しても構わねェ。
但し、『紫狼』への余波は最小限に抑えろよ?こっちもこっちで、色んな工作してるんだからよ?」
「・・・信頼には結果で応えよう。まぁ、俺にとっては『紫狼』がどうなろうが知ったことでは無いがな。俺の雇い主は『紫狼』では無くお前なのだから」
「冷たいねェ~。まっ、仕事の範囲内でいいからよォ。なァ?」
「・・・善処しよう」
そうして、2人は影濃い道へと姿を消す。“怪物”の戒めは解かれた。今度この男と相見える時は・・・文字通りの死闘となるのは間違い無い。
continue!!
最終更新:2012年10月18日 23:11