「さて・・・気合い入れて行きますか!!網枷先輩は“遅れる”みたいだし」
時刻は午後7時40分。第7学区に隣接する第15学区の道路を、176支部の
焔火緋花は1人歩いていた。今日の捜査コースは第7学区でも西南であったために、作戦実行には都合が良かった。
しかも、今歩いているのは数日前に真面達と製作した独自コースに含まれていたため、迷うことも無かった・・・というか先輩から現場へ近付く経路を指示されていた。
そんな彼女は、10数分前に今回行動を共にする予定であった網枷から連絡を受けていた。その時のやり取りは以下の通り。
『もしもし。焔火か?』
『網枷先輩。今こっちに向かってるんですか?』
『それが、近隣で爆発事故が起きててな。成瀬台に駐在している警備員も応援に向かったりでバタバタしてるんだ。えっと・・・だから・・・』
『・・・クスッ。わーかりました。私1人で何とかしてみせますよ』
『すまん。言い出しっぺの癖に、肝心な時に・・・』
『き、気にしないで下さい!!仕方無いモノは仕方無いですよ!!』
『・・・1人で大丈夫か?』
『ちゃんと気を付けます!』
『・・・どうかな』
『あー!!信じてませんね!?私だって、今まで色々頑張って来たんですから!!今度こそ!!』
『・・・わかった。“ヒーロー”の言葉は信じないとな』
『ッッ!!!』
『焔火。“唯見て来ましただけじゃ駄目だ。掴める情報はしっかり掴まないと”。その上で・・・頑張れ。期待してる。・・・頼む』
『ゴクッ!・・・了解しました!!必ずや有益な情報を掴んで帰ります!!』
これは・・・もちろん網枷が成瀬台を離脱した後に焔火に連絡をしたモノである。
「こっちは1人。相手は・・・きっと多数。細心の注意を払わないと!」
取引現場までには、まだ少々の距離がある。焔火は、いよいよ現場に近付いて来たことも手伝って慎重な足取りで進んで行く。
その途上で、彼女の瞳に前方のバス停が映る。時間的にここに止まるとしたら、それは塾に通う生徒が使っている臨時バスだろう。
以前、固地の指示(+自発的意見)により1日で頭に叩き込む羽目になった学園都市中のバス停の場所及び時刻表。
当初は最終時刻だけを覚えていたが、中々進捗しない現状を鑑みて午後6時以降の時刻表全てを3日で覚えることとなり、焔火達は頭痛を抱えながらも懸命に覚え切った。
「(時間帯的に、もうすぐ臨時バスが来る。あぁ・・・あれで、殻衣ちゃんの気持ちがわかったような気がする。確かに地獄だわ~)」
当時の過酷さを思い出した焔火は、思わず背筋が震えたのを感じた。そんな過酷な指示を与えた先輩・・・
固地債鬼は現在休暇中である。
「(今頃何やってるんだろう、固地先輩?あの人のことだから、休暇なんてそっちのけで隠れて仕事してそうだけど。私への指導も有耶無耶になっちゃったなぁ・・・・・・・・・)」
悪辣非道な先輩が休暇に身を委ねている姿を、焔火は想像できなかった。そして、同時にこう思った。また・・・思ってしまった。『残念だ』・・・と。
「(・・・!!何で『残念だ』って今でも思っちゃうんだろう?私のせいで固地先輩に負担が掛かっていた一面はあると思う。迷惑を掛けていたのは間違いないのに・・・。
そりゃ、指導の仕方とか罵詈雑言とかにはムカついてるけど・・・。精神フルボッコにされて腹が立っているけど・・・。う~ん・・・)」
焔火は気付かない。それは、不安の表れなのだということを。“今”の自分が、果たして最善な行動を取れるのか?結果を出せるのか?間違わないでいられるか?
それ等無意識に浮かぶ不安を一蹴する存在が“風紀委員の『悪鬼』”であると自分自身が捉えていることに、本当は余裕が無い“成長途上”の少女は気が付かない。
プ~!!
それは、焔火の記憶通りにバス停へ到着した臨時バスのドアが開く音。その音を受けて我に返った焔火の目に・・・
「・・・・・・」
「えっ・・・?」
1人の少女・・・見覚えがあり過ぎる女性・・・焔火緋花の姉である
焔火朱花がバスから降りる姿が映った。
「あら?・・・。この歩幅と衝撃は・・・・・・焔火さん?」
「えっ?焔火ちゃんが近くに居るの?」
場所は変わって、同じ第15学区を178支部の面々はパトロールしていた。これは、真面達が独自に作った捜査範囲及びコースに沿って―多少捜査範囲を拡大しながら―のモノだった。
「みたい。・・・。直線距離的にはここから70m程離れているけど。・・・。歩く方向は、あっちの古びた倉庫街に向けて。・・・。周囲には176支部の人達は居ないみたい」
「ふ~ん。というか、『土砂人狼』の支配領域を展開したままだったの?確か、あのボロっちい倉庫街は2時間くらい前に一通り見て回ったけど誰も居なかったよね」
「これでも、日々研鑽を積んでいるんだよ?・・・。集中し出したのはさっきからだけど。・・・。それに、今は結構人が居るみたい」
「あぁ、ゴメン。・・・そういや、昨日の夜に焔火ちゃんがこの辺りのコースについて俺に携帯電話で質問して来たなあ。作成したコースから若干外れてるこの辺りをさ。
『何でこのコースのことを聞きたいの』って質問したけど、曖昧に濁されたなぁ」
「私達が共同で作ったコースに則って、昨日から178支部が第15学区で色々動いていることは伝えたの?」
「いや。それだと、支部単位の単独行動が形骸化しちゃうからね。・・・ということは、焔火ちゃんは単独行動をしてるってことなのかな?」
『土砂人狼』で近くに焔火が居ることを察知した殻衣に、真面は疑問をぶつける。
如何に支部単位の単独行動が認められているとは言え、個人の単独行動にはそれなりの制限がある。
「加賀美先輩に許可は取ってるんじゃないかな?・・・。アレだけ固地先輩に絞られたんだし」
「固地先輩・・・か」
「・・・慣れた?」
「・・・何に?」
「固地先輩が居ない178支部に」
「・・・・・・・・・何か慣れない」
「・・・私も」
「「ハァ・・・」」
殻衣と真面は、揃って溜息を吐く。当初は“風紀委員の『悪鬼』”が居ない開放感に包まれていた。ストレスも感じない。伸び伸びと動ける。
もう、あんな目の上のたんこぶなんて要らない。そのためにも、あの男が休暇中に何としてでも結果を出す。そう意気込んで捜査に望んだ。だが・・・
「・・・もしかしたら、心の何処かで固地先輩が不在なのに不安を覚えてるのかもしれないわ。・・・。正直認めたくないけど」
「・・・・・・あの人は仕事だけはできるからな。ま、まぁ、最近は失敗したりしてるけど」
「・・・それは私達も一緒。・・・。違う?」
「・・・ハァ。確かに」
結果を出そうと意気込んだ初日に、あの殺人鬼と出くわした。真面と浮草は、殺人鬼に対して何もできなかった。震えることしかできなかったも同然だった。
その後の調査でも、あの殺人鬼と出くわさないようにとビクビクしながら動いていた。憂鬱な気分を紛らわすために、仕事中でありながらも事あるごとに固地に対する愚痴や陰口を零していた。
そんな醜態を、今の178支部の面々は自覚しつつあった。現実から目を背けることに対する嫌悪感に、皆耐え切れなくなって来たのだ。
そして、同時にこう思った。『固地債鬼が居れば、状況や結果は変わったのだろうか』・・・と。
「もし、あの殺人鬼と出くわした時に隣に居たのが浮草先輩じゃ無くて固地先輩なら、結果は変わっていたのかもしれない。それは・・・どうしても思っちゃうことだね」
「176支部の神谷先輩や焔火ちゃんの行動を止められたかもしれないってこと?」
「・・・認めるのは悔しいけどね。固地先輩なら、あの高笑い付きで一喝してただろうから。そして、それに神谷先輩や焔火ちゃんは動きを止められた筈だから。
殺人鬼を見逃すという判断の善し悪しはともかく、冷静な判断をあの状況でも固地先輩は皆に示せたと・・・・・・お、おお、思・・・う」
真面は悔しいにも程がありながらも、癪に障るにも程がありながらも、本音を言えば仕事面でも認めたく無い、人間的にも大嫌いな先輩を認める。
自分は、あの域にまだ達していない。それを殺人鬼との邂逅、そして今の捜査の進捗状況で嫌という程思い知らされたから。
「真面君・・・」
「でもなぁ・・・あの人の罵詈雑言は何とかならないかなぁ?大量の仕事を課されるのはまだ我慢できるんだけど」
「・・・いっそのこと、罵詈雑言を封じるために実力行使してみる?」
「実力行使!?」
「固地先輩は、それこそ下剋上してリーダー格になったんだから私達も・・・」
「無理無理無理!!後でどんな仕返しがあるかわかったモンじゃ無い!!」
「それを恐れてたら、何時まで経っても固地先輩の罵詈雑言は収まらないよ?・・・。私達の方から固地先輩にぶつかって行かないと。・・・。逃げてちゃ駄目だよ」
真面が瞠目する中、殻衣は先輩の在り方と向き合う重要性を説く。自身、固地のせいでツッコミを放つまでに成長(?)したがために気付いた向き合うことの大事さ。
否、気付いていたにも関わらず固地を恐れて―真面の指摘通り―逃げていたことを少女は恥じる。
「・・・殻衣ちゃん1人でできるの?」
「それは自信無い・・・というか恐いね。・・・。だから、真面君と一緒に」
「それって巻き込むって言うんじゃないかな?」
「嫌いだから無視する。・・・。それも1つの方法。・・・。私もその方法を否定しない。・・・。でも、少なくとも固地先輩に対してはそれじゃ駄目だと思うの」
「・・・」
「あの人だって完璧じゃ無い。・・・。この前多くの女性にボコボコにされたのもそう。・・・。私達と同じなんだよ。・・・。だったら、私達にできない筈が無い」
「・・・あの人の悪い部分をズバっと指摘する・・・か。・・・それができたら痛快だろうな」
次第に、殻衣の言葉に乗せられて行く真面。彼も、内心では固地と真正面から向き合うことを避けていたのを自覚していたのかもしれない。
「痛快でしょ?・・・。真正面から固地先輩とぶつかる。・・・。きっと、あの人は逃げない。・・・。それこそ、認めた上で何倍にもして弾き返して来ると思う」
「文字通りの応酬か。・・・唯でさえ支部内であの人の大きな声は響くっていうのに、それ以上になるのか」
「陰口叩いていても、何も変えられない。・・・。私が変わったのも、固地先輩とまがりなりにもぶつかったから。・・・。腰が引けていても、何とかやり切ったから」
「別にあの人を好きになるわけじゃ無い。逆だ。気に入らないから、あの人を真正面から叩き潰す。今の実力だと弾き返されまくりだけど・・・」
「何時か・・・何時か固地先輩をぎゃふんと言わせる。・・・。正々堂々と。・・・。そのためにも、私達があの人から逃げてちゃいけないわ」
殻衣の言葉をじっくり咀嚼していく真面。その最中で、ふとあの“変人”の部屋で指摘されたことを思い出す。
『今後債鬼の在り方の弊害が出てくるかもなぁ。勘違いしちゃ駄目だよ?弊害ってのは、債鬼に現れるんじゃ無い。債鬼は、十二分にそれを「理解している」筈だし』
「(これが弊害か。つまり、固地先輩の態度で俺達が避けてしまうことも、不在に不安を抱くのも、仕事中に嫌味や陰口を叩くことも、それに嫌悪感を抱くのも全部先輩はわかってるのか。
浮草先輩も言ってたけど・・・それはそれですごくムカつくぜ・・・!!!)」
手の平の上で転がされる感覚は、“変人”の部屋で嫌という程痛感させられた。あんな感覚を今後も味わうくらいなら・・・
「・・・わかった。俺も逃げない。堂々とぶつかってやる!!あの人の悪い部分をズバっと指摘してやる!!あの人を信用するのも信用しないのも、全てはそれからだ!!
今は、仕事面だけは信じるに値すると判断しておいてやる!!現に、俺はあの殺人鬼との邂逅で全然冷静じゃいられなかったからね!!」
「随分偉そうに言うのね・・・真面君?」
「こんなの、日頃の固地先輩に比べたら月とスッポンだよ?何時か、あのムカつく仮面を剥がしてみせる!!よーし!!やるぞ、俺!!」
「フフッ。・・・。そうね・・・あの人とぶつかっていれば、否応無しに手は抜けないわ。・・・。私も頑張らないと」
固地の扱きを散々受けて来た後輩達は、今この瞬間から下剋上を狙うことを決めた。
陰口を叩くのでは無い。出し抜いてやろうというのでも無い。それができるような力が現在無いことは自分達が一番よく知っている。
だから、堂々と真正面から固地債鬼にぶつかる。力不足なりに逃げずに相対する。その上で結果を積み重ねるよう努力する。つい先日まで178支部に出向していた少女のように。
「・・・そういえば、さっきも思ったけど焔火ちゃんはここに何しに来たんだろう?」
「そうね。・・・。ちょっと電話してみようか」
出向中の少女の姿を思い浮かべたのを契機に、再び焔火の行動の目的が気になり出す2人。とりあえず、連絡を取るために殻衣が携帯電話を取り出すが・・・
「おかしい。・・・。コールは流れるのに出ない」
「携帯電話を忘れてたりとか?さすがに、それは幾ら焔火ちゃんでも・・・・・・・うん?俺の携帯が・・・浮草先輩からだ」
一向に電話に出ない焔火を不審に思う2人。とそこへ、真面の携帯電話が鳴り響く。画面には、浮草から掛かって来たことを意味するリーダーの名前が表示されていた。
とりあえず、真面は殻衣にも聞こえるようにスピーカーフォンモードへ変更した後に電話に出た。そこから聞こえて来たのは、動揺に動揺を重ねたリーダーの声。
「・・・ということだ!!俺に連絡をくれた鉄枷が居る159支部と花盛支部が、すぐに成瀬台に戻るよう急いでいる!!俺達もすぐに成瀬台に戻るぞ!!」
「「・・・!!!」」
浮草―傍には秋雪が居る―の切羽詰った説明に、真面と殻衣は呆然となる。こんな事態は、正直想定していなかった。
「真面!!返事は!!?」
「ハッ!!え、え~と、他の支部・・・176支部は!?」
「176支部!?おそらく、159支部の誰かが連絡を入れている筈だ!!それがどうしたんだ!!?」
「真面君・・・!!」
「・・・!!」
苛立つ浮草の言葉を受けて、真面と殻衣は先程電話が繋がらなかった焔火を頭に思い浮かべる。
今の彼女は、携帯電話を持っていないと考えられる。つまり、彼女にはこの状況が伝わっていない、伝わらないことを意味する。
それは何故か?真面は、またもや“変人”の言葉を思い出す。内通者が、よりにもよって彼女と同じ176支部の人間であったが故に。
『俺が敵方なら、まずはあの娘から篭絡する・・・というか潰す』
「(マ・・・マズイ!!マズイ!!!)」
途轍も無い危機感が真面を襲う。もし、『ブラックウィザード』が、
網枷双真がこの機に乗じて“変人”の警告通りに焔火緋花を篭絡しようと企んでいたとしたら?
最低でも彼女は人質となる。下手をすれば“手駒達”として利用される。最悪は・・・死。
昨日自分にこの辺りのことを質問して来たのは、彼女が『ブラックウィザード』にここへ誘き出されているためか?
殻衣の『土砂人狼』で調べる限りには、現在倉庫街には多くの人が集まっていると言う。この集まりの正体がもし・・・。だとしたら、事は一刻を争う。
「浮草先輩!!俺と殻衣ちゃんは戻れません!!」
「何だと!?それはどういう・・・!!?」
「先輩達は成瀬台へ早く向かって下さい!!そっちも一刻を争う事態です!!俺達は大丈夫ですから!!では!!」
「真面!!ちょっ・・・(ガチャ)」
成瀬台の状況も鑑みて、真面は独断する。自分の予測はもしかしたら外れているかもしれない。その場合、成瀬台の救援が遅れることで発生するモノはとても大きいかもしれない。
しかし、もし予測が当たっていれば焔火の命が危うい。ならば、ここは二手に分かれるべきだ。浮草に事情を説明しなかったのは、説明+議論=決断で浪費する時間が惜しかったからだ。
「真面君・・・!!」
「殻衣ちゃん!!すぐに、焔火ちゃんの足取りを追って!!事情はその途中で説明するから!!」
そして、これは無意識で思っていた“本当”の理由。簡潔に言えばこうだ。
『
浮草宙雄は頼りない。有事の際に様々且つ冷静な判断を下せず、あるいは下すのに時間が掛かる』・・・と。そんな私情を挟んでしまった真面の・・・致命的なミス。
焔火朱花が歩いて行く。その足取りは一見しっかりしてそうで、内実は何処か頼り無さげに見える。
彼女の近くには、朱花と似たような歩き方をする人間が数名居る。そんな人間達を、焔火は後方の物陰に隠れながら暗視機能付き小型望遠鏡を用いて観察していた。
この望遠鏡は、178支部の面々が色んな小道具を持って捜査に活かしていたことを参考にして、焔火自身が自前で用意したものである。
人通りの多い道ではこういう真似はできないが、夜の闇に紛れた上に人通りが殆ど無い道でなら周囲に気を払うという条件付きで可能。
以前に固地から突っ込まれた尾行の方法について、焔火なりに研究していたのだ。
「(お、落ち着け!!落ち着くのよ、私!!あの殺人鬼と邂逅した時のような“暴走”を、一昨日のような惨めな姿を晒すのは絶対に許されない!!)」
そんな焔火だが、自身の姉を発見した動揺から未だ回復できないでいた。何故なら、朱花が向かう先は自分が踏み込む予定の取引現場があったからだ。
「(ま、まさか・・・お姉ちゃんが薬物に手を!!?ま、まだそうと決まったわけじゃ無い!!というか、何でこんな所に・・・!!?
今日は“午後”から出るって言ってたけど、それはカラオケに行くって意味じゃ無かったの!!?・・・も、もしかして・・・今まで1人でカラオケに行っていたのは・・・嘘!?)」
一昨日の経験から何とか踏み止まってはいるものの、今の彼女は全く冷静では無かった。それは致し方無いこと。
愛する自分の姉が薬物に手を染めている可能性を見て、冷静さを保てる人間の方が圧倒的に少ないだろう。
「(ハッ!!そういえば、ここ最近のお姉ちゃんはずっとボーっとしてた!!それが、薬物の影響だったとしたら・・・!!?
う、嘘・・・だよね。そんなこと・・・無いよね!?お姉ちゃん・・・私・・・信じないから!!!)」
朱花達は、取引現場となっている老朽化した倉庫街へと足を踏み入れて行く。焔火も慎重に―冷静では無い彼女基準の―足を進めて行く。
この時点で、焔火は深入りし過ぎていた。かつて、『ブラックウィザード』の視覚系能力者に尾行されていた経験をすっかり忘れていた・・・というより頭に無かった。
今の彼女の脳内は、姉である朱花が薬物に手を染めているかいないかの確認で占められていた。『ブラックウィザード』よりも最優先にしてしまった・・・焔火の判断ミス。
その後、朱花達はある倉庫へと入って行った。焔火は、倉庫に備えられている窓ガラスから内部の状況を観察する。すると・・・
「諸君!!憎き殺人鬼(くも)がうろついている中よく来てくれた!!では、これより『ブラックウィザード』主催の薬物販売を執り行う!!」
「(あの白い長髪は・・・『ブラックウィザード』のリーダー!!!隣に居るのは・・・昨日の坊主頭!!!)」
“詐欺師”が作成した光像にあった白い長髪の人間が、売買開始の号令を発していた。顔は横に居る坊主男のせいで見れなかったが、背格好は光像そのものであった。
彼等の前には朱花を含めて10人の購入希望者と見られる人間達が座っていた。焔火は理解する。姉が薬物を購入しにここへ来たのだと。
「(お姉ちゃん・・・お姉ちゃん!!何で・・・・何でよ!!何で・・・どうして・・・!!?)」
思わず涙が出そうになるのを懸命に堪える焔火。非情な現実を目の当たりにし、やるせない怒りが体中を駆け巡る。
「だが、その前に1つ諸君に面白いモノを見せてあげよう!!」
「面白い・・・モノ?」
「あぁ。そうだ。彼女は一体どんな顔で苦しんでくれるのだろう・・・・・・ククク」
だが、現実は非情の上に更なる非情を上塗りする。白髪の男が前に出る。坊主頭―
阿晴猛―のせいで焔火から見えなかった顔が露になる。
「ねぇ・・・焔火緋花!!!??」
「!!!??」
『ブラックウィザード』のリーダー・・・の影武者である
永観策夜の残虐な瞳が焔火を射抜く。自分の存在に気付かれた焔火が危機感を抱いた瞬間、
ボン!!!
「キャッ!!?」
左手に持っていた望遠鏡が高温化、爆発した。それは、焔火の周囲に存在した熱エネルギーを一気に望遠鏡へ一極集中させたことで発生した現象。
望遠鏡の破片が、焔火の左手や脇腹を傷付ける。だが、これでは終わらない。
ザシュッ!!!
「ガハッ!!?」
それは、焔火の前にあった倉庫の壁が切断・破壊された音。強大な風圧で瓦礫が焔火の体を叩き、彼女が身に付けていた風紀委員の腕章を傷付け、結果少女はその場に倒れる。
「こ、ここ、これでまた薬を貰える・・・貰える・・・!!わ、私・・・頑張った!!!」
「そうですね!風路さんは頑張りましたよ!でも、ここからは私に任せて下さいね?調教しがいのある娘を、余り傷付けたくありませんから」
「(あの娘・・・前に『黒い着衣品』を身に着けていた・・・!!)」
それ等を行ったのは、
仰羽智暁の『熱素流動』と
風路鏡子の『風力切断』である。彼女達は、先程の購買客に紛れていたのである。
智暁に関しては、以前焔火と顔を合わせていたために帽子とサングラスで変装していた。今はそれ等を取っ払っているが。
「チッ。電気系能力者に、俺の刀は不利だな」
「阿晴。それなら、鉄製では無い刀を使えばいいじゃないか。この学園都市には、その手のモノは幾らでもある」
「わかってねぇなあ、永観。鉄だからいいんじゃねぇか!!お前じゃ、刀の良さってモノを理解し切れねぇよ」
「・・・阿晴にモノの理解について説教されるとは思わなかった。まぁ、いい。“手駒達”にも登場して貰おうか」
世間話をするかのように会話を繰り広げる永観と阿晴。しかし、その目は全く油断していない。
それが証拠に、焔火1人相手するのに10名前後の“手駒達”が出て来た。全ては、焔火を取り逃がさないために。
「(罠!!?く、くそっ・・・!!)」
焔火は、包囲されている現状及び罠に嵌められたことに対して途轍も無い危機感を抱いていた。
同時に、姉を気にする余りに自分が不用意に深入りしてしまった悪手に気付き歯噛みする。そんな彼女の表情に気を良くした永観が、焔火に無情な宣告を告げる。
「さあ、僕達を楽しませ、感じさせてくれたまえ。君の苦しむ姿を!君の絶望する醜態を!!」
「焔火さんの足が完全に止まったわ!!周囲に人間が10名以上集まっている。まるで、焔火さんを取り囲んでいるみたい・・・!!」
「焔火ちゃん・・・!!」
178支部の真面と殻衣は、焔火に追い付くために疲労を訴える足に鞭打って疾走していた。
周囲に『ブラックウィザード』が居ないか、目視や『土砂人狼』で確認をしながらひた走る2人。そんな2人にも、遂に『ブラックウィザード』の魔の手が迫る。
ボン!!!
「うわっ!?」
「キャッ!!?」
危うく避けたそれは、灼熱の火の玉。おそらく、真面と同じ発火系能力者が生み出したモノであろうことはすぐに推測できた。
<戻って来ちゃったかぁ。上手くやり過ごせたと思ったのに。まぁ、『土砂人狼』が幾ら足音で人を判別するって言っても、一歩も動かない+地面じゃ無い場所での待ち伏せなら意味ないよね。
しかしまぁ、このタイミングで来るなんてね・・・面白いじゃないか。網枷のバカの思い通りに進み過ぎてて退屈していたんだ。
これくらいのイレギュラーが無いとね。まぁ、あの殺人鬼(クソッタレ)みたいなイレギュラー中のイレギュラーは勘弁願いたいけど>
「そ、そうっすね」
<片鞠。江刺。ボクが“手駒達”でフォローする。さっきの打ち合わせ通り、その2人を例の場所に誘導するんだ。その後は、ボクが全てカタを着けるよ。
監視している分には、その2人しか居ないから心配しないで。増援を見付けたら連絡するし、今さっきジャミング電波も流したから風紀委員の連絡手段も封じたよ
中円はアジトでお留守番だけど、風間・西島・戸隠は運搬係で他の構成員と一緒に1日中走り回っている。2人も負けていられないよ。いいね?>
「「了解」」
真面と殻衣の前に、
蜘蛛井糸寂が操る“手駒達”が現れる。彼等の後方には片鞠榴と
江刺桂馬が居た。ちなみに、『土砂人狼』の特性は一昨日網枷が焔火から聞き出している。
「くそっ・・・!!」
「真面君・・・!!」
真面と殻衣も、ここに来て臨戦態勢に入る。この先に焔火が居る。彼女を救い出すためにも、こんな所で足踏みしている暇は無い。
「殻衣ちゃん!やるよ!!」
「わかった!!待ってて・・・焔火さん!!」
焔火緋花を巡る、短くも長い戦いが幕を開けた。誰もが必死に、真剣に各々の戦いに身を投じる・・・
グン!!!
そんな激闘の最中に・・・
ビュン!!!
かの神話において物語や秩序を掻き乱し、災いを齎す精霊として語られる蜘蛛が如き強者が・・・
己が暴虐の結果様々な悪影響を齎した弱者達が蠢く地へ・・・己が『暴力』の果てに1つの災厄を齎した餌(しょうじょ)の下へ・・・疾る。
「・・・・・・」
定期的という名の偶然(ひつぜん)を経て、“仕掛け”の動向に気を払ったあの男が『闇』に満ちた宙(そら)へ張り巡らせた『巣(せかい)』を翔け抜ける!!
continue!!
最終更新:2013年01月18日 19:31